黄色と、エナメルバッグ。

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1:ヒヨドリ:2021/01/14(木) 11:57

イメージカラーは、黄色。そんなフレッシュレモンみたいな黄色……ではなくて、もっと卵焼きみたいな、食欲をそそるような黄色。君をみたらいつも思い出すその色は、今となってはどこにでもある色で、目に入ると少し苦しくて、いや眩しすぎて、目を背けてしまいそうになる。
あぁだけど、いい思い出だったなって、そんな風に思えてしまう自分がいること。あの時の私が、あの時のあの人を好きだっただけの話だと、そう納得してしまった自分を、少しだけ誇らしくも思うのだ。

2:ヒヨドリ:2021/01/14(木) 12:33

第一章 小学6年 夏

「中学の野球部に、女子が一人いるんでしょ」
試合を終え、蛇口の水をバシャバシャと顔にかけていた時だった。同じ学年の安部凛太が顔に付いた泥を手で拭きながら、こちらに歩いてきた。
「ああ、そうらしいな」
そうらしいなとは言いながら、頭では全く別のことを考えていた。7回表にセンター前ヒットを打たれた場面、自分の目の前に白い蝶が横切り、一瞬集中を切らせた。相手は同じチームの5年生で、通常であればヒット1本すら打たせない自信はあったのだ。
「凛太、俺のクーラーボックスどこにある?」
「ベンチの裏にお前の母ちゃんがさっき置いてったよ」
クーラーボックスを開け、アイシングサポーターを肩に巻いていると、凛太がクーラーボックス内の保冷剤を手に取り、俺の頬に当ててきた。
「冷てえな、やめろよ」
「経験者なんかな? 俺あんまり上手くないと思うんだよなぁ〜」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
凛太の手から保冷剤を奪い取り、クーラーボックスにしまう。右肩がひんやりと冷たくなってきて、少し気分は良かった。先程の白い蝶だろうか、物置の傍の木の葉の上で、羽を休ませていた。
「なぁ、お前さぁ」
振り返らずになんだよと答えた。
「中学でも野球やんの?」
「さあな。気が向けばね」
もちろん続けるよ、とは言えないのが俺の性格だ。小学校から自宅の帰路にある中学校のグラウンドは、もう何回も目にしている。中学生と言われても、今はまだイメージが全くつかなかったのだ。

3:ヒヨドリ:2021/01/14(木) 13:24

第二章 中学1年 春

「学級委員またやるん?」
ポニーテールが揺れた。中1のクラス替えではクラスが離れてしまったが、小学校では仲が良かった女子の1人が話しかけてきた。
「推薦されればね」
「でも小学校でやってたんだから、やるでしょ!」
もう1人、うるさいやつが話しかけてきた。この、バスケができて、足の速い女子はいつも俺に絡んでくる。最も、この学年の女子は何かにつけて冷やかしたりバカにしたりしてくるのだが。
廊下にいる時に話しかけてきた女子の対応に追われていると、気がついたらポニーテール姿は見えなくなっていた。この後には入学式が控えている。

4:ヒヨドリ:2021/01/15(金) 12:51


体育館に移動してしばらくすると、校長先生の話が始まった。1年生以外の学年は教室で待機しているはずだ。中学生になった自覚をもち、勉強や部活に励むこと。優しい先輩ばかりだから、分からないことがあったら聞くこと。要約するとそんなところだ。
隣に座っていた、小学校の時に同じ野球チームだった凛輔(凛太と名前が似ていることから、凛々兄弟と言われていた)に目で合図をされた。
「話が長くね?」
そうだなと、目で俺も応答する。自分にしか分からないくらいの小さなため息をついて、もう一度前を向き校長の顔を見てみる。
希望に満ちた中学生活になるのだろうか。自分にも、漫画や小説にあるようなキラキラした学校生活が送れるのだろうか。
ふと考えたが、ないな、と心の中で自分を笑った。そして、校長の話にもう一度耳を傾けた。

