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1:ちゅ:2020/12/10(木) 18:55


十数年前の掲示板で、ひと夏だけ流行った都市伝説があった。

三十人分の魂を売れば、魔法の力を売ってくれる人(?)が居るらしい。



1-Bは、クラスの誰かに売られた。

2:ちゅ:2020/12/10(木) 19:01


『〜……♪』
爆音で流れる大好きなバンドの曲で目が覚める。
そのまま画面を開いて、大量のインスタとLINEの通知をスワイプする。Twitterを開いて、推しの自撮りツイにいいねとリツイート。
これが私の一日の始まりだ。

私の名前は首藤(すどう)りんね。女子校に通う高校一年生。
周りには男勝りって言われるけど、オシャレすることは誰よりも好きだし、自分では結構女の子らしいところもあるって思ってる。

根元が伸びてきたアッシュのショートヘアを無造作に掻き上げて階段を降りる。寝癖が酷いんで毎朝セットするのに三十分かかる。面倒だしそろそろ伸ばそうかなぁ。
「おはよー」
リビングで食パンを齧りながらスマホを弄る妹に無視されながら洗面所に入る。
眠気と浮腫で開かない目を擦りながら鏡を見ると、
「……?」
何か、今日は顔の調子が良い気がするぞ?
私ってこんなに目でかかったっけ?こんなにまつ毛ばっちりだったっけ?あ、この前買った韓国のまつ毛美容液の効果かな。最近お風呂入る時マッサージしてるし。
「今日は顔のコンディション良いな〜っと」
適当にツイートして、私は学校の支度を始めた。


電車を乗り継いで学校に着くと、友達のしみずを見付けた。
「しみず!」
名前を呼ぶとしみずは気が付いて振り返った。
「りんね!おはよー」
大きなたれ目を更に垂れさせて笑うしみず。私達は肩を並べて歩き出した。
するとしみずはじろじろと私の顔を覗き込み始めた。
「何だよ?顔になんかついてる?」
私が尋ねると、しみずはんーんと首を横に振った。
「りんね、メイク変えた?」
「え、やっぱ思う?今日は何か顔のコンディション良いんだよね〜」
自慢げにスマホの画面で自分の顔を見ていると、誰かに肩をぶつけられた。
「痛った……」
ぶつかってきたそいつを見ると、肩の下で綺麗に揃えられたさらさらの黒髪が目に入った。しみずがふと呟く。
「同じクラスの……」
「ちょっと、ぶつかってきた癖にごめんも無しなの?」
振り返りもせずにそのまま歩いていくそいつの肩を掴むと、そいつは不機嫌そうな顔で私の顔を見上げた。伏し目勝ちの切れ長の瞳に、朝日に照らされて白っぽく見える豊富なまつ毛。向こうが透けて見えそうなほど透明な陶器のような肌。
「……道の真ん中で自分の顔眺めてる方が悪いと思うけど」
そいつはそう言って私の手を払った。そして私の目をじっと見上げた後、歩いて行ってしまった。
「何あいつ」
「同じクラスの弓槻さんじゃない?ほら、出席番号一番最後の……」
しみずはそう言うけど、あんな奴クラスに居たっけ?そう言えばあの黒髪には見覚えあるような気がするけど、いつどこで見たかはよく思い出せない。
「弓槻さんが来るなんて珍しいね……」
しみずは不思議そうな顔をしながら弓槻さんとやらの後ろ姿を眺めている。
「あ、そろそろ行かないと遅れるよ」
スマホの画面を見るともう一時間目が始まりそうだった。私達は慌てて校舎に駆け込んだ。

一時間目は英語だった。一番嫌いな科目だ、最悪。
当たりませんように、当たりませんように、と心の中で唱えていると、運悪く先生と目が合ってしまった。
「答えたそうにしてるね、首藤?」
嫌味ったらしい笑顔で私を見る教師。私が英語苦手なの知っててわざと当ててんな?
「分かりませーん」
答えたところで合ってる訳ないし恥かくだけだから私は適当にそう言った。
「ちょっとは真面目に考えなさいよ?」
教師は呆れながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
「じゃあ、……弓槻。分かる?」
私の代わりに答えることになった可哀想なクラスメイトは、どうやら今朝ぶつかってきた嫌味女らしい。
私はちらりと弓槻を見る。
文句一つ言わずに立ち上がって、
「私たちは十年の間友達です。」
どうやら和訳らしき文を答えて、涼しい顔で座った。
「すごい、完璧。首藤もちょっとは見習いなさい?」
うるさいなぁ、余計なお世話だよ。
周りがくすくす笑う中、一瞬だけ弓槻と目が合う。慌てて前を向くけど、弓槻はまるで虫けらでも見るような目で私を見ていた。
やっぱ嫌な奴だな、あいつ。

