斬れない剣で、戦います。

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1:Rika◆ck:2019/06/23(日) 13:38

【あらすじ】
 主人公、立花 恵那(たちばな えな)が通う武藤(むとう)女学園は、生徒全員が「斬れない」剣を常備していること以外は、普通の中学校。
 だが、この学園には、毎日のように悪の組織「ブラック」が、木刀をもって襲撃しに来る。
 そんな恵那と、これから恵那が知り合っていく少女達は、ブラックに対抗しようと、知識もないまま剣を振り回していく……。

2:Rika◆ck:2019/06/23(日) 13:42

―――おかしい。
 立花恵那は、武女学園の校門を潜り抜け、ただただそう思った。
 何人ものの、恵那の先輩に当たる女子生徒がそこにいる。それは、普通の事ではないか。誰もがそう思うだろう。
 しかし、彼女らの腰は、青くて、まるでプラスチックよような、いかにも“斬れなさそう”な剣がぶら下がっている。
 この学校の人達は、頭がおかしいのかな。恵那は、そう思わずには居られなかった。だが、そんな考えも、すぐに打ち砕かれる事になる。


「またブラックが来たわ!」
 一人の女子生徒が、恵那の後ろを指差して、そう叫んだ。恵那はぎょっとして、反射的に後ろを見る。
 そこには、“ブラック”という名前に似合いすぎてる程に、真っ黒な服装をして、木刀を持っている奇妙な男達が、五人程居た。
 その男達に、生徒達は、腰にぶら下がっている剣を抜いて、突撃していく。


 また、という生徒の言葉から、恐らくあのブラックという集団は、毎日のように来ているのだろう。そう考えると、生徒達の腰に剣がぶら下がっている理由が、恵那にも理解出来た。それと同時に、
「これ私危ない!」
 自分の背後で戦争紛いの事が起こっていることに、恵那は恐怖を覚えた。
 何十人ものの女子生徒が黒服の男を囲み、片っ端からリンチしていくその姿。自分もそのような行動を取らなければならない日が来ると思うと、恵那にとって物凄く憂鬱だ。


「君新入生!? 危ないからこっちおいで!」
 その時、前の方から声が聞こえてくる。恵那は黒服の男達から視線を外し、前を見ると、そこには赤みがかった茶髪が特徴的な女子生徒が居た。
 確かに、この状況は物凄く危ない。恵那は走って、茶髪の女子生徒の元まで行く。


「なんなんですか、あれ」
 息を切らしながら、恵那が茶髪の女子生徒に尋ねると、彼女は苦笑いをした。
「あれね、毎日来るから倒さなくちゃいけなくて。今日は結構少ない方で、多い時は五十人くらい来るよ」
「五十人!?」
 そう、五十人。苦笑いしたまま、茶髪の女子生徒は答える。恵那が彼女の下半身に目線を向けると、その細い腰にも、あの青いヘンテコな剣はしっかりとぶら下がっていた。


 やっぱり変だな。と思いつつ、恵那がその剣を眺めていると、その感情を見透かしたように茶髪の女子生徒は笑った。
「君もつけるんだよ? この剣。ほらあそこ」
 茶髪の女子生徒が指さした先には、二名の教師と思われる女性が立っていて、昇降口に来た新入生達に、青い剣を配っていた。
 その光景を見て、思わず恵那は顔を顰める。「嘘でしょ……」という言葉付きで。


「あ、私は藤堂 夢菜(とうどう ゆめな)。二年生。じゃ、あの剣貰っておいで」
 茶髪の女子生徒は、夢菜と名乗り、恵那の肩を押す。恵那は焦って夢菜の方を振り返って、こう叫んだ。
「あっ、立花恵那です! ありがとうございました!」
 そして恵那は、新入生が剣を貰っている所に混ざりに行く。その姿を見て、夢菜は優しく微笑んだ後、その場を後にした。

3:Rika◆ck:2019/06/23(日) 19:36

「これ、あなたの分ね」
「あ、ありがとうございます」
 女性教師から青い剣と、剣をしまう為のベルトを貰った恵那は、怪訝そうな表情でそれらを凝視する。
 ……ダサすぎる。
 率直な感想だった。持ち手が黒くて、刃の部分が青い剣もダサいが、腰につけるベルトもベルトだ。ベルトの色は、茶色っぽいオレンジだったが、悪目立ちする。