5:ヒヨドリ:2021/01/15(金) 19:39


入学式後にHRが開かれ、案の定、と言ってはなんだが、俺は学級委員に推薦され、クラスをまとめる役割を引き受けることになった。先程話しかけてきたバスケ部の女子も同じく学級委員に選ばれた。担任の先生は軽く自己紹介をした後、再度、中学生としての自覚を持つようにと念を押した。中学生としての自覚はもう既に自分の中で持っているつもりなのだが。
HRが終わり、廊下に出た。丁度、2年生のクラスもこの時間で終わりのようで、廊下の奥の教室から生徒が何人か出てくるのが見えた。頭にスケジュールを思い浮かべ、1年生の体験入部は来週からで、自分は特に用事もなく帰れることを考えた。
「よっしゃー、ゲームしよ!」
誰に声をかける訳でもなく、大きめの声で呟いて配布物をカバンにしまい込み、廊下へ出た。2組と3組はまだ授業が終わっていないのか、まだ教室の前に人はいなかった。

その時、左斜め後ろから突然、何かの衝撃を感じた。考えている暇は一瞬もない刹那の出来事だった。体をガードする暇もなく、二三歩ほど前に押し出され、自分が人とぶつかったことに気がついた。
「ごめん! 大丈夫?」
身長は同じくらいだろうか、帽子をかぶった男と目が合った。顔を覗き込まれたこともあり、驚きで言葉を失った。髪の毛は短く、中性的な顔立ちをしていながら、眉目は整っていた。イケメンだとは思わなかったが、最近ではこんな雰囲気の顔がモテるのではないかと思った。
足元を見るとシューズの紐は赤で、ひとつ上の先輩であることが分かった。
「大丈夫……?」
再度聞かれ、自分が黙っていたことに気がついた。その人は被っていた帽子を取っていた。
「いや、大丈夫です。 すみません」
その人はごめん!と、再度謝り、階段の方へかけていった。肩からかけていた紺色のエナメルバッグは、大きな音を立てて揺れていた。そして、その人が階段横の角を曲がると、その音もすぐに聞こえなくなった。

6:ヒヨドリ→ぴよどり:2021/01/15(金) 23:24



「後輩が入るから、気を引き締めていくぞ」
練習の前に3年のキャプテン、中津先輩がそう言った。中津先輩の名前は瑠璃といって、名前通り綺麗で整った顔立ちをしている。そのおかげで同学年の女の子に何度サインを頼まれたことか。アップシューズのマジックテーブルをきつく締め、ついでに、自分の心も引き締める。
とてもしんどかった冬の室内練習からは解放され、まだ少し土は湿っているが、春になってから何回目かのグラウンドでの部活だ。室内練習での体力作りにしっかりついていけないため、少しだけ胸をなで下ろしている自分がいた。

「よろしくお願いします!!!!」

アップに入ろうとしていると、バックネット裏の入口から、威勢のいい声が聞こえてきた。間もなく、1人、2人と同じような少し高めの声が続く。新1年生の仮入部のメンバーだと、すぐに察した。1年生はまだ身長が小さいように見えた。もしかしたら、全員自分よりも小さいかもしれない。
そう思った時、1人だけ、周りの1年生よりも身長の高い子がいた。野球部にしては髪の毛は少し長めで、スラッとした体型で少し伏せ目がちに、こちらをじっと見た……ような気がした。
どこかで見た事あるような。気のせいかな。

「じゃあ1年生は土手ランしてきて! 3年の先輩が誘導するから」
中津先輩が指示を出し、3年生が一人ついて1年生は土手ランに連れ出されて行ってしまった。土手ランニング、通称土手ランは往復4キロほどの道を走る、中学生にとっては少しきついメニューだった。2年と3年はそのままアップを続け、キャッチボールに移った。その時、グラウンドの後ろの道を誰かが走ってきた気配がした。
「…うそやろ……」
思わず小さな声で呟いていた。ボールを相手に投げ返さずに体育館の壁に設置されている大きな時計を仰いだ。1年生達が土手ランに出発してから、まだ15分も経っていなかった。先程見た背の高い1年生が土手ランから戻ってきたのだ。間もなく彼はグラウンドにまで到着し、汗を滴らせながら膝に手をつけ、肩で息をしていた。彼の体から発される熱が、自分にまで伝わってきそうな気さえした。
速すぎるだろ…。そう思いながら、私はそれを見ないふりをしてボールを投げ返した。どんな体力をしているのだろう。後輩といえど、少し恐怖を覚えた。こんな、人いるんだ……。

