わたしには、都合の良い幻にも感じたけれど >>2
>>6 ありがとうございます、ゆったりと更新していきます

そのあと暫く店の前であちらから何か来るのを待っていたけど、結局女の子も出てこなくて、何か進展があることはなかった。
そして、怪しい店の前で挙動不審な自分を珍しげに見る人間がいないことも不思議だと思った。
一見さんお断り、なんてそういう類の貼り紙はないし、雰囲気だけでいうなら寧ろウェルカムというか、なんならどうぞという雰囲気さえあった。
取っ手の窪みに手をかけて扉を開けた。別に客ではないしいいと思った。
がらりと見えた中は思ったよりも広く明るい。店の部分は土足で棚が幾つか並んでいる。二階に向かう階段には土足厳禁なんて貼られ、その奥にはちゃぶ台、壊れそうな扇風機と奥にはキッチン、座布団といった感じだった。
ウェルカムというよりアットホームだと思った。家庭的である。
中には金髪の青年の姿もさっきの女の子の姿もなくて、ただ明らかに謎な白衣の男がぼんやりくつろいでいた。
すぐ音に気付いて男はこちらを振り返った。20といったところか。なんとなく青年と同じくらいな気もしてくる。
バンドのボーカルのように黒くつんつんした髪と赤い瞳、黒縁眼鏡が映えた。第一印象は変だがかっこいいと思った。というか実際かっこよかった。
「 おい、お前… 」
でも、そんな風に話しかけてきたから、無礼な男だと思った。拗らせてんだ。
なんか驚いた顔をされた。なんだ、そんな切羽詰まった感じもしないしそこそこ繁盛していそうなのに。
「 あなたが夢を売ってるの 」
正直噛み合わないと思った。でも切実だ。本気だ。
男は困惑の表情を一瞬見せた。なんなんだ。こっちも困りたい。
男は一瞬口をぱくぱくさせてから首を振った。「 いや、俺はそこの小さな内科の医者 」
だから白衣を着ているのか。似合わないと思うが、まあ頭はいいのかもしれない。
ぱちん
乾いた音がしたと思ったら、男はなぜか手を合わせた。ごちそうさまでもするのか。
「 いや、あの、成仏してくれません 」
なんてこと言うんだ、この医者

「 いや、無理です 」
さらっと出てきた自分も変な気がする。この男はヤブだ、ヤブ。
「 どういう経緯で幽霊だと思ったの 」と付け加えると、男は頭をかいて全身を眺めて、ああ、と口にする。
「 あるか、足 」
あるか不安になったじゃない、つま先で床をとんとんとして顔を上げた。このままじゃ純粋に話が進まないと思った。
ちょっといい、と言いかけたところで男はしまったとおでこに手を当てた。「 あのガキか 」
そんなに年が変わらないだろ、違っても7、8くらいだ。結構この男も若造である。
「 お前、名前は? 」
頬杖をついて聞いてきた時、この男は空気が読めないわけじゃないんだな、と思った。笑っている。からかいやがって。
「 …奏芹あさ、あさ、は朝昼晩の朝って書く 」
「 ふーん 」男はまるで知っていたというように鼻を鳴らした。「 ちょっと待ってろ 」
階段を上ってく男の姿を見送って、しまったと思った。あいつの名前を聞いてなかった。
靴を脱ぐのは入り込みすぎる気がして、土足のギリギリまで近いて階段の手すりに寄りかかった。
二階と通ずる所に木のドアがある。全くもって需要のないドアだ。
人を待つのは昔から苦手で、しかも奴が来ないのだから苛立った。手すりを爪でかちかち叩いていると、ぎぎい、と音がしてドアが開いた。奴のおかえりだった。
階段を降りてくる彼はまた両手を合わせている。今度はなんだ、お祓いか。
そしてなぜか半分を過ぎたところで「 ごめん 」なんて謝るものだから焦った。なんだよ、ほんと。
奴は階段を親指で指すと「 あいつ、降りてこなかった 」と口にした。
「 あいつって? 」「 あいつ 」 尚更誰だよと思った。
「 だれ、あいつって。だれを言ってるの 」
誰、を強調してもう一度尋ねると、今度は奴がぽかんとした顔をしてえ?、と尋ねた。
おっかしいなあと頭をかきながらでも教えてくれた。「 夜のことだよ 」
だから誰だよ、と言いたいところだけど、「 ふーん 」と言ってからちゃんと「 あのひと、ほら、金髪の 」
ああ、それだよそれと捲したてるかと思ったが、奴は不思議そうな顔をして頷くだけだった。
「 ねえ、あんたの名前… 」と言いかけたところで奴はまた口を挟む。「 お前、夜に会いに来たんじゃないのか? 」
まあ合ってるといえば合ってるけど、わざわざ直接会う必要なんてないと思って首を横に振った。
「 え、お前だってあそこの子だろ、そこの寺のさ… 」
いいえ、神社ですと言いたくなったが、多分想像してるところはあってると思ったし、うん、そうだねと優しく肯定してあげることにした。
あげる
あげ
男は靴下のまま一瞬土足を靴下で通ってちゃぶ台のそばへ向かった。
自分もよくやるが、やはり汚い動作である。やってしまうが。
座布団に男が座ると、太陽光が反射しない角度になって名札の中身を見ることができた。
「 暁月、さん…? 」
暁、って一文字じゃないのか、でも苗字だからきっと暁月であかつきだろうな、と思った。
「 うん 」
言葉にもならない相槌を打って、男はコップに麦茶を注いだ。氷が程よく入っている。
「 下の名前は心也な、心に地の土偏がないやつ、わかるだろ? 」
「 ああ、まあ 」
さっき夜って人名を聞いていたからだし、自分も朝なんて名前だから、“ しんや ”って響きを聞くと深夜を連想してしまうけれど、響きからしたら当然の漢字だろう。 この男に見合った名前だと思った。
「 そこの小さな内科の医者 」
「 それはさっきも聞いた 」
うーん、そうだったかと唸って暁月はコップのお茶を飲みほした。
結構抜けているが、かっこいい男だと思った。