「うわ……」
最悪だ。
採集の任務中に凶悪な魔物と遭遇しまった雪はそう思った。
雪は戦闘能力は高いほうだが、上級魔物となると1人では対処出来ない。
「……死ぬのかな」
さっき目が合ってしまったから、いずれあの魔物もこちらへ来るだろう。
「ウガアアア!!!」
雪が死を覚悟していた時、さっきの魔物のものらしき呻き声が聞こえた。
雪は驚いて、思わず隠れていた岩陰から顔を出す。
「えー、コイツつよーい。めんどくさー」
呻きながら倒れるあの魔物と、雪と同い歳くらいの少女が目に入った。
「行かなきゃ……」
とにかく、誰だろうと戦える人間は来たのだから、私も共闘しよう。
雪はそう思いながら立ち上がる。
「えいっ!」
雪は杖を振り、魔物に氷の呪文をかける。
「ガアアア!!」
魔物は氷の刃に刺され、苦しそうに呻き声をあげながら倒れる。
あの少女が結構なダメージを与えていたからか、魔物はあっさりと倒れた。
「あれ、死んでる」
一度退散したらしい少女が、ボロボロになった戦闘服をはたきながら歩み寄ってくる。
「……大丈夫?」
少女の破れた戦闘服の隙間から見える足や腕には大きな傷が複数ついていた。
雪はそんな少女を心配するように言った。
雪の問いかけに、少女は「大丈夫大丈夫」と笑いながら答えた。
誰がどう見ても大丈夫ではないのだが、本人が言うなら仕方ないと雪は思い、「ならいいけど」と言う。
「ねえ、名前は? あたしは神崎風音」
雪が立ち去ろうとした時、少女……風音は雪を引き留めるようにして名前を尋ねた。
「赤石雪。美丘学園の戦闘部員」
雪は、自分の名前と肩書きを名乗る。
風音は驚いた。
風音自身も美丘学園の戦闘部員だったからだ。
「あたしも美丘の戦闘部員なんだけど」
「えっ」
今度は雪が驚く番だ。
風音のような特徴的な容姿をしている人物を見れば、忘れることは無いはずなのに。
「もしかして、あなた戦闘部員の中でも出張部員の方?」
雪は風音に対してそう尋ねる。
出張部員とは、月に二度ほど学園から出て、24時間任務を行う人物を示す。
「うん。そうだよ」
そして、風音は雪の言う通り、出張部員だったのだ。
「なら見ないよね……」
雪はようやく納得した。
そして、今回は普通の部隊と出張部員の任務のタイミングが被って二人は出会ったのだ。
「あ、あたし次の任務行かないと。じゃあね」
風音は突然思い出したように言い、雪の元から颯爽と離れていった。
「まるで風ね」
その姿を見て、雪は風のようだと比喩した。
【登場人物追加分】
影野氷織(かげのひおり)
2年生にして出張部隊隊長。能力は氷系の魔法を少しと、回復や攻撃力アップなどのサポート魔法
性格は雪と同じくらい……もしくはそれ以上に冷めているが、物事全てに無関心という訳では無い
頭がかなり良く、1年生の頃から学年トップの成績をキープし続けている
容姿は黒髪のポニーテールで高身長である
佐々木光(ささきひかる)
3年生の戦闘部員
いつも気だるげにしていてやる気がない
だが、美丘では水に続く程の戦闘能力を持っている
能力はその名前の通り光系。少しだがサポート呪文も使うことが出来るらしい
肩まで伸びた金髪が特徴的
【道具】
・魔力覚醒剤
使用者の魔力を3倍程度増やす薬
だが、自分の本来の魔力値より魔力が増えると、次第に制御出来なくなって身体に負担をかける
そのため、多くの学園では使用禁止薬物と設定されている
「ふぅ……」
風音の部屋から出て、私は息をつく。
私から言えることだけは言ったから、きっと大丈夫なはずだ。
きっとあの子もこれからは私達を頼ってくれるだろう。
「ただいまー」
そんなわけで、私は自分の部屋へと戻った。
誰もいなくて私一人だけの部屋なのに、「ただいま」を言うのはアレ……そう、癖なの。
学園に入る前は両親、そして姉との四人暮らしで、風音や雪とは違って比較的幸せな生活を送ってきた。
「……ん?」
考え事をしていて気づかなかったけど、携帯が振動していた。
私は電源を入れる。
電話みたいだったので、私はボタンを押して出た。
『よう、“アレ”は進んだか?』
「……は?」
『なんだ、忘れたのか?