 貰ったその瞬間に、剣もベルトも装着しなければならないらしい。恵那も、他の新入生も、嫌そうな顔をしながら、腰につけたベルトに、剣を下げた。
 そして、自分の靴箱に靴を入れ、事前に貰っていたクラスと出席番号、教室の場所が書いてある髪を見ながら、恵那は教室に向かう。


 その途中、恵那はふと窓から学校の外を見てみた。そこには、真っ黒な倉庫のような、四角い建物があって、所々黒色ではなく、青色が見えているから、ペンキで塗ったのだろうか。
「うっわあ……」
 あまりのダサさに、恵那はドン引きしていた。恵那につられて外を見ていた他の新入生達も、同じようにドン引きしていた。
 あの建物は、多分ブラックとかいう意味の分からない集団のアジト的な場所だろう。誰もが、そう判断していたから。よく見てみれば、黒い人影がうようよ動いている気がして、恵那は吐きそうになった。


 あまりにもインパクトが大きすぎて、暫く見入ってしまっていた恵那だったが、学校に着いた時間が集合時間の割とギリギリだった事を思い出し、早足で自分の教室に入って行った。


 教室に入ると、どのクラスメイトも自分と同じように腰から青い剣をぶら下げていて、恵那は思わず吹き出しそうになったが、空気を読んでそれを堪える。
 黒板に貼り付けてあった座席表を見て、恵那が自分の席に座ると、隣の席の、ツインテールの女子生徒が、恵那に声をかけた。


「あたし、姫川 麻湖(ひめかわ まこ)! 隣の席だから、挨拶しときたくて。よろしくね!」
 麻湖と名乗った彼女は、一言で表せばとても元気の良い人物だった。
「立花恵那。よろしく」
 恵那はそう返して、鞄の持ち手を机に引っ掛けた。そして、自分の腰を見て、顔を歪める。
「座ってる時もつけるとか……」
 そう、この青い剣はヘンテコだったが、妙に重さはあった。片方だけに重心がかかるので、腰の負担はかなり大きい。バランスの悪い身体になりそうだと、恵那は思う。


 その後、恵那は、この学校には体育館等で行う、所謂入学式が無いので、隣の席の麻湖と、主にブラックと青い剣についての愚痴で会話を弾ませながら、担任の教師が教室に入って来るまで過ごしていた。

4:Rika◆ck:2019/06/25(火) 17:49

 ブラックという組織については、教室に入ってきたの担任の、中谷 絵李(なかや えり)から説明があった。
 約三年程前から、学校近くにアジト―恵那が先程窓から見たものだろう―が建ち、近いからという理由で襲うようになった、というものらしいが。


 いやいや、警察呼べよ。普通ならば、そう思うだろう。
 全くもってその通りだが、何を思ったのか、学校の理事長が「自分達の問題は自分達で解決させる」という最早意味不明な理論を語り、ブラックの男達は生徒達に対処させる事にしたらしい。だから、何度か警察がやってきても追い返した、と。


「やだねー、これ使うの」
「うん。やだ」
 恵那と麻湖は、説明を聞いて、自分達の腰元の剣を見ながら、ヒソヒソと会話する。その表情は、二人とも心底嫌そうだった。
 中谷は、無表情で続ける。
「登校中、そして帰り道、急に襲われる可能性もあるので、登下校時も剣を身に付けておくように」
 その中谷の言葉に、教室中が軽くどよめいた。主に、剣とベルトのビジュアルが理由で。


「それ以外は、普通の学校生活と同じです。ただ、戦いは勃発するので、授業が中断される事等もよくありますが、まあ、」
―――頑張ってください。
 そんな中谷の、まるで他人事のような、無責任な言葉を聞き、新入生達は一斉にため息をつく。
 恵那も、これからどうなっていくのか、自分は死なないのだろうか。沢山の不安に襲われていた。


「では、本日はここまでで終わります。明日からの登校、ブラックに気をつけてください。起立!」
 中谷の号令で、一同は困惑した表情を浮かべながらも、立ち上がる。
「気を付け、礼!」
 ありがとうございました、全員が小声でそう言った。
 この時、恵那は考えていた。この人生の中で、「ブラックに気をつけてください」という、意味の分からない言葉を言われた事はあったのだろうかと、どうでもいいことを。


 ……いや、もう何を考えても無駄な気がする。恵那はそう判断して、考えるのをやめ、机にかけていた鞄を持った。
 そのまま自宅へ帰ろうと教室を出ようとすると、後ろから声がかかる。
「恵那ちゃーん!」
 麻湖だ。麻湖は笑顔で恵那の目の前に立ち、恵那にこう告げた。
「一緒に、途中まで帰ろう!」


