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1:ちゅ:2020/12/10(木) 18:55


十数年前の掲示板で、ひと夏だけ流行った都市伝説があった。

三十人分の魂を売れば、魔法の力を売ってくれる人(?)が居るらしい。



1-Bは、クラスの誰かに売られた。

2:ちゅ:2020/12/10(木) 19:01


『〜……♪』
爆音で流れる大好きなバンドの曲で目が覚める。
そのまま画面を開いて、大量のインスタとLINEの通知をスワイプする。Twitterを開いて、推しの自撮りツイにいいねとリツイート。
これが私の一日の始まりだ。

私の名前は首藤(すどう)りんね。女子校に通う高校一年生。
周りには男勝りって言われるけど、オシャレすることは誰よりも好きだし、自分では結構女の子らしいところもあるって思ってる。

根元が伸びてきたアッシュのショートヘアを無造作に掻き上げて階段を降りる。寝癖が酷いんで毎朝セットするのに三十分かかる。面倒だしそろそろ伸ばそうかなぁ。
「おはよー」
リビングで食パンを齧りながらスマホを弄る妹に無視されながら洗面所に入る。
眠気と浮腫で開かない目を擦りながら鏡を見ると、
「……?」
何か、今日は顔の調子が良い気がするぞ?
私ってこんなに目でかかったっけ?こんなにまつ毛ばっちりだったっけ?あ、この前買った韓国のまつ毛美容液の効果かな。最近お風呂入る時マッサージしてるし。
「今日は顔のコンディション良いな〜っと」
適当にツイートして、私は学校の支度を始めた。


電車を乗り継いで学校に着くと、友達のしみずを見付けた。
「しみず!」
名前を呼ぶとしみずは気が付いて振り返った。
「りんね!おはよー」
大きなたれ目を更に垂れさせて笑うしみず。私達は肩を並べて歩き出した。
するとしみずはじろじろと私の顔を覗き込み始めた。
「何だよ?顔になんかついてる?」
私が尋ねると、しみずはんーんと首を横に振った。
「りんね、メイク変えた?」
「え、やっぱ思う?今日は何か顔のコンディション良いんだよね〜」
自慢げにスマホの画面で自分の顔を見ていると、誰かに肩をぶつけられた。
「痛った……」
ぶつかってきたそいつを見ると、肩の下で綺麗に揃えられたさらさらの黒髪が目に入った。しみずがふと呟く。
「同じクラスの……」
「ちょっと、ぶつかってきた癖にごめんも無しなの?」
振り返りもせずにそのまま歩いていくそいつの肩を掴むと、そいつは不機嫌そうな顔で私の顔を見上げた。伏し目勝ちの切れ長の瞳に、朝日に照らされて白っぽく見える豊富なまつ毛。向こうが透けて見えそうなほど透明な陶器のような肌。
「……道の真ん中で自分の顔眺めてる方が悪いと思うけど」
そいつはそう言って私の手を払った。そして私の目をじっと見上げた後、歩いて行ってしまった。
「何あいつ」
「同じクラスの弓槻さんじゃない?ほら、出席番号一番最後の……」
しみずはそう言うけど、あんな奴クラスに居たっけ?そう言えばあの黒髪には見覚えあるような気がするけど、いつどこで見たかはよく思い出せない。
「弓槻さんが来るなんて珍しいね……」
しみずは不思議そうな顔をしながら弓槻さんとやらの後ろ姿を眺めている。
「あ、そろそろ行かないと遅れるよ」
スマホの画面を見るともう一時間目が始まりそうだった。私達は慌てて校舎に駆け込んだ。

一時間目は英語だった。一番嫌いな科目だ、最悪。
当たりませんように、当たりませんように、と心の中で唱えていると、運悪く先生と目が合ってしまった。
「答えたそうにしてるね、首藤?」
嫌味ったらしい笑顔で私を見る教師。私が英語苦手なの知っててわざと当ててんな?
「分かりませーん」
答えたところで合ってる訳ないし恥かくだけだから私は適当にそう言った。
「ちょっとは真面目に考えなさいよ?」
教師は呆れながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
「じゃあ、……弓槻。分かる?」
私の代わりに答えることになった可哀想なクラスメイトは、どうやら今朝ぶつかってきた嫌味女らしい。
私はちらりと弓槻を見る。
文句一つ言わずに立ち上がって、
「私たちは十年の間友達です。」
どうやら和訳らしき文を答えて、涼しい顔で座った。
「すごい、完璧。首藤もちょっとは見習いなさい?」
うるさいなぁ、余計なお世話だよ。
周りがくすくす笑う中、一瞬だけ弓槻と目が合う。慌てて前を向くけど、弓槻はまるで虫けらでも見るような目で私を見ていた。
やっぱ嫌な奴だな、あいつ。

3:ちゅ:2020/12/10(木) 19:01


昼休み。各々がお弁当を広げている中、弓槻はぽつんと一人で座っていた。昼ご飯を食べる素振りも見せず、文庫本サイズの本を読んでいた。
今まで気にも止めてなかったけど、あいつぼっちなんだなぁ。
「今日はオムライスだよぅ」
目の前で嬉しそうにお弁当箱を開けるしみずを見ながら、私もカバンからコンビニで買ってきたランチパックを取りだした。
「しみずってほんとに料理上手いよなぁ」
感心してそう言うと、しみずは照れ臭そうにはにかんだ。
「そんなことないよぅ?ただ好きだからやってるだけで」
「それがすごいんだってば」
私は毎朝料理する気なんて起きないよ。だから買って済ませちゃうし。
「りんねん家は、色々大変だからね……」
「何しんみりしてんだよ、いただきまぁす」
それ以上ウチの話題は出さないでよね。私はランチパックを頬張った。

そう言えば、としみずが私の背後を覗き込む素振りをした。
「何で急に来れたんだろうね、弓槻さん」
どうやら隅で本を読んでる弓槻を気にしているようだ。
「え?弓槻ってずっと学校休んでたの?」
「うん。入学式から数日は来てたけど、急に来なくなっちゃったじゃん。」
へー、どうりで見覚えなかったわけだ。確かに入学式の時にあの後ろ姿を見たような気がする。顔まではよく覚えてないけど。
「ほぼ来てないクラスメイトのことなんてよく覚えてるな」
「だって弓槻さん綺麗じゃん。入学式の時はびっくりしたなぁ、あんな綺麗な人が居るんだって思ったもん」
目を輝かせながら弓槻を見るしみず。
「来れるようになって良かったよね!」
しみずは嬉しそうに笑った。
「お人好しだよな、しみずは」
「え〜?何それ、褒めてんの?」
少しからかうとしみずはぷりぷり怒り出した。
……でも、確かに。弓槻は何だか目を引く何かを持ってる気がする。悔しいけど顔も整ってるし、あの黒髪は本当に視線を引きつける。
「…………」
椅子の背凭れを脇に挟んで弓槻を見ていると、バチンと目が合ってしまう。
「何よ」とでも言いたげな弓槻がまた見下すように睨み返してきた。
やっぱ嫌なやつだな。

4:ちゅ:2020/12/10(木) 23:15


放課後。
部活を終えた私は、教室に忘れ物をしていたことに気付いて慌てて戻ってきた。
やば、最終下校時刻とっくに過ぎてる!
幸い教室のドアは閉められてなかったが、真っ暗で何も見えない。
電気を付けると、人影が見えた。
「誰か居るー?」
急に明るくなって驚いたのか、その人物ははっと顔を上げた。
「……あ、」
「あ」
私の机の中に手を入れている弓槻(ゆづき)と目が合った。

「ちょ、何してんだよ?」
つかつかと歩いていき弓槻の腕を掴む。私の机から引っ張り出した弓槻の手には私が探していた定期が握られていた。
「お前、まさか盗むつもりだったのかよ?」
怒りで弓槻の腕を掴む手に力が入る。
「なんなんだよ?もしかして今朝のことずっと恨んでんの?ぶつかってきたのはそっちじゃんかよ」
あんなの根に持ってここまでするか?有り得ない、嫌なやつどころじゃない、サイテーだ。
「違うわよ。離して。」
「言い訳かよ?」
「痛いから。」
「あ、ごめ……」
思わず手を離してしまう。弓槻は顔を歪ませながら赤くなった手首をさすった。

「盗むつもりじゃなかったけど、勝手に漁って悪かったわ。でもお陰様であなたの疑いは晴れたから。帰って」
「は、はぁ?何だよ疑いって?もしかしてこうして他のみんなの机も漁ってたの?何か失くしたならまず誰かを疑うんじゃなくてさぁ――」
ばっと長い黒髪を振り払って顔を上げた弓槻が、キッと私を睨んだ。
「何も知らないなら口出ししないで!自分の身も守れないあなたなんかに――」
そこまで言うと、弓槻は持っていた私の定期を私の胸に投げ付けた。
「私はこのままただその日を待つなんて出来ないから。」
そんな訳の分からない言葉を吐き捨てて、教室から飛び出してしまった。
教室に取り残された私は、落ちた定期を拾っても、しばらくその場から動けなかった。
何も知らない?自分の身も守れない?
何言ってんのかさっぱりだったけど、何故かそれがとても重大な何かを意味しているように思えた。
けどいくら考えても分からない。弓槻が言ったことは何を示してるんだろう。

5:ちゅ:2020/12/10(木) 23:18


『〜……♪』
今日も大好きなバンドの大好きな曲で目が覚めた。
が、今日は最悪の目覚めだ。
クラスメイト達と、必死に何かから逃げる夢を見たんだ。

いつも通り授業が終わって帰ろうとした時、いきなり教室が赤く点滅し出して、サイレンが鳴った。教師も居ないから私達は教室を飛び出して必死に逃げた。何かに追い掛けられているような感覚だった。階段を下りるたびにどんどんクラスメイトが減っていって、一階に着く頃には、私ともう一人しか残っていなかった。
そのもう一人が誰なのかを確認するところで目が覚めた。

何なんだよ、もう!
表しようのない不快感に、わざと大きな音を立てながら階段を下りた。
「うるさい!」
リビングで朝食を食べていた妹に怒鳴られたけど、私は気分も悪かったし昨日の仕返しだと思いわざと無視した。
「…………ぶっす」
洗面所に入って鏡に映った私の顔は、昨日とは相反して物凄いブスだった。
大量の泡で洗い流しても、クマは落ちなかった。
コンシーラーを塗りたくり、それ以上のメイクはする気になれずに洗面所を後にした。

電車の中で推しのツイートにいいねとリツイートする。バンドの曲を聞いていると、ガタンと車体が大きく揺れた。
と思ったら、キキーという音と共に急停止した。
『えー、お客様にお知らせします、ただいまこの電車におきまして人身事故が発生しました。……』
そんなアナウンスが流れた。

ざわざわと騒然とする車内。
こんな平日の朝っぱらから人身事故かぁ。学校遅れるかもなぁ。
なんて呑気なことを考えながら、何気なくTwitterを開く。
「……え?」
タイムラインの一番上に表示されたのは、この人身事故の動画だった。
しかも、どうやらこれはただの事故じゃないらしい。女子高生が、自ら飛び込んだらしい。その一部始終が、物凄い勢いで拡散されていたのだ。

動画はタップしなくても勝手に再生される。どうやら反対側のホームから撮っているようだ。
「間もなく二番線に各駅停車……」とアナウンスが流れた後、普通にホームに並んでいたポニーテールの女の子が急に駆け出し、人目もはばからず線路に飛び込んだ。私も毎朝見掛けている制服だった。
ホームに並んでいた人達がぎょっとしてこちらを見たと同時に、電車で画面が埋め尽くされた。
そこで動画は終わった。

「…………」
再び最初から再生される前に私はTwitterを閉じた。
吐き気がする。今、この私の足元に、ぐちゃぐちゃになった女の子が居ると思うと。もしかしたら、その子とは昨日すれ違っていたかもしれないと思うと。
最悪。こんな動画見なければよかった。

…………待って。
私ははっとして再びTwitterを開いた。
そしてさっきの動画をもう一度再生する。
並んでいる人達。
電車が到着することを知らせるアナウンス。
そして、駆け出してホームに飛び込む女の子。
…………え?
この子、アナウンスが入る直前まで、普通に並んでた。飛び込む素振りなんて見せてなかった。
これを撮影してるのは、誰?
どうして、この子が飛び込むって分かったんだろう……。
この動画が添付されたツイートには、「友達から送られてきた!」と書いてある。主のプロフィールを見ると、高校名が書いてあり、プロフィール画像は飛び込んだ女の子と同じ制服を着た二人組のプリ。
……あの子と、同じ学校の人ってこと?

私は思わずカーディガンで覆われた手で口元を抑えた。心臓がバクバクと踊り狂う。
何か知ってはいけないことを知ってしまった気がして、吐きそうになった。
最悪だ。今日は人生最悪の日だ。

何故か私の頭には、昨日の弓槻の言葉がチラついていた。

「私はこのままただその日を待つなんて出来ないから。」

「その日」って何だろう。
「その日」になったら、何が起きるんだろう。
嫌な予感が、する。

6:ちゅ:2020/12/10(木) 23:41


結局、電車が動き始めた頃には正午を回っていた。
私は学校に行く気になれなかったけど、家に帰る気にはもっとなれなかったので、仕方なく学校に行った。

「りんね〜!」
教室に入るや否や、しみずが抱き着いてきた。
「大丈夫?りんねが使ってる電車で飛び込み自殺あったって聞いてびっくりしたよぅ」
「あー、」
お願いだから傷を抉らないでほしい。私は抱き返す気にもなれずにされるがままだった。
「えー、まじ?りんねあの電車乗ってたってこと?」
「やば!だから遅れたんじゃね?」
近くに座っていた沙里(さり)と珠夏(しゅか)がニヤニヤ笑いながらそう言った。

「やばいんでしょ、あの飛び込んだ子。魔女に売られたんだって」
「えー、まじ?あの都市伝説まだ死んでなかったんだ」
沙里と珠夏の会話に、私に抱き着いたままのしみずが首を傾げる。
「え、何?魔女って?」
二人は目を真ん丸にして顔を見合わせてから、またにやにや笑い出した。
「しみず知らないの?昔掲示板から流行った都市伝説だよ!」
「何十人かの魂を差し出せば、魔法の力を与えてくれる『魔女』の都市伝説だよ!」
「ええ、何それ〜」
しみずは「怖いよぅ」と言って私の影に隠れた。
「あの飛び込んだ子のクラス、やばかったんでしょ。どんどんクラスメイトが死んでいってたんだって。なのに学校は死に始めてから数日しか休校にしなかったらしーよ。あんまニュースにもなってないし。絶対闇あるよね。」
「それ絶対そのクラスの誰かがクラスメイト売ったじゃん!
魔女は警察とか大統領とか、国の偉い人達とも繋がってるって噂だし。怖くない?うちのクラスも誰かに売られちゃったりして〜!」
きゃはははと甲高い笑い声が教室中に響いた。
「は、はは……」
普通に怖いって。笑えないって。私としみずは乾いた笑い声を出すしか出来ず、そそくさと沙里達から離れた。

「何あれ、本当なら怖くない?」
私が言うと、しみずはうんうんと何度も頷いた。
「でも、ただの都市伝説だよね?今朝のもただの偶然だよね?」
本当に怖がってるみたいだ。確かこの前ホラー映画が流行った時も、一緒に見に行ったらすごい怖がってたし。なんなら泣いてたし。
「偶然だし嘘に決まってるって。もし本当なら大ニュースでしょ、もっと大々的に報道されてるって」
そう言って宥めたけど、私だって怖い。

今もまだ拡散され続けているあの動画の不可解な点と沙里達の会話が、とても無関係だとは思えなかった。
「あくまで都市伝説だし!あんまマジにならないでよ?」
珠夏が怖がるしみずに気付いてそう叫んだ。
「もー、怖がらすなって!」
私がそう返すと、沙里と珠夏は謝りながらも笑っていた。
暗い雰囲気になっていた教室がいつも通り明るくなった。

そんな私達を、弓槻がずっと凝視していたことに、私は気付かなかった。


その夜、沙里と珠夏が死んだ。
それを知らされたのは、翌日のホームルームだった。

7:ちゅ:2020/12/11(金) 17:40


沙里と珠夏が死んだ。
昨日まで普通に元気だった二人が。
昨日授業が終わって教室から出ていく時はあんなに笑ってたのに。
信じられないけど、説明する担任の額にはいくつもの汗の粒が浮かび上がっているから、どうやら真実のようだ。

「夜中に二人で川に飛び込んだんだって……」
「二人がいっせーのって叫ぶ声を聞いた人が居たみたいで……」
「そういえばあの二人薬やってるって噂あったしね……」

訃報を知らされてすぐに臨時休校になったけど、クラスメイト達はみんな教室に留まっている。
二人と割かし仲が良かった子は机に突っ伏して声を漏らしながら泣いていた。が、過半数の子は死んだ二人の噂話や憶測で盛り上がっている。
あー、誰も帰ってないけど帰ろっかな。ここに居てもあんま気分良くないし。
「しみず、帰ろ?」
立ち上がってしみずの席に歩いていくと、しみずはこくりと無言で頷いた。

しばらく廊下を歩いていると、私達に続いて誰かが教室から出てきた。
振り返ると、弓槻だった。
つかつかと私たちに向かって歩いてくる。
「な、何だよ」
ずいっと弓槻の顔が近付いてくる。
「あなた達、昨日から何か変わったことはない?」
いきなりそんなことを言い出した。
「何だよこんな時に」
弓槻は表情ひとつ変えないが、どこか焦っているように見えた。
「帰った後も気を付けて。あなた達はあの二人から直接あの話を聞いてしまったから、もしかしたら……」
「何言ってんだよ!脅してんならやめろよ!今あんな作り話にかまってる余裕ないのは分かるだろ!」
思わず叫んでしまった。しみずがびくりと肩を弾ませた。弓槻は表情を変えずに私をじっと見ている。
「あなた、まだ作り話だと思ってるの?」
「……え?」
心臓がどくんと大きく脈打った。

「あれは真実よ。あの二人は、あの都市伝説に殺された。」

8:ちゅ:2020/12/11(金) 17:45


「……は?」
どくん、どくんとゆっくりとした心臓の音が頭の中で鳴り響く。
殺された、って何?二人は薬の幻覚症状で自分達から川に飛び込んだんでしょ……?