3:ちゅ:2020/12/10(木) 19:01


昼休み。各々がお弁当を広げている中、弓槻はぽつんと一人で座っていた。昼ご飯を食べる素振りも見せず、文庫本サイズの本を読んでいた。
今まで気にも止めてなかったけど、あいつぼっちなんだなぁ。
「今日はオムライスだよぅ」
目の前で嬉しそうにお弁当箱を開けるしみずを見ながら、私もカバンからコンビニで買ってきたランチパックを取りだした。
「しみずってほんとに料理上手いよなぁ」
感心してそう言うと、しみずは照れ臭そうにはにかんだ。
「そんなことないよぅ?ただ好きだからやってるだけで」
「それがすごいんだってば」
私は毎朝料理する気なんて起きないよ。だから買って済ませちゃうし。
「りんねん家は、色々大変だからね……」
「何しんみりしてんだよ、いただきまぁす」
それ以上ウチの話題は出さないでよね。私はランチパックを頬張った。

そう言えば、としみずが私の背後を覗き込む素振りをした。
「何で急に来れたんだろうね、弓槻さん」
どうやら隅で本を読んでる弓槻を気にしているようだ。
「え?弓槻ってずっと学校休んでたの?」
「うん。入学式から数日は来てたけど、急に来なくなっちゃったじゃん。」
へー、どうりで見覚えなかったわけだ。確かに入学式の時にあの後ろ姿を見たような気がする。顔まではよく覚えてないけど。
「ほぼ来てないクラスメイトのことなんてよく覚えてるな」
「だって弓槻さん綺麗じゃん。入学式の時はびっくりしたなぁ、あんな綺麗な人が居るんだって思ったもん」
目を輝かせながら弓槻を見るしみず。
「来れるようになって良かったよね!」
しみずは嬉しそうに笑った。
「お人好しだよな、しみずは」
「え〜?何それ、褒めてんの?」
少しからかうとしみずはぷりぷり怒り出した。
……でも、確かに。弓槻は何だか目を引く何かを持ってる気がする。悔しいけど顔も整ってるし、あの黒髪は本当に視線を引きつける。
「…………」
椅子の背凭れを脇に挟んで弓槻を見ていると、バチンと目が合ってしまう。
「何よ」とでも言いたげな弓槻がまた見下すように睨み返してきた。
やっぱ嫌なやつだな。

4:ちゅ:2020/12/10(木) 23:15


放課後。
部活を終えた私は、教室に忘れ物をしていたことに気付いて慌てて戻ってきた。
やば、最終下校時刻とっくに過ぎてる!
幸い教室のドアは閉められてなかったが、真っ暗で何も見えない。
電気を付けると、人影が見えた。
「誰か居るー?」
急に明るくなって驚いたのか、その人物ははっと顔を上げた。
「……あ、」
「あ」
私の机の中に手を入れている弓槻(ゆづき)と目が合った。

「ちょ、何してんだよ?」
つかつかと歩いていき弓槻の腕を掴む。私の机から引っ張り出した弓槻の手には私が探していた定期が握られていた。
「お前、まさか盗むつもりだったのかよ?」
怒りで弓槻の腕を掴む手に力が入る。
「なんなんだよ?もしかして今朝のことずっと恨んでんの?ぶつかってきたのはそっちじゃんかよ」
あんなの根に持ってここまでするか?有り得ない、嫌なやつどころじゃない、サイテーだ。
「違うわよ。離して。」
「言い訳かよ?」
「痛いから。」
「あ、ごめ……」
思わず手を離してしまう。弓槻は顔を歪ませながら赤くなった手首をさすった。