そもそも俺が誰か分かってる?』
電話をかけてきた男……樹が動揺したように言う。
いや、分かってはいる。分かってはいるんだけど……
「えーっと、なんで今更?」
彼が言った“アレ”も、随分前……学園に入る前の事なのに。
何故今更電話をかけてきたのだろうか。
『あー、まあそう思うだろうな。でもこれは組織からの命令なんだよ。“アレ”を再開させろって』
「じゃあ、なんで『進んだか?』って聞いたの?」
私は樹の言葉に対し、率直な疑問を述べる。
『まあそれはあれだ。なんとなくだ』
「何それ……」
……相変わらず適当なヤツ。
私は心の中でそう思った。
『ま、とりあえず進めとけよ』
「今更“アレ”を進めろって言われても……学園の任務もあるし。時間ないのよ」
その適当な樹が私に丸投げしようとしていたので、私は慌ててそう言う。
学園の任務をこなしながら“アレ”を進めるのは体力的にもキツいし、おまけに学園のみんなにバレそうだから。
『はあ……わかったよ、俺も手伝う』
すると、樹は仕方がなさそうにそう言って電話を切った。
「……ムカつくやつね」
私は腹を立たせつつ、そう呟く。
「……もう12時」
結構な時間話していたのか、気がつくともう結構な時間。
私は部屋の電気を消して、睡眠をとるのだった。
「んん……」
朝、外から物音がして目が覚める。
私はベッドから立ち上がり、その物音を確認するためにドアを開けた。
「樹……」
「やっほ、焔。いい加減名前で読んでくれよなー」
ドアの前には、樹が立っている。
こいつの下の名前は「透」っていうんだけど、私は苗字の樹で呼んでいる。何となくだけど。
「ええ……何かムリ」
だから、私は首を振ってそう返す。
樹は間抜けな顔をして、「そんな……」と言った。
大体、苗字で呼ぼうが名前で呼ぼうが大して変わらないと思うけど。
「で、スケスケマンになって女子校の寮に侵入、と」
「そんな誤解されるような言い方すんなよ……」
……事実じゃん。
そう思いつつ、樹を部屋の中に入れる。
誰かに見られたら困るし。
「で、何しに来たの?」
樹をソファに座らせてから、本題に入る。
こんな朝に、わざわざスケスケマンになってから人の部屋に来るって、理由無しじゃ出来ないし。
「“アレ”についてだよ。決まってんじゃん」
ああ、やっぱり……
そう思いつつ、私は樹の話を聞くことにした。
「“アレ”……いや、もうぼかす必要もねえな。“魔物の大量毒殺実験”についてだが……」
樹は、そこまで言って言葉を切る。
珍しく樹が言うのに吃ってるって……そんなにまずい事なのだろうか。
「やっぱり、やらなくちゃいけないみたいだ……」
そして、苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
……それを私に伝えるってことは。
「私も、だよね」
「……ああ」
……やっぱり。
私は大きくため息をつく。
この実験は、組織のボスが命令した、とある人物の毒殺予備実験。魔物で毒の威力を確かめるらしいのだ。
つまり、私たちは間接的に殺人を犯さなくてはいけない。
それが学園に伝わったら、おそらく退学だと思う。
なんで学園に入る前に終わった事なのに今ぶり返されたのかと言うと、組織のボスが新しいボスに変わったかららしい。
その新しいボスが、毒殺実験の資料を見て実行しようとした、とのことらしい。
「じゃあ、俺は毒を調合するからさ。お前は魔物を絞めとけ」
「……了解」
話はどんどん先へ進む。まるで拒否なんて道は無いように。
だって、これは絶対にやらなくちゃいけない事だから。
組織からの命令を放棄なんてしたら、処刑されてしまう。
「俺、帰るから」
「ええ」
