「うわ……」
最悪だ。
採集の任務中に凶悪な魔物と遭遇しまった雪はそう思った。
雪は戦闘能力は高いほうだが、上級魔物となると1人では対処出来ない。
「……死ぬのかな」
さっき目が合ってしまったから、いずれあの魔物もこちらへ来るだろう。
「ウガアアア!!!」
雪が死を覚悟していた時、さっきの魔物のものらしき呻き声が聞こえた。
雪は驚いて、思わず隠れていた岩陰から顔を出す。
「えー、コイツつよーい。めんどくさー」
呻きながら倒れるあの魔物と、雪と同い歳くらいの少女が目に入った。
「行かなきゃ……」
とにかく、誰だろうと戦える人間は来たのだから、私も共闘しよう。
雪はそう思いながら立ち上がる。
「えいっ!」
雪は杖を振り、魔物に氷の呪文をかける。
「ガアアア!!」
魔物は氷の刃に刺され、苦しそうに呻き声をあげながら倒れる。
あの少女が結構なダメージを与えていたからか、魔物はあっさりと倒れた。
「あれ、死んでる」
一度退散したらしい少女が、ボロボロになった戦闘服をはたきながら歩み寄ってくる。
「……大丈夫?」
少女の破れた戦闘服の隙間から見える足や腕には大きな傷が複数ついていた。
雪はそんな少女を心配するように言った。
雪の問いかけに、少女は「大丈夫大丈夫」と笑いながら答えた。
誰がどう見ても大丈夫ではないのだが、本人が言うなら仕方ないと雪は思い、「ならいいけど」と言う。
「ねえ、名前は? あたしは神崎風音」
雪が立ち去ろうとした時、少女……風音は雪を引き留めるようにして名前を尋ねた。
「赤石雪。美丘学園の戦闘部員」
雪は、自分の名前と肩書きを名乗る。
風音は驚いた。
風音自身も美丘学園の戦闘部員だったからだ。
「あたしも美丘の戦闘部員なんだけど」
「えっ」
今度は雪が驚く番だ。
風音のような特徴的な容姿をしている人物を見れば、忘れることは無いはずなのに。
「もしかして、あなた戦闘部員の中でも出張部員の方?」
雪は風音に対してそう尋ねる。
出張部員とは、月に二度ほど学園から出て、24時間任務を行う人物を示す。
「うん。そうだよ」
そして、風音は雪の言う通り、出張部員だったのだ。
「なら見ないよね……」
雪はようやく納得した。
そして、今回は普通の部隊と出張部員の任務のタイミングが被って二人は出会ったのだ。
「あ、あたし次の任務行かないと。じゃあね」
風音は突然思い出したように言い、雪の元から颯爽と離れていった。
「まるで風ね」
その姿を見て、雪は風のようだと比喩した。
雪は採集の任務を終え、学校に戻った。
「あの、神崎風音って子、知ってますか?」
そして、気になったので先輩の焔に風音の事を尋ねてみる。
「あー、風音ね。うちの学校で1桁に入るくらい強いから有名よ」
焔は笑いながらそう答える。
そんな有名人を、何故知らなかったのか。
雪はそう思った。
「で、風音がどうしたの?」
「実は――――――」
雪は、先程の出来事を焔に話す。
焔は「へー、そんなことがあったんだ」と言い、笑う。
「えっ、私何か変なこと言いましたか?」
何故笑われたのかが分からなかったので、雪はそう尋ねる。
「いや、風音が魔物を倒すなんて珍しいなって」
「……は?」
雪は驚いて思わず声を上げる。
出張部員なのに、魔物を倒すのが珍しい?
「あの子、体力っていうか魔力が無いから大体人に任せてサポートしかしないのよ。相当ピンチな時だけよ、魔物を倒すのは」
「……なるほど?」
納得したような、してないような。
雪は何か微妙な気持ちになった。
「そして、あの子目がいいから雪には気付いてたと思うのよね。多分、逃げる雪を見て助けようとしたんじゃない?」
「うーん……」
焔の言うことに否定はできないが、かといって信じることもできない。
そもそも、そんなピンチな時しか動かない子が、見ず知らずの私なんかを助ける?
かといって私の事を助けたわけじゃなかったら、なんで戦ってたの?
