貴女に沈丁花を

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1:水色瞳◆hJgorQc:2020/05/14(木) 21:11

>見切り発車の小説<
>わずかな百合<
>表現能力の欠如<
>失踪しないようにがんばる<
>感想だけなら乱入どうぞ<



私より皆、儚い。
儚いから、美しい。
人って、そういうもの。
なら、私はーー、人じゃないね。

私はいつから存在していたんだろう。
老いもせず、死にもしない、存在。
あの人を見送ったのは、大体20億年前だったかな。
ーーーー最後の、人。

本当に、儚いね。
ああ、
良いな。

また、愛に触れられたらな。
なんて。私より長生きする人は、居ないのに。



少女は誰も居ない広野を歩く。
誰も居ない大陸を走る。
誰も居ない地球を眺める。
誰も居ない、この星系を。

そのまま、何年も、何年も。

151:水色◆Fase/Q:2021/09/05(日) 23:38

ドラム公爵領。
世にも珍しい「当主の名前がついている」公爵家が支配する、王国北側の大地である。
王都の人間は滅多に訪れることのない土地だが、シスター・コトミはその場所へと足を踏み入れた。彼女も王都の人間なので自主的ではない。もはや彼女唯一の直属の上司と言っても過言ではない、枢機卿ネムからの指示であった。
というのも、ここには先の儀式に参加したシスター、アリサがいる教会が存在しているのだ。儀式が終わった後、数日は本物の宝玉が大聖堂に置かれるが、そこから先は二つを除いてレプリカになる。そして、本物は地方の教会に送られる――――これが決まりであった。
神聖な宝玉を運んでいるためワープ系の魔法を使うのは禁止されている。一応付き人としてシスターのクリスもいるのだが、最近歳を感じるコトミにとってはなかなか大変な旅となった。


さて、コトミの苦難ばかり語っていてもつまらないだろう。
ここからは公爵家の話をしよう。
先ほど「当主の名前がついている」と書いたが、実のところこの表現は正しくない。矛盾しているのだ。……正確に言えば、『当主自体が「家」である』。
その当主こそ、ドラム・ドラゴンである。龍人族――――戦闘能力では随一の種族――――であり、ここの人口比のうち龍人族は30%を占めている。王国に存在する種族は20を超えていること、また人口比は真人族が75%を超えていることを考えるとなかなかの数字である。
……それだけならまだ普通だ。ドラムが特別な理由――――それは、そこに混じったもうひとつの「血」にある。
単刀直入に言おう、彼は『吸血鬼』だ。大方飢えた吸血鬼にでも襲われたのだろう(無理もない。龍人族の血を吸えば並の吸血鬼は1ヶ月何も食べなくても生きていけるのだ)、今でも首筋にはその時の傷痕が残っている。
……吸血鬼の特性の一つとして、直接吸血した対象を吸血鬼にしてしまうというものがある。それが嫌な者のために王国では「献血」というシステムを導入しているのだが、その話は置いておこう。
ドラムから血を吸った吸血鬼は見事なまでの返り討ちに遭った。即死である。吸血鬼は不死性からくるゴキブリのような生命力をその身に宿している、のにも関わらずである。……さあ、その特性は今や彼のものとなった。吸血鬼を瞬殺できるほどの力と不死性が交わる時――――生まれた場所が違えば、英雄、または怪物と呼ばれていたであろう生命が爆誕した。
そんな彼の生きてきた年月は王国の歴史よりも古いと噂されている――――超然的な彼の性格と相まって。

152:水色◆Fase/Q:2021/09/06(月) 00:22

さて、コトミはそんな領主の治める土地へとやって来た。と言っても今回領主に用があるという訳ではなく、教会である。
領主館の横を通り抜け、石畳の上を歩く。だいぶ足元が楽になった。

「……クリス、大丈夫ですか?休憩しましょうか?」
「私はまだ平気です。……が――――あれ、気になりません?」
クリスが指差した先を目で追うと、そこには酒場……いや、食堂があった。
「……せめて用事が終わってからにしましょう。全く、神様が寛容で本当によかったですね」
コトミは表面上そう言った。……しかし彼女も疲労で空腹になっていたので、その提案が有り難かった。
クリスはわずかに微笑みつつ、彼女の隣にいる人を見上げた。


歩くこと数分。教会へと二人は到着する。……慌てて奥の部屋に通された。どうやら向こうはもっと大規模に来ると思っていたらしく、多少遅れるだろうと見当をつけていたらしい。
シスター・アリサはしばらくしたら来るとのことだった。待たされることになった二人は会話を始める。
「ところでコトミさん。あの人達についてなのですが……」
「……スミレさんたちですか?」
「流石ご明察です。少々小耳に挟んだのですが、なにやらアルファ枢機卿が彼女らを崇拝対象にするべく教皇に働きかけているそうですよ」
それを聞くなりコトミは腕を組んだ。
「……それ、当人達からしたら迷惑なのでは?」
「ですよね。コズミック様――――神様は別として、あの方々はまだ生きてます」
「別に生死が崇拝に関係する訳ではありませんが……それでも道行く人々が全員、突然ひざまずくと考えたら不気味なものがあるでしょうね……」
どうしましょうか、と顎に手を添える。
スミレとネア、アヤメとイエローベル。彼女らは全員デートで王都にやってくることがある。そんな中崇拝されたらやりづらい筈だ。
「……クリス、もう少し情報を集められませんか?何とかしてみましょう。最悪の場合、私が直接あの人たちのところに行って説明しなければなりません」
「はい」
こくり、とクリスは若々しい顔を縦に振った。

「(……それにしても、デート、ですか……)」
コトミは心の中で呟く。少し前に、教皇になったら恋愛関係の戒律を改めようと誓った。……その目標まで、近いようで遠い。達成する頃には自分ももはやデートとか言っていられる年齢ではなくなっているだろう。……聖職者、という身分上仕方のないことだということは理解している……が、どうしても彼女は諦められない。
……すると、その思考を知ってか知らずかクリスが突然爆弾を投下してきた。
「早めに終わったらデートと洒落込みません?」
「はい?」
コトミの目が点になった。
「いや、流石にこのままじゃ寂しいので」
「そうですか……そうですよね」
「あれ?まさか期待してました……?」
クリスが少しずつ暴走する。
「い、いえ、そんなのでは……というか、もう私は……」
「それでも、……って言ったら?」




……と、そこまで進んだ時。少しだけ開いた扉から、一人のシスターが顔を出した。

153:水色◆Fase/Q:2021/09/08(水) 22:08

「…お待たせしました」


……扉から、顔だけ出してシスターが言った。……彼女こそ、シスター・アリサ――――先日の儀式に参加した四人のうちの一人である。
彼女の外見的特徴を言葉で具体的に表現するのは難しい。……簡単に言えば、「虚弱そうな」出で立ちとでも言った方がわかりやすいだろうか。……とは言っても、神経質そうな雰囲気ではなく、どちらかというと可愛い部類には入りそうである。
コトミとクリスはあわててそちらに向き直る。

「……こんにちは」
挨拶。何気ない一言だが、「気にしてないですよ」という意味が言下に含まれているのだ。アリサの方もそれを理解した上ですぐに本来の用件の方へと話を進めていく。
「……ええと、本日はお越しいただきありがとうございます。本来であれば私自らドラム公爵領の案内をしたかったのですが……そのような場合ではありませんね」
こちらにどうぞ、と彼女は扉の向こうへと姿を消した。
残された二人も立ち上がり、その後に続く。


教会の廊下は長い。コトミとクリスは体が弱いアリサにすぐに追い付いた。……しかし、抜かしたり並ぶようなことはしない。……宗教の教えがその体に染み付いていた。
やがて奧の部屋に到着する。……コトミは肩から下げた鞄より、綿で包まれた物を取り出す。……そう、それこそが宝玉だった。
包みを解いてゆくと、次第に灰色の輝きが綿の隙間から漏れ出す。……灰色の「輝き」。変な表現だが、改めてそれを目にした彼女からでも、その表現以外に適当なものが見当たらなかった。
アリサに案内された先、奥の部屋のさらに奥。そこには台座が置かれていた。……それは質素だったが――――そのことが逆に、この宝玉には相応しく思える。
落とさないように、慎重に、台座に載せる。コトミはその時間こそまさに今までに生きてきた生の半分を象徴するかのような錯覚を覚えた。
アリサが何かを唱えている。入り口の方まで下がったクリスの姿も見えた。……やがて、宝玉が一瞬光り――――不思議と、もう動かないような感覚を周囲に味わわせる。
超強力な保護魔法の定点照射。やはりアリサの腕も素晴らしいようだった。




その後は特にすることもなく、再び挨拶をして別れるだけである。……のだが、その一瞬前、アリサはコトミに耳打ちした。
「……大丈夫なんですか、あの人……かなり高位の呪いがかけられてますよ」
言ってくださればおそらく解除はできます、とも彼女は言った。……だが、
「分かってます……大丈夫です。……第一、そんな事をしたら……私が破門されますよ」
と、コトミは呟く。その瞳には、欠伸をしているクリスの姿が映っていた。

154:水色◆hJgorQc:2021/09/10(金) 22:56

「……ここは……」


聖女も死んだ。
盗賊も死んだ。
盾使いも死んだ。
そして魔法使いだけが生き残り、幸せになり――――勇者は死んだ。

おとぎ話にすらならない、残酷な現実だ。
ネアは常にその事を気に病んできた。それは並大抵のものではない――――『一人だけ』生き残った時の悲哀。自分もあのとき死んでいった仲間と共に逝きたかった。そんな思考を、スミレには見せまいと思って一心に隠してきた。
しかし、死んでいった者たちは、それを望まないだろう。……死人に口なし、とも言うが――――少なくとも、ここにおいてはそうだった。なぜなら、


「……ここは……」
勇者――――エインは目を覚ます。そこは草原だった。青々とした、丁度よい高さに切り揃えられた草がそよ風に吹かれて揺れる。……それはやがて波となり、水平線の向こうへと消えていく。
そんな雄大なる自然の中に、彼はいた。
……いや、彼だけではない。聖女リリー、盗賊ブロウ、盾使いアルストも、そこにいた。


「…………………………」
今、目覚めているのはエインだけである。……しかし彼には自分が殺された時の記憶が残っていた。なので、目覚める、というよりかは――――復活した。
「お目覚めかな?」
エインの横に、突然とある女性が現れた。……不思議な髪の色をしている。紫のグラデーション……まるで宇宙の煌めきのようだった。
……しかし、エインはそのような女性の容姿も気にせず、即座に質問を投げかける。

「……この際あなたが誰だとかいう問いは野暮だろう……単刀直入に言う。ここはどこだ」
「ここ?英霊の世界。……つまりだ。現世で助けを求めている奴らがお前らを呼ぶまで……ここが住む世界となる」
……どうやら復活という訳でもないらしい。
やはり死は絶対だ、と改めて――――死んでから、ようやく――――認識したエインだった。

155:水色◆Fase/Q:2021/09/11(土) 10:42

「······はぁ。僕達は······そこまでこの世界に功績を残せたのか?」
まだ周囲の勇者達は起きない。横に居る女性が全く動かないので、退屈しのぎにエインは色々な事を質問してみる。

「まあ、だろうね。見せようか?」
「あー············」
······このやり取りでようやく相手の正体に気付いたエインだった。······流石の彼でも世界の管理者にして神に等しい存在であるコズミックを前にしてはいつもの態度はとれない。
「······いや。お断りさせて頂く······」
「おやおや。······かつてのお仲間が幸せになってる様子を見たくないと?」
「············」
この神、絶対一部の人から嫌悪と言ってもいい程には嫌われてるだろ、と思ったエインだった。




「それよりも······英霊?どういう事だ?」
ここで彼は疑問を素直に口にする。
「おや知らない?······まあそうか。そうだろうな。あたしが創った勇者の中で非業の死を遂げた奴らはこれが初めてだから······」
コズミックは一瞬目を伏せる。······が、エインがそれと気付く前にはすぐに調子を元のように戻していた。
「まあ······もう一度だけ、勇者達に『誰かを救う権利』をやる、っていう話だ」
今度はエインでも何となく分かった。コズミックの言を聞いて軽く頷く。
「タイミングはこちらに一任させてもらう。まあそれ以前に宝玉は各地に散らしてある。······見てろよ」
コズミックがそう言った直後、······エインの目の前で、転がっていたブロウの姿が少しずつ薄れていく。まるで砂嵐のように······その身体にノイズが走る。それはアルストも同じだった。
「丁度儀式が始まったみたいだな······」
事情を全く知らない者からすれば軽く悪夢を見そうな光景だった。────しかし、
「······いつか再び集う時が来るんだな?」
「······現世の奴らが望めば」
「ならいい。······っはは······」


エインが笑った直後────ブロウとアルストの姿は草原から掻き消えた。見れば、いつの間にかコズミックの姿もない。その場に残されたのはエインとリリー、ただ二人だけだった。
温かな風が二人の頬を撫でてゆく。

156:水色◆Fase/Q:2021/09/11(土) 10:59

「······やあブルーベル。終わったよ」
結界に綺麗な穴が空いた。······シルバーベルの来訪である。
「宝玉 ······ もう 大丈夫なの?」
「まだ1年半も経ってないんだけど。······はぁ、まあだいぶ短縮されそうなのは事実かな?······いや、それはいいとして。休暇の時間だよ」
彼女がそう言うと、入れ替わりにグレーベルが入ってきた。
「······························」
相変わらず喋ってくれない。表情もほぼ無である。しかし、だからこそこの任務には向いている、とアクアベルに判断されたのだろう。
彼女が結界の中に入った直後、ブルーベルは空いた穴が塞がれないうちに地面を踏み込み、大跳躍────脱出する。
「······んじゃ グレーベル、しばらくよろしく」
その直後に穴が塞がれたため、その言葉が向こうに聞こえているのか不安はあったが······確かに、彼女は頷いたグレーベルを目視したのであった。


「今回の休暇は どのくらい?」
即座に王都中心部に到達し、鈴の音を鳴らしながら屋根を蹴る二人組。ものすごいスピード────まるで飛ぶようになりながらも会話を進める。
「1ヶ月くらいかなぁ······タイミングが良ければ王子の誕生も見られるかも?」
「そんなのに 興味なんかないよ······」
ブルーベルは心底面倒くさそうに言う。······しかし、彼女の記憶にはユノグの治世ほど強烈な印象(いい意味でも悪い意味でも)を残した時代はこれまでに記録されていなかった。
······もし本当に何の印象も持たなければ、「何それ」で終わっていただろう。それどころかグレーベルが話を振ったかどうかすら怪しい。
グレーベルは軽く笑っただけで何も言わなかった。······王都を抜け、平原に出る。今日は二人とも、ワープを使わない。······そういう気分だった。

157:水色◆Fase/Q:2021/09/12(日) 06:11

やべえやらかした。
真ん中あたりの改行からの『グレーベル』は『シルバーベル』です。

158:水色◆Fase/Q:2021/09/19(日) 14:36

「恋人みたいなことがしたいです」
「······························」

市場。アヤメとイエローベルは二人で買い物をしていた。······そんな中唐突に落とされた爆弾が上記の台詞である。傍から聞いている分には衝撃的な言葉だった。······何せ、彼女達は既に手を繋いでいたからだ。
間一髪のところで噎せるのを我慢したイエローベルがアヤメの手を握る力を少しだけ強める。
······それにしても、少し前まではスミレとネアの関係で頭を押さえていたはずの彼女が一体どうしてこうなったのだろうか。まさに『恋は盲目』である。

「······急にどうしたの」
ようやく立ち直ったイエローベルが隣にいる恋人に声をかける。その恋人はというと、
「あ······いや、何と言いますか······こうやって手を繋いでいるだけでも幸せなんですけど······」そう言って顔を赤らめながら、「でも、もっと色々なこと······したいなって」
「············(まずい可愛い)」
イエローベルの心拍数が上がる。······でも、それを隠さないでも良いのが今の彼女の立場なのだ。
「······で、具体的に何か案はあるの?」ほんの少しだけうきうきしながら恋人に問う。
「······そうですね、······屋台で何か買って······分け合って食べる、とか」
先程のやり取りからは想像出来ないほど具体的な答えが返ってきた。······だが、確かに。恋人らしい────と思ってしまうのは、イエローベルも皺が伸びたということだろうか。
「(······いやいや、皺伸ばしって老人の気晴らしだよね?)」
とセルフ突っ込みを入れる。
そんな彼女をアヤメは不思議そうに見ていた。······そして微笑む。「行きましょう、イエローベルさん」




······きっと彼女らの繋がりは、永遠に続くだろう。

159:水色◆Fase/Q:2021/09/25(土) 11:16

『······おい。おい、リーベライヒ!聞いてるのか?』
「うっせえ。そんなに大声出さなくても聞こえてるわ。念話魔法だぞ?」
『すまん。······いや、それより······凄い物を発見したぞ!』
「どうせつまらないものだろ?こないだなんか市場の安売りに反応してたしな」
『······いや、今度のはこれまでとは格が違う。とにかく裏山に来い、今すぐに』
「あ?おい······クソが」




商店街の建物の屋根に座っていたリーベライヒは念話魔法による通信を受けた。······反応すると言った以上彼にはどんなつまらないことでもその場所に行かなければならないのだ。

「裏山に一体何があるんだよ······」

そう言いつつも、認識阻害魔法を自分にかけるところを見るとまだ期待を捨てていないらしい。そのまま立ち上がり、屋根を伝って走り出す。
魔法と王子誕生間近の二重奏によって誰も彼に気付く者は居ない。易々と商店街を脱出し、そのまま裏山へ駆けてゆく。




「これだ、これ······いや、あれだと言った方がいいのか?」

仲間によって裏山に呼び出されたリーベライヒは、確かに期待感を擽るものを見た。どう考えても中にいる何かを封印しているとしか思えない厳重な結界である。試しにレイピアで一突きしてみたが、傷すらつかなかった。

「マジか······よくやったな。さっさとずらかるぞ」
「逃げるのか?」
嘲笑うような口調でそう言われたが、リーベライヒにはまったく応えなかった。
「いやそうじゃない。こうまでして封印したい物が中にあるんだ······おそらくこれ以上ここに居たら殺られるぞ」
と言って仲間を待たずに走り出す。


「······チキン野郎め」
残された者はその場でいくつかの魔法を構築して結界へと一斉に放つ。
光が飛散した。まるで金属を加工する時に出る火花のようである。
······金属加工。その名の通り――――むしろ傷は付かない。むしろ結界の輝きが増していくように思えた。
「······」
流石に気味が悪くなった彼は攻撃を諦めて戻ることにした。――――その直後、彼の背中めがけて、灰色の少女が出現する。








『あらら、一人取り逃がしちゃったかぁ······』
もはや赤い塊となった煙の弾を見つめるグレーベルの耳に、アクアベルからの通信が入る。
『······うん、私のミスだね······明後日あたりにでもオレンジベル送るよ』


通信を切ったグレーベルは煙の弾を地面に打ちつけた。
······瞬く間に、周囲が血の海になった。

160:水色◆Fase/Q:2021/10/12(火) 23:49

「「············」」


スミレとネアは息を殺していた。······と言っても別にどこかに潜入した訳では無い。······現在の状況が彼女達を緊張させていた。
ここは王城······二人の目の前にはとても建物の中とは思えないほど重厚な扉がある。その扉に付与されている結界魔法は、今や王国屈指の結界魔法使いであり王妃のアリシアによって創られたものである。もはや扉ではなく壁に近い。
······そして、その扉の内部には······アリシアがいる。スミレの予想では、本日が出産予定日の。


「······時間が経つのって早いね」
「だねー。······歳を取ると体感時間が早くなるって聞いてたけど······もうアリシアさんもかー」
スミレがしみじみと言うのに対してネアも相槌をうつ。そして感慨深そうな様子を見て、スミレはやや興味をそそられたようである。
「ねぇネア、アリシアさんって、ユノグさんの侍女だったんだよね?」
「そうだねー。まあ今もだけど······王妃兼侍女、って言ってたよ」
「あはは。······アリシアさんの出自って何か知ってない?」
それを聞いて、ネアは少しだけ考え込んだ。······やがて、昔話をするような調子で語る。


「······アリシアさんは、産まれてすぐの頃、路地裏に捨てられてたんだって。そこをユノグが見つけて拾ってきたんだよー。······私も勇者のメンバーになる前だったからよく覚えてる。まあ、その時は王国が混乱してたから······『魔王』のせいで。もしかしたら、アリシアさんもそのせいで捨てられたのかもしれない」
「············」
スミレは唇を噛んだ。蘇生に成功したとはいえ、ネアを殺した魔王に良い思い出は全く無い。しかし、その思考を察してか無意識かどうかは知れないが、ネアはこんなことを言った。
「······もしあの『魔王』が生きてたらさ、今の状況をどう思うんだろうねー?」
「今の······?」
「絶望に叩き落とした筈の人々が生き延びて、恋をして、結ばれて······子供を作った人もいる。『魔王』には理解できないことだと思うよー」
「······!······」
「······だからね、」


その時である。今まで沈黙を保っていた扉が突如として開いた。······ユノグが立っていた。
彼は一瞬面食らったようだが、2人に向けてとても嬉しそうに手招きをする。······口元に人差し指を当てた。
彼の大きな背中の横から二人は部屋に入る。······すると、






【ちょっとあとがき】
あと数話でS3に突入します

161:水色◆Fase/Q:2021/10/18(月) 08:05

「······おい爺さん。あんた某エルフの貴族家から土最高位魔法の技術を盗んだんだって?」
「······そうじゃ。······直ぐに取り返されたがな。まだいくつかの土魔法は使えるぞい。······『メテオ』とかな」
「ふむ。······じゃあ爺さん、あんたを今ここで幹部に任命する。俺の計画では、一番強い魔法を使えるのはあんただ」
「······何をするんじゃ?」
「まあちょっと聞いてくれや。計画をな」


暗澹とした路地裏、相変わらずそこには数人の男が集まっていた。もはや軽い拠点のようになっているそこは、あらゆる犯罪者が集まると言っても過言ではない。
そして今日は老年の犯罪者がその集まりに合流した。······早速リーベライヒは彼を利用することに決めたようである。


「······勝算はあるのかね?」
「正直言って五分五分だな。まだ俺らはあの中に何があるのかを知らない」
「なるほど······まあよい。もしあれが貫けなければ王城に落とせばいいだけのこと」
「うわ。容赦ねえな爺さん」
どこかから飛んだ野次に周囲の雰囲気がやや弛緩した。それを見てリーベライヒは士気を高めるような情報を落とす。
「そう言えばこの間、あの結界を張った王妃が王子を出産したらしい。しばらくは魔力が戻らないだろう······つまり結界はいくらか脆くなっている筈だ」
同時に彼は前にあの結界を細剣で突いた時のことを思い出していた。······あの頃は攻撃の性能も悪かった事もあるのだが、時期が悪かったのだ。
「マジか?」
「マジだ。······まあ聞いた話なんだがな。そいつらはどうやら王家に関わりがあるらしい」
そう言って独り頷く。······犯罪者達は顔を見合わせた。
「実際に聞いたのか?」
「いや。盗み聞きだ」
つまり罠である確率はかなり低い。


「······さて、今から計画を練ることにする。使えそうな技術を持ってる奴は俺に言ってくれ」

162:水色◆Fase/Q:2021/11/22(月) 07:56

ある日のことである。スミレとネアは珍しくユノグに呼び出されていた。
いつもの店ではない······王城である。しかも奥の部屋。何やら他の者には聞かれたくないような物事を話すらしい。


「······さて、何処から話したものか······」
「理由もー?」
「あぁ、そうだ。······二人呼ぶ必要はなかったかもしれん」
そう言いながらユノグは微妙な表情を浮かべたが、実のところ二人とも呼ぶのは悪くない選択であった。······というより、スミレとネアはもはやセットである。
「まあそれはいいとしよう。······言いたくなければ結構だが······貯蓄はあるか?」
「······えっと、スミレ?」
スミレは家事能力が高い。なので家の経済も一手に引き受けている。そんな彼女の答えは、
「収入がネアの勇者補助金だけなので······あんまり芳しくないです」
であった。
その途端ユノグは苦虫を噛み潰したような顔をした。······これには二人も驚く。そしてどちらも聡明である以上、答えは直ぐに出た。
「「まさか······」」


