前>>495
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「男女の友情ってあり得ると思う〜?」
廊下を歩いている時に、いつも一緒にいる子の一人が聞いてきた。
どうでもいい。恋愛にも友情にも、そんな興味無いし。
てか女の子同士の友情にも魅力感じないんだけど。
いつも追いかけてくる君たちもさ、全国行ったり金賞とったりする私と形だけで仲良くしてるだけなんでしょ?
こないだ教室で馬鹿にしてたの聞いたし。
私と仲良くしてるフリしとけば都合がいいってことなんでしょ、陸部の子と仲良くなれるとか。陸部陽キャ多いしね、おめでとうございまーす、だけだわ。
私は君たちと仲良くする気はサラサラないし、名前覚えてすらいない。同じクラスかどうかも、正直言うと覚えてない。
まあ、君たちは自主練にまではついてこないから、アイツよりはましだと思ってるよ。
「どうでもいい。てか異性も同性も関係なく友情がどうでもいい。人生でいちばん楽しいのは運動だからそのことを考えてればいいと思う。」
そう言うと、面食らったような顔をする。
そして、私が「お前らもどうでもいいんだよ」と思っていることに気づいたかのように、焦った顔になる。
小さな時から馬鹿にされない態度とか適当な距離感だけは保ってきた。
だからか、最近は目を見ればある程度のことは分かるようになってきた、こいつらは。
考えてることが一定すぎてすぐ分かるから。
私に嫌われないようにしようとしてる、今は。
「ほんっと運動好きだよね〜!」
うん、運動以外取り柄ないから、好きになっとこうと思って。
また、こいつらに向けての憎悪が溜まっていく。
会話するだけで嫌いになってくんだからよっぽどだと思う、そろそろ大丈夫かな、私。
「駅伝も毎年区間賞でしょ〜! 陸の班は一位確定だし、ほんとスゴすぎる〜!」
まるで自分のことかのように周りに大きな声で言いふらす。
もう毎日の事だから周りの人達は気にも止めない。
というか駅伝のことは当たり前だから誰も気にしてない。
「陸って名前見た時に、ああ運動出来る子なんだなっておもったもん〜!」
どうせ違うくせに。
そうやってすぐ嘘をつくから嫌いなんだ、こいつらが。
どうせ聞いた事あるんでしょ、高橋家の噂話。
私のお父さんは十種競技の選手で、世界一を狙える日本屈指の存在だった。
でも、競技中に不慮の事故で皿を割った。
それは競技には致命的なもので、ドクターストップがかかってしまい、選手人生は諦めることになったそうだ。
お父さんの夢は、今も昔も「世界で戦うこと」
それは、自分でなくてもいいらしくて。
私に、一方的に夢を背負わせてきた、期待してきた。
一日中運動。日々聞かされる罵倒、怒鳴り声。
もうなれたから、虚ろな目をしている私と
何を目指しているのか分からないくらいに必死な、狂気すらも感じる目をしたお父さん。
対照的すぎる、だの
まるで幽霊に怒っているみたい、だの
もう聞きなれた、言われ慣れた、馬鹿にされ慣れた。
「羨ましいよ、ほんと〜!」
君たちと比べないで。
好きでもないことを永遠やらされて、出来ないと叱られて殴られて、家にも入れて貰えなかった。
同じ努力をしていると思わないで。
ランニングもしないで、スマホばっかりやってるくせに。
君たちがしてきた努力と同じだと思わないで。
やってきたことが違うんだから、
結果が違うのは当たり前でしょう?
前
今日明日でめっちゃ進めます。テストがあるから。
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時計の針が進むのがものすごく遅い。
時計が進むのが早い時は楽しいときで
時計の針が進むのが遅い時はつまらない時らしい。
私いままでいきてきて、楽しいって思ったことがあまりない。
物心ついた時には、運動に縛られていたから。
暇すぎて眠すぎる古文の授業。
大学には1時間目から6時間目までずっと運動する学校があるらしい。体育の先生志望のひとが多く通う学校、体育系の学校。
高校にもそう言うのがあったらいいのに。いや、あるのかな? もしかしたらあるのかもしれない。
私の父はもともとそこに行くつもりだったらしい、先生にも推薦してもらえることが決まっていて、オリンピックの出場も硬い、などとテレビで報道もされるようになって……将来の絵図が決まった矢先の怪我だったそうだ。
父はその事実を受け入れることが出来ず、運動バカだったためドクターストップも聞かずに部活に出た。怪我も治らないうちに。
小さな頃から本気で運動に取り組んできて、力を抜くことはなかった父は、もちろん本気で走った。直後に倒れ込んで担架で運ばれて保健室へ。少し前にも同じ光景をみたなあ、なんて陸部のメンバーに言われたそうだ。
そして医者に怒られる、でも懲りずに部活に出る、そして担架で運ばれて……何回も何回も繰り返したそうだ。
それも全て、『夢を叶えるために』
なんで自分がこんなことにあったのかと、恨んだそうだ。
何度も何度も死のうとしたけれど、十種競技で体を鍛えすぎた父は2階から落ちたぐらいでは三途の川を渡れなかった。
医者に説教をなんどもされても話を聞かずに、また医者の所にきて手当てをうてる父の姿は、まるで幽霊のようだったと、母がママ友に話しているのを盗み聞いたことがある。
母親は父親とは対照的で、私の好きなように生きなさい、と言っている。
6歳くらいの頃、学校から帰ってきて、あなたの好きなことをしなさい、と言われた。
小さな頃から運動ばかりだった私は好きなことが思いつかず、父が練習をすると言った時に、咄嗟に運動が好きだ、と言った。
その時の母の悲しそうな顔は、今でも忘れられない。
あの時、違う答えを返していたら未来は変わっていたのかもしれない。
でも……どうせ、私には運動しかないんだ。
ああ、大学にもし入るとしたら運動系の大学に行こう。もう父との練習はこりごりだ。自主練も好きじゃない。
相変わらず動きの遅い時計を眺めたあと、教室の風景に目を向ける。
授業はまだ始まって20分くらいだ。だが、もう既にいつものメンバーが顔にあとをつけ、髪に癖をつけていた。
古文、生物、歴史。それぞれメンバーは違くなるけれど、いつも誰かはこうして夢に落ちる。
私もひとつ欠伸をして、グラウンドを眺める振りをしながら眠りについた。
6月の本州は梅雨真っ最中。
毎日降って降って止まらない雨の奏でる音を聞きながら、私も仲間たちの元へと向かう。
この調子じゃ、今日のサッカーも体育館でやるんだろうな、と考えている間に、意識はなくなっていった。