https://i.imgur.com/Py67QLM.jpg
おめでとう、本当におめでとう。
>>2
その出来事は唐突に起きた。
いつも通り、独りで深夜の街をぶらついていて。
無造作に巻いたサラシと、適当に羽織ってファスナーを閉めていない、いかにもなスタジャン。
チャラチャラとしたアクセサリーこそは付けていないものの、ちゃっかり腰下辺りではいたミニスカ。
警察やおせっかいな大人に見付かったら補導間違い無しの格好で、昨日も、今日も、明日も。
ゲーセンやらカラオケやらで耳障りな街中をそそくさと抜けると、馴染みの路地裏を目指した。
会社の飲み会でもあったのだろうか。
数人の酔っ払いグループとすれ違ったとき、あたしに向けられた眼。
慣れっこだよ、捨て子バカにすんな。
そう心の中で呟いて視線を寄越したら、サッと逃げていった。どうせ大人は意気地無しだ。
誰かに見られていないことをさりげなく確認しつつ、飲み屋の角を曲がる。
スタジャンのポケットから取り出したそれに、無言で火を付ける。
……特別美味しいわけではなかったが、いつの間にか当たり前になっていた煙草だった。
しばらくして。人差し指と中指、持ち慣れたそれを弄びながら、ブラブラと路地を徘徊していた。
……あたしの縄張り。
男が相手だろうが関係ない。弱肉強食の世界なんだ。
生きていくには、強くなるには。……いや、生きていける者は強くて、弱いものは消されるだけ。
ただ、邪魔な弱者は排除され、排除するものなのだ。
煙草の火を消して、ポイッとそれを放り投げる。
眼に力を入れ直して、拳を握りしめた、その時だった。
「なあお嬢ちゃんや。さっきも会ったよなぁ。少しどうだい?」
不意に、背後から声をかけられた。
……不覚。気配に気付かなかった。
不意を打たれて少し驚きを見せてしまったものの、先ほど握りしめた拳を構えた。
「……なに、あんた」
パッと見は普通のおっさん。
こんなヤツと面識があっただろうか。
以前ボコしたヤツの仲間……?
そんなのいっぱいいすぎて、イチイチ気にしてられない。
あたしにとって都合が悪いなら容赦はしない、それだけだ。
「あんたって、やだなぁ〜。さっきすれ違って、熱い視線を寄越してくれただろう?」
……ああ。
今日見た酔っ払いのうちの一人か。
こんなの見慣れすぎていて、イチイチ顔なんて覚えて無えっつーの。
そして、関わるとろくなことが無いということも。
「なに、おっさん。キモいんだけど。消えてくんない?」
いつも通り、容赦なく言葉を浴びせてみた。
自分は表情が変わらない方だ。考えを読み取られることはまず無いだろう。
金で釣るか、それともさりげなく警察に連れていこうとするのか。
どちらにしろ、ゆとり教育を受けたバカな大人がすることだ。負けはしない。
「ははは、お嬢ちゃん。なかなか言うねぇ。……でも、そんなところもおじさん、興奮しちゃうや」
「なっ……」
しまった。
一瞬の隙をつかれ、壁に追い詰められる。
灰色で汚い背後の板。煩わしい、と鼻をならすと、体制を逆転しようと試みた。
「ねえお嬢ちゃん、イイ身体してるねぇ」
手首を捻るか、顎を狙うか。
かろうじて塞がれていなかった手で狙いを定めていると、その言葉と共に、二の腕をなぞられた。
「ひっ……」
気持ち悪い、どっか行け。キモい、失せろエロ親父。
脳内で発した自分の言葉を聞いて、ハッと気付く。
……そうだ、そういうことだ。
このタイプの人間は相手にしたこと無えんだよチクショウ、と毒づくものの、不利な状況は変わらない。
なんだよ、こんなデブに負けてたまるかよ、と、思い切り睨み付けてやった。
「……なにがしてえんだよ」
だんだんと近付く酒臭さに吐き気を催しながらも、ドスを効かせた声で問いかける。
答えようとする、その隙を狙えばいい。
相手が口を開きかけたところで、あたしは口元に笑みを浮かべる。
ふん、引っ掛かったな。ちょろいちょろい。
そう思った矢先だった。
唐突にグッと腕を引っ張られ、思わずよろける。
体制を立て直して鳩尾を狙おうとするも、引っ張られる力の方が強すぎて反撃ができない。
それに……なんだよ。
知識としては持っているが、見たことの無いそれに、少々戸惑う。
「お嬢ちゃん、早く行こうよ」
全身を逆撫でされるような気持ちの悪い声。
一刻でも早くこの場を去りたい。そう思う反面、逃げるなんてカッコ悪い、というプライドがあった。
クソッ、一か八かだ。
思い切り脚を振り上げておっさんの鳩尾を蹴り倒そうとしたのと、そいつが倒れるのとが同時だった。
……なに、なにが起こった。
自分の一撃で倒したわけではない、そのくらいは理解できる。
なら、誰が。
……いや、ここはあたしの縄張り。
他人がいるなんて、そんなこと……。
「……もう少し危機意識持ったら?」
あたしが思考を巡らせている間に、その人物は口を開いていた。