7:ヒヨドリ→ぴよどり:2021/01/15(金) 23:37


彼と直接話をしたのは、その数日後の事だった。

「三好っていうんだ。三好…悠ニ……ゆうじ?だっけ」
「合ってます」

彼から私の名前を確認されることはなかった。しかし、仮入部期間が終わる頃には私の名前を自然に呼んでいた。

「伊角さん」

同期のチームメイトの中には、私のことを奏音≠ニ、呼ぶメンバーもいたが、どうやら苗字呼びを選んだらしい。
グラウンドにいる時の彼は先輩にしっかりとした敬語を使い、かしこまっているように見えた。学校内でも学級委員が毎日しているあいさつ運動をすすんでやっており、私は彼に対していい印象しか持っていなかった。

8:ヒヨドリ→ぴよどり:2021/01/15(金) 23:42

>>6
マジックテーブル→マジックテープ

9:ヒヨドリ→ぴよどり:2021/01/20(水) 19:17



私は一年前、初心者で更に女子という身で、この縦坂中学校の野球部の門を叩いた。少し、私が野球をするきっかけになった話をしておこう。
 きっかけは小学校の時の習い事で一緒だった8個上の先輩だった。彼は私が今通っている中学と同じ中学に通う先輩だったが、陸上部に所属し、シニアで硬式野球をしていた。とても野球がうまく、まだ小学生だった私相手に、よくキャッチボールをしてくれた。
「奏音、だから、ゴロはグローブを上から被せちゃダメだよ」
「なんで!? これでも取れるよ!」
「手のひらを上に向けるようにして取って」
「こう?」
「それは寝かせすぎ…」
 お兄ちゃん、と呼んでいた彼との会話は、うろ覚えではあるけれど、今だに思い出すことができる。丁寧に教えてくれたおかげで、野球のチームに所属はしていなかったが、小学校ではかなりボールを遠くまで飛ばせるようになっていたと思う。私がお兄ちゃんと呼んでいた彼は、野球推薦で県内で有名な野球の強豪校に入学し、野球漬けの毎日を送っていた。そんな中でも、練習終わりによくキャッチボールをしたり、家で夕飯を食べて行ったり、私は本当のお兄ちゃんのように慕っていた。
 私が小学4年生の時、お兄ちゃんが最後の引退試合を終えた。レギュラーとして出場していたが、甲子園には一歩、届かなかった。
「今はそっとしておくの。メールとか出しちゃダメだからね。」
母親にそう言われ、当時の私にはよく理解出来なかったが、メールを出さずにとりあえずしばらく待ってみた。
 4ヵ月ほど後だっただろうか、次に会ったお兄ちゃんは、それまでの、“野球をしている好青年”とはかけ離れていた。金髪でロン毛、更には耳にピアスを開け、制服の胸ポケットにはタバコが入っていた。
 
あぁそうか、人ってここまで変わってしまうんだ。

 子供ながらにそう思って、少し怖くなった。私が慕っていたお兄ちゃんが、もうそこにはいない気がした。
 野球をしたいと思うきっかけになったその人とはほとんど連絡を取らないまま中学生になったが、ずっと野球が好きな気持ちだけは持ち続けていた。
最初は陸上部に入り、槍投げをしようと陸上部の顧問の先生から部活の入部届をもらった。しかし、クラスで野球部に入部した人達がユニフォームに着替えているのを見て、どうしても野球への思いを諦め切れなかった。その日のうちに野球部の顧問の先生のところに行き、女子でも入部が可能かを聞いた。先生は笑って許可をしてくれたが、その代わり条件がある、と柔らかい物腰のままで私に伝えてきた。

