月を埋葬

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1:かちか◆p2:2019/01/07(月) 23:19

暗いのか明るいのかよく分からない小説のようなものを書きます!月は「紙の月」って言われるくらいが好きです。

2:かちか◆p2:2019/01/07(月) 23:27

草木も眠る丑三つ時。
世界は深い蒼色に沈み、かすかな星あかりだけが地面につきたった墓石をぼんやりと照らしだしている。埋葬もされなかった者の白い骨がところどころに転がっていた。
『町』唯一の墓場、大きな森に面したその決して広くはない敷地の中にはひしめくようにして十字架が並び、見えない柵でもあるかのように、その質によってきっちりと場所が決まっていた。
「…………」
真昼の明るさの中でも人の寄り付かないこの場所を毎晩のように歩く、少年と呼んで問題ないような歳若い『墓守』──イギー・アイバーソンは、いつになってもこの仕事に慣れることができなかった。
美しく磨かれた大きな像も、棒と縄だけで形作られた簡素な柱も、こんな月のない夜には一様に細くさざめき、今や知ることの出来ない何かを訴えかけてくるように思えるのだ。
その無機質な表面をカンテラの灯りが舐めるたび、死体と目があった時のような畏怖が背筋を粟立たせる。

ただ、彼は自身の仕事がそれほど嫌いというわけでもなかった。
事情により日のあるうちはそう頻繁に家から出ることもできず、ただ暇を持て余すだけ。この『町』は外からはほとんど孤立しているため他所からやってくる者も居らず、年に数回指定されている祝日以外は、墓場に用のある人間もそうそう現れない。
そんな退屈な日々に少しのスパイスを足してくれるのが、夜の見回りだった。

もっと雲の少ない夜なら新月でも星が空一面に広がり、せわしなくまたたく日もある。それは寂しい墓守の目には姦しくおしゃべりでもしているかのように見え、時にはつい小さな声で呼びかけてみたりもするのだ。

ざくり、と。
かすかに、でも確かな足音がして、はっとして空を眺めていたその目を前方に向ける。
墓の見回りを夜中にする理由はひとつ、墓泥棒を警戒するためだ。
そしてもちろん、こんな時間に人間が墓場に赴く理由もひとつしか考えられなかった。
「な、何をしている!」
大声を出したつもりだったが、小さくかすれた弱々しい声にしかならない。
声で威嚇するのはさっさと諦め、震える腕で斧を構えつつ音のした方へ走る。相手の足音も速まるが、イギーはおそろしく足が速い。お互いの距離はすぐに縮まっていく。
誰か、もっと言えば明確な敵を追いかけるというこの仕事どころか人生で初めての経験に軽い目眩を覚え、妙な汗が滲んだ。
数十秒のうちに相手を隅の柵まで追い詰める。もともと規模の小さな墓場だ、追いかけっこをするには狭すぎる。前方から小さく舌打ちが聞こえた。
未だにがちゃがちゃと音を立てて揺れるカンテラを目の前に掲げると、自分とさほど違わない背丈をした相手の姿が浮かび上がる──

「!!」
直前。
ふわり、焦げくさい空気が広がった。
蝋燭をどろりと溶かし、橙色の炎が掻き消える。
星以外の光源を排除され、先程まで淡く照らされていた前方には数瞬間前の夜の闇が降り、見えかけていた人影はぼんやりとそれに溶け込んでしまう。
「うぇっ……」
墓守が思わず声を漏らす。誰だって暗闇は得意ではない。ついいつもの癖でポケットにマッチを探してしまう。

その一秒にも満たない時間の後、我に返って意識を前方に向けた時には、当の墓泥棒はもうどこにもいないようだった。

3:かちか◆p2:2019/01/08(火) 12:28

あれから数週間が経つ。
例の墓泥棒は未だに三日に一度か二度くらいの頻度で現れ、二回に一度はいい所まで追い詰めるのだが、いつもあと一歩のところで逃がしてしまう。
しかし不可解なのはその後だった。
墓場のどこをどう探しても、荒らされた形跡が見つからないのだ。墓泥棒のものとおぼしき足跡すらほとんどついていない。
そもそもこの『町』は豊かではない。『町』に住む人々には経済的格差こそあれ、盗まれるべき品を所有していてかつ墓にまでそれを埋めるような人間は(少なくとも墓守の記憶には)ほとんどいないのである。そんなところで一体何を盗もうというのか、皆目検討もつかない。
そして何より気味が悪いのは、捕えて罰を与えるべき敵に対して愛着を感じている自分自身だった。

今夜は満月である。月がスポットライトのように世界を照らし出す。そこにたったひとりで立っている自分はさながら物語の主人公のようだと、イギーはよく想像した。
「……はぁ」
本来ならいつもより軽い足取りで鼻歌さえ歌える日のはずなのに、彼の表情は昏いままだ。しかしどんなにため息をついても仕事が無くなる訳ではなく、結局は斧を持ち、カンテラに火をつけることになるのだった。

「相手も人間のはずなのに、どうして捕まえられないんだろう? ……まさか僕、頭がおかしくなって幻覚を見てるんじゃ……」
ぶつぶつと独りごちながら斧をそっと持ち直し、ゆっくりと歩みを進める。
今夜の月は今まで見た満月のなかでも特に明るく、カンテラを持たずともまっすぐに歩けるほどだった。墓泥棒もさぞ逃げやすいだろうと考えて、イギーはもう一度大きなため息をついた。