「まあ、あの子意外と優しいし、悪い子じゃないことは分かってあげてね」
そんな考えが頭の中をぐるぐるしている時、焔がそう言った。
「は、はい」
よく分かってない雪には、そんな言葉しか返せなかった。
それから暫く考えたけど、結局分からなかったので雪は思考を放棄した。
雪と風音が出会った次の日、風音は任務を終えて帰省した。
「ボロボロなのあたしだけじゃーん、ウケるー」
と風音は笑っていたが、周りからはどう見ても笑い事ではなかった。
腕や足についていた傷は更に広く深くなっており、痛々しい。
頭を打ったのか、その明るい色の茶髪に血が滲んでいるのが分かった。
「だ、大丈夫? とりあえず保健室に……」
慌てて3年生の医務員は風音を保健室に連れていく。
雪はそんな風音の様子を見て、少し心が痛んだ。
もし、風音が自分を助けてくれたのだったら、風音の傷を作ったのは自分のせい、と。
「雪」
「は、はい」
立ちすくんで動けないでいる雪に、焔が察して話しかけた。
雪は少し反応が遅れたが、返事をする。
「大丈夫よ。これは、あの子の好きにやった事だから。
……自業自得とまでは言えないけれど」
焔は雪を安心させるようにそう言う。
「それに、戦ってこういうものだから」
付け加えて言われたその言葉が、雪の胸に刺さる。
そうだ。戦は遊びじゃない。いつ、どこでも危険が伴っているのだ。
「さ、そろそろ寮の門限よ。帰りましょう?」
夜10時前、寮に戻らなくてはならない時間。
雪は少し納得のいかないような顔をしつつも、焔と一緒に量に戻って行った。
「あ、この間の人」
「……神崎さん?」
それは、昼休みの食堂での事だった。
「また会ったね」
「そうね」
雪と風音が会うのは、これで二回目。
腕、足、頭にこれでもかというほど巻かれてる包帯が目立つので、すぐに分かった。
「あの、大丈夫だった?」
雪は風音の事が心配だったので、そう尋ねる。
「あー、うん。全然。先輩たちのサポートしてたら真っ先に餌食にされちゃってさー」
「それは災難ね……」
雪は心の中で「良かった」と思ってしまった。
自分のせいでは無かったのだから。
「あの魔物……牛の形してるやつね。頭良いから赤石さんも気を付けて」
――――――牛の形?
そう言われてピンとこなかった雪だが、暫く考えて分かった。
「あ、闇の呪文使ってくる魔物?」
「そうそう」
やっぱり。
風音が言ったのは、雪と風音があの日探索していた場所に生息している魔物だ。
この世界の魔物には名前が無いので、どの階級か、どんな見た目か、どんな攻撃をしてくるのかで見分けられる。
「忠告ありがとう。気を付けるわ」
「ホント気をつけてねー? あたしみたいな包帯ぐるぐる巻きになりたくなければ」
感謝の言葉を述べた雪に対して、風音が自分の頭を指さしながらおちゃらけたように言う。
「フフっ……」
雪は風音のおちゃらけた顔と、その言葉通りにぐるぐる巻きの包帯を見て思わず笑ってしまった。
「あはは、笑うことないじゃーん」
風音も、そんな雪を見て笑った。
「……今日、一緒に食べない?」
そう切り出したのは雪だった。
風音は何でもないように「いいよ」と返事をして、雪と向かいの席に座る。
「ねえねえ、ここのカレー美味しいよね」
「そうね」
二人は、昼休みの間一緒に過ごした。
親睦も深まり、昼休みが終わる頃には友人と呼べる程の仲となっていた。
出張部員が任務を行ってる時、雪達戦闘部員は次の任務の作戦を練っていた。
「バラバラで行く? それともまとまっていく?」
その任務は、ここの学園から東に進んでいったところにある山に生息している魔物を駆除するというものだった。
その魔物は5体程度潜んでいるらしいが、1体1体がかなり強いらしいので何人体制で行くのかを話し合っている。
「敵は強いので人数は多い方が良いと思いますが……」
雪は手を挙げてそう発言をする。
「まあ、そうだな」
それに対し、隊長の水も賛同する。
しかし、焔は気がかりなことがあった。
今度駆除する魔物は、5体と結構な数潜んでいる。
しかも、その魔物は群れで行動するという生態を持っている。