話は毒殺実験についてだけだったのだろう。
樹は、そう言い捨てて部屋から出て行った。
――――どうしよう。
そんな思いが、私の頭の中で過る。
せっかく学園という居場所が出来て、仲間も出来たのに。
間接的、それでも立派な“殺人”でそれを失ってしまうなんて、嫌だ。
でも、これは運命。仕方が無いこと。受け入れるしかないこと。
それは分かっていた。
だって、全ての元凶の組織に入ってしまったのには、理由があるから――――
―――小学校6年生の頃。
私は、能力があった訳でも何でもなく、至って普通な人間だった。
……だけど、ある日突然誘拐事件に遭った。
『生きたければ、この組織に入れ』
そして、アジトに連れていかれた後、私を誘拐した男……前のボスにそう言われた。
私は、家族で幸せに過ごしたかった。だから、殺されたくなくて……結局、組織に入ったんだ。
『なんだお前、能力無しか。……まあいい。人体実験で強制的に入れるか』
さっき言った通り、私には能力が無かった。
だから、私はボスに睡眠薬を飲まされて、焔の能力を入れる人体実験の被検体にされた。
なんで生まれつき焔の能力が無かったのに、名前が“焔”なのかと言うと……それは、改名されたから。
この組織に入ると、名前を変えられてしまうみたい。昔の名前の記憶だけ消されたから覚えて無かったけど……時々電話をくれる家族からは“奏”って呼ばれていたから、私の名前は奏だと思う。苗字は……分かんない。
一方、樹の方も誘拐だった。
だけど、話によれば“樹”って苗字は本物みたい。
……やっぱり、前のボスの考えてることってよく分からない。
とりあえず、毒殺予備実験だけはやりたくないんだけど……
『やっほ、焔。そろそろ例の魔物絞めてこいよ』
やっぱり、やらなくちゃいけないみたいだ―――――
「よし、そこに薬を入れろ!」
「分かってるって!」
魔物を気絶させた後、体の一部に穴を開けて、そこに毒を注入する。
これで1時間以内に息の根が止まれば、実験は成功。生きていれば……主に、薬を作った樹が酷い目に遭うだろう。
「……いけそう?」
「……多分な」
いつもはふざけてる樹だけど、今回ばかりは命がかかっているから真剣だ。
「ていうかスケスケマンになれるなら樹が気絶させてくれても良かったのに」
「うっせー。薬作るのに必死だったんだよ」
そんな会話をしているうちに、ガサリと物音がした。
私と樹は、驚いて音がした方を見る。
「ウガアアア……」
「……生きてる!?」
音を立てていたのは、毒を注入した魔物。
苦しそうだが、死んではない。生きてるみたいだ。
「ど、どうすればいいんだ……」
樹は絶望したような顔をして言う。
「で、でも見てほら。動きはどんどん収まってるから」
幸いにも、まだ1時間経っていない。加えて、魔物はどんどん弱っている。
だから、多分大丈夫だと私は思う。
「そそそそうか。と、とりあえず待ってみる」
結果的に、魔物は死んだんだけど……
「なーんか最近焔さんの部屋騒がしくない?」
「それ、私も思ってたわ。焔先輩、何やってるんですか?」
学園の方が、危なかった……。
「ほ、ほら……タッグ組んでるから、連絡とるので少しうるさかったかもね」
私は、風音と雪にバレないようにして咄嗟に嘘をついた。
一応説明しておくと、タッグは魔法使い同士が組んで魔物を倒す組。最近、風音と雪が組んだらしい。
「ふうん」
「そうなんですね」
2人が特に怪しむことなく詮索をやめてくれたから良かった。
でも、もしバレてたら……うん、想像もしたくないかな。
「そういえばさ」
「何? 焔さん」
私は、誤魔化すために話を変える。
「風音って出張部隊と戦闘部隊兼業してるんだっけ」