「あなた、昨日は事故があった電車に乗ってたらしいじゃない。偶然だと思う?身近でもう三人死んだのよ。そして、三人ともニュースになってない。」
弓槻の声がまるで耳から直接流し込められたような感覚になった。
頭が痛い。目の前がクラクラする。
「昨日も言ったけど、自分の身も守れないからあの子達は死んだの。あなただってもうすぐ死ぬかもしれないのよ――」
「やめてよ!」
弓槻の言葉を遮ってそう叫んだのは、私ではなくしみずだった。
「やめてよ弓槻さん。りんねが死ぬなんて冗談でも言わないで!」
目に涙を浮かべながら肩で息をしている。こんなに怒ったしみずを見るのは初めてかもしれない。
「冗談じゃないわ。だって私はこの目で見たんですもの。」
「見たって、何を……?」
上半分はまつ毛で覆われた瞳が私達を捉えて離さなかった。
「このクラスは、クラスの誰かに魔女に売られた。」
弓槻の口から出てきた言葉と、昨日沙里達が言っていた言葉が重なった。

『何十人かの魂を差し出せば、魔法の力を与えてくれる『魔女』の都市伝説だよ!』
『うちのクラスも誰かに売られちゃったりして〜!』

「……本当に、うちのクラスが誰かに売られたってことかよ?じゃあ……」
これからもどんどんクラスメイト達が死んでいくかもしれないってこと?私も、しみずも、弓槻も、だ。
「弓槻さん、見たってことは誰が売ったのか知ってるってこと?」
しみずが尋ねると、弓槻は目を伏せて首を横に振った。
「顔までは見れなかった。でもそいつが着てたのはうちの制服だったし、会話は聞き取れたから『私以外の一年B組全員の魂を』と言ってたのは聞こえた。」
「何だよ、それ……」
絶対うちのクラスの誰かじゃんかよ。
さっきまで教室で泣いてたり噂話をしてた誰かの中に犯人が居るってこと、か。なかなか怖いな。

「じゃあ、急に学校に来始めたのも、私達を助けてくれるために……?」
しみずが尋ねると、弓槻はまた首を横に振った。
「助けるなんてそんな大それたことは出来ない。でも死ぬ前に犯人を突き止めたいと思った。たった一人の願いが叶うためだけに何十人もの命が犠牲になるなんてバカみたいじゃない。私はそんな下らない理由で死にたくない。誰かのために命を落とすなんて屈辱、絶対嫌」
弓槻は忌々しそうに顔を歪ませて片方の唇を噛んだ。

「私があのやり取りを目撃したことはすぐに向こうのやつらにバレるだろうから、私ももうじき消されると思うけどね。」
弓槻は自虐的に笑った。
「どうしてそんなに詳しいの……?」
「……一年前、私の姉も誰かに売られたからよ。」
弓槻はそう言うと、私達の横をすり抜けて行ってしまった。私としみずは止めることも出来ずに立ち尽くしたままでいた。

……ああ、これは本当に現実なのか。
隣でぶるぶる震えているしみずを見る限りはどうやら現実のようだ。
「どうしたらいいのかな……」
「どうしようもないよ。弓槻に、任せるしか……」
私達はきっと何も出来ない。でも弓槻ならもしかしたらほんとに助けてくれるかもしれない。そんな気がした。

9:ちゅ:2020/12/11(金) 22:48


「三十人分の魂を売れば魔法の力を売ってくれる魔女が居るらしい……」
その都市伝説は、ググれば簡単に見付かった。関連する記事がいくつもヒットした。
正直調べるのも怖かったけど、少しぐらい検索したところで消されることはないよね。
「あれ?」
一番上に表示されていた有名なネット掲示板のスレッドを開いてみたけど、『このページは存在しません』という文字だけが表示された。
「え、え、え?」
他のサイトやスレッドも開いてみたが、どれも存在していないようだ。
「何、こわ……」
急に背筋が冷たくなった。今は夜中の一時。自分の部屋でベッドの上に座って壁に背をつけていたけど、何だか怖いから頭から布団を被った。

どういうことなんだろう。これじゃこの都市伝説について何も分からない。これ以上深く追求するのは怖かったけど、何も知らないまま死を待つのはもっと怖い。
……そうだ。
Twitterを開く。そして検索欄に『三十人 魂 魔法の力』と打ち込み、検索する。
「……ビンゴ?」
ずらりと大量のツイートが表示された。

『三十人の魂を売れば魔法の力が手に入るって都市伝説知ってる人居ない?』

『三十人か四十人か忘れたけど魂を捧げれば魔法の力を貰えるらしいよ
俺が高校生の時に流行った都市伝説』

『魂売れば魔法の力くれるって都市伝説昔見たような気がするけど三十人って多くね?w
てか魂ってどうやって売るんだよな、作るならもっとまともな話作れよ』

そんなツイートが表示される中、私はふと一つのツイートに目が止まった。

『私のことをいじめてるクラスのやつらの魂を売ったら魔法の力が手に入るかな。三十人どころじゃない、私なら百人は差し出せる』

プロフィールを開くと、どうやら都内住みの女子高生みたいだ。しかも一年生、私と同い年。
過去のツイートを遡ってみると、この子はどうやら酷いいじめを受けているようだった。
「うわ……」
目を背けたくなるようないじめの数々の内容が事細かに書き込まれている。たまにある画像ツイには暴言で埋め尽くされたグルラのトーク画面のスクショや自傷行為の様子が添付されていた。

あれ。これって。
『縫ってもらった〜』と縫合された傷の写真の隅に、ぼんやりと制服のスカートらしきものが映っていた。
「うそ」
今まで何度も、いや毎日見掛けてきたスカートだ。
これは、昨日自殺した子と同じ制服だ。

スマホが手からずるりと滑り落ち、壁とベッドの隙間に落ちてしまった。
「あ、」
慌てて拾おうとベッドを少し動かして覗き込む、と。
画面には、『早く幸せになりたいな』と言う文と、真っ黒なカラコンの大きな瞳の自撮り画像。
ゾッとした。
カラコンのせいで本物の瞳が全く見えないせいだろうか。それともカラコンのサイズが大きすぎるせいだろう。それともこの子の顔色があまりにも青白過ぎるから?
「……違う」
この子が、あの自殺した子の魂を売ったんだ。

10:ちゅ:2020/12/12(土) 14:37


『こんばんは。
みなさん今日もお疲れ様です、今日はどんな一日でしたか?

今日も一日のことをまとめようと思います。



今日は上履きに履き替えようとしたら後ろから押されて下駄箱に顔をぶつけた。唇が少し切れて血が出た。
去り際に『邪魔』って言われた。

廊下で知らない子とすれ違ったら、顔を見てくすくす笑われた。一緒に居た子に『今のさぁ……』って言ってたけど、私のことを知ってたのかな。気のせいか、最近はずっとみんなが私のことを見てる気がする。

そう思ってたけど、原因が分かった。クラスの子達が私を盗撮して裏垢のストーリーに載っけてるみたいだ。たまたま田村さんのスマホの画面が見えちゃって、すごい睨まれて、舌打ちされた。

お昼も後ろから押されて、目の前にあった子の机に手をついちゃった。そしたらその子が『うわっ』って言いながら机をさって引いたの。私は床に倒れ込んだ。『きも、触んな』って言われて、他の子達にもくすくす笑われた。

この前クラスの子全員にLINEをブロックされた。なのに通知が止まない。
誰かが私のIDを流したんだ。知らない人からどんどん追加されてる。アカウント作り直そうかな。

寝たら明日になっちゃう。明日になったらまた学校に行かなきゃいけない。
転校したいなぁ。転校したところでまたいじめられるのかな。


もうやだ。
早く死にたいなぁ。』

11:ちゅ:2020/12/12(土) 17:31


「うっわ、ひど……」
彼女が毎日綴っていたブログは、どれも悲惨なものだった。私と同い年の子が、毎日学校でこんな目に合ってるなんて。もし私が同じ目に合ってたとしたら、魔女に魂を売りたくなる気持ちも分かってしまう。
「そりゃこれだけ酷いことしてれば魂売られたって自業自得じゃない?」
ふとそう思ってしまった。

きっと電車に飛び込んで死んだあの子も、この子のことを死ぬほどいじめてたんだ。
でも、私は?
私やしみずやクラスのみんなは、何も悪いことなんてしてないじゃない。
弓槻も言ってたけど、他人の願いを叶えるためだけに死ななきゃいけないなんて絶対やだ。
ネットニュースを見ても、飛び込み自殺したあの子や沙里と珠夏のニュースは特に出てこない。
「…………」
この間まで普通の生活を送ってたのに、どうしてこんなことに巻き込まれなくちゃいけないの?
「まぢ無理……」
私はスマホ放り投げて抱き枕に顔を埋めた。

明日から、どんな顔をしてみんなに会えばいいんだろう。
きっとうちのクラスが魔女に売られたことを知ってるのは、弓槻と私としみずだけだ。あ、売った本人も知ってるだろうけど。
他のみんなは、何も知らないまま死ぬのか。大切な人に別れも言えずに、いきなり、死ぬんだ。
「はぁ……」
みんな一気に死ぬのかな。それとも毎日一人ずつ死ぬのかな。
「…………」
体を動かす気にもなれなかった。私はそのまま眠りに就いた。

12:ちゅ:2020/12/13(日) 10:14


沙里と珠夏が死んでから三日後。
休校が終わり、またいつもの日常が始まった。
電車もいつも通り動いた。
いつも通りの、朝だった。

学校に入ると、ちょうどクラスメイトがローファーを脱いでいるところだった。この子は確か、綾瀬さん。
「あ、おはよ」
特に親しいわけでもないし入学式後に少し話した程度の仲だったけど、無言で通り過ぎるのも気まずいような気がして、何となく挨拶をした。
「…………」
が、綾瀬さんは泣き腫らしたような真っ赤な虚ろな目で私の胸元を見ただけで、何も言わずに階段を上がっていってしまった。
……そうか。あの子は沙里や珠夏と仲が良かったんだ。
無視されたことに対する怒りの感情は全く浮かんでこなかった。代わりに、大切な人を失ってしまう恐ろしさを知らしめられた気がした。

教室に入ると、先に来ていたしみずが駆け寄ってきた。
「おはよう、りんね」
「おはよ。休みの間、大丈夫だった?」
しみずは頷いて、心配そうに机に突っ伏している綾瀬さんに視線を向けた。
「無理して学校来たのかな。」
必死に声を押し殺しているようだけど、思いっきり漏れている。さっき会った時目が真っ赤だったのは、やっぱり休みの間もずっと泣いてたってことか。
「大事な友達が死んじゃうなんて、耐えれないに決まってるよね」
しみずがぎゅっと私の手を握ってきた。
「……そうだね」
私も握り返した。

授業が始まっても教室はお通夜状態だった。どの教師もどこか憔悴しているように見えた。
暗い雰囲気のままお昼休みになり、私としみずはいつものように対面してご飯を食べていた。
教室では誰も言葉を発していない。私達も何となくその空気に合わせて、無言で咀嚼する。

ちらりと弓槻の方を見ると、立ち上がって教室から出ていくところだった。
「っあ、」
思わずつられて立ち上がってしまった。静まり返った教室に椅子と床が擦れる大きな音が鳴り響いた。みんなの視線が私に集まっているが、そんなことは気にならなかった。私は弓槻を追い掛けて教室から飛び出した。

13:ちゅ:2020/12/13(日) 10:15


弓槻は黒髪を靡かせながら廊下を走っていた。
そのまま階段を下っていく。私が一階に着くと、A棟とB棟を繋ぐ通路のドアを開けて出ていこうとしているところだった。
「……!?」
私も続いてドアを開けるが、弓槻の姿は見当たらない。
何で、今確かに……。

「やっぱり着いてきたのね。」
背後から声がして、驚いて振り返る。ちょうど日陰になっていて見えなかったが、腕を組んで柱に寄り掛かる弓槻が居た。伏し目勝ちの目でじろりと私を見ている。
「やっぱりって何だよ、私が着いてくるって分かっててわざとここに来たのかよ?」
何となく見透かされているような気がしてムッとした。
肩で息を整えながら弓槻をじっと見詰める。
「そうよ。」
弓槻も私を見詰め返してきた。
透き通るような瞳だ。
「……聞きたいことがあるんでしょ。」
「……うん」
悔しかったけど、私は頷いた。
私は周りを見渡して近くに人が居ないことを確認した。
「この前、お姉さんが一年前売られたって言ってたでしょ。その時、お姉さんと周りの人は一緒に……亡くなったの?」
ざあっと風が吹き抜ける。弓槻の黒髪が靡いて表情を隠した。遠くの方で誰かの談笑する声が聞こえてくる。

「姉は、教室ごと消し飛んだ」
弓槻はそう言うと、こちらに向かって歩いてきた。日陰から日向に移るとその肌は眩しいほど真っ白に見える。そこに浮かび上がる二つの瞳は、赤く燃え上がっていた。
「家庭科の授業中、爆発事故が起こった。当日欠席していた一人を覗いて、全員が死んだ。」
「それって……」
「その残った一人は、次の日海外に引っ越していった。学校に聞いても、個人情報だからって名前すら教えてもらえなかった。」
そう言う弓槻の声は震えていた。
「姉の場合はそうだったけど、みんないっぺんに死ぬとは限らないみたいよ。現にこの前飛び込み自殺した女生徒の周りでは一人ずつ死んでいったみたいだから。うちのクラスはどっちになるのかしら」
そう言う弓槻の声はもう震えていなかった。
弓槻はくるりとUターンした。
「こんなことを聞いてどうするつもりだったの?あなたも協力してくれるのかしら」
振り向きざまに弓槻はじろりと私を見上げた。伏せられたまつ毛のせいで黒目がほとんど見えない。
「どうせ何も出来ないなら、こんなこと聞いたって意味ないでしょ。」
またあの虫けらでも見るような目で睨み上げられた。ムカついたけど何も言い返せなかった。だってそうだ、私には何も出来ない。

「正直、私はあなたが犯人かもしれないって思ってる。」
「は!?」
いきなり飛び出してきた弓槻の言葉に私は思わず声を上げた。
「何でだよ、この前私の疑いは晴れたって言ってたじゃん。あれってそういうことじゃなかったのかよ?」
「あの時はそう思ってた。けど次の日の放課後、全員の机を調べたけど、誰の机にも何もおかしな物は入ってなかった。」
「おかしな物、ってそもそも何だよ……」
「魔法の力を手に入れた者は、黒い水晶玉を持っているってどこかで聞いたから。でも持ち運んでいなかったみたいね」
弓槻はそう言うと、ドアを開けて後者の中に入ろうとした。
「でもあなたじゃないって何となく分かったわ。」
そう言って、ドアから手を離した。ゆっくりと閉まろうとするドアを慌てて掴む。
「何でだよ?」
弓槻はふっと笑って、
「だって、初めて私の姉の話を真剣に聞いてくれた人だから。」
弓槻は階段の影に姿を消した。

14:ちゅ:2020/12/13(日) 12:27


その日からしばらくは、平和な日々が続いた。
少しずつクラスの雰囲気も元に戻ってきている。みんな会話を交わすようになったし、笑うようにもなった。

「綾瀬さん、もう来なくなってから一週間経つね。」
誰かがそう言った。ああ、綾瀬さんが来なくなってからもうそんなに経つのか。
日常が戻りつつあったけど、もう元には戻らないこともあるみたいだ。

