「うわ……」
最悪だ。
採集の任務中に凶悪な魔物と遭遇しまった雪はそう思った。
雪は戦闘能力は高いほうだが、上級魔物となると1人では対処出来ない。
「……死ぬのかな」
さっき目が合ってしまったから、いずれあの魔物もこちらへ来るだろう。
「ウガアアア!!!」
雪が死を覚悟していた時、さっきの魔物のものらしき呻き声が聞こえた。
雪は驚いて、思わず隠れていた岩陰から顔を出す。
「えー、コイツつよーい。めんどくさー」
呻きながら倒れるあの魔物と、雪と同い歳くらいの少女が目に入った。
「行かなきゃ……」
とにかく、誰だろうと戦える人間は来たのだから、私も共闘しよう。
雪はそう思いながら立ち上がる。
「えいっ!」
雪は杖を振り、魔物に氷の呪文をかける。
「ガアアア!!」
魔物は氷の刃に刺され、苦しそうに呻き声をあげながら倒れる。
あの少女が結構なダメージを与えていたからか、魔物はあっさりと倒れた。
「あれ、死んでる」
一度退散したらしい少女が、ボロボロになった戦闘服をはたきながら歩み寄ってくる。
「……大丈夫?」
少女の破れた戦闘服の隙間から見える足や腕には大きな傷が複数ついていた。
雪はそんな少女を心配するように言った。
雪の問いかけに、少女は「大丈夫大丈夫」と笑いながら答えた。
誰がどう見ても大丈夫ではないのだが、本人が言うなら仕方ないと雪は思い、「ならいいけど」と言う。
「ねえ、名前は? あたしは神崎風音」
雪が立ち去ろうとした時、少女……風音は雪を引き留めるようにして名前を尋ねた。
「赤石雪。美丘学園の戦闘部員」
雪は、自分の名前と肩書きを名乗る。
風音は驚いた。
風音自身も美丘学園の戦闘部員だったからだ。
「あたしも美丘の戦闘部員なんだけど」
「えっ」
今度は雪が驚く番だ。
風音のような特徴的な容姿をしている人物を見れば、忘れることは無いはずなのに。
「もしかして、あなた戦闘部員の中でも出張部員の方?」
雪は風音に対してそう尋ねる。
出張部員とは、月に二度ほど学園から出て、24時間任務を行う人物を示す。
「うん。そうだよ」
そして、風音は雪の言う通り、出張部員だったのだ。
「なら見ないよね……」
雪はようやく納得した。
そして、今回は普通の部隊と出張部員の任務のタイミングが被って二人は出会ったのだ。
「あ、あたし次の任務行かないと。じゃあね」
風音は突然思い出したように言い、雪の元から颯爽と離れていった。
「まるで風ね」
その姿を見て、雪は風のようだと比喩した。
かっこいい・・・・
36:Rika◆ck hoge:2018/08/07(火) 23:46 >>34-35
ありがとうございます!
焔が組織で毒殺計画を終えた頃。
「なんか最近物騒よね」
「……ああ」
出張部隊隊長の氷織と戦闘部隊隊長の水は部員の調査記録を付けながら会話をしていた。
調査記録とは、部員達が依頼を受けて討伐した内容をそれぞれの隊長が記す物である。
「風音は暴走するし、焔は突然寮を空けるって言い出すし……」
風音は魔力覚醒剤を使って暴走し、焔は突然寮を1日だけ空けると言った。普段は問題を起こさず討伐に励んでいた二人だったからこそ、氷織は何か悪いことが起きる前兆のような気がしていたのだ。
「まあ、風音と雪のアレがあったからこそ今出張部隊と戦闘部隊が協力してるんじゃないか?」
「それは、確かにね」
元は、出張部隊と戦闘部隊は完全に別のものになっていて、部員同士の交流等あまり見られなかった。
それが、雪の提案で共闘することになって……二つの部隊で話し合うことも増えて。
タッグを組む者も増えて、2つの魔法が重なり合う……そんな戦いも見られていた。
「……そういえば」
氷織が突然思い出したように言う。
「また大きな依頼が来ていたわ」
「……どんなのだ?」
氷織の言葉に、水は驚いたようにして聞き返した。
「焔が帰ってきてから言う。戦闘部隊の人達には、明日の12時に会議室集合って伝えといて」
淡々とそう返す氷織の瞳には、焦りの色が見えていた。
―――それから一日が経った。
氷織が依頼の内容を確認するために自室に居る時、寮の入口の扉が開く音がした。
氷織は自室から出て、それを確認しに行く。