ゆっくりと口を開く。
「そう、そのまさかだ······この度の臨時貴族会議で、勇者補助金の廃止が決定された」


僅かながら心の準備が為されていたからであろうか、彼が予想していたよりは二人の反応は重々しくなかった。
「···何とかならなかったのー?」
面倒臭いことになった、と言わんばかりのネアの声である。
「いくら賢王でも多数決には勝てない」
「憲法停止したら?」
「ネア姉ってそういうキャラだったか···?」
···よくわからない言い合いが始まってしまったので少々割愛する。

「まさか、そのままという訳じゃないですよね······?」
「ああ。これに関しては二つほどカルトナ様から助力を頂いた。······まあ、ネア姉がどちらも無理だと言ったら、駄目なんだが」
確認するかのようなスミレの問いに対して、ユノグの返答は安心感のあるものだった。
「ネア、」
「うんー?よっぽどじゃなければ大丈夫ー。それに師匠は倫理観の消えてる仕事持って来ないしね」
伝説の魔法使いに対する圧倒的な信頼である。弟子が二人、そして一見無関係だが何度も助けて貰っている一人によりスムーズにやり取りが進む。······そして、
「······で、その仕事って?」
とうとう説明のお時間です。

「簡単に言うと、魔法学校の講師をやってもらいたい、という話だ」
「魔法学校って······」
「そうだ。カルトナ様が名誉校長やってる所だな。というより、優秀な魔法使いは大体そこから輩出されるから······ネア姉も確か通ってたよな?」
「そうだねー。······なるほど、魔法学校かー······一日待っててくれる?ちょっと考えるから」
ネアの反応はそこまで悪くない。ユノグは多少安心したのかため息をついた。
「二人でゆっくり考えてくれ」

163:水色◆Fase/Q:2021/12/11(土) 09:20

さて、二人が家に戻ってきてからすぐのこと。ちなみにアヤメはまだ帰ってきていない。どうやら今夜は長くなりそうである。
ほぼ無に近い荷物を下ろしながらネアはスミレに話しかける。

「スミレ、どう思······」
「良いと思うよ!!」
即答だった。
思わず面食らう彼女が目にしたのは、目を輝かせる大切な人の姿だった。久々に見るそんな顔に再び恋に陥りつつ、ネアは何とか思考を動かす。
······確かに、ネアも魔法学校の教員には憧れていた。ただ、それとスミレとでは方向性が違う。
何故だろう、と少しだけ考えて、分かった。前に彼女から少しだけ聞かされていた、気の遠くなるような過去の話。
スミレは『造られた』存在である。だから知識は専門の機関で学ばなくとも、元々入れられている。······それだから、新鮮な『教育』というものに、惹かれるのであろうか。


「(······)」
ただ、ネアにも一点だけ不安な所があった。本来ならスミレが全力推奨した時点で即行動なのだが──仕事時間の間は、スミレと会えない。当たり前といえば当たり前なのだが。
それでも、この生活を始めてから、このようなことは初めてだった。まだ100年と生きていない以上、当然なのだが······
未経験の事象を前にしては、尋常の人物は誰しも混乱するものである。何も物騒な場だけではない。日常でもしょっちゅう起こりうる。

「ネア?」
「ひゃっ!?」
ネアが考え込んでいた所にいきなりスミレの声が降ってきた。思わず可愛らしい声と共に顔を上げる。
「えっと······大丈夫?」
「······うん。ちょっとあんまり即答だったから、びっくりしただけー」
深呼吸をし、体勢を整える。
大丈夫。スミレに認めてもらえば、きっと上手くいく。
「ちゃんと毎日帰ってくるよー」「それで、何があったか報告するから!」「だから、スミレも、大丈夫だよ?」


「······ありがとう、ネア。頑張ってね」
そう言って微笑む彼女は、まるで聖母のように美しかった。
「じゃあ、決まりー。明日辺りにでも言っておくよ」
「うん。お土産話、いっぱい聞かせてね?」
「気が早い。······元々そのつもりだよー」


彼女らの歴史に、また一枚の紙が浮かび上がる。そこに何が記されるのかは──さあ、この後のお楽しみだ。

164:水色◆Fase/Q:2021/12/31(金) 20:02

久々に家にネアがいない日がやってきた。ひたすら手持ち無沙汰になったスミレは島を歩き回る。······家からでも見えるのだが、端の方まで行くと蒼の城が見えた。······それも、少しだけ鮮明に。
あそこにいる人々は、今は何をしているのだろうか。外見も性格もカラフルで、知れば知るほど憎めなくなる者たちは──。
少し場所を変えて、別の島の端······それも大陸がある方に足を向ける。当然だが靄がかかっていて見えない。舟で2時間はかかる距離は伊達ではないが、それにしては靄が濃すぎると思った。······どうやら雨が近づいているらしい。
あそこにいる人々にも、随分と助けてもらった。これからも助けてもらう予定だが······それでも一人になると感傷に浸らざるを得ない。


そして、今まで長く付き合ってくれた二人······ネアとアヤメ。
あの二人は、自分と関わって幸せだっただろうか、と考える。······分からない。それどころか、個人的には厄災しか呼んでいないような気がする。


でも。
それでも。
逆に言えば、スミレ。
彼女が中心になる事で、あの二人は幸せになれる。




そして、この物語も、いつまでも続いていく。
人の入れ替わりはあるものの、無限の平和と共に。

······と、なる筈だったのに────




【S3 On the verge of opening】

165:水色◆Fase/Q:2022/01/13(木) 23:18

【ご注意】

これよりS3の執筆を開始します。それに伴い、いくつかご留意して頂きたい点があります。
・S3は、今までのS1、S2とは本当に別物(悪い意味で)です。
・一応伏線は張ったつもりですが、恐らく、いや確実に読者を置いてけぼりにすると思います。
・それでも良い、という方は、のんびりお付き合いください。


・わずかな百合
・わずかなご都合主義
・アドリブ故の意味不明展開
・わずかなチート
上記を許容できる方以外はブラウザバックを推奨します。

166:水色◆Fase/Q:2022/01/13(木) 23:57

ネアが魔法学校の非常勤講師となってから早数ヶ月。まるで嘘のような、平和な日々が流れていた。······でも、これが当たり前なのかも知れない。
今日はネアが家にいる。そしてアヤメは買い出しに行った。······つまり、久々に水入らずで過ごす事ができるのだ。

「寒くなってきたね」
「ねー。······もう冬かぁ」
このような会話が交わされるのも、なかなかない事である。そんな生活に大分慣れてしまったことを思うと、少し寂しい物を感じる二人ではあったが······そんな気持ちも一緒に過ごしていると霧散してしまう。



「(窓にもガラスみたいなの嵌めようかなぁ······)」
スミレはそんな事を考えつつ窓の外を見た。······大陸は相変わらず遠すぎるせいでよく見えない。

だが、その日は少しだけ違った。

光の柱のようなものが見えた、気がした。

「······?」
二人同時に窓の傍に近付く。······その頃には、柱は跡形もなかった。
「何だったんだろ······」
「流れ星······じゃないよねー」
彼女らは今見た景色について見解を語り合う。······昼でも見える程の光。まるで王都に突き刺さるようだった。
だが、そこから数分過ぎても何も起きない。結局二人は見間違えと判断し、昼食の用意に取り掛かった。




昼食を食べ終わり、片付けも終わりかかった頃、突如としてアヤメからの念話魔法が飛んできた。
『······さん······姐さん達、聴こえますか!?』
「······アヤメ?」
『すいません、緊急事態です!いいですか、今からイエローベルさんからの伝言をお伝えし············』
────恐るべき轟音が二人の耳を貫いた。
······そして、慌てて大陸の方を見れば······再び、光が迸るのが見えた。
『······っ······すいません切ります!とにかく、大陸には来ないでください······絶対に。······大丈夫です、私は大丈夫です!!』

僅かに動転しているような、叫びに似た声を残して念話魔法は途切れた。
スミレとネアは顔を見合わせる。······そして、もう一度大陸の方を見た。






二人の意識は、そこで途切れた。








【ちょっとあとがき】
今まで全然書く気が起きなかったんですが、書き始めたら止まりませんでした。はい。

167:水色◆Fase/Q:2022/01/15(土) 20:12

どんな物事にも終わりはやってくる。
日々が途切れたのも、これもまた偶然ではないだろう。






頭の中で、何かが解けた気がした。
その感覚で意識が覚醒し、ぱっと飛び起き────ようとした。
その瞬間、スミレの身体を異様な倦怠感が襲った。······この雰囲気は······あの時とよく似ている。
筋肉が固まってしまい、ほとんど動けない。······しかし、今は動かねばならない。
幸いにもここはベッドである。なので、下りるときに工夫をすれば立ち上がることも出来る。······だが、スミレに気力を与えたのはその事実ではない。
今、彼女はベッドに一人だ。でも、その横は······明らかに数分前まで使われていたようで、暖かかった。


それから少しばかりの時間を要した。筆舌に尽くし難い苦労をして、どうにか壁に取り付く。そして身体を支えて、歩き出す。
まずは部屋から出るところだ。
その間にもスミレは様々な事を考える。······目覚める前、最後の記憶は······ネアと謎の光を見た所で終わっている。
あの時何が起こったのだろうか。これからどうなるのだろうか。
ふとそこにあった窓を見ると、蜘蛛の巣がかかっていた。

やっとの思いでリビングに到着する。軽く見回すと、ネアがいる。それしか目に入らなかった。
飛びつこうとしたが、それをすると軽く死にそうなので自重する。
そのうち、向こうの方が気付いた。······しかしそのネアもどうやらスミレと同じような状態らしく、冷や汗を浮かべている。
焦らずに、ゆっくりと近付いていく。体力もかなり減っているのが悩ましかった。あぁ、こんなにも会いたい人が居るのに······近付くにつれて苦しくなってくる。

スミレはふらつきながらネアの元にたどり着いた。その瞬間、二人を淡い光が包む。
「ネア······」
「うん、スミレ······おはよう。とりあえず、ちょっと休憩しようか」
その一言で、今の光は回復魔法系統だとわかる。そして、ゆっくりと湧いてくる力······身体強化魔法も掛けられたようだ。
要するに、この事態を解決するために動く気満々である。
スミレはそんな彼女の横顔を見る。色々な思考が渦巻いている、その表情に引き込まれる。
それは、絶望を希望に変える、勇者の心境が蘇ったかのようで。




全てが動き出す。世界の命運を載せて。

168:水色◆Fase/Q:2022/02/22(火) 00:04

【???】【phese1】




衝撃は唐突だった。結界に隕石が直撃し、砂塵が舞う。
ブルーベルは何とか堪えたものの、傷だらけになった彼女の眼には今まさに吹き飛ばされているグレーベルの姿が映った。
「······!」
だが、様子がおかしい。砂塵の隙間に見えた灰色の相貌は、何かに怯えるように歪んでいる――
直後、彼女の姿が空中に縫い付けられた。
その胸から、形容し難い暗黒の煙のような刃が生えていた。
ブルーベルはそれを視認するや否や地面を蹴り、砲弾のごとき迅速さで仲間の救出を試みる。

ちょうどその時、砂塵が晴れた。
暗黒の根元、そこには一人の少年が鎮座している。···彼こそが、今までブルーベル達が封じ込めてきた存在――――次期魔王だった。
彼は突撃してくるブルーベルを認めると即座に立ち上がり、横っ飛びをして回避する。
どうやら彼は未だ不完全のようだ、とブルーベルは判断した。
そのまま衝撃波魔法で追い討ちをかけようとした刹那、グレーベルの姿が目に映った。
何かを言っている。叫んでいる。
聞こえなかった。
――――二発目の隕石が直撃した。


「(······ これ程の威力 どうして ······?)」
薄れていく意識の中、彼女は必死に思考を回す。
あのカルトナの魔法ですら意識を刈り取るのには届かない耐久性を以てしても、二発。
不思議だった。しかし、
「(··· 鉄片 ?)」
スローモーになっていく景色は、崩れた隕石がもたらした舞う破片。その中には、金属が含まれていた。
それについて彼女の脳が合理的な回答を導き出そうとした時、再び衝撃が襲った。
今度はかなり軽かったが――ある意味では隕石より致命的な衝撃であった。
胸に暗黒の刃が刺さり、貫かれる。煙のような材質ゆえだろうか、貫通しても痛くはなかった。
むしろそれによって意識が活性化し、起き上がろうとする。···ベルシリーズに死の概念はない。

しかし、だ。
ブルーベルは起てなかった。
力が抜けていく。吸われていく。意識が再び消えていく。
グレーベルが何かを言った理由が、少しだけわかった気がした。
『······アクアベル!』
無理やり念話魔法を起動させ、アクアベルに知った情報をありったけ流す。
『············』
相手はそれを黙って聞いていた。その沈黙の意味は計り知れない。
ブルーベルはもう限界が訪れたことに気付いた。思考以外、何も動かせない。
それもすぐに停止するだろう。
だから、最悪な一言を残しておくことにした。

『ごめんね 、アクアベル ······ 大好き』


奈落へと、落ちていく。

169:水色◆Fase/Q:2022/03/19(土) 18:06

【???】【phase2】


裏山に直撃した隕石は、王都に二重の意味で激震をもたらした。
「······よりにもよって、今日ですか······!」
病み上がりのアリシアは痛切な悲鳴をあげる。そう、今日――長らく放置していた結界の張り直しを行おうとしていたところであった。
だがまだそこにいた、ユノグを含めた人々は事態を本当のところまでは理解できていなかった。
何せそこには『管理者』配下の一番手であるブルーベルが駐屯しているのだ。楽観視していたのも無理はなかった。
そんな幻想が微塵になったのはすぐのことだった。部屋に駆け込んできたヴァンスが、
「ユ、ユノグ様!!新魔王が······復活しました」
との報告をもたらした。

「······脱獄者が何かやっている、とは思っていたが···これは予想外だな。使われた魔法は『メテオ』か···後であの貴族を処分しないとな」
ユノグの顔はかなり苦りきっていたが、声は案外冷静だった。結論がずれているのは置いておくとして。
「だが復活したとして何かできるとも思えないが······」
「違います!物見によると既に『管理者』配下二人が倒されてますよ!」
途端に場の空気が変貌した。
「それを早く言え!それでどうした、何か変化は···」
「···そういえば、彼女ら、何かに突き刺されていたような···と」
ユノグもヴァンスも首を傾げた。
だがここはやはり王である。
「···まさか、力を吸収している···?」
結論は簡潔にして明瞭であった。
「だとすれば···無闇な鎮圧は危険なのでは?」
「······」
場が静まり返る。居合わせた貴族の何人かを見ると、大方ヴァンスと似たような意見らしかった。ユノグは独り呟く。
「······そこまで悠長にしていられるものかな?」


直後――念話魔法で報告を受けたらしきヴァンスの間抜けな声が響いた。
「···何だって?」

170:水色◆Fase/Q:2022/03/19(土) 19:23

【???】【phase3】


カルトナは街を悠々と歩いていた。裏山から逃げていく人々とは、反対方向へ。
隕石が裏山に直撃して結界が吹き飛んだところは見ていたのだった。
そんな彼の耳へ、ユノグからの念話魔法が飛んでくる。

『カルトナ様!』
「おう。どうした?魔王でも復活したか?」
分かりきっていることを軽く返すカルトナ。やはり余裕である。
「そんなに心配しなくてもいい。もう向かってる」
『管理者の手下が捕まり、力を吸収されていると言っても?』
「······ふむ」
流石の伝説も足が一瞬止まった。だが、彼は再び足を進める。
ブルーベルの力――つまるところ管理者の力――が吸収されているとは言っても、カルトナを超えるほどの力はすぐには集まらない。
だが、そこで思わぬ妨害があった。
前方から、不思議な鎧を着けた、人型のなにかがやってくる。

「なっ······」
流石のカルトナも驚いた。
見たこともない敵である――索敵魔法にかからなかったのも当然だった。
なぜ敵だと理解したかというと、その『なにか』は、家を壊し···逃げる人々を殺傷、あるいは捕らえ始めたからだ。
即座に正確無比な炎球がそれを射抜くが、犠牲は少なくない。······それどころか、さらに『なにか』が向こうから走ってくる。
「こいつらは···ユノグ!」
『先程報告があった!知ってます!』
「そうじゃない!兵士を出せ。魔王は無理だがこいつらなら一般兵士でも戦える!」
俺は――大元を叩きに行く、と言って、カルトナは走り出した。


老いつつある彼の足でも、裏山には程なくして到着した。
巨大なクレーターの中心部は、当然だが何もなかった。
「逃げたか」
と言ってさらに奥へと進もうとした時である。真横から短槍を携えた男が、カルトナを串刺しにすべく飛び出す。
しかし同時に展開された結界が槍の一撃を阻んだ。
「っ···!」
そのままカルトナは氷の刃を瞬時に生成、襲ってきた男を貫こうとしたが、···方針を変えた。
腹部に衝撃魔法を食らわせ、男が地面に投げ出された瞬間、その四肢を落ちてきた氷柱が固定する。
「がっ···は···」
「残念だったな。···いくつか質問がある。全て吐け」
そう、捕虜(と言うのかは微妙であるが)にして、情報を聞き出すのである。
「···言うと思ってるのか、この老いぼれめ」
「まあ読心すればいい話なんだがな。なるほど···お前らの幹部は10人。名付けて黒旗十手か」
「くっ······!?」
「案外抵抗しない方が幸せだぞ?」

そんなこんなで、彼は情報を一通り吐いてしまったのだった。
···だが、根本的解決には、至らない。至る筈もなかった。

171:水色◆Fase/Q:2022/03/20(日) 18:32

【???】【phase4】


ところどころに不思議な色の物体がちらつく。人型のその『なにか』は、恐怖に立ちすくむ、あるいは逃げ惑う人々を斬り伏せ、叩き潰し、また捕らえていった。
感情など微塵も存在していなさそうな動きだった。
初めは王国の危機だとばかりに士気に満ちていた兵たちは、その敵の特性に愕然とした。――硬いのだ。剣も、並大抵の魔法も通らない。
そして分断され各個撃破、というまさに最悪のパターンへと繋げられていく。
そんな中で、兵士の増援と共にこんな声が響いた。
「敵の身体をよく観察しろ!関節部分、特に首元···あそこには装甲がないぞ!」
ヴァンスの声だった。
「具体的にどうやって狙えば···」
即座に返ってきた悲鳴に、彼は答える。
「三人ずつで固まれ。二人が引き付け、その間にもう一人が後ろから攻撃するんだ!相手はあまり頭はよくないぞ!」
そんな具合で、ヴァンスの指揮によりしばらく一進一退、膠着状態が続いた。

そして別の場所、もう一つの戦場と化した住宅街では、またご存知の人物が戦っている。
最初は敵の観察に徹していたが、兵士が次々と無力化されるのを目の当たりにしたアヤメだった。
「『フレイムボルト』」
爆発する炎弾を飛ばし、敵の一体を数メートル吹き飛ばす。
その場にいた数体の敵が、一斉にアヤメを睨んだ。いや、目はないのだが、そのような感覚を彼女は覚えたのだ。
そして敵は、その背中から兵器を『生やした』。
もしスミレがそれを見たら、まるで砲のようだと思うかもしれない。そして、敵――『何か』も、機械兵のようだ、と。だからここから先、敵の名称を『機械』と記すことにする。

ともかく、アヤメはそれを目にすると高く跳んだ。
一瞬後には、大量の細かい石が彼女のいた場所へと放たれ、殺到する。――たかが石と思うなかれ。高速で放たれれば、その威力は銃弾にも匹敵する。
ただ彼女は察して避けていたので、最初の斉射は空気を撃ち抜くだけだった。
そして近くの建物の陰に入り、隙を窺う。石弾はその周囲に音を立てて命中するが、流石に地面はびくともしない。
敵の姿を一時的に見失った機械の群れはそこで一旦動きを止めた。
ただ、いつの間にか上へと回っていたアヤメはその隙を見逃さなかった。
風の刃を複数同時に生成し、首を狙わせると共に、自らも飛び降り、刀を振る。

そうしてできた切れ目を彼女は力ずくで広げ、中を見ようとした。
だが、中身は空だった。念のため殻の中心で光を発する妖しい部分を砕いて、他の機械も調べる。しかしどれも、
「······無人······?」
人が入れるほどのスペースは空いていた。だが、無人だった。
誰が、何のためにこんなものを作ったのか。念のためにあの二人に警告した方がいいだろうか――――そこまで考えて、アヤメは立ち上がる。だが、その右から








±

172:水色◆Ec/.87s:2022/04/28(木) 08:01

「······」
瓦礫が一面に転がっている。帽子を被った少女は、その中心部に自若として突っ立っていた。まるで眠っているかのように目は閉じられ、羊飼いがよく使うような杖に両手を添え、口元をやや綻ばせながら、そこにいた。
何があったのだろうか?この瓦礫の山である。感情に届いた希望と絶望の順序が逆になったのか?

