いつもと変わらない街並み。
いつもと変わらない人々。
いつもと変わらない日常。
……変わらないまま、時が過ぎていた。
と、言うより、過ぎる時すらその場所には存在しないのである。
全ての時が、止まっているのだから。
「……はあっ、はあっ!」
全てが止まった世界で、ただ一人動いている少女がいた。
その少女は、腰にバックルを巻き、肩や脚に防具のついた青色の戦闘服に身を包んでいる。
「誰か、誰かいないの?誰か、止まっていない人は……!」
その少女は、探していた。
手に持ったもう一つの同じバックル……タイムドライバーを託せる人間を。
「居るはずないだろ?俺らが全部止めてんだから」
「くっ……また、あなた!」
少女を嘲笑い、立ちはだかる若い青年。
長丈の服を着た青年の隣には、怪獣をそのまま小型化したような異形の怪物が従えられていた。
「ぐるるるる……」
「ま、負けないんだからっ……勝って、明日を取り戻してみせるんだから!」
少女は、戦闘用手袋で覆われた両手をしっかりと構え、戦闘態勢を取る。
「やれ」
青年の合図で、怪人が少女に襲いかかった。
そして少女も、怪人に向かって飛びかかり、そして………!
光が、彼女たちを包んだ。
「きりーつ、れーい!」
その合図で、静かだった教室が一気にざわつき始めた。
生徒たちは一斉に立ち上がり、机を片付けて教室を飛び出して行く。
「こらー!教室も廊下も走るなよー!?」
やんちゃな小学生の彼等を受け持つこの教師。
注意はするがそこまで怒ってはいない。
「ふぁあ……疲れた!帰ったら……寝よう!」
ランドセルを背負い、教室を後にする一人の少女がいた。
名札には、今川あすかと書かれている。学年は四年生。遊び盛り真っ盛りの時期だが、彼女はとても眠たく、早く帰りたかった。
なので、学校を出る足取りもゆっくりであった。
街は、今日も賑わっている。
道ゆく人々は皆笑顔で、犯罪など起こらない。至って平和な場所。
そこを歩くあすかもまた、笑顔である。
「うにゅ……寝そう……」
人混みを小さな身体で潜り抜けるあすかは、いまにも寝てしまいそうなほど眠かった。
そこで彼女は、ある場所に寄ることにした。
人々の笑顔が集まり、あんしんして休憩できる場所……
公園である。
公園は、遊ぶ子供達でいっぱいだった。
あすかの知った顔も何人かいる、馴染み深い場所。
その中にあるベンチに座り、彼女は……
「眠い……少し、寝よう……」
うとうとし始め、そのまま目を閉じた。
やがて寝息が聞こえ始めたが、人並みの音にかき消されていった。
「……はっ!」
ノンレム睡眠……そんな言葉をあすかは知らないが、
夢を見ないまま、彼女は目を覚ました。
何時間寝ていたかもわからない。
十分、一時間、それ以上かもしれない。
先ほどまであった疲れは、すぅーっと消えていた。
「うー……寝過ぎたかな。ふらふらする」
寝起きのだるい身体をゆっくりと起こし、あすかは立ち上がった。
そこで、彼女は気付く。
「あ……あれ? なに、これ……」
あすかは、目の前で起きている出来事に驚きを隠せなかった。
人も動物もみな、時間が止まったように動かない。
ちょんちょんとつついてみても、なにも反応がなかった。
よく見れば、時計の針も進まないままで……
あすかは気づいた。時間そのものが止まっていることに。
「なんで……どうして……?」
自分以外の全てが止まっている。体験したことのない超常現象。
その場に、立ち尽くすしかなかった……。
「それはね、俺が時間を止めたからだよ」
「え……?」
何もかもが動かない、なにも聞こえなくなった空間で、若い男の声が聞こえてくる。
あすかは声のした方を向いた。
「俺はラノーマ。なんで君だけ時間が止まってないの?」
長丈の服を着た、青年。ラノーマと名乗ったその青年は、
不思議そうにあすかを見ていた。
「……ま、それだったら、力づくでやるだけなんだけど」
ラノーマは、指をパチンと鳴らす。
するとその背後から、怪人が姿を現した。
「ひっ……!」
鋭利な爪、強靭な身体。テレビドラマで見る怪人そのものだった。
「よし、やれ」
「ぐるるるる!」
ラノーマが手を下ろすと、怪人は爪を振りかざしながらあすかに襲いかかる。
「あ……いや……」
このままでは、死ぬ。あすかは確信を持ってそう思えた。
その時だった。
あすかやラノーマの目の前に、大きな光が現れる。
「うわっ……」
「何だ?」
眩しさに目を背けるあすか。すると直後、横目に人影が映る。
「たああっ!!」
その人影は、怪人に拳を向け、思い切り殴りつけた。
怪人は衝撃に悶え、後ずさる。
「あれ?ここ……どこ?」
「えっ?」
目の前で怪人を攻撃したのは、自身より少し年上に見える少女だった。
青い戦闘服を着ていて、腰には腕時計のようなベルトを巻いている。
その少女は、いま自分が置かれている状況を飲み込めていないらしい。
「だ、だれ……?」
あすかは、キョロキョロとしている命の恩人に、名を尋ねた。
「え、時が動いてる人なの……?私はサキミラ。あなた、早くここから離れるの!」
サキミラと名乗った少女は、あすかに逃げるよう促す。
「で、でも、みんな、時間が止まってて……」
「大丈夫!私は、その時間を動かすために戦ってるから!」
そう言ってサキミラは、腕時計型ベルトの上部に付いたスイッチを押した。
すると、時計のアナログな針がぐるぐると回り始める。
「break time!」
ベルトからは、英語の音声が流れる。
それと同時に、サキミラの右足に力が蓄えられた。
「くっ……」
ラノーマは、今から起きるであろう出来事を予測し、ゆっくりと後ずさった。
そして……
「てやああああっ!」
空中で大きく一回転し、怪人に向かってキックを繰り出すサキミラ。
……その時だった。サキミラの身体が発光し、変身が解けたのは。
「って、きゃああっ!」
必殺キックが決まる直前、サキミラは地面に落下した。
「へえ……」
その様子を笑いながら見るラノーマ。まるで弱みを握ったかのようだった。
「だ、大丈夫?」
「なんで、変身が……」
サキミラに駆け寄るあすか。
当のサキミラは、変身解除が起きたことにかなり困惑している。
「ぐるるるる……」
怪人が、生身の状態になったサキミラや、戦えないあすかに迫る。
「う……戦えなきゃ……ダメなのに……!」
サキミラは唇を噛んで悔しがった。
自分どころか、後ろの少女の命も危ない。
戦えなくなって、どうしようもなくなっていた。
「これ……」
後ろにいたあすかは、サキミラの懐から落ちたある物を拾っていた。