「……焔」
音がした方には、氷織の想像通り焔がいた。……ちょっと、バツが悪そうな表情で。
「要は済んだ?」
「まあね」
氷織は特に詮索することも無く彼女を受け入れる。
一方の焔は、詮索されなかったことに安心しながら自室へと戻って行った。
「……さて」
現在の時刻は11時。焔の部屋にも会議室集合を伝える紙を置いておいたはずだから、おそらく来てくれるだろう。
氷織はそう思い、残り1時間を自分の時間で潰した。
「全員、いる?」
「32、33、34……はい、居ます!」
氷織は出張部隊と戦闘部隊の部員達が全員来ていることを確認し、座らせる。
34人という人数は多いが、寮の会議室は出口に1番近い部屋なので、緊急事態の際の避難所になる。それも想定して、出張部隊と戦闘部隊それぞれ全員が入るような造りになっているのだ。
「それで、次の依頼だけど……討伐だわ」
「……階級は?」
光がそう尋ねる。呼び出すほどのものなら、階級はかなり高いだろうと予想して。
「特級、ね。出張部隊と戦闘部隊が初めて共闘した時の魔物よりかなり強いわ」
氷織の言葉に、部員達がざわめく。
それもそうだろう。あの時の戦ですら、怪我人は多かったのに……。
「まあ、あくまでも依頼だから受けなくてもいいのだけれど……命が懸かっているわ。みんなはどうしたい?」
会議室中がシーンと静まり返った。
それぞれがどうすれば良いのか分かっていないのだ。
「あ、あの……」
その時、雪が手をあげる。
「雪。どうしたの?」
「私たち、あの時より結構強くなりました。私は、強い人に任せるのをやめたい。だから……今回の依頼で、戦わせてくれませんか?」
雪の言葉で、再びざわめきだす。
依頼を受けるのか、という焦ったような言葉や、確かに、いいぞ、等の賛同したような言葉が混じる。
「……あたしも。あの時はほら、変な薬使って自爆しちゃったけど、今度は自分の力で戦いたい」
そして、風音も席を立って発言した。
「私も! あの時すぐ怪我しちゃってみんなに迷惑かけたから……」
「魔力、切れちゃって。みんなをサポート出来なくなって……」
二人の発言をきっかけに、他の部員達も自分の意思を伝え始めた。
「……氷織。いいんじゃないか?」
これまで一言も発さなかった水が口を開く。
そんな水の言葉に、氷織は何か言いたそうにしていたが……
「そこまでの意思があるなら、受け入れることにする。だけど……死なないでね?」
少し悲しそうな表情で、受け入れた。
冷淡な彼女なりに、部員達を心配していたのだろう。
「……はい!」
部員達もそんな氷織の気持ちを理解したのか、覚悟を決めたような表情で返事したのだった。
依頼を受ける事が決まり、解散となった。
会議室から出て行く部員達の後ろ姿を眺めながら、氷織は依頼書を取り出す。
「……受けるのか?」
「当然」
そして、水の言葉に素っ気なく返しつつ、依頼書に判子を押した。氷織自身も迷っていたが、部員達の意思を尊重することにしたのだ。
そんな氷織の姿を見て、水は不思議に思っていた。……それもそうだろう。彼女は今こそ他人と協力する姿勢を見せているが、まだ出張部隊の隊長ではなかった頃……一年生の頃は冷めきっていたのだ。
「何? 私が変わったとでも思った?」
「……なんで分かるんだよ」
そんな水の表情を見て察したのか、氷織は不敵な笑みを浮かべながら問う。一方の水は、見透かされた事に戸惑ったような表情をしていた。
「何となく、ね。水さんって意外と分かりやすい顔してるし」
氷織は口角を吊り上げながら言う。まるでからかっているように。
去年の面影が全くない。水はそう思いながらため息をついた。風音や焔みたいな陽気な人物はもう増えなくていい、とも思う。
「まあ、私はちょっと協調性を得ただけで、変わったつもりはないけれど。……あ、そっちの部員達に伝えておいて欲しいことがあるわ」
そっちの部員。戦闘部隊の事だ。
氷織の表情が堅くなったのを見て、相当重要なことなのだと察し、水は表情で話の続きを促す。
「……特級の魔物、もう暴れ始めてるんだって。明日から出撃するわ」
「あたし、まさかもう討伐とは思わなかったよ〜」
「私もよ、風音」
学園の前……討伐前の集合場所で風音と雪が会話する。
