本当に、心から愛した人。
本当に、ずっとずっと大好きです。
ずっとずっと大好きでした。
だから、私はあなたの事を忘れます。
でも、これだけは言わせてほしい。
本当に『大好き』でした。
「初めての殺意」
初めての殺意を覚えたアイツに出会ったのは、
高校二年生の夏―。
「あっつぅ……」
身体を照らし続ける太陽の陽ざしに、私は声を漏らした。
まぁ……暑いのは当たり前なんだけど。
7月だしね。
「綾、あんただらけ過ぎ!」
顔を上げると、友達の沙弥がこっちを見ながら笑っていた。
沙弥とは高校に入ってからの付き合いだけれど、一番仲がいいからな。
親友ってことになるんだよね。
っていうか!
「しょうがないじゃん!一番窓側の席でしかもカーテンがないんだからさ!」
そう、私、綾こと井上綾乃の席は一番後ろの窓側の席。
居眠りができてラッキーとかいう人もいるけれど、こう暑いと寝るも寝れない。
それに、前に男子がふざけて私の席の横にあるカーテンをとっちゃったから、私と隣の席の美亜ちゃんだけが直射日光を受けて暑くてたまらない。
「まぁ……。でも、美亜もそうなんでしょ?仲間がいてよかったじゃん」
まぁね。仲間がいる分ましなのかな?
それにしても暑いなぁ……。
シャキッとしないままホームルームが始まった。
私達のクラスの担任は生徒指導の先生で、出張が多い分厳しい。
だから、ホームルームの時間だけはちゃんとしなくちゃいけない。
「早く席に着け。ホームルーム、始めるぞ」
皆が席に着く。
「えー、今日は、転入生を紹介する」
先生の言葉にクラス中にどよめきが起こった。
へぇ……転入生か……。
どんな子なんだろ?女の子かな、男の子かな?
わくわくしながらドアを見つめていると、美亜ちゃんが話しかけてきた。
「綾ちゃん、転校生ってどんな子なんだろうね?」
私は軽く悩んでから答える。
「んー……。私の予想はぁ、多分男の子で、イケメンで、勉強もできるしスポーツ万能、それにとっても優しい白馬の王子様のような人なんだよ!」
私の言葉に、美亜ちゃんは少しあきれたみたい。
「あ、綾ちゃん……それは盛り過ぎだよ……」
ま、まぁ、なんていうか……、その……。
恥ずかしいです……ハイ。
「ハイハイ、静かに!よし、入って来なさい」
ドアに皆の視線が集中する。
ガラリとドアを開けて入ってきたのは、背の高い男の子だった。
それにしても……。
「ねぇ、めっちゃイケメンじゃない!?」
私が思っていたことを、美亜ちゃんが代わりに言ってくれた。
「だよね……。でも、中身はどうなんだろう?」
先生は、黒板に転入生の名前を書くと、その男の子に、自己紹介をするようにと促した。
「……秋元俊です。よろしくお願いします」
「秋元君は、前の学校では、成績はトップクラス。部活動はサッカーをやっていて、レギュラーに選ばれるほどの実力だそうだ」
あれ……?
頭が良くて、スポーツ万能。おまけにイケメンって……。
これって、まるで……。
「ねぇ、美亜ちゃん。これって、私が言った人物像と同じじゃない?」
そう。私が言った言葉に当てはまる男の子。
美亜ちゃんもそう思ったのか、すこし驚いた顔でうなずいた。
「うん……。私もそう思ってた。これで性格が良ければ……」
「コンプリート……」
私と美亜ちゃんは彼に視線を向けた。
私の前の前の席の杏理のポケットからティッシュが落ちる。
すると、秋元君はいつの間にか決まっていた席に向かう途中、それを拾い、杏理に笑って見せた。
「はい、可愛いティッシュだね!」
イケメンだ……。
って!いやいや、それどころじゃないし!
やっぱり彼、私が言った通りの人だったんだ……。
「美亜ちゃん、コンプリートしちゃった……」
「うん。性格も優しいしね」
「だね……」
美亜ちゃんと話し込んでいると、いきなり怒鳴り声が聞こえてきた。
「こらっ!綾乃、美亜!!おしゃべりなんかしてないで挨拶でもしたらどうだ?」
「「えっ……?」」
同時に声を漏らし、後ろを振り向くと、秋元君が席に座っていた。
私と目が合うと、あの笑顔で話しかけてくれる。
「よろしくね?」
「う、うん……」
そう答えるのが精いっぱい。
美亜ちゃんも同じなようで、少し頬を赤らめて口をパクパクさせている。
「あ、綾ちゃん……」
「うん、美亜ちゃん……」
お互いの名前を呼んで、しばらくたつ。
すると、私達の事を無視して進められたホームルームが終わる。
不意に、彼が口を開いた。
「へぇ。綾ちゃんと美亜ちゃんっていうんだ?」
美亜ちゃんは合っているけれど……。
残念ながら、私は違う。
本名は、『綾』じゃない。
「あ、ううん……。美亜ちゃんはそうだけど、私は違うよ。井上綾乃っていうの。綾は、私のあだ名だから」
私が笑ってそう言うと、彼は、ふぅんと目を細めた。
「綾乃……、綾……」
名前を呼ばれて、嬉しいな……。
そう思ったのもつかの間。
彼は、いきなり噴出した。
「ぶっ……バッカみてー!綾乃が『綾』なんて……っ!」
バカみたいに笑う彼。
え……?何、この人?
しばらく笑うと、彼は急に真面目な顔になる。
「あのなぁ……。あだ名ってのは、その名前を全部呼ぶのが面倒だから、あだ名をつけるんだ。でも、それって、親がつけてくれた名前を消してるようなもんだろ?」
あまり大きい声で話さなかったせいか、周りには聞こえていないみたい。
彼は、きょろきょろと辺りを見回すと、席を立つ。
「あだ名なんて、バカみてー」
それだけ言うと、私達の前から立ち去った。
前言撤回……。
あんな奴、私が想像した人なんかじゃない……。
めでたいはずの転入生紹介は、私と美亜ちゃんにとって、悪魔の時間となった。
「不思議な優しさ」
あの一瞬の出来事で大嫌いになったアイツが、
時折見せる、意外な優しさ―。