「あのぉ、ちょっといいですか?」
ぼーっと宙を眺めていると、誰かにとんとんと肩を叩かれた。
驚いて見上げると、そこには珍しい人が立っていた。
「あ、ああ、えっと……」
「あ、ごめんね、私の名前知らないよね。
湯川です。湯川結(ゆかわむすび)。」
「ああ、湯川さん……」
びっくりした。湯川さんとはこの高校に入学してから一度も言葉を交わしたことがなかったから。今聞くまで名前すら知らなかった。
急にどうしたんだろう。
「むすびでいいよ?」
湯川さんはにこっと笑った。
「じゃあむすびで……」
断る理由もなかったので名前で呼ぶことにした。

むすびは大人しい印象だった。
栗色の髪をゆるく三つ編みにしていて、縁が太い真ん丸の眼鏡を掛けている。いつも教室の隅で二、三人で固まってゲームか何かの話をしているから、正直暗い子なのかと思ってた。
「りんねちゃんとずっと話してみたかったんだぁ」
でもそう言ってにっこりと笑う。むしろ明るい子なのかもしれない。

「え、ええと?」
満足げににこにこしたまま突っ立っているむすびにおずおずと尋ねる。
「話し掛けてくれたってことは、何か用事でもあるの?」
するとむすびは「あ」と声を上げて、またにこにこし出した。
「ごめんね、ただ話してみたいなぁって思ってたから話し掛けただけなの」
「そ、そか」
何か掴みどころがない子だな。
「良かったらこれからも仲良くして?」
「あ、うん、それはもちろん」
「えへへ〜?」
むすびはにこにこしながら制服のポケットからスマホを取り出す。
「LINE交換しよぉ?」
「そう言えば同じクラスなのに交換してなかったね、」
私もLINEを開いてQRコードを表示する。
むすびがそれを読み込んで、私達はスマホを閉じた。
「じゃあ、またね〜」
むすびは嬉しそうにスマホを抱えながら、いつものグループの中に戻っていった。
ここ最近は殺伐とした気持ちだったから、少しだけ和んだ気がした。
何か不思議な子だけど、悪い子ではなさそうだな。

15:ちゅ:2020/12/14(月) 17:52


「りんねちゃんって英語苦手なの〜?」
「りんねちゃんって髪の毛短いよねぇ」
「私もりんねちゃんみたいに足細くなりたいなぁ!」

それから、むすびと私は仲良くなって、よく一緒に居るようになった。
……いや、これは仲良くなったと言えるのか。ほぼ一方的に付き纏われてる感じなんですけど。
むすびは何かと私に話し掛けてくるようになった。夜中は毎日LINE送ってくるし、一緒に居ない時も気のせいかずーっと視線を感じる。

「はぁー」
私はむすびがトイレに行ったのを確認して、大きな溜め息を吐いた。
何だろう、ほんとに悪い子ではないんだけど、疲れるってゆーか……。
「りんね、大丈夫?」
心配そうな顔をしたしみずが近付いてきた。そう言えば最近はずっとむすびと一緒に居るから、お昼以外はほぼしみずと話していなかった。
「湯川さん、最近明るくなったよね。りんねとよく話すようになってからかな」
「そー?確かに前までは存在も知らないくらい大人しかったけど……」
「最近りんね達すごい仲良いもんね。」
「見てて分かるでしょー?ほぼ一方的に絡まれてるだけってゆーか……」
「りんねちゃんひど〜い!」
いつの間にか教室の前に立っていたむすびがぷぅと口を尖らせて駆け寄ってきた。そして私に抱き着く。
「ちょっと最近塩じゃない〜?」
「あー、あはは」
最近は疲れ過ぎて嫌な顔を取り繕う気力もなくなってしまった。でもいくら冷たくあしらっても、むすびは傷付いた顔一つせずにずっと絡んでくる。
しみずはそんなむすびに遠慮してるのかお昼休み以外は話し掛けてこなくなったし。今だってむすびが来た途端そそくさと自分の席に戻ってしまった。

その時、ガラッと半開きだった扉が開かれて、誰かがひょっこりと顔を覗かせた。
「湯川さーん?さっきこれ落としてたよ?」
そう言って教室に入ってきたのは、別のクラスの子だった。
「えー?ありがと〜!」
その子がむすびに手渡したのは、
「ッ!?」
私と弓槻が同時に立ち上がる。
「待って、むすび、それ」
ものすごい勢いで弓槻が近付いてきて、むすびが受け取る寸前でそれを奪い取った。
「ちょっと、何するの〜」
身長が低いむすびが飛び跳ねて必死に奪い返そうとするけど、それを弓槻は軽やかに躱していく。
「あなた、これ、どこで手に入れたの?」
弓槻が握っているそれは、確かに真っ黒な水晶玉のように見えた。

16:ちゅ:2020/12/14(月) 18:53


むすびは驚いて弓槻の顔を見た。
……何かバレちゃまずい理由でもあるのだろうか。
「どこで、って、それ聞いてどうするつもりなんですか」
むすびは小さな声で早口でそう言った。いつもの語尾を伸ばす特徴的な喋り方じゃなくなっている。
「あなたが答えた内容によっては、私はあなたを――」
「教えないもんん!」
「あっ!」
むすびが無理矢理弓槻から黒い水晶玉をひったくった。そして大事そうにそれを抱えて教室から飛び出した。すぐに弓槻も無言でそれに続いた。
「待っ……」
私も追い掛けようとしたけど、誰かに腕を掴まれた。振り返ると、不安そうな顔をしたしみずがぶんぶんと首を横に振っていた。
「何でだよ、むすび……」
……まさか、うちのクラスを売ったのは、本当にむすびなの?

17:ちゅ:2020/12/14(月) 18:56


次の授業が始まっても、お昼休みになっても、午後の授業が終わっても、むすびと弓槻は戻ってこなかった。
心配だったけどずっと待っていても仕方ないので帰る支度をしていると、ふと肩を叩かれた気がした。触れるか触れていないか分からない程度の力加減だったから気のせいかと思ったけど、次に「あのぉ」と小さな声で話し掛けられたから、どうやら気のせいではないみたいだ。

「ええと、岡田さんと倉野さん?だよね」
少しぽっちゃりした細長い形の眼鏡を掛けた岡田さんと、細くてちょっと赤いニキビの多い倉野さん。前までむすびと一緒に居た子達だ。
「え、名前、覚えててくれたんだ」
二人は嬉しそうに目を輝かせた。
二人のことはたまにむすびから聞いていたから話したことはないけど名前は覚えている。
「で、何か?」
二人は「あっ」と小さな声を上げて、「ええと」と顔を見合わせてから話し出した。
「休み時間、弓槻さんとむすびちゃんが揉めてたでしょ。むすびちゃん、多分朝から並んでやっと買ったグッズだから無闇に触られたくなかったんだと思う……」
「数量限定品だったし、取られると思ったんじゃないかな。てか弓槻さんもツイスタ好きだったんだね……」
「え?ちょっと待って。グッズ?ついすた?何それ」
私が尋ねると、二人は目を見開いた。
「ツイスタ知らないの?今流行ってるバトルゲームだよ」
「むすびちゃんが持ってたのはツイスタに出てくる魔法の玉のグッズで――」
いきなり立ち上がった私を見て二人はびくりと肩を震わせた。
「ごめん、ありがと!」
私はそれだけ言って、机の上に置いてあった鞄を掴んで教室から飛び出した。

二人が言ったことが本当なら、むすびは何も悪くない……!
すぐに弓槻に知らせないと手遅れになるかもしれない。いや、二人が出ていってからもう既にかなり時間が経ってるけど……。
取り敢えず私はどこに居るのかも分からない二人を探しに走った。

18:ちゅ:2020/12/15(火) 00:05


教室を飛び出したは良いものの、二人がどこに居るかなんて見当もつかない。それにまだ学校の中に居るとも限らないし。
「あ、そうだ」
むすびに電話掛ければいいんじゃん!

何度か呼出音が繰り返されて、ブツリと言う音の後にむすびの声が聞こえた。
『もしもし〜?』
「あ、むすび!今どこ?」
普段と変わらないむすびの声にほっとした。
『一階の通路だよ〜』
「そっち行っていい?」
『うん!』
「じゃあ行くね」
私は通話を切って、階段を駆け下りた。

一階に着くと、A棟とB棟を繋ぐ通路に人影が見えた。
「!むすび」
栗色の柔らかな三つ編みの後ろ姿。他に誰かの姿は見当たらない。弓槻ももう居ないみたいだ。
私は通路のドアを押し開けた。

「むすび!」
私の声に反応して、笑顔のむすびが振り返った。
「りんねちゃん!」
むすびが抱き着いてきたので私も何となく抱き返した。良かった、何もされてないみたいだ。
「むすび、大丈夫だった?ずっとここに居たの?あの後弓槻に何化されなかった?」
私が尋ねると、むすびはふにゃふにゃと笑いながら私の顔を見上げた。
「何もないよ〜?」
「え、でも弓槻だったら……」
弓槻だったら、犯人かもしれない証拠を持っていた人に何も言わないわけないんじゃ?そう思ったけど、いつも通りにこにこしているむすびを見る限り本当に何もなかったみたいだ。

「あの後弓槻とどうなったの?」
「さぁ〜?弓槻さんすぐ帰っちゃったよ?」
「あの黒い水晶玉は?大事な物だったんでしょ」
「あ、もしかして岡田ちゃん達から聞いたんだ?」
むすびの顔からふっと笑顔が消えた。私は見間違いかと思って二度見したけど、表情は消えたまま。
こんな顔をしたむすびを私は初めて見た。
「ダメだよ、あの子達と喋っちゃ」
そう言うと、目の前にずいっとむすびの顔が現れた。
咄嗟にそれを避けた。そして、思わずそのまま後ずさる。
だって、今のは明らかに、唇が触れそうになったから。
むすびはそのままとんとんと二歩ほど進み、振り返って私を見た。そしてまたにこっと笑った。
「あれなら返してもらったよっ。三時間並んでやっと買えた推しのアイテムだもん」
むすびはそう言って、校門の方へ歩いていく。
「またね、りんねちゃん。」
きっと今のむすびじゃなければ、「一緒に帰ろ〜」と言われてたに違いない。
何だろう、今のむすび、まるでむすびじゃないみたいだ。

「…………」
近付いてくるむすびの顔が脳内で再生される。
目を細めて、にんまりと笑った口元。いつもの粘土みたいに柔らかい笑顔とは全然違った。

そして、何故だか私は分かってしまった。
むすびは、私に嘘を吐いていた。

19:ちゅ:2020/12/15(火) 19:42


家に帰って、久しぶりにあのブログを開いた。
あ、更新されてる。
ここ最近はパタリと更新されないようになってしまっていた。まるで急にいじめがなくなってしまったようだった。
最新のブログに目を走らせる。


『こんばんは。お久しぶりです、元気にしてましたか?

私は最近、久しぶりに嬉しいことがありました。

いや、最近はずっと楽しいです。死にたいなんて言っていた頃が嘘みたいって思うくらい幸せです。

何でかって言うと。

私はいじめっ子達に立ち向かいました。

そしたら、いじめはなくなりました。

みんな私に謝ってくれて、私に優しくしてくれるようになりました。

でも、やっぱり学校では友達が出来ませんでした。
でも大丈夫です。違う高校の友達が出来ました!

その子にこのことを話すと、『一人で立ち向かえるなんてすごいね』って言ってくれました。

でも、本当は私一人だけの力じゃなかったんです。協力してくれたその人のことを話すと、友達はとても興味を持ってくれました。

明日、その子を協力してくれた人に会わせようと思います。

それが終わったら、一緒にショッピングしたり、カラオケ行ったり、プリ撮ったりしたいなぁ。

今からでも遅くないよね。
今までやりたかったこと、全部やるんだ。

私のブログを見てくれていた皆さんも幸せになれますように。
私が魔法をかけときますね。

それでは。』


読み終えて、私は言い表せない不快感を覚えた。
この子はところどころ濁してるけど、事情を知ってる人には分かってしまう書き方だ。
いじめがなくなったのは、いじめっ子が消えたからだ。
協力してくれた人っていうのは、きっと魔女のこと。
『魔法をかけときますね』は、……いじめっ子の魂を売って手に入れた魔法の力でも使うつもりだろうか。

しかもこの子は関係ない友達まで巻き込もうとしている。魔女に会わせるなんて簡単に出来るの?そもそも会っても大丈夫なの?たくさんの命を奪ってるような人なのに。
更新日を見ると、どうやら今日投稿されたようだ。
と言うことは、この子が友達と魔女に会いに行く日は、明日ってこと。
もしこの子を見付けて、後をつけることが出来たとしたら――?

不可能じゃない。だってこの子の制服は毎朝見掛ける。学校名だって知ってる。場所を調べればすぐにでも行けるはずだ。
ごくりと唾を飲み込む。
手がひんやりとして汗が滲んできた。
「これ以上クラスのみんなが死ぬのを止めるには、やるしか……ない」
ブログが表示されたままのスマホをぎゅっと握り締めた。

20:ちゅ:2020/12/16(水) 17:30


翌日。
大好きなバンドの曲で目が覚めて、顔を洗って、制服に着替える。メイクをして、髪をアイロンで整えて、ワックスとスプレーでセットする。
いつも通りの朝だ。

「ねぇ、りん姉」
いつも通り家を出ていこうとすると、リビングでテレビを見ていた妹が話し掛けてきた。
妹から話し掛けてくるなんていつ以来だろう。それどころか最後にちゃんと言葉を交わしたのもいつか覚えていない。
「なに?」
妹が振り返る。あ、久しぶりに顔見たな。何か大人っぽくなった気がする。
そんなことを思っていると、妹が立ち上がってテレビを消した。
「駅まで一緒に行こ。」
「あ、うん。」
ずっと口も聞こうとしなかった妹が、どうして急に?
心臓がどきどきと高鳴る。

家から出ると、しばらく私達は微妙な距離感を保ちながら無言で歩いた。
うう、気まずい。何を話せば良いんだろう。
「…………」
ちらりと妹を見る。
こうして一緒に家を出るのは、お父さんが家を出てってからだ。

妹はあれからずっと私を避けているように思えた。もちろんお母さんのことはもっと避けてる。お母さんが朝帰ってくる時間はずっと部屋に居て、お母さんが寝ると朝の支度を始める。まぁ、私もそうだけど。
お父さんと離婚してから何の仕事をしてるのかも分からないし。
そうだ、家族と話すのなんていつぶりだろう。最近はずっと家に居てもひとりぼっちだった。
「ちょっと、何泣いてんのよ」
不審そうに私を見る妹。いつの間にか涙がこぼれていた。
「いや、ごめん、何か感動した」
「はぁ?バカじゃないの」
「相変わらず生意気だな。」
私が言うと、何故か妹は吹き出した。そして声を上げて笑った。久しぶりに見た妹の笑顔は、生意気だったけど昔と変わらなかった。
あ、やば。また泣きそう。
私はこっそり妹に背を向けた。

駅に着くと、改札で妹と別れる。
「……気を付けてね」
別れ際に、小さな声でそう言われた。
まるで妹に、今日しようとしていることがバレているみたいだ。
「……うん。あんたもね」
私達は、それぞれ階段を降りた。

心臓が高鳴る。階段を下りる足も震えている。
『間もなく二番線に各駅停車……』
アナウンスが流れる。電車が来て、停止する。
やば、今日は妹に合わせて家出たから……。これ逃したら遅刻確定なんだけど!
慌てて残りの段を駆け下りて、電車に飛び込んだ。

「はぁ……」
良かった、遅刻は免れたみたいだ。安堵の息を漏らすと、目の前に居た人に鞄がぶつかってしまった。
「あ、すみませ……」
慌てて顔を上げると、大学生くらいの女の人だった。ホワイトブロンドのボブがふわりと揺れる。
「こちらこそすみません。」
その人はにこりと笑ってそう言ってくれた。私は軽く会釈した。

21:ちゅ:2020/12/16(水) 20:31


学校に着くと、見慣れた顔が校門の前に立っていた。煉瓦の塀に背をつけて、まるで誰かを探しているみたいに、通り過ぎる生徒達の顔を確認している。
「あ。」
目が合う。もしかして、探しているのは私?
「待ってた。」
弓槻が、こちらに歩み寄ってきた。

どうして弓槻が私を待っていたのか、何となく予想はついていた。
「むすびと、あの後どうなったの?」
下駄箱で上履きに履き替えながら訊いた。目を伏せた横顔に艶やかな黒髪が垂れている。不覚にも見蕩れてしまったけど、弓槻にじろりと見上げられて慌てて目を逸らした。
「あなた、湯川さんと仲良いの?」
じ、と見詰められて、私は一瞬迷ったけどこくりと頷いた。
「じゃあ傷付くかもしれないから言わない。」
さらりとそう言って、さらりと黒髪を翻して階段に向かっていく弓槻。
「待てよ。言う気ないなら何で待ってたのかよ」
階段まで走っていって尋ねると、弓槻は、
「あなたは湯川さんを友達と思ってないように見えたから。でも違った、だから言わなかった。」
そう言って、階段を昇っていく。
「何だよ、じゃあ私が頷いてなかったら話してたってことかよ……」
そう呟いた私を細長い目で見下ろして、弓槻は無言で二階に姿を消した。
「優しさのつもりかよ。」
あくまでも一人で解決しようとしているらしい。真実を知っている私に頼ろうともしない弓槻に、少しだけ腹が立った。

