裏切りと恋愛?のようなものです。
不快に思われる方は見ることをお勧めしません。
「お前、そんな奴だったのか」
「見損なった」
「消えろ」
心底失望したかのような口ぶりに、冷たい目つきに、思わずひゅっ、と息がつまる。休符の無いスケールを吹き続けるかのように絶え間なく続く罵詈雑言の嵐は、未だにやむ兆しを見せなかった。
癖になって、もうすっかり伸びきってしまったセーターの裾を、殊更に強く引っ張る。
どうすればいいのか、どうすればーーそれだけが頭の中を駆け巡っていた。
(何故……なんで、私が。)
ーー事の発端は、かれこれ30分ほど前。
「ねえ、あんたうざいのよ。」
クラス、いや、学校中で注目の的となっている美少女転校生、工藤リンナが天使のような微笑みを向けながらこう言い放った時は、流石に幻聴が聞こえたのかと思った。
「え?ごめんなさい工藤さん。もう一回おねがーー」
「だから、うざいっつってんのよ。頭だけじゃなくて耳までオカシイの!?」
ふっと馬鹿にするような表情で嘲笑う彼女の姿を見て、ああ、この子マジで言ってんだな、と頭は理解する。然し、かれこれ三ヶ月ほど彼女と苦楽を共にしてきたと思っていたこの心は、その事実をたやすく受け容れてはくれなかった。
…え、ちょい待て。私、工藤さんの癪に触るようなこと何かしたっけ!?
すると、私のこの考えを見抜いたかのように彼女は直々に解説をくださった。
「いっつもいっつもバスケ部のメンバーにベタベタして!マネージャーだからって調子乗ってんの?言っとくけど、蒼瀬くんと付き合ってるのはこの私なんだからね!?あ、あとスポドリ渡すついでに『頑張ってね』とか、デキるマネアピールでもしてんの?役立たずの癖に?ウケるんですけど。あんたはずっと、私の引き立て役でもしてればいいの!出しゃばるんじゃないわよこのブス!!」
お、おおう。おう。
ノンブレスで言い切ったぞ此奴。強者だ。
どこから突っ込めばいいのかわからんが、取り敢えず…
「……す、素晴らしい滑舌っすね…」
「はぁ!?」
「すません調子こきましたすません!」
ちょっと場を和ませようと思っただけなのに!!額に青筋立てるって何!?リアルに見たの初めてなんだけど!!頭文字に「や」のつく自由業さん顔負けの恐さだわ!!恐すぎだわ!
あとですね、いろいろ誤解されてる部分があるんですが。
まず、私がメンバーにベタベタしてる、って言ってたけど……ただでさえ汗かきまくってて見てるだけで暑苦しいのに…自ら汗臭いところに飛び込む勇気はありません。どこのもの好きだよ。
次に、スポドリの件は…ちょっと、後輩いびり受けてたから…あの子。せめてもの景気付けに、と思って言ったんだけど…ていうか、聞こえてたんだね。地獄耳かよ。
と、いうことをかなりオブラートに包んで至極丁寧にご説明して差し上げた。途中から工藤さんの反応がなくなってきたけれど、気にせず話し続けた。そして話し終えた頃、辺りには風の吹く音だけが響いていた。沈黙。
……気まずい。しかも、早く行って着替えないと部活始まっちゃうよ……。
下げていた頭を上げ、恐る、恐る工藤さんの顔を覗き見る。
その表情は、びっくりするぐらい何もなかった。
「はぁ…マジムカつく。から、あんたは消えてよ」
「…どゆこと?」
「……」
私の問いには答えず、工藤さんは去っていってしまった。
意味が分からないが取り敢えず、私も彼女のあとに続いて体育館へ向かった。
絶望へのカウントダウン、開始ーーー。
「ゆ、雪宮さんが……!」
かたかたと体を戦慄かせた工藤さんが私に指をさすと同時に、部員全員の視線が一気にこちらに向いたのが分かった。
血の付いたカッター。
彼女の腕につけられた、生々しい傷。
一滴、一滴と。
鮮血が彼女の腕を伝い落ちていく様を、私は幻か何かを見ているような心地で眺めていた。