「3年間、絶対に辞めないこと」

緊張した。できる、と自信を持って言い切ることが出来ればよかったが、ここで覚悟を決めなければと、この時、手を握りしめたのだ。

「やります」

10:ぴよどり:2021/01/20(水) 19:59


「先輩、キャッチボールいいですか」
「ああ、いいよ」
 
 明日は練習試合だった。来週には先輩たちにとって最後の大会が行われる。部内の雰囲気はどこかピリピリと張りつめていた。慕っている大介先輩からも、最近は落ち着いた、少し近寄りがたい空気が流れているのを察知していた。
 大介先輩は体育委員でも一緒だったため、よく話すことがある。この前は委員会が終わった後に、一年生それぞれについて聞いた。
「あいつらはスポ少(スポーツ少年団の略。小学校の野球チームのことを指している)から一緒だけど、かなり独特なカラー持ってるよ。凛太はすげーふざけるし、凛輔は名前は似てても落ち着いてるな」
「ああ、そうなんですね」
「三好は、うざい」
「……えっ?」
「あいつは、変」
 一瞬、優しい雰囲気の大介先輩が放った言葉に動揺したが、言葉の内容とは裏腹に表情は柔らかかった。そのちぐはぐさに、私は少し笑ってしまった。
「見た感じ、めっちゃ真面目そうですけど」
「猫かぶってるだろ、あいつ」
 先輩は笑いながら、委員会で使った資料の整理をしていた。手伝います、と言って机の上にあるホッチキスを取り、プリント類をまとめる作業に取り掛かった。

 キャッチボールをしながら、その光景を思い出していた。そうだ、先輩は次の大会で引退してしまうのだ。引退してほしくない気持ちと、部内での最高学年になったときに、自分がどう振舞えばよいのか考えあぐねている気持ちが混合していた。
 
 空が曇ってきた。土手ランに行っていた、正式入部を決めた一年生が一人、二人と戻ってきていた。その日、正式入部が決めたはずの三好の姿はなかった。

11:ぴよどり:2021/01/21(木) 16:45




「わざわざ手伝ってもらってありがとうね。部活もあるのに」
「いえ、大丈夫ですよ」
 やっとまとめ終えたクラス目標の集計用紙を、担任の天野先生に渡す。外はまだ明るかった。部活に遅れることは同じクラスの凛輔に伝えてある。あいつはしっかりしてるから、ちゃんと伝えてくれるはずだ。

「部活はどうなの?」
 担任の天野先生はとても柔らかい話し方をする女性の先生だ。確か、俺と同い年の野球をしている息子がいて、今は少し離れた市内の中学に通っているらしい。まだその彼を見たことはないが、いずれ試合をすることになると思っている。
「まだ慣れないですかね。体力的もついていけるか不安なので、もっと頑張りたいです」
「そう。でもあんまり無理はしないでね。部活いってらっしゃい」
「ありがとうございます」
 失礼しますと言ってお辞儀をし、職員室を出る。あの先生はきっと、俺のまだ見えていない、色んなことを理解しているんだろうな、となんとなく思った。
 外はまだ明るい。入部したばかりなのに部活に遅れていくのは少し気まずい。一年生は今日も土手ランに連れていかれているだろう。秋には体力測定があるから、もっとタイムを縮めておきたい。今日は走らなかったから、家に帰った後少し走ろうか。
 教室でユニフォームに着替え外に出ると、ちょうど夕焼けが一番色濃く辺りを照らす時間帯だった。玄関を出てグラウンドに向かう道にを小走りで歩いていると、軟式テニスの白いボールが転がってきた。

12:ぴよどり:2021/01/21(木) 16:47


 そのボールを拾い上げてテニスコートの方を見ると、コートの入り口から瀬々菜乃華が出てきた。
「あっ、ありがと三好」
 ポニーテールがまた揺れる。左手にはラケットが握られていた。ボールを菜乃華の方になげ、小声でおつかれと言った。
「なに部活サボってるの?」
「いや、サボってない。学級委員の仕事」
「へーそうなんだー」
 聞いておきながら興味なさそうに踵を返してコートに戻っていく。夕日が頬に当たり、少し風向きが変わったのを感じた。夕日はテニスコートと彼女を、淡いオレンジ色に染めていた。