 ほんの少しの距離だが、校門を出た先の恵那と麻湖の通学路は、同じ方向だった。そこまで一緒に帰ろう、というのが、麻湖の提案だ。
 恵那も断る理由が無かったので、それに乗る。二人で並んで、他愛のない会話をしながら下校する。


 それから五分後、二人は別れ道まで辿り着き、また明日を言いながら、それぞれ自宅へ帰―――ろうとしていたが。
「武藤の生徒だー!!」
 目の前に、全身真っ黒、木刀を片手に男が立ちはだかる。明らかに、恵那が今朝見た人物と同じような容姿だった。


「恵那ちゃん大丈夫!?」
 男の声を聞いて、麻湖が引き返してくる。男は一人、恵那達は二人、互いを睨み合い。
「もう一か八か! 麻湖ちゃん行こう!」
 うん、と麻湖が大きな声で頷き、二人は剣を腰から抜いて、男に突っ込んで行く……。

5:Rika◆ck:2019/06/26(水) 08:35

「ああもう!」
 まずは、若干怒り気味の恵那が、剣で黒服の男の背中を殴った。男は痛がってはいたが、恵那の力が足りないせいか、動きの速さは変わらない。あまり、効かなかったのだろう。


 恵那は、次の攻撃に移ろうと、もう一度剣を振り上げた。しかし、その瞬間、
「いった!」
 鈍い音が響き、恵那の頭に、男が振り回した木刀が命中する。木刀と剣なら、木刀の方が軽い上、男と女なら、男の方が力があるので、素早く攻撃出来るのは、相手の方だった。


「ううっ……」
 恵那は速攻でダウンした。頭を抱え、うずくまる。男の方も相当力を入れていたので、気絶しなかっただけ運が良かったのかもしれないが、とにかくダメージが大きい。
 そんな恵那を見ながら、男が余裕ぶって笑っていると、その前に麻湖が恵那を庇うように立ち、
「よくも恵那ちゃんを!」
 そう言って、男の股間に剣を突き出し、ぶっ刺した。麻湖は兄がいるので、男子の急所が股間だと言うことはよく分かっていた。
 男も、麻湖が突然出てきた為、反応が遅れ、避けることは出来なかった。


「あああああ!」
 男は、雄叫びをあげながら股間を両手で覆い、しゃがみこむ。そこへ麻湖が容赦なく、背中を剣で一発、二発と殴り出す。
 それは、男の服が破れ、背中が大アザだらけになり、出血寸前の所まで続いた。


「麻湖ちゃん、もうやめた方がいいんじゃない……?」
 まだ痛むのか、頭を手でさすりながら、恵那が引き気味に制止すると、麻湖も剣を振り回す腕を止めた。
 まさか、一見小柄で可愛らしくて、とても戦うことの出来なさそうだった麻湖が、ここまで相手を追い詰めるとは。地面に倒れ、情けなく、股間を抑えながらすすり泣く男を見ながら、恵那は、ただただそう思うしかなかった。


 すると、恵那の方を振り返った麻湖が、恵那の頭をさすっている様子を見て、涙目になりながら、恵那に声をかける。
「恵那ちゃん大丈夫!?」
 それに対し、「ああ、大丈夫……」と、気が抜けたような返事をした恵那。最早、恵那にとっては、ブラックよりも麻湖の方が恐ろしかったのだ。


「じゃあ、帰ろう。二人目に会わないように」
「うん、気をつけてね!」
 ……何はともあれ。
 殴られた威力といい、ブラックの連中は頭は悪いが、力だけはあるらしい。ここでもう一人でも遭遇してしまったら、もうそこで終わりだろう。
 恵那は今度こそ麻湖と別れ、ブラックに出会わないよう祈りながら、家まで走って帰った。

6:Rika◆ck:2019/06/27(木) 20:44

 家に着くと、恵那は早速母親に、今日起きた事を愚痴としてぶちまけた。恵那の母親は、かなり能天気で、ただあらあらといった感じで話を聞いていただけだ。
「それより、昼ご飯食べる?」
「え、うん」
 恵那が話し終えると、恵那の母親は突然そう尋ねてきたので、恵那は考える間もなく、つい返事をしてしまう。
 娘の頭が知らない男から殴られた。そんな話を聞いても、昼食をすすめてくる呑気さは、恵那も見習いたいくらいだった。