だから焔は、全員が固まってしまったら囲まれて追い詰められて殺られてしまうのでは無いのかと思った。
「――――――――って思ったんだけど、どう?」
疑問に思ったことはすぐに言うのが焔の性分。
焔は自分の考えを纏めて言った上で、そう尋ねた。
「た、確かに……」
部員達は焔の主張も間違ってないと思ったのか、どうすれば良いのかと頭を抱える。
「出張部員の人達に手を借りるとかは……?」
その時、雪がそう提案をした。
「……いいかもな」
それに、隊長が賛同する。
部員達も、人数が増えるなら戦闘力が足りなくて殺られるリスクも、周りから囲まれて殺られるリスク無いと判断し、雪の意見に賛同する。
「じゃ、とりあえずそれで行こうか。出張部員が帰ってきたら交渉ね」
作戦会議は、雪の意見を採用として終了した。
「……よし」
この時、雪の意図を知る者はいなかった。
【登場人物】
赤石雪(あかいしゆき)
クールで愛想の無い性格の氷使い
戦闘能力は高く、1年生にして戦闘部員
容姿は黒髪のショートヘアでつり目。身長が高い
神崎風音(かんざきかざね)
適当な性格の風使い
雪と同様戦闘能力が高く、1年生にして戦闘部員(出張部員)
容姿はウェーブのかかった茶髪につり目
火原焔(ひばらほむら)
しっかり者の炎使い
戦闘部員で2年生。雪の上司に当たる
容姿は黒髪のポニーテールでタレ目
筒見水(つつみすい)
厳しい性格の水使い
戦闘部隊の隊長で3年生。学園一の戦闘能力を持つ
容姿は黒髪のロングでつり目
「――――――――――なんだけど、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
焔は出張部隊の隊長、氷織に先程の話を伝える。
氷織はそれに対し、二つ返事で了承した。
「氷織さん、どうしたんですかー?」
焔が「ありがとう」と言い、立ち去ろうとすると、氷織の後から風音が出てきた。
「今度の任務の手助けをすることになったのよ」
氷織が風音に対してそう言う。
風音は興味無さそうに「ふーん」と言った後、焔に目を向けた。
「焔さん、雪ちゃんいますか?」
そして、焔に対し、そう尋ねる。
「多分教室にいるんじゃない?」
焔は曖昧にそう答えた。
風音はその言葉を聞くなり、氷織と焔から離れて雪のクラスに向かった。
「……まったく、あの子は」
「風音、雪と仲良くなったのね」
氷織が呆れてるのに対し、焔は感心したようにそう言う。
「あ、じゃあ私帰るね」
「ええ、さようなら、焔」
焔は用が済んだので、そう言って自分の教室へ帰った。
「風音、“珍しく”馴れ合いなんて……」
氷織は焔の姿が完全に見えなくなった後、ボソリとそう呟いた。
「雪ちゃーん!」
「……風音」
一方、風音は焔の言葉を辿って、雪のクラスの教室に向かった。
そこには焔の言う通り、雪が居た。
「ねえ、雪ちゃん」
「何?」
風音は教室から屋上へと場所を変えて、話を切り出す。
「アレ、雪ちゃんの案だよね」
”アレ“というのは、戦闘部隊が出張部隊の手を借りるという件である。
「よく分かったわね」
そして、風音の思った通りこの案は雪が出したものである。
「まあね。てか、意図もなんとなく分かったケド?」
「……言ってみなさい」
風音の言葉に、雪が少し動揺したように言う。
風音は目を大きく開いて、「じゃあ、言うよ」と言った。
雪はその仕草を見て、思わず背筋に寒気がした。見透かされているような気がして、恐ろしかったのだ。
「あ た し の 殺 り 方
……を、見てみたいんでしょ?」
「そんなこと……」
「そんなことない」って言いたかった。
だけど、雪はそう言うこと……否定することが出来なかった。
雪は風音を少し警戒していた。
初めて出会った時も、傷だらけになりながらあれだけの強さの魔物を自分一人で追い詰め、澄ました顔をしていた。
風音は自分より小さく、とても強くは見えない体格だったが、それでも怖かった。
だから、風音の戦い方……風音の言葉を借りれば、「殺り方」を見てみたかったのだ。
「ね、否定出来ないでしょ?