「盗むつもりじゃなかったけど、勝手に漁って悪かったわ。でもお陰様であなたの疑いは晴れたから。帰って」
「は、はぁ?何だよ疑いって?もしかしてこうして他のみんなの机も漁ってたの?何か失くしたならまず誰かを疑うんじゃなくてさぁ――」
ばっと長い黒髪を振り払って顔を上げた弓槻が、キッと私を睨んだ。
「何も知らないなら口出ししないで!自分の身も守れないあなたなんかに――」
そこまで言うと、弓槻は持っていた私の定期を私の胸に投げ付けた。
「私はこのままただその日を待つなんて出来ないから。」
そんな訳の分からない言葉を吐き捨てて、教室から飛び出してしまった。
教室に取り残された私は、落ちた定期を拾っても、しばらくその場から動けなかった。
何も知らない?自分の身も守れない?
何言ってんのかさっぱりだったけど、何故かそれがとても重大な何かを意味しているように思えた。
けどいくら考えても分からない。弓槻が言ったことは何を示してるんだろう。

5:ちゅ:2020/12/10(木) 23:18


『〜……♪』
今日も大好きなバンドの大好きな曲で目が覚めた。
が、今日は最悪の目覚めだ。
クラスメイト達と、必死に何かから逃げる夢を見たんだ。

いつも通り授業が終わって帰ろうとした時、いきなり教室が赤く点滅し出して、サイレンが鳴った。教師も居ないから私達は教室を飛び出して必死に逃げた。何かに追い掛けられているような感覚だった。階段を下りるたびにどんどんクラスメイトが減っていって、一階に着く頃には、私ともう一人しか残っていなかった。
そのもう一人が誰なのかを確認するところで目が覚めた。

何なんだよ、もう!
表しようのない不快感に、わざと大きな音を立てながら階段を下りた。
「うるさい!」
リビングで朝食を食べていた妹に怒鳴られたけど、私は気分も悪かったし昨日の仕返しだと思いわざと無視した。
「…………ぶっす」
洗面所に入って鏡に映った私の顔は、昨日とは相反して物凄いブスだった。
大量の泡で洗い流しても、クマは落ちなかった。
コンシーラーを塗りたくり、それ以上のメイクはする気になれずに洗面所を後にした。

電車の中で推しのツイートにいいねとリツイートする。バンドの曲を聞いていると、ガタンと車体が大きく揺れた。
と思ったら、キキーという音と共に急停止した。
『えー、お客様にお知らせします、ただいまこの電車におきまして人身事故が発生しました。……』
そんなアナウンスが流れた。

ざわざわと騒然とする車内。
こんな平日の朝っぱらから人身事故かぁ。学校遅れるかもなぁ。
なんて呑気なことを考えながら、何気なくTwitterを開く。
「……え?」
タイムラインの一番上に表示されたのは、この人身事故の動画だった。
しかも、どうやらこれはただの事故じゃないらしい。女子高生が、自ら飛び込んだらしい。その一部始終が、物凄い勢いで拡散されていたのだ。

動画はタップしなくても勝手に再生される。どうやら反対側のホームから撮っているようだ。
「間もなく二番線に各駅停車……」とアナウンスが流れた後、普通にホームに並んでいたポニーテールの女の子が急に駆け出し、人目もはばからず線路に飛び込んだ。私も毎朝見掛けている制服だった。
ホームに並んでいた人達がぎょっとしてこちらを見たと同時に、電車で画面が埋め尽くされた。
そこで動画は終わった。

「…………」
再び最初から再生される前に私はTwitterを閉じた。
吐き気がする。今、この私の足元に、ぐちゃぐちゃになった女の子が居ると思うと。もしかしたら、その子とは昨日すれ違っていたかもしれないと思うと。
最悪。こんな動画見なければよかった。

…………待って。
私ははっとして再びTwitterを開いた。
そしてさっきの動画をもう一度再生する。
並んでいる人達。
電車が到着することを知らせるアナウンス。
そして、駆け出してホームに飛び込む女の子。
…………え?
この子、アナウンスが入る直前まで、普通に並んでた。飛び込む素振りなんて見せてなかった。
これを撮影してるのは、誰?
どうして、この子が飛び込むって分かったんだろう……。
この動画が添付されたツイートには、「友達から送られてきた!」と書いてある。主のプロフィールを見ると、高校名が書いてあり、プロフィール画像は飛び込んだ女の子と同じ制服を着た二人組のプリ。
……あの子と、同じ学校の人ってこと?