赤黒いそれは彼女の白い腕に対比するようで、その不釣り合いな色が何故か目に焼き付いて離れない。
迂闊、だった。
部活も終わる頃、タイマーの片付けをしていた私に工藤さんは近づいてきた。名前を呼ばれた私が振り向いた途端、『それ』を見た私の頭の中が真っ白になった。
彼女は、手に掲げたカッターナイフを勢いよく振り下ろした。
_____自らの腕に。
肉が裂ける嫌な音と、見る見る間に溢れ出す血液を目にした瞬間、呼吸が、時が止まったような気がした。
彼女がこちらに投げた物が落ちる音を聞き、一気に意識が浮上する。思わず、工藤さんの腕を手に取った。
「なにして____」
「きゃああああああああああああ!!!!」
工藤さんの凄まじい悲鳴に、一瞬怯む。
次の瞬間、何事かとばかりに更衣室で着替えていた部員たちが飛び込んできて、各々が今ある惨状に目を瞠った。
そして______
「最低」
その一言で、何かが壊れる音がした。
違う。違う。
周囲から向けられる普段とは明らかに違う視線に、ぐっと息がつまる。
「なにやってんだよ!」
「工藤さんに謝れ!!」
それは、明確な敵意だった。
皆が皆軽蔑の眼差しで、こちらを睨んでいた。
___なんで、なんでこんなことに。
「……ちが…!ちがう……私じゃな…!」
やっとの思いで口から出した言葉も、嗚咽に混じってロクに聞こえたものじゃない。
しかし、それを否認の意と受け取った部員たちからは、次々と罵声や反発の声が上がる。
「認めないつもりか!?」
「じゃあ、誰がやったっていうんだよ!!」
それは_____……
「工藤さんが自分で…!」
「___ふざけるな!!」
次の瞬間、怒号と破裂音が体育館いっぱいに響き渡った。
一瞬体がブラつき、叩かれた、と理解したのと焼けるような痛みが頬を襲ったのは同時だった。
頬を押さえ顔を上げると、そこには怒りと侮蔑の眼差しで私を見下す男がいた。
「……さ、がら」
相良 隼人。
我が校男子バスケ部の副主将であり、とても背が高い。
マネージャーの私たちをいつもなにかと気にかけてくれる優しい心を持っていて、些細なことでも「ありがとう」をよく口にしてくれた。
彼のその一言があったから、どんな辛い仕事も頑張れた。
だから……
「気安く名前を呼ぶな。……汚い手で、リンナに触れるな。」
彼から向けられるこの目は、私の心を抉るには十分すぎるものだった。
「あ………」
確かにそうだった。
_______今、この状況で、誰が、私の無実を証明できる?
足元には刃物が、そして彼女の腕を取っていて。
どう考えても、私が彼女を刺したようにしか考えられないじゃないか。
思わず工藤さんの方を見ると、バスケ部全員に守られるように囲まれ、震えながらも立っていた。
しかし、私と目が合った瞬間、その怯えたような表情が、仕草が、一瞬にして崩れ落ちた。……頬に浮かぶ微笑が、その全てを物語っていたから。
「あ……あ、ね」
一瞬で、全てを悟った。
彼女は私が消えることを所望していて、それが叶えばもう危害は加えられない。部員だって、もう二度と私と前のように接してはくれないだろう。…私は、もういらなくなったのだ。
悲しみなんて、なかった。
ただただ、呆れてしまったのだ。
誰一人、私のことを信じてくれなかった。
まあ、自作自演、だなんて、気づける人の方がなかなかだと思うけどね。
ただ、この2年近く一緒に過ごしてきた日々は、何だったのかな、と。
大会で勝って一緒に喜んで、時には対立もしたけれど。それでも、それでもチームワークとか絆とか、そういうものが築けているって思って嬉しかったのは、ただの独りよがりだったわけ?
本当に小さなことでも一喜一憂してた私の方が、おかしかったわけ?
そこまで考えて、ふと、私の中で今までとは別の感情がひょっこり角を出した。
「……むかつく」
ぽつりと何気なくこぼした一言が、私の心の中に波紋を広げた。
ーーああ、むかつく。むかつく!