ふぅん、雪ちゃんもあたしの事を……」
風音はそう言いかけて言葉に詰まった。
ここで続けると、止まらなくなってしまうから。
また、“あの時”と同じようになってしまうのだから。
「ううん、何でもない。
ま、いいよ。あたしも雪ちゃんと戦ってみたかったしねー」
風音は先程の追い詰めるような態度から一転、普段の軽い雰囲気でそう言った。
雪は安心した。
自分があんな事を考えてしまっていたのに、責められなかった。そして、拒絶されなかったからだ。
「……ごめん」
雪は風音に変な印象を抱いていたことに対し、謝罪をする。
その謝罪に、風音は首を振って「大丈夫大丈夫」と言って笑った。
「こちらこそなんか変な感じにしちゃってゴメンねー。
あたし、ちょっとやることあるから。じゃあねー」
「え、ええ」
そして、風音は初めて出会った時のように、風のように颯爽と去っていった。
――――――――一旦解決したように見えたが、雪は“ある事”に気づいていた。
「はぁー」
危ない。あたし、雪ちゃんには嫌われたくなかったのに、変なこと言っちゃいそうになってた。
嫌だよね。いきなり、「雪ちゃんも」って、決めつけられるのは。
「……んっ」
あたしは自分の目を覚ますために能力で身体に刺激を与えた。
風圧って、当てる範囲狭くしたら痛いんだよね。
ヒリヒリと痛む手を抑えながら、落ち着いてきたアタマであたしは考える。
自分で言うのもなんだけど、あたしは強い。それこそ気持ち悪いくらいに。
あんな魔物、普通は一人で追い詰めることなんて、出来ない。
まあ、そんな事が出来たのはじわじわと痛めつけてあげたからなんだけど、そんな残虐なこと言えない。
でも、力がないあたしにはその程度の事しか出来ないから。
今度、雪ちゃんと戦う時も、きっとするから。
ちょっと怖い、なんて、らしくないかな。
だけど、仲良くしてくれる人は手放したくないから……
「……よし」
あたしは、バックから赤い液体の入った“ソレ”を取り出す。
また、“小さな嘘”をつくことにした。
変だと思った。
さっきの風音の笑い方、いつもと違う。
さっきの風音笑い方は、いつもの屈託の無い笑顔じゃなくて、どこか自虐的だった。
私の言葉のせい?
酷いこと、思っちゃってたよね……
そんな不安が私の心を刺す。
……でも、風音はやっぱり怖い。
さっきの目を大きく開いた時の顔は、残虐的に見えて、なんだか追い詰めることに慣れているように見えた。
「……ゆーき! 何してんの?」
一人考えてる時、焔先輩が後から話しかけてきた。
「いえ、特に何も……」
何も無い、なんてことはないけれど、私の考えていることは焔先輩に話せそうになかった。
「何かあるでしょ?」
「……えっ?」
だけど、焔先輩は少し顔を顰めてそう言った。
……誤魔化せると思ってた。
「顔、何でもないって表情じゃないよ?」
焔先輩が私の頬を掴み、引っ張る。
「痛っ! ……焔先輩、やめてください!」
私は必死に抵抗する。
「ふふ、表情、柔らかくなったじゃん」
焔先輩は私の頬から手を離してそう言った。
……本当、焔先輩には適わない。
「……で? 何かあるなら話してみなよ」
焔先輩は、何でも受け止めると言わんばかりの表情でそう言った。
「実は―――――」
私は観念して、先程考えていたことを焔先輩に話すことにした。
「あー……」
私の話を聞いて、焔先輩は少し納得したように言う。
「……別に、悩む必要無いんじゃない?」
そして、いつもの笑顔でそう言った。
「えっ……?」
私は、予想外の言葉に戸惑う。
悩む必要がない?