私は思わずカーディガンで覆われた手で口元を抑えた。心臓がバクバクと踊り狂う。
何か知ってはいけないことを知ってしまった気がして、吐きそうになった。
最悪だ。今日は人生最悪の日だ。

何故か私の頭には、昨日の弓槻の言葉がチラついていた。

「私はこのままただその日を待つなんて出来ないから。」

「その日」って何だろう。
「その日」になったら、何が起きるんだろう。
嫌な予感が、する。

6:ちゅ:2020/12/10(木) 23:41


結局、電車が動き始めた頃には正午を回っていた。
私は学校に行く気になれなかったけど、家に帰る気にはもっとなれなかったので、仕方なく学校に行った。

「りんね〜!」
教室に入るや否や、しみずが抱き着いてきた。
「大丈夫?りんねが使ってる電車で飛び込み自殺あったって聞いてびっくりしたよぅ」
「あー、」
お願いだから傷を抉らないでほしい。私は抱き返す気にもなれずにされるがままだった。
「えー、まじ?りんねあの電車乗ってたってこと?」
「やば!だから遅れたんじゃね?」
近くに座っていた沙里(さり)と珠夏(しゅか)がニヤニヤ笑いながらそう言った。

「やばいんでしょ、あの飛び込んだ子。魔女に売られたんだって」
「えー、まじ?あの都市伝説まだ死んでなかったんだ」
沙里と珠夏の会話に、私に抱き着いたままのしみずが首を傾げる。
「え、何?魔女って?」
二人は目を真ん丸にして顔を見合わせてから、またにやにや笑い出した。
「しみず知らないの?昔掲示板から流行った都市伝説だよ!」
「何十人かの魂を差し出せば、魔法の力を与えてくれる『魔女』の都市伝説だよ!」
「ええ、何それ〜」
しみずは「怖いよぅ」と言って私の影に隠れた。
「あの飛び込んだ子のクラス、やばかったんでしょ。どんどんクラスメイトが死んでいってたんだって。なのに学校は死に始めてから数日しか休校にしなかったらしーよ。あんまニュースにもなってないし。絶対闇あるよね。」
「それ絶対そのクラスの誰かがクラスメイト売ったじゃん!
魔女は警察とか大統領とか、国の偉い人達とも繋がってるって噂だし。怖くない?うちのクラスも誰かに売られちゃったりして〜!」
きゃはははと甲高い笑い声が教室中に響いた。
「は、はは……」
普通に怖いって。笑えないって。私としみずは乾いた笑い声を出すしか出来ず、そそくさと沙里達から離れた。

「何あれ、本当なら怖くない?」
私が言うと、しみずはうんうんと何度も頷いた。
「でも、ただの都市伝説だよね?今朝のもただの偶然だよね?」
本当に怖がってるみたいだ。確かこの前ホラー映画が流行った時も、一緒に見に行ったらすごい怖がってたし。なんなら泣いてたし。
「偶然だし嘘に決まってるって。もし本当なら大ニュースでしょ、もっと大々的に報道されてるって」
そう言って宥めたけど、私だって怖い。

今もまだ拡散され続けているあの動画の不可解な点と沙里達の会話が、とても無関係だとは思えなかった。
「あくまで都市伝説だし!あんまマジにならないでよ?」
珠夏が怖がるしみずに気付いてそう叫んだ。
「もー、怖がらすなって!」
私がそう返すと、沙里と珠夏は謝りながらも笑っていた。
暗い雰囲気になっていた教室がいつも通り明るくなった。

そんな私達を、弓槻がずっと凝視していたことに、私は気付かなかった。


その夜、沙里と珠夏が死んだ。
それを知らされたのは、翌日のホームルームだった。

7:ちゅ:2020/12/11(金) 17:40


沙里と珠夏が死んだ。
昨日まで普通に元気だった二人が。
昨日授業が終わって教室から出ていく時はあんなに笑ってたのに。
信じられないけど、説明する担任の額にはいくつもの汗の粒が浮かび上がっているから、どうやら真実のようだ。