 昼食をとった後、恵那は自分の部屋に戻って、学校から支給されたタブレットの電源を入れた。
 これは、恵那が担任の中谷から聞いた話だが、武藤学園は、ブラックの情報を共有する、専用のトークアプリを作っていて、それは、この支給されたタブレットにダウンロードされているらしい。


 電源を入れてすぐに、「ブラック情報共有兼、武藤女学園学校裏サイト」という、長いタイトルのアプリが目に入った。
 恵那は、恐る恐るだが、そのアプリのアイコンをタップする。
 すると、アプリは開かれ、「一年」「二年」「三年」というボタンが、別れて表示された。ここで「一年」のボタンを押し、パスワードとして氏名、出席番号、生年月日、そして、人一人に配られた“認証コード”を入れると、中に入れる。
 恵那も、その操作を行った。


 一年の掲示板にアクセスすると、既に多数のコメントが投稿されていた。
『ブラックとかいうの聞いてない』『高校に簡単に上がれるって言われて入ったのに、これなら普通の学校の方が良かった』『あの剣もベルトもダサい』……など。


 恵那も、一つのコメントに書かれていたように、高校進学が楽だという理由で親に勧められて、武藤女学園に入学した。
 それが、こんなとんだワケあり学校だったとは。楽な話ばっかり聞いて、怪しみもせず、誘惑に負けた自分が憎い。世の中、そんなにうまい話はないんだ。と、恵那は今回の件で、再確認する。


「はあ……」
 恵那は、小さくため息をついて、タブレットの電源を落とした。ブラックと戦った後ということもあり、心身ともに疲れ果ててしまったのだ。
 タブレットを勉強机の上に置いて、制服姿のままベッドに寝転がる。もちろん、腰に下げていた剣も、付けていたベルトも、さっさと外して片付けてしまってから。
 そして、そのまま昼寝でもしようと思いながら、眠りについて……。


 次に目を覚ました時には、夕方の六時になっていた。
「ああ、夜寝れない……」
 がっくりと肩を落とし、落胆する恵那。だが、すぐに気持ちを切り替えて、入浴、夕食、明日の学校の準備、やらなければならなかった事を、さっさと済ませてしまう。


 もう一度、タブレットの電源を入れた。何か、この学校やブラックの事で、面白い情報はないのかと考えて、画面をスクロールしながら、一文一文見ていく。
 そのまま数時間が過ぎ、文章のいずれも、ブラックについての愚痴ばかりで、つまらないなと思いながら、恵那がタブレットの電源を落とそうとした時、ある興味深い文章が目に入った。


『今学期中に、先輩とかがブラックのアジトに乗り込みに行くんだって。そうすれば、こんな意味分かんない生活送らなくて済むって言ってた』そんな、書き込み。
 もしその話が本当なら、それはとても良いことなのではないか。安全な上に、高校進学も有利な学校なんて、素晴らしい。完全に諦めていた恵那は、この話を知って、少しの希望を抱く。

7:Rika◆ck:2019/06/28(金) 19:05

 翌日、恵那はブラックに警戒をしながら、登校する。特に、昨日の帰り、黒服の男が出た別れ道は、辺りをよく見渡しながら、慎重に通っていた。
 学校ももう少し。という所で、恵那は突然後ろから肩を叩かれる。
「えーなーちゃん!」


「うわっ! ……麻湖ちゃんかあ」
 一瞬、また黒服の男が来たのかと思って驚いた恵那だったが、その人物が麻湖だということが分かると、心の底から安堵する。
 それから二人で学校まで行き、靴を履き替えて、教室に向かう途中、麻湖が恵那にこう切り出した。


「昨日の掲示板見た?」
 その問いかけに、恵那は頷く。それを確認して、麻湖は続ける。
「先輩がアジトに突撃するってやつ! あたしも手伝おうかな。恵那ちゃんもどう?」
 どきりとした。出来れば自分は参加したくなかったが、ここでばっさり嫌だと言うと、学校の為に協力しようとしてくれている麻湖に申し訳ない。
「き、気が向いたらね……」
 恵那がそう返すと、麻湖は「分かった!」と言って、話を終わらせた。恵那は、内心ホッとしたのだった。


