そしたら俺が──
渓谷の間に一本流れる滝。玲瓏なほど澄み渡るそれは、天晴を翔ける龍の尾の如し。水源、即ち竜の居所をさかのぼると、足場は尖った岩だらけ、森の影から伸ばした根っこがこれでもかと土の表面に顔を出し、「人ではなく」「仙人ならば」「龍ならば」居所と呼べるであろう、自然に生きたままの無頓着な大地ばかりが広がっていた。
──鹿威しは鳴る。
渓谷を抜けて、一面湖と化した水源に鎮座するのは小さな屋敷。湖面と屋敷の間に境界線のような隙間を設け、真下に影を落としながら僅かに浮かび、浮世離れの力を宿した 居所の主 は、すぐ傍らの滝壺で空気を揺るがす轟音すらも気に留めず……否、届かずに。
刻刻と繰り返される鹿威しの音だけが響く。幾度目か分からぬ流水を両の耳でしかと感じたのち、閉ざした眼の片方だけを開いて呟いた。
「──ついにやられたか」