乱れる世の中でも、変わらず存在し続ける、月
入る者を拒むその別世界の中、彼らはそこにいる
厳格な掟で結ばれたその世界に、大小の騒動が巻き起こる時
禁断の扉は開かれる。
では、この物語を始めよう。
すべてはあの世界の中に。
phase0
「行くぞ。あいつを殺しに」
深夜のことである。
月の世界では時間などほぼ意味を成さないが、それでも便宜上そう呼ぶしかない。
『月族』はおろか、『天人』も『兎』もほとんどが眠っている、そんな時間だ。
そこに紛れて、月族のうち、一つが動き出す。
その名はザンゲツ族――――番手は十四。強さが番手を表している訳ではないものの、地味な数字である。
そんな一族が、月神のいる御殿へと乗り込んでいき······その事に他の面々が気付いたのは、かれこれ一時間の後だった。
「命月!」
メイゲツ族の屋敷に駆け込んできたのは徊月である。
「命月はいないか!?」
······やけに切羽詰まっている様子だ。
ただ、それを聞いてやって来たのはやけにのほほんとした少女であった。
「命月さんなら居ませんよー?何のご用ですか?」
「なっ···なら副族長はいないか?銘月は流石にいるだろう!」
「不在です」
突き放す少女。······徊月は空を見上げた。
「なら仕方ない。内々で処理するからな······」
「あっ、駄目ですよ。一応副副族長の私に報告してってください」
「······」
頭を抱えそうになった。
ともかく、緊急性が段違いの事柄である。
「ザンゲツ族が壊滅寸前だ。既に斬月以外全員が新月になってる」
「······」
「命月が戻ってきたら言っておいてくれ。こっちはこっちで調査を始める」
徊月が屋敷を出ると、まるで出待ちをしていたが如く、ちょうど二人の少女がそこを通る。
彼の目が光った。
「双月じゃないか。族長のパーティーでもあるのかな?」
「「······?」」
ソウゲツ族の長、双月。通りすがりの二人の少女はその人であった。
そして冗談を言うも怪訝な目で見られる徊月。
「まあまあ。話を聞いてくれ」
「「···何?こっちも暇じゃないんだけど···」」
至極真っ当な言である。現在のソウゲツ族は混乱の渦中にあるのだ。
「そこを何とか。まともに動ける戦力はお前さんくらいなんだ」
「「······戦争でもするの?」」
「まあそう···とも言えるな。ああ面倒だ、全部言ってしまおう」
彼が大まかに説明したのはおおよそ信じ難いことだった。
ザンゲツ族が月神の殺害に向けて動いた、という。
「「······!?」」
···当たり前だが月神に危害を加える行為は重罪も重罪である――そもそも試した者がいない。
今までは月の巫女がその好奇心を抑えつけていたのだが、彼女が死亡した今、頭がおかしくなった輩がいないとも限らない。
そして、その最悪に近い事態が起こってしまった。巫女がいないため神の生死は不明。
先程は命月ではなかったためかなり適当に話したが、これが事態の真相だ。