「ねえ」
休み時間。私が席の前に立つと、弓槻はいつもの表情で、……目だけ見開いて、私を見上げた。
「ちょっと来て。」
無理矢理弓槻の手を掴んで立ち上がらせた。バカみたいに細い手首だ。放課後机を漁っていたのを止めた時は気付かなかったけど、力を入れれば簡単に折れてしまいそうだ。
「りんね」
しみずが心配そうな顔で私を見ていたけど、私はわざと無視した。
ごめん、しみず。しみずだって真実を知ってるけど、そこまで深く知ってるわけじゃない。だから巻き込むわけにはいかない。
私は弓槻の手を引いて早足で教室を出た。

突き当たりの階段の踊り場で、私は立ち止まった。弓槻の手を離すと、弓槻は息を弾ませながら目を細めて私を見た。
「急に何?」
周りに誰も居ないことを確認する。
「魔女に、会えるかもしれない」
私がそう言った途端、弓槻がばっと私の肩を掴んで、
「どうして?」
と私を見上げた。さっきみたく表情はいつもみたいな無表情なのに、目だけ見開いていて少し怖い。
「これ、見て。」
私は弓槻にスマホを渡して、あのブログを読ませた。ツイートも見せて、この子が飛び込み自殺をした子の魂を売ったかもしれないこと、今日この子を見付けて後をつければ魔女に辿り着けるかもしれないことを話した。話し終わると、心做しか弓槻の目が輝いているように見えた。
「すごい、よく見付けたわね」
「いや〜、やっぱ私天才?」
「……でも」
スっと弓槻の瞳から光が消えた。
「魔女に会って、どうするつもりだったの?」
「え……」
弓槻は半ば投げ付けるようにスマホを私に押し付けた。これは癖なんだろうか。
「後をつけて、魔女に会ったら、私達は消されるだけよ。それにもし仮に魔女が話がつく人だったとして、消されなかったとしても、もう売った本人に魔法の力を与えてたら、どっちにしろ魂を売ったことは取り消せない。消されるだけ。」
「じゃあもうどうしようもないんじゃん……」
「魔女に会ったってあんなに大きな力を持った相手に敵うわけないもの。犯人を特定するのを優先した方が早いわ。」
「でも、魔女に会えば何か手掛かりが分かるかもしれない!」
「重要なのは魔女じゃないわ。……そうね」
弓槻は私が握っているスマホをじろりと見た。
「その女子高生に近付きましょ。」

22:ちゅ:2020/12/18(金) 20:58


授業が終わってすぐに私と弓槻は学校を抜け出した。向かう先は決まっている。ブログの子の高校だ。
「私立城雲高校だから、ここから三駅で乗り換えて……」
弓槻とスマホで調べながら校門を出る。
ふと後ろに気配を感じたけど、私は気にしないで城雲高校への道を調べた。

普段乗らない電車に乗るのはとても新鮮だ。地上に出ると暖かな太陽の光が差し込んでくる。もう五時近いけど、夏だからまだ明るい。少しだけ眩しい。
人は疎らで、椅子もがらりと空いていたけど、私達は何となく一つのドアの両側に立っている。
ガタン、ゴトン、と、車体が微かに揺れる。

「弓槻」
名前を呼ぶと、弓槻は窓から私へ視線を移す。
「ブログの女子高生に近付く、って、どうやって近付くんだよ」
尋ねると、弓槻ははぁっと短く溜め息を吐き、
「あなたが話し掛けるのよ」
「はぁ?私頼みかよ、弓槻がやればいいじゃん、言い出しっぺでしょ?」
すると弓槻は、
「……友達のなり方が分からない」
俯いてそう言った。
「あー……」
否定して慰めようとしたけど、言葉が思い付かなかった。

『××〜、××〜』
城雲高校の最寄り駅に着いた。
電車から降りて改札を出て、右へ曲がる。ここからずっと真っ直ぐ進んでいけば、私立城雲高校があるはずだ。
「あ、あの子がツイートしてる。
『五時にこっちまで来てくれるらしいから、もうすぐだよね。楽しみだなぁ。』
だって。間に合うかな」
私達は自然を足を早めた。

城雲高校の校舎が見えてくる。私達は次々と校舎から出てくる城雲高生の並に逆らいながら、目立たないように校門付近に向かう。
するとふと校門の向こう側に立っていた女生徒と目が合った。
「…………」
その子は不思議そうな顔で私達をじっと見詰めた。 けど、すぐに視線は足元に戻った。
「あの子かしら」
弓槻がそう囁いてきたけど、画像ツイに映る子とはまるで別人だ。画面に映ったこの子はタピオカみたいな真っ黒で大きな瞳で二重だけど、あの子は三白眼で一重だ。肌の色も、病的な白さと健康的な小麦色でまるで違う。
弓槻に見せると、「違うみたいね」と納得した。
「でも誰かを待ってそうな子って言ったらあの子くらいだよね。もしかしたら待ち合わせ場所は駅なのかな――」
「あれぇ?りんねちゃん?」
背筋が一気に凍り付いた。心臓が一瞬大きく脈打って一瞬泊まった。
ぎぎぎ、と機械的に首を動かして声のした方を振り返る。そこに立っていた人物が、カバンを胴の後ろに持って前かがみになって笑っていた。
「む、むすび……」
にっこりと笑うむすびが、そこに立っていた。

23:ちゅ:2020/12/19(土) 17:36


むすびがにっこりと笑って、ゆっくりと私達に近付いてくる。
「なんで……?」
昨日の出来事もあって、私は少し警戒した。
「弓槻さんまで。どうしてこんなとこに居るのぉ?」
むすびは人差し指を頬に添えて小首を傾げる。
「むすびこそどうして?方向逆でしょ……」
「私はね?おーい、水純ちゃん!」
たたた、と校門の向こう側に立っていた女の子へ駆け寄っていくむすび。その子ははっと顔を上げて、嬉しそうにむすびに手を振った。
「むすびちゃん……!」
どういうこと???

「この子達は同じクラス弓槻さんと親友のりんねちゃん!こっちは城雲高の戸川水純(とがわみずみ)ちゃんだよ!」
「親友って」
満面の笑みを浮かべるむすびが、丁寧に私達を紹介してくれた。戸川さんは小さくお辞儀をしてくれたけど、顔を引き攣らせていて私と目を合わせようとしてくれない。
「まぁ、よろしく、ね?」
気まずい空気の中、私はそう言っておいた。
そして確信した。
この子が、飛び込み自殺をした子達の魂を売った張本人だ。

私達は何となく、むすびと私、戸川さんと弓槻で肩を並べて歩いた。
「ちょっと、何でそんなくっつくの」
むすびがぐいぐいと体を押し付けてくる。
「だってりんねちゃん大好きなんだもんん」
「いや、普通戸川さんと弓槻二人っきりにしないっしょ……」
私たちの後ろを歩いている戸川さんと弓槻はさっきから一言も言葉を発していない。それがすごく気まずい。むすびは戸川さんと友達なんだから二人でくっついてほしい。
「でもびっくりだなぁ。まさか水純ちゃんの学校にりんねちゃん達が来るなんて」
どき、と心拍数が跳ね上がる。
「ま、まぁ、ね?」
乾いた笑いを漏らす。
「せっかくだから四人で遊ぼうよぉ?」
「え!?」
いきなり戸川さんが叫んだものだから私は思わず前に転びそうになった。
「なぁに?嫌なの?」
むすびがちらりと振り返って戸川さんを見る。
「でも、そしたらあの人に会えなくなっちゃうよ……?」
「いいのいいの!りんねちゃんとせっかく会えたんだから遊びたいもん」
「う、うん……。ならいいけど……」
戸川さんは納得出来ないようだ。俯いてしまった戸川さんを、弓槻がちらりと横目で見ていた。

やっぱり、戸川さんはあのブログの女子高生で、今日魔女に会わせようとしていた友達はむすびだ。
でもこんな偶然ある?と言うことは、むすびは魔女の秘密を知っているってことになる。そして、戸川さんが何十人もの命を犠牲にして魔法の力を手に入れたことも。うちのクラスが売られたのを知っているかは定かではないけど。
隣で鼻歌を歌いながらスキップするむすびを見る。
戸川さんとむすびをこのまま放っておくわけにはいかない。戸川さんはきっとむすびを巻き込もうとしている。
何としてでも、止めなきゃ。

24:ちゅ:2020/12/21(月) 19:00


私達は大通りに出た。するとむすびが大きなビルを指差す。
「ここ入ろぉ?」
「あ、カラオケ!」
ずっと無言だった戸川さんが嬉しそうにそう言った。
「……じゃあ、入るか」
ビルに入ろうとすると、弓槻にシャツの裾を引っ張られた。
「ちょっと。」
「りんねちゃん?」
むすびが振り返って私達を見る。
「ごめん、先入ってて。」
私がそう言うと、むすびは「先受け付け済ませとくね〜」と言って、戸川さんの腕を引っ張りながらビルに入っていった。

「なんだよ」
弓槻は私の胸ポケットを指差して、
「あの子のアカウント、開いてみて。」
そう言った。
言われるままにTwitterを開いて、戸川さんのアカウントを見る。
「!?」
すると、さっきまでなかったツイートが一番上に表示されていた。

『なんかいきなり友達の友達が来て一緒に遊ぶことになった。何で邪魔するんだろう。あの子達も消しちゃいたいなぁ』

「これって、私達のこと?」
スマホを持つ手がぶるぶると震える。
「いつの間にツイートしてたんだよ……」
「さっきあなた達が話してる時、あの子がスマホを弄ってて、少しだけ画面が見えたの。きっとその時ね」
「はぁ……マジかよ」
完っ璧に嫌われてんじゃん。怪しまれてる訳じゃないみたいだけど、どうやら私達を消そうとしてるみたいだ。
「魂売られる前にあの子に魔法で殺されるんじゃないの?」
はははと乾いた笑いが出る。
「これ以上近付くのは危険かもしれない。帰りましょ」
弓槻はそう言うや否や、私の返事も聞かずに大通りへ戻っていく。
「ちょ、待てよ、無言で帰るとか非常識だろ!」
私はどんどん遠ざかっていく弓槻を追い掛けながらスマホを取り出し、むすびに電話をかける。
「もしもしむすび?ごめん、弓槻が急用思い出したみたいだから私らは帰るわ」
『えー?何でりんねちゃんまで帰っちゃうのぉ?一緒に歌おうよぉ』
「いや、ちょっとそれは無理かな」
適当に言い訳すると、むすびがはぁっと溜め息を吐いた。
『……せっかくここまで来たのに戻っちゃうんだね。』
「……え?」
心臓が凍り付く。そんな私を弓槻が横目で見てくる。
『……まぁいいや。また今度遊ぼぉ?りんねちゃん』
むすびはそう言うと、私が何かを言う間も与えずに通話を切った。

25:ちゅ:2020/12/21(月) 19:01


「……まただ」
また、一瞬だけむすびがむすびじゃないみたいだった。何なんだろう、その時のむすびは、まるで全てを知っているみたいな感じだ。
……まさか、全部知ってるのかよ。
私は弓槻肩を掴んだ。
「ねぇ!仲良いとか友達だからとかどうでもいいから、昨日むすびと何があったのか教えて!」
弓槻がゆっくりと振り返る。そして私をじろりと見上げた後、ゆっくりと視線を外す。
「……話して何になるの?」
「またそれかよ。最初は話してくれるつもりだったんでしょ?だったら話してくれてもいいじゃん」
「でも」
まだ話そうとしない弓槻に流石にイラッときた。
「一人で解決なんて出来る訳ないでしょ!」
私がそう叫ぶと同時に、信号が青になる。
弓槻がばっと顔を上げると、あからさまに怒っていた。細く形の綺麗な眉毛は吊り上がり、元々細長い目は更に細くなり、桜色の唇を噛み締めている。こんなに感情的な弓槻の表情を見るのは、初めてだ。
「あなただったら出来ないでしょうね。」
「何だよそれ、どういう意味だよ!」
私は思わず弓槻の肩を掴んだままの手に力を入れる。
「……痛い」
弓槻はそっぽを向きながらそう言う。私は無言で手を離し、鞄からルーズリーフを取り出し、端の方をちぎる。
「何してるの」
無視してペンを走らせる。そしてそれを弓槻の手に無理矢理握らせた。
「これ、私の連絡先だから。」
「いらない」
弓槻はそれを私の胸に押し付ける。
「いいから持ってろよ!何でそんなに他人に頼ろうとしないんだよ!」
ムカつく。
「他人に頼って、失いたくないのよ」
弓槻は透明な瞳で私を見上げた。そしてそう言うと、すたすたと信号を渡っていってしまう。
追い掛けようとしたけど、信号は赤に変わってしまった。
通り過ぎる車達の隙間から見える弓槻の後ろ姿は、小さくなり、やがて見えなくなった。
「何をだ、よ」
最後の言葉がやけに気になったけど、あそこまで言うなら、弓槻が一人で解決すればいい。あんなに大口叩いたんだから、相当な自信があるはずだ。
「かーえろ」
……ムカつく。
私はポケットからイヤホンを取り出して、最大音量で好きなバンドの曲を流した。
夕焼けが、痛いほど赤い夕焼けが、私を見下ろしていた。

26:ちゅ:2020/12/21(月) 19:01


夜。

『今日は楽しかった〜♪』

戸川さんが、そうツイートしていた。
「ユーザー名、『みずめろ』、か……」
改めて画像ツイを見る。最近のメイクと加工技術はすごいな。
「はー、何かもう疲れたわぁ」
ごろんとベッドに寝そべる。まぁ、後は弓槻が一人で解決してくれるんだから、私はもう余計なこと考えなくていいかな。
最近はしみずともあんまり話せてなかったし、久しぶりに遊びに行きたいな。

ふと、手に握っていたスマホが振動した。
「?」
知らない番号だ、誰だろう。でもどうやら都内からかけられているみたいだ。
「……もしもし?」
何となく出てみると、嗄れた女の人の声だった。
『もしもし。』
「あ、はい。どなたですか?」
『すみません、弓槻の祖母ですけれども……』
「弓槻の?」
思わず聞き返してしまった。どうして弓槻のお婆ちゃんが私に電話を?
『そちらは?』
「あ、同じクラスの首藤です。どうかされたんですか?」
『それがねぇ、さっき孫が――』
目の前が真っ暗になった。

『孫が、交通事故に遭ったんですよ』


息が上手く吸えない。
「あ、の、それで、様態は?」
声も震えた。ちゃんと聞き取ってもらえだろうか。
『それがねぇ……』
弓槻のお婆ちゃんは言葉を詰まらせた。
つまり。そういうことだ。
「そんな、なんで」
『いきなりごめんね、でも弓槻の携帯に唯一入ってた番号だったから。あの子あんまり愛想良くないでしょ?それにずっと学校行ってなかったみたいだし、仲良い子は居ないのかと思ってたの。仲良くしてくれてありがとうね』
「そんな、こと……」
あの後、弓槻はちゃんと私が渡した番号を登録してくれてたんだ。……あいつ、今どきLINE使わないなんて遅れすぎだっつの。
『ごめんね、夜遅くに。』
「あ、いえ」
そこからの会話はよく覚えていない。気が付いたらツー、ツー、と言う音が耳元で鳴っていた。スマホを持つ手がだらりと力なく垂れ下がる。
「何でだよ、何で」
何で、さっき一緒に帰らなかったんだろう。もしあの時無理矢理にでも一緒に帰ってたら、弓槻は死ななくて済んだんだろうか。

弓槻なら、本当に犯人を突き止めてくれる、なんて本気で思ってた。
でもその弓槻は、もう居ない。
「……私が」
私が、絶対に、犯人を突き止めなきゃ。

静かな夜に、二筋の涙が零れた。

27:ちゅ:2020/12/24(木) 01:15


『もしもし〜?あ、りんねちゃん!』
「ごめんむすび、ちょっと今から出れる?そっちまで行くから」
『いいよ〜?』
「××区だよね?今から行くから」
私は自転車に股がった。
夏の夜の風はひんやりしている。一漕ぎするたびに頬を優しく撫でてくる。

