善行したい奴がいた

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1:匿名:2017/06/24(土) 22:43

善行したい奴がいた。
それも、とにかく、軽い気持ちで。

2:匿名:2017/06/24(土) 22:49

セトは自分のことを、常識人だと信じていた。
common senseを持っていると、信じていた。
規則正しい生活。
悪いことをしたことがない。
潔白。
それだけが identity だった。
ある日、セトは散歩ーーいつものーーをしていた。

3:匿名:2017/06/24(土) 22:59

「あ、これはどうも、セトさん」
 知り合いと出会って、帽子を脱いだ。
「ああ、どうも、どうも」
「セトさん」
 知り合いは、神妙な顔つきで言った。
「なんです」
「私に悪魔が憑いてしまったようなのです」
「ハア」
「悪魔は、私の魂に住み着いてしまったのです。
まるで寄生虫のように。
悪魔は、私の魂を日々蝕んで、
私の魂がなくなってしまったら、
また別の魂を探しに行くと言います。
その時私は、何もわからなくなって、
廃人のようになってしまうと言います」
「ハア」
「私は怖いのです。悪魔は言っています。
別の誰かに乗り移ってやってもいい、と。
その代わり、私が、自分の意思で、
誰かに移せ、と言うのです。
わかりますか。
誰かに悪魔を移してしまいたい。
だけど、良心が咎めるのです。
毎日、どうしようか、
どうしようか、悩んでおります」
「ハア」

4:匿名:2017/06/24(土) 23:06

 セトも、困ってしまった。 
 自分は善い人間だ。
 ここで、彼を見捨ててしまえば、どうなるか。
 人はセトのことを、
「勇気がない人間だ」
と言うに違いない。そうなってはいけない。
「よし」セトは言った。「その悪魔、私が引き受けましょう」
 知り合いの胸から、突然、黒い影のようなものが高速で、
セトの胸に飛び込んできた。
 セトの心の中に、声が聞こえてきた。知り合いの声ではない。
 悪魔が、直接、心に語りかけてきているのだ。
「ヘッヘッヘ、これからよろしくな」

5:匿名:2017/06/24(土) 23:11

 その日から、悪夢ばかり見るようになった。
 悪魔がいたずらで見せているのだろう。
 起きている間にも、狂気じみた白昼夢のようなものを
見るようになった。
 日々幻想は酷くなり、やがて夢も現実も区別がつかなくなった。
「悪魔を持つことは、こんなにも大変なことだったのか」
 だけど、これで、あの知り合いも救われているのだ。
「セトは善人だ。ただ、それだけのことだ。そして、それは紛れもなく善いことなのだ」
 自分に言い聞かせた。

 

6:匿名:2017/06/24(土) 23:18

 ある朝、珍しく清々しい気分で目が覚めて見ると、
インターフォンが鳴った。
 セトはベッドから起き上がり、
「はーい」
と出て見ると、警察だった。
「おやおや。どうされましたか」
「あなたを逮捕します」
 まさか、まさか、善人の私が、とセトは狐につままれたような気持ちになった。
「身に覚えがありません」
「みんなそう言うのです」
 ガチャリ、とセトに手錠をはめた。
「はっはっは」セトは笑った。「悪い冗談でしょう」
「あなたは、10人の人を殺しています」
「はっはっは」
「この殺人鬼!ついてこい!」
「はっはっは」
 しかし、笑い事では決してなく、
セトは、自分の白昼の白夢の中で、
恐ろしい怪物に抵抗して殴りかかる時、
現実では、人を殺していたのである。
 悪魔が語りかけた。
「お前は、本当に善人だよ。だって、お前は、あいつの代わりに、
殺人の罪を背負ったんだからな」
 セトは泣き始めた。
「あんまりだ」

7:匿名:2017/06/24(土) 23:27

 死刑執行の日、ギロチンの前にセトは立っていた。
 足はガクガク震えていた。
 悪魔は言った。
「おい?どうする?もし、お前が、俺様を、今誰かに乗り移らせるなら、
魔法の力で、助けてやってもいい。おや。あそこにお前の知り合いがいるぞ。
お前はあいつの娘を殺したんだぜ。憎らしそうに、お前のことを見ている。
しかし、元はといえば、あいつの代わりに、お前が俺様を引き受けたことから、
こうなってしまったんだ。どうだ?あいつに、俺様を移してみないか?」
 セトは迷った。
 時間が過ぎた。
 ギロチンが落ちる。
 瞬間、セトはついに
「移す!」
と叫んだ。

8:匿名:2017/06/24(土) 23:32

 悪魔の魔法で、時計が巻き戻された。
 あの時、散歩で、知り合いに悪魔のことを相談された時間。
「ああ、どうすればいいんでしょう?セトさん」
 セトはあの時のように、
「悪魔は私が引き受けます」
とは、どうしても言えなかった。
「ああ、やっぱりそうですよね。こんなこと相談されても、
困りますよね」
 知り合いは、寂しそうに、うつむいて去って言った。
「ああ!」
 セトは、去っていく知り合いの引きずっている影を見て、
つい叫ばずにはいられなかった。
 知り合いの影は、悪魔の形をしていて、
意地悪そうに、ベロを出してセトのことを
あざ笑っていたからである。

9:匿名:2017/06/24(土) 23:35

「うーむ」
 セトはそれから書斎に帰って、じっと考え込んだ。
 そして、ついにこう叫んだのである。
「善人は自分のことを善人だとは思わない!」

10:匿名:2017/06/24(土) 23:36

 星新一っぽく?(あんまり読んでない)
 アルベール・カミュの「シーシュポスの神話」読後の創作。


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