「ん、まあね。そうじゃないと戦闘部隊の人とタッグ組めないじゃん?」
その質問に、風音はなんでもなさそうな顔で答えた。
……相変わらず、この子は雪大好きなのね。
「で、誰とタッグ組んだんですか?」
「えっ!?」
すると、雪が爆弾発言をした。
……どうしようか。少なくともこの学園の人の名前は挙げられない。
「えーっと、それはねぇ……そ、そう、他校の奴よ。他校」
言い訳が浮かばなくて、私は曖昧な答えを返す。
「他校、ですか」
雪は納得しきってないようだったけど、さっきと同じで詮索してくることはなかった。
「じゃ、私ちょっとやることあるから。じゃあね」
「あ、はい。さようなら」
「バイバーイ」
これ以上ここにいるとダメだ。雪に見破られてしまう。
私はそう思い、その場を後にした。
雪たちと別れたあと、樹と話をするために学園を出て、組織のアジトに入った。
「後はこの薬が人間に通用するかね」
「あんなでけえ魔物殺せたし、いけるだろ」
私の言葉に、樹が薬を複製させながら返す。
殺人みたいな事やってるのは嫌だけど、生きていられない方が嫌だ。
だから、私たちは本気で考える。
「樹、そっちの学園で誰かにバレてない?」
「いんや、特に。そっちは?」
「ちょっと怪しまれてるけどバレてはないね」
それぞれ自分のことをやりつつ、お互いの状況を確認する。
一応、私たちは共に戦ってるからタッグ扱い。どちらかがやらかせば、もう片方にもペナルティはある。
「……全ては三日後、ボスの毒殺実行で決まるな」
樹はそう言いながら空を見上げる。
……生きていたいんだろう、彼も。
私だって生きたいし、彼にも生きてほしい。
突然毒殺実験で組むようになってしまったけど、私たちは何だかんだ上手くいってるし討伐も楽しいから。出来るならば、二人で進んでいきたい。
「なあ、そろそろ名前呼び……」
「あ、ごめんそれは無理」
透、なんて呼ぶのも恥ずかしい。
だから、名前呼びだけは遠慮させて頂きたいかな。
「ガビーン」
「それ口で言う人、初めて見た」
樹のわざとらしい声に、私は突っ込む。
「……はは」
「……ふふっ」
そして、二人で一緒に笑った。
バカでうるさくてめんどくさい。そんな樹だし、再会もこんなのだけど……二人で戦って、笑っていたいな。
あれから三日が経ち、遂に毒殺実行の日がやってきた。
もう私たちにやるべき事は無い。ただ、死の恐怖に震えながら結果を待つだけだ。
……ボスがこんなに無慈悲じゃなかったら、こうもならなかったんだけど。
「どうなるんだろね……」
組織の回復係である癒奈が呟く。
これは私と樹だけの問題じゃなくて、組織全体の問題。ただ、一番の責任を私たち二人が負っているだけ。
あの残虐なボスだから、全員殺られるなんてことも有り得なくはない。
「どうか、いきていますように……」
「まだ死にたくないよ……」
みんなが震えている。怖いからだろう。
……私も、顔には出てないと思うけど怖い。死ぬことが怖くないなんて人、いないよね。
「…………」
ふと、樹の顔を見てみる。
彼の表情は真剣だった。いつものふざけた様子の欠けらも無い、そんな表情。
だけど、ここにいる誰よりも力強くて……見てて安心する。
「……なあ、俺たち生きてられるのかな」
「結果次第。怖いけど……待たないと分からないよ」
……本当に、どうなるんだろ。
毒殺対象者を閉じ込めた牢屋の方から「ガタン!」と大きな音が聞こえてくる。
驚いたのか、みんなの肩が跳ねた。
「な、何の音?」
「さあ……」
確かボスは殺る時銃器を使わないと言っていた。
……対象者が抵抗したのだろうか。
「あの……」
そんな時、樹が手をあげる。
みんなの視線が一気に樹に集まった。
「俺、様子見てくるよ」
えっ!?