────そうではない。
彼女の名前は、アクアベル。瓦礫に囲まれた中でも、『ベルシリーズの母』と(勝手に)渾名された程の頭脳は鮮明である。

「······来たね。待ちくたびれたよ」
ふと、そんな呟きを彼方に投げる。そして手に持った杖で地面を突いた。
鈴の音が鳴り響いた瞬間、スミレとネアの姿がアクアベルの前に現れた。相変わらずではあるが、突然すぎた。
二人は驚いている────だが、その表情には別の成分も入っていた。

「「アクアベル······!」さん······!?」


「どこから説明しようかな······聞きたいことはある?」
「「······」」
一面の瓦礫、更地の中で、テーブルが一つ、椅子が三つ並べられた。その一つに座り、何でもないような調子でアクアベルは口を開く。
二人はなにも言えない。そんな状況を見て看って、アクアベルは説明の方向を変えた。
「いや冗談······まずは状況把握からだよね。単刀直入に言うと······二代目魔王が復活した」
「······!?」「······えぇ······?」
単刀直入過ぎて今度は二人が絶句してしまった。だがアクアベルはこれ以上端的に説明できないと言って、
「まあまあ。二人ともあの光は見たよね?」
「あの光って······柱みたいな物は見えましたけど······」
「······あれってあんな感じに見えてたんだ。まあいいや。······とりあえず、経緯を簡単に説明するね」

アクアベルの説明によると、こんな感じのことがあったという。
結界が二発の隕石によって完全崩壊したこと。ブルーベルとグレーベルがその時無力化されて力を吸収されていること。その後謎の機械兵が大量に生産され、王国を蹂躙したこと。二代目魔王は王都に巨大な魔戦車を作り、魔族以外に圧政を敷いていること。王都にいる生存者は『レジスタンス』として、ドラム公爵領に逃げた生存者と連携を取っていること。
······ここまで説明したアクアベルは、その表情に憂いを湛えてこう付け加えた。
「······途中、ここにも襲撃が来た。既にベルシリーズのほとんどが捕まってた。······だから、コズミック様は······」
────『世界』の管理者故の、無限に近い膨大な魔力。それが全て敵の手に落ちた。
「待ってください······権限は、」
「大丈夫。だいたい危ないところで私が引き継いだから」
聞くに、もう敵はここを殲滅したものと見なして攻撃はしてこない模様。······そんな時に、二人が起きたのは僥倖に近いという。
蒼い瞳が、二人を熱心に見つめた。

173:水色◆Ec/.87s:2022/04/28(木) 21:09

【???】【phase5】


次第に王都は包囲され始めた。南でヴァンスの指揮により善戦を続けている軍隊、南東で単身敵の本陣を指して進軍しているカルトナ、それらを回り込むようにして機械兵達は動き始めた。
「······」
その様子を王城の天辺から眺めていたユノグは眉を曇らせる。その腕には、歴戦の相棒である宝剣が握られていた。
既に城まで届く戦禍の声、彼の肺腑を衝くには十分すぎたのだ。────しかし、王子が生まれてからまだ1年も経っていない。ここで生命を捨てるには早すぎる、とも思っていた。容易には動けない。そうしているうちに、民衆は次々と死に、捕らえられていく。
次第に心痛に堪えきれなくなったのか、そこを飛び降りてバルコニーに着地する。そして廊下に向けて歩き出す、その時。そこに、誰かがいた。

「······小僧。随分と優柔不断ではないか?」
────ユノグを小僧などと呼べる者は王国でも限られている。カルトナは稀に戯れで言うこともあるが、それよりも、この世界の誰しもを『小僧』と呼べる人物がそこにいた。
ドラム・ドラゴン。
ドラム公爵領、領主である。
「······随分と出し抜けな訪問ですね?」
ユノグはこの、龍人族にして吸血鬼でもある男に常々経緯を払っていた。自分の50倍は軽く超えるであろう相手の年齢のこともあるが、並み居る貴族連中の中でもドラムは、数少ない『まとも』な人物であるのだ。······それ故にやり込められる事も数度ではないのだが。
だが、今は貴方と話している場合ではない──というように、言い足す。
「貴方に構っている暇はないのだが······」
とだけ言っておいて、その右側を通り過ぎようとした。······のだが、直後。信じられないような言葉が左側から落ちてくる。
「王都の民を、我が領地に避難させてもいい······と言えば?」
「······は?」

「ワシは本気だぞ?······安心しろ、人口密度が低すぎて退屈してたところだ······小僧さえ良ければ何万人でも受け入れるさ」
足は止まっていた。······ユノグは少しだけ考えようとした。
その瞬間、外から一際大きい爆発音が聞こえてきた。──決断は早かった。

174:水色◆Ec/.87s:2022/04/29(金) 11:49

「そこで二人に頼みがある。······大陸に散らばっている『宝玉』······それを私たちに代わって集めてきて欲しいんだ」
その瞳のままで、二人に向けて真剣な頼みを向ける。
蒼の城跡地はしばし無音だった。


「でも──······私達······いや、私に出来ることって······」
スミレは迷っていた。自分が戦闘能力を持っているならいさ知らず、いくらネアが常にそばにいるとは言え、今や敵地と化した王都に行くなど無理がある。ましてや、まだ身体機能は完全に回復していないのだ。
だがアクアベルには備えがあった。即ち、生き残ったベルシリーズをダンジョンに避難させていたのだという。
「それに······多分、レジスタンスの皆もまさか協力しないとは言えないよ」
分が悪い賭けでもないんだよ、と彼女は続ける。現在、宝玉の在処は全て判明している。避難していたベルシリーズも、ダンジョンで経験を積んで前とは比べ物にならない程成長している。そして、もう一つ打っておいた手が、そろそろ芽吹く頃だという。
力説するアクアベルを目にして、スミレはまさか嫌とは言えなかった。隣にいるネアをちらと見ると、「スミレに任せるよ」という意味の視線を送ってくる。······覚悟は決まった。だが、
「いくつか、聞きたいことがあります」

紫色の目に真剣な光を宿らせて、スミレは姿勢を整えた。
「まず1つ目。私たちは、どのくらい眠ってたんですか?」
彼女は見ていた。木の家の各所に蜘蛛の巣がかかっていたことを。花の島の植物が、まるで無人島かのように、野放図に成長していたことを。数十年ではきかないだろう。
「······ショック、受けたりしない?······200年以上」
「「······!」」
二人に軽い衝撃が走った。当然ながら、ネアの方がショックを受けている様子だった。
「······ということは、ユノグとかは······」
「残念ながら。······でも、死因はそっちじゃないよ」
またもや跡地を沈黙が覆った。多少重苦しさが増しただけで、先程から全く明るい方向に進まない。


その時である。
アクアベルが突然立ち上がり、地面に杖の先端を打ち付けた。

175:水色◆Ec/.87s:2022/05/03(火) 22:17

「「······!?」」
スミレとネアは、恐らくその『本気を出した』アクアベルを見るのは初めてだっただろう。
「姿勢を低くして」
との声に、何も考えずに揃って伏せる。座っていた椅子は放り出されていた。
そのまま、数分。······何が起こっているのかはわからなかったが、妙に時間が長く感じられたことだろう。

「······ふぅ。もういいよ。······勘付かれたかな?」
気楽な調子でアクアベルは呟いた。その声に僅かな諦観を感じたので、ネアは慌てて割り込む。
「······今のは?」
「大規模索敵魔法。······実はあれ、常人どころか、魔力感度が高い人でも感じる事はできないんだよね。ちょっと反応遅れたけど······多分防げたと思う」
索敵魔法を防ぐ方法なんであるのか、と一瞬感嘆したが、気を取り直したスミレの質問は続く。

「······アヤメは?」
ただ、その返答は曖昧なものだった。
「わからない」
とだけ短く答えるアクアベル。嘘を言っているようには見えない。だがそれだけではさらに不安を煽る事になるかもしれないと思ったらしく、少しだけ付け加える。
「······少なくとも、新魔王の復活から数ヶ月の間は反応があった。······けど、気付いたら反応が無くなってた。捕まったのか、殺されたのか、生きているのか······わからない」
「······でも、あの子が簡単にやられるとは思えないよー」
ネアは憂いを湛えた表情に、僅かな希望を込めて呟いた。アクアベルもそれには賛成のようで、
「まあそうだね。······イエローベルの反応がまだ王都に残ってる。だいぶ弱ってるみたいだけど······捕まった訳じゃないみたい」
と言って、テーブルに何かを投影する。それは、地図へと整理された現状を記入したようなものであった。見れば、今まで王城があった位置には謎の巨大建造物が鎮座している。裏山にはクレーター。······そして、数多くある地区のうち一つ、一際人間の密度が高い場所に、『レジスタンス奪還』と書かれたものがあった。その中に宝玉の反応がある。
そしてさらに遠くに目を向けると、『ドラム公爵領』に大量の人間が居ることが分かる。そしてそこにも宝玉が一つ。

────そして今、スミレとネアに協力して宝玉を集める『ベルシリーズ』は、······オレンジベル、レッドベル、シルバーベルの3人である。

176:水色◆Ec/.87s:2022/05/03(火) 22:56

「······!」
その三人について、二人は知っている。あの騒動の後、ベルシリーズのほぼ全員と会話を交わしたのだが、今でも印象に残っている数人の中に彼女達は入っていた。
オレンジベル。ユノグに速攻で落とされたが、そのスピードと『大回転』の攻撃力は侮れない。
レッドベル。これまたユノグの機知によりカルトナによって倒されたが、物体を遠くから熱する力はどんな相手にも通用するだろう。
そして、シルバーベル。魔法を無効化する銀を自在に操り、あのカルトナと相打ちになった程の魔法キラーである。
ブルーベルが既に敗北して力を吸収されているのはかなりの懸念事項だったが、これでもこちらには頼りになる者がまだ居る。少しだけ元気を取り戻したスミレは、最後の質問に移る。

「······そういえば、宝玉って確か4つあったような······この地図を見ていると、2つしかないように見えますが」
それを聞いたアクアベルは少し思案していた。どう説明しようか、と言ったような表情である。
「あぁ、それは私が持ってる。······けど、今すぐどうこうはできないんだよね······」
「······どうしてですか?」
「宝玉を『起動』すると面白い事が起こるんだよ。······けど、宝玉は1つより2つ、2つより3つ、3つより4つ、みたいな感じで一緒に起動すると安定するんだよね」
滔々と説明していくアクアベル。
「······でも、宝玉はすごい魔力が凝縮されてるから······4つを一緒に保管していると、魔力が暴発する」
それを聞いてスミレは思い当たることがあるらしく、手を叩いて呟いた。
「······あ、だからあの後······」
「そういうこと。······まあ、2つでも起動出来なくはないんだけど。出来れば4つ集めてもらえれば助かるかな······って」
そう言ってアクアベルは説明を締めた。······付け加えて、仮に起動できたとしても、それが現状を打破できるかは五分だ、とも。
······『起動』することで何が起こるのかに疑問は残ったが、先程の索敵魔法のこともあり、これ以上ここに居られないことは分かりきっていた。

「今頃花の島にあの3人が着いている頃だと思う。システム的妨害結界はまだ残ってるから······今のうちに情報を共有しておくのもいいかもね」
彼女の言葉にも早く行けという意味が言下に含まれている。······もう行くしかない。
こうして、再び戦いが始まった。

177:水色◆Ec/.87s:2022/05/05(木) 19:36

【???】【phase6】


ゆっくりと、だが着実に、王都は暗黒に染まりつつあった。
しかしその中心というと────新魔王の配下、黒旗十手。いきなり一人を失った彼らは、カルトナ一人によって壊滅寸前にまで追い込まれていた。
「あいつ······」
「······『伝説』か。噂には聞いていたが」
リーベライヒの呟きに対して魔王は飄然たるものである。
「······魔王。ここは退いた方が良いんじゃないか······?」
危機感を感じてか、リーベライヒは先程迎えたばかりの魔王に向けてやや急いた様子で進言する。
だが、彼は相変わらず落ち着き払っていた。まだ幼い外見とその態度がアンバランスである。
「よく見ろ。私があそこに敷いておいた大量の瘴気······今も尚吸い取っている力で強くなってゆく瘴気。奴はそれを吸って歩いてきている」
「······!」
「······とはいえ気づいているだろうな。だから速攻をかけてきたのか」
そう言う彼が眺める先でたった今、隕石を落としたあの老人が電撃、氷柱、火炎球に射抜かれるのが見えた。


「こんなものか······」
澱んでいく瘴気と魔力の中心近くにまで立ち入りながら、カルトナはなお悠々と歩みを進める。その後ろには、幾人もの魔王の協力者······犯罪者達が倒れていた。
まだ彼は魔王、そして最後の中心人物であるリーベライヒを見つけることができなかった。その理由は、敵の周辺は一際瘴気が濃くなっているということもあるが、
「(······索敵魔法まで弱まるか。急がないとな)」
体を蝕む瘴気が、カルトナの魔法を少しずつ、だが存分に阻害していたのだ。ただ、それでも。荒れ狂った魔力の残りカスは、未だ盛大に空間を震わせている。
一際濃く、まるで濃霧のようになっている瘴気の向こうへと足を進める。すると、空気を切り裂く音を響かせながら、いきなり砲弾が飛んできた。
人体に向けるにはやや殺意が有り余るようなそれを横っ飛びで回避しながら、カルトナはそちらへと一瞬で狙いを定める。────まだ着地しないうちに、全身の魔力を込めたかのような火球を、撃った。


そして、全身を、
真後ろから、貫かれた。

178:水色◆Ec/.87s:2022/05/05(木) 22:59

【???】【phase7】


王城から、拡声魔法で住民に向けてのアナウンス。
『住民の皆さん!!!······王都に安全地帯はありません!ドラム公爵領に逃げてください!ワープ魔法が使える方で、まだ行ったことがない者はビーコンを貸しますので至急王城に来てください!その他の方々は紅林の並木道入口まで来てください!そちらは安全です!
繰り返します、······』
そんな内容の事が爆音で流されていた。しかも大規模拡散念話魔法により、耳が聞こえない者、寝ている者にまでその内容は伝わった。街が動き出した。────考えている暇などない。

「······あんな爆音で。大丈夫なんですかね?」
「どうなんでしょう······」
大聖堂にて、若いシスター達が不安そうに話している。彼女達は後方で、担ぎ込まれてくる重傷者達に対して前線では出来ないような回復魔法を施す担当だった。
元々重傷者の数に辟易していたところへこの騒ぎである。こんな空気になるのも仕方がなかった。だが、
「大丈夫ですよ。あの魔法には聖属性が付与されています。······魔王、そしてその魔力の下に入っている者達には聞こえません」
シスター達の後ろからそんな声。彼女らは振り向くと同時に、飛び上がった。
「ネ、ネム枢機卿······」
「はい。もう一度説明が必要ですか?」
大聖堂内でもかなりの地位を誇るネムの言葉である。シスター達はひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げた。
『も、申し訳ござ······』
「謝罪の前に、貴女達に伝達事項があります。今すぐ礼拝場へ来てください」
そう言ってネムはぷいと背を向けて別の場所に行ってしまった。シスター達の予想に反して、彼女は別に怒らなかった。ただ、その目に映ったのは、
「······枢機卿、ご様子がいつもとは違うような······」
「何があったのでしょう?」
「ひとまず行きましょうか。遅れると今度こそ怒られそうです」


[王国に迫る危機に対して、王は住民の避難という決断を下されました。つきましては、住民の護衛にと我々の助力を所望されております。次に命じる者には、住民達に······]

[······第7班。サリヴァン、ヒナ、ヒバリ、ムギ、ルリ、アイサ、そしてクリス。引率として、シスター・コトミ。第8班······]

そこに掲示されていた名前に、ネムという文字はなかった。

179:水色◆Ec/.87s:2022/05/06(金) 06:35

>>176

行きはアクアベルの力でカットされたが、帰りは自力で帰らなければならないスミレとネアだった。······索敵魔法が飛んできた場合の対処はしてくれるらしいが。
まだ身体が思うように動かないので、必然的に優れた身体強化魔法を扱えるネアがスミレを背負って帰ることになる。水の上を歩いて。
「スミレ、姿勢なるべく崩さないでねー?······走れたら安定したし早いんだけど······まだ走れないやー」
申し訳なさそうに言うネアに対して、スミレは首を振る。
「ううん。こっちの方が······あったかい」
「······そっかー。私も、この方がいいかな······」

そんなこんなで花の島まで戻ってくると、アクアベルの地図の通りベルシリーズの3人が集まっていた。
「はーい!オレンジベルだよ!2人とも、今回はよろしくね!」
「レッドベル。······まあ、がんばろうか。」
「シルバーベルだよ。ふふん、魔法対処なら任せて」
そんな感じで、普段とは何ら変わらない様子で彼女らは名乗る。しかしよくよく観察してみると、その瞳には様々な感情が蠢いているのがわかる。
「······」
その内心を察したスミレは何も言えなくなってしまった。────仲間の敗北、捕囚に対する怒り、悔しさ、絶望。『最後のチャンス』に向けた、投げやりともとれる熱情、希望、そして向け先を失った愛情が渦巻いていた。
ただ、戦場に出る前から意気消沈しているよりはマシである。ネアは頃合を見計らって先程の地図の写しを開いた。

「多分3人はアクアベルから聞いてると思うけど······まずはどんな感じで大陸に行くか決めようかー」
「そうだね。正面から行っても見つかって撃墜されるのがオチだから······オレンジベル」
「······き、聞いてるよ?」
無策に突っ込むのは言語道断である。この中で一番それをしでかしそうなオレンジベルに釘を刺したレッドベルだった。
「魔法対策では一番頼りになりそうなのがシルバーベルさんですよね。その銀ってどのくらいまで展開できるんですか?」
スミレの質問に対してシルバーベルは少しだけ考えていたが、
「うーん、あんまり広がらなきゃこの5人は守れるけど······」
と、どこか煮え切らない回答だった。見かねたレッドベルが何かしらの活路を見出そうと乗り出す。
「······シルバーベル。あれから銀を結構改良してたよね。そろそろその性能を教えてほしいな」

「······うーん······いいや。背に腹はかえられないからね」
シルバーベルの説明によると、色々と試行錯誤した結果、彼女が操る魔封の銀には様々な改良が施されたらしい。特に顕著なのは、もはやそれを近付けない程まで成長を遂げた、読心魔法や幻術などといった目に見えない『魔法の波』への耐性である。
ただ、如何せん一度に出せる量は変わらなかった、というが。······だが、ここにおいては関係なかった。
「······それ!シルバーベルさん、銀って切り離しても効力は続きますか?」
「え?うん、2時間くらいなら」
スミレはその答えを聞いて、
「近付けさせないくらいでしたら······小分けにして、5人がそれぞれその銀の欠片を持っていれば······読心魔法や索敵魔法を防げるのでは?」

180:水色◆Ec/.87s:2022/05/06(金) 23:48

「あ、そっか。なるほど······移動時間中はこれでどうにかこうにかして······」
動力があるとはいえ、花の島から大陸までは舟で1時間程度あれば着く。ならば水上を身体強化魔法をかけて走れば、効果時間内に大陸に着くことも可能な筈だ。
早速5人は準備にかかった。······その前に。
「オレンジベルさん、ちょっと頼まれてくれますか?」
ネアがスミレを背負って移動するということで、準備に少しだけ時間がかかっている、ちょっとした時間。
「なに?」
オレンジベルは怪訝な顔をしながら振り向いた。そんな彼女に対してスミレは単刀直入に言う。
「ちょっと、この辺りの草刈りを手伝ってくれませんか?」

数分後。
体を最大限まで沈め、人間の邪魔をするためだけに生まれてきたかのような高さの雑草を、回し蹴りで刈り取るオレンジベルの姿がそこにはあった。右足のみを刃に変形させることで最大効率での草刈りが実現している。
「······いっそこの辺全部焼いちゃう?」
「それだと地中に引っ込んでる花······不死身の花も燃えそうなのでちょっと······」
途中から様子を見ていたレッドベルがやや過激な呟きを漏らすも、スミレは苦笑して首を振る。
いつしかネアも準備そっちのけでこちらにやって来ていた。

また数分後。
「準備はいい?」
4人全員に銀の欠片を渡しながら、シルバーベルは一同に向けて訊ねる。
「大丈夫です!」「はーい」「おっけーだよ!」「いつでもどうぞ」
それぞれ、準備出来た由の返答をする。
前口上はなかった。オレンジベルが真っ先に「いっくよー!」と飛び出していき、それをシルバーベルが「ちょ、待って!」と追いかける。やれやれといったような感じでレッドベルも海の上へと足を進めた。
スミレはネアの背中へと抱きつき、その耳元に口を寄せる。
「がんばろうね」
「······うん。······じゃあ、いくよ。掴まっててねー



風はなかった。海は平穏に、凪いでいた。

181:水色◆Ec/.87s:2022/05/09(月) 17:56

初っ端から全速力で走り、後半にバテて歩いていたオレンジベルと、歩きだがスミレを背負って身体強化を三重にかけたネアはほぼ同時に大陸へと到達した。
見れば周囲は、薄く赤黒い瘴気に覆われている。
「これでも昔よりは薄くなったんだよ。······」
シルバーベルの言葉によると、一時期はカルトナですら長時間活動出来ないほどの瘴気で大陸が覆われていたというが────それだと奴隷が即死してしまう、ということでこの濃度になったという。

「······とりあえずは周囲の安全を確保しておく。正面は私がやるから、オレンジベルは左、レッドベルは右を。ネアはスミレを守ってて。二人とも捕まったら世界が終わっちゃう」
では来なければ良かったのではないか、とは行かないらしい。
三人は規律のとれた動きで駆け出していった。




「······200年かー」
自らの杖を取り出しながら、ネアはゆっくりと呟く。
「とりあえず今のうちに体ほぐしておく?」
「······どっちの意味で?」
「え?」
「え?」
そのまま微妙な時間が過ぎていく、······と思われたが、
ちょうど左前方にあった廃墟────あの三人の捜索から逸れたらしい────から、人型の、鎧を着けた『何か』が現れて、場が殺気立った。

向こうはこちらに明確な敵意を向けている。一歩下がるスミレと、それを守るように前に出るネア。
「······あれが『機械』なんだねー······」
弱い炎魔法を放つが、その鎧に容易に阻まれてしまう。
「もっと強い魔法撃つか、関節狙わないと······」
敵の弱点を一瞬で見抜いたスミレのアドバイスに、ネアは首を振る。
「······火力とか、精密さとか············衰えてる」
じりじりと彼我の距離が縮められていく。
この状況を打破するには、スミレの存在や衰えなどを無視して大魔法を撃つかなどだが、ネアにはそれは出来なかった。


────しかし、現状打破は想像もしない方向からやってきた。

182:水色◆Ec/.87s:2022/06/17(金) 20:52

キン、とやけに軽快な音を立てて、機械の首が落ちた。
一瞬。ネアですら辛うじて認識できた程の、早業である。
倒れ伏す機械の向こう側には一つの人影があった。······漆黒の髪を揺らした、金瞳に眼帯をつけた女性だった。

「······大丈夫でした?」
スローモーになっていた空気を強いて戻すようにして彼女は二人に呼びかける。言葉の雰囲気が明確に気さくな様子だったので、スミレとネアはほっと息をついた。
「「ありがとうございます······」」
「いえいえ」
女性はここで刀を鞘に納めた。······刀。もしや、と思ってネアは彼女に質問する。
「えっと······私たちに見覚えは?」
先程もそうであるが、敬語になったのは、女性の雰囲気が、明らかに自分たちの知らないものだったという理由がある。
そしてそれを裏付けるように、女性は小首を傾げた。
「······ありませんが。······あ、ひょっとして刀ですか?それならレジスタンスは皆持っていますので······それで誤解したのではないでしょうか?」
「······いや、わかりました。······ありがとうございます」
これで女性がレジスタンス側の人間だということ、そしてイエローベルがまだ生き残っていることが分かった。ただ、アヤメの行方は知れない。

と、そこで三方に散っていたベルシリーズの3人が戻ってくる。そして女性を見るなり、
「あ、イリス······ラッキー!」とオレンジベルが叫ぶ。
「ちょ、オレンジベル······こほん。ええと、イリス······どうしてここに居るのかはともかくとして、レジスタンス奪還地区に案内してくれる?」
シルバーベルがオレンジベルを窘めると同時に、彼女────イリスに用事があることを告げた。どうやらレジスタンスの中心人物であるらしい。
「この人達が機械に襲われそうだったので······と、用事ですか。最近機械の攻勢が激しいので······あまり歓待はできませんが」
「そのことなんだよ。この二人が、魔王軍を破る鍵になるんだ。······いつまでも防衛戦はしたくないよね?」
どうやら謙譲するらしいイリスに対してシルバーベルは詰め寄る。攻勢が激しいと聞いて、もはやのんびりしてはいられないという感じであろうか。
その勢いに押されたのだろうか────ともかく、6人に増えた一行は、レジスタンス奪還地区を目指すことになった。

183:水色◆Ec/.87s:2022/06/26(日) 14:11

道中ばらばらと機械が襲ってきたが、4人、そして「リハビリ」としたネアの活躍で特に何事もなく目的地へと近付く。
すると遠くに見える、巨大な物体。かつて王城があった位置の筈だが、それとは似ても似つかない、漆黒の要塞のようなものが鎮座している。
「あれですか?······要塞だったら、まだ良かったのですけど······」
そう言うイリスの口調は苦い。────恐らく、あれが『魔王』の本拠地なのだろう。
「「······」」
スミレとネアは何とも言えないような顔でそれを見ていた。

裏路地をいくつか曲がると、ふと開けた場所に出た。広場らしく、中央には枯れた噴水が取って付けたように置いてある。
人は数える程しか居ない。周囲の、分厚い壁も兼ねている住居に籠っているのだろうか。
ひとまず、広場に面した建物に5人は案内された。会議室を兼ねているのだろうか、椅子と机が綺麗に並ぶ建物だった。
「······早速本題に入りましょうか。どういうご用件で?」
全員が椅子に座ったところでイリスは口を開く。だいぶ真剣な口調である。······当然だ。レジスタンスは、既に全域が手に落ちた王都で唯一組織的な抵抗を行う集団である。今でもこの地区の外はかなりの激戦が繰り広げられている事は想像に難くない。
ひび割れた天井を一瞥したスミレはそのような感想を抱いた。

「まずは単刀直入に言うんだけど······宝玉をこっちに渡してくれるかな」
「······ほう?」
何のために、と問わんばかりなイリスの口調だった。とはいえそれは興味故のものであり、頼まれたなら仕方ない、という雰囲気である。
「詳しくはこっちも分からないけど······」
とシルバーベル。······アクアベルの目的は誰にも知らされていないようである。
それを見てイリスは少しだけ考えていたが、
「······はい、分かりました。元々何に使うかも分からなかった物です。······生かせるのでしたら、差し上げましょう」
話は一瞬でまとまった。

