空気は茶色く、まるで実態を持っているかのようだ。旅人Hは歩きづらそうに
しながらやってきた。
Hは、月へ行くために、地球をウロウロ旅しているのである。
適当なレンガの壁に寄りかかって、眠りに落ちるとき、黒い脳内麻薬の一滴が、彼の心の泉に
ぽちゃんと落ちた。
眠る彼に風が吹いた。
みすぼらしい老人が、彼のところにやってきて、つついた。
Hが起きないのを確認すると、その荷物をそっと奪い取って、忍者のようにコソコソ逃げて行った。
目がさめると、荷物がないことに気がついて、Hは微笑した。
散歩を始めた。公園に行くと、噴水の前に、Hの荷物が落ちていた。
袋を開けると、中にはひょうたんでできた水筒だけが入ってた。
Hがそれを振ると、中から、
「出してくれえ!」
と蚊のような声がした。あの、昨日の夜の、泥棒だ。
しかしHは出さなかった。代わりに待った。中から地獄の悲鳴が聞こえてくる。
静かになった時、Hは蓋を開けて、それから水筒の中身をぐびぐび飲み始めた。それはうまい酒になった。これは、そういう魔法の水筒だ。
ベンチに座り、ほろ酔い気分で、真昼の月を眺めていると、一人の少女がやってきて、絵を見せながら、Hに言った。
「あのう、おじいちゃん見ませんでした?こんな顔をしているんです」
それはひどい絵だったが、おじいちゃんへの愛情だけはこもっているようだった。Hは、その絵が欲しくなったから、
「見てないね。だけど、僕も探すから、その絵を貸してごらん」
と言った。
少女は、絵なんかいくらでも描けると言わんばかりに、
「ご協力ありがとうございました」
と言って、Hに差し出した。
Hはその村を後にした。
そのまま、長いこと砂漠を歩いていると、砂漠の向こうに、あの、絵をくれた少女が見えた。
「蜃気楼か」
Hは蜃気楼に向かって歩き続けた。蜃気楼の目の前に立ち止まっても、それは消えなかった。触ると、実態があった。マネキンのように、ピクリとも動かないが。
Hは少女を抱きしめた。何ともない。そこで、Hは少女の耳を、噛みちぎった。熱い血が迸った。少女は無表情。やはりなんともない。
Hは少女を残して、さらに歩き続けた。
「おかしい」
Hは、三日歩いた夜に、ついにこうつぶやいた。
「そろそろ着くはずなんが」
体力が限界だった。ここで振り返り、自分の足跡を見ると、あの少女を後にしてから、三歩しか進んでいなかった。すぐそこに、耳を腐らせた、少女が立っていた。
「化かしたな!」
Hは少女に飛びかかろうとしたが、すぐに、魔法にかかり、無限の砂漠の空間に投げ出された。どんなに
歩いても、絶対に砂漠があるだけだ。次の瞬間Hはしかばねだった。