待ち合わせ場所の公園に着くと、ブランコに乗っていたむすびが立ち上がって手を振ってきた。
「りんねちゃーん!」
私は自転車から降りて、ゆっくりと押しながら近付いていく。
「りんねちゃんから誘ってくれるなんて嬉しいなぁ。どうかしたの?」
「むすび」
私を見て、むすびの表情からすっと笑顔が消えた。
「え、と。どうか、したの?」
きょとんと首を傾げるむすび。
「昨日、弓槻と何があったの?」
「え〜、昨日も言ったじゃん、何もなかったって……」
たははと頬を掻きながら苦笑いするむすび。
「嘘吐かなくていいから。」
私が言うと、すっとむすびの表情から笑顔が消えた。
じっと私を見詰めてくる。眼鏡の分厚いレンズの奥の瞳が私を捕らえて離さない。
「弓槻さんから、何か聞いたの?」
「弓槻が死んだって」
しん、と、一瞬だけ全ての音がシャットアウトした。
再び車の音が鳴り出すと、むすびは歪に口角を上げる。
「何それ、嘘?」
「嘘じゃない。さっき交通事故に遭ったって」
「え、え、え。」
むすびは明らかに戸惑っていた。そりゃそうだ、クラスメイトが死んだんだ。でも私にはその反応すら偽りに見えてしまった。
「だから教えて、むすび。弓槻と何があったのか。
知ってること、全部教えてよ」
「そんな、私は何も知らないよぉ……」
「そういうのいいから。」
私が言うと、むすびは驚いたのか目を見開いて数秒間私を見詰めた後、視線を逸らして、くすっと吹き出した。
「なーんだ、りんねちゃんって何も知らないんじゃん。」
「……ほんとにむすびなの?」
「そんなにいつもと違うかな。寧ろこっちが本当の私だよ。いつもはぶりっ子してるだけだよぉ」
むすびはいつもみたいにふにゃふにゃと笑う。
「私の前ではもう取り繕わなくていいから。だから全部話して。私が何も知らないって、むすびは何を知ってるの?」
むすびは目をうるうるさせて私に抱き着いてきた。
「りんねちゃんは何も知らなくていいんだよぉ」
「は?何それ」
「りんねちゃんは、知って、どうするつもりなの?知ったところで死ぬのは確定なんだよぉ?助かるなんて絶対無理だもん。」
「むすび、やっぱりうちのクラスが売られたこと、知ってんだね」
「もちだよ。でも私だけは助かるから!でもりんねちゃんも助けてあげてもいいよ?ただ私以外の友達全員と絶交してくれたらだけどぉ」
むすびは笑顔で突き立てた親指で私の首のある空間をなぞる。けど私は無視した。
「助かる方法があるの?」
「あるよぉ?」
「じゃあクラスの他のみんなも助けてよ」
「やだ♡」
むすびは一点の曇りもない満面の笑みで、
「だってアイツら全員嫌いだもん♡」
そう言い放った。

28:ちゅ:2020/12/24(木) 01:15


「何でって顔してるね。りんねちゃんには分かんないでしょ、教室の隅で、なるべく目立たないように生きてる私達の気持ちなんて」
「そんなこと……」
むすびは笑顔を崩さないまま続けた。
「私だって好きであそこに居たわけじゃないんだよ?入学式の時、ちょっとゲームが好きって話したら仲間に取り入れようとしてくんだもん、あいつら。」
「岡田さんと倉野さんのこと?あんなに仲良さそうだったじゃん……」
「向こうは必死に仲良くなろうとしてきたけど、私は友達なんて思ったことないよ。最初から嫌いだったし。他のあいつらと一緒に居るだけで見下してきたクラスの子達もみんな嫌い。
りんねちゃんは、最初から嫌な顔しなかったから好き。最近は塩になっちゃったけど。」
むすびはブランコを漕ぎ始めた。
キィ、キィ、と鎖が軋む音がする。
「でも、弓槻さんがこんなに早く死んじゃうなんてびっくりだなぁ。執念凄かったもん」
「いつから気付いてたの?」
むすびはんー、と一つも星の見えない黒い空を見上げながら、
「りんねちゃんと星野さんに弓槻さんが話してたのをたまたま聞いた時、かな?」
はぁ、あれ聞かれてたのかよ。
「それから結構影で聞いてたんだよぉ?今日だって二人が学校出ていくの追い掛けてたもん。全然気付かなかったよねっ」
校門から出る時視線を感じたのはやっぱり気のせいじゃなかったんだ。てかそんな前から知られてたなんて。
「じゃあいきなり私に話し掛けてきたのも計算ってこと?」
「計算なんて酷いなぁ。ほんとにりんねちゃんとは友達になりたかっただけなんだけどなぁ」
むすびは悲しそうに笑いながら、キコキコとブランコを小刻みに漕いだ。
「……で、弓槻とは何があったの?」
逸らされた話を戻す。
「弓槻さんとはほんとに何もなかったよ。黒い水晶玉を持ってたから疑われて、ちゃんとツイスタの公式サイト見せたら納得してくれたし。」
「本当?むすび嘘吐いてないよね?」
「うん。」
むすびは即答した。どうやら本当に嘘は吐いてないみたいだ。

でもおかしい。ほんとにそれだけだったら、どうして弓槻は私に話すのをあんなに躊躇ったんだろうか。仲良いからって話さない理由が分からない。
「あのさ、むすび……」
「あ、もう十一時だ。そろそろ帰んないと怒られちゃう。続きは明日でもいいかな?」
突然思い出したようにスマホの画面を見るむすび。
今、はぐらかされた?
「あ、うん、まぁ、そうだね」
流石にいつ補導されてもおかしくないし。
「じゃあね、むすび」
「うん、また明日〜」
明日、か。また臨時休校になるのかな。それとも噂通り普通に、何もなかったかのようになって、普通の日常に戻るだけなのかな。
ニュースにもならないのかな。そしたら犯人はどうなるの?

分からないことだらけだ。むすびはどこまで知ってるんだろう。でも簡単には教えてくれなさそうだ。
「……帰ろ」
夜の風が、酷く冷たかった。

29:ちゅ:2020/12/25(金) 23:16


翌日。
「何?うるさ……」
スマホがひっきりなしに鳴っていた。私は目覚ましだと思って画面をスワイプしたけど、それは鳴り止まない。
「ほんと何?」
寝起きで目がぼんやりして画面がよく見えない。
「クラスグル……?」
何やらクラスグルが騒がしい。
トーク画面を開いてみる。

『ねえ!昨日クラスの子が事故ったらしい!

多分ずっと学校来てなかった子だよ。

え、出席番号最後の子?

ニュースで流れてたよね?やっぱ

やばくない?』

私は思わず飛び起きて、夢中でトークを遡る。
うそ。弓槻の事故がニュースになってるの?魔女に売られたせいで死んだんだったら、報道されないんじゃなかったの?
私は布団を跳ね除けて階段を駆け下りた。驚いた表情の妹が私を凝視している。気にせずにテレビをつける。

『昨日、東京都××区の交差点で、高校生が跳ねられました。跳ねられたのは都内に住む――』
がちゃん。私は持ってたリモコンを落とした。その衝撃で勝手にチャンネルが変わる。
でも一瞬だけ見えた。画面に映った「弓」の字が。
「弓槻……」
どういうことなんだろう。間違いなく弓槻は誰かに魂を売られたせいで死んだはずだ。なのに報道されるなんて。事故なんてそう珍しいことじゃないのに、弓槻の死は報道されて、あの女子高生の飛び込み自殺や沙里達のことな何も報じられなかった。絶対におかしい。
「可哀想だね。犯人飲酒運転だったらしいよ」
パンを齧りながらスマホを弄っていた妹がぽつりと呟いた。
「はん、にん……?あ」
そうか、犯人が居るから流石に隠蔽出来なかったのかな。だから今まで魔女の力のせいで死んだ子達はみんな自殺で死んだのだろうか。でもだとしたらどうやって自殺-するように仕向けてるんだろう。魔法の力、なんかが存在するんだから、それも可能ってことか。
じゃあ、弓槻は何で事故死なの?
「……」
昨日の夜、弓槻のお婆ちゃんの悲しそうな声を思い出す。
……弓槻のお婆ちゃんは、大丈夫だろうか。


学校に着くと、教室はいつも以上にざわついていた。
「またうちのクラス?」
「怖いよね……」
クラスメイト達はみんな弓槻の死を知ってるみたいだ。
でも、沙里達の時とは違い、誰も涙を流していなかった。

「りんねちゃん!」
ぱたぱたと音を立てながらむすびが近付いてきた。
「どういうこと?おかしいよね、どうして弓槻さんのことがニュースになってるの?」
むすびは小さな声でそう囁いてきた。
「……分からない。」
私は自分の席に座って頭を抱えた。
「昨日りんねちゃんに弓槻さんが事故で亡くなったって言われた時も、実はおかしいって思ってたの。だって魔女に魂を売られて死んだ子は、みんな他殺じゃなくて自殺になるはずなの。」
「何、それ」
「他殺だとどうしても犯人が出てきちゃうじゃない?だから都合良く隠蔽出来るように自殺させられるんだって。」
「じゃあ弓槻のは何だって言うんだよ……」
「もしかしたら、本当に偶然だったのかも。魔女が魂を抜き取る前に、不慮の事故で死んじゃったってことじゃ……」
「じゃあ弓槻が死んだのは、魔女のせいじゃないかもってこと?」
じゃあ、弓槻はまだ死ぬ必要なかったってこと?妹は飲酒運転のせいで事故が起きたって言ってたっけ。犯人が恨めしい。
「ふざけんなよ、まだ何も分かんないままなのに」
むすびがじっと私を見詰めてくる。鋭い視線に、私はちらりと見返す。
「むすびごめん、放課後付き合ってもらえる?」
するとむすびはぱっといつもみたいな明るい笑顔になり、
「いいよぉ」
嬉しそうに私の手を握ってきた。

30:ちゅ:2020/12/25(金) 23:16


放課後。むすびと私はファミレスに入った。
「弓槻さんって、何でこのクラスが魔女に売られたって知ったんだろうね。」
店員にドリンクバーを二つ注文した後、むすびが突然そう零した。
「弓槻は取り引きの現場を偶然見ちゃったらしいんだよね。」
私はおしぼりで手を拭きながら話した。
「え!?じゃあ弓槻さんは犯人知ってたってこと?」
「いや、制服と会話からうちのクラスって分かっただけで顔は見えなかったって。」
「えー、髪型とか声の特徴とかで分かんなかったのかな」
「ずっと学校来てなかったし分かんなかったんじゃない?」
「なーんだ、わざと隠してるんじゃないかって思ったのにな〜」
「弓槻が?」
むすびはにこにこ笑いながら立ち上がる。
「だってそこまで見えたのに顔だけ都合良く見えないなんてそんなことあるぅ?学校で再会したら流石に分かるんじゃない?まぁいいや、とりまジュース取りに行こっ」
「ああ、うん」
言われるまま私も立ち上がった。
……弓槻が、嘘を?
まさかね。

「……そう言えば、むすびは助かる方法を知ってたみたいだけど、何で?」
カラカラと氷を掻き混ぜながら尋ねる。きっとまたはぐらかされると思ったけど、案外すんなりと答えてくれた。
「えー?水純ちゃんの魔法で助けてもらおうかなーって!」
「水純って、昨日の子だよね」
「そ!あの子クラスの子達の魂売って魔法の力手に入れるらしいから、その力で助けてもらうつもりなんだぁ」
「え、まさかとは思うけど、その為に戸川さんに近付いたの?」
おずおずと尋ねると、むすびは純粋な笑顔で、
「もっちろん!」
そう言い切りやがった。
この子、私に話し掛けたのも本当は計算だったんじゃないの?
「どうやってあの子が魔法の力手に入れたって分かったんだよ……」
「ツイ廃なめないでよぉ。りんねちゃんだってTwitterから水純ちゃん知ったんでしょ?あの子鍵もかけないで検索避けもしないでベラベラ書き込み過ぎだよね」
「まぁ、確かに……」
ズズ、とメロンソーダを一口飲む。むすびってほんとにこういう性格なんだなぁ……。
「水純ちゃんのおかげでギャル二人が死んだ時にうちのクラスが売られたんじゃって疑えたし感謝はしてるけどぉ、あの子やっぱいじめられっ子だから暗いし苦手だなぁ……」
「あのさ」
私が遮ると、むすびはきょとんと不思議そうな顔をして首を傾げた。
「むすび、昨日は私達と弓槻の会話を聞いたのがきっかけで知ったって言ってたよね?」
「あ……」
指摘すると、むすびは虚ろな笑顔になった。
「どれがマジでどれが虚言か分かんないけど」
私が言うと、むすびは「あー……」と小さな声を漏らして、何故か泣きそうな顔になった。
「ごめん、昨日のが嘘……。まだりんねちゃんに本音で話しても良いか分かんなくてぶりっ子してた……」
「あ、そ」
「でも今日話したのは全部ほんとだよ!?」
「じゃあ昨日話してた中にはまだ嘘があるってこと?」
「あ、弓槻さんと揉めた時の話はまぁ……」
ごにょごにょと濁そうとするむすびを睨み付ける。
「は?それはちゃんと話してよ。弓槻がもう喋れないからって改変しようとしてんの?」
「ちょっとぉ、そんな怒らないでよぉ……」
むすびは大粒の涙を零した。何、私が悪いの?バレなければ隠し通すつもりだったんじゃないの。無性に腹が立った。
「この前、ほんとはね……」

31:ちゅ:2020/12/26(土) 18:13



教室を飛び出したむすびは、そのまま階段を駆け下りて、A棟とB棟を繋ぐ通路に出る。
「待って」
弓槻がむすびの手を掴む。むすびは物凄い形相でばっと振り返り、弓槻の手を振りほどこうとする。
「触らないでよぉ!」
「それ、どこで手に入れたの?」
息を切らした弓槻を、むすびはキッと睨み付ける。
「じゃあ逆に聞くけど、何でそんなに必死になってんですかぁ?」
にたぁとむすびが笑う。
そんなむすびをじろりと見上げながら、弓槻はあくまで冷静に言う。
「あなたがそれを持ってるってことは、あなたが魔女に売った張本人ってことだからよ」
「魔女?売った?何のこと?」
「死んだ二人が言ってた都市伝説よ。あなただって教室に居て聞いてたじゃない。」
むすびは歯を食いしばる。
「あんなの信じてるなんて、あなたも案外バカなんだねぇ。」
「だったらあなたもバカってことになるわね、湯川さん。」
「はぁ!?意味分かんない、てかムカつく!」
「あなたってほんとに可哀想ね。いつも取り繕って疲れないの?ヘラヘラ笑って、誰かに媚びて、よく平気で居られると思う。私だったら耐えられない」
むすびが眉間に皺を寄せてわなわなと震える。そんなむすびを見下ろしながら、弓槻は無表情を保つ。
「あなたに何が分かるのよ。あなただって学校が嫌で不登校だったんでしょ?なら私の気持ちも分かるでしょ?笑って良い顔して何が悪いの?誰かに媚びて何が悪いの?平気なわけないじゃん。そうしないとまたいじめられるかもしれないじゃん。」
目に涙を浮かべながら吐き捨てるようにそう言う。弓槻はそれでも冷酷な鋭い視線をむすびに突き刺した。
「過去に何があったか知らないけど、それじゃどうしてこのクラスを売ったのよ。」
むすびはその問いに一瞬目を見開いた。そしてすぐににやりとほくそ笑む。
そしてお腹を抱えて笑いながら、弓槻の手を振りほどいた。
「魔女に売った犯人は私じゃないよばーか。嘘の情報に流されちゃうなんて、弓槻さんも可哀想だね」
けらけらと笑いながら弓槻を見るむすび。
「魔女に魂を売ったら黒い水晶玉を貰う、って、どこで知ったの?」
「掲示板。もう削除されてるけど。」
弓槻がそう答えると、むすびは更に笑い出す。
「いいこと教えてあげる。その掲示板にカキコしたの私だから。」
「……」
弓槻はぴくりと一瞬目を細める。むすびはそれを見逃さなかった。
「しかもあれ、何の根拠もない嘘だから。あの書き込みすれば、うちのクラスが売られてることに気付いた人を炙り出せると思ったの。きっと“私みたいに”必死になって情報掻き集めてると思ったから。だからこれを落としたのもわざと。全部私の計算。」
むすびはにたりと笑う。
「ほんとに信じちゃうなんて思ってなかった。弓槻さんが馬鹿で良かったぁ」
「あ、そう。でも良かったわ。あなたが犯人じゃないみたいで」
むすびの表情からスっと笑顔が消えた。
「何?どういうこと?」
弓槻は長い黒髪をさらりと翻して、
「だってもしあなたが犯人だったら、『お友達』が悲しむと思って。」
弓槻はそのまま校門を出ていった。

32:ちゅ:2020/12/27(日) 20:29


むすびがそこまで話すと、私達の間に静寂が訪れた。むすびは気まずそうに尻込みする。私は膝の上でスカートを握り締めた。
なんだよ。むすびの自作自演だったってことなのかよ。弓槻はきっと私に話したかったんだ。でも私とむすびが友達だと思って言わなかったんだ。
「あの、りんねちゃん……」
私はわざとらしく溜め息を吐いた。
「ごめんむすび、私もうあんたと関わりたくないわ」
吐き捨てるように言うと、むすびは「待って」と叫ぶ。
「りんねちゃん待ってよ、私だって情報持ってるんだよ?協力して弓槻さんの為にも一緒に頑張ろうよぉ」
「は?そもそもあんたが最初から事を知ってるって教えてくれてれば良かったんじゃん。何?今更。白々しい」
慌てるむすびを目を細めて睨む。

