【想出パラドックス】
「___雨が強くなって来ましたね」
彼女はいつも貼り付けている皮肉屋の様なにやけ気味の笑みを称えながらも、どこかその表情に混ざった哀しみを隠せずにいた。
当たり前だろう、自らの一番信頼していた人間に罪を肩代わりさせられた上に処刑まで宣告されたのだ。
寧ろ此で哀しみの感情を持たない者など、感情を持たないプログラムぐらいだろう。最も、彼女は感情を持つ種類だからその限りではないのだが。
そうして暗い牢に閉じ込められ、今までの看守としての最低限の生活保証すらも取っ払われ、衣服すらまともに貰えずにいる。
食事は黒ずんだパンに、彼女が大嫌いだと自分の前で言っていた筈のきちんと調理のされていないパプリカが一つきり。
これはこの刑務所の貧しさのせいではなく、単なる裏切り者である彼女への嫌がらせなのだろう。
ナナコは彼女に対して申し訳ない訳でもないし、憐れみの感情を持っている訳でもない。
それでも彼女の牢に対してわざわざ面会に行き、たまに自分の分の食事を分けてやるのには理由がある。
それはすみれが自分の替え玉になってくれた事への感謝と、代わりに与える褒美の様な物だった。
ナナコは別に弱い者をいたぶる趣味はない、感情がない訳でもなく常人よりやや理性的なだけだ。
長い間ループをしてきたので感覚が曖昧なのかもしれないが、これはナナコの出来た唯一の償いでもある。
すみれが唐突にそんな事を言い出したのも、ナナコが食事を分けていた時であった。
「いきなりどうしたの?遂に頭でも可笑しくなった?」
「私ってナナコさんに信頼して貰えてると思ったんですけど、そうでもなかったんですね」
「当たり前じゃん、私は看守の敵なんだから。そもそも窓も無いのに外の天気が判る訳がない。」
「ま、そう思いますよねぇ・・・・窓があっても見えないことに代わりはありませんけど。」
「今度は目が見えなくなったの?大変ね、前ので耳も聴こえなくなったのに」
私がそう昔の彼女を真似て皮肉を言うと、すみれは虚ろ気な表情をしたままコクりと頷いた。
彼女の目が見えなくなったのには理由がある。元々上司には徹底服従していたが部下には上から目線だった彼女は、
裏切りがバレて死刑囚へとその地位に落としてから、怨みを募らせていた部下に報復されたのだ。
殴られたり蹴られたり、それ以外でも様々な暴力を受けていくうちに体に異常をきたしただけのこと。
今回は眼球に割れたガラスを押し付けられたせいで、両目を失明した。
彼女の元部下達は彼女が散々に詰られる姿を見て歓喜の声をあげている。
「明らかに異常だけど、ある意味因果応報なんじゃないの?」
「そうですよねぇ、全て私が悪いんですよねぇ。」
すみれは元々は人に対して憎まれ口を叩いては悦ぶような嗜虐的な人間だった筈だが、今ではその威厳は消え失せてしまっている。
だから私が挑発をしようが、暴言を吐こうが、すみれはその言葉を肯定することしかしない。
「調子狂うなぁ、まったく。」
私は小声でそんな事をぬかすと、牢の壁に向かってすっかり生温くなった溜め息を吐いた。
私は知っている、はなっからこいつが最高戦力として丁重に扱われていなかったことを。
あくまでも使えると判断されていたのは優秀かつ完璧な彩目だけで、すみれなんか眼中にすら入れられていなかったこと。
「ほら見ろ!やっぱりプログラムに感情なんて必要なかったんだ!」
「いや待て、あのすみれって奴は失敗例だったから駄目だったんだ!彩目なら・・・・」
所詮、こんな風に会議室でお偉方の賭けの対象になる程度の存在だったってこと。
だから、私がすみれを認めてやらなくちゃいけない。
肯定するだけならどっかの地縛霊でも出来る、肯定と認めるは似てるようでまったく違う。
これは私なりのすみれへの愛情でもあり、そして決別でもあるから。
「これくらい食料置いていったら十分でしょ?」
「有難う御座います、ナナコさんは正に命の恩人ですぅ」
私はそんな事を考えながらすみれに見送られて、其なりにいい気分のまま新たに脱出経路を見付ける為に駆け出した。
【前のやつの続きかな…?心にくる…でもこういうの好き()】