「翼、強くなりなさい。とは、言わないわ。あなたは、無理するから。…そうね、気高く在りなさい。それが、お母さんの願いだから。」
そう言って、お母さんは、天に逝ってしまった。
「恋谷、校内オニゴしないか?」
恋谷翼は、ハッとした。
黒髪のキリリとした、ショートカット。
時に、彼女は、男と勘違いされる。
「…別に良いけど。」
「ッシャアー!!じゃ、スタート!恋谷が鬼な!」
そう言って、男子生徒は、翼から逃げる。
(ハァ、めんどくさいが、やるしかないか。)
10数え、歩き出す。廊下には、走るの禁止!と、書かれた紙が貼られている。
階段を覗きつつ、上る。踊場を歩いていると。
ツルリッ!
水があり、翼は、鏡に手をかける。
いつもなら、鏡は冷たい。
そう、いつもなら。
グニャリと、鏡が歪む。翼の手が、鏡の中に入っていく。
(ウソ、だろ?)
鏡は、ジェル状になり、翼の全身を飲み込んだ。
(一体、此処は?)
翼の目の前には、鮮やかな桜の木。
大きな山。
点々と連なる家々。
(此処は…?里、か?)
座り込んだ翼の背から、ヌッと誰かが現れた。
赤色の髪を持つ、かっこいい?青年がいた。
「イチイ兄さん、惚れたのか??」
その青年の背から、ヌッと、白銀の髪を持つ、これまたかっこいい青年がいた。
「ッ…ゴウ、テメェの面、顔面骨折させても良いんだぞ…(怒)」
ケンカし始めた、兄弟を翼は、唖然として見る。
「……………兄さん達、見苦しい。」
冷ややかな声がした。
「……ニィ!関係ないだろ!」
「兄上は関係ないのでは…?」
青色の髪を持つ、かっこいい青年がいた。
「……俺、ニィ。こっち、兄のイチイ。あっち、弟のゴウ。きみは?」
ニィの声に、翼は、
「私は、恋谷翼。此処は、一体何処?」
「ここはね、翼ちゃん♡」
ヒョイと、緑の髪を持つ、青年がいた。
「オレは、サィヤ。ここは、鬼村。」
「鬼村!?」
翼は、サィヤの言葉を反芻する。
「そんでもって、俺らの家。」
新たな声がした。
黄色の髪の、青年がいた。
「オレは、シイヤ。よろしくな、翼。」
(5人兄弟!?)
翼は、頭がクラクラしてきた。
サィヤが、不意にまじめな顔で、翼に聞く。
「なぁ、翼ちゃん。」
「…はい?」
「椿姫から何か聞いてないか?」
椿姫は、翼の母親だ。
翼は、目をぐるりと回した。
「…特に。」
「あちゃー。椿姫、伝えてないってか。」
ニィが、
「…なら、呼べば。」
翼は、申し訳なさそうに、
「母は、10年前に、死にました。」
「「「「「嘘だろ!?」」」」」
5人兄弟全員が、ハモる。
「それじゃ、翼が知らないわけだ。」
イチイが、言った。
シイヤも、うなずき、
「椿姫、鈴玉も託さなかったんだろ。強情だったしな。」
翼は、思い切って、
「鈴玉って‥…?」
すると、鈴のような声がする。
「神の御子が抱く、聖なる玉よ。」
ふわっと、その少女は降り立つ。
「「「「「杏樹!!」」」」」
(杏樹……??)
ふわふわの茶髪の女の子は、うなずく。
「私は、杏樹。よろしくね、翼ちゃん。」
シイヤが、不思議そうに、
「今日は、何で来たんだ?」
杏樹は、ニンマリ笑って、翼の方を見て、言った。
「イチイ兄さんを雅様が、鬼頭にしたいと。」
わけが分からない顔をしている、翼に、
「鬼頭は、鬼の頭という意味よ。あと、、」
あたりを見回し、コソッと、杏樹は言った。
「ゆくゆくは、香乃姫のところに、婿入りしてほしいみたいよ。」
(こっちでも、婿入りとかあるのか…)
イチイの顔は、真っ青だった。
(どうしたんだろう?)
