とんとんと、包丁で物を切る音が聞こえた。俺の腹が、ぐぅと鳴いた。
今日はお前が飯を作る番だぞ。
そう言って俺はお前を起こした。
起きようとしているのはわかるのだが、布団の魔力にやられて、なかなか起き上がろうとしない。
見かねた俺は、ちょうど今の時間、日光が入り込む窓のカーテンを開いて、強制的に起こすという手段に出た。
眩しくておどろいたのか、お前はばっと飛び上がって起きた。
その勢いのまま俺が手を引けば、立ち上がることに成功し、眠そうに半目閉じながらもなんとか歩き出してくれた。
冷蔵庫の中にはある程度の食材がそろっている。
お前はそこからうどんとネギとかまぼこと、油揚げをとりだした。
危なっかしいのでキッチンまではついていったが、ちゃんとまともなものを取り出しているので大丈夫だと判断し、俺はそっと出て行った。
キッチンの前にはリビングが広がっている。いつも朝食を食べるキッチンよりのテーブルの、椅子に俺は座りこんだ。
ここからなら、キッチンの中の様子が伺えるのだ。
ネギを切る包丁の音、うどんをつくるための水が沸騰する音、お前が必要な調味料を棚から取り出す音。
俺はそれをぼーっと聞いている。
この時間はかなり幸せだ。着実に飯が出来上がってることを確認できる。
はい、できたよ。
そう言って、お前は俺の目の前に美味しそうなうどんを置いた。関東風の濃い黒い汁。
いただきます、と手を合わせる。
ずるずるとそのうどんをすすれば、あの甘辛い汁の味が口の中に広がった。
関西の汁とは全く違う。麺の味付けのためにつくられた、砂糖と醤油の味。
たっぷりと乗せられたネギをうどんと一緒にほおばると、ネギ独特の辛味がアクセントになって美味しい。
もちもちのうどんをすする、すする、すする。時々口直しにかまぼこやら油揚げやらを食べる。
一般家庭で出る、安心する味だ。
上にのった油揚げ。一口かめばじゅわっと汁がしみだして、すっかりこの味に慣れてしまった俺は、特に濃いと感じることもなく喉に流し込んだ。
水を一口飲んで口をさっぱりさせ、またずるずると。
がつがつと食べる俺を、自分の分のうどんを食べながら、お前は見つめていた。
「なんだ?」
「なにも」
にこにこと笑うお前もそっとうどんをすすって、さすが私、と呟いた。
きっと美味しいと言いたかったんだろう。
俺も思ったことを返す。
「本当に、さすがお前だよ」
「あなたのご飯も美味しいけどね」
ふたりでくすくすと笑い、俺は最後の一本を食べきった。
手を合わせ、ご馳走様、とお前の目を見て言う。
「お前と結婚してよかったよ」
「そうでしょ」
明日は、俺が飯を作る番だ。