13:ぴよどり:2021/01/22(金) 15:38



第3章 中学1年 夏


「だから!ちゃんと練習しろって!」
 
 一つ上の先輩は2週間前に引退試合を終えた。その後、部内は新しいキャプテンを筆頭に、秋の新人戦に向けて練習を開始した――はずだった。
「やってんだろ」
「先輩から言われたメニューと違うことすんなよ!」
 部活中は四六時中、新キャプテン伊藤昂が声を張り上げていた。
「何言ってんだよやってんじゃん!」
「うるせえな昂、お前大してわかってねーんだから口出すなよ」
 部活中にメニューをこなさない、私と同期のメンバーが三名いた。面倒なので問題児トリオとでも言っておこうか。トリオの一人は最近、消臭スプレーを薬局で万引きしたことで警察署に連行され、もう一人は二時間ほど前に、渡り廊下のドアに向かってスライディングをして破壊し、破損報告届を書いていた。

 先輩が引退する前はこんな問題行動はなかったのに、どうしてこうなってしまったのか。私が何を言っても彼らが聞くはずがないので、ため息をつくことしかできない。
 隣にいた三好の表情を見た。眉間にしわを寄せて、はめたグローブにボールを投げ込みながら何かを呟いた。
「えっ?」
 とっさに聞き返した。すると、
「いや、なんなんだろうな、あの先輩たちはと思って」
「……だよね。とりあえずメニュー進めてようか」

 言い合いをしている2年生を無視し、私たちは三塁側でトスバッティングをはじめた。さっき三好のチラッと放った言葉が少し気になった。
 1セット目が終わったくらいの時、言い合いをしている三年生を横目に、1年生のキャプテン、浅島星が誰に言うわけでもなく吐き捨てた。

「おれらさ、あんな先輩たちの言うこと聞かなきゃいけないわけ?嫌なんだけど。」
 凛輔や凛太も浅島星のほうを見て、目で合図をした。冷たい目線が三年生に向けられているのを感じたが、誰も私の方は見ていなかった。頭の中では、どうしよう、どうまとめたらいいかわからない、どうしよう、と、自分に問うても答えの出ない問いを繰り返していた。
 こんな調子で部活をしていけるのだろうか。

14:ぴよどり:2021/01/22(金) 15:44


もし読んでくれている方がいれば、気軽にコメントください〜。

外のサイトでも書いているので同時並行になりますが、
楽しんでいただければ私もうれしいです(^^)

読んでる人いるんかなあ。。誤字脱字に気を付けますね。

15:ぴよどり:2021/01/26(火) 00:50



「なんでそんなに急に荒れだすんだよ」
 大介先輩は困ったように笑った。わかりません、と力なく呟くことしかできない。むしろ私が聞きたいくらいだ。何か言おうにも暴走する3人を止められるような発言権は私にはない。

「大介先輩、たまには部活に顔出してくださいよ」
「委員会と塾があってなー。まあ、考えるよ」
「お願いします」
 委員会が同じこともあり、大介先輩とはよく話す。今日もこれから体育委員会が教室で開かれる。
 部活を引退した大介先輩は髪の毛が少し伸びていて、坊主姿しか知らない私にとっては少し新鮮だった。そういえばこの前、友達の友達伝いに、大介先輩が同い年の女の子を家まで送っていたという話を聞いた。生徒会に入っているから私も知っていたが、もしかしたら大介先輩はその人と付き合っているのではないかと、どうでもいいことを委員会中に考えていた。そうだとしたら、生徒会のあの先輩はとても見る目があると思う。
 生徒会か。自分には縁のない、“上の人”って感じがするな。