 そうしているうちに、もう教室は目の前だ。教室はとても騒がしく、二人が中に入ると、ある一人の女子生徒が話しかけてきた。
「ねえ、二人とも。昨日ブラックになんかされなかった?」
「うん、されたよ?」
 麻湖が言うと、その女子生徒はやっぱりと言いながら、不快そうに顔をゆがめた。


「私も、この教室のみんなもそう。昨日は、全員に一人ずつ襲ってきたみたいで。一人だったでしょ?」
「う、うん……」
 女子生徒の言葉に、恵那は不安げな表情で頷いた。全員、一人ずつ襲ってきたということは、ブラックは計画というか、作戦を立てていることになるから。
 恵那達は二人で下校していたが、他の集団で帰っていたクラスメイト達も、一人に襲われた。そういう事で間違いない。
 ブラックの気味の悪い行動に、恵那も、恵那のクラスメイト達も、皆怯えている。


 ざわざわとしている所に、入口の扉が開く音が響いて、一瞬で静かになった。
「おはようございます」
 中谷だ。中谷は昨日から変わらずの無表情で、教卓に立つ。生徒達は、戸惑いながら、ばらばらの挨拶を小さな声で返した。
 彼女は若く、美人だが、表情も、声も、全てが無機質な感じがして、生徒達にとっては、少し恐ろしい存在らしい。


「ホームルームを始めます。起立!」
 恵那は思い詰めたように外を眺めていたが、中谷の声で我に返り、周りと同じように席を立った。
「気を付け、礼!」
「……ねえ」
 クラスメイト達が挨拶をしている中、恵那は隣に立っている麻湖に話しかけた。麻湖は黙ったまま、何だと言いたげに、恵那の顔を見る。
「笑い声、聞こえなかった?」
「聞こえなかったよ?」
 恵那の質問に、麻湖は困ったように首を傾げながら返し、中谷の着席の合図で、席に座る。若干遅れて、恵那も座った。


 恵那には、確かに聞こえていた。
 窓の外の、校門の方、いいや、学校の外かもしれない場所から、少女らしき笑い声が。物凄く楽しそうな、甲高い声が。
―――まあ、私にしか聞こえていなかったらしいし、気のせいかも。
 ともかく、不思議に思いつつも、恵那はそう考えて、先程聞こえてきた笑い声は気にしないことにした。

8:Rika◆ck:2019/07/07(日) 13:29

 武藤女学園は、色々と規格外な部分はあるが、中谷の言った通り、基本は普通の中学校と同じ。
 国語、数学、社会、理科、英語、その他の授業は普通に行われる。勿論、定期テストだって行われる。
 最も、こんな意味の分からない学校で普通の学校生活を送らせるのはおかしい。という文句も多々出ているが。


 恵那も、同じような意見を持っている。恵那は成績は悪くないものの、勉強があまり好きではなかった。だが、そもそも隣の麻湖は……。
「あー、勉強したくない……」
 授業中の今も、机に突っ伏して、放心状態だ。本当に、勉強が嫌いなことが伺える。
 恵那は、そんな麻湖を見て、こうはならないようにしないと。そう強く感じた。これぞ、反面教師というやつなのだろうか。


「えー、ある数字から、負の数を引くと、プラスになります」
 数学教師の解説を聞きながら、恵那が真面目にノートを取っているところで……事件は起きた。


―――バリーン!!
 廊下の方から、大きな音が響き、教室は悲鳴に包まれる。
 恵那は耳を塞いでいた手を外してから、怯えながらも、なんとか廊下を見た。すると、そこには……。
「嘘、でしょ……」
 思わず、恵那の口からそんな言葉が漏れる。無理もない、何故なら―――


「ブラックが来たー!!」
 一人の生徒が、涙目になりながら叫ぶ。
 そう、ロープのようなものをよじ登って、窓から校内に侵入してきたのは、五、六人の黒服の男達だった。
 男達は窓から入ってきたと思えば、教室の扉を蹴っ飛ばし、恵那達の教室の中に、ずかずかと入ってくる。


 もう、クラス中が大パニックになっていた。だが、行動は皆同じ。
「剣を持って! 前の方の子は、前から、後ろの方の子は、後ろから!」
 一人の勇敢な女子生徒が周りに指示を送ったことで、その場は一旦落ち着く。それぞれがその指示に従って、男達に攻撃を仕掛けた。
「行こ、恵那ちゃん!」
「うん」
 麻湖も恵那も、後ろの方の席だったので、教室の後ろの方から、男達を責めていく。