「夜中に二人で川に飛び込んだんだって……」
「二人がいっせーのって叫ぶ声を聞いた人が居たみたいで……」
「そういえばあの二人薬やってるって噂あったしね……」

訃報を知らされてすぐに臨時休校になったけど、クラスメイト達はみんな教室に留まっている。
二人と割かし仲が良かった子は机に突っ伏して声を漏らしながら泣いていた。が、過半数の子は死んだ二人の噂話や憶測で盛り上がっている。
あー、誰も帰ってないけど帰ろっかな。ここに居てもあんま気分良くないし。
「しみず、帰ろ?」
立ち上がってしみずの席に歩いていくと、しみずはこくりと無言で頷いた。

しばらく廊下を歩いていると、私達に続いて誰かが教室から出てきた。
振り返ると、弓槻だった。
つかつかと私たちに向かって歩いてくる。
「な、何だよ」
ずいっと弓槻の顔が近付いてくる。
「あなた達、昨日から何か変わったことはない?」
いきなりそんなことを言い出した。
「何だよこんな時に」
弓槻は表情ひとつ変えないが、どこか焦っているように見えた。
「帰った後も気を付けて。あなた達はあの二人から直接あの話を聞いてしまったから、もしかしたら……」
「何言ってんだよ!脅してんならやめろよ!今あんな作り話にかまってる余裕ないのは分かるだろ!」
思わず叫んでしまった。しみずがびくりと肩を弾ませた。弓槻は表情を変えずに私をじっと見ている。
「あなた、まだ作り話だと思ってるの?」
「……え?」
心臓がどくんと大きく脈打った。

「あれは真実よ。あの二人は、あの都市伝説に殺された。」

8:ちゅ:2020/12/11(金) 17:45


「……は?」
どくん、どくんとゆっくりとした心臓の音が頭の中で鳴り響く。
殺された、って何?二人は薬の幻覚症状で自分達から川に飛び込んだんでしょ……?

「あなた、昨日は事故があった電車に乗ってたらしいじゃない。偶然だと思う?身近でもう三人死んだのよ。そして、三人ともニュースになってない。」
弓槻の声がまるで耳から直接流し込められたような感覚になった。
頭が痛い。目の前がクラクラする。
「昨日も言ったけど、自分の身も守れないからあの子達は死んだの。あなただってもうすぐ死ぬかもしれないのよ――」
「やめてよ!」
弓槻の言葉を遮ってそう叫んだのは、私ではなくしみずだった。
「やめてよ弓槻さん。りんねが死ぬなんて冗談でも言わないで!」
目に涙を浮かべながら肩で息をしている。こんなに怒ったしみずを見るのは初めてかもしれない。
「冗談じゃないわ。だって私はこの目で見たんですもの。」
「見たって、何を……?」
上半分はまつ毛で覆われた瞳が私達を捉えて離さなかった。
「このクラスは、クラスの誰かに魔女に売られた。」
弓槻の口から出てきた言葉と、昨日沙里達が言っていた言葉が重なった。

『何十人かの魂を差し出せば、魔法の力を与えてくれる『魔女』の都市伝説だよ!』
『うちのクラスも誰かに売られちゃったりして〜!』

「……本当に、うちのクラスが誰かに売られたってことかよ?じゃあ……」
これからもどんどんクラスメイト達が死んでいくかもしれないってこと?私も、しみずも、弓槻も、だ。
「弓槻さん、見たってことは誰が売ったのか知ってるってこと?」
しみずが尋ねると、弓槻は目を伏せて首を横に振った。
「顔までは見れなかった。でもそいつが着てたのはうちの制服だったし、会話は聞き取れたから『私以外の一年B組全員の魂を』と言ってたのは聞こえた。」
「何だよ、それ……」
絶対うちのクラスの誰かじゃんかよ。
さっきまで教室で泣いてたり噂話をしてた誰かの中に犯人が居るってこと、か。なかなか怖いな。

「じゃあ、急に学校に来始めたのも、私達を助けてくれるために……?」
しみずが尋ねると、弓槻はまた首を横に振った。
「助けるなんてそんな大それたことは出来ない。でも死ぬ前に犯人を突き止めたいと思った。たった一人の願いが叶うためだけに何十人もの命が犠牲になるなんてバカみたいじゃない。私はそんな下らない理由で死にたくない。誰かのために命を落とすなんて屈辱、絶対嫌」
弓槻は忌々しそうに顔を歪ませて片方の唇を噛んだ。