184:水色◆Ec/.87s:2022/07/14(木) 08:04

「少し待っててくださいね、」
そう言ってイリスは出て行った。······花の島を出発して以来、5人がのんびりできる時間がやってくる。しかし、
「······ごめん」
シルバーベルは真っ先に頭を下げた。そう、先程は偶然イリスに救われたものの────一歩でも間違えれば、スミレとネアはここに居なかっただろう。
「あっ······ごめんなさい」「こっちも。ごめんね」
オレンジベルとレッドベルも同じように頭を下げる。······実際、言い訳しようとすれば出来ただろう。今までこの三人は、誰かを守るように行動することを知らなかったに違いない。だが、それをしなかった。
スミレとネアは一瞬だけ目を丸くしたが、やがて顔を見合わせて微笑む。
「良いんですよ。······これから気をつけて頂ければ」
「······でもあのままだと捕まってたのでは······」
「いや、捕まらなかったとは思うよー。何せ私達だから、ねー」
謎理論である。······だがそれだけで二人には十分だった。この世界では、平気な顔をして奇跡が起こる。

そのまま数分が経ち、ふと足音が聞こえてきた。イリスか、と思ったが違った。ひょっこりと入口から顔を出したのは、少年であった。
「······?」
「······?」
入口から5人を眺めてくる少年と5人の間で、しばらく微妙な空気が流れた。遠くから爆音が響く中ではあるが────この瞬間は、ここは確かに無音だった。
やがて沈黙に耐えられなくなったのか、少年がこの部屋に入ってくる。そして開口一番、こんなことを言った。
「鈴のお姉さん······?」
鈴のお姉さん。······というと、間違いなくこの場にいるベルシリーズの3人のことだろう。
「······何で知ってるの?」
レッドベルは胸に抱いた疑問をそのままぶつけた。······要するに、その少年の態度が、自分達を初めて視たにしては、どこか違和感を感じるものだったのだ。
「知ってる、というか······色が違うね。黄色のお姉さんの友達······というか、仲間?」
少年は疑問に答えた。巨大な爆弾という形で。
たちまちシルバーベルが少年に詰め寄る。

······その様子を、いつの間にか帰ってきていたイリスが目を丸くして見ていた。

185:水色◆Ec/.87s:2022/07/20(水) 07:02

とりあえず少年は質問攻めにされた。······アクアベルの千里眼でも見えないものはあるらしい。ベルシリーズの中でもそこそこの地位である筈のシルバーベルの反応を見て、スミレはそう思った。
蚊帳の外に置かれたスミレとネアの二人は、丁度同じような様子で突っ立っているイリスを見つけてそちらへと寄っていった。
「······あの男の子は?」
「あの子は······ティケッツといいます。一週間前に両親が殺されたんですが······気丈な子ですよ」
「······」
迂闊な質問をした、とスミレは一瞬だけ絶句する。イリスの答える口調が何でもないような調子であったのも、それを深刻なものにしていた。
慣れているのだろう。王都にいる人々の殆どが隷属階級に落とされた中、抵抗を続けるレジスタンスのリーダーとしては······こんなことでいちいち動揺してはいられないのだ。

「そういえば、さっきあの子が『黄色のお姉さん』って言ってたけど······何か知ってるのー?」
こういう時ネアの性格は役に立つ。イリスですら救われたかのような顔をした。
「はい······そうですね。だいたい······いや、何年前かは忘れましたけど······肌以外ほとんど黄色な、妙な格好をした人が、この地区に迷い込んできたんです。首に鈴を付けていたので、不思議だなとは思ったんですが······」
そこでイリスは未だにわちゃわちゃしている方を見て、
「······そこに居る方達の仲間だったんですね。······良いでしょう。丁度その方は······宝玉を安置してある方向にいるのですよ。ついでに案内しましょうか」
話は一瞬でまとまった。今度はティケッツ少年に群がっていた三人が、事の急展開に目を丸くしていた。


建物から出た瞬間であった。風切り音が聞こえたと思えば、正面にある広場へと、砲弾が直撃している。石畳が割れ裂け、剥き出しの地面が隙間から見え隠れしていた。
「こ、これは······?」
ここにいるメンバーの中で、唯一王国の技術しか知らないネアは思わず飛び退いた。
「······見た通りですよ。これを食らえば人体どころか最悪建物が吹き飛ばされます」
前を見つめつつ、唾棄するかのようにイリスが答える。
「とりあえず急ぎましょう」
その言葉に頷いたスミレではあったが、もう少し砲弾をよく見ておきたいという気持ちもあった。······この時代にしては、その球形がやけに綺麗に見えたのだ。
しかし、今はそのような場合ではない。身体強化の魔法が全員にかけられ、一行は地区の深部へと向かう。

186:水色◆Ec/.87s:2022/07/22(金) 19:16

いくつかの路地裏を駆け抜け、やがて一行は地区の奥へ足を踏み入れる。
そこには緑があった。半ば崩れかけた建物に囲まれ、まるで木漏れ日のように陽の光が射し込む。苔や低木、蔦、雑草と取り合わせは決して良くはなかったが······それでも、この空間がもたらした影響は馬鹿に出来ないだろう。
まだ道は続いていたが、ここで一旦足を止めた。そして、

「······」
一体何時から居たのだろうか。スミレがふと辺りを見回した時────黄色の少女が、壁に寄りかかって立っていた。
勿論。彼女こそ、ティケッツ少年が言っていた者······イエローベルであった。


再びイリスが「ちょっと待っててくださいね」と言ってこの場から離れる。空気を読んでいるのか、それとも他に何かがあるのか。そこまで考える余裕はなかった。
スミレとネアは元より────ベルシリーズの三人も、久々の再会を喜んだ。
「うん······みんな、久しぶり」
そう呟いたイエローベルの口調には覇気がない。怪我をしているらしい、と直ぐに見抜いたのはネアだった。
「とりあえず言いたいことは色々あるけど······何から聞きたい?」
ネアの目には頓着せずにイエローベルは言葉を繋げる。あくまで事務的なところが彼女らしい。
「······アヤメの居場所について······何か知ってる?」
ネアの質問はいきなり深刻であった。聞かれた方が一瞬表情を消す程に。
「············結論から先に言うと、わからない。······でも、多分······あの子は生きてるし、捕まってないと思うよ」
そして、それの回答もだいぶ深刻なものであった。付け加えられた言葉も、主観的な希望的観測に過ぎないものである。

結局アヤメの事については分からなかったが、イエローベルが語ったのは次のような事だった。
即ち、怪我をしたアヤメを助けて行動しているうちに、自分も戦闘の最中で何度も怪我をしたこと。
コズミックが捕らえられたことにより、傷の回復も死亡した時の復活もだいぶ遅くなったこと。
それでも100年は何とか耐えていたが、ついに二人とも動けなくなったその時、イリスによって助けられたこと。
自分は武器を作り出してイリス率いるレジスタンスを支え、そして動けないアヤメの治療にも専念していたこと。
やがてアヤメが回復して、一緒に戦闘に参加できるようになったこと。
······だが、彼女は、いつか「ドラム公爵領の支援に行く」と称して内緒で抜け出し、それから行方が知れないこと。
そして、既にこの大陸全体は、下手な念話魔法や読心魔法は使えなくなっていること······


花の島を出て以来、何度目かもわからない沈黙が訪れた。

187:水色◆Ec/.87s:2022/07/24(日) 20:44

「ちょうど皆も宝玉探してるんでしょ?······だから······ドラム公爵領、行ってみたらどうかな?」
場に流れる沈黙を見かねるかのように、イエローベルは言った。と言うより、呟いた。
まるで自ら言い聞かせているかのような調子に、嫌でも動かなければ行けないのは五人である。
「そっか······分かった。情報ありがとねー」とはネアの声である。
沈んだ空気を無理やり浮上させようと語尾をいつも通り伸ばした。······のだが、それが僅かに上ずっている事にスミレは気付いた。
ひょっとしたら、ネアは何かに勘づいたのだろうか。大事な時に鈍であるスミレには、隣にいる彼女の手を握ることしか出来なかった。

「······では、皆さんはドラム公爵領に行く、ということで宜しいのですね?······」
いつの間にかイリスがやって来ていた。僅かに寂寥感のある言葉と共に。
「イリス。······」
オレンジベルはその様子を見て何かを感じたようで再び黙る。彼女らしくもない、と思った者も居たが、それを口には出せなかった。
「あぁいや、すいません······もうここもほとんど人が居ないもので······数時間とはいえ、皆さんにお会いすることができて、楽しかったですよ······」
レジスタンスの現状をそのまま反映したかのような悲痛な口調であった。それで、今までイリスが何度も席を外す理由も分かった。······魔王の攻勢に押されているのだ。
確かにイリスは戦闘が上手いようではあるが、それでも指導者として、何度も最前線に出るようではここもそう長くはないだろう。見たところ傷は目以外にはないものの······今の言葉といい、いつか戦いで倒れそうな程の危機感を感じる。
かと言って、それをどうにか出来る状態では······

「じゃあ私が残るよ。······イエローベルはどうする?」
その時、そう口を挟んだのは、レッドベルであった。

188:水色◆Ec/.87s:2022/08/05(金) 15:26

レッドベルの言葉が、全員の動きを止めた。
イエローベルはしばらく面食らっていたようだが、それでも顔を上げて抗弁を試みる。
「······ちょっと待って。レッドベルって確かスミレ達の護衛に派遣されたんだよね······?」
「そうだけど?」
「······じゃあ駄目だよ。代理とは言っても······今はアクアベルが『管理者』なんだから。従わないと······」
「まあそうだね。······でも、その時の判断である程度自由に行動してもいい······とも言われたんだよ」
冷静なのはレッドベルの方であった。普段はイエローベルがその立場に立っているが────焦燥からか、簡単に論破出来そうにも見える。
勿論論破と言っても、する方は口だけではない。行動を伴う保証が確実にあるのだ。

「······判断、かぁ。どの辺にそれを感じたの?」
軽く息を吐いてイエローベルが尋ねる。どちらにせよ、会話は早目に終わらせるべきだと判断したのかもしれない。
「ここに来るまでに分かったんだけど······ネアの調子がどんどん上がってきてる。スミレも身体強化は必要だけど十分動けるようになってきた。ドラム公爵領に到着するまでにやられるとは思えない」
「······信じていいのかな?」
「うん。······で、イエローべルはどうするの?」
レッドベルはそこで黙らずに続けて質問をした。対する相手は、少しだけ口を閉じて考え込んだ。
このままここに留まることの危険、怪我、恩義、貢献······様々な事柄が脳裏に閃く。
「······いや、私はここに残るよ。恩義もあるし······皆に武器を供給しないとだから」
それを聞いてレッドベルは笑った。
「よし、······じゃあ決まりだね」
ほとんど捕まるも同然の決断をしても、彼女達の表情は晴れやかであった。


「······じゃあ二人を頼んだよ、シルバーベル、オレンジベル」
「こっちこそ。もし危なくなったら何時でもドラム公爵領に来てね。······イリスも」
シルバーベルは既に切り替えていた。今までまじまじと一同を見つめていたイリスにも声を掛ける。
「······え、っと······はい、分かりました」
彼女はこくこくと何度も頷く。そして辺りを見回して、
「あ、そうそう。案内としてティケッツ少年を付けましょう」
とおもむろに言う。
······何でも、彼だけが知る抜け道があるのだと言う。無論その方向には機械が殆ど居ない。
「······分かりました。ありがとうございます。······どうか、ご無事で」
「こちらこそ」
スミレとイリスは互いに手を握って無事を祈った。

それから約1分後、一行は既に森の中に居た。

189:水色◆Ec/.87s:2022/08/06(土) 08:16

「······お姉さん達、着いてこれてる?」
「勿論。······それにしても随分慣れてるね······」
「まあね。ここは何度も通ってきてるから」
抜け道を先導するティケッツの足には迷いがなかった。シルバーベルの質問に対してもさらりと答える。
······イリスから聞いた出来事の余韻など、全くと言っていいほど感じられなかった。

「······」
スミレは一行のおおよそ真ん中で早歩きをしていたが、ふと右手を見る。それは、丁度イリスと握手をした方の手だった。
「······どうしたのー?」
それを見つけてネアが声を掛けてくる。はっとしたかのようにスミレは首を振った。
「······いや、何でもない。······でも、何か······」
「······だよねぇ······」
不思議な感覚を下手な言葉で訴えたのだが、何故かネアには伝わった。愛故の以心伝心、という以前に、恐らくネアもイリスから何かを感じていたのだろう。
「それに今考えてみれば、どうしてイエローベルが動かなかったんだろう······とか」
「確かにあの子は義理とかそういうタイプじゃ無さそうだし······何かありそうだねー······」
「あ、ちょっと」
次第に二人が考察の深みに陥りかけていたところ、それを切る声があった。シルバーベルである。
「······どうしたのー?」
「そろそろ外に出るって。······で、ティケッツをどうしようかの相談なんだけど······」
どうするか、と言っても取って食う訳ではない。彼をドラム公爵領に連れて行くかどうかの話らしい。······他の三人の会話は聞いていなかった二人であった。
「······ティケッツ君はどうしたいって言ってました?」
「一応戻りたいとは言ってるけど······」
「······」
少し不安げな様子で顔を見合わせた。

······小休止。一行は静かな小道の広場にて休憩をとる。
「もうここから先曲がり道はないよ。抜け道から出ても······そのまま直進すればドラム公爵領に着けるから」
今すぐにでも戻りたいような雰囲気を漂わせているティケッツの言葉だった。
「······で、ここから先ティケッツ君はどうするの?」
「帰るよ。レジスタンスの地区に戻ってこれまで通り過ごしていくんだ」
そこへネアが口を挟む。
「······イリスには何か言われたの?」
「いや?別に何も······それが?」
まだ若いティケッツには、その意味が理解できなかったらしい。
「······じゃあ、帰ってこいとは言われてない訳だ」
「······!?」
恐らくイリスは、ティケッツを送り出す際にわざと何も言わなかったのだろう。それをこうしてネア達が利用する事も分かっていたかも知れない。
「······でも、行けとも言われてないけど」
ティケッツは抗弁を試みた。······無言は解釈しだいでは雄弁になり得るのだ。しかし、
「いや、帰ってこさせない方が良いって言ってたよ」
そこで久々に口を開いたのはオレンジベルだった。彼女は続ける。
「若い人達には未来がある。だから一人でも避難させたいんだ······って。両親の形見も持たせてるから、そこは大丈夫······だって」
「············」
ティケッツはその言葉を無視出来るほど勇敢でも無謀でもない。······ついには、折れてしまった。
「······分かった。分かったよ。······生きるよ······」


彼もまた迷っていたのだろう。その決断の後は、心做しか足取りがしっかりしているように見えた。

190:水色◆Ec/.87s:2022/08/11(木) 22:50

「······じゃあわかった。抜け道道出るまでは僕が先頭になるよ。そこからは危険だからお姉さんのうち誰かが先頭になって欲しい。どうせ真っ直ぐだから······」
「大丈夫。私が先頭やるよ!」
ティケッツの声に意気込みを返したのはオレンジベルであった。······確かにペースは乱されそうではあるが、先頭には適任だろう。
そして一行は方針が決まると直ぐに出発した。

「······でオレンジベル。さっきのイリス云々は本当なの?」
「いや?」
ふと横に来たシルバーベルの問いを、オレンジベルは明快に否定してみせた。
「全部私が適当に作って言った。······形見のところはそれとなくイリスから聞いたんだけどね」
「······」
シルバーベルは息を呑んだ。一見馬鹿のように見えるこの少女は、ひょっとしたら特定の場面で頭脳が覚醒するのかも知れない。しかも返答もしっかり小声である。
······ベルシリーズの一員として、誰よりも知っていた筈の仲間達が······このような状況に置かれて、それぞれの能力をより高めているのだ。もしコズミックがこれを見ていたら······きっとあのよく分からない笑みではなく、本心から笑って見守るのだろう。
よく分からない感情が芽生えるのを実感しつつ、彼女はオレンジベルの顔を見つめた。
────やがて、左右を覆っていた建物や木々が少しづつ少なくなっていくと同時に、二人はゆっくりと警戒を強めていく。その距離は、普段より近いように見えた。

「ここから外だよ。······機械どもにバレたらまずいから、急いで越えよう」
「りょうかーい!」
ティケッツの声が終わるか終わらないかのうちにオレンジベルが先頭に躍り出た。
途端に早くなるペースに、全員は必死になって追いついていく。それでも追いつけるペースにしている······とは、やや好意的すぎる見方かもしれない。
────そのまま数分走った時だった。
「······ちょっと皆いいー?」
突然ネアが呟き、全員に何かしらの魔法をかける。
「これは······認識阻害魔法······?」
魔法に伴う光の粒の色から使われた魔法を判別したスミレだった。
「うん。······誰か······いや、何か来る。敵意はないけど······今のところは」
「えっと······こんな荒原に、人が······?」
オレンジベルを呼び止めつつ、シルバーベルが呟いた。
「さあ······。どうするー?やり過ごす?それとも······」
とのネアの声に首を振ったのはシルバーベルだった。
「いや、もう遅い。······気付かれてる。とりあえず、機械ではないんでしょ?······魔力吸収か、洗脳されてない人は奴隷化されてるんだって。······なら、もしかしたら話は通じるかもよ······?」
はっと周囲を見回すと、遠くから二つの人影がこちらに近付いてくるのが見えた。
······もう採る手段は少ない。全力で警戒しつつ、一行はやってくる者を瞳に捉えるのだった。

191:水色◆Ec/.87s:2022/08/14(日) 20:42

「誰だ!」
やってきた者は青年と、全身をフード付きのローブで覆った女性だった。
「······」
こちらの台詞だ、と言いたくなるのを抑えて、シルバーベルは相手の観察に努める。
青年の方は精悍であり、腰に無造作に差している剣も相まって中々強そうに見える。······恐らくは、機械と遭遇しても苦もなく倒していったに違いない。
女性の方は······というと、これがよく分からない。フードを被っているというのもあるが、何か······『知る事を拒否されている』としか言いようのない雰囲気が、彼女の周辺を覆っているのだ。
「誰だと聞いている!言わなければ······」
シルバーベルの思考は青年の大声で中断された。
「······うるさいなぁ。そんなに高圧的な態度だと、教えてもらえるものももらえないよ?」
と、適当に言うシルバーベル。それを受けて青年は黙ってしまった。
「っ······」
······この青年は一体誰なのだろうか?
言葉を交わすまでは特に何とも思わなかったが、今や全員がその事に注目していた。態度といい、服装といい、どうも一般人のようには見えないのだ。

「まぁまぁ。こんな荒原で偶然誰かと会えたんだし······口論してても始まらないよー」
仲裁に入ったのはネアである。のんびりした、だが確実に冷静な口調が、下手をすれば一触即発になりそうだった場に春風を吹き入れる。
「そう······だな。すまない」
「こっちこそ。······でも、まずはそっちから名乗ってもらいたいんだけど······」
「······あぁ。俺の名前はアレク。真人族で······世界を救うために旅をしているところだ」
世界を救う。······随分と大言壮語を吐くものだ、とはこの場の中で何人が思ったのだろうか。
「······で、こっちはペレア。何でも、ホワイト······サキュパス?って言うらしい。人間には害を与えないらしいから安心しろってさ」
アレクの紹介に従って、ペレアと言うらしい女性はぺこりと頭を下げる。······よく見れば、フードの合間から悪魔的な耳が覗いている。
「うん。······で、世界を救うって言ったよね?······誰かから言われたの?」
シルバーベルの隣に進み出てきたオレンジベルはそう問いをぶつけた。正直言って不謹慎である。
「いや、自分の意思······でもないな。神の声が聞こえたんだ······『世界を救え、君は勇者だよ』ってな」
「「「······」」」
これを実際に聞いた一同の心境は分からない。ジャンヌ・ダルクのようだと思ったスミレや、変なのと思ったネアとティケッツもいる。
······しかしいつか、その言葉の意味を知ることになる時がやって来るのだ。

192:水色◆Ec/.87s:2022/08/14(日) 22:33

アレクとペレアへの自己紹介は極めて簡素なものだった。急いでいる、ということもあるが、あまり個人情報を露出してしまっては何が起こるか分からないのである。特にシルバーベルとオレンジベルは、お互い全員と示し合わせて偽名を使うという徹底ぶりであった。
「······そうか。これからドラム公爵領に······」
「うん。そっちは?」
「俺らはレジスタンスの所に行くつもりだ。用事もあるしな」
「······あそこ、そろそろ危ないらしいですよ。用事があるなら急いだ方がいいと思います······」
アレクはどうやらレジスタンス本部に行くらしい。スミレは一応それについて注意喚起した。
「ああ。······さて、引き止めて悪かったな。無事を祈る」
「こっちこそ。また会えるといいね」
アレクは豪快に手を振り、ペレアは軽く会釈をして去っていく。
後には、今まで通りの荒原が残されていた。


「······何だったんだろう」
「味方······なのかなー」
スミレとネアは、去っていく二人を見送りつつ互いに呟いた。どうも再び波乱が加わりそうだ、と言いたげである。
「まあアレクの方には多分敵対心はないと思うよ。······でも、連れてたもう一人がちょっと怪しいなぁ······」
シルバーベルがそこにやって来てそう話す。訝しがっている、と言うほどでは無いものの、どうも引っかかる、という様子である。
「······まあ、今から考えてても始まらないよ!······それより!」
と元気のいい言葉を発したのはオレンジベルである。······確かに彼女の言葉は一旦全員を鼓舞することにはなった。しかし、それに続いた発言が問題である。
「話してる間に方向忘れた!ドラム公爵領って······どっちだったっけ?」
「······はぁ!?」
思わず乱暴な口調になってしまうシルバーベル。
「えっと、いや、その······ごめん!」
何かを言おうとしていたようだが、悲しいことに語彙が足りなかった。それでこの状況はどうにもならないが、ひとまず謝罪をする。
「ごめんって······このままここで立ち往生してるといつか機械に囲まれるんだよ!どうしよう······」
「ま、まぁまぁ落ち着いて、お姉さん達」
見かねて間に入ったのはティケッツであった。
「念の為僕が目印を付けておいたんだ。ほら、この石を見て」
彼が下を指差すと、そこには2つの石が並んでいた。
「えっと······こっち側から来たから······うん、あっち側!まっすぐ進んで!」
それで二人は黙って顔を見合わせる。
「······シルバーベル、ごめん。あとティケッツ君、ありがとう」
「私もちょっと熱くなっちゃった······。私からも。ティケッツ君にありがとう、だね······」

連続する厄介事を乗り越え、一行はドラム公爵領へとひた走る。

193:水色◆Ec/.87s:2022/08/15(月) 11:11

このまま荒原が続くのか、と思われたが、いつの間にか草がまばらに生え始めていた。その草もやがて芝生のように一面に広がり、草原を形成する。
また数分間進めば、木がまばらに生えるのが目に映ってきた。その木もやがて集まって林を形成し、林は次第に森へと変貌する。一行はいつしか森の中を歩いていたのだ。
今までは視界の端に機械が映ることも多かったが、ここに来れば木々で遮られていることもあり、殺気というものはほとんど感じられなくなった。······機械が皆無、という訳ではないだろうが。
『真っ直ぐの道』は不思議なことに前を遮る木がほとんどなかった。分かりやすいものである。

「そろそろ見えてくるかな?」
シルバーベルが列の中程で呟いた。
「何か標識とかあるんですか?」
ふと呟きを耳にしたスミレはそう尋ねる。
「いや······標識というか。まあ行けばわかると思うよ」
返ってきたのはそんな曖昧な答えだった。何か奇抜な建物でもあるのだろうか?などと考える彼女だった。
「······でもまさか結界くらいは張ってるよね?流石にこの状況じゃ······結界なしでは守れないよ」
「うん、その通り。······まあ行けばわかるよ」
『行けばわかる』との台詞を繰り返すシルバーベル。とはいえ知りたいものは仕方がないので、少しだけ教えてくれた。
「ドラム公爵領には、ものすごい結界が張られてるんだよ。誰が張ったのかは私にも分からないけど······多分凄腕の結界魔法使いでもいるんじゃないかな?」
結界魔法使い、と言えば即座に思い浮かぶのはアリシアである。······だが、彼女は、恐らく······

と、先頭を行くオレンジベルが突然振り返って声をかける。
「見えてきたよー!······ほら!あの結界が覆ってるところ······あそこからがドラム公爵領!」
彼女に追いついて眺めてみると、確かに巨大な、そして頑丈そうな結界が見えてきた。······いよいよ、物語が進むのである。

