「おいブス」
幼馴染。
かれこれ6年に渡る付き合いの所為か、プライバシーだのモラルだのはもう無いにも等しい私とこの男の関係を表す一言。それが、幼馴染。
晴れ渡る青空と小鳥のさえずりの下、目を覚ました私の元にやってきた突然の来訪者に、開口一番で言われたのが上記のセリフだ。
「そりゃないよセニョール…」
なにが悲しくて、朝っぱらから暴言振るわれなきゃいけないんだよ……
せっかく気持ち良い寝覚めだと思ったのに。早朝の玄関先で、私は早速項垂れた。
「誰がてめえの旦那だ」
ケッと吐き捨てるように言われ、少し傷つく。
いやいやいや、幾ら何でも久しぶりに会った幼馴染に対する言動じゃない。と思ったので、あなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ、と優しく諭そうとすると、「てめえに育てられた覚えはねーよ」と睨まれた。いとこわし。
「あーもー、昔はこんな悪い子じゃなかったのになぁ……」
「うるせーブス」
「……」
もうやだこの子。反抗期かしら?
溜息を吐けばふと、脳裏に昨日の出来事が蘇る。
「そういえば、直哉くんも雲生高校受かったらしいわね」
突如、母の口から飛び出したこの言葉を聞いた時、私はうっかり口に運ぼうとしていたカレーを無残に取り落とすほどには吃驚していた。電流が身体中の血管を一気に駆け巡り、冷や汗がブワッと背中に広がる感覚を知った。それほどに、ショックを受けていたのだ。
なんで、なんでまたこいつと同じ学校に通わなきゃいけないんだ!!!
勉強だの部活だの恋だので忙しい現役女子中学生を謳歌する私にとっては、この男の存在は煩わしいものでもあった。
だって、勉強もさることながら運動までできてさ、おまけにイケメンぞ?モテモテぞ?
こんなハイスペック野郎と幼馴染だなんて知られたら、一軍girl'sになにをされるか分かったもんじゃない。
中学時代はなんとか隠し通し続けたが、高校まで一緒となるとさすがに危ない。
ので、高校受験を機にわざと家から遠く、志望する生徒も少ない学校を受けた……のに!!
「なんでー?なんで雲生受けたの〜?」
「俺の勝手だろ。お前にどうのこうの言われる筋合いはねえよ」
……あーもーやだーーーー
なに?一軍girl's舐めてるの?こんなの知られたら『グループで取り囲んでネチネチ嫌味攻撃』受けちゃうよ?主に私が。
一軍girl's……爪先から頭のてっぺんまで全身装備で固められた彼女たちの我が幼馴染を見る目は、さながら獲物を狩る野獣のようだった。あ、思い出したら寒気してきた……。
私が背筋をブルリと震わせていると、この口の悪い幼馴染の人差し指の先が軽く私の額をこずいた。あ、優しい。
「気持ち悪いぞブス。とっとと俺ん家行くぞ」
「うん……
ってちょっと待ちたまえチミ!そりゃどーいうこっちゃ!?」
「はあ?お前おばさんから聞いてないのかよ」
母さんから?
……あ、そういえば昨日なんか言ってた気がする……
「確か……写真撮影?」
「分かってんなら行くぞ。とっとと準備しろ」
「ウス」
それでわざわざ家まで迎えに来てくれたんだね。なんだかんだ言って、優しいじゃないか。
慌てて踵を返すと、その後ろで大きなため息が聞こえた。
聞こえないふり聞こえないふり。
「…あった!!」
ドアの淵にかけてあった真新しい制服を取り暫く眺めた後、手に取る。シワひとつない、デザインもそこそこ可愛い制服だ。何気なく気に入っていたりする。
服は……このままでいいや。髪は軽く整えて、あっちで母さんに結って貰おう。
「すまそ。待たせたね」
「ったりめーだ。行くぞ」
チッ、と舌打ちひとつして、私が靴を履いたのを確認してから歩きだす。
この幼馴染と歩けば大層私が見劣りするに違いないから、私としては大変ありがたい。
……あ、彼はそういうところも考慮して先を歩いてくれているのだろうか。だとしたら嬉しいけどちょっと悲しいな。
「ちょちょ!歩くのはっや!!まって!」
「うるせー鈍足!ちゃきちゃき歩け!!」
緩やかな日差しを浴びたアスファルトの上を、私は彼の背中目掛けてまっすぐ走った。