嘘。私、無責任な事を思ってしまってたのに。
「風音がそれを望んでるから、ね」
「風音が……?」
言われてみれば、風音はそういう子だ。
気にしないのもいいのかもしれない。
「まあ、ホントのところ私にも風音の考えてる事は分かんないけどね。参考になればいいかな」
焔先輩は苦笑いしながらそう言う。
「あの……ありがとうございます」
私は焔先輩に感謝の言葉を伝えた。
「いいよ。雪の力になれたなら」
……やっぱり、焔先輩には適わない。
「んじゃ、私行くね。バイバーイ」
「は、はい。ありがとうございました」
焔先輩と別れた後、私は明日の任務に向けて、訓練をすることにした。
風音と一緒に戦えるように。
……風音の殺り方なんて、関係なく。
「じゃあ、今回の魔物の整体を確認しようか」
戦闘部隊隊長の水が仕切る。
「毒をまき散らす、群れで行動する、など危険な魔物だ。防毒服を着用し、最低五人で固まるように」
「はい!」
戦闘部隊、出張部隊の部員は揃って返事をする。
「……風音」
「雪ちゃん、何?」
一方、雪は風音に共闘するために話しかけていた。
「一緒に、行きましょう」
雪がそう言うと、風音は少し考える素振りを見せる。
しかし、すぐにそれをやめて“いつもの顔”で笑った。
「……うん」
珍しく、伸ばした語尾も、おちゃらけた様子もない。
風音は、自分の殺り方を見せることで雪に嫌われたり気味悪がられたりしないのかが不安だったのだ。
「じゃ、私もそっち行くよ」
「私も行くわ」
雪と風音が話していた時、後から焔と氷織が来る。
「ええ、よろしくお願いします。
……それで、あと一人は?」
水は「最低五人で固まるように」と言っていたが、今ここには四人しか居なかった。
雪は疑問に思って、焔達にそう尋ねる。
「はいはい、私も行きますよー」
すると、雪達の背後から気だるげな声が聞こえてきた。
「……光先輩」
佐々木光(ささきひかる)、三年生の光使い。
いつも気だるげな雰囲気を纏っている、焔とよく話している先輩。
雪からの印象はそんな感じであった。
「よろしくお願いしまーす」
光に、風音は少し軽い調子でそう言う。
「うん、よろしく」
光はそう言いつつも、内心「この子、曲者だろなー」と思っていた。
「…………わっ!」
その時、どこからか緊急警報が鳴った。
この警報は討伐対象の魔物が見つかった時に鳴る。
つまり、たった今、どこかで対象の魔物が見つかったということだ。
「……そろそろ、だね」
「……はい」
焔の言葉に、雪がそう答える。
これから、命を懸けた戦いが始まる……!
「……ガアッ……」
五人が辺りを警戒している時、何かの魔物らしき呻き声が聞こえてきた。
「いる……」
風音がそう呟き、声のした方を見る。
「ね、あそこ」
そして、風音は雪の肩を叩いてある場所を指さした。
「見える? あたしには見えるけど、こっちに近づいてきてる」
「それ、本当!?」
風音は目が良い。
それは、風音を知る者の誰もがわかっている事だ。
焔と氷織は風音が見ている方を警戒する。
「グアアア!!!」
「ンガアァ!!!」
その時、地面から二体の魔物が這い出てきた。
「嘘……」
氷織は絶句した。今回討伐する魔物は、地面に潜る習性を持っていたのだ。
「風、地面とは相性悪いけど……ほれっ」
風音は杖を回し、風を呼び起こす。
「ウッ…………グァッ……」
――――――その風は、普段の風音が使うものより、断然強かった。
風音により、呼び起こされた暴風は魔物を苦しめ、動けなくする。
「えっ……?」
「風音……?」
そのいつもとは違う様子に、光以外の四人は困惑した。
「……まあ、とりあえず」
「私達も、行かないとね」
雪と焔も杖を取り出し、魔物の所へ走っていく。
「……それっ!」
雪は杖を振り、魔物へと攻撃をする。
「グアアアア!!!」
に氷の刃が突き刺さり、魔物は苦しそうに呻き声を上げた。
「キャッ!!」
「焔先輩!!!」
しかし、魔物は強かった。
突き刺さった氷の刃を粉砕し、毒を吐いた。
そして、それが焔に命中する。
魔物は倒れた焔を踏みつけて、更に追い討ちをかける。
「…………」
その瞬間、風音の目の色が変わる。
これでもかというほどの、真っ赤な瞳だった。
風音は無言で杖を振り、再び風を呼び起こした。
「……行け」
しかし、さっきのそれとは違った。