194:水色◆Ec/.87s:2022/09/15(木) 01:33

程なくして一行は結界の前に辿り着いた。半透明なので内部は一応見えるものの、分厚いことと僅かに青い色合いのせいで極めて見えにくくなっている。
「ここ······入るにはどうすれば?」
たった今オレンジベルが手を触れたところ、思いっきり弾き飛ばされたのを目撃したスミレがシルバーベルに質問する。
「ベルシリーズはこのままじゃ入れないんだよ。······でも、三人はそのままでも多分入れると思うよ。試しに手を入れてみて」
半信半疑な様子でネアは結界に手を触れてみた。······すると、ぬるっと手が吸い込まれる。
「ひえっ」
軽く悲鳴をあげてしまう彼女を見て、一体どんな感覚なのだろうと少し躊躇するスミレ。
しかしもたもたしていては後ろから機械が来るかもしれない······と思い手を差し入れてみると、まるでゼリーに手を入れているかのような感触である。声こそ出さなかったものの、一瞬背筋がぞわっとしたようだ。

「そうなってるんだ······」
とのオレンジベルの呟きには耳を貸さず、ネアは一旦シルバーベルを見やる。その口から出た指示は次の通りだった。
「······とりあえずそのまま入っちゃって。私達が入るまでは動かないでね」
「はーい」
そう返事をすると、躊躇なく結界の内側へと入っていくネアだった。最初の方に上げた悲鳴は何だったのだろうか。
······ただ、ネアが迷わず結界の内側へと入っていったのは、スミレにとって逆に救いでもあった。そのお陰で、勇気が出せたのだから。

およそ1メートルに及ぶゼリーを通り、すぽんと結界の内側へ抜ける。この時スミレは少し勢いをつけすぎたのか、出た瞬間にバランスを崩して前のめりになる。
ただ、丁度そこにネアがいた。
「うわっとと······」
二人して倒れ込む、ということはなかったが、受け止めたネアもスミレと一緒によろめいてしまった。
「······えへへー」
まあ、これなら大丈夫だろう。
そのうちティケッツも真顔で入って来、後はベルシリーズの二人を残すのみとなる。
内側から外は、その逆と同じように極めて見えにくい。ぼんやりと人影のようなものは見えたが、何をしているのかまでは分からなかった。
しかし。結界が円形に抉れたのを見た瞬間、内側の三人はシルバーベルが何をしたのかを瞬時に理解した。
その手には銀の銃。······かつてカルトナや、新魔王を封印していた結界に向けて使用した、魔封じの銃である。それを使って、結界に穴を空けたのである。

「乱暴だなぁ······」
オレンジベルが苦笑した。······だがその直後、彼女もシルバーベルに手を掴まれ、引っ張られるように結界の中へと入っていた。
······さて、ここで一行は結界の内側へと意識を向ける。
そこは、集落だった。
林と民家が共存し、数世代にも渡って受け継がれてきた建物があちらこちらに存在する、歴史ある町だった。
······ドラム公爵領。今や人類最後の町とも言える、箱の中の世界である。

195:水色◆Ec/.87s:2022/09/15(木) 02:16

「ここが······」
ティケッツが呟いた。
恐らく、人類最後の町と聞いて、もっと深刻な様子を想像していたのだろう。
「······ドラム公爵領。······ここならやっと落ち着けるかな······」
珍しくシルバーベルがそんなことを口にする。それだけここは安全だという認識があるのだろう。だが、スミレとネアはそう簡単に止まる訳にはいかなかった。
「······「まず、どうすればいいのか教えて」ください」
見事に声が揃った。シルバーベルは面食らった体で頬を掻く。
「って言われてもね······」
と呟いた所で、お腹が鳴った。
······そう、忘れているかも知れないが、ベルシリーズにも不死者にも空腹の概念はある。今まで張り詰めていた空気が急に弛緩したので、これも仕方ないことなのである。
その音を聞いてオレンジベルはまたも苦笑を浮かべた。······だが、スミレとネアは顔を見合わせる。
「······まあ、すぐに行動するとしても、ここに来た以上、色々と話さないといけないこともあるし······まずはみんなでご飯食べようよ。そのくらいなら、レジスタンスも結界も持ちこたえてくれるよ」
シルバーベルは取り繕うようにして言った。······しかし、それは十二分に健全な提案であった。


今日は何かの行事があるらしく、露店があちらこちらに出ている。
その喧騒の中でも、俊敏なティケッツが席を確保したお陰で、五人全員が久々にまともな食事にありつくことができた。
『いただきます』
「えっと······いただき、ます?」
ティケッツは見よう見まねで四人の仕草を真似する。······実際のところ、これはスミレが決めたマナーであり、シルバーベルとオレンジベルはそれに乗っかっているのに過ぎないのだが。
ピザとチーズたっぷりなサラダを一通り食べ終わったら、五人は再び真剣な顔に戻る。
そして話し合いを再開しようとした、その時だった。ふとスミレが顔を上げたかと思うと、
「あれ······?」
人混みの向こうの方に、誰か居るのを認めたらしい。······ネアもそれに釣られて顔をそちらに向けたかと思うと、
「あ、あの人は······」
と驚きを込めて呟く。
それについていけないのはベルシリーズの二人とティケッツだった。
「······え?······どこ?」
「あの人がどうかしたの?」
「······?」
この場の過半数が混乱している中で、ネアは声を張り上げた。向こうに届くように。

「アリサさーん!······シスター・アリサ!!」

シスター・アリサ。
そう呼ばれた彼女も、ここに居る五人を驚きの表情で見詰めていた。

196:水色◆Ec/.87s:2022/09/15(木) 22:24

「······で······」
困惑と感激と衝撃が混ざり合った表情を浮かべながら、アリサが五人の所へやって来る。
最初に現状整理の意味を込めた呟きを放つも、それから二の句が継げない。ただ五人を均等に見詰めて、目を白黒させているだけである。
「何でここに······ですか?」
スミレが彼女の台詞を代弁すると、彼女はこくこくと頷いた。
「何でここに······って言われても、どこから説明すればいいんだろー······」
「えっと、」
ネアが率直な感想を浮かべると、アリサは食い気味にそこへ割り込んだ。
「えっと、ですね······ひとまず、貴女二人がそういう存在なのは存じています。そちらの鈴を付けた二人も、神の使い······ですよね。この男の子は······まあ、保護した······と解釈しています。私が聞きたいのは······どんな目的を持ってここに来たか······です」
彼女は時々つっかえながら早口で言った。


······さて、記憶にないという方も多かろう。シスター・アリサについて、おさらいをしよう。
彼女はここ、ドラム公爵領のシスターであり、ここにある教会を実質まとめている存在である。
彼女は勇者の遺品に祈りを捧げた四人の聖職者の一人であり、またドラム公爵領に到着した宝玉を保護する者でもあった。そう、あの時コトミとクリスが長い道を歩いて運んできた、灰色の輝きを放つ、宝玉。
あの時から虚弱そうに見えたが、何故か今でもそのままの姿を留めている。スミレとネアは祈りの現場ではっきりと目視したため、今ここで、彼女の姿があの時からほとんど変わらないということをすぐに認めたのだった。
それでも特に何も思わないところを見ると······最早慣れてしまったのだろうか。


さて、宝玉を集めているという話と、それに付随する形でここまでの経緯を軽く聞いたアリサは、軽くため息を吐いた。
「はぁ······お疲れ様です。······良くぞここまで······」
「いえいえ······色々な人の助力があったので······」
スミレは心からそう言った。勿論微妙な表情を浮かべるベルシリーズの様子も知った上で、である。
「······では、とりあえずティケッツくん······ですよね?······は、こちらで預からせて頂きます。仕来りがありますので一応領主に諮りますが、······まあ大丈夫です。······で、宝玉についてですが······一日待ってください」
ティケッツの問題が解決して胸を撫で下ろす一行だったが、その次に言われた事には首を傾げる。というのも、説得しようとはしたが、アリサの様子から、どうしてもすぐの引渡しは不可能だということが察せられたからだ。
「······この祭りに宝玉がそれなりに関係しているのです。······明日になればお渡しできますので······」
その説明を聞いて、納得した。······確かに、このような状況下においては、祭りをするにはそれだけの理由が必要なのである。

ついでにアリサは町を案内して回ることを約束してくれた。······どうやら、つかの間の安息はまだ続きそうである。

197:水色◆Ec/.87s:2022/09/16(金) 08:02

「······さて、どこからどうしましょうか······」
アリサは二人に向けてのんびりと言う。······二人というのは、スミレとネアのことである。何せ安全さが今までとは天と地ほども違う。そのためベルシリーズの二人とは、明日は教会の前で落ち合うとの約束を交わし別れたのだった。

「とりあえず······何か質問はありますか?ほとんど聞いた話ですけど······答えられるものには答えますよ」
ゆっくりと歩きながらアリサは言った。
ネアはそれに敏感に反応する。
「うんー······聞きたいこと、いくつかあるんだけど······まずは、ここの結界について。······誰が張ったの?」
結界。町を守る、あの青色の分厚い膜。あれほどの大きさ、あれほどの分厚さ······生半可な結界魔法ではとても間に合わない規模の結界である。
それを誰が張ったのか······ネアだけでなく、スミレも気になっていたことである。
「あー、あれは······誰、というか。王都から逃げてきた六人のシスターが、王子と一緒に持ってきた魔石······そこに込められていた結界魔法によるものです。誰が付与したのかは分かりませんが······相当な能力を持っていたようですよ、その人······」
アリサは滔々と述べる。しかしそれを聞いた二人の反応は、いずれも驚天動地と言っても相違なかった。
「王子······?六人のシスター······?あと······」
やっぱりアリシアさんだ、との声は出てこなかった。······だが、魔石に付与してシスターに手渡したのだとしたら······彼女は、あえて······
そこから先は考えないことにした。それにしても、
「シスター、というとー······」
「······はい。もう200年も前のことになりますので······申し訳ありません、名前は忘れてしまいました。ですが、今でも当時のことは······鮮明に覚えておりますよ」
アリサは瞑目した。

198:水色◆Ec/.87s hoge-1:2022/10/02(日) 01:11

【!!!】【phase1】


とある場所。
黒、と言うより褐色や灰色、濃緑色を基調とした風景が広がる廊下。そこをピンク髪の女性がのんびりと歩いていた。
禍々しい雰囲気の空間ではあるが、彼女は気にも留めない。······何故なら、そここそが彼女達の居場所なのである。
新魔王の居城、『魔戦車』────それがここの名前だった。

そんな彼女は前方に何かを発見し、足を早める。
「あ、魔王様。ちょっと報告が」
というか、魔王だった。このピンク髪の女性は魔王の配下なのであろう。
「どうした?」
「ちょっとオーバースコープで遠くを眺めてたら大発見が」
「······?」
オーバースコープ。スコープというくらいだから遠くを見られるものであろう。それで発見となると、
「鈴の少女の残党を確認しました。二人······です。」
「レジスタンスにも一人入っただろ。······これで全部か······」
「鈴は全部ですね。」
「何処へ行った?」
「二人はドラム公爵領に向かいました。また、別の人間を3人ほど連れてましたが」
「あそこか······」
魔王は心底厄介そうな顔をした。ドラム公爵領の結界の効力は確かなようである。
「あそこはまだいい。今まで通り適当な機械に散発的な攻撃をさせてやれ」
「承知しました。······というよりなんで私に?御前会議で言えばいい話ですよ」
「······」
めんどくさいなこいつ、と言わんばかりの魔王の表情である。正論ではあるがロマンが足りない、との意味も込められているだろう。

「それより問題は連れていた3人です。一人はただの男の子でしたが······もう二人が問題なんですよね······」
「何だ?簡潔に言ってみろ」
「はい。片方はあの魔法使いに匹敵する程の力を持っています。もう片方は······わかりません」
「ほう······そいつを捕らえたらもう終わりだな。······で、分からないというのは何だ?」
魔王はまず前者の方に興味を示した。······あの魔法使いというのは、おそらく······
しかし、もう一人が分からない。彼はその詳細を聞きたがった。
「分かりません。詳細が確認できないんです。······なぜか」
「······は?」
「捕まえてみるしかないと思います。オーバースコープで解析ができないなら······」
「············」

ピンク髪の女性が至極当然の帰結をしたところで、魔王は黙った。採る方針を考えているようである。
そして口を開いて出てきたのは、
「よし。まずはレジスタンスに総攻撃をかける。数波くらいは耐えるだろうが物量で推し潰す。洗脳機械の投入も認めることにするか」
「ですからそれは······いや。まあ確かにレジスタンスが落ちれば色々と楽になりますね。鈴の少女が二人に首領······そいつらを捕らえて力を吸収すればもう勝ったものですね」
「まだ油断するな。そもそもあの魔法使いがかけた厳重なロックがまだ解除できていない。中から何が出てくるか見ものだが······」
「はいはい。では報告は以上です」
ピンク髪の女性は話を適当なところで切り上げ、再び廊下を歩き出す。······不気味な薄笑いを浮かべながら。

199:水色◆Ec/.87s:2022/10/02(日) 21:00

【???】【phase8】>>178

「······っ······どういうことなんですか!?」
大聖堂にいるあらゆるシスターは声を上げた。いや、それどころではない。普段から影のように働いているモンク、また声には出さないものの、一部の枢機卿さえ色めき立った。
「王はどうなさると······?」
「いや、その前にネム枢機卿は······」
「いやいや、それより負傷者の看護を優先すべき────」
等の声が飛び交う。混乱状態だった。
その中では、第7班と呼ばれた8人は、比較的冷静であった。······というのも、彼女らは経験が違う。クリスを除き、かつて神の化身とも戦ったことがある上、引率はコトミである。
しかし、彼女らはこの後とんでもない任務を頼まれることになるのである。


「さて······と。あなた方の任務は、ワープ魔法が使えない住民をドラム公爵領まで送り届けることです。ドラム公爵領に着いたらあとはその地で過ごしてください。王都に戻ってはなりません」
ネムは礼拝場にシスターやモンクをあらかた集め演説する。······どことなく早口なその様子が、皆が事態の緊急さを理解するのに一役買っていた。王都に戻るな、という異様な命令もあり、一気に全員の表情が引き締まる。
「さて、伝えたいことは以上です。既に結構集まっていますので······1班から順に向かってください。あと7班は別に伝えることがありますので残っててください。解散」
解散、との命を受けて、集まった全員は整然と散っていった。かなり早い終わりだったがそういうことも言っていられないのである。
そして、7班。コトミを筆頭とした8人は、それから数分後、前の祭壇の所に集まっていた。当然ながらネムもいる。
まず彼女が口を開いた。回りくどい質問など許さないといった様子である。
「7班には······その実力を見込んで、特別な任務を与えたいと思います。あぁ、ちなみに······申し訳ありませんが拒否権はありません」
これまた異様な言葉だった。ここに居る全員が訳が分からないというような表情をする。······コトミ以外。


「7班には······王子の護送を頼みたいのです」
······そして告げられる、あまりにも重大な任務。シスター達の表情が、衝撃で一気に染められた。

200:水色◆Ec/.87s:2022/10/02(日) 22:56

>>197

「······歩きながらする話じゃないですね。この話はまたの機会にしましょう」
ゆっくりと目を開きながらアリサは言った。······果たしてその『またの機会』は来るのだろうか。不満というより不安である。
「······もう少し見ていきますか?」
その代わりとでも言うかのように、アリサは後ろの方を指差す。
「もうあんまりお腹空いてないんだけどー······スミレはどうする?」
「私もいいかな。······アリサさんが行きたいならついていきますけど······」
元々アリサは一人で屋台や露店を回っていた。自分たちが現れたことでそれが中断されたのではないか、ということをスミレは考えていたのである。
いや、それよりも深い所まで見ていたのかもしれない。
「······着いてこなくていいです。ちょっと一分ほど待ってください」
そう言い置いて人混みの中に消えていくアリサ。虚弱そうな外見で、いや実際そうなのだが、驚く程の俊敏さであった。

「ふぅ。お待たせしました」
戻ってきたアリサの手には小さめの瓶が握られていた。一体何を買ってきたのだろうか。
「いえいえ。······もう大丈夫ですか?」
「はい。······って、駄目ですね、案内する側なのに······」
彼女はその顔に軽い苦笑を浮かべた。少しだけ申し訳なさそうな成分も混じっている。
そしてスミレ達が何か言う前に先程までのような調子に戻り、
「そういえば、ここ······ドラム公爵領には城が建てられてるんですよ。勿論王都にあったものより規模は劣りますが······逃げてきた当時の王子の為に建てられたものでして······見ていきますか?」
そう言った。
公爵領の中心と言えば領主館であるが、その隣に建てられたのが話題に上った城であるらしい。
「城、かぁー······」
城があるということは、王家は未だに続いているのであろう。呟いたネアの表情には複雑なものがあった。しかし、
「まあ無理にとは言いませんが······」
「······うん、行くよ。出来ればだけどー······王家の人にも会いたいしねー」
アリサの言葉が決め手となった。この辺りは話術なのだろうか。
······ともかく、三人はドラム公爵領の中央へと足を向ける。



【ちょっとあとがき】
200レス(話ではない)!?200レスですよ!?
ここまでずっと見てくださった方、本当にありがとうございます。これからもだらだらと広げた風呂敷を畳んでいきますので、のんびりとお付き合いくださいませ。

201:水色◆Ec/.87s:2022/10/20(木) 16:59

「······」
ここはドラム公爵領、臨時王城。臨時、とは言っても200年である。ここでは既に3世代もの王が生まれ、そして死んでいる。
大理石で出来た白亜の城もいい、と当代の王······いや、女王は言うのであったが、それを耳にする度、元の王都にあったという城の素晴らしさを語り聞かせる王女がいる。無論彼女は実際に城を見たことはない。長命種の人族から聞いた話の受け売りだった。
······彼女は不安だった。生まれてからずっとこの城で生活をしてきた母親から、捲土重来の気概が少しづつ失われている事を。······女王は生来病弱であった。魔法が発達したこの世界でも、治せない病気は多い。······病魔に蝕まれる身体を支えてきたのが、先祖代々の王都をいつか奪還するという意思であったのだが、それも最近はほとんど感じられないのである。
仕方のない事だとは思う。王族を保護している公爵の気が変わって、自分達が殺害されないとも限らない現状なのだ。ただ······

「女王様······あ、姫様もいらしたのですね。シスター・アリサが訪ねてきておりますが······」
その時、彼女達が居た部屋の扉が開き、軽装の鎧に身を包んだ青年が入ってくる。歳は王女とほぼ同じだろうか。
王女はそちらを振り向いて何とも言えない顔をした。
「······用件は聞いた?」
「とある人を王家の······まあ女王様と姫様に会わせようとしてるみたいですが」
「何よ······それなら会う必要はなさそうね」
彼女は青年の返答を聞き、特に取り合わずまた元の方を向こうとする。······しかし、その彼女に次のような言葉が届いた。
「いや······そんな簡単に片付けてもいい相手ではないらしく······片方は6代前のユノグ王の知り合いにして、当時の勇者の一員だそうですが」
「······!?」
王女は表情を変える。6代前の王の知り合いという部分は彼女にとってはどうでもいい事だったが、勇者という言葉は大きな感銘を引き起こしたらしい。
「······母上はどうします?」
彼女は女王にそう尋ねた。······見れば、その女王も心持ち姿勢を正している。
「······そうね。まずは······アイン。貴女が会ってみなさいな。貴女は私と違って気力も強さもある······未来もある。きっと何か起こしてくれるに違いないわ」
「······わかりました。······それじゃ、行ってきます。······謁見の間に通しておいて」

王女────アインは母の許可に応えた。青年に命令して、ゆっくりと歩き出す。······まずは服装を整えなければ。
······レイヴン朝の生き残りとして、相応しい振る舞いを。

202::

削除

203:水色◆Ec/.87s:2022/11/24(木) 22:46

「······姫様。······いえ、アイン・レイヴン様。お目通りを許可して頂き······」
「御託はいいのよ。それに普段と随分態度が違うじゃない······どうしたの?」
やや質素で簡素だが威厳のある椅子に座る、悪戯っぽい表情を浮かべる王女────アイン。ここは臨時王城の謁見の間である。
どうやら常に似合わないらしい慇懃な態度を取ったアリサの表情にも少しばかりの緊張が伺える。······後ろからそれを眺める2人も、この少女はどことなく『違う』と実感したのである。

「······実はですね。この2人が今の王族にお会いしたいと申しておりましたので······」
「······ああもうやりにくい!いつも通りでいいよいつも通りで!······それで、後ろに居るのがその2人?」
ぴしっ、と音がしそうな程に言い切ったアインはアリサの後ろに顔を向けた。スミレとネアである。
「そうですよ。ちょっと返答が遅かったので受理してくれないのかと思ってました」
ふっとアリサの纏う雰囲気が和らいだ。僅かな緊張の面持ちは変わらないものの、それだけでどことなくやりやすくなるのである。
まずネアが一歩前に出る。
「······ネアです。数世代前の勇者でしたが、色々あって何百年も生きてます」
ネアの服装はパステルカラーを基調としている。それでアインは彼女にどことなく淡い印象を抱いたらしい。
「ふぅん······貴女がイヴァンが言っていた『勇者』の一員なんだ······」
感心したかのように呟く。······どうやらこの王女には、人を外見で判断する傾向があるらしい。なら、下手したらスミレは相手にもされない可能性があるのでは無いだろうか。
······スミレはいつもと変わらない肌色のワンピース姿であり、そしてまあ実際そうなのだが、およそ戦闘も魔法も出来ないような容姿でもある。
彼女は実際、反抗の為の大きな役割を担っている、らしい。······だが知らない者からしたら、何の為に来たのか疑問を抱かない事はないだろう。


だがスミレは踏み込んだ。
「あの。アインさん。······今、『こんな女の子が』って思いましたよね?」
「······へ?」
予想外の所から横槍を入れられたからか、脳内を大体言い当てられたからか、ともかくアインは一瞬硬直した。スミレはそれを逃さず追撃を入れる。
「そんな風に人を見掛けで判断するのは······良くないですよ!」
「······っ!だって!どう考えても胡散臭い!何百年か前の勇者なんて······それに貴女は一体何なのよ!」
「······ネアの、パートナーです」
アインの追求に対して、一呼吸置いて応じる。······そこに嘘偽りはない。真実である。真心である。
アインはその返答にいささか毒気を抜かれたような形になった。······そして、僅かに項垂れつつ呟く。
「そりゃ不快にもなるか······ごめん。これでもこの悪癖······直そうとしてるのよ······」

「······落ち着きました?」
期を見計らってアリサがそこに割り込んできた。······このシスターこそ虚弱そうで、アインが本当に外見で人を判断しないように努力していなければ、きっと面会もままならなかっただろう。
だが少しばかり傷ついたのは確かである。······アリサが何やら話をしている間、2人はこっそりと手を触れ合わせていたのだった。

204:水色◆Ec/.87s:2022/11/30(水) 22:55

「だいたいわかった!」
「······何がですか?」
突然アインが叫び、アリサが条件反射でそれに応じる。
「スミレ······だっけ?と、ネア!宝玉持って行っていいよ!」
「!?」
と、予想外の言葉である。
またもや真っ先に反応したアリサは絶句してしまった。それも当然である。祭りに必要な宝玉、と2人に説明した手前、まさかこのような形でそれがへし折られるとは思ってもみなかったのだ。
「······今回の祭りに関わってくる、という話を聞いたんですけど」
スミレは少し躊躇しつつもアインに向けてそう質問する。
「でも急ぐんでしょ?世界を救うために······必要なんでしょ?」
面倒くさいなぁという表情をしつつもアインは答えた。確かにこう言われれば一言もない。
「で、でも、宝玉がないと分かったら······」
「その時はアリサが何とかしなさい。ちょうど宝物庫にそれっぽい玉があるから······あの魔法を使って覆えば絶対バレない筈よ」
アリサは抗弁を試みたものの、どうやら既に様々な手段を描いていたらしきアインに封じられる。······そこまで言われたら、彼女も動くしかない。
「······わかりました。すぐに取り掛かります」
一礼して、恐らく彼女が出せる最速の駆け足でアリサは謁見の間から出て行った。
······後に残された3人は、しばらく沈黙の波に身を委ねていた。