イチイは、ブルブルと、
「あの婆め!!」
「ど、どうしたんですか。」
恐る恐る聞いた翼に、イチイは噛みつくように言った。
「あの婆は、逆らったらめっちゃくちゃにされるんだよ!」
「め、めちゃくちゃ?」
余りにも、震えているので、翼は聞かないようにした。
まあまあ、と、サィヤがとりなす。
「兄さんも当たらない!あと、香乃姫も可愛いよ??」
翼の胸の中は、嫉妬(?)に燃えていた。それを知るのは、後のこと。
「あ、あの。皆さんのこと、呼び捨てして良いですか?」
「いいよ!」
一番最初に、サィヤが飛びついた。
他の4人も許可した。
翼は、ホッとした。
*鬼村 南部*
香乃姫は、祖母の方をみる。
「おばあさま、イチイ様を鬼頭にするのですか?」
香乃姫の祖母__雅様は、ニヤリと不適な笑みを漏らす。
「もちろんですとも、香乃姫。」
香乃姫は、心配そうに、
「イチイ様を婿にしなくても。」
雅様は、再び笑った。
「私の願いは、香乃姫が結婚する事ですよ。」
香乃姫は、ジッと雅様を見た。
「おばあさまと、イチイ様は、仲が悪いと、宮中でも噂の一つでしたのに。」
雅様は、不意にまじめな顔になる。
「そんな事を、香乃姫に伝えるなんて…。育ちが悪うございます。帝の妻ですのに。」
くしゃっと顔を歪めた雅様に、香乃姫は笑いかけた。
「ご心配なさらないで、おばあさま。」
*鬼村 宮中*
香乃姫は、しずしずと、廊下に出る。
帝に呼ばれたのだ。
(帝は、一体何を考えられているのでしょう?)
帝の部屋に入り、簾の向こうから、帝の声がする。
「香乃姫、イチイとの結婚は、聞いたか?」
「…はい。」
ちょっと、帝の声が明るくなる。
「どうじゃ。結婚を決めたか?」
香乃姫は、小首を傾げ、
「まだでございます。」
帝の声は、静かになる。
「悪い縁談では、なかろう?悩むこともなかろう?」
(そうですけど……)
香乃姫は、静かに言った。
「イチイ様が、私を好いているとは、まだ分かりませんから。」
帝の声に、心なしか怒気が含まれた。
「そなたは、かなり人気があるのだぞ?イチイも悪くなかろう。」
(この人は、私を政治に使おうとしている。)
「そうでしょうか?まだ、考えがまとまらないので、考える時間をお与えください。」
帝は少し考え、
「よかろう。良い答えを出すことを期待している。」
帝の部屋を出た、香乃姫は、フウッと、ため息をついた。
(帝は、邪神様が降臨されるから、焦っているのだ。)
部屋に戻った、香乃姫は、倒れ込んだ。
(イチイ様との婚約。確かに悪くは、ないですね。)
そして、何時の間にか眠ってしまっていた。
翼は、ごくっと、唾を飲む。
なぜなら、香乃姫がイチイのもとに来たのだ。
「イチイ様、私との婚約、考えていただけませんか?鬼頭の座も考えてあります故。」
「いや、でも…。」
言いかけたニィを、イチイは手で制した。
「香乃姫もお知りの通り、コレは、椿姫の娘、翼です。」
(コレって!!)
微かに翼の肩が、動く。
「香乃姫も知っておられますが、今年は邪神様の降臨の年です。先代の椿姫が、神の御子で、鈴玉を抱いていたように、翼も恐らく、邪神様の降臨を食い止められるのでは。」
香乃姫は、柔らかく笑う。
「でも、私達が婚約しない理由には、ならないでしょう。」
イチイは、チラリと翼を見、
「……では、謹んでお受けいたします。」
婚約を受けたのだった。
婚約の知らせのため、イチイも香乃姫と宮中に行くことになった。
帰る前、香乃姫は、翼に、
「時折、きてくださいね。何かあったときは、私達を頼ってくださいね。」
と、笑いあった。
淡々と、イチイが香乃姫に婿入りする日が決まっていく。
翼としては、嬉しかった。
誰かが幸せになれるのだから。
[神抱き御子よ。]
(なっ、何。)
その声は、翼の内側からする。
女のような、男のような声。
[邪神が降臨し日に、そなたの真の力が目覚め、それを阻止するであろう。]
(どうして、何?真の力?)
[そなたの鈴玉は、そなたの中にあり、そなたの外にある。]
リン。リン。
鈴の音を残しながら、声は消えた。
(私の中にあって、外にある?)
翼は、不思議に思った。
邪神降臨まで、後2日。
時は進み、邪神降臨の日。
今宵は、満月。
赤い月と、青白い月が重なるように見える。
翼は、サィヤが教えてくれたとおり、紅の着物を着た。
もとより、美形の翼だから、着物はさらに、翼を引き立てる。
(呪文とか、よく分からないが。)
疑問を抱きつつ、翼は大きな庭園に出る。
と…
赤と青白い月の陰から、ヌルリと何かが現れた。
ヌメヌメと音を立て、ソレは、翼に向かってくる。
月明かりの下、ソレの姿が見えた。
大きな大蛇。
金色の目と、チロチロと出た、赤い舌。
『そなたの鈴玉を渡せ。』
「なぜ。」
邪神は、翼をねめつける。
『余は、数万年前、そなたの先代、月波によって、封じ込められたのだ。鈴玉は、余の蘇りを、復活を、手助けするのだ。』
(こんなのに……?)