……待って。むすびは魔女に魂を売ったら黒い水晶玉を与えられるってでっち上げたじゃない。弓槻がクラスの机を漁ってたのはいつ?そうだ、弓槻が初めて学校に来た日だ。と言うことは、むすびはそれより前から魔女のことを知ってたことになる。
沙里と珠夏が死ぬ前から。
「……むすび」
私がぽつりと呟くと、むすびの肩がびく、と跳ねる。
「また嘘吐いたでしょ」
「ごめんりんねちゃん、違うの」
「違う?あんたが言ったことは違うだろーね。もう良い。私払っとくからむすびも帰りな」
私は立ち上がって、何度も呼び止めようとするむすびを無視して、レジへ向かった。
そしてそのままファミレスを出る。
「……」
ポケットに入っていた紙切れを取り出して、そこに書かれた住所をググッた。

33:ちゅ:2020/12/29(火) 22:06


Googleマップに頼って辿り着いたそこは、小さな木造住宅だった。インターホンの前で深呼吸して、音符マークのボタンを震える指先でそっと、強く押し込む。
キン、コン。と硬い音が聞こえてすぐ、ガチャリと重たい音を立ててドアが開く。
「あら」
白髪の、小さな、優しそうな顔のお婆さんが出てきた。
「昨日電話を頂いた首藤です。」
私がそう言うと、弓槻のお婆ちゃんは泣きそうな顔をして、
「あら……」
私を家に入れてくれた。

「わざわざありがとうねぇ、まだ何も準備してないんだけど……」
どうやら私がお線香をあげに来たと思ったらしい。申し訳なさそうにそう話す弓槻のお婆ちゃんを見てると、お線香すら用意しないで来てしまったことがすごく恥ずかしくなった。
「お茶でいい?」
台所に入っていった弓槻のお婆ちゃんに、私は「はい」と小さな声で答えるしか出来なかった。

古びた緑色の床を、オレンジ色の電球が照らしている。小さな小さなテレビと、一人用のソファが二つ並んでいる。真ん中には卓袱台。
ここが、弓槻の家。

「本当にありがとうねぇ。来るの大変だったでしょ。先生に言われて来たの?」
弓槻のお婆ちゃんは二つの茶碗を並べて、私と向かい合うように座った。
「いえ。私が来たくて先生に勝手に住所教えてもらっちゃって。すみません」
私が言うと、弓槻のお婆ちゃんはぶんぶんと手を振る。
「そんなことないわ。むしろそこまでして来てくれて嬉しいもの。あの子にこんな素敵なお友達が居たなんて」
弓槻のお婆ちゃんは、茶碗を両手で包み込みながら寂しそうな目で話し出した。
「私もついてないわね。娘にも孫達にも先に逝かれちゃうなんて」
心臓の辺りがずきりと痛くなった。まるで小さな針を何本も突き刺されたような鋭い、一瞬の痛みだ。
「娘、って、弓槻のお母さんは……?」
聞いちゃまずかったかも、と言った後に後悔した。でも弓槻のお婆ちゃんは嫌な顔一つせずに答えてくれた。
「ゆずかがまだ小学生の時、事故で両親とも亡くしてるのよ。」
「あ……」
そう言えば弓槻の下の名前知らなかったっけ。ゆずかって言うんだ。なんて思った。
「あの子、去年姉を亡くしてから塞ぎ込んじゃってたの。最近どうしてか急に学校に行くって言い出したけど、まさかこんなことになるなんてねぇ……。」
私は思わず弓槻のお婆ちゃんから目を逸らした。
ずっと頭のどこかでは気付いてたんだ。
私があの日、魔女に接近しようとしなければ、弓槻にそのことを話していなければ、弓槻が交通事故に遭うこともなかったかもしれない、って。
弓槻が死んだのは私のせいだ。お婆ちゃんを一人ぼっちにしてしまったのは、私だ。
ぎゅっとスカートを握り締める。

34:ちゅ:2020/12/29(火) 22:06


「そう言えば、あなたなのかしら」
いきなり弓槻のお婆ちゃんがそう言った。
「え?」
思わず聞き返すと、
「ゆずかがね、もし私に何かあってグレーのショートカットの女の子がうちに来たら、渡してほしいって言われてた物があるのよ」
「弓槻が?」
弓槻のお婆ちゃんがゆっくりと立ち上がる。そして私は二階に案内された。

入れられた部屋はどうやら弓槻の部屋らしい。ベッドと机しかない、地味な部屋。
「これなんだけど……」
弓槻のお婆ちゃんは、机の引き出しから何やらノートのようなものを取り出して私に手渡した。
ぱらぱらと捲ると、何やら計算式のようなものがずらりと並んでいた。
?何これ。
「あんなこと言うんだから、まるで自分がこうなることを知ってたみたいと思っちゃってね」
弓槻のお婆ちゃんは、私が持っていたノートの反対側を握った。ぎゅっと皺になるくらい強く。
「もし何か分かったら、教えてほしいの。あの子には悲しい思いばっかりさせてたから。ごめんね、あの子と仲良くしてくれてありがとうね。」
弓槻のお婆ちゃんはそう言うと、
「もう暗くなるから帰りなさい。」
そう言って、弓槻の部屋の電気を消した。

「今日は本当にありがとうございました。突然押しかけてすみません。」
玄関でそう言い一礼すると、弓槻のお婆ちゃんは、にっこりと笑った。
「また来てね。」
私はまた一礼して、暗い夜道を歩き出した。

帰りの電車は酷く混んでいた。
「うわ」
スマホを開くと、むすびから何件も着信があった。一瞬ブロックしてやろうかと思ったけど、それは流石に可哀想かと思って辞めておいた。そうしてしまったら、何だかもっと暴走してしまいそうな気がした。
私は通知をスワイプして、イヤホンを耳に押し込んで、好きなバンドの曲を頭に流し込んだ。

35:ちゅ:2020/12/31(木) 21:11


翌日。一人で学校への道を歩いていると、前を歩いていたしみずが目に入った。
……そう言えば、最近しみずと全く話していなかった。お昼休みもしみずはどこかに行ってしまって話し掛けられていなかった。
何となく気まずくて気付かないふりをしようと思ったら、しみずが振り返った。
「……」
数秒間目が合う。
「あ」
私が何か言おうとしたのを察してか、しみずは無言で顔を背けた。そして早足で校門をくぐり抜けていく。
「あ……」
もしかして。てかやっぱ怒ってる?
……そっか。しみずをずっと無視してたのは、私の方なんだから。

憂鬱な気持ちのまま教室に入る。しみずの姿はない。数人のクラスメイトが既に登校していて、何やら塊になって話している。
私がその横を通り過ぎようとすると、その中の一人が私に駆け寄ってくる。
「ちょっと」
「何?」
いきなり呼び止められて驚いていると、その子は、
「沙里と珠夏のお葬式の話、誰かから聞いた?」
いきなりそんなことを言い出した。
「え、聞いてないけど」
そう言えば担任からも何も言われてないっけ。クラスメイトなら呼ばれたりするんじゃないのかな。
「そっか、ありがと……」
残念そうな顔をして、その子は項垂れる。艶々の不自然な真っ黒の髪がだらりと垂れ下がる。
「あれ、真中ちゃん、だよね?」
私が尋ねると、その子は首を傾げて頷く。
「髪色変わってるから一瞬分かんなかった」
すると真中ちゃんはにこっと笑って、
「清楚系になりたいなって」
スクランパーがちらりと見えた。

菊池真中(きくちまなか)ちゃんは、比較的沙里や珠夏と仲が良かったクラスメイトだ。いつも日本人離れした色素の薄いカラコンを付けている。ピアスも好きで、両耳はもちろん唇や舌にも空いているらしい。
紫色のロングヘアにティンセルを付けたのが彼女の特徴だったから、黒染めしただけでも誰だか分からなかった。
……綾瀬さんと違って、二人が死んでから、真中ちゃんはすぐに立ち直ってたみたいだった。あれから毎日学校にも来てるし、誰にも弱気な姿を見せていない。元々明るくてムードメーカー的存在だったし、相当無理してるのかな。
「あのさぁ……!」
真中ちゃんは次々と教室に入ってくるクラスメイト全員に同じことを尋ねていた。
けど、誰一人二人のお葬式について聞いた子は居なかった。

36:ちゅ:2021/01/04(月) 17:25


四時間目が終わり教師が教室から出ていくと、私は真っ先に立ち上がった。同時に立ち上がり小走りでどこかへ行こうとするしみずを追い掛ける。
「しみず!」
廊下に出てしみずの名前を呼ぶ。しみずははたと足を止め、振り返らずに「何?」とだけ言った。
心臓がどきどきと音を立てる。しみずの表情は全く見えない。私は息を整える。
「ごめん。ずっと話し掛けようとしてくれてたのに、無視してて……」
自分でももっとちゃんとした言い方が出来ないのかと呆れてしまった。でも私がそう言うと、しみずはココアブラウンのボブをふわりと揺らして振り返った。
「……りんね」
そして駆け寄ってきて、泣きそうな顔をしながら私の指先を見た。
「私こそごめんね。最近はわざと避けてたの。私に話してくれないのが悲しくて」
しみずは大きな瞳に涙を浮かべながら、にっこりと笑う。
「私だって知ってるんだから、頼ってくれたって良かったんだよ?」
「あ……」
しみずのその言葉に、どきんと心臓が大きく脈打った。
私も、弓槻に同じことを思ってた。一人で解決しようとして、秘密を共有している私にすら頼ろうとしてくれなかった弓槻に酷く腹が立ってた。
しみずから見たら、私もそうだったの?私も、しみずに同じことをしてたんだ。
「ごめんしみず、ありがとう」
しみずは頷いて、私に抱き着いてきた。
あ、何か、この感じ。懐かしいな。私はいつもみたいに抱き返す。
またあの頃みたいに、楽しい毎日が戻ってきたらいいのに。
私はしみずの腰に回していた腕にぎゅっと力を込めた。

「りんねちゃん」
聞き慣れた声に名前を呼ばれ、はっとしみずから離れた。
その声の主は、教室のドアから半分だけ顔を覗かせ、私達をじっと見詰めている。
「……むすび」
「湯川さん?」
むすびは、大きな三つ編みを揺らしながらゆっくりと私達に近付いてくる。私は何となくしみずの手を握って二、三歩後退った。
「離れてよ!」
そう叫んだのは、私ではなくむすびだった。廊下を歩いていた他のクラスの生徒達が驚いて私達の方を見る。むすびは息を荒らげながら、私達につかつかと歩み寄る。
そしてしみずの手を握っている私の手を掴んで、無理矢理引き剥がそうとし出した。
「ちょっと、痛いって」
私はそう言って腕を振り払った。小柄なむすびの手は簡単に振りほどけた。
むすびは私を睨みながら歯ぎしりする。
「何でまた星野さんと仲良くしてるの〜っ」
じろりと視線をしみずに移すと、しみずはびくりと肩を跳ねらせた。
「……ちょっとむすびと二人で話したいから」
しみずにそう言うと、無言で頷いて、小走りで教室に戻っていった。

37:ちゅ:2021/01/04(月) 17:25


私はむすびの腕を乱暴に掴んで、階段を降りていく。
一階の通路に出て、私はむすびの腕を離した。
「何で電話出てくれなかったの?」
むすびは乱暴にスマホの画面をいじくる。爪が液晶画面に当たってカチカチと音を立てている。むすびは私とのトーク画面を見せ付けながら、うっすらと目に涙を浮かべている。
「酷いよ!りんねちゃんも結局そうだったんだ!」
「は?言ってる意味が分かんないんだけど。」
フー、フー、と肩で息をしながら私を睨むむすびは、まるで小動物が威嚇しているみたいだ。
私ははぁっと短い溜め息を吐いた。
「私に何を期待してるの?嘘吐く人となんて関わりたくないに決まってるでしょ?」
「違うもん。私は吐きたくて嘘吐いてるんじゃないんだもん」
「はぁ?言い訳すんの?」
イライラしてきた。もうむすびの言うことなんて何も信じられない。何回嘘吐かれたと思ってるの。
「りんねちゃんまで私のこと突き放すんだ!りんねちゃんとは本当に友達になれると思ってたのに……」
両手で顔を覆って泣き出すむすび。

わかんない。今もまた取り繕ってるの?計算で友達になろうとする子だし、これだって演技かもしれない。
「今まで散々演技されて、嘘吐かれて、どうやって信じろって言うの。」
「それは――」
その時、むすびが持っていたスマホが振動した。
むすびは忌々しそうにスマホの画面を見て、小さく舌打ちした。そしておもむろにそれを耳に当てる。
「……もしもし?」
『あ、りんねちゃん……!』
相手の声がはっきりと私にも聞こえた。……戸川さんだ。
「何?」
『あのね、今日の放課後会えないかなって――』
「何で?」
むすびはイライラしているように見えた。
『この前邪魔が入って会わせられなかったから、私に協力してくれた人に会わせたいなって』
邪魔って。思わず苦笑いした。
むすびはその言葉を聞いてにたりと笑った。そしてチラッと私の方の見て、
「いいよ。でも二人きりは嫌だから、りんねちゃんも呼んでいい? 」
「は、はぁ!?」
思わず声を上げたのは私だ。
『え?何で?』
戸川さんも驚いてるみたいだ。
「何、嫌なの?」
『嫌じゃないけど、その人関係ないのに会わせてどうするの……?』
「関係なくないよ。ね、りんねちゃん。」
むすびは目を細めて笑う。私は無言で見返した。
『わ、分かった……。じゃあ今日は私がそっち行くから。放課後校門で待ってて。またLINEする』
「りょー。」
むすびはそう言って、通話を切った。
「良かったね。これで魔女に近付けるよ」
「これで私が許すとでも思ってるの?」と口から零れそうになったけど、何とか飲み込んだ。

弓槻は魔女に近付いたって意味ないって言ってたけど、やっぱり何か手掛かりが掴めるかもしれない。
ただ待ってるだけじゃ、また誰かが死ぬだけだ。
「……行けばいいんでしょ」
私は自分に言い聞かせるようにそう言った。

38:ちゅ:2021/01/06(水) 18:39


授業が終わり、各々が教室から出ていく中、しみずが私の席に来た。
「りんね、駅まで一緒に――」
「りんねちゃん〜」
そう言いながら駆け寄ってきたむすびが、私としみずの間に割り込んでくる。仲良くなったばかりだった頃の、ふにゃふにゃした笑顔で。
「星野さんごめんねぇ、りんねちゃんと約束あるから、今日はいいかなぁ?」
むすびは両手を合わせてしみずを拝む。しみずは引き攣った笑顔でかくかくとぎこちなく頷く。
「うん、それなら仕方ないよね……。分かった」
「あ」
一瞬、しみずが悲しそうな目で私を見た気がした。そのままドアの方へ歩いていこうとするしみず。
「ま、待って」
私は咄嗟にしみずの肩を掴んだ。その途端ぎょろりとむすびが私を見る。
「むすび、しみずも知ってるんだから、三人で行こ」
「だめだよぉ。水純ちゃんはりんねちゃんだけだから許してくれたのかもしれないんだよぉ?勝手に一人追加したら会わせてくれないかもしれないじゃんん」
ほっぺたを風船みたいに膨らませながらむすびはそう言う。
「何かよく分からないけど、私は帰るよ。じゃあね、りんね。湯川さんも」
遠慮がちにそう言うと、しみずは苦笑いしながらそそくさと教室から飛び出してしまった。
残された私に、むすびが腕を絡ませる。
「じゃあ行こっかぁ」
「……何で、仲間外れにしたがるの」
わざとらしくむすびの腕を振り払うと、むすびの表情からスっと笑顔が消える。
「友達が他の人と仲良くしてたら嫌な気持ちになるじゃん。」
「友達に友達が居るのは当たり前でしょ?」
「りんねちゃんって友達のこと大切にしてないんだね。」
眼鏡のレンズが、窓から差し込む夕日に反射して、奥にあるむすびの目を隠した。それがやけに不気味で、私はむすびから視線を逸らす。
それと同時に、頭に血が昇った。「友達を大切にしてない」、その言葉がぐるぐると頭の中を回る。
「何それ。友達がたくさん居たら大事にしてないって言うの?私はみんな平等に好きなだけなんだけど。」
「へー。私はみんな平等に好きになるくらいなら、全員分の好きを一人に捧げるなぁ」
握り締めた拳が小刻みに震える。私は目を細めてむすびを睨む。
「何でそうなっちゃったの?私だって最初はみんなと同じくらいむすびが好きだった。友達だと思ってたし。なのに何でそんな意地汚くなったの?」
私が言うと、今度はむすびが私を睨み付けてきた。
「だからそれは好かれるために思ってないこと言ってただけだってば。りんねちゃんなら私を受け入れてくれると思って素で話してるんだよ」
「好きになるわけないじゃん。」
間髪入れずに言うと、むすびは目を見開いて私を見た。まるでむすびだけ時間が止まってしまったかのように動かない。
「こんな性格ゴミみたいな奴と友達になるわけないでしょ。」
こんなこと言ったらむすびが傷付くかもしれない、なんて、この時の私には考える余裕もなかった。何度も何度も嘘吐かれて、他の友達との関係まで邪魔しようとしてくるむすびが本当に許せなかった。