様子を見るって、牢屋の所に行くって事だよね。そんなの、もしボスに見つかったら……
「殺されるぞ!? いいのか!?」
組織の1人が大声で言う。きっと私と同じことを思っていたのだろう。
「いいって。俺の能力忘れたの?」
樹が苦笑いしながら言う。
……確かに、樹は透明化の能力を持っている。だけど、それは私の能力と同じようにボスに与えられたもの。力自体はボスが支配しているのだから、見つかる可能性だって……
「ま、大丈夫だよ。ちょっと見てくるだけだし。……じゃ、行ってくるわ」
「おい、待て透!」
皆が止めるのも気にせず、樹は走って行ってしまった。
「アイツ、大丈夫かな」
「……とにかく、待ってみようか」
「みんな! 朗報だ!」
あれから数分経って。
結局樹は見つからなかったらしく、私たちの元へと戻ってきた。
「朗報?」
「毒殺、成功したみたいだ。あの物音は、ボスが殴ったりしてとどめをさしてた音」
ボスに貢献できた。これから暫く無理な命令をされることも無いだろうし、あの人の機嫌は良くなるはずだから私たちが殺されることもないと思う。
……だけど。
「これって……俺達も殺人犯……だよな……」
そう。私たちも立派な殺人犯。
対象者は能力持ちで戦っていたらしいので討伐中の事故死扱いとなっている。それに、実行犯もボスだから私たちが罪を問われることはない。
……それでも、間接的に人を殺してしまったのには変わりない。
「……仕方がなかったんだよ」
そう、仕方がなかった。生きるためには従わなくちゃいけなかった。……そうやって、正当化しないと持たないから。
「……今回のことは黙認だ。いいな?」
「……うん」
終わってしまったことは仕方がない。
だから、私たちはこれからこの殺人をしてしまったという事実を隠しながら生きていく。
学園の皆が知ったら失望するだろうけど……
――――それでも、隠さなくちゃいけないから。
火原焔&樹透 END
34:美香:2018/08/07(火) 22:55すごい・・・
35:美香:2018/08/07(火) 22:55かっこいい・・・・
36:Rika◆ck hoge:2018/08/07(火) 23:46 >>34-35
ありがとうございます!
焔が組織で毒殺計画を終えた頃。
「なんか最近物騒よね」
「……ああ」
出張部隊隊長の氷織と戦闘部隊隊長の水は部員の調査記録を付けながら会話をしていた。
調査記録とは、部員達が依頼を受けて討伐した内容をそれぞれの隊長が記す物である。
「風音は暴走するし、焔は突然寮を空けるって言い出すし……」
風音は魔力覚醒剤を使って暴走し、焔は突然寮を1日だけ空けると言った。普段は問題を起こさず討伐に励んでいた二人だったからこそ、氷織は何か悪いことが起きる前兆のような気がしていたのだ。
「まあ、風音と雪のアレがあったからこそ今出張部隊と戦闘部隊が協力してるんじゃないか?」
「それは、確かにね」
元は、出張部隊と戦闘部隊は完全に別のものになっていて、部員同士の交流等あまり見られなかった。
それが、雪の提案で共闘することになって……二つの部隊で話し合うことも増えて。
タッグを組む者も増えて、2つの魔法が重なり合う……そんな戦いも見られていた。
「……そういえば」
氷織が突然思い出したように言う。
「また大きな依頼が来ていたわ」
「……どんなのだ?」
氷織の言葉に、水は驚いたようにして聞き返した。
「焔が帰ってきてから言う。戦闘部隊の人達には、明日の12時に会議室集合って伝えといて」
淡々とそう返す氷織の瞳には、焦りの色が見えていた。
―――それから一日が経った。
氷織が依頼の内容を確認するために自室に居る時、寮の入口の扉が開く音がした。
氷織は自室から出て、それを確認しに行く。
「……焔」
音がした方には、氷織の想像通り焔がいた。……ちょっと、バツが悪そうな表情で。
「要は済んだ?」
「まあね」
氷織は特に詮索することも無く彼女を受け入れる。
一方の焔は、詮索されなかったことに安心しながら自室へと戻って行った。
「……さて」
