怖い話&怖いコピペ会場

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1:満腹大福:2021/12/02(木) 19:25

誰でもおいでませ

2:満腹大福:2021/12/02(木) 19:26

まずワイが

3:満腹大福:2021/12/02(木) 19:26

気まぐれな小旅行のつもりだった。
鬱屈とした日々のストレスを吹き飛ばすため、ふと思い立って港町を訪れた。
午後を随分と過ぎていたこともあり、いかにも地元といった風情の店は、どこも昼食の営業を終えていた。
せっかく遠出したのに、いつもと代わり映えのしないファストフード。
それはそれでまあいいか、と思えたのは爽やかな潮風のおかげだろうか。
勝手知ったるバーガーの味をケチャップで歪ませながら、またブラブラと歩き出す。
どこに向かうでもなく歩いていたつもりが、いつの間にか駅に逆戻りしていた。
しばらく考え、帰りは一駅分歩いてみることにした。
線路沿いに伸びる道を、抜けるような青空とどこまでも膨らむ入道雲を眺めながら行く。
こんな暑い時間帯に外に出るのは余所者くらいなのか、車も人もいない道をひたすら歩く。
と、遠くで何かが揺れるのが見えた。
歩を進める内にどんどん近付いて、やがて車椅子に座った少女と、それを押す男だと判った。
道の先には陽炎が揺らめき、クラクラとするような眩しい日差しの中、その二人は項垂れたままキイキイと車椅子の音だけが鳴り……何か恐ろしいものを見たような心地だった。
何を失礼なと己を戒め、努めて平静を装いながら追い越す。
「助けて」
耳元で喋っているのかと疑うほど明瞭に聞こえた声に、心臓が跳ね上がった。
しかし違う。何かおかしなことを、今、何と言った?
「助けて…押してるこの人知らない人です…」

4:満腹大福:2021/12/02(木) 19:26

立ち尽くす。
ただ呆然と。
振り向けない。
どっと汗が吹き出した。
なのに寒くて仕方がない。
焦点が定まらないまま、息をするのに精一杯。
キイキイと音を立てながら、車椅子が近付く。
視線を向けることも出来ず、ただ震える体の横をゆっくり通り過ぎる影。
ぼやけた視界の端で少女の振り向く顔が、縋るような表情が見えた気がした。
「っ、あの」
「気にしないで下さい」
しゃがれた男の声に遮られ、思わず伸ばしかけた手は行き先を失い空を漂った。
相変わらずキイキイと音を立てながら、車椅子が遠ざかって行く。
段々小さくなっていく後ろ姿を見つめながら考えた。
自分が置かれている状況。少女の発した言葉。男の発した言葉。推測される二人の関係性。自分の為すべきこと。
考えて、考えがまとまらないことに気付いて、結局走り出していた。
「あ、あの! その子の知り合いじゃないんならご家族の所に!」
「気にしないで下さい」
先程よりも語気を強めた男の声に怯みかけたが、構わず続けた。
「でもその子、怖がってますよね!?」
「気にしないで下さい!」
男は怒鳴って足を止めた。ゆっくりとこちらを振り返る。
焼けた肌、こけた頬、深く刻まれたシワ。そして落ち窪んだ眼からは静かに涙が流れていた。

5:満腹大福:2021/12/02(木) 19:27

「この子は、私のせいなんです。私のせいで、足も、記憶も!私のせいで!」
「やだ…やだ、信じないで…知らない人なの」
「すまんなあ、ごめんなあ……!」
「助けて、怖い……やだあ!」
まとまらない頭の中は更にかき乱されていく。
目の前で何が起こっているのか、瞳には映っているのにまるで頭に入って来ない。
男を押し退けようと腕を振り回す泣き叫びながら少女。
涙を流し謝りながら、幼児を落ち着かせるかのように優しく抱きしめ抑えつける男。
やがて少女の声は小さく、動きも弱々しくなっていき、また力なくだらりと項垂れた。
綺麗に手入れされた艶のある髪の下、諦めきった表情で涙を流し続けている。
少女を解放した男もまただらりと項垂れて、ゆっくりと歩き出した。
「助けて、だれか」
そんな言葉が聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。
遠ざかり、次第に小さくなっていく男の背中が見えなくなるまで、その場から動くことが出来なかった。
キイキイと鳴る車椅子の音だけが、いつまでも耳を離れなかった。