あの後、突然氷織や水に伝えられた部員達は驚いていた。だが、依頼されての討伐のため、既に暴れ始めてるのなら自分達が行かなければならない。部員達は、これから戦うのだという覚悟を決めた。
「皆、集まった?」
「はい、34人全員います!」
「了解。じゃあ、活動範囲を言うわね。Aグループはあそこ。Bグループは……」
氷織はテキパキと部員達に指示した。一方の部員達も、指示された方へと向き、注意深く周りを見ながら歩き出す。
部員達を送った範囲全てに特急の魔物の目撃情報があり、幅広く活動させることにより被害が拡大しないようにする。それが氷織の作戦であった。
「じゃあ、私たちも行こうか」
「そうね、水さん」
部員達の姿が完全に見えなくなったのを確認して、水と氷織も歩き出した。部員達は4、5人のグループで固まっているのに対し、隊長である水と氷織は2人のみ。それも、彼女らの強さによる自信なのだろう。
氷織は左、水は右を用心深く見張る。どちらから来ても対応が遅れないようにする為だ。
「……あ」
「どうした、氷織」
その時、突然氷織が立ち止まる。彼女の視線は街の中で有名な飲食店へと向いていた。水は不思議に思い、氷織の視線を追いかける。
「……これは、酷いな」
飲食店は、水の言葉通り酷い惨状であった。
暴れている魔物にやられたのだろう。壁はボロボロで、ガラスは割れている。ガラスの割れた箇所から見える店内は、椅子や机が壊れており、元の原型を留めていない。
「近くにいるってこと……よね」
「そう、だな」
店の惨状に気の毒にも思いながら、2人は身構える。見たところ、店が荒らされてそれ程時間が経っていない。今すぐに姿を見せる可能性もあるのだ。
「…………ウ」
「――――来る!」
一瞬、魔物の唸り声のようなものが聞こえてきた。
水はそれを瞬時に察知し、大声をあげる。氷織は、通信機を取り出し、部員達を呼び出した。
「ガアアアア!」
――――魔物が唸り声をあげながら姿を現した。
水に氷織、そして駆けつけた部員達はそれぞれ杖を構える。……これから命を懸けた戦いが始まる事への緊張感と共に。
杖を構えたはいいけど、どうしよう。今、部員達は力を合わせて魔物を弱らせてくれている。私の主な呪文は回復や強化。部員達の誰かがピンチにならない限りは、私が動くことも無い。少しなら氷の呪文も使えるけど。ほんの少し、なら。
「ハァ……ハァ……」
そんな時、引き返してくる人影が見えた。その人影はどんどんこちらへと近付き、私の目から見て何者かが明らかになってくる。……風音だ。辛そうな呼吸と、フラフラと揺れる身体を見て魔力切れだと判断した。
「風音、回復するからこっちに来なさい」
「……お願い」
声が届くほどの距離だと判断した私が言うと、風音は素直に頷いてフラフラとした身体を必死に支えながら近づいてきた。私は風音の身体に手をかざして魔力を少し分ける。それから、回復呪文を使って傷も治した。
「ありがと、氷織さん」
「無理はしないでね」
風を呼び起こして魔物の元へと飛んでいく彼女の背中を見送りつつ、私は考える。……何故私は氷使いだったはずなのに回復呪文を中心に唱えているのか、ね。きっと、それは私には氷使いとしての力が無かったからだと思う。ああ、やっぱり無力なのね、私。出張部隊の隊長という肩書きを持っておきながら……。
そう考えていると、頭がボーッとしてきて。周りで何が起きてるのかも分からなくて。
「―――氷織さん、危ない!」
……前から迫ってくるものを避けることも出来なくて。
痛い、熱い、気持ち悪い。そして、胸を裂かれたような、そんな感触と共に私は意識を手放した……。
「ん……」
「お、やっと起きたか」
目を開けると、目の前は真っ白。学園の保健室だ。隣から水さんの声が聞こえてきて、「ああ、あの後運ばれたんだな」って思う。それと同時に、情けなくも感じる。……本当、私らしくないヘマしちゃったわ。
「水さん……魔物は?」
「ああ、この近くの泉学園の戦闘部隊も力を貸してくれている。多分、大丈夫だと思う」
その言葉を聞いて、心の底から安心した。私のせいで部隊が全滅してしまったらと考えると、恐ろしくて仕方がない。幾つものの命が消えてしまうから。