現在の時刻は11時。焔の部屋にも会議室集合を伝える紙を置いておいたはずだから、おそらく来てくれるだろう。
氷織はそう思い、残り1時間を自分の時間で潰した。
「全員、いる?」
「32、33、34……はい、居ます!」
氷織は出張部隊と戦闘部隊の部員達が全員来ていることを確認し、座らせる。
34人という人数は多いが、寮の会議室は出口に1番近い部屋なので、緊急事態の際の避難所になる。それも想定して、出張部隊と戦闘部隊それぞれ全員が入るような造りになっているのだ。
「それで、次の依頼だけど……討伐だわ」
「……階級は?」
光がそう尋ねる。呼び出すほどのものなら、階級はかなり高いだろうと予想して。
「特級、ね。出張部隊と戦闘部隊が初めて共闘した時の魔物よりかなり強いわ」
氷織の言葉に、部員達がざわめく。
それもそうだろう。あの時の戦ですら、怪我人は多かったのに……。
「まあ、あくまでも依頼だから受けなくてもいいのだけれど……命が懸かっているわ。みんなはどうしたい?」
会議室中がシーンと静まり返った。
それぞれがどうすれば良いのか分かっていないのだ。
「あ、あの……」
その時、雪が手をあげる。
「雪。どうしたの?」
「私たち、あの時より結構強くなりました。私は、強い人に任せるのをやめたい。だから……今回の依頼で、戦わせてくれませんか?」
雪の言葉で、再びざわめきだす。
依頼を受けるのか、という焦ったような言葉や、確かに、いいぞ、等の賛同したような言葉が混じる。
「……あたしも。あの時はほら、変な薬使って自爆しちゃったけど、今度は自分の力で戦いたい」
そして、風音も席を立って発言した。
「私も! あの時すぐ怪我しちゃってみんなに迷惑かけたから……」
「魔力、切れちゃって。みんなをサポート出来なくなって……」
二人の発言をきっかけに、他の部員達も自分の意思を伝え始めた。
「……氷織。いいんじゃないか?」
これまで一言も発さなかった水が口を開く。
そんな水の言葉に、氷織は何か言いたそうにしていたが……
「そこまでの意思があるなら、受け入れることにする。だけど……死なないでね?」
少し悲しそうな表情で、受け入れた。
冷淡な彼女なりに、部員達を心配していたのだろう。
「……はい!」
部員達もそんな氷織の気持ちを理解したのか、覚悟を決めたような表情で返事したのだった。
依頼を受ける事が決まり、解散となった。
会議室から出て行く部員達の後ろ姿を眺めながら、氷織は依頼書を取り出す。
「……受けるのか?」
「当然」
そして、水の言葉に素っ気なく返しつつ、依頼書に判子を押した。氷織自身も迷っていたが、部員達の意思を尊重することにしたのだ。
そんな氷織の姿を見て、水は不思議に思っていた。……それもそうだろう。彼女は今こそ他人と協力する姿勢を見せているが、まだ出張部隊の隊長ではなかった頃……一年生の頃は冷めきっていたのだ。
「何? 私が変わったとでも思った?」
「……なんで分かるんだよ」
そんな水の表情を見て察したのか、氷織は不敵な笑みを浮かべながら問う。一方の水は、見透かされた事に戸惑ったような表情をしていた。
「何となく、ね。水さんって意外と分かりやすい顔してるし」
氷織は口角を吊り上げながら言う。まるでからかっているように。
去年の面影が全くない。水はそう思いながらため息をついた。風音や焔みたいな陽気な人物はもう増えなくていい、とも思う。
「まあ、私はちょっと協調性を得ただけで、変わったつもりはないけれど。……あ、そっちの部員達に伝えておいて欲しいことがあるわ」
そっちの部員。戦闘部隊の事だ。
氷織の表情が堅くなったのを見て、相当重要なことなのだと察し、水は表情で話の続きを促す。
「……特級の魔物、もう暴れ始めてるんだって。明日から出撃するわ」
「あたし、まさかもう討伐とは思わなかったよ〜」
「私もよ、風音」
学園の前……討伐前の集合場所で風音と雪が会話する。
あの後、突然氷織や水に伝えられた部員達は驚いていた。だが、依頼されての討伐のため、既に暴れ始めてるのなら自分達が行かなければならない。部員達は、これから戦うのだという覚悟を決めた。