復活しても、意味がない気がした。
恐らく、邪神はあまりよい政治を行わなかったのだ。
それで、月波が封印したのだ。
『はやく余に渡せば、命を失わぬ。』
(お母さんは、こんなに大きな使命を私に託したのだ。お母さんの意志を、すべてを、無にしない。)
覚悟の色を、瞳に映した翼は、
「嫌です。」
きっぱりと、言った。
邪神は、翼をジッと見る。
『はやく余に渡せば良かったものを‥。ならば、望むようにしよう。』
次の瞬間。
ズドン!
大蛇の尾が、地面に叩きつけられる。
間一髪で、よけた翼に、邪神は、大きく口を開ける。
その口から、雷の玉ができる。
雷の玉は、大蛇の口から放たれた。
(もう、死ぬのか。)
翼が覚悟し、目を閉じた瞬間。
誰かが、翼を突き飛ばした。
「!!」
その誰かの姿を、翼が見た瞬間。
バリバリバリィ!
雷の玉が、その誰かに当たった。
邪神は、翼と誰かを睨みつけ、消えてしまった。
あまりの恐怖に、翼は座り込んでしまった。
「翼……!」
ニィが、駆け寄る。
サィヤと、シイヤも、丘に登ってくる。
恐る恐る、翼は、倒れた誰かを見た。
ツンツンッとした、白銀の髪。
ゴウだった…。
「「「ゴウ!!!」」」
ニィ達が、駆け寄る。
翼は、まだゾッとして、立てなかった。
サィヤが、ポツンと、
「邪神様が、こんな事を……。」
つぶやいた。
あたりは、静寂に包まれた。
立てるようになった、翼は、ゴウのもとに行く。
「ゴウ、ゴウ!!」
誰も、何も言わない。
やがて、翼は、
「ゴウは、私をかばった。私はゴウを目覚めさせたい。どうすれば、いい?」
ニィとサィヤ、シイヤは顔を見合わせて、言った。
「そのためには、桃源郷に行かないといけない。」
(桃源郷…。中国の神話で出てくる。)
翼は、身を乗り出すようにして、
「何処にあるんですか!?」
サィヤは、ゆっくり言った。
「誰にも分からない。」
翼は、ゆっくり立ち上がった。
「助けられるなら、すぐ行きます。」
***桃源郷へ***
翼は、必要な物をまとめ、歩き始めた。
(必ず、ゴウを助ける。)
翼は、それしか思えなかった。
草原が広がっていて、ところどころに、鬼灯がなっていた。
草は、チクチクしていた。
(此処からどうするか‥…。)
どことなく、草原を突っ切る。
その向こうには、林と、宮が建っていた。
恐る恐る、宮に近づくと。
「貴女が、翼様ね〜!!」
鈴を転がしたような、軽やかな声がした。
宮の戸が、開く。
腰までかかる、黒髪。
涼やかな瞳。
「私、香乃姫です。」
「あ、イチイの…。」
翼は、香乃姫をジッと見る。
香乃姫は、翼の手を取り、自身の局に入れる。
「此処なら聞かれません。」
ホッとし、翼は此処へ来た理由をポツリポツリと話し始めた。
話を聞き終わり、香乃姫は、
「桃源郷ですか…。宮の者に、聞いてみます。今夜は、ゆっくりしていかれません?」
翼は、少し悩んで、
「では、お言葉に甘えて。」
香乃姫の局は、書物と机、布団しかない、簡素な部屋だった。
しばらく、翼は、落ち着かなかった。
やがて、香乃姫が戻ってきた。
香乃姫の後ろから、もう一人誰か来た。
「この人は、薫姫。私の友達。」
薫姫は、じっくり翼を見る。
それから、ニコリと笑って、
「よろしくな、翼。」
翼は、薫姫の大きな瞳にのまれてしまった。
(綺麗な瞳。澄んでいる……。)
ジッと見てるうちに、翼は、不思議な気持ちになった。
(まるで、懐かしいところに来たような……。)
これは前世の記憶と知ったのは、後のことだった。
薫姫は、うーんと、考え込む。
「桃源郷かぁ…宮でも、知ってる人は、少ないだろうし。」
香乃姫は、翼の顔をのぞく。
「翼様、夕食です。」
お膳にのった、華やかな料理が運ばれてくる。
(美味しそう。)
とりあえず、食べることにした。