「……あれ?」
墓場の奥から前、一旦柵が途切れた門のところまで来て、なんとなく違和感を感じる。
その場にたたずみ思考して、すぐに合点がいく。
「なんか、変?」
景色だけ見ればとりたてておかしなことはないものの、あたりの空気が昨日と、もっと言えば普段と、全く違う。ここにもっと大勢の人間がいれば十人が十人ともその言葉に同意するはずだ、そう確信できるような、明らかな異常だった。墓泥棒を捕らえることに意識が傾いていたおかげで今まで気づけなかったらしい。
「…………」
ごくり、と唾を飲み込む。
気を引き締め、前方にしっかりランタンを掲げて、もう一度先程とは違うルートで見回りをすることにした。

上から見ると四角に近い形をした墓場の来た時とは逆の面を、柵伝いに進む。いつもはすぐ側に広がる森を眺めながら歩くのだが、今夜だけはその目はせわしなく敷地内をうろついている。
もしもこの感覚すら、自分自身が作り出したものだったとしたら?
毎晩のようにこんな場所を歩いているせいで、ついにこの世ならざるものに操られてしまったのだとしたら?
ありえないと理解していても、頭とは裏腹にその足は歩く速度を速めていた。
そして、靴底に柔らかい感触。
ぐにゃり。

「う、ひっ──」
得体の知れないものを踏んだことで喉からひきつったような悲鳴がこぼれかける。体制を崩しその場に尻もちをついて、それでも墓守としてのプライドかなんとかカンテラをかざして。
照らされたのは。
しかばねのような虚ろな表情をした、人間。と──生々しい赤色。
吐き気が込み上げる。
「……うわ、ああああああ!!」
今度こそ、つんざくような悲鳴が閑静な墓地に響き渡った。

4:かちか◆p2:2019/01/08(火) 14:38

カーテンの隙間から入る朝日の眩しさに、彼は目を覚ました。肌には柔らかい布団の感触がある。
様々な大きさの板を組み合わせて作ったような素朴な天井が目に入る。しばらくそれを眺めた後、ゆっくりと体を起こす。
木の香りがする落ち着いた部屋だった。天井からは大きなランプがぶら下がっている。
本棚には様々なジャンルの本がつまっており、ほとんどが汚れや折れだらけで、何十年もそこに置いてあったかのような風情を放っていた。
「…………」
ぼんやりとそれを眺めていると、不意に、がちゃり、と音がする。
部屋の扉が開き、彼とそう年の離れていなさそうな少年が顔を覗かせた。
相手がこちらを見ていることに気づくと、にっこりとほほ笑みかける。
「良かった、目が覚めたんだね!」
嬉しそうに言いながらベッドに近づく。抱えていた盆を机に置き、ベッドの横にあった椅子にふわりと腰掛けた。笑顔を崩さずに語る。
「僕のこと、分かるかな? そこの墓場で君を助けてあげたんだよ。あんな夜中に血まみれで倒れてるものだからビックリしてさ、すごい声が出ちゃった」
「──あ?」
「わあ、怖い顔」
自分の顔を見てけらけらと笑う相手を睨みつけ、彼は声を荒らげる。
「ふざけんな! お前もあいつらと同じだろうが!」
「……へ?」
「生け捕りにでもするつもりかよ、舐めてんじゃねぇ!ここから出せよ!!」
がしゃん!
机の上の盆に彼の腕が触れ、その勢いのまま床に叩きつけられる。乗っていたスープ皿は砕け、入っていた液体が飛んで少年の足を汚した。
沈黙が降りる。
今の動きで一部の傷が開いてしまったのかもしれない。少し動くだけでも痣や傷口が痛んだ。うめき声が漏れてしまいそうなところを無理に抑え、怒鳴る代わりにいっそう鋭く目の前の少年を睨みつける。一方睨まれた相手はというと、先程までの笑顔が嘘のような無表情でただこちらを眺めていた。冷静な、というよりは、何も見えていないかのような表情だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……あんだよ!」
「ねえ」
強く芯のある声で言葉を遮られ、その淡い黄土色の瞳に見つめられて、わずかに気圧されてしまう。無意識のうちに次の言葉を待っていた。

「ねえ。うちの、おいしかった?」

ヒュウ、と不器用に息を吸う音が静かな部屋に響く。それが怪我のせいではない事は、二人とも分かっていた。
「な、何意味わかんねぇこと言って──」
「君が現れるようになってから、僕はいつも以上にお墓を観察するようになった。でもいつでも掘り起こされたような形跡はなかったし、だけど足跡は必ずあった」
少年は瞬きもせずに続ける。
言いながら身じろぎをして、ポケットに手を差し込んだ。何かを探すようにそっと探る。
彼の視線から逃げるように、その手から目が離せない。
「ただひとつ、いつも変わっていたものがあった。昨日、ようやく気づいたよ」
するり。ポケットから引き抜かれた手には、小さな白い欠片が握られている。
それはおよそ、ここのような程度の低い墓場ではよく見かけるものだった。
「君みたいな人をなんて呼ぶか知ってる? 教えてあげようか」
石のように硬直するしかない相手の口もとに、それを押し込んで。

「──『骨喰い』だよ!」
その少年──イギーは、ようやく明るい笑顔を浮かべた。


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