「皆、集まった?」
「はい、34人全員います!」
「了解。じゃあ、活動範囲を言うわね。Aグループはあそこ。Bグループは……」
氷織はテキパキと部員達に指示した。一方の部員達も、指示された方へと向き、注意深く周りを見ながら歩き出す。
部員達を送った範囲全てに特急の魔物の目撃情報があり、幅広く活動させることにより被害が拡大しないようにする。それが氷織の作戦であった。
「じゃあ、私たちも行こうか」
「そうね、水さん」
部員達の姿が完全に見えなくなったのを確認して、水と氷織も歩き出した。部員達は4、5人のグループで固まっているのに対し、隊長である水と氷織は2人のみ。それも、彼女らの強さによる自信なのだろう。
氷織は左、水は右を用心深く見張る。どちらから来ても対応が遅れないようにする為だ。
「……あ」
「どうした、氷織」
その時、突然氷織が立ち止まる。彼女の視線は街の中で有名な飲食店へと向いていた。水は不思議に思い、氷織の視線を追いかける。
「……これは、酷いな」
飲食店は、水の言葉通り酷い惨状であった。
暴れている魔物にやられたのだろう。壁はボロボロで、ガラスは割れている。ガラスの割れた箇所から見える店内は、椅子や机が壊れており、元の原型を留めていない。
「近くにいるってこと……よね」
「そう、だな」
店の惨状に気の毒にも思いながら、2人は身構える。見たところ、店が荒らされてそれ程時間が経っていない。今すぐに姿を見せる可能性もあるのだ。
「…………ウ」
「――――来る!」
一瞬、魔物の唸り声のようなものが聞こえてきた。
水はそれを瞬時に察知し、大声をあげる。氷織は、通信機を取り出し、部員達を呼び出した。
「ガアアアア!」
――――魔物が唸り声をあげながら姿を現した。
水に氷織、そして駆けつけた部員達はそれぞれ杖を構える。……これから命を懸けた戦いが始まる事への緊張感と共に。
杖を構えたはいいけど、どうしよう。今、部員達は力を合わせて魔物を弱らせてくれている。私の主な呪文は回復や強化。部員達の誰かがピンチにならない限りは、私が動くことも無い。少しなら氷の呪文も使えるけど。ほんの少し、なら。
「ハァ……ハァ……」
そんな時、引き返してくる人影が見えた。その人影はどんどんこちらへと近付き、私の目から見て何者かが明らかになってくる。……風音だ。辛そうな呼吸と、フラフラと揺れる身体を見て魔力切れだと判断した。
「風音、回復するからこっちに来なさい」
「……お願い」
声が届くほどの距離だと判断した私が言うと、風音は素直に頷いてフラフラとした身体を必死に支えながら近づいてきた。私は風音の身体に手をかざして魔力を少し分ける。それから、回復呪文を使って傷も治した。
「ありがと、氷織さん」
「無理はしないでね」
風を呼び起こして魔物の元へと飛んでいく彼女の背中を見送りつつ、私は考える。……何故私は氷使いだったはずなのに回復呪文を中心に唱えているのか、ね。きっと、それは私には氷使いとしての力が無かったからだと思う。ああ、やっぱり無力なのね、私。出張部隊の隊長という肩書きを持っておきながら……。
そう考えていると、頭がボーッとしてきて。周りで何が起きてるのかも分からなくて。
「―――氷織さん、危ない!」
……前から迫ってくるものを避けることも出来なくて。
痛い、熱い、気持ち悪い。そして、胸を裂かれたような、そんな感触と共に私は意識を手放した……。
「ん……」
「お、やっと起きたか」
目を開けると、目の前は真っ白。学園の保健室だ。隣から水さんの声が聞こえてきて、「ああ、あの後運ばれたんだな」って思う。それと同時に、情けなくも感じる。……本当、私らしくないヘマしちゃったわ。
「水さん……魔物は?」
「ああ、この近くの泉学園の戦闘部隊も力を貸してくれている。多分、大丈夫だと思う」
その言葉を聞いて、心の底から安心した。私のせいで部隊が全滅してしまったらと考えると、恐ろしくて仕方がない。幾つものの命が消えてしまうから。
「それより、氷織……お前らしくないじゃないか。どうした」