「お待たせしました!」
10分程経っただろうか。出て行った時と同じくらいの速度でアリサが戻ってきた。その後ろには、急な事で目を白黒させている、オレンジベルとシルバーベルの姿があった。
「も、もう引き返すの······?」
「さすがにここまで早くなるとは思わなかったよ」
などと言い合う彼女らを見て、最初は怪訝な顔をしていたアインも少しだけ笑顔を浮かべた。
「なるほどね。······その2人が誰なのかは知らないけど······一緒に来たんでしょ?」
「そうみたいです。······お願いしても宜しいでしょうか」
彼女の言葉に応じた後、続けてアリサがオレンジベルとシルバーベルに言う。······その頃にはもう2人は冷静さを取り戻していた。
「勿論。アクアベルのところまで、すぐにでも」
「はーい!」
スミレとネアも最初は驚いたが、瞬く間に進む話に何とか順応していた。

「えっと、では······こちらが宝玉になります」
綿で包まれた丸いものが、アリサの細い手からスミレに手渡される。
受け取ってすぐ、彼女は隙間から漏れる『灰色の光』としか表現出来ない光景にぎょっとした。これは間違いなく、重要な物である、と────気持ちが一挙に引き締まる。
「······ありがとうございます」
「······では、お願いします。······貴女方に、神の御加護があらんことを」
アインの期待、アリサの祈り。その二つだけで十分だった。
受け取る物を全て受け取った一行は、薄暗くなり始めたドラム公爵領を後にする。

205:水色◆Ec/.87s:2022/12/03(土) 20:13

【???】【phase9】>>199

「王子の護送······」
次第に慌ただしさが増してくる王都を駆けながら、7班のシスターのうち一人が呟く。その声音は畏れ多いというか、面倒なことを押し付けられたというか、こんな状況以外では間違いなく表に出ないであろう感情が混じっていた。
不思議なことに恐怖はない。元々シスター達は神に仕える身。死を伴う恐怖には、例えそれがどうにもならないと分かっていても、強いのだ。
「まず王城で王とアリシア様に面会して、そこからすぐに出立しますよ。先程ネム枢機卿も言っていましたが、恐らく······もう王都には戻れないでしょう。やり残したことはありますか?」
コトミが走りながら全員に向かって呼び掛ける。内容の深刻さに比して、その表情はあまり深刻でもなかった。
「やり残した事······仮にあったとしても、やる時間がないような······」
そんな苦笑交じりの声が返ってくる。一行はしばし暖かい雰囲気に包まれた。


王城は静かだった。普段からいい意味で賑やかとは程遠いい場所なのだが、今日はそこに鉛のような重苦しさが混じっていた。
一応門番は居たが、恐らくシスター達が出てくる頃には居なくなっているだろう。王自身の布告のおかげでもあるが、もはや逃げる以外の事は頭にない────そんな様子であったので。
「······どこに行けば良いのでしょうか?」
「とりあえず謁見の間に直行しません?」
ヒナが誰へともつかない問いを投げかける。クリスに受け取られたようで、真面目に言っているのか怪しい返答があった。
「······まあ、そうですね。まだ居らっしゃるみたいですけど······逃げるにしても急がないと駄目でしょうし。······皆さんはここで待っててもらえますか?」
コトミはそう自分の見解をまとめ、誰も連れずに、謁見の間へと駆け足と早歩きの半分くらいの速さで向かう。大所帯で押しかけても迷惑だろう、との考えからだった。


「あぁ、来たか······シスター・コトミ。用件はだいたい把握してる。今アリシアが連れてくるから少し待っててくれ」
「お手数おかけします」
ユノグは入ってきたコトミを見ると、用件も問いも告げもしなかった。結論だけを言われたコトミも儀礼的に応じる。時間がないのだ。
とはいえ僅かな間があったので、コトミはユノグと会話を試みる。
「ユノグ様は······これからどうなさるおつもりです?」
「どうって。······まあ、ドラム公爵領に行くさ。勿論国民皆の避難を確認してからだがな······」
「そう······ですか」
いわゆる殿である。······君主が殿を務めるというのもおかしな話だが。
コトミが続けて何か言おうとした時、アリシアが専用の籠に入れた王子を運んできた。
「コトミさん。······いえ、皆さん。王子を······私たちの息子を······お願いします······!」
見れば、王子は寝息をたてながらこんこんと眠り続けている。魔法でも掛けられているのだろうか?
「······お任せください」
この年齢の幼児の重さは、おおよそ4kg。コトミはそれを抱えて、シスター達と一緒に王都から脱出し、そして王子をドラム公爵領に届けなければならない。
困難な仕事になりますね、と彼女は思った。しかしそれは諦めたり投げ出す理由にはならない。諦められない。投げ出せない。場合によっては────彼女が運ぶのは、レイヴン朝の運命にもなりうるのだから。

206:水色◆Ec/.87s:2022/12/04(日) 18:41

【???】【phase10】


王城の窓から、一塊となって駆けてゆくシスター達の姿が見えた。ユノグはそれを見送って、深いため息をつく。
「······アリシア」
「······お茶ですか?」
彼は王妃であるアリシアを呼ぶ。勿論、すぐ側にいる。
「そうじゃない。······本当にいいのか?」
「はい。死ぬ時は一緒と。誓いを立てた通り······です」
「······そうか。ありがとうな」
ユノグの問いには主語が欠けていた。しかしアリシアは、その意味を完璧に理解している。
微笑んだユノグは軽くアリシアの頭を撫でると、王座から飛び降りた。────そして、背にした壁に飾られている大宝剣を手に取り、勢いよく、引き抜いた。




その少し前。シスター達が王都へ繰り出すと、既に機械が街への侵入を始めていた。
「······!」
「ちょっと強引に通り抜ける必要がありそうですね······!」
彼女らはそれぞれ思い思いに魔法を放つ。────7人もいると流石に強い。あっという間に機械の一塊を粉砕し、敗走してきた王国兵達と合流する。
「ぐぅ······申し訳ない······」
兵士達のリーダーはヴァンスだった。所々に深手を負っているが、まだ魔法で回復できる範囲である。
「いいのです。ここまで食い止めて下さり誠にありがとうございます······」
他の兵士と同じくシスター達の介抱を受けるヴァンスの、悲鳴にも似た声にコトミは応える。軽く周囲を見回して、
「それより······住民の避難は終わりました?」
「······やれる範囲は。でもまだ······」
明らかにヴァンスはまだやる気である。コトミはそれを止めて、
「後はユノグ様が何とかしてくれると仰りました。私たちは······この子を護りながら逃げなければなりません。それに、貴方には······配偶者がいるでしょう」
「······」
「さあ、······もう走れるでしょう。行きますよ!」




その頃になると、大聖堂にも機械が侵入し始める。
「窓を厳重な結界で覆いなさい!右、火力集中!そこに機械が固まってます!」
もはやこうなっては残った者も逃げ遅れた者も構わず指揮系統に組み込むしかない。······元々指揮官向きとは言えないネムには頭の痛い作業である。
「うっ、中に人が入ってる機械もいますよ······!?」
「······今は目の前のことに集中してください!第1波を凌いだら丁重に弔いましょう!」
ぞっとしない報告を受けたものの、ネムの声はまだ鋭さを保っている。今は大聖堂中の全てが彼女の双肩にかかっていると言っても過言では無い状況である。我を失う暇など皆無だった。
しかし、そんな彼女にも気がかりな物がある。
「(······どこか、タイミングを見つけて······宝玉を······)」
そう、大聖堂に安置されている二つの宝玉である。
機械がそれらを狙うかどうかは分からない。が、もし破壊されたら、どのような結末をもたらすか。およそ今の絶望が数倍にまで増幅されることだろう、と彼女は読んでいた。
この状況を打開するにはどうすれば良いのか。いや打開とまでは行かなくても、宝玉を安全な場所まで運ぶのはどうすればよいだろうか。······ネムの脳内で、それらの声がネズミのように増え始めている。

────大聖堂は今や包囲されつつあった。

207:水色◆Ec/.87s:2022/12/09(金) 22:21

>>204

数時間前に来た時と同じ道を通りながら、4人はドラム公爵領を離れていく。恐らくまた来る機会はあるだろうが······それでもこの滞在は流石に短すぎた。
「次来る時は······どうなってるのかな······」
気丈なシルバーベルですらそう呟く程である。何しろ今までの展開は全て急だった。次の自分たちの目的は固まってはいるものの、その過程で何が起こるのか、どのような結果がもたらされるのか、まるで見当がつかない。
全知で全能である筈の神は居ない。今や明確な敵の側が、文字通り最も大きな知と能を得ている。······ネアですら燃えてこなかった。


幸い抜け道はその名に恥じない活躍をした。全員が欠片も油断していないとはいえ、なるべく会敵はしたくないのが人情である。
荒原に出ると、遠くに機械の姿が見える。結界を出た瞬間ネアが全員に認識阻害魔法を付与したため、こちらに気付いている様子はない。
「早いところ通り抜けよう。ここは見通しが良すぎるからねー」
ネアは快活に一行に指示を出す。
────ひたすら無言、全員が集中している復路だった。
道を間違えることもなく、不用意な行動を取ることもない。ここまでスムーズに行って本当にいいのか、とスミレが思う程に。




次第に建物がまばらに見え始める。────王都に戻ってきた。
ここで一行は進路を少しだけ調整した。このまま直進すると色々と気まずい事になりそうなので、······即ち、レジスタンスの地区を避けるように、少しだけ回り道をする。
「海にさえたどり着ければ大丈夫だよ」とはオレンジベルの言だった。
────だが、ここで初めて────
「······微細索敵魔法に反応。近くに何かいるぞ」
明確な敵が、やって来る。

208:水色◆Ec/.87s:2022/12/09(金) 22:58

『······っ!?』
4人はほぼ同時に身を壁に押し付ける。
姿は見える範囲にない。声は壁の向こう側から聞こえてきた。つまり、敵はまず間違いなく壁1枚隔てた向こう側に居るということになる。
オレンジベルが音もなく右手を刃に変形させる。ネアが何かの魔法を構築する。シルバーベルは銀の銃を取り出す。
足音が聞こえてきた。
「······奴隷か?」
声は男のものが一つだけ、足音も一つ。奴隷という単語が気にかかったが、今はその事よりも逼迫した危機を片付けなければならない。
『敵はあんまり強くない。オレンジベル、好きなようにやっていいよー』
ネアの念話魔法が全員に届く。この4人の中では先頭に居るオレンジベルに向けてのものだった。
『わかった』
オレンジベルがそう応えた瞬間、まさにその目の前に男が現れた。

彼は抵抗を想定していたらしく、棒を携えていたが────流石にここまでの敵が居るとは想像もしていなかったらしい。
オレンジベルがかけた速攻によって、男は無惨にも右手を切断された。棒と共に飛んでいく腕の撒き散らす赤が、壁の灰白色によく映えていた。
「な······」
「ふん!」
衝撃で姿勢を崩した男に追い打ちが飛ぶ。オレンジベルの足を刃に変形させた飛び蹴りによって────心臓がある部分を、蹴り抜かれる。
倒れた彼の胸部から大量の血液が流れ出してくる。もはやピクリとも動かなかった。
「······こんなもん?」
刃を肉体へと戻しつつ、オレンジベルが呟く。
「······尋問とかしたかったんだけどなぁ······」
やや顔を顰めながらシルバーベルが言った。体を預けていた壁から離れ、男が倒れている場所、つまり角のところまでやって来る。
「······まあ、いいよ。怪我とかしてない?」
彼女の問いにオレンジベルは無言で首を振る。その頃にはスミレもネアも追いついてきた。まさに惨事と言っていいこの状況に、敵とはいえ一瞬だけ男に黙祷を捧げる。
「······ということは、この先は······」
『奴隷』がいるかもしれない、とスミレは呟く。男の独り言の調子からして、その可能性はかなり濃厚だった。
「行くしかないよねー······どっちにしても······こっちの方が海に近いから······」
ネアの声もやや沈んでいる。今更にして、ここからが正念場だと理解したかのように。
シルバーベルはオレンジベルの、スミレはネアの手を握る。
頼りになる仲間、伴侶を、少しでも鼓舞するために。

209:水色◆Ec/.87s:2023/01/14(土) 22:53

4人はまだ見えない海を目指して急いだ。
「······左手に見えますのが、あの敵の本拠地······『魔戦車』でございます、ってね」
「シルバーベル?」
途中、来た時も見えた謎の要塞が、今度はより近く、大きく4人の目に映った。
少しでも緊張を緩めようとしたのか、ガイドのように呟いたシルバーベルの言葉でスミレはあの建造物の名前を知った。
『魔戦車』。近付いた今なら分かる。下部に、大量の車輪────と言うより履帯が取り付けられている。
「あれ······どうしようー?」
「ネア、吹き飛ばせたりしない?」
「うーん······師匠ならともかく······私はあんまり大規模な魔法構築したことないんだよねー。いけるかなぁ」
そう言って構えようとしたネアをスミレは慌てて止めた。結果の是非に関わらず、この距離だと即座に捕捉されそうである。
······というより、もう既に、四人は捕捉されていた。


その時だった。
「!」
魔戦車の最上部、屋根に相当するであろう場所の一点が、光った。
宝石に光を当てたかのような、その鋭い光は────彼我の距離を一瞬で詰める、弾丸の前触れであった。
スミレの額は、寸分違わず撃ち抜かれていた。
「!?······っ······!?」
彼女は不死身である。額を撃ち抜かれたからと言って死にはしない。数秒後に復元されるまで、血が弾痕から溢れ、脳がめちゃくちゃになるだけである。
「なっ······」
スミレが倒れ伏して我を取り戻すまでの数秒間に、ネアは状況と敵の位置と相手の武器を全て把握する必要があった。
声こそ混乱していたが、彼女はほとんど本能でそれをやってのけ、遠距離用の火球を数十発程も撃ち返していた。

撃ち合いが始まった。
風を切って飛んでくる敵の弾丸を、2回目はやらせじとシルバーベルの銀板が防ぎ、その間を縫ってネアの火球が群れを成して光の元へと突進する。
巻き起こる轟音に、近くに居た機械も次第にその場所へと集まってきた。最初はうろうろしていたオレンジベルも、横っ腹を突こうとする機械を殲滅する為に駆け回る。

騒ぎは光が消えるまでの2分半ほど続いた。

210:水色◆Ec/.87s:2023/01/21(土) 00:28

その2分半が過ぎた。
いつの間にか魔戦車からの光が消え、冷静さを取り戻した一行は、気付けば周囲を機械に取り囲まれていた。
「······なるべく減らそうとしたんだけど······」
今まで群がっていた機械兵を相手取っていたオレンジベルは気息奄々といった様相である。身体の各所に傷を負い、額に浮いた汗を拭いながら全身で息をしている。
「······」
数分とはいえ、途切れもせずに魔法を撃ち続けていたネア、一対多の戦闘力はさほどないシルバーベル、手傷を負ったオレンジベル、そして戦闘は得意ではないスミレ────四人の状態を知ってか知らずか、囲む機械兵はじりじりと包囲の輪を縮めてくる。


「······まあ、何とかしなきゃだよねー」
ネアは疲れた様子も見せず、軽い調子で言いながら魔法の構築に取り掛かった。
「······『ホワイトランス』······」
魔法名を詠う。ゆるく纏まった四人の上に、光を放つ大槍が形成されていく。
「······『ジャッジメント』!」
そう彼女が叫ぶと、大槍がまるで意思を有するかのように飛ぶ。
何かを構えようとしていた機械兵に向けて、正面、単純にして最大威力の破壊。────槍の太さはネアの背丈程もある。光魔法が故の効果だろうか、直撃したであろう敵はほぼ全てが消滅していた。
「今構えようとしてたやつ、見えた?······あれはあの穴から石とかとにかく硬いものをすごい速さで撃ち出してくる兵器。スミレならわかるよね」
ここでシルバーベルの解説が入った。ネアの服の裾を摘みながら様子を伺っていたスミレに話が振られる。
「あ、えっと、······わかる。わかります。ガトリング銃みたいなものですよね」
しどろもどろになりながら彼女は答えた。······銃。まだこの世界には紛れもなく存在しないものであるが、ネアはその話題についていった。
「神殺しのー······特殊機能がなくなって殺傷力が落ちて連射できるようになったやつ?」
「そういうこと。話が早くて助かる。······当たったら痛い筈だからなるべく······」
────彼女の的確な返答を聞いたシルバーベルが言葉を結ぼうとした、その時だった。

自分たちの遥か後方、機械による包囲網の端の部分。
そこが、轟音と共に崩れ始めた。

211:水色◆Ec/.87s:2023/01/25(水) 22:31

────4人はほぼ同時に振り向いた。
崩れた包囲網が、彼女たちの目からはっきりと視認できた。
「(······今っ!)」
ネアはその機を見逃さない。彼女が腕を振るうと、浮かぶ光の大槍が宙を乱れ飛ぶ。
先程の衝撃も回復しておらず浮き足立つ機械兵の集団に向け、破壊と消滅を叩きつけていく。
······直撃した敵は消滅、あるいは割れ散り消えていく。また別の方向へ槍が舞うと、そこにいた機械はまるで木の葉のように千切れ飛んでいった。
「す、すごい······」
「あんまり長時間はできないけどねー。······さ、今のうち!『マッハスピード』!」
スミレの呟きにネアは心なしか上気した頬を掻きながら応じる。
続いて行使するのは、身体強化魔法の上級、それも速度に重点を置いた魔法。いつぞやかにブルーベルが使っていた、あれである。
包囲が大崩れした部分に再び一撃を叩き込んでおいて、4人はそこから足早に脱出する。────彼女らの背中を、いくつかの機械と小石弾が追ったが、捉えられる筈もなかった。




そこから数分。彼女達は、旧────物寂しい言い草である────王都の郊外にある建物で小休止をしていた。
コズミックからの供給が止まっているので回復が進まないオレンジベルを一旦休ませる為であり、また現状の整理をする為でもある。
「回復魔法いる?」
「んー······」
ネアの問いにオレンジベルは首を傾げる。彼女が負っている傷はそう凄惨でもないが······回復をせずに放置していると悪化しそうである。少なくとも、スミレとネアはそう捉えた。
「······じゃあお願い。あんまり魔力使わせても悪いから程々でいいよ!」
「りょうかーい。てんてこ舞いだー······」
現状魔法のスペシャリストはネアしか居ないのである。スミレはどうも魔力が上手く練れない。シルバーベルはむしろ魔力を消す側である。
霧を少し濃くしたかのような白色光が、オレンジベルの全身を覆っていく。


「······ところで、さっき包囲網を崩したのは······誰なんでしょうか」
待ち時間の間、スミレは記憶を頼りにしてシルバーベルに疑問をぶつけてみた。
「誰なんだろう······イリスが察知したとは思えないし」
どうやら彼女も分からないようである。それなら、
「ネアって索敵魔法張ってるよね。分かったり······しない?」
「んー······」
話を振られたネアはというと、オレンジベルの傷を粗方回復し終えて、一息ついているところだった。
「あの時はー······ホワイトランスを操作するのに夢中だったから、索敵魔法がちょっと弱くなってたよー」
だが、誰なのかは分からない、とは言わなかった。
彼女はかつてカルトナがしたように、壁に索敵魔法を投影した。3人はそれに目を向ける。
すると、
「これー。この青い点。ちょっとづつこっちに近付いてきてる」
インクをそこに一滴垂らしたかのような青が、二つ。連れ立って、自分たちが今いる建物目指して、歩いてきている。
「······多分、さっき会った······アレクとペレアかなー?」


世間は狭い。そして滝のようである。
数時間前に邂逅した相手と、また邂逅する事になるのだ。

212:水色◆Ec/.87s:2023/01/29(日) 21:45

それからさらに数分後。


「······驚いたな。こんな所に居たのか」
シルバーベルの声かけによってこちらに気付いたアレクとペレアが、建物の中へと入ってくる。
「誤解しないでねー。行って帰ってきたんだよ」
「というと?」
「ドラム公爵領で用事を済ませて、引き返してきたんだよ」
アレクは訝しげに問い質してきたが、ネアはそれをものともせずに答える。
······しかし、その答えが悪かったらしい。彼の表情が一気に険しくなる。
「嘘つけ。こんな数時間で往復できる訳が無い······」
文字通り剣でも抜きそうな剣幕である。
が、こちらは実際に往復しているので弁解のしようもない。ネアが返答に迷っていると、今度はシルバーベルが間に入ってきた。

「私たちは身体強化魔法を使った。善は急げだからね。······あと一応これでも道には詳しいんだよ」
やや煽りの成分が含まれていた数時間前の会話と違い、これは比較的理路整然としている方である。多少言葉選びが刺々しいのは愛嬌であろうか。
アレクの方も身体強化魔法の有用性や地の利の重要性を理解しているらしく、それ以上は問い質さなかった。
彼は照れ隠しらしく話題を変える。
「······分かった。ところで、えーと、シルヴァンとオリオンだったか?」
前者はシルバーベルの偽名、後者はオレンジベルの偽名である。
「うん。何か······?」
「······鈴を首に付けてるのには何か理由でもあるのかな、と思ってな······」
名指しされた二人は顔を見合わせた。
······それだけでない。何が始まるのだろうか、と様子を傍から見守っていたスミレとネアも、思わず目を瞬かせていた。
考えてみればそうだ。〜ベルという名前だから、というだけではあるまい。




「······私たちの上司が最初に部下にしてた人の名前がね、『ベル』っていうんだ」
答えないという選択肢もあった。しかし、シルバーベルは滔々と話し始める。
「でも、そのベルさんはすごく強い魔物······モンスターに負けて殺されちゃった。······多分、上司はその人の事を忘れたくなかったんだと思う」
首に提がる銀の鈴を撫でながら、彼女は呟くように語る。
「そうだったんだ······」
「オリオンは比較的最近つ······入ったんだったね。まあこれも確証は取れてないんだけど······」

「分かった。軽々しく聞いてしまい申し訳ない」
彼女は言い終わるとすぐ、申し訳なさそうなアレクに直面した。
「別に頭下げなくても······」
困惑である。闇夜でも目立ちそうな金色の髪────紛れもない勇者の象徴が目の前にあるとなると、本来の立場は比べ物にならない筈なのだが、つい気後れしてしまう。
「まあ、いいよ。さっき助けられた分はこれでチャラってことで。いいよね?」
相変わらず変なところで入ってくるオレンジベルである。だが今回は、微妙になりつつあった空気がやや換気されるという役割を果たしているだけマシである。


軽く咳払いが挟まれた後、話題が転換した。
「······で······これからどこに行くつもりなんだ?」
「海岸に出てそのまま海に」
「「海······?」」
なんとここでペレアも呟くのである。アレクの声と重なっていたが、一度聞けば忘れそうにない声だ。······間違えようもない。
しかし、その呟きだけでは事は終わらなかった。アレクが、一瞬の戸惑いの後────腰に差していた剣を引き抜き、シルバーベルの胸に擬したのである。

「······っ!?」
「悪いな。お前らは俺らの敵ということが確定した。ここで死んでもらう」

────彼の目は、使命感に燃えていた。

213:水色◆Ec/.87s:2023/01/31(火) 20:22

このような展開、予測できる筈がない。
……突然の出来事に場が硬直する中、真っ先に動いたのは────
「やっ!」
オレンジベル。
彼女は咄嗟に指先を小さな刃に変化させ、アレクの剣を弾くべく、飛んだ。……今さっき治療されたばかりの病み上がりであると言うのに。
「なっ!?」
だが効果はあった。奇襲を察知できなかったアレクは剣こそ取り落とさなかったものの、大きく弾かれて仰け反ってしまう。
その隙に、
「起きて!」
性別相応に尻餅をついてしまったシルバーベルを助け起こし、頬を軽くぴしゃりと叩く。
……そのお陰で、直後に体勢を立て直したアレクによる攻撃が、銀の盾で防がれた。