「それより、氷織……お前らしくないじゃないか。どうした」
すると、水さんが困ったような顔をしながら尋ねてくる。……私らしくない、よね。考え事して周りが見えなくなってたなんて。
「……水さんって、強いよね」
「氷織だって強いよ」
「私は弱いわよ。前に立つ者ながら、サポートしかしてないし。……氷使い、失格だし」
確かに私は並よりは戦闘力があるのかもしれない。でも、それは結局サポート面の話で、攻撃面では水さんの足元にも及ばない。力がなかったから、弱かったから……私は、氷呪文を切り捨てたの。
「そんなことはないと思うけどな」
「……え?」
お前は弱いって、私の言葉を肯定されると思っていた。水さんは厳しい性格だから、例え年下であろうと甘やかさないはずだから。……変って思ったのが顔に出ていたのだろう。水さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、それから優しく微笑んだ。
「確かに、攻撃面では足りないかもしれないが、それでも氷織は役に立ってるよ。それから、冷静な分析と稀に見せる優しさ……お前を慕ってる部員は多い。お前の氷呪文に対する思いを私は知らないが、そのままでいいと思う。……どうだ?」
「どうだ、って言われても……」
思わずそう言い返してしまったけど、水さんの言葉が不思議なくらいに胸に入っていった。私の今の気持ちと真逆なことを言っていたけど、自然と受け入れられた。それくらい、この人の言葉には説得力があるみたい。
「ま、一言で言うならお前はお前のままでいいんだよ。“そのままの影野氷織”がみんな好きだから」
「よく分からないけど……ありがと。少しは気が楽になったわ」
「別に感謝されることでもないと思うが……いや、どういたしまして、とでも返しておくか」
礼を言うと、水さんは照れくさそうにそう返した。……本当、素直じゃないのね、この人。
そう思いながら、私はベッドから立ち上がる。やるべき事があるから、ね。
「もう行くのか?」
「部員達に迷惑かけちゃったから、謝罪に」
「……フフっ、いいじゃないか」
水さんが笑ったのを見て、私は保健室を出た。……謝罪、なんて、ホントに変わったわね、私。それだけ周りの人の恵まれなのかしら……なんて。
さあ、早く部員達の元へ行こう。心配してくれてるみたいだし、ね。
……結局、皆笑って許してくれた。それどころか、「大丈夫でしたか?」とか、「無理はしないでください」って心配までしてくれている。こんな仲間に巡り会えなかったら、私は氷呪文に執着して、いつまでも離れられずに長々と引き摺っていたのだろう。
仲間の大切さに気付かせてくれた雪や風音、優しい言葉を掛けてくれた、そして、「そのままでいいんだ」って言ってくれた水さん。笑って許してくれた部員達。……事情は分からないけど、一人で抱え込んでいた焔。
それぞれを大切にしながら、それでも甘えずに戦っていきたいと思う。……2つの、そして、いくつもの魔法を重ねて――――
筒見水&影野氷織 END
45:Rika◆ck:2018/08/24(金) 14:44――――2つの魔法が重なれば END
46:Rika◆ck:2018/08/24(金) 14:47 【あとがき】
少し中途半端になりましたが、ここで終わります。
見てくれていた方、ありがとうございました。
ちなみに、>>21までは赤石雪&神崎風音の話になります。
これからも、もう一つの作品の「てんさいの毎日」や、いつか作るかもしれない新作の執筆を頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
乙
48:Rika◆ck レレイべ目指すは10000位以内:2018/08/24(金) 16:10 >>47
ありがとうございます
伝えたいことがあるので上げます
占いツクールというサイトで、この小説のリメイクバージョンを書き始めました
題名は「2つの魔法が重なれば」ではなく、「二つの魔法が重なれば」にしています
紛らわしくてすみませんが、題名で検索すれば出てくると思いますので、興味のある方は是非見てみてください