すると、水さんが困ったような顔をしながら尋ねてくる。……私らしくない、よね。考え事して周りが見えなくなってたなんて。
「……水さんって、強いよね」
「氷織だって強いよ」
「私は弱いわよ。前に立つ者ながら、サポートしかしてないし。……氷使い、失格だし」
確かに私は並よりは戦闘力があるのかもしれない。でも、それは結局サポート面の話で、攻撃面では水さんの足元にも及ばない。力がなかったから、弱かったから……私は、氷呪文を切り捨てたの。
「そんなことはないと思うけどな」
「……え?」
お前は弱いって、私の言葉を肯定されると思っていた。水さんは厳しい性格だから、例え年下であろうと甘やかさないはずだから。……変って思ったのが顔に出ていたのだろう。水さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、それから優しく微笑んだ。
「確かに、攻撃面では足りないかもしれないが、それでも氷織は役に立ってるよ。それから、冷静な分析と稀に見せる優しさ……お前を慕ってる部員は多い。お前の氷呪文に対する思いを私は知らないが、そのままでいいと思う。……どうだ?」
「どうだ、って言われても……」
思わずそう言い返してしまったけど、水さんの言葉が不思議なくらいに胸に入っていった。私の今の気持ちと真逆なことを言っていたけど、自然と受け入れられた。それくらい、この人の言葉には説得力があるみたい。
「ま、一言で言うならお前はお前のままでいいんだよ。“そのままの影野氷織”がみんな好きだから」
「よく分からないけど……ありがと。少しは気が楽になったわ」
「別に感謝されることでもないと思うが……いや、どういたしまして、とでも返しておくか」
礼を言うと、水さんは照れくさそうにそう返した。……本当、素直じゃないのね、この人。
そう思いながら、私はベッドから立ち上がる。やるべき事があるから、ね。
「もう行くのか?」
「部員達に迷惑かけちゃったから、謝罪に」
「……フフっ、いいじゃないか」
水さんが笑ったのを見て、私は保健室を出た。……謝罪、なんて、ホントに変わったわね、私。それだけ周りの人の恵まれなのかしら……なんて。
さあ、早く部員達の元へ行こう。心配してくれてるみたいだし、ね。
……結局、皆笑って許してくれた。それどころか、「大丈夫でしたか?」とか、「無理はしないでください」って心配までしてくれている。こんな仲間に巡り会えなかったら、私は氷呪文に執着して、いつまでも離れられずに長々と引き摺っていたのだろう。
仲間の大切さに気付かせてくれた雪や風音、優しい言葉を掛けてくれた、そして、「そのままでいいんだ」って言ってくれた水さん。笑って許してくれた部員達。……事情は分からないけど、一人で抱え込んでいた焔。
それぞれを大切にしながら、それでも甘えずに戦っていきたいと思う。……2つの、そして、いくつもの魔法を重ねて――――
筒見水&影野氷織 END
45:Rika◆ck:2018/08/24(金) 14:44――――2つの魔法が重なれば END
46:Rika◆ck:2018/08/24(金) 14:47 【あとがき】
少し中途半端になりましたが、ここで終わります。
見てくれていた方、ありがとうございました。
ちなみに、>>21までは赤石雪&神崎風音の話になります。
これからも、もう一つの作品の「てんさいの毎日」や、いつか作るかもしれない新作の執筆を頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
乙
48:Rika◆ck レレイべ目指すは10000位以内:2018/08/24(金) 16:10 >>47
ありがとうございます
伝えたいことがあるので上げます
占いツクールというサイトで、この小説のリメイクバージョンを書き始めました
題名は「2つの魔法が重なれば」ではなく、「二つの魔法が重なれば」にしています
紛らわしくてすみませんが、題名で検索すれば出てくると思いますので、興味のある方は是非見てみてください