特に工藤さん。相良じゃないけど、もう名前呼ぶのも虫唾が走る。
何を「引き立て役」だの「でしゃばるな」だの、人を都合のいいモノみたいに扱って。私はあんたの人形じゃないんだが。
あと、こいつらも。
何が仲間だ。絆だ。そんなもんお前らがどう語ってても糞食らえだ。
こんな奴らのために流す乙女の涙が惜しいぐらいだ。泣いてたまるか。
今だって、黙ってるのをいいことに言いたい放題。やれ仕事が遅いだの工藤さんに押し付けてるだの。……本ッッッッ当に、どれほど私たちのことを見てくれていなかったのかがよーーーーくわかった。
から、決めた。
もう堪えきれなくてこっち見て笑ってるあの女を今まで生きてきた中で一番怖いと思う顔でにらみつけ、私はバスケ部主将ーーあの女の彼氏の、蒼瀬 柳の前に歩みでた。
蒼瀬はさっきまで呆然と始終を見守っていたらしい。間抜けヅラでぽけーっと突っ立ってやがった。
なんか言えよゴラ、と思ったが、なんか言われてもまた逆に厄介なので、先手を打つことにした。
「やめます。」
「ーーは?」
なぜだか、一瞬空気が凍った気がした。
しかしそれを気にしてなんかいられない。私はそのまま蒼瀬の横をすり抜け、一直線に体育館の扉を目指した。そう、所謂言い逃げというやつだった。
「雪宮…っ!!」
よく知っている声が聞こえたかと思ったら、後ろから突然腕を掴まれ、倒れそうになったところをしっかりと抱きとめられた。
なんだよこれどこの少女漫画だよ的な展開だが、決してそんなことはない。相手が相手なだけあってこちらと微塵も胸きゅんしなかった。
すぐに立ち上がって短く礼を言い、しっかりと、相手の顔を見据える。相手も、私の方を見つめていた。
いや、それにしても。
おかしい。これはおかしいぞ。
体育館から出て数分間、私は確かに一度も足を止めることなく走り続けた筈だ。野を超え山を超え、とまではいかないが、「あ、私これ長距離選手なれるんじゃね?」と自負するぐらいには走ったつもりだった。
なのに。
「蒼瀬……くん」
「雪宮…」
な ん で い る の
え?なに?たかが一介のマネージャーごときの足に負けはしないと?
この程度の距離、別に屁でもないと?
そうかそうか、よろしい。戦争だ。
じゃなくてだね。
「……なんできたの?」
「なんでって、雪宮鞄忘れたまま行っちゃうし……しかも、地味に足速いから追いかけるの大変だったんだよ?」
「え?……あ、鞄!!」
ナンテコッタ。パンナコッタ。
言い逃げのことばっかり考えて、あろうことか鞄を置いていくとは。
しかも、今日結構参考書たくさん入れてたんだよねえ……絶対重かったよ。
「ごめんなさい。本当にごめん。」
「いや…別にいいんだけど」
こればっかりはしっかり謝って、鞄を受け取ろうとした。
しかし、私の伸ばした手を交わすように、突然彼は鞄を後ろ手にやった。そしてあろうことか残った手で私の手をしっかりと握ったのだ!!
さすがに驚いて手を振り払おうとしたが、それも叶わず。
……いや、だからどこの少女漫画だよって!!
一人混乱する私をよそに、蒼瀬は今一度さらに強く私の手を握った。
びっくりして、私よりも頭二つ分くらい高い位置にある彼の顔を見上げた瞬間。
「やめる、って、どういうこと?」
「!」
先ほどとは打って変わった無表情でこちらを見下す彼に、私は自分の背中からどっと冷や汗が噴き出したのを感じた。
ーーーーー
やめて!蒼瀬の美顔の特殊能力で、理性を焼き払われちゃったら、今まで必死に取り繕ってきた「清楚系女子」の仮面まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでユッキー!あんたが今ここで倒れたら、“フィアンセ”や“嫁”との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。これを耐えれば、工藤に勝てるんだから!
次回、「ユッキー、死す(社会的に)」。デュ⚫エルスタンバイ!
“フィアンセ”……ユッキーが大好きなファンタジーなアニメのキャラ。本名クリストファー。超美形魔術師で、登場一回目にしてユッキーのハートを撃ち抜いた。しかし、最終回で助手のボインと結婚するのをまだ彼女は知らない。
“嫁”……“フィアンセ”と同じアニメに登場。本名エカテリーナ。当て馬キャラ。ツン:デレ=8:2のこのわずかな2で落ちた。惚れた。愛した。