「な……」
片手でスミレを後ろに庇いつつ、半ば叫ぶようにしてネアは尋ねる。
「なんで私たちに……!?」
「簡単な話だ!分からないのか!お前らが魔王の手先だと……今ので知れた!もう隠しても無駄だ!」
話が通じないな、とネアは直感する。
……無論、彼女らは魔王の手先ではない。アクアベルやコズミックも、魔王等では断じてない。
目の前の青年は洗脳されているのかもしれない、と思いつつ……彼女は読心魔法の準備に入った。
その間にも、
「ええい鬱陶しい……くらえぇっ!!」
裂帛の気合と共に剣が振り下ろされる。
対峙していた2人は反射的に身を引く。……その眼前では、剣が火花を散らして銀の盾と激突し、後者が石で出来ている筈の床にめり込んだ。
アレクはどちらかと言うと細身である。使っている剣も、長剣ではあろうが大剣とはいえない。恐ろしきは勇者の力である。


「……えいっ!」
────その時だった。ネアが後ろから、アレクの顔面に向けて椅子を投げた。
何の変哲もない、ただの木材でできた、やや古ぼけた椅子である。目標を達成する遥か前に、正確無比な剣撃で叩き落とせれるのはむしろ当然のことであった。
……しかし、隙が生まれた。4人にとってはそれで十分だった。
「アレク!どこをどう曲解したかは分からないけどー……私たちは魔王の敵だよ!魔王は私たちの敵だよ!!」
ネアが代表でそんな事を言って、すぐ横の大窓から外に飛び出していく。……逃げるのである。




「……逃がした……くそ、あの魔法使いめ……!」
「……」
アレクの悲憤にペレアが気の毒そうな表情で応える。2人は出来うる限りあの4人を追ったが、ついには見失ってしまったのであった。
「あいつらドラム公爵領にも行ったとか言ってたな······あぁ、このままあそこも機械に占拠されるのか······」
彼の嘆きは絶えない。先程の諸々も演技ではなく、どうやら本気のようであった。
「······その事だけど······あの様子からして、魔王の配下って決めつけるのは早いと思う······」
ペレアは控えめに反駁を試みた。先程の乱闘で欠片も動いていないだけに、少々遅すぎる介入である。
「······いや······だが······」
それでも剽悍なる勇者の進路を迷わせる程度の効果はあったらしい。首を勢いよく振ろうとした、······その速度を少しだけ緩めさせたのである。
「······ともかく、明日はもう一度レジスタンス地区を訪れる。あいつらの爪痕······今日は気付かなかったが、探せば出てくる筈だからな······」
憎しみは深い。それも、多少なりとも信頼関係を築きつつあった間柄が変化した物なのである。反動は重かった。
ペレアはそれを聞いて、意味ありげに片目を閉じた。再び両目を開き、「それならそれで」と勇者の考えに従う旨を述べる。
今日はこれ以上進まないようである。彼女が今日の終着点はここだということを、欠伸と伸びで示したからであった。

······夜は次第に深まっていく。

214:水色◆Ec/.87s:2023/02/13(月) 23:10

【!!!】【phase2】


とある場所。黒、と言うより褐色や灰色、濃緑色を基調とした風景が広がる廊下を有する────つまるところ、魔王の居城たる『魔戦車』だった。
そこをピンク髪の女性が歩いていた。無論、この前見出したのと同じ女性である。
ただ、足取りは前と少しだけ違う。のんびり、ではなく、何かに苛立っているらしく、足音が音高く廊下に響く。


そんな折、彼女はふと一人の男とすれ違った。
「お、ガートルード。どしたん?」
「······デュロス。見ればわかるでしょ?イラついてるの」
男の名前はデュロス。そしてピンク髪の女性はガートルードという。
ガートルードの声は苛ついていると言われなくても明確に刺々しい。デュロスは軽く肩を竦める。
「そんなに苛立たなくても。もう俺らの優位は確立されてるんだ、じっくり叩き潰してけばいいんだよ」
「実戦で真っ先に突撃して叩き潰しにいくデュロスには言われたくないんだけど······」
「そうか。で、どうしたんだ?」
軽く言葉の応酬を交わした後、元の質問を繰り返すデュロス。それも、先ほどよりかは丁寧に。
これにはガートルードも少しだけ頭を冷やした。口調に僅かばかりの平常心が戻ってくる。
「······実は、さっきあの辺を通った若葉色の髪をした······人間?を狙撃したんだけど」
「あ、魔王様に報告してた奴らか?」
「そうそれ。まさか数時間で引き返してくるとは思わなかったけど」
「ドラム公爵領から拒絶でもされたんじゃないか?閉鎖的な空間は大抵そんなもんだからな」
彼女らの行路が彼の予想とはまるっきり逆になった事まではデュロスも知らなかった。とはいえこれについては彼の悪意ある見方も問題だろう。
······というより、悪意がなければ、この場には留まることすら出来ないのだ。今は、そんな時代だった。


「······で、額の真ん中を確かに貫いた筈だったのに、倒れるだけで死ななかったんだよそいつ」
「なんだそら。龍人族ではないよな?」
「体弱そうな真人族······っぽい奴隷だったよ。そもそも銃弾受けたらどんな種族でも死ぬでしょ」
勿論撃たれたのはスミレである。となると、ガートルードが彼女を狙撃したことは容易に想像がつく。
「ほーん。俺がちょっと行って捕まえてくるか?」
「んー······守ってた鈴も魔法使いもかなりの手練だよ。いくらデュロスでも······」
「無理だって?······まあやらないがな。めんどくせぇ」
ガートルードは、目の前に居る相手が本当にやる気だと思っていたらしく、面倒くさいとの返答を受け取ると絶句してしまった。
そのまま立ち去っていくデュロスの背を見送る彼女の表情からは、呆れが多分に含まれる苦笑が見て取れた。

215:水色◆Ec/.87s:2023/03/13(月) 01:08

>>213


蒼の城。······の、跡地。
心なしか、スミレ達が来た時より足場が狭くなっている。────たった半日のうちに。とはいえアクアベル1人ではまだまだ持て余しそうな程である。そんな歪な円形をした足場の端の方に、瓦礫を椅子にして、アクアベルは座っていた。
手にはいつもの杖。嵌められている碧色の鈴が、宵闇の中で微かに音を奏でている。
────彼女の目は閉じられている。だから海を見ているのか、それとも別の何かを何処か見ているのかは分からない。そもそも何も見ていないのかもしれない。無限に続く、暗闇以外は。


「······無限だった方が良かったかもね」
アクアベルが立ち上がる。その時杖が瓦礫の一つに当たり、微かな不協和音を奏でた。
「······その方が、諦めもつくから」
それでも、独語は止まらない。
全てを諦めたかのような静かな声調からは、表面上は何も感じられない。しかし、裏を返せば虚無なのである。希望も絶望もない、平坦な────平淡な、未来が······彼女には見えるのだろう。
しかし彼女にはまだ仕事が残っている。それは、その未来を破壊するための芽を育むこと。即ち────
「あった!······蒼の城!」
「······っ!」
今朝語ったばかりの事を、こんな早いうちに実行してくれた、4人を迎え入れ────
「······来たね。待ちくたびれたよ······っ!」
────予め作っておいた然るべき手段で、反撃の狼煙を上げることである。




およそ1時間強かけて大陸から戻ってきた4人は、今や大量の機械兵に捕捉され、全力の逃走劇を繰り広げていた。アクアベルからしたら、もはや蒼の城が殲滅済みと看做されなくなるので文句の1つでも言っていいところだが、そんな場合では無い。
計画の第2段階の時点に至っては、実行されたら後は比較的どうにかなるのである。それこそ、この後アクアベルが捕まりでもしない限りは。
杖を床に打ち付け、4人を瞬時に足場へと転送する。ネアに抱えられていたスミレを除き全員が走っている姿勢のままだったので、転送した後にすごい音がしたが気にしない。
そして、猛スピードで迫ってくる機械兵を引き付け────下からの一撃を食らわせた。

「あれは······蒼の城の構造物······!?」
あんな使い方もできたのか、といち早く現状を把握したスミレが目を瞬かせる。
彼女の目には、およそ5cm程に分割された構造物が、物理法則を無視した速さで下から機械兵を襲い、その装甲を次々と打ち破っていく光景が映っていた。
無人の機械兵が辿る運命はバランスを崩したことにより海の底に沈むか、核を撃ち抜かれ動きを止めて海の底に沈むか、その2つに限定されていた。しかしごく一部ではあるが、中に人が入った機械兵もいる。遠目でも、そして薄暗い中でも、肉が裂け血が噴き出す様がぼんやりと目視できる。
4人はどうしても陰鬱にならざるを得なかった。

216:水色◆Ec/.87s:2023/03/14(火) 02:22

途中からネアが魔法で参戦したこともあり、無数に居た機械は次第に数を減らしていった。ただし、
「そろそろ残弾も打ち止めだよ。まあ結構減らしたから後は何とかなると思うけど」
とのアクアベルの警告が入る。「必死にかき集めてた構造物の欠片が······」とのぼやきも併せて。
「······このために?」
「どうだろうね?······でもここで役に立ったのは事実だし······」
城を復旧させずに土台や足場を野ざらしにしていたのはこの為だったのか、と言わんばかりにスミレはアクアベルの方を見て質問する。若干躱される形にはなったが。
······元の城の大きさを考えると、構造物の破片はもっと多くなる筈である。更に遠くへ吹き飛ばされたか、粒子レベルまで粉々になったか。それはなかなか頭が痛い疑問であった。




出し惜しみか本当に無いのかは分からないが、途中から途切れがちであった欠片が途絶えた。それと同時に、ネアが放った氷魔法が最後の敵の腕を凍りつかせ、バランスを崩した機械兵が海の底へと消えていく。
「お疲れ様ー。みんな怪我は無い?」
「こっちの台詞だよ。······大丈夫、だよね?」
「2人ともそこまで。まずやることを終わさないと······」
早速2人の世界に突入しそうになったスミレとネアをアクアベルが引き戻す。······相手が相手なら叩き直すという表現が使われていたかも知れないが、それはともかく。
懐に仕舞っておいた2つの宝玉が、スミレからアクアベルに手渡される。
「暴発······しなかったみたいだね。よかった」
渡された側がそんな軽口を叩く。しかしスミレはやや本気にしてしまったらしく、不安そうに、
「······4つ一緒に置いておくと暴発、って言ってませんでしたっけ······?」
「実は4つ未満でも稀に暴発するんだよ。勿論確率は結構低いけど」
2つだったら無いに等しいから大丈夫、とアクアベルが付け足す。······果たしてそれは本当なのか、不安を払拭させる為の嘘なのか。
────ともかく、無事に運べたのである。スミレはそれ以上考えないことにした。


「じゃあいくよ。ちょっとだけ離れてて────」
気付けば、アクアベルは宝玉を並べ終わっていた。四角形か、円形か······等間隔に、それぞれ違う光を放つ玉が鎮座している。
······奇妙なものである。白、黄色、緑は勿論、灰色でも、光としか言い表せない光景が目の前にあるのだから。
ふと目線を逸らすと、シルバーベルとオレンジベルがいつの間にかアクアベルの傍に寄ってきていた。何かしらの力でもやり取りしているのだろうか、後者2人は触れ合いそうなほど近付いたきり、動きを止めてしまった。呼吸で僅かに動く胸のみが、彼女らが動いている証拠だった。




幻のような時間は終わる。
「······さぁ!起きて!もう一度······勇者達よ!!」
敵に居場所が悟られていることなど気にされなかった。
大袈裟な程の身振りと共に、呼び声が海の彼方まで響いていく。

217:水色◆Ec/.87s:2023/04/20(木) 20:32

「みんなー。起きてる?」
と、声が降ってきた。
どこまでも続く草原の中、『彼』は我を取り戻す。いや、そこにいる『彼女』も、同様に。
そこには、アクアベルがいる。4つの光球の中心で、いつもの杖を持ち······不思議と、傷も憔悴した様子もない姿で。
彼女以外の声はなかった。いや、人の姿形すらなかった。光球しかない。ここはそんな空間なのだろう。


「起きてる······かな。うん、そうに決まってる······じゃなくても、もう時間ないから······」
容姿こそ綺麗であったが、アクアベルは普通に追い詰められている。恐らくこっちの世界に入る時間すら惜しいのだろう。その時間を犠牲にしてまで、彼女はここで多少の仕事をしなければならない。
────ここで、『彼』がこの空間を認識した。同時に、光球だった『彼』の姿が変化する。金髪の凛々しい勇者······エインの姿へと。
他の光球も彼の姿を認めたようだった。そしてそれぞれ、各々の姿へと戻っていく。変わっていく。
勇者エインは元より。聖女リリー。盗賊ブロウ。盾使いアルスト。先代の勇者達が────この空間に、揃い踏みした。


「······完璧!みんな違和感とかないかな?」
「それよりも······軽くでいいから現況を教えて欲しいんだが」
アクアベルが勇者達を見て満足気に頷く。そんな彼女に対して真っ先に問いを投げたのはブロウであった。
「そうだね。まず······本来ここに来るのはコズミック様な筈だった」
「······なるほど?」
時間が無いのに回りくどい言い方をするアクアベル。やはりというか、エイン以外は皆要領を得ない顔をする。
「でもコズミック様はここにはいない。新魔王に捕まっちゃったんだよね」
彼女は結論までさらっと繋げた。なるべく衝撃を和らげようとする努力なのだろうか。
「······え、それって」
「そう!神様はいなくなった!······今、色々な人に頑張らせてるけどこのままじゃジリ貧なんだよね」
最も衝撃を受けたらしいリリーに対して、両手を広げて大仰に話すアクアベル。しかし続く言葉はややトーンが落とされた。ふざけている場合ではないのである。
「魔王にあの神が捕まったことまでは分かった。······僕はそれで復活されることには異論はない。······」
ここで、エインが初めて口を開く。他の3人も、エインが賛成するなら致し方ない、という風に────実際はそこそこ興奮していたが────姿勢を整える。
しかし。
「······だが、一つ聞かせてくれないか?」
「ん。なんなりと、勇者様?」
早速勇者を現世に戻すための何かに取り掛かろうとしていたアクアベルが、その動きを中断する。集まりかけていた光が、その勢いを弱めた。
────真正面から受け止めるには、何もかもが足りなかったのである。彼女はわざとふざけるようにして、真剣な質問に相対した。




「魔王が全てを握っても······『世界』としてはそれで良いのではないだろうか?」

アクアベルは少しだけ微笑んだようだった。そのまま左手で握った杖を掲げ、光を集める。そうしてようやく彼女は口を開いた────と思えば。
周囲は瞬く間に、白に塗り潰されていた。

218:水色◆Ec/.87s:2023/06/24(土) 11:54

途端に。
元の世界にも、光が溢れ出した。
「わっ······」
「······成功したかな?それとももう暴発したかな······?」
思わず悲鳴をあげたスミレと、やや不謹慎な事を言うアクアベル。言っている事が本当にしても嘘にしてもやめて欲しい所である。
どこから光が飛び出しているか分からない。言葉を聞くに、アクアベルは戻ってきたのだろうが、そこで何が起こっているのかも分からない。
だが不思議と、目が潰れるということはなかった。その光は──優しかった。




「······光だ」
そう、誰かが言った。
いつの間にか閉じられていた目を開く。
青。────どこまでも続くかのような海原と、人の姿。
光は消えていた。しかし宵闇の中でも、魔法を使っている訳では無いのに、何故だかそれは鮮明に見えた。
「······あ······!」
「······」
「成功したみたい。よかったよかった」
「やったあ!これで100人力!」
「まあまあ。······"勇者達"。異常はない?」
先代勇者、4人────ネアを除く────全員が、ここに蘇る。


······迎えた者がそれぞれ違う反応をする中、当の本人達は。
「······色々聞きたかったことはあるけど······まあ、仕方ないか」
「······まさかもう一度甦れる措置があるとは思いませんでした」
「やれやれ。······で、状況は?」
「······よう。久しぶり」
こちらもバラバラであるが······ともかく、復活される事に異論はないようだった。
そして何より、
「······スミレと、ネア。元気そうだな」
この二人を前にしては、彼らは動かないという選択肢を取れないのである。
「······皆さん、本当に······本当にぃっ!」
「あっ、······泣かないでください!私たちは、大丈夫でしたから」
泣き出してしまったスミレの肩を軽く押さえながらリリーは言う。······視線は表情が暗いネアに向けて。······むしろ、そちらの方が本題であろう。

「······色々葛藤はあるかもしれないけど······その辺説明してる時間はないんだ」
アクアベルの杖の音が響く。いつの間にか大規模索敵魔法を起動していたらしく、床を叩く音と共に、まるで波紋のように地面へとそれが投影された。
「第二波だよ。疲れてるかもしれないけど······こんな狭い足場じゃいつか圧殺される。打ち破りつつ大陸に向かってほしい」
「······あいつらは人なのか?」
「操り人形みたいなものだよ。まあだいたい鎧は空洞だけど······中には人が入ってることもあるからね」
「傷はどのくらいまで耐えられるんですか?」
「うーん······宝玉のエネルギーで動かしてるから······」
アクアベルはやや軽装なリリーの胸元を指差す。見れば、そこはじんわりとした光を放っている。
「っ······」
「心臓さえ壊されなければ死にはしないよ。まあでも自然回復は遅いから······回復魔法が大事だね」
「······分かったからその指を下ろしてくれ」
少し恥じらいの表情を浮かべたリリーを見かねてエインが間に入る。
「(心臓······)」
スミレは心の中で呟く。······そう、だいぶ頑丈になったとはいえ······彼女とは違い、勇者は死ぬのである。
あまり負担はかけられない。······が、頼りになってしまう。
安心感と不安感に挟まれつつも、彼女は数分後に訪れるであろう出発に備えるのだった。

219:水色◆Ec/.87s:2023/06/30(金) 22:12

「······さて······あれか」
蒼の城跡地を飛び出してから、1分もしなかった。全員が舟よりも早い水上走行を選んだため、仕方ないのだが────少し向こうに、まるで蟻の群れのような機械兵達が現れたのである。······しかし、その邂逅は一瞬の事だった。
まずエインが呟く前に、いち早く察知したブロウがダガー投擲でいくつかの機械兵を刈り取っていた。
次に、一歩前に出たネアが、先程の葛藤もどこへやら、炎弾やら氷弾やらを出して次々と機械兵を屠ってゆく。
弾丸が飛んできたとしても、アルストの盾魔法が受け止める。傷を負ったとしても、リリーが瞬時に回復できる。そして接近戦になれば────ただでさえ万能なエインの独壇場である。

「通す訳にはいかないんだよなぁ?」
「ダンジョンの位置バレたらまずいからねー」
「······弱いな······」
「傷を受けないのが一番ですけど······私が居ますので。安心して戦ってください!」
「まだ僕の出番はなさそうかな。いいことだ」
勇者達がそれぞれ色々なことを喋りつつ、敵を殲滅していく。
「す、凄い······」
スミレは実のところ、勇者達が共闘している様子を直で見た事がない。魔王を倒す、ということの凄さはなんとなく分かっているが────最低限の連携でも、機械兵を楽々葬れるという所を見せつけられれば、嫌でも実感せざるを得ない。
シルバーベルとオレンジベルが、後ろをちらりと見る。そこには、もはや影も形もなくなってしまった蒼の城と、ダンジョンがあるはずであった。
『私はダンジョンに隠れるよ。あそこはまだ見つかってないし────外から索敵魔法は通らないからね』とのアクアベルの声が思い出される。
彼女のお墨付きならば恐らくは大丈夫であろう。ただ、どちらにせよ時間はかけられない。────勇者たちも、同じ気持ちだった。
機械兵が視界から消えると同時に、一行は再び走り出す。来ないのが一番ではあるが、第3波は地上で迎えたいものである。

220:水色◆Ec/.87s:2023/07/03(月) 08:47

【!!!】phase3


とある場所。······もう察しはつくだろうが、魔戦車、その一室である。
「ガートルード」
「はい」
ピンク髪の女性────ガートルードが、彼女より身分も立ち位置も2段ほど上の相手に向けて跪く。
「あれから200年だ。体調に変わりはないか?」
「えぇ。そもそも我々は魔人族ですし······魔王様から力を受け取っていますから」
「そうか。そうだったな。······おっと、本題はそこじゃない。これを見てくれ」
どうやら、その相手というのは魔王らしい。彼はガートルードに向けてある黒い塊を差し出してきた。
その黒い塊というのが、
「······これは······?」
「ガートルードが使っている銃を短くしたものだ。······外見はな」
ガートルードはいわゆる狙撃銃のようなものを使っている。勿論銃弾ではなく、小石を超高速で撃ち出すものだ。とはいえ、スミレの頭を貫いたことから、威力は申し分ないことがわかる。
魔王はガートルードにその拳銃のようなものを握らせる。
「······あの魔法使い、カルトナと言ったか。かけてあったロックの底の底にある物を取り出すことにようやく成功したんだ」
「はあ······」
ガートルードはいつぞやかと同じような薄笑いを浮かべた。どうもこの件に関しては信頼していないらしい。
「ロックの何段か目で見つけた······銃?のデータで十分だと思うんですけどね······」
どうやら機械兵の装備である小石機関銃、そしてガートルードが持っている狙撃銃はカルトナを解析したが故の産物なようである。
······だが、カルトナはただの魔法使いではない。
「そうじゃない。これはな······世界の管理者や不死身の者を殺せる武器らしい」
誇るかのように魔王は言う。そしてその銃から手を離し、
「これをどう使うかは任せる。もう1000年は保つ力は吸収したからな······」
「······!」
その言葉が意味するところをガートルードは理解した。······単に奴隷の威圧には留まるまい。
解散、と言わんばかりに去っていく魔王の後ろ姿に向けて、彼女は一礼したのだった。

221:水色◆Ec/.87s:2023/07/04(火) 20:07

>>219
「さて。まずは何をすればいい?」
砂浜。蒼の城跡地から、大陸まで一直線の場所である。最短距離かどうかはともかくとして────水ではないし、狭くもない。腰こそ下ろせないものの、ちゃんとした足場なのだ。
落ち着いた所でエインが口を開く。その目線の向こうには、魔戦車がうっすらと見える。······心なしかライトアップされているようにも見えた。悪趣味である。
「ええと、まず······レジスタンスの所に向かいましょう」
恐らくこの中では一番の穏健派であろうスミレが答えた。魔戦車から意識的に視線を逸らしながら、彼女は続ける。
「勇者の皆さんの姿を見れば······きっと生き残りも奮い立つはずです」
「レジスタンスか······アクアベルから聞いたが、結構危ないんだろ?」
「はい。だからなるべく急がなきゃ······」
ブロウの問いに答えると、彼女は小さく欠伸をした。······やはり疲れているようである。その他、一日中駆け回っていた3人も同様に。
「······疲れは魔法で癒せますが、精神的な疲れは癒せませんからね」
リリーがズレているのか真っ当なのかよく分からない発言をした。魔法世界でも科学者みたいな事を言う人はいるらしい。
それよりも、
「······なるほど。生き残りが奮い立つかはともかくとして······一旦休める場所があるのに越したことはないな。行こうか?」
今日のうちに何が起こったかほとんど知らないのにも関わらず、全てを諒解しているかのようにエインが頷く。
大所帯。意見の統一は難しい。そしてこの状況においてはそれこそが何よりも重要であるが、不思議と意見の相違は起こらない。
機械兵が集まってこないうちに、一行は王都の方へと向かってゆく。




「······酷い有様だな······」
無口なアルストがそう呟いた。逆に、それ以外の者は皆黙っている。
スミレとネア、シルバーベルとオレンジベルは知っている。破壊は中途半端なのが一番悲惨だ。修復できる範囲だったり、新しい物を作った方が早いだろう更地であったりしたら心のダメージは多少なりとも抑えられる。
家の上半分が吹き飛んでいたり、外見上は辛うじて残っていたり、はたまた完全に瓦礫と化していたり。かつて勇者達が歩いた光の王国、それを象徴する王都はまさに崩壊の2文字を体現していた。
「······創造を伴わない破壊に、価値などない」
入れ代わり立ち代わりやって来る機械を片付けつつ、前へと進んでいく。