「あー、うるっさいわこのガキ共!!」
 男達のうちの一人が忌々しそうに叫び、恵那達の持っていた剣の二倍くらいの大きさの木刀を、大きく振り回している。
 あの木刀に当たってしまえば、相当危険だ。
 生徒達も、そう判断したのだろう。木刀を振り回している男には、下手に近付けなくなっていた。


 どちらが動いても危険な状況になり、両方、武器を持って睨み合いだけを続ける。
 唯一の大人の数学教師だって、情けないことに腰を抜かして、ガタガタと震えているので、使い物にならない。
 このままでは、埒が明かない。誰もがそう思った時。


「また出たか、ブラック!」
 大柄な体育教師の男性が右側から、別のクラスの生徒達が左側から、それぞれ武器を持って、黒服の男達に突っ込んできた。
「ちくしょう、五人対複数は卑怯だろうが!」
 完全に負けを確信した男は、苛立たしげにそう叫び、他の男達を連れて窓から飛び降りて行った。


「良かったね、何も無くて……」
「窓は割れたけどね……」
 廊下の窓ガラスは割れ、酷い惨状だったが、奇跡的にも怪我人はなし。この後、何事もなかったかのように授業は再開されたが、授業中にブラックがやってくることもあるという事を、恵那達はよく理解した。

9:Rika◆ck:2019/07/08(月) 06:13

 登下校中に、ブラックの男達と戦い、授業中に彼らが乱入してきたら、集団で攻める。その生活も、何日か繰り返していたら、恵那達はさすがに慣れてしまった。
 そんなある日の、美術の時間の前、恵那と麻湖が移動教室に行っている時、すれ違った上級生達の会話が、二人の耳に入る。


「そろそろ、アジト行く?」
「待ってまだ心の準備が……」
 例の、集団でブラックのアジトに乗り込み、ブラックの男達を全滅させる計画の話だろう。その会話を聞いて、恵那と麻湖は、顔を見合わせた。
「もうすぐなんだろうね」
 恵那が言うと、麻湖も頷く。初めて恵那がその計画の話を聞いた日から、何日か経っているので、そろそろなのではないかと、二人は考える。


 麻湖は、考えるような仕草をした。
「あたし、どうしよっかなー……。行こっかなー……」
 何だかんだ、一人でも結構戦えている麻湖なので、本気で計画への協力を検討しているらしい。その様子を、協力する気なんてさらさらなかった恵那は、他人事かのように眺めていた。


「……麻湖ちゃん」
「なーに?」
 二人が美術室に辿り着いて、授業が始まると、恵那は麻湖に、周りに聞こえない程の小さな声で声をかけた。
「あの計画って、参加した方がいいかな」
 麻湖は、うーんと首を傾げながら暫く黙っていたが、やがて口を開き、
「人それぞれだよ」
 そう、心なしか元気の無さそうに見える恵那を、元気づけるように、明るい笑顔で答えた。


「べつに、行かなかったらダメとか、綺麗事は言わない」
 さらっと麻湖が続けた言葉に、恵那は思わず「へ?」と間抜けな声を出して、目をぱちくりさせていた。
 よっぽど驚いたのだろう。麻湖は、正義感の強い子だと、少なくとも恵那はそう思っていたから、その麻湖から「綺麗事」という言葉が飛び出したことは、あまりにも意外すぎる。
「なんてね!」
 呆然としている恵那を見て、麻湖は悪戯っぽく笑いながら、画用紙に絵を描き出す。


 そんな麻湖を横目で見ながら、恵那は「本当にこれでいいのだろうか」と考えていた。
 確かに麻湖は「人それぞれ」だと言ったが、彼女はおそらく、アジトに乗り込む計画に参加する。そして、麻湖以外の一年生が誰も参加しないと言おうと、きっとそれは揺るがない。彼女の性格上。
 だからか、麻湖を一人で行かせるのは、何だか申し訳ない気がした。
 こうして、恵那の考えは少しずつ変わっていく……。

10:Rika◆ck ちょっとキモいシーンあり:2019/07/08(月) 06:16

 恵那も、麻湖も、アジト乗り込みの計画に対し葛藤していたが、二人の仲は最初の頃よりも確実に深まってきていた。
 たまにだけ、一緒にしていた登下校も、今では待ち合わせをして、毎日するようになる。
 まさか、こんなに早く仲良くなれるなんてと、相手が、根本的な部分で自分とはあまりに合わないだろうと判断していた麻湖だったから、恵那は自分でも驚いていた。