その風は風音の指示に従い、魔物へと襲いかかる。
魔物は声を上げることも無く、倒れた。
「……もう一体」
風音は狂ったような赤い目のまま、そう呟いてもう一体の方の魔物を見つめる。
雪は焔を救助しつつ、その光景を見ていた。
異様だと思った。さっきの魔力は、初めて出会った時の魔物ですら普通に倒せる程のものだった。
「それ、気絶しただけだから。
雪ちゃん、始末はよろしくね〜」
風音は雪の方を向いて、そう言う。
そして、すぐに魔物の元へ飛んでいった。
「…………」
雪は暫く呆然と立ち尽くしていたが、やがて、風音の指示通り地面に倒れている魔物に氷の剣を生成し、氷の剣で何度も何度も刺して追い打ちをかける。
「……よし」
そうしているうちに、魔物は光となって消えていった。
一体討伐完了だ。
「……光先輩、風音と戦ってる」
風音が飛んでいった先を見ると、光と風音が二人で魔物と戦闘している所だった。
――――――多分、二人なら大丈夫だろう。
雪はそう思い、焔の手当てすることにした。
「光さん、そっち!」
「分かった!」
光先輩が召喚した光の竜が魔物に襲いかかり、風音の呼び起こした暴風が魔物を追い詰めている。
今、私は風音と光先輩が戦ってるのをサポートしている。
私、氷織って名前だけど氷の呪文あんまり使えないし、回復呪文とかが主なのよね。
それにしても、珍しい。
風音がこんなにちゃんと戦ってるなんて。
魔力切れの恐れもあるのに。
「…………」
私が無言で回復の呪文を二人に唱えてる時、展開は変わった。
「……風音ちゃん!」
光先輩が突然そう叫んだのだ。
きっと、風音に何かあったのだろう。
「風音……」
私は慌てて風音の元へ駆け寄る。
魔物は既に消えていたが、風音は倒れていた。
「光先輩、何があったんですか?」
私は光先輩にそう尋ねる。
「いや、私にも分からない。魔物が消滅したと同時に倒れちゃってさ……」
――――――とにかく、手当てをしよう。
光先輩はそう続けて、バックから救急箱を取り出す。
一方、私は風音の持ち物の中を見ていた。
異常な呪文の威力アップ、あの赤い瞳。
何か薬でも使ったのかというほどの変わりようだったから、確認したのだ。
「……えっ」
特に何も入って無かったように見えたけど、バックの奥に“それ”はあった。
入っていたのは、赤い液体の入った注射器。
「これ……なんで……」
私は、この注射器の中の液体を知っていた。
これは、使う呪文の威力を上げる為の薬。
だが、魔力を急激に減らすためかなり危険とされている。
当然、学園では使うことも許されていない。
何で、風音はこれを……
「氷織、どうした?」
「いえ、この薬が……」
「ん? …………!」
光先輩も気付いたようだ。
「氷織先輩、光先輩!」
私達が驚いて顔を見合わせてると、雪がやつれた様子の焔を連れてこちらへと走って来た。
「……風音?」
雪は、横たわって光先輩に手当てされている風音を見て困惑したように呟いた。
……これは、雪にも説明しないとね。
「あのね、雪。実は―――――――」
「えっ……?」
雪は氷織の話を聞いて、ただただ困惑した。
風音の行動に、少しだけ心当たりがあったからだ。
『あたしの殺り方を見たいんでしょ?』
こう言ったときの風音は知っていた。雪が風音の殺り方を見たかったことを。
だから、風音はそれを隠そうとして、この注射をうった。
……と、雪は予想した。
「……ありえるわね」
氷織は出張部隊の隊長だから、部員の事は誰よりも知っている。
風音の殺り方を知っていたからこそ、ありえると思ったのだ。
「……まあ、とりあえず」
「うん。他の部員達と合流しようか」
氷織の言葉に、光が続ける。
雪と光は風音を運び、氷織は焔の肩を支えながら学園へと戻って行った。
「よし、全員揃ったな。
怪我人は……いるな」
雪達が戻った頃には、部員全員が揃っていた。
水は風音と焔の様子を見て顔を顰める。
「焔はともかく……風音は意識が無い……
魔物は何体出た?」
「えーっと、確か二体だったと思う」
水の問いかけに、光が答える。
「二体か……」
水はそう言って少し考える素振りを見せる。
「……まあ、とりあえず誰か風音を保健室に送ってやってくれ」
「はーい」
水の指示に、二年生の出張部隊が従い、風音の肩と足を持って運んで行った。
「……あの、水隊長」
雪はあの注射器を持って水に近づく。