「…………」
むすびは俯いて口を固く結んだ。
……最悪だ。
私は机の上に置いてあった鞄を掴んで、咄嗟に教室から飛び出した。
むすびは、追い掛けてこなかった。

39:ちゅ:2021/01/06(水) 18:39


下駄箱でローファーに履き替えて校舎から出ると、見覚えのある女の子が校門に立っていた。
「あ」
キョロキョロと周りを見回しながら頻りにスマホを弄っている。
「戸川、さん」
そうだ、今日はこっちまで来るって言ってたんだっけ。
戸川さんが用があるのはむすびだし、私が一人で話し掛けても迷惑か。そう思って気付かないふりをして通り過ぎようとすると、戸川さんに肩を叩かれた。
「あ、あの」
おどおどしながら吃る戸川さん。
「あなたが、りんね……さん、だよね?」
私と目も合わせようとしない戸川さんを見下ろしながら、私は必死に笑顔を貼り付けた。
「そうだよ、戸川さんだよね。ごめん、気付かなかった」
そう言って笑うけど、戸川さんは数回頷いただけで何も返してこなかった。
……気まずい。
「あれ、むすびちゃんは一緒じゃないんですか……?」
「何で敬語?同い年なんだしタメでいいのに。」
私が言うと、戸川さんは何故か「ごめん……」と言って俯いてしまった。
「何かむすびと気まずくてさ、もしアレなら二人で行けば?」
「で、でも、むすびちゃんはりんねちゃんも知ってるって……」
「あー、私は別に関係ないから」
「待って、ほんとに知らないの?私、もうあの人に話しちゃったんだけど……」
私は顔を動かさずに横目で戸川さんを見た。怯えているように見える。

「あの人」って、きっと魔女のことだ。私が都市伝説について知ってるって魔女に教えちゃったってこと?この都市伝説について深く知り過ぎた人は死ぬんじゃないの?
「……何勝手なことしてんだよ」
ぽつりと呟いたけど、戸川さんには聞こえなかったみたいだ。
代わりに、息を切らしたむすびが校舎から飛び出してきた。
「水純ちゃん、行こぉ」
むすびは膝に手をついて肩で息をする。そして顔を上げて戸川さんを睨み上げた。戸川さんはびくりと体を硬直させ、二回頷いた。
「うん。取り敢えず、りんねちゃんも来て……」
二人はゆっくりと歩き出したけど、私はその場から動けなかった。このまま着いて行ったら魔女に会うことになる。そしたら私は殺されるに決まってる。わざわざ殺されに行くなんて冗談じゃない。
「……あ。あの人は優しい人だから、心配しなくて大丈夫だよ」
まるで私の心を読み取ったみたいに、戸川さんはそう言った。二人の後ろ姿を見据えながら、私は鞄の持ち手をぎゅっと握る。
そして、重たい重たい一歩を踏み出した。

40:ちゅ:2021/01/08(金) 17:40


私とむすびは、学校から徒歩数分の場所にある人気のない路地裏へ連れ込まれた。学校の近くにこんな場所があるなんて知らなかった。
「連れてきましたよ、アリスさん」
「アリ、ス……?」
これが魔女の名前?
鼓動がどんどん速くなっていくのが分かる。私は汗ばむ手をスカートで拭った。

暗闇から姿を現したのは、私より少しだけ背の高い女の人だった。が、頭から上はパーカーのフードとマスクで隠れていてよく見えない。大きな青いクマのイラストがプリントされた黒いパーカーに、網タイツに、ガーターベルト。十センチ程ありそうな厚底のヒールの靴を見る限り、女の人で間違いなさそうだ。

その人はゆっくりと歩いてきて、フードを取った。
しなやかな白いボブがふわりと現れる。
「……?」
あれ。この人、どこかで見たことあるような気がする。こんな服装の人なんて原宿に行けばわんさか居るけど、原宿なんて滅多に行かないし。
「……あ!」
私は思わず声を上げてしまった。むすびと戸川さん、そして白髪の女の人が私に視線を向ける。
「この前、××線の電車に乗ってましたよね?朝……」
むすびと戸川さんは何の話をしているのか分かっていない様子だった。でも間違いない、この人は弓槻が死んだ日の朝、電車でぶつかったあの人だ。
白髪の女の人は、数秒間黙った挙句、「ああ」と笑顔になった。
「あの時ぶつかってきた子だ。思い出したよ。」
ウィスパーボイス、と言うのだろうか。少しハスキーだけど優しげな声だった。
あれ。この人って本当に魔女なんだよね?何百人もの命を奪ってきた人が、こんないい人そうな人なの?

「改めて自己紹介した方がいい、かな。
私は関口アリス。大学生だったけど、この前中退しました。理由は、分かるよね。」
アリスさんは目を細めて首を傾げた。……笑ってるつもりなんだろうけど、全く笑えてない。それが逆に威圧的に感じる。
「水純ちゃんから聞いたけど、二人とも雫萌高校の一年B組の生徒だよね。湯川結ちゃんと、首藤りんねちゃん。」
私とむすびは、同時に頷く。それを確認したアリスさんは、また目だけ細めて笑った。
「残念だね。自分達が死ぬのを知りながら生きるの、辛いでしょう。」
私とむすびは、反応に困って黙りこくった。

「それで。今日呼び出したのは何か用事があるからだよね。二人と私を会わせてどうしたかったのかな。」
戸川さんの方を見てアリスさんはそう言う。どうやら二人はかなり関係が深いみたいで、私の時みたいに吃らずに戸川さんは答えた。
「むすびちゃんが、私がアリスちゃんに助けてもらったことを話したら、会ってみたいって言ったの。りんねちゃんは、むすびちゃんが連れて来て、まぁ、成り行きで」
「そっかそっか。むすびちゃんも魔法の力が欲しいのかな。」
「魔法の力がほしいって言うかぁ〜」
むすびはちらりと戸川さんを見る。私には分かってる、むすびは戸川さんの魔法の力を利用して自分だけ助かろうとしてるんだ。
「どの道もうそろそろ話さないといけない時期になってきたし、二人も冥土の土産に聞いてったらいいよ。
魔女に魂を売ったら手に入る『魔法の力』の本当の意味をね。」
今まで一度も形を変えなかった綺麗な桜色の唇が、ぐにゃりと三日月形に曲がりくねった。
ぞわりと背筋が凍り付く。
「魔法の力の、本当の意味……」
ごくりと唾を飲み込んだ。

41:ちゅ:2021/01/10(日) 14:24


「『三十人分の魂を売れば、魔法の力が手に入る。』
表向きではそういうことになってるけど、本当の意味は関わった人しか知らない。
『魔法の力を手に入れる』それはつまり、あなたが魔女になるってことよ。水純ちゃん。」
「私が、魔女に……?」
「そう。魔法が使えたら、それはもう魔女でしょ。都市伝説で言われてる魔女は、欲に駆られて魂を売った人のことを指す。」
焦点の合わない目で空を見詰め、淡々と喋るアリスさん。私とむすびは黙って聞くことしか出来なかったけど、一番驚き戸惑っているのは戸川さんだった。
「水純ちゃんが魂を売った魔女である私も、過去前の魔女に魂を売ったってこと。
次は、水純ちゃんが魔女になって、誰かが捧げた三十人の命を奪う番。」
「嘘、でしょ……」
顎の先からぽたぽたと汗の雫を垂らす戸川さんを見て、アリスさんはくすりと笑う。
「本当にアニメみたいな魔法の力が手に入ると思ったのかな。でも別にプリキュアになりたくて魂を売ったわけじゃないでしょ。魔女に魂を売りに来る人は、みんな『魔法の力』じゃなくて『三十人の魂を売る』のが目的だもの。魔法の力が欲しくて魂を売る子なんて、きっと居ない。」
「そん、な……じゃあ」
むすびは消え入りそうな声で呟いた。その後ぱくぱくと口を動かしていたけど、声は掠れて消えていった。口の動きを見る限り、「水純ちゃんに助けてもらうのは無理ってこと?」と言ったつもりなんだろう。

戸川さんはぶるぶると体を震わせて、くすんだコンクリートの地面を凝視していた。そんな戸川さんを見て、アリスさんはまたくすりと笑う。
「たくさんの命を奪っておいて、幸せになれるとでも思ったのかな。
違うよ。あなたはイジメっ子が消えて救われたんだから、それで充分でしょ。だから今度は別の誰かを救ってあげるの。」
「そん、そんな、私は……」
震える戸川さんの肩をアリスさんが掴むと、戸川さんはびく、と全身を跳ねらせた。
「大丈夫、友達を殺/すのはあなたじゃない。雫萌高校一年B組は、私の持ち場だから。でも私はそれで終わり。」
瞼を伏せて、どこか悲しげな表情をするアリスさん。
「大丈夫だよね、魂を売られた人達は自殺してくれるんでしょ?だったら私は人を殺/すなんてしなくていい……」
ぽつりと呟く戸川さんを見て、アリスさんは目を見開いた。
「何言ってるの。魂を売られた人は自殺/する、なんて有り得ないよ。それに水純ちゃんはもう既に三十人殺してるのと変わりないんだよ。
そうか。水純ちゃんのせいで死んだ子達はみんな自殺で死んだと思ってるのか。
あの子達を殺したのは私だよ。」
さらりとアリスさんは言ったけど、私は耳を疑った。
「え?何、それ」
戸川さんは小さな声で呟いた。
「だから、あなたが売ったあの子達を殺したのは、私。もう忘れちゃったのかな。教室の窓から飛び降りた澤田くんと東さん、除光液を飲み込んで死んだ吉沢さん、お互いの首を絞めて殺し合った大西さんと濱口さん、線路に飛び込んだ内田さん……」
「やめてやめてやめて」
「昨日も鈴木くんがお腹切って死んだよね。あれ、私が切ったんだよ。鈴木くん暴れるし叫ぶしで大変だったんだから。」
「待ってよ、じゃあ沙里と珠夏……私のクラスメイトも、アリスさんが殺したってことなんですか?」
思わず話に割って入ってしまった。アリスさんは私に視線を移し、目だけ細めて微笑む。
「そうだよ。それに、前々からあの二人にお薬あげてたのも私。いつもより飛べるよって言ったら、二人とも飛び付いてきて、ほんとに飛んじゃった。橋から川に飛び込んで、もがいて、流されてったよ。」
「流されてったよ?よくそんなこと言えるな」
「りんねちゃん、怒っても仕方ないよ。私は魔女なんだから、殺さないといけないの。」
アリスさんは沙里や珠夏や戸川さんのクラスメイトを殺していることを、悪いことだと思ってないみたいだ。それどころか、その表情には「私はちゃんと使命を全うしている」という誇らしささえ見える。

42:ちゅ:2021/01/10(日) 14:24


「魂を売られた子は元々みんな悪い子だったんだし仕方ないよ。売られるようなことした人も悪いんじゃないかな。」
その言葉に、思わず乾いた笑い声が出た。
「はっ、何が悪い子だよ。私達は誰にも何もしてない。なのに売られたんだよ。おかしいと思わないのかよ」
「ほんとに、何もしてなかったのかな。」
「え……?」
アリスさんは虚ろな瞳で私を捉えた。まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「りんねちゃんが気付いてないだけで、ほんとはイジメがあったかもしれないよ。」
アリスさんの口元がぐにゃりと歪曲する。
「は……?」
私が気付いてないだけ?ほんとはいじめがあったかもしれない?
「知ったような口聞かないでよ、うちのクラスのこと何も知らないくせに!」
まるで侮辱された気分だ。何も知らない部外者にそんな風に言われたら腹立つに決まってる。
「さっきから黙ってるけど、どうなのかな。むすびちゃん。」
アリスさんはちらりとむすびを見る。さっきからずっと俯いたままで一言も言葉を発していなかったむすびは、はっと顔を上げて私達の顔を見回す。そしてはははと笑いながら、顔を粘土みたいに歪ませた。
「確かにいじめはなかったけど、岡田とか倉野は話し掛けてもらえないだけで泣いてたような被害妄想強めな陰キャだったし、思い込んで売ったりしちゃうんじゃないの?」
むすびは早口でそう言うと、また俯いてしまった。
「だって。案外自分が周りが見えてないだけかもしれないよ。」

何も言い返せなかった。確かに、私は沙里や珠夏、他のクラスメイトが岡田さんや倉野さんの悪口を言ってるのを聞いたことがある。あの二人はオタクだから、根暗だから、ブスだからって、影で笑ってた。Twitterで「グループワークで一言も話さないのウケる」ってツイートしてる子も居た。体育で同じチームになったら、あからさまに二人にだけ態度を変える子も居た。
でも、それだけで?関係ない人だって居るのに、それだけでクラス全員の魂を売るなんて、そこまでする?

「やられた方の気持ち、私なら分かるな。りんねちゃんには分からないみたいだね。」
アリスさんは私の肩に手を置く。
「考えすぎでも思い込みでも、いじめられた方がいじめだと思ったら、それはいじめなんだよ。」
「何それ。
おかしいでしょ、みんなだって努力してたんだよ。入学してすぐは話し掛けてたじゃん。なのにちゃんと目も合わせないし返答するだけで話を続けようともしてくれなかったんだよ。だからみんな少しずつ離れてっただけなのに、それをいじめって言うの?おかしいでしょ。」
「向こうが傷付いたのは事実。あなた達にそのつもりがなくても、ね。」
「それだけで普通殺さないでしょ。あなたは簡単に殺せるかもしれないけどね」
私はアリスさんの手を振り払った。こんなこと言ったら殺されるかもしれない、なんて思ったけど、ふつふつと湧き上がる怒りの感情を抑えられなかった。
でもアリスさんは怒った様子はなく、目を伏せて短い溜め息を吐いただけだった。
「まだその二人が売ったって決まったわけじゃないからあんま怒らないであげて。」
……白々しい。あんたは誰が犯人か分かってるんでしょ。そう思ったけど、睨み付けるだけで声に出さなかった。アリスさんはそんな私を見てにやりと笑い、ホワイトブロンドのボブをふわりと揺らす。

43:ちゅ:2021/01/10(日) 14:25


「てことで。私は今教えられることは全部教えたから。またその時が来たら、簡単な処理の仕方とか教えてあげる。これから頑張ってね。新人魔女さん。」
アリスさんはそっと戸川さんに耳打ちした。
そしてそのまま、コツコツと厚底のヒールを鳴らしながら路地裏の向こう側へと姿を消していった。
取り残された私達は、黙ってその場に立ち尽くした。

「あのさ、むすび、戸川さん……」
私は二人の手を取って、歩道の方へ歩いていこうする。けど二人は足を動かそうとしなかった。代わりにむすびがぽつりと呟く。
「全部滅茶苦茶だ。」
「え……?」
むすびが顔を上げると、涙で潤んだ瞳が髪の隙間から見えた。歯を固く食い縛って、戸川さんを睨み上げる。
「何も知らないくせに間違ったこと教えてんじゃねーよ!私だけは助かると思ったのに、計画が滅茶苦茶だよ!」
「何言ってるの、むすびちゃん……。計画?」
「もう終わったから言わせてもらうけどさぁ。DMで少し煽てたら自慢げに魔女のこと全部話してくれて助かったよ。あんたが魔法の力が使えるようになったって言うから私だけでも助けてもらおうと思ってたのに……。なのに何も出来ないんじゃん。コミュ障で自撮り詐欺で役立たずとかただのゴミじゃん。」
むすびは吐き捨てるようにそう言った。掴んだままの戸川さんの手が一気に汗ばみ、震え出す。
「え、え……?私達友達だよね、むすびちゃん……?」
「はぁ?違うし」
「じゃあ、私と友達になったのは、……私にTwitterで話し掛けてくれたのは、計算だったってこと……?」
「逆に計算じゃなかったらどうしてあんたと友達になるのよ」
「そん、な……」
「ちょっとむすび、言い過ぎだって……」
むすびは今度は私を睨み付けた。そして私の手を振りほどき、スマホを取り出して、物凄い勢いで画面をタップする。
「私だけは死なない、私だけは死なない……。他の魔女は居ないの?」
ぶつぶつと呟きながら指を止めないむすび。隣では戸川さんがしくしくと泣いている。