 今日も、終業後、二人は共に下校する。ブラックの男が現れる可能性もあるので、一人よりも二人の方が安全だ。
 学校で起こったこと、アジトのこと、色々な話をしながら歩いていると、二人の目の前を、何かが猛スピードで通り過ぎて行ったので、二人はつい足を止めてしまった。


「今のって……」
 麻湖が、ポカーンと口を開けて呟いた。
 顔はよく見えなかったものの、それは人間で、木の棒のような物を担いでいた。まあ、おそらく、
「ブラックでしょ」
 恵那が、どうでも良さそうに口を開いた。木の棒のような物を木刀だと思えば、確実だった。ブラックの男には出来るだけ関わりたくないので、二人が回り道をする為に、後ろを向いた時。


―――きゃははっ!
 以前、恵那がホームルームの時間に聞いたような、少女らしき人物の、甲高い笑い声が道路に響いた。
「聞こえた?」
 しきりに、何度も頷く麻湖。今度は、麻湖にもしっかりと聞こえたらしい。


 その少女については恵那も気になっていたので、一人ブラックの男が通り過ぎて行った方へと歩き出す。
 後ろから、麻湖もついてきている。一応の為、恵那は麻湖にこう告げた。
「帰ってもいいよ。私が気になってるだけだから」
「ううん、大丈夫!」
 即答だった。やっぱりかと恵那は思いつつも、特に気にしてはいない様子だ。


 そのまま、ひたすら真っ直ぐに走る二人、だったが、恵那は何かを発見し、すぐに足を止めた。麻湖もつられて止まった。
―――ハハハハハっ!
 大きな、狂ったかのような笑い声を上げている少女が、そこに居たから。
「ぶッころす、あんたぶッころす。ねェ、死んでよ」
 恵那達が使っている剣と、同じ物を手に持って、何度も何度もブラックの男の頭を殴っていた。
 剣といい、制服といい、武藤女学園の物だ。制服のネクタイの色からして、一年生だと、恵那は判断する。


 男が地面に倒れていても、口から泡を吹いていても、少女は手を止めなかった。それどころか、暴行はエスカレートし、
「うわっ」
 恵那と麻湖が、あまりの醜さに、目を手で覆った。
「ヴぇっ……ぉぉ……」
 少女は……男の背中に馬乗りになって、持っていた剣の先をを男の口の中にねじ込み、それをどんどん奥へと突っ込む。やがて喉まで突き刺し、男を何度も何度も嘔吐させていた。


「も、もう帰ろ!」
「うん……」
 見ている二人の方も気分が悪くなってきて、その場を引き返し、急いでその場を立ち去ろうとした。
 ただ、二人は物凄く運が悪かった。二人の丁度真上をカラスが鳴きながら通って行ったので、少女はこちらを見て、二人に気付いてしまった。


 ……殺されるっ!
 直感で、恵那も、麻湖も、そう思った。一歩、一歩と無意識に後退りをしながらも、恵那の視線は真っ直ぐ少女を見ていて、どうしても、光の無い瞳と、目が合ってしまう。
 二人ともすっかり腰が抜けていて、速くは歩けない。ゆっくりと歩いてくる少女との、距離が詰まりに詰まって、もう終わりだと確信した時。


「あいつは人殺し、キャハハハハっ」
 少女は明るいトーンで二人にそう言い、薄気味悪く笑いながらその場を立ち去ったので、恵那と麻湖はひどく拍子抜けした。
 そのままその道で別れ、家に帰って行った二人だが……先程の光景が夢に出てくる程に、あの少女のことがトラウマになってしまっていた。

11:Rika◆ck:2019/08/06(火) 07:46

「おい、何をやってるんだ!!」
 それは、まるで誰かを叱るような厳しい口調だった。
 長い黒髪をなびかた男口調の少女が、怒りを滲ませた表情で叫ぶと、先程ブラックを残虐に殴り続けていたあの少女の方まで近づいて行く。
 黒髪の少女を見ると、薄気味悪く微笑んだ。
「だってェー、悪いヤツはまどかが殺さなきゃ」
 少女は……“まどか”は頬をふくらませ、可愛らしい仕草に似つかわしくない言葉を放つので、少女は更に表情をゆがめる。