「何だ、雪……これは」
水は雪の手から注射器を受け取り、それを凝視する。
「これ、風音の荷物の中に入ってました」
「……本当か?」
水の言葉に、雪は静かに頷く。
「……これは後で調べさせてもらう。
では、討伐も完了したところだし、今日は解散だ」
水はそう言って、注射器を持ったまま自室へと戻って行った。
「……私達も、行こうか」
水が出ていった後、回復してきた焔が氷織から離れ、そう言う。
「……はい」
雪達四人は、風音の様子を見るために保健室へと向かった。
「風音……まだ、起きてないね」
焔先輩がそう言って肩を落とす。
私達が保健室に着いた時、風音はまだ意識のないままだった。
「…………」
暫く風音の様子を見ていると、扉が開く。
そこには、水隊長が立っていた。
水隊長は例の注射器を持って、私達の元へ歩いてくる。
「この液体の性質を検査した結果……
やっぱり、アレ……魔力覚醒剤だった」
……やっぱり。
魔力覚醒剤はとても危険。法律で禁止されている訳では無いが、この学園では禁止されている。
「一応学長にも報告したが、特に風音に対する刑罰は無いようだ」
……なんで。
「えっ、どうして?」
私と同じことを思ったのか、光先輩が尋ねる。
「……これだ」
水隊長はそう言って、ポケットの中から一枚の紙切れを取り出した。
「これは……」
氷織先輩が水隊長の手からその紙切れを受け取り、凝視する。
「同意表……間違いないわ」
氷織先輩はそう言って、私達にその紙切れを見せる。
そこには、魔力覚醒剤を使うという申し出の字、そして学長のサインが書いてあった。
「風音はな、人より魔力が無い。故に、魔物を残虐な方法で殺らないといけないんだ」
水隊長は顔を伏せながら語り出す。
「それに嫌気が差したのだろう。自分の魔力を上げるようにこれを使った。そして、風音の魔力の低さを知っていた学長はそれを承認した……そういうことだろう」
……なるほど。
私は水隊長の話を聞いて、ようやく納得した。
風音の気持ちは分かる。私も、昔から人より能力使えたから、迫害を受けたり、気味悪がられたりした。
今は理解のある義両親や仲間がいるから大丈夫だけど、昔は辛かったものだ。
「でも、自分の身体を壊してもらったら、元も子もないよね」
焔先輩の言う通り。
薬を使って身体を壊し、死に至るような行為は……してもらいたくない。
風音がどんな方法で戦おうが、受け入れる。安心させてあげる。理解者になってあげる。
もう二度と風音に薬を使わせないように、私達はそうすることに決めた。
「ん…………」
突如、息苦しさを感じてあたしは目を覚ます。
「あ、ごめん呼吸器取り外してた。起こしちゃったみたいだね」
あたしの周りには、さっきまで戦ってたはずの皆がいる。
あの魔物を殺った所からの記憶は無いけれど、何となく何かがあったのだということは分かった。
「……これ」
水さんがベッドに座るあたしと目線を合わせながら、一枚の紙を見せてきた。
「……やっぱり」
やっぱり、水さんにはバレてたんだ。
おそらく、もう事情は説明してあるのだろう。
雪ちゃん達はあたしの方を複雑そうな顔をしながら見る。
「ねえ、どうしてこんなことしたの?」
すると、雪ちゃんが尋ねてくる。
「……分かるでしょ?」
あたしはそれだけ言ってベッドから立った。
「今回は、ごめんなさい。迷惑かけちゃって。
これからは、こんなことしないから……」
あたしはそう言い、止めようとしてくる皆をかわしながら、保健室の出口の扉に手をかける。
「……話は後でね」
そして、保健室から出て行く。
行く場所なんて、考えてない。でも……
――――――今は、何となく一人になりたかった。
「…………で」
よく分かったね、って続けようとしたけど、そんな気分じゃない。
雪ちゃんは、あたしの行く場所までお見通し。ホント、敵わないよね。
……正直、これから何を言われるのか怖くて仕方がない。
「あの……」
雪ちゃんが口を開いた。
あたしは耳を塞ぎたくなるのを堪えながら、様子を見る。
「私も、昔は能力で困ってたの―――――」
「……ごめんね、いきなりこんなこと」
「……ううん、あたしは大丈夫」
雪ちゃんは、過去を語った。
能力故に気味悪がられた事や、親に捨てられたことなど。
……そして、心優しい人に拾われたことや、理解のある仲間も出来たことなど。
「それで?