6:満腹大福:2021/12/02(木) 19:28

冷蔵庫から鈍く光るやかんを取り出し、二つのコップに中身を注ぐ。
暢気というか、なんというか、田舎の警察はこんなものなんだろうか。
「まっ一息ついて。麦茶嫌いだった?」
「いえ、あ、頂きます」
勧められるままに一口流し込む。
カラカラに渇いていた喉を、冷たい麦茶が香ばしさとともに通り過ぎていく。
「えーっと、場所が線路沿いね。そこの線路だよね?地図見ても分かんないかもだけど、どの辺かな?大体でいいから、大体で」
「あ……と、多分、ここ」
はいはいー、と返事をしながら何かの用紙に住所を書き込んでいく。
「さっきー、はついさっき?何時間前とか分かる?」
「はい、ついさっきの、30分前くらいです」
「なるほどね。で、特徴は?」
「中背、って言うんですかね、170くらいで痩せ型で、日に焼けてて……あ、あと」
「……車椅子を押していた?」
こちらの言おうとしたこと、そのままが警官の口から発された。
はい、と返事をすると、彼は鉛筆の端に付いた消しゴムでトントンと机を小突き始めた。
「いや、ごめん。他に特徴は?」
パッと顔を上げた警官の表情はにこやかなもので、先の鋭い空気はもうどこにもなかった。

7:満腹大福:2021/12/02(木) 19:28

「はい、お疲れ様。パトロールもしっかりやるようにするけどね、お兄さんもあんまり変な人には近付かないようにね。自衛が一番大事だから、うん」
用紙をすっかり文字で埋め終え、パソコンのキーボードを打ちながら話す警官。
「どうも、ありがとうございました」
「はい、ご協力感謝いたします!お気を付けてー」
おどけたように敬礼をして、警官はまたパソコンに向き直った。
キーボード操作が不慣れなようで、ぎこちないリズムの打鍵音が交番内に響く。
時折カラカラと音を立てつつも首を振り続ける扇風機の風が、首筋を撫でている。
どうしても聞かずにはいられなかった。
「車椅子を押してたあの男、不審者じゃないんですか?」
ピリ、という空気の音が聞こえた気がした。
何となく、胃の中が重くなった気がする。
警官は手を止め、時計をチラリと見て、にわかに席を立った。
「丁度休憩しようと思ってたんだよ、煎餅好き?」

8:満腹大福:2021/12/02(木) 19:29

まあ、ここらじゃ有名人でね。いや、あんな感じになる前から。
アーティストって本人は言ってたけどねえ。
そりゃもう奇抜な家、アトリエ?なんだから。ド派手な色に塗って、高級外車も乗り回して、良い家の出だったんだろうね。
働いてる様子もなく、って言い方は怒られるのかな。
海岸で絵の具をペタペタやってるのはよく見かけてたけど、見えてる風景とまるで違うんだ。ははあ、芸術ってのはむつかしいもんだと思ったよ。
娘さんが夏休みで遊びに来るんだってはしゃいでたとこなんかを見ると、かなりの子煩悩だったみたい。
でもねえ、都会に迎えに行ったその帰りに事故で……本人に怪我が一つもなかったのが余計に辛かったろうと思うよ。
娘さんは足動かないし、親父さんのことが分からないしで、こっちもこっちで辛かっただろうけど……。
お医者さんの言うには一時的なものだ、触れ合う内に戻る事例も多いとかなんとか。
今にして思えば、希望を失わないように優しい嘘をついてあげたのかも、なーんて考え過ぎかね?
退院してからは、二人で毎日あの線路沿いを散歩して、初めの内はすれ違う度に助けを求められたよ。
その度に私も説得を手伝って、今に良くなるよー思い出すよーってね。
そんなことを何度か繰り返す内、パニックも起こさなくなって、すれ違う時も軽い会釈でね。
あー随分良くなったんだな、きっとあと少しで元気になるな、可愛らしい子だから笑顔もきっと眩しいだろうなって、そんなこと思ってた矢先だった。
二人揃って電車に撥ねられて、ねえ。
家からは二人分の遺書が出てきたけど……最期まで分かり合えなかったみたいだったよ。
可哀想にねえってここらの人はみんな言ってた、花やお供えもすごいもんだった。
でも、自殺は浮かばれないなんて言うけど、本当にそうかも知れないって思う。
時々、こういう暑い日にね「すれ違った、助けを求められた」って話を聞くんだよ。
ま、私も警官だし本当に不審者だといけないから、パトロールは増やすんだけど……もしあの親子なんだとしたら、早く天国で楽になってほしいと心底から思うよ、うん。

9:満腹大福:2021/12/02(木) 19:29

「お気を付けて!」
警官の声を背に浴びながら、暮れ始めた空を見上げる。
だいだい色に焼けた空、ゆっくりと動く入道雲。
チリチリと音を立てそうなアスファルト、遠く揺らめく陽炎。
その先に、人影を見た気がした。
ぼんやりと道の先を見つめ、踵を返す。
降りた駅から電車に乗ろう。
個人商店で飲み物などを買って、線路沿いを歩いていく。
夕風に混じる潮の匂いが鼻先をくすぐる。
ふと目の端に映ったのは小さな花束。
道の端に一輪挿しで飾られたいくつかの野花は、みな暑さでだらりと項垂れていた。
背中越しにトラックの通り過ぎる音を聞く。
花の隣に、サイダーと一緒に買った機械油を置いて、手を合わせ、目を閉じる。
車椅子の音はもう聞こえなかった。


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