16:ぴよどり:2021/01/26(火) 00:50



 部活がまともに機能しておらず、キャプテンの昂は連日大声を張り上げ、ある朝おはよう、というとかすれた声でおはよ、と帰ってきた。
「大丈夫?昂」
「見てわかるだろ、大丈夫じゃねーよ」
 ただでさえ短気な昂に、これ以上部活の話題を振るのはよくないとみた。玄関で疲れた顔を見せた同期に、なんて言葉をかければいいかもよく分からない。

「合唱コンクール、何歌うか決まった?」
 ちなみに、私のクラスは昨日の音楽の授業で既に決まっていた。
「俺らは今日のHRで決めるつもりだよ」
「そうなんだ」
 私ピアノの伴奏をすることになったんだよね、と言いかけてやめた。ついでにクラスの合唱ポスターの絵も描くことになって……なんて、口が裂けても言えない。
 部活来ないつもりかよ!と怒鳴られてしまう。本当に、どうしたものか。

「2年がこんなんでどうするんだよって感じだよな」

昂が大きくため息を吐いた。
「鈴木先生には言った?」
 鈴木先生は私たちの野球部の顧問だ。私を野球部に入部させてくれた恩人でもある。
「言って怒ってもらわなきゃだけど、あいつらそれでも変わらねーもん」
「たしかにそうだよね」
 部活内の問題すべてが昂の背中にかかってしまっている気がした。これは本当にどうにかしないとだと何回も思っているのだけど……。

「まだ1年が話聞いてくれてるだけマシだよ」
「1年はいい子ばっかりだよね。本当にこんな先輩で申し訳ないなと思う」

 ふと三好の、眉間にしわを寄せた顔を思い出した。あの時あの子は何を思っていたのかを考えると、少し怖い気持ちはあるのだが。

17:ぴよどり:2021/01/26(火) 00:51


 
 その日の放課後、私はトイレ内の個室でユニフォームに着替え、理科のプリントを届けるために職員室に寄った。
「失礼します!」
 ドアを開けると、左側の一年生の教師陣のデスクが並んでいる場所に三好を見つけた。担任の先生と何かを話していたが、視線に気が付いたのかこちらを振り返り、一瞬目が合った。
 理科の先生が不在だったため、先生のデスクにプリントを置き、職員室を出た。
「失礼しました!」
 私がそう言ってドアを閉めたすぐ後に、もう一つのドアからも「失礼しました」と声が聞こえた。

「三好。何してたん」
「あぁ、学級委員の仕事です」
 三好は何枚かプリントを持っていた。まだユニフォームには着替えておらず、学校指定のジャージの半袖半ズボンを着ていた。
「ふーん、大変そう」
「大変ですよ、授業の時間以外にもいろいろやらなきゃいけないし、クラスのやつは言うこと聞かないですし」
 不機嫌そうな顔になった。この子は本当に、なんて真面目なんだろうと感心しかしない。品行方正という四字熟語があるが、この人にピッタリだと思った。
 がんばって、と言いかけたところで、渡り廊下の向こうから何人かがすごい勢いで走ってくる音がした。咄嗟に三好と私はその音の方向に目を向ける。

「ちょっと三好!!」
 
 その声は恐らく渡り廊下中に響き渡り、窓をカタカタと振動させ、職員室前の廊下にまで十二分に聞こえてきた。

18:ぴよどり:2021/01/26(火) 00:52


 靴ひもを見た。黄色だから、三好と同じ一年生だ。
 走ってきたのは女子3人。ショートボブの子と髪の毛を結んでいる子、もう一人髪の毛が方ではねてるタコウィンナーのような子。おそらく今の大声はショートボブの子が発したようだ。先ほどに続けて、恐ろしい声のボリュームで三好に詰め寄った。
「ちょと、早く帰ってきてよ!なにしてるの!?こっち大変だったんだから」
「先生に頼まれ事してたんだよ」
 面倒くさそうに、三好は目をそらす。
「まじでさ、そうやって先生にいい子アピールしなくていいから」
 タコウィンナーの子が少し冷ための声で吐き捨てた。
 えっ、そんなこと言うか、普通。と内心驚いてしまい、声が出なかった。この子の頭どうなってるんだ?

 その3人の女子はワイワイと