……って言うのはアレか。じゃあ、雪ちゃんはあたしにどうして欲しいの?」
皮肉でも嫌味でも何でもない。
純粋な疑問を、雪ちゃんにぶつけてみる。
「風音にも、理解のある仲間を作って欲しいの。
そして、私がその理解のある仲間に…………ダメ?」
雪ちゃんは、力強い瞳であたしを見つめながら、そう言う。
“雪ちゃんに”そんなこと言われたら。そんなこと言われちゃったら……
「ダメ……じゃない……」
……感情なんてとっくの昔に捨てちゃったつもりなのに、泣いちゃうじゃん。
「風音……」
まさかあたしが泣き出すなんて思わなかったのだろう。雪ちゃんは、戸惑ったような表情をする。
「ね、あたしの話を聞いて……」
もう、今言わないと。
感情が溢れちゃってる、今のうちに―――――
あたしの話した内容は、自分の過去でも何でもない。
伝えたかった、思いだけ……
「友達が欲しかった……裏切らない、友達……
一人は、やだった……」
そんな子供みたいな事を言うあたしに、雪ちゃんは優しい瞳を向ける。
「私達、似たもの同士みたいね」
「似たもの同士……?」
似たもの同士。
雪ちゃんはそう言うが、あたしは思わなかった。
真面目で優しい雪ちゃんと、適当なあたしは、似たもの同士なんかじゃない……そう思った。
あたしの考えていることに気がついたのか、雪ちゃんは「それはね……」と言い、
「心のどこかで、愛に飢えてた所」
少し、寂しそうな表情でそう言った。
心のどこかで、愛に飢えてた……それは、否定出来ない。
だって、あたしを愛してくれたのなんて、お母さんくらいだったから……
「でもね、私は……
新しい両親、そして、風音みたいな仲間と出会えたから……大丈夫だった」
顔を俯かせるあたしの頭を撫でながら、雪ちゃんは言った。
「私が風音の仲間になる。ずっとそばにいる。
だから……今回みたいなことはして欲しくない…………って、風音!?」
あたしはそう言われて、思わず雪ちゃんに抱きついた。
突然だったから雪ちゃんは驚いていたが、すぐに優しい表情に戻った。
「ごめん……ごめんなさい……もうしない……」
涙が溢れて言葉が上手く出なかった。
ようやく出せたのは、謝罪の言葉だけだった―――――
「ふう……」
一旦落ち着いて、寮に戻って、今は一人。
ホントにどうしちゃったんだろ、あたし。出会ってそんなに経ってない子にここまで依存しちゃうなんて。
それに、恥ずかしい。
この年になって、子供みたいに泣きじゃくった事が。
こんなに泣いたの、赤ちゃんの時以来じゃない?
「……ふふっ」
何かここまで来ると笑えてきちゃう。
そして、漏れた笑みと共に少し寂しさを感じた。
仲間が居る、なんて言われちゃうと、一人が惨めに感じてしまう。
そんなことを考えていた時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ〜」
ちょっと前に頼んでいた配達が来るのかな、なんて呑気なことを考えていたけど、違った。
「……え、焔さん?」
ドアの所に立っていたのは、焔さんだった。
「ちょーっと、お話聞かせてもらおうかな?」
……うわあ、焔さん目が笑ってない。
あたしは焔さんの笑顔だけど笑ってない不気味な表情に怯えつつ、彼女を室内に迎えた。
「さてと、本題なんだけど―――――」
何、言われるんだろ……