「私があのやり取りを目撃したことはすぐに向こうのやつらにバレるだろうから、私ももうじき消されると思うけどね。」
弓槻は自虐的に笑った。
「どうしてそんなに詳しいの……?」
「……一年前、私の姉も誰かに売られたからよ。」
弓槻はそう言うと、私達の横をすり抜けて行ってしまった。私としみずは止めることも出来ずに立ち尽くしたままでいた。

……ああ、これは本当に現実なのか。
隣でぶるぶる震えているしみずを見る限りはどうやら現実のようだ。
「どうしたらいいのかな……」
「どうしようもないよ。弓槻に、任せるしか……」
私達はきっと何も出来ない。でも弓槻ならもしかしたらほんとに助けてくれるかもしれない。そんな気がした。

9:ちゅ:2020/12/11(金) 22:48


「三十人分の魂を売れば魔法の力を売ってくれる魔女が居るらしい……」
その都市伝説は、ググれば簡単に見付かった。関連する記事がいくつもヒットした。
正直調べるのも怖かったけど、少しぐらい検索したところで消されることはないよね。
「あれ?」
一番上に表示されていた有名なネット掲示板のスレッドを開いてみたけど、『このページは存在しません』という文字だけが表示された。
「え、え、え?」
他のサイトやスレッドも開いてみたが、どれも存在していないようだ。
「何、こわ……」
急に背筋が冷たくなった。今は夜中の一時。自分の部屋でベッドの上に座って壁に背をつけていたけど、何だか怖いから頭から布団を被った。

どういうことなんだろう。これじゃこの都市伝説について何も分からない。これ以上深く追求するのは怖かったけど、何も知らないまま死を待つのはもっと怖い。
……そうだ。
Twitterを開く。そして検索欄に『三十人 魂 魔法の力』と打ち込み、検索する。
「……ビンゴ?」
ずらりと大量のツイートが表示された。

『三十人の魂を売れば魔法の力が手に入るって都市伝説知ってる人居ない?』

『三十人か四十人か忘れたけど魂を捧げれば魔法の力を貰えるらしいよ
俺が高校生の時に流行った都市伝説』

『魂売れば魔法の力くれるって都市伝説昔見たような気がするけど三十人って多くね?w
てか魂ってどうやって売るんだよな、作るならもっとまともな話作れよ』

そんなツイートが表示される中、私はふと一つのツイートに目が止まった。

『私のことをいじめてるクラスのやつらの魂を売ったら魔法の力が手に入るかな。三十人どころじゃない、私なら百人は差し出せる』

プロフィールを開くと、どうやら都内住みの女子高生みたいだ。しかも一年生、私と同い年。
過去のツイートを遡ってみると、この子はどうやら酷いいじめを受けているようだった。
「うわ……」
目を背けたくなるようないじめの数々の内容が事細かに書き込まれている。たまにある画像ツイには暴言で埋め尽くされたグルラのトーク画面のスクショや自傷行為の様子が添付されていた。

あれ。これって。
『縫ってもらった〜』と縫合された傷の写真の隅に、ぼんやりと制服のスカートらしきものが映っていた。
「うそ」
今まで何度も、いや毎日見掛けてきたスカートだ。
これは、昨日自殺した子と同じ制服だ。

スマホが手からずるりと滑り落ち、壁とベッドの隙間に落ちてしまった。
「あ、」
慌てて拾おうとベッドを少し動かして覗き込む、と。
画面には、『早く幸せになりたいな』と言う文と、真っ黒なカラコンの大きな瞳の自撮り画像。
ゾッとした。
カラコンのせいで本物の瞳が全く見えないせいだろうか。それともカラコンのサイズが大きすぎるせいだろう。それともこの子の顔色があまりにも青白過ぎるから?
「……違う」
この子が、あの自殺した子の魂を売ったんだ。

10:ちゅ:2020/12/12(土) 14:37


『こんばんは。
みなさん今日もお疲れ様です、今日はどんな一日でしたか?