 ハァと一つ溜息をつきながら、
「私から見たら、お前が一番悪そうだけど」
 言われると、まどかは両手を広げておどけて見せた。
「へェー、そうかなァ? まあまどか的には……」
―――ストレス発散にもちょうどいいしぃ?
 その言葉を聞いた少女は、呆れてもう一度ため息を吐いたかと思えば、まどかにこんなことを尋ねる。
「……他に理由があるんじゃないか?」
 だったら、わざわざここまでする必要も無いだろ。嘔吐物にまみれた、無残なブラックの残骸を見遣りながら。


 一方のまどかは、不思議そうに首を傾げている。正直質問の意味も、意図も分からなかったから。
 まどはか学力が極めて低い。クラスでは最下位争いをする程には。おまけに空気も読めない。少女的には残虐な行為の真の理由というか、深い理由を聞きたかったのだろう。しかし、ストレス発散という先程の発言か、まどかにとっては答えだったのかもしれない。単純過ぎる頭の為、一つの物事に対する答えは一つだけしか持ち合わせていないのか、あるいは自分の本当の目的理解出来ていないのか。


「……ああそうか」
 大体を察したのか、少女はまどかに背を向ける。
「どんな理由はあろうとも、殺人は犯罪だ。やめておけ」
 れっきとした正論にも思えたが、まどかは不服そうだった。
 両腕を背中の後ろで組み、つまらなさそうに片足をぶらぶらさせながら問いかける。
「ねェー、なんであいつら犯罪みたいな事して、親とか警察とかからお咎めされないのか知ってるぅ?」
 ドクンと心臓の跳ねる音を、明らかに少女は感じた。今まで考えた事も無かった事、言われてみればおかしい。まどかの方を振り返り、表情で続きを促した。


 まどかは、心底おかしそうに笑う。
「コレだよコレェ! コレさえあれば、良い大人でもみーんな虜!」
―――あーっはははははは!!
 甲高い、耳を塞ぎたくなるような笑い声をあげながら、まどかはその場から立ち去って行く。
 まどかがコレと表したのは、親指と人差し指で作った円。つまり“金”だろう。
 話について行けず、呆然とその場に立ち尽くす少女、名前は神崎 冴(かんざき さえ)。武藤女学園の生徒会という立場の彼女は、これからの事態に難儀する事となる。

12:リカちゃんワールド◆ck:2019/08/24(土) 11:00

 次の日になり、今日も学校へと家を飛び出した恵那だったが、昨日の光景が未だに頭に残っており、気分は最悪。夜もろくに眠れず、不調の状態の為か足取りは若干ふらついている。
 その途中で麻湖と合流したが、
「おはよー、恵那ちゃん……」
「おはよ、顔色悪くない?」
「恵那ちゃんもだよ……」
 普段の元気はどこへ行ったのか、有り得ないくらいの真っ青な顔色に、麻湖のチャームポイントとも言える笑顔すら消え失せてしまっている。
 死んだ表情で並び、登校する二人の姿は傍から見れば大層不思議なものだっただろう。しかし、今の恵那達にはそんな事気にしている余裕もなかった。


 学校に着いてみれば、ゆっくり休めるわけでもなく。
 二人が一刻も早く教室へ入ろうと自分達の階に足を踏み入れたその瞬間に、
「おはよ、ちょっと聞きたい事あるんだけど」
 タイミング悪く、何故か恵那達のクラスの前で待ち構えていた夢菜が呼び止め、その隣では冴が不機嫌そうな表情で仁王立ちしていたのだから。
 状況が理解出来ず、体力は限界。物を考えることもままならない二人にとっては二重苦とも言えるだろう。
「誰あれ」
 恵那と夢菜は互いに顔見知りであるのに対し、麻湖にとっては夢菜と冴のどちらも初対面。困惑した様子で恵那に耳打ちする。
「あっちは藤堂って人で……」
 言いつつ、冴の姿を見遣る恵那だったが、やはり見覚えはなく苦笑いではぐらかした。
 そんな恵那達の様子を察してか、夢菜が口を開く。
「そっちの子は初対面だったね、私は藤堂夢菜。んでこっちはクラスメイトの神崎冴」
 紹介されて、初めて冴は恵那達の方に顔を向け、軽く頭を下げえ会釈する。あまりにも冷たい対応だったので、素っ気なさそうな人だと言うのが恵那の冴に対する第一印象だった。
 冴の雰囲気に怖気付いた恵那だが、それもつかの間。
「……よろしくお願いします。それで、」
―――私達に、何の用ですか?
 状況が状況で、機嫌が悪かったのもあるだろう。高圧的な口調で尋ね、夢菜達を見上げる。


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