222:水色◆Ec/.87s:2023/07/05(水) 23:59

人間であればとっくに寝静まる時間帯。
レジスタンスを運営しているのは、その人間である。······しかし彼ら彼女らはどうしても休めない。休むことを許されない。
「索敵魔法よし!北から3体、南から5体!」
「了解!他には?」
「他······ああ、難民らしき人が何人か」
「はい。······うーん、やっぱり念話魔法が使えないのは痛いですね」
「······イリス様。前々から気になっていたのですが、そのネンワ魔法というのは」
「あ······ええと、その······」
「今日という今日は教えてもらいますよ!古代の失われし魔法だか何だか知りませんが!」
「い、いいから迎撃です!北は私が片付けるので、動ける方は南をお願いします!!」
いつもこんな感じです、とでも言うかのような騒がしさである。これで絶望感を上書き出来ていたら良いのだが、
「······っ!」
────屋根の上に上がってきたのは3人。人的不利は免れ得なかった。
瞬時の交差で、イリスが機械のうち1体の頭を斬り飛ばす。レジスタンス本拠地への襲撃を優先したらしき2体には、まず片方に追い付いて至近距離からの風の刃。きっちりと胸元を貫き、更に急所となる妖しい宝石も砕いた。
もう1体はというと、俊敏にイリスに銃口を向けて発射したところを、
「『リフレクト』!」
イリスの正面に展開された、攻撃を問答無用で反射する板が、弾を完璧に発射主の元へと送り返す。······建物を破壊できるくらいに威力を調整していたのだろう、機械兵の体はそれだけで木っ端微塵になった。
「······」
あれを受けていたら、と一瞬ぞっとするも、彼女は再び駆ける。
不利な状況下にあるであろう味方を救うべく、平和な時代であれば苦情不可避な高速屋根走りを行う。────慣れとは凄まじいもので、ある程度派手な動きをしても彼女は全く危なげがない。
屋根と屋根の間を一回転して飛び越し、そして風魔法の補助も受けつつ、まさに先ほど味方が飛び出てきた場所に着地し、



「君がここのリーダーかな?」
「······はい?」
光を、見た。

223:水色◆Ec/.87s お久しぶりです:2023/08/29(火) 23:08

「な、」
突然現れた男に対し、イリスは一瞬警戒心を抱いたようだった。
「······誰ですか!こっちは忙しいの······」
やや激しい口調で詰め寄ろうとするが、その向こうの方からやってくる数人の人影を認めると、彼女は黙ってしまう。何を隠そう、その中にはスミレ達が居るのだ。そして勿論、突然現れた男というのはエインのことである。
「この方向に来てた機械は全て倒したよ。こっちにも······勿論お仲間にも被害はなしだ」
「それは······どうも」
エインの言葉に、イリスは深く頭を下げる。レジスタンス内で機械兵3体を単独で処理できるのは彼女だけであり、即ち5対3という状況であれば突破されてしまう公算が大きかったのだ。
「······なるほど、こういう······」
呟く。彼女はほっとしたような表情のスミレを見た。それで宝玉を集めていた理由と、宝玉が集まったことと、そしてそれを用いた『何か』が成功した事の全てがわかったようだ。
「······貴方達について、深くは聞きません。ただ、滞在するのなら、防衛に参加して頂けると······」
イリスの目はまだスミレ達の方にあった。スミレとネア。そしてベルシリーズの二人に疲労を見て取ったようだ。
「勿論。そのつもりで来たからね」
「······助かります。元は宿屋に使われていた建物に案内しましょう」




イリスは少し大きめの建物の前に一行を案内した。······看板と明かりこそ無いが、確かに宿屋らしい構えである。
「ありがとうございます······」
「いえいえ。状況を変えてくれる······そんな気がするのです」
スミレの感謝の言葉にイリスは首を軽く振る。本心なのだろう。
「······それじゃ、僕は早速行ってくるよ。女性陣はしっかりと休むように。······あぁ、リリーは来なくていい」
「ええっ!?······まあ、確かにそうですけど······」
「そういうこった。······そうだ、それならそこのリーダーさんをここに押し込んでおけよ」
「「······はい?」」
戦闘狂でもないのに早速エインが反対方向へと歩き出す。ブロウがそれに続くが────何やらとんでもない一言を残していった。リリーとイリスが同時に間抜けな声を発する。
「そ、それはどういう······」
イリスは無言で去っていくアルストの背中に問いかけるが、当然返答は無い。······そればかりか、
「······た、多分こういうことなんだと思います······失礼しますよ!」
彼女を宿屋の中に引き込もうとするリリーが右手を掴み、その動きを止めた。
「私も助太刀します」
「えっ、ちょっと待って離してくだ、私にはやることが······あれ、力が······ぬけ······て······」
抵抗しようとするイリスであったが、シルバーベルが反対側の腕を掴んだ途端、気が抜けたようにへたり込み────そのまま、眠ってしまった。

224:水色◆Ec/.87s:2023/09/05(火) 07:58

「······やっぱり。魔法でずっと疲労とか眠気とか痛みとかを無視してたみたい」
宿屋のエントランス部分。いくつかの椅子と机が散乱とも整然とも表現出来ないほどに散らばっている空間。とりあえず石ではない床にいくつかの布を重ねて敷いて、その上に昏々と寝息を立てているイリスを寝かせている。
シルバーベルの呟きはほとんど正解であった。『金属』故の制約はあるものの、魔法や魔力のほとんどを消し去る彼女である。そんな彼女が触れるだけで倒れたというのは、相当厳重に魔法が掛けられていたのだろう。


「······さて」
リリーが咳払いした。
「まず、スミレさんとネアは休みましょう。ええと······シルバーベルさんとオレンジベルさんはどうします?」
どうやら前者2人が休むのは決定事項らしい。スミレはともかくとしてネアは頬を僅かに膨らませたが、この場にいる誰もがリリーの意見に賛成であった。
「私はまだ動けるよ。仮眠は必要かもしれないけど」「私に休息の二文字はなーい!」
冷静なシルバーベルと明快なオレンジベル。仮にもイリスがいないレジスタンスのこともあり、流石に否とは言えない一同であった。
「分かりました。とりあえず私はここで詰めてるので、怪我したりしたら遠慮なく寄ってくださいね。······あ、念話魔法でレジスタンスの皆様にも伝えておかないと······」
「あ、それなら私に任せてよー」
「え?いや、ネアは休むべきで────あぁ、なるほど······」
ここに来てようやく念話魔法が扱えないという現象にぶち当たったリリー。······だが彼女ならともかく、魔法使い、文字通り魔法の専門家であるネアならどうか?
『────レジスタンスの皆にお知らせだよ。今から数日間────』
だいぶ疲れているであろうに、いとも容易く強力な念話魔法を繋げる。双方向とまでは行かないものの······全員にアナウンスするには十分だった。

「こんな感じかなー。······それじゃ私達はそろそろ。行こっか、スミレ」
「うん!······何かあったら呼んでくださいね!」
「いやスミレは大丈夫だって。私が行くから」
一仕事終えたネアはスミレを連れて割り当てられた一室に引っ込んだ。そして同じような雰囲気を醸し出しながら、シルバーベルとオレンジベルが無言で外に出ていく。
リリーはそれに毎回軽く手を振って応じていた。しかし誰も居なくなった瞬間、周囲は猛烈な静けさに襲われる。────さすがに寂しいとは言えなかった。
明かりを一段弱める。薄暗さがエントランスに淡く影を落とした。

225:水色◆Ec/.87s:2023/09/11(月) 00:43

孤独の時間は長く続かなかった。
「な、何だ今のは!?」
まず兵士がそんな事を叫びながら入ってきた。しかしリリーの見立てでは彼は怪我した訳ではないらしい。
「······どうしました?」
「いや······脳内に声が······ここに行けと······」
「······?ええと······怪我していないならお引取りを」
まさか念話魔法の存在すら知らない者が居るとは思わなかったリリー。兵士が何を言っているのかよく理解できず、とりあえず帰ってもらうことにした。


薄く漂う瘴気の影響で、下手な念話魔法や読心魔法が使えなくなっている事は既に明らかになっている。しかしあくまでも『下手な』ということなので、ネア程の魔法使いの前ではその障壁は消え失せる。
────しかし逆を言えば、それ程の魔法技術を持った者でない限り、念話魔法や読心魔法が扱えないのである。衰退するのもむべなるかな、ということだ。
そしてその辺りの経緯をリリーは知らなかった。責める訳ではない。当然の事だ。今この時代では、いやそれ以前に平和な時代でも、使えもしない魔法に労力を傾ける程無益な事はないのである。


しかし、である。変化は想像以上に早くやって来た。
「······聖女様かぁ」
開いた入口から、無感情な声がリリーへと投げかけられる。
「······どなたです?」
「イエローベル。······あ、もう1人いるけど······いい?」
「ええ。勿論ですよ」
イエローベル。────黄色の少女が、首の鈴を揺らしながら入ってきた。そして、もう1人。彼女に肩を借りる形で入ってきたのは、赤色の少女。血濡れではあるが、それ以前に彼女の赤色は血液の赤とは少し違う。レッドベルである。
「私は後でいい。まずはレッドベルを見てあげて」
2人ともシルバーベルやオレンジベルの仲間なのだろう、と理解するリリー。しかし元々レッドベルがスミレ達に着いてくる予定だったという事までは知る由もなかった。
「······これは酷いですね。一体何が······?」
回復魔法をかけつつ、斜め後ろで様子を覗き込んでくるイエローベルに向けて彼女は問いかける。
「ちょっと色々あって。攫われたりしなくて良かったけど······」
「そうですか······」
深くは聞かないリリー。恐らくスミレとネア、そして橙と銀の2人が前にいる2人のことをよく知っている筈である、と彼女は治癒魔法を掛けつつも軽く思考を回す。
「そうだ。ちょっと確認するけど······」
「はい」
しかしその思考は相手からの問いによって中断した。一体なんだろう、と思って続く言葉を待ち受ける。
「聖女とは言っても、リリーで間違いないよね?」
「そうですが······」
「それなら良かった。······アヤメのことは覚えてる?」
「······忘れてる訳がないでしょう。実の娘なのですよ」
何を聞かれるのかと思えば、といった風にリリーは答えた。
「うん。······お義母さんと呼んだ方がいいのかな······」
「?」
イエローベルは満足気に頷いた後、少し顔を染めながら口の中で呟いた。しかしその理由と内容はリリーには伝わらなかったようである。

226:水色◆Ec/.87s:2023/09/19(火) 06:05

「······もしかして、アヤメは······まだ生きているのですか······?」
だいたいの治療が終わった頃、リリーは唐突に顔を上げた。その問いと勢いに少し面食らいつつ、イエローベルは簡潔に事実を伝える。
「生きてるよ」
「······そ、それは······えっと、今、どこに?」
なんで、という質問はしなかった。ネアが生きている以上、色々と察したのかもしれない。
「······言わない。というか言えない。知ったらがっかりするだろうし······」
「······まさか、敵に捕まって······」
「ある意味ではそう言えるかな······」
イエローベルは首を振った。そして治療は終わったものの未だ気絶しているレッドベルの頬をぴしりと打ち、
「ほら、レッドベル。······もう動けるでしょ」
と言った。やられた方の反応はというと、頬を打たれてから数秒して声にならない声を発し、やがて次のように呟いた。
「······もう起きられないのかと思ってた」
むくり、と音が出そうな調子で彼女は立ち上がる。そしてリリーの方を見、
「スミレ達は上手くやったのか。······戦力としては十分」
「あ、まだ動いたら危ないですよ────失血が」
「ふぶっ」
······ちょっとだけ格好つけたところで、バランスを崩して倒れてしまった。




その後、宿屋のエントランスはしばらくの間懇談室として機能した。
不思議と引き留められてしまったイエローベルと動くに動けないレッドベル、そして時々やってくる負傷者の治療を行いながら二人の語る諸々の話に耳を傾けるリリー。
リリー達が死んだ後の出来事、英霊としての祝福、蒼の城での激闘、そしてここまで······と、その他重要不要問わず様々な話を彼女は聞いた。しかしアヤメの所在と、イエローベルとの関係の話は語られなかった。
リリーはその辺りを知りたがったが、イエローベルは上手く躱し、レッドベルは語らない。そしていつの間にか"休憩"するのに十分な時間が経っていたようで、上からネアが降りてきたが当然ながら知っている筈もなく。
「戦況は今の所膠着状態みたいだねー。イリスが抜けた穴を他のみんなが十二分に埋めてくれてるよ」
大規模索敵魔法はリアルタイムの戦図として機能する。それで上から眺めると、質の差か数の差かはともかくとして、人々はよく戦って機械の侵攻を防いでいるようであった。
「······イリスさんはまだ目覚めないのでしょうか」
「······私が思うに、イリスはここ50年は寝ていないだろうし、まだ難しいんじゃないかな······」
リリーの問いにイエローベルが答えた。魔法の力恐るべしなのか、彼女の精神力恐るべしなのか。恐らく両方であろう。
「······」
昏々、という表現が似合う程の眠りに陥っているイリスを見て、リリーは何か考えている様子だった。

227:匿名 hoge:2023/11/18(土) 01:57

「······そういえば、リリー?」
欠伸を噛み殺しつつ、ネアがリリーに話しかける。
「なんでしょう」
「イリスが起きてからでいいけど······ここに変な二人組が来なかったか聞いてくれるー?」
変な二人組。言い方が悪いが、恐らくアレクとサロメのことであろう。
「変な······まぁ、ここに誰か来るという事自体が稀でしょうしね。わかりました」
リリーは軽く頷いてみせた。何故ネア本人が聞かないのか、という疑問は彼女の中には湧いてこない。降りて来るまでの時間からして、恐らく睡眠以外の事をしていただろうし、休憩さえできればネアは戦いに行くだろう。そのくらいの事ならわかるのである。
「······寝てませんね?」
「スミレが寝かせてくれなくてさー」
「逆では?」
「······そうかもしれない」
ふぁ、と彼女はもう一つ大きな欠伸をした。油断すれば今にも寝てしまいそうである。このまま惚気談義に花を咲かせるのも悪くはないだろうが、それよりもこのままだと悪影響が出るかもしれない、とリリーが動いた。
「それはそれとして、ネア。今の力なら余裕とか思っているのかもしれませんが······寝る時はちゃんと寝ましょうね?」
諭す口調。まるで母親か師匠のようであった。ネアはそこに聳え立つ氷山のような物を幻視して、素直に引き下がる。
「うん。······何かあったら呼んでねー」
また大きな欠伸をしつつ、ひらと手を振って彼女は二階へと戻っていく。展開・投影された大規模索敵魔法はそのままに。
「······」
リリーはその地図にも似たものを見上げる。右下の一角では赤・青・緑の三点が建物らしき物を挟んで対峙している様子が見えた。青・緑は味方、赤は敵である。恐らくその二人は、孤立した機械兵を二対一の条件で葬ろうとしたのだろう。······しかし、緑の点が回り込んで側面攻撃を仕掛けようとしたらしい所で────何が起こったのか、その二つの点は何の前触れもなく消えてしまった。
「······!」
思わず、眠っているイリスを見る。起きる気配すらない。口が動かなければ眼帯の関係上片方の目許から状態を判断しなければならないが······安らかとしか言いようの無い寝顔である。
「······そろそろ私達も出た方がいいかな?」
今まで黙っていたイエローベルが不意にそう言った。
「私達、と言うと······レッドベルさんも行くんですね」
「そうなるね。······失血がどうとか言ってたけど、実の所それも何とかできるんでしょ?」
それにリリーは答えず、おもむろに座り込んでいたレッドベルの頭へ手を触れたかと思うと、
「······『ブラッドリジェネ』。複製魔法の応用ですよ」
「これは?」
「失われた血液がゆっくりと複製されていく魔法です。······多分、最終的には現在量の1.5倍くらいになるかと」
「······なるほど。ありがとう」
憔悴からかレッドベルは素直に礼を言った。そして立ち上がる。今度はふらつかずに。
「よし、行こう。シルバーベルとオレンジベルに休む時間をあげないとね」
そしてそのまま、駆け足とまではいかないものの、小走りくらいの速度で外に出ていく。イエローベルもまた、それに五秒ほど遅れて出ていくのだった。
「······回復、まだほとんどされてない筈なんですけど······」
思い込みの力は凄いですね、とリリーは独りごちる。······そう、彼女はまた一人の時間に沈んでいくこととなった。

228:◆Ec/.87s:2023/11/20(月) 20:08

そしてまたしばらく経った。とは言っても、今度は数分程度で済んだ。リリーが無心で索敵魔法の投影図を眺めていると、入口の扉が開いたのである。······入ってきたのは誰だろうか。先程言われていたシルバーベル達だろうか?それとも単純に負傷者だろうか?
どちらでもなかった。長くも短くもない金髪を若干乱しながら入ってきたのは、リリーが敬愛する······どころか、文字通り愛する者、エインだった。


「!!······あ、どこかお怪我を······?」
「怪我じゃない。嫌な予感がしたから戻ってみたけれど······杞憂でよかった」
エインの無傷伝説は未だに継続中である。そうでなくとも、彼が怪我をしたかもしれないという思考は一瞬リリーを慄かせた。
「そう、······ですか。嫌な予感というのは······?」
「······」
エインはそれには答えずに、一瞬階段の方を睨んだ後、
「リリー、これから僕はしばらくこの辺りを巡回する。強い魔力を持つ人、もしくは魔力を消している人が来たら注意してくれ」
「······はい。でも何故?」
理由は聞くが、特に反論はしない。リリーは勇者パーティー時代の経験を思い返す。その性格故かエインは多くを語らなかったが、危機察知・回避能力の高さは勇者だという事を抜きにしてもリーダーを任せるのには十分だったのだ。
「遠くから、善の魔素の持ち主が近付いてきている。それも······僕によく似た性質の」
「······それってまさか、この代の勇者なのでは······」
「僕もそう思う。でも不可解なのは、魔力がやけに弱い事なんだ。仲間も一人しかいないらしい。······リリー、君の聖女の力はどの程度行使できる?」
「え?えーと······」
エインが身を乗り出してきた。よく真顔でこういうことをする、とリリーは考えるふりをして視線を逸らし、そして数秒した後、思い出したふりをして目線を戻す。その間エインの真摯な目は全く動かなかった。
「元の4割ほど。最大限頑張っても、蘇生魔法が限界です」
「悪の魔素を上書きするには足りないか······仕方ない。何かあったらすぐに呼んでくれ」
エインは返答を待たずに出ていこうとした。······そこで、リリーは思わず立ち上がり、ドアノブに手を掛けたエインの服の裾をきゅっと掴む。
「······リリー?」
「あの、······もうちょっと、ゆっくりしていきませんか、"あなた"」
「······」
「あ、······ご迷惑でしたら別に、っ!?」
リップ音が響く。本人達にしかわからない程小さい音だったが、その意味は大きかった。
「······いいよ。何かあるまで、ここでのんびりする事にしようか」
悪戯少年のような表情を浮かべつつ、エインはそう言う。
そして留まることを決めた彼が最初に行った事は、へたり込んでしまったリリーを助け起こすことであった。

229:◆Ec/.87s:2023/11/21(火) 01:24

>>227の地の文の『恐らくアレクとサロメの事であろう』は『恐らくアレクとペレアの事であろう』の誤りです。申し訳ありません。

230:◆Ec/.87s:2023/11/21(火) 08:24

一方その頃。
「あぁキリがねぇ!どこから湧いてくるんだこいつら!」
「大元から叩く必要がありそうだな」
盗賊のブロウと盾使いのアルスト。軽装と重装、速度と防御。これはこれで能力的にはなかなか相性のいいペアである。しかしそんな彼らは質では他の追随を許さないものの、所詮は二人である。ネアのような範囲攻撃の手段も乏しいため、圧倒的な数を誇る機械兵が相手では戦線を維持するのがやっとであった。むしろその面では、地の利があるレジスタンス解放区の兵士達の方が優秀である。
「とはいえ色気がないのは如何ともし難い所だよな······」
「······」
ブロウの呟きを丁重に無視しつつ、アルストは盾でひとまず最後の機械兵を潰す。
「来援感謝します······危ないところでした······」
「良いってことよ」
一人の兵士がそこにやってきて二人に深々と頭を下げた。······ともすれば、そのままの勢いでのめって倒れそうな程に疲労の色が濃い。休息すらまともに取れていないのだろう。
「······」
感謝の声に快く応えたものの、ふとブロウは押し黙ってしまった。間接的にではあるが、イリスが眠ってしまったのは彼が原因と言っても過言ではない。彼女の指導力と戦闘力でここまで保ってきたレジスタンスである。一時的にしてもその核が失われたとなると、影響は小さなものに留まらないのではないか?────そう考えたからで。
しかし目の前の兵士はそんな事を気にする視野も余裕も欠けていた。
「ええと······アルストさんはここに留まって頂けると。ブロウさんは王都中心部に繋がる抜け道の監視を」
「抜け道?」
「抜け道、というか······反攻作戦の際の通路でしょうかね。我々がここに入る時もそこを使ったものです······」
何だか要らない事まで語られている。この際過去の話が未来に役立つ保証は薄いので心の片隅にでも仕舞っておいて、ブロウは具体的な持ち場を聞き、足早にそこを後にした。




ブロウが言われた通りの場所までやって来ると、そこはやや広めの路地裏であった。砲撃でも受けたのだろうか、いやむしろ受けていないとおかしいのだが、崩れかかった建物や散らばる瓦礫がこの区域を陰の方向に彩っている。
ここには数人の兵士が詰めていた。彼らから会釈を受けつつ、ブロウはひとまず近くの石に腰掛け、疲れた足腰を癒しつつ軽い索敵魔法を起動する。······そう、軽い索敵の筈であった。
索敵範囲に何か奇妙な存在が映り、それが少しづつ近付いてくる事を理解するまでは。

【ちょっとあとがき】
●『魔素』とは?
魔力の素材、略して魔素。善・悪・中庸に分かれている。人族は生まれる際にその比率が決定されるのだが、特定の比率になると魔王・勇者・聖女など特殊な役割を持たされる(それぞれ数百年毎にしか生まれないようになっている)。

231:◆Ec/.87s:2023/12/31(日) 00:11

【???】【phase11】>>206

その時だった。
「······えーいっ!!!」
状況に見合わないほど元気な掛け声と共に、大聖堂の壁が一部吹き飛んだ。すわ突破されたか、とネムは一瞬固まったものの、その隙間から入ってくる少女達を見て軽く息を吐いた。
「······貴女達は······」
「ギリギリ間に合ったみたいでよかった。私はシルバーベル」
シルバーベル。······彼女を先頭にして、数人のベルシリーズが大聖堂の中に入ってきた。その色合いは十人十色である。文字通り十人いるかは不明だが、ともかく下手したら目に染みるほどの色彩の豊かさであった。
「はーい、ゴールドベルだよ。空けた穴は今塞ぐから待っててね」
最後尾で入ってきたゴールドベルが、金で空いた穴を塞ぐ。それだけでほとんど元通りになった。

「······その首元の鈴······聞いた事があります。神の遣いだとか······」
状況をどうにか呑み込もうと、色とりどりの少女達を見回しながらネムは呟く。
「神の遣いって言うと大袈裟だけど······まぁそんなものかな。それより!私達はただこの大聖堂を救いに来た訳じゃない。宝玉あるでしょ?」
シルバーベルの早口に、周囲のシスターのみならず他のベルシリーズも目を瞠った。
「ありますね。······もしかして、」
「うん。危なそうだから回収しに来た」
ネムは若干の期待を込めて問い掛ける。それに応じるのは冷淡なレッドベルであった。
「あぁ······ええどうぞ、こちらに!」
ネム自ら大聖堂の奥へと駆け出して行く。その姿をブラックベルや他2人が慌てて追いかける。


······後に残された面々が口を開かぬうちに、再び轟音が大聖堂の残ったガラスを震わせる。
「また来た······!援護、頼めますか?」
一人のシスターが背筋を伸ばし、レッドベルに問い掛ける。
「宝玉を回収できるまでは。ところで······ここ、人少なくないですか?」
「そうでしょう。シスターもモンクも関わらず王国中に駆り出されていますので」
もはや言うことはない、とばかりに彼女は魔法陣を展開し、そこから光線を撃ち出した。そしてまさにガラスを破って飛び込まんとした機械兵の胸元に寸分違わず命中させた。被害者はというと、撃たれた鳥のように墜落していった。
「······!」
戦いはまだ始まったばかりである。それを証明するように、数多の機械兵が大聖堂を取り囲む。それを見てレッドベルも、拾った棒を力強く握り締めた。

232:夏希 だっさ:2024/02/06(火) 18:16

痛い


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