今日も一日のことをまとめようと思います。



今日は上履きに履き替えようとしたら後ろから押されて下駄箱に顔をぶつけた。唇が少し切れて血が出た。
去り際に『邪魔』って言われた。

廊下で知らない子とすれ違ったら、顔を見てくすくす笑われた。一緒に居た子に『今のさぁ……』って言ってたけど、私のことを知ってたのかな。気のせいか、最近はずっとみんなが私のことを見てる気がする。

そう思ってたけど、原因が分かった。クラスの子達が私を盗撮して裏垢のストーリーに載っけてるみたいだ。たまたま田村さんのスマホの画面が見えちゃって、すごい睨まれて、舌打ちされた。

お昼も後ろから押されて、目の前にあった子の机に手をついちゃった。そしたらその子が『うわっ』って言いながら机をさって引いたの。私は床に倒れ込んだ。『きも、触んな』って言われて、他の子達にもくすくす笑われた。

この前クラスの子全員にLINEをブロックされた。なのに通知が止まない。
誰かが私のIDを流したんだ。知らない人からどんどん追加されてる。アカウント作り直そうかな。

寝たら明日になっちゃう。明日になったらまた学校に行かなきゃいけない。
転校したいなぁ。転校したところでまたいじめられるのかな。


もうやだ。
早く死にたいなぁ。』

11:ちゅ:2020/12/12(土) 17:31


「うっわ、ひど……」
彼女が毎日綴っていたブログは、どれも悲惨なものだった。私と同い年の子が、毎日学校でこんな目に合ってるなんて。もし私が同じ目に合ってたとしたら、魔女に魂を売りたくなる気持ちも分かってしまう。
「そりゃこれだけ酷いことしてれば魂売られたって自業自得じゃない?」
ふとそう思ってしまった。

きっと電車に飛び込んで死んだあの子も、この子のことを死ぬほどいじめてたんだ。
でも、私は?
私やしみずやクラスのみんなは、何も悪いことなんてしてないじゃない。
弓槻も言ってたけど、他人の願いを叶えるためだけに死ななきゃいけないなんて絶対やだ。
ネットニュースを見ても、飛び込み自殺したあの子や沙里と珠夏のニュースは特に出てこない。
「…………」
この間まで普通の生活を送ってたのに、どうしてこんなことに巻き込まれなくちゃいけないの?
「まぢ無理……」
私はスマホ放り投げて抱き枕に顔を埋めた。

明日から、どんな顔をしてみんなに会えばいいんだろう。
きっとうちのクラスが魔女に売られたことを知ってるのは、弓槻と私としみずだけだ。あ、売った本人も知ってるだろうけど。
他のみんなは、何も知らないまま死ぬのか。大切な人に別れも言えずに、いきなり、死ぬんだ。
「はぁ……」
みんな一気に死ぬのかな。それとも毎日一人ずつ死ぬのかな。
「…………」
体を動かす気にもなれなかった。私はそのまま眠りに就いた。

12:ちゅ:2020/12/13(日) 10:14


沙里と珠夏が死んでから三日後。
休校が終わり、またいつもの日常が始まった。
電車もいつも通り動いた。
いつも通りの、朝だった。

学校に入ると、ちょうどクラスメイトがローファーを脱いでいるところだった。この子は確か、綾瀬さん。
「あ、おはよ」
特に親しいわけでもないし入学式後に少し話した程度の仲だったけど、無言で通り過ぎるのも気まずいような気がして、何となく挨拶をした。
「…………」
が、綾瀬さんは泣き腫らしたような真っ赤な虚ろな目で私の胸元を見ただけで、何も言わずに階段を上がっていってしまった。
……そうか。あの子は沙里や珠夏と仲が良かったんだ。
無視されたことに対する怒りの感情は全く浮かんでこなかった。代わりに、大切な人を失ってしまう恐ろしさを知らしめられた気がした。

教室に入ると、先に来ていたしみずが駆け寄ってきた。
「おはよう、りんね」
「おはよ。休みの間、大丈夫だった?」
しみずは頷いて、心配そうに机に突っ伏している綾瀬さんに視線を向けた。
「無理して学校来たのかな。」
必死に声を押し殺しているようだけど、思いっきり漏れている。さっき会った時目が真っ赤だったのは、やっぱり休みの間もずっと泣いてたってことか。
「大事な友達が死んじゃうなんて、耐えれないに決まってるよね」
しみずがぎゅっと私の手を握ってきた。
「……そうだね」
私も握り返した。