44:ちゅ:2021/01/10(日) 14:25


……最悪だ。私は戸川さんの手をそっと離した。
「あ!」
途端に戸川さんは鞄に手を突っ込む。そしてそこから、鈍く光るサバイバルナイフを取り出した。
「え、うそ」
「何かあった時のためにって持ってて良かった」
涙でぐしゃぐしゃの顔でへらへらと笑う戸川さんから、私とむすびはじりじりと後退る。
「やっと分かった。私がいじめられたのは、全部私が悪いんだ。だから、結局いじめっ子が居なくなっても、私は幸せになれないんだよね。」
「そんな、ことは……」
さっき自分が発してしまった言葉を思い出して後悔した。
「でも、むすびちゃんだって私と同類だよ。ううん、私以上にむすびちゃんはゴミだよ。自分がいじめられて辛い思いしたのに、今度は私に同じことしたんだもん。」
「いじめられてたって言うのもあんたに近付くための嘘だよ。何マジになってんの?」
「それが嘘でしょ。むすびちゃんはほんとにいじめられてた。見れば分かるよ、 この子は私と同類だって」
「黙れ、一緒にすんな……」
「虚言が酷くて嫌われたって感じかな。あとは一人に執着するからウザがられてそうだし。」
「うるさい、お前に何が分かるんだよ!」
むすびが戸川さんに掴みかかる。そのまま二人は地面に倒れ込み、むすびは戸川さんの顔を殴る。相手が刃物を持っていることを忘れてしまうほど、むすびは興奮していた。
「分かるよ。だって――」
スカッ。戸川さんがサバイバルナイフを持った手を右から左へ払っただけで、むすびの頬は簡単に切れた。
むすびの白い顔に赤い線が刻まれる。脂肪のようなものが見える傷口から、赤黒い血が流れ出す。
「いってーな!」
むすびは何度も戸川さんの顔を殴り付けた。白い歯のようなものが弾け飛ぶのが見えたけど、私はただそんな二人の様子を見てることしか出来なかった。
「いじめられる子の気持ちは、分かるよ」
「私をあんた達と一緒にするな!」
「でも、傍観してるだけのりんねちゃんの気持ちは、分からないなぁ。」
名前を出された途端、どきりと心臓が凍り付いた。
「見てるだけのりんねちゃん。今どんな気持ちで私達を見てるの?」
真っ赤でぼこぼこに腫れ上がった顔で私を見て、にやりと笑う戸川さん。ぞく、と背筋に悪寒が走る。
「私、は」
声が出ない。
「ずっとそうやって見てればいいよ。それで取り返しのつかない頃になってようやく気付け」
そう言うと、戸川さんはむすびの胸元にサバイバルナイフの刃をねじ込んだ。
グズ、と黒い血が制服を濡らす。むすびは声も上げずに、ぐらりと横に倒れ込んだ。
そして、戸川さんはすぐにナイフを引き抜き、自らの胸も刺して、倒れた。

45:ちゅ hoge:2021/01/11(月) 14:40


「君、大丈夫?」
そう言って誰かに肩を掴まれた。私は反射的にそれを振り払ってしまう。
「顔色悪いし、それ、血じゃない?」
三十代くらいのサラリーマンらしき人が、私の制服を指差してそう言う。言われるままにそこを見ると、確かに白いシャツに数滴の赤黒いシミが着いていた。
「だ、大丈夫なので」
呂律が回らないし、上手く声が出なくて裏返った。サラリーマンは近くの交番を指差しで、「何かあったなら一緒に着いてくよ」と言う。
「ほんとに大丈夫ですから」
私はそう言って、走った。せっかく心配して声を掛けてもらったのに、お礼も言えなかった。
でも、どうせ交番に駆け込んだって、警察に全て話したって無駄だ。どうせ揉み消されて、結局私も殺される。
もうこんなの、どうしようもないじゃん。

無我夢中で走った。学校の最寄り駅を通り越して、知らない商店街を抜けて、知らない駅も過ぎて。
空が暗くなる頃には、私は知らない街の公園に辿り着いた。
肩で息をしながら、小汚いベンチに倒れ込む。砂利とアリンコにまみれても気にならなかった。それよりとにかく、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
怒りで抑え込まれていた恐怖の感情が、一気に押し寄せてきたのだ。

ふとシャツの赤黒いシミが目に入る。私は飛び起きて、蛇口に走って飛び付いた。ハンドルを最大限まで捻って、滝のように流れ落ちる水にシャツをさらした。シャツ全体に水が染み渡っていく。シミは周りが少しオレンジ色に滲んだだけで、消えてくれなかった。
「消えろ、消えろ、クソ!」
喉の奥が締め付けられているような感覚になり、一気に涙が溢れてくる。鮮明に脳裏に焼き付いた血の色が、視界を真っ赤に染めた気がして、吐きそうになる。
もうやだ、誰か助けて……!

「あれ?りんねちゃん?」
空耳かと思った。だってあまりにもタイミングが良かったんだもん。私はゆっくりと顔を上げた。
公園の入口から、自転車を押しながら歩いてくる見慣れた顔が見えた。
「ま、真中ちゃん……」
「どうしたのー?」
笑顔の真中ちゃんを見て、また涙が溢れてきた。
「ちょ、えぇ!?」
驚いた真中ちゃんが駆け寄ってくる。蛇口の横に自転車を止めて、しゃがんで私の顔を覗き込む。
「何でもない、ほんと、ごめん」
話せるわけない。
「……そっか。じゃあ無理に聞かない!誰だって人に話したくないことくらいあるよね」
真中ちゃんはそう言うと、私の腕を掴んで立ち上がった。
「私だってあるし!てか冷た、りんねちゃん水被った?」
「あ、まぁ……」
「あはは、それで電車乗ってもヤバい奴だし送ってくよ?」
「え、いいよいいよ」
「何遠慮してるの!ほら、私も早く帰んなきゃだし、はよ乗れ!」
私は流されるままに真中ちゃんの自転車のキャリアに跨った。
「最寄りどこー?」
「××駅」
「意外と遠かったwしっかりつかまっててね!」
真中ちゃんはそう言って一漕ぎすると、ふわりと夕方の冷たい風が頬を撫でた。

46:ちゅ:2021/01/11(月) 22:34


度重なるブリーチの末黒染めされた長い髪が、私の顔をばさばさと叩く。あ、枝毛だらけだ。普段は遠くからしか見ないから、何回も染めてる割には綺麗な髪だなって思ってたけど、やっぱり傷んでるんだ。私もまたブリーチしようと思ってたけど、そろそろ辞めないとなぁ。

なんて考えてたら、お腹の底から何かが込み上げてきた。
あれ。こういうこと考えたのっていつぶりだっけ。ずっとクラスが売られたことばっか考えてたけど、ほんとは私、オシャレが大好きなんだ。前は学校から帰ったら、毎晩インスタやYouTubeでコスメやメイク動画を欠かさず見てたのに。
そう言えば、最近は日焼け止めとパウダーしか塗ってなかった。毎朝メイクして、髪もちゃんとアイロンして、それが大好きでモチベだったのに、最近はそんな余裕もなかった。
魔女と全く関わりのない、魔女の存在すら知らないクラスメイトと喋るのが久しぶり過ぎたんだ。話題に魔女や都市伝説のことが一言も出てこないのが新鮮過ぎたんだ。私は真中ちゃんにバレないように、声を押し殺して泣いた。
でも、うちのクラスが魔女に売られた事実は、消えない。
きっと、もうあの頃には戻れない。

「……ウチね、お父さんが居ないんだよね」
いきなり真中ちゃんがそう言い出した。
「だから、そのせいで色々あって、私も中学ん時は毎日泣いてたんだ。」
「あ」
風がより一層強くなる。信号が赤になった横断歩道の手前で、今度は止まった。
「だからさぁ、泣いてる子見ると何かほっとけなくなるんだよね。気持ち分かるから。」
信号が青になる。真中ちゃんは力一杯ペダルを蹴った。
「最近、うちのクラスばっか問題起きて嫌んなるよね。りんねちゃんも弓槻さんと仲良かったもんね。まぢウザいよね、何で私達の友達ばっかあんな目に遭うのかな」
真後ろに座ってるから、真中ちゃんの顔は全く見えなかった。でも声は少しだけ震えていた。
沙里と珠夏が死んでからも明るく振舞ってたから、すぐ立ち直ったのかと勝手に思い込んでたけど、平気なわけないよね。友達が死んだんだもん。それなのに真中ちゃんは無理して明るく振舞ってたんだ。
「……ほんとそれ。何でこのクラスなんだろうね」
ぽつりと呟いたけど、風の音に掻き消されて、真中ちゃんには聞こえなかったみたいだ。

「この辺でいい?」
私の家の最寄り駅の入口で、真中ちゃんは自転車を停めた。私は降りて、真中ちゃんを拝んだ。
「ほんとありがと、助かった」
「いえいえ〜!私があそこ通らなかったら迷惑客になってたんだからな?感謝しろよ〜」
冗談交じりに「明日いちごミルク奢って」とほくそ笑む真中ちゃんを見て、私は思わず吹き出した。
「覚えてたらね。」
「あは。じゃあね、りんねちゃん」
「ほんと、ありがと」
私は自転車に股がって手を振ってきた真中ちゃんに手を振り返した。立ち漕ぎしながら、横断歩道を渡り、真中ちゃんは姿を消した。
あ、やば。また泣けてきた。
私は家路を走った。

47:ちゅ:2021/01/13(水) 19:06


家に着いて鍵を開けると、玄関に妹のローファーが脱ぎ捨ててあった。
「ただいま」
小さな声で呟いたけど、部屋に居る妹に聞こえるはずもなく、返事は返ってこなかった。
私もローファーを脱ぎ、揃える気力もなくそのまま階段を昇った。その足取りも鉛のように重かった。
脳裏にあの赤黒いシミがじんわりと広がっていくような感覚になり、私は目を瞑って残りの段を駆け上がった。

手も洗わずに自分の部屋に飛び込み、ベッドにダイブする。記憶を搔き消すように枕に顔を埋めて足をバタバタと動かす。当然消えてくれるわけもなく、次第に足も動かなくなった。

知り合いが目の前で死ぬなんて考えたことなかった。沙里や珠夏や弓槻が死んだのを知らされただけでもショックだったのに、こんなの耐えれるわけない。昨日まで普通に喋ってたむすびや普通にツイートしてた戸川さんが、死んじゃうなんて!
そうだ、二人はまだ生きてるかもしれない!戸川さんが刺したのは、もしかしたら私の見間違いで胸じゃなかったかもしれない。もしかしたら誰かが通報していて、病院に運ばれて、助かってるかもしれない……!
震える手でスマホを取り出し、画面を操作する。そしてむすびとのトーク画面を開いた。
「出て、出て、お願いだから……」
呼出音がしばらく鳴り続ける。回数を重ねる毎に私の心拍数も上昇していく。
「…………」
プツリ、という音と共に、ザアっと雑音のようなものが聞こえてくる。
「!むすび!」
思わず泣きそうになった。私はスマホを縋るように耳に当てる。
『りんねちゃん。』
ドキリ、と心臓が凍り付いた。
電話越しに伝わってきたその声は、むすびじゃなかった。
「……何で?」
声を何とか振り絞ってそう呟くと、相手の顔は見えないのに、にやりと笑うあの顔が目の前に浮かんできた。
『それはりんねちゃんが一番よく分かってるでしょ。』
少しハスキーなウィスパーボイス。
アリスさんが、電話の向こう側で笑っていた。

48:ちゅ:2021/01/15(金) 16:11


『りんねちゃん、だめだよ。目の前で人が刺されたら、ちゃんと通報しなきゃ。』
「何であんたが出るの……」
『今ね、警察の人がお片付けしてるから付き添いしてるの。二人の遺体はもう片付いたから、もう帰るとこなの。』
淡々と喋るアリスさん。どうしてこんなに冷静で居られるのか私には分からない。だって、さっきまで目の前に戸川さんとむすびの死体があったはずなのに。
『水純ちゃんも酷い子だよね。せっかく助けてもらったのに無駄にしちゃうんだもの。それに私の仕事横取りするし。』
不服そうにそう呟くアリスさん。囁くような喋り方だから、息遣いまで聞こえてきて気持ち悪い。
スマホを少しだけ耳から話して、私は震える声を絞り出した。
「ああそうかよ、次は誰殺/すつもりだよ。人の幸せ奪うのがそんなに楽しいかよ」
『楽しいって言うか、これが私の使命なんだもの。それに売られた子達の幸せなんて、誰かの不幸の上で成り立ってるものばかりじゃない。』
「だからうちのクラスは何もなかったんだってば……」
語尾が消え入りそうなほど弱々しく呟いた。
本当に、私のクラスにはいじめも問題もなかった。些細なトラブルや喧嘩は確かにあったけど、それは個人個人の問題だったし、クラス全体を巻き込むような問題は一つもなかった。
それにみんな良い子だったし、クラスメイトを売るような子も居なかったはずなのに。なのに何で。
「何が不満だったんだよ……。今からでも取り消せよ」
こんなことをアリスさんに言ったってどうせ「仕方ない」で片付けられると分かっていたけど、思わず口から零れてしまった。犯人が分からない以上、アリスさんにぶつけるしかないじゃん。

『……りんねちゃん。明日って空いてるかな。』
沈黙の末、突然アリスさんがそう言い出した。
「え?空いてるけど……」
びっくりして思わず普通に答えてしまった。そう言えば明日は土曜日で休日だ。でも突然何だろう。
『じゃあ遊ぼ。十一時に××駅に来て。』
「は、はぁ?何でいきなり――」
『ドタキャンはなしね。じゃあ。』
ブツッ。私が何かを言う隙も与えずに、アリスさんは電話を切った。
「はぁ?」
仮にもアリスさんは私のクラスメイトを殺してきた人だ。自分のことも殺/すかもしれないような人と遊ぶわけないじゃん。
と思ったけど、ふと頭の中を過った。……アリスさんの連絡先知らないし、ほんとにドタキャンしたら、逆に怒りを買って殺されるんじゃないか。
「あーもう、クソ!」
私はスマホを枕に投げ付けた。
アリスさんが何を考えてるか分からない。何が目的で私を遊びに誘ったのかも全然分からない。何がしたいの、あの人。
結局私を殺/すなら、さっさと殺せばいいのに。深く関わり過ぎた人は消されるんでしょ?私はまだそこまで真実を知らないってことなの?

49:ちゅ:2021/01/15(金) 16:15


……待って。アリスさんが死/ねば、私のクラスメイトを殺/す魔女は居なくなる。そうすれば、もう誰も死ななくて済むんじゃ……?
ドクドクと自分の心臓の音だけが聞こえる。ふと浮かんできた自分の考えにそっと身震いした。
「人殺/すなんて、アイツらと同レベになっちゃうじゃん。でも」
そうでもしないと、きっとまたクラスの誰かが死んで、誰かが悲しい思いをすることになる。
真中ちゃんの悲しそうな声と後ろ姿が浮かんでくる。私と同じで父親が居ないのに、大事な友達が死んだのに、暗い顔をせずに明るく振舞ってた真中ちゃん。あんな良い子まで誰かの勝手な都合で死ぬなんて、冗談じゃない。
このクラスが魔女に売られなければ、沙里と珠夏が薬に溺れて死ぬこともなかった。沙里や珠夏が死ななければ、綾瀬さんが不登校になることもなかった。弓槻が死ぬことだってなかったかもしれない。むすびだって。
全部全部壊されたんだ。絶対に許せない。
「……一刻も早く、クラスを売った犯人を突き止めてやる」
弓槻のお婆ちゃんにもお願いされたんだ。弓槻の為にも、絶対に犯人を――
「あれ」
そう言えば、弓槻のお婆ちゃんから受け取った弓槻のノートって、何の意味があったんだろう。パラパラと捲っただけだけど、中身は計算式がずらりと並んでるだけで、特に私に向けてのメッセージなんかは何も書かれてなかった。
鞄に入れたままだったノートを取り出して、表紙を見る。鉛筆の跡も折り目もない。まるで新品みたいに綺麗だ。端の方に小さく「弓槻ゆずか」と書かれていなければ、完全に新品と見間違えるだろう。

表紙を捲ると、まるでパソコンで打ち込んだフォントのような綺麗な文字が、几帳面に整列している。
なんだこれ。ただの数学のノートじゃん。何でこんなものを私に?
と思いながら一ページずつ読み進めていくと、とあるページの計算式の下に妙な空白が出来ていた。次のページからはみっちりと計算式が書かれているのに。
「?」
よく分からないけど、きっとここで日付が変わったりしたから空けといたのかもしれない。私はそのまま最後のページまで読み進めた。

「……はぁ?」
結局最後のページまで計算式が書かれてただけで終わってしまった。
意味分かんない、あのお婆ちゃんボケてきてるのかな!?
なんて失礼なことを思いながら、私はそのノートを勉強机の上に放り投げた。

そのままベッドに寝転んで、真っ白な天井とLEDを見詰めていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
そして、また夢を見た。


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