「どうか、私の犯した罪を聴いてくださいませんか」
古い教会、老婆は言った。
「今は誰もおられませんが、もしも神がここにいるのなら。私の罪を裁いてくださいませ」
瓦解した教会、崩れた屋根とステンドグラスの下、気造りの長椅子で老婆は語り始める。
何十年も前の、罪の話を。
その昔、サラとヘレンという双子の姉妹がいました。2人の家は、貧しいわけでも豊かなわけでもなく、どこにでもある普通の家でしたが、心優しい両親から愛を受けて育ちました。とても幸せな家庭でした。しかし、姉妹が10歳になる時のことです。
誕生日の日に、姉妹は母親から森で葡萄を採ってくるよう頼まれたので、2人はバスケットを持って森へ向かいました。15分ほどでついた森には何本もの白木に葡萄がたくさん成っていて、喜んだ2人は一粒ずつもぎってはバスケットに入れていきます。ところが、ヘレンが採ろうとした葡萄をサラが横取りしたので、ヘレンは怒ります。葡萄をたくさん採れば母親に褒めてもらえると思っていたからです。横取りはよして。ヘレンが言っても、サラはやめません。とうとう腹を立ててしまったヘレンは、サラに言いました。あっちにもっとたくさん葡萄があるよ。
サラはヘレンの嘘に騙されて、森の奥へ喜んで向かいます。その間にヘレンは葡萄の入ったバスケットを片手に森を降りました。ただの悪戯のつもりでした。ところが、家に帰って、誕生日祝いの準備が終わっても、サラは帰ってきませんでした。両親が森を必死に探している間、時は刻一刻と流れていきます。そうして、ヘレンが自分のしたことの重大さに気付く前に、12時が過ぎてしまったのでした。
「あの時、あんなことをしなければ。私はきっと孤独にならずに済んだでしょう。この国は、いいえ、世界は終わってしまったのです。身寄りなき私もいつかは独り死していくのでしょう。」
「その前にどうか、神よ。私の罪を──」
長椅子の傍で、風が吹いた気がした。
誕生日祝いの文化
毎年、誕生日には果物や肉を持ち寄って、これから過ごす未来が素晴らしいものになるようにと願う。そんなささやかな祝いの文化。
「 お姉ちゃん? 」
あの日、暗い森の奥で、私は姉とはぐれてしまった。日は落ちて道は分からず、ひとりぼっちで泣いていた。けれど、待てどくらせど姉の姿は見えない。
満月が頭の上に昇った時、ひとりで泣く私のもとに声が聞こえる。それは紛れもない、母と父の声だ。私は声のする方へ駆け寄った。そこにはやはり両親がいた。安心して、抱きつこうとして──
「サラ、サラはどこだ!」
私の両手は父の身体をすりぬけた。お母さん、お父さん、何度呼んでも、触れても……
……きっと私だけ、時をおよぐ船から落っこちてしまったのだ。誕生日のお祝いを忘れたから。誰にも祝われなかったから。あの瞬間に時が止まって、もう動かない。
「お姉ちゃ─・・ん──」
戦争で崩壊する国、死にゆく両親、老いてゆく姉。そのすべてを見ていてもなお、私だけが歳を重ねない。ずっと、あの頃のまま、誕生日の時のまま。
「お姉ちゃん、私、ここにいるよ」
教会で懺悔する姉のそばで声をかける。けれども、その声は当たり前のように届かない。こんなにも近くにいるのに、決して。
己の罪に苛まれながらひとり時を重ねる老婆。
時を越せずひとり時の狭間に残された少女。
同じ世界にいながら、もう決して交わることはない。……果たしてそうでしょうか? いいことを教えます。この老婆は今宵、また一つ歳を重ねます。そうです、誕生日です。誰にも祝われることのない、かつてのあの少女のような孤独な誕生日を迎えるのです。どうなるかお分かりでしょう。はい、きっと今に老婆も時の狭間に落ちるでしょう。もう決して邂逅しないはずの2人が再開するのです。…ふふふ、どうなるか楽しみですね。
え? どうして私が知っているかって?
それは私も同じく、時の狭間にいる存在だからですよ。
『私が亡き後、誰が鐘を鳴らすのですか』
少女は今も時計台で暮らしている。2つの針がてっぺんを指した時、今夜も壊れた時計台から鐘の音が鳴った。その音は1里先の教会まで届き。両目を深く閉ざした老婆の心を孤独が深く満たす時、その声は響いた。
「 お姉ちゃん 」
遠いあの日に失った、あの声が。
「 サラ 」
抱きしめる。何十年分の月日を超えて。ずっと傍にいた妹を。
「ごめんね、ごめんね、あの時私が悪戯をしなければ。こんな孤独な最期を選ぶことはなかった。母も父も悲しまず済んだ。サラが隣にいてけれたらといつも……」
「いいの、お姉ちゃん」
「私たちはまだ死んでない」
時の狭間に取り残された迷い人。
やがて終焉を迎える世界の中で、彼らはなにを思うのか。
少女と老婆が今もなお元に戻る方法を探し留まっている教会に、今日は誰が訪れるのだろう。
新たな迷い人か、はたまた、現世から隔絶された人ならざる者か──それは未だ、誰も知らない。
神様、イエス様、私は懺悔いたします。
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