授業が始まっても教室はお通夜状態だった。どの教師もどこか憔悴しているように見えた。
暗い雰囲気のままお昼休みになり、私としみずはいつものように対面してご飯を食べていた。
教室では誰も言葉を発していない。私達も何となくその空気に合わせて、無言で咀嚼する。

ちらりと弓槻の方を見ると、立ち上がって教室から出ていくところだった。
「っあ、」
思わずつられて立ち上がってしまった。静まり返った教室に椅子と床が擦れる大きな音が鳴り響いた。みんなの視線が私に集まっているが、そんなことは気にならなかった。私は弓槻を追い掛けて教室から飛び出した。

13:ちゅ:2020/12/13(日) 10:15


弓槻は黒髪を靡かせながら廊下を走っていた。
そのまま階段を下っていく。私が一階に着くと、A棟とB棟を繋ぐ通路のドアを開けて出ていこうとしているところだった。
「……!?」
私も続いてドアを開けるが、弓槻の姿は見当たらない。
何で、今確かに……。

「やっぱり着いてきたのね。」
背後から声がして、驚いて振り返る。ちょうど日陰になっていて見えなかったが、腕を組んで柱に寄り掛かる弓槻が居た。伏し目勝ちの目でじろりと私を見ている。
「やっぱりって何だよ、私が着いてくるって分かっててわざとここに来たのかよ?」
何となく見透かされているような気がしてムッとした。
肩で息を整えながら弓槻をじっと見詰める。
「そうよ。」
弓槻も私を見詰め返してきた。
透き通るような瞳だ。
「……聞きたいことがあるんでしょ。」
「……うん」
悔しかったけど、私は頷いた。
私は周りを見渡して近くに人が居ないことを確認した。
「この前、お姉さんが一年前売られたって言ってたでしょ。その時、お姉さんと周りの人は一緒に……亡くなったの?」
ざあっと風が吹き抜ける。弓槻の黒髪が靡いて表情を隠した。遠くの方で誰かの談笑する声が聞こえてくる。

「姉は、教室ごと消し飛んだ」
弓槻はそう言うと、こちらに向かって歩いてきた。日陰から日向に移るとその肌は眩しいほど真っ白に見える。そこに浮かび上がる二つの瞳は、赤く燃え上がっていた。
「家庭科の授業中、爆発事故が起こった。当日欠席していた一人を覗いて、全員が死んだ。」
「それって……」
「その残った一人は、次の日海外に引っ越していった。学校に聞いても、個人情報だからって名前すら教えてもらえなかった。」
そう言う弓槻の声は震えていた。
「姉の場合はそうだったけど、みんないっぺんに死ぬとは限らないみたいよ。現にこの前飛び込み自殺した女生徒の周りでは一人ずつ死んでいったみたいだから。うちのクラスはどっちになるのかしら」
そう言う弓槻の声はもう震えていなかった。
弓槻はくるりとUターンした。
「こんなことを聞いてどうするつもりだったの?あなたも協力してくれるのかしら」
振り向きざまに弓槻はじろりと私を見上げた。伏せられたまつ毛のせいで黒目がほとんど見えない。
「どうせ何も出来ないなら、こんなこと聞いたって意味ないでしょ。」
またあの虫けらでも見るような目で睨み上げられた。ムカついたけど何も言い返せなかった。だってそうだ、私には何も出来ない。

「正直、私はあなたが犯人かもしれないって思ってる。」
「は!?」
いきなり飛び出してきた弓槻の言葉に私は思わず声を上げた。
「何でだよ、この前私の疑いは晴れたって言ってたじゃん。あれってそういうことじゃなかったのかよ?」
「あの時はそう思ってた。けど次の日の放課後、全員の机を調べたけど、誰の机にも何もおかしな物は入ってなかった。」
「おかしな物、ってそもそも何だよ……」
「魔法の力を手に入れた者は、黒い水晶玉を持っているってどこかで聞いたから。でも持ち運んでいなかったみたいね」
弓槻はそう言うと、ドアを開けて後者の中に入ろうとした。
「でもあなたじゃないって何となく分かったわ。」
そう言って、ドアから手を離した。ゆっくりと閉まろうとするドアを慌てて掴む。
「何でだよ?」
弓槻はふっと笑って、
「だって、初めて私の姉の話を真剣に聞いてくれた人だから。」
弓槻は階段の影に姿を消した。


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