試験管のピンクレモネード 

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1: 飴玉 ◆ejLk.:2019/08/12(月) 17:06




「 ほら、こんなに飲み物が綺麗に見える器ってないのよ 」


 

303:  ◆AE hoge:2019/08/15(木) 23:14



少し下がったのでわけてとうこう






「え、お前何かけてんの」
 只今、キッチンの壁の時計は午前6時55分を指している。7時に主様のところに朝食を持ってく単純な仕事。今週はおれとオペラが当番。誰がこのシフト組んだんだか忘れたけど、朝っぱらからこいつと顔合わせなきゃなんて、メシがまずくなる。3分ほど前に腹が鳴ったのを思い出した。まあ、おれ、仕事に情挟むほどコドモじゃねえけど。
 しかしこればかりは許せない。トレイに主様の朝食を乗せ、主様が使うフォークとナイフを棚から取っていたとき、後ろからぱちんと指のスナップ音が聞こえた。嫌な予感がして振り替えると、折角調理担当――今日は誰か忘れたな――がこんがりきつね色で肌理細やかなあみあみに焼いたトーストの上に、魔法で珈琲シロップなんかかけてやがる。は、と口を開けたと同時、思わず手の力が緩み、握っていたフォークとナイフがからんとタイル貼りの床に落ちた。何が不思議なのか、こいつ、目の瞳孔を少し広げては首を少し傾げる。
「おや、見てわからないかい?珈琲シロップだよ」
「そういうことは聞いてねェよ」
 落としたカトラリーをしゃがみ込んで拾う。黒いサロンエプロンの裾が床についた。チッと舌打ちが漏れる。悉く、ツイてねえ。はあと立ち上がってフォークとナイフをもう1組出すと、おれは落とした方を流しに置いた。そんで、新しい方をオペラの前にあるトレイに置こうとする。が、オペラはトレイに前に突っ立っている。何が面白いのか、トーストにかかったつやつやの珈琲シロップをじっと眺めていた。
「どけよ」
 イライラする。抑えろ。膝蹴りしたくなる衝動、抑えろ。ぬ、とこいつはおれの方を見た。ちゃっと、ほんのちょっとだけ、あいつは右にずれたから、さっとフォークなどを置いた。まだあいつはこっちを見ている。目を合わせるのがなんとなく嫌で、でこに焦点を当てる。ずい、と人差し指でトーストを指して、おれは言ってやった。
「主様に出すトースターには主様の好きな珈琲の花の蜂蜜がもうかけてあンだよ、勝手に要らんモンかけんなよ」
「珈琲蜂蜜なら、珈琲シロップも大差はないと思うぞ、ワタシは」

304:  ◆AE hoge:2019/08/15(木) 23:15

「食べたことあんのかよ、珈琲蜂蜜」
 なぜかこいつは自信満々だった。珈琲の花の蜂蜜と聞いて、一瞬でにいっと口角を上げたのだ。もしかして、実は珈琲蜂蜜と珈琲シロップはあんまかわんねえのか__?と一抹の希望を抱くも、ふふ、という笑みとともに「ないねえ」とすぐに返答が返ってくる。
「ないんか」
「ないな」
 呆れた。ちら、とトーストに目をやる。どろ、と不透明な珈琲シロップの下、所々からちらりと覗く半透明な珈琲蜂蜜。透明度が明らかに違うが、どちらも茶色かかった色味。これは主様にお出ししてもいい、のか?もしかして黙ってればバレ、ない?
「いや、だめだろ」
 はあと顔を両手で覆って溜息をつく。これはだめだ。今からパンを焼きなおしてもらうのも手間だし、調理組はもうここを出てるわけだし、どうしようもないが、これはだめな気がする。なんだこれ。透き通った蜂蜜ととろりとしたシロップの織り成すアートでもなんでもねえわ!
 ちら、と指の隙間から相手を伺うと、相変わらずきょとんとした様子で「なぜなんだ?珈琲を使っていることには代わりないだろう、」 など聞いてくる。
「見た目からしてだめ」
「外見より中身だと言うぞ」
「中身もだよあほ」
「……もしかして、あほってワタシのことかな?」
「あほが」
 もしかしてなくても、お前だよ。へなへな、床にしゃがみ込んじまうわ、おれ。すん。なんか鼻水出るわ、これ。これだからこいたは――。ぼうっと床と自分の爪先を見つめる。横の方からきゅ、と靴と床が擦れる音がした。またあいつ、何か変なことやんのかな。うわ。今何時だよ。と、顔を上げたそのとき、ずい、と目の前にしゃがみこんだオペラの顔があった。いや、おれ、俯くしかないじゃん?
「キミがそんなに言うのだから、だめってことなんだろう?」
「近ェよ」
 ぼそ、と呟いた。耳元で声が聞こえる。
「ワタシが主様には謝るから、キミは心配しなくて大丈夫」
「……近ェって」
「もう7時になってしまう、な、はやく行こう」
 と、こいつ、おれの頭触りやがった。ぽんってした。え、あれ、ぽんって、した?泣きそうだった目のうるうる、全部引っ込んだ。いや、泣いてねえよ?泣いてねえって。恐る恐る顔を上げる。耳が赤い、かもしれない。オペラはもうすくりと立ち上がって、トレイを持っていた。
「ごめん、」
 そう言うオペラの笑い方はいつもと違って、細めた目を覆うように生えた睫毛はちょっと重たくて、どこか悲しそう。
「行こう」
 つ、とオペラおれに背を向けてドアを開けると、振り返っていつもと同じ笑い方で笑った。そこになぜか安心感を覚えるおれがいる。
「……分かった」
 おれも立ち上がって、ドアへと向かった。なんか、すごくこころが変な感じのする一日の始まりだ。まあ、あいつのこと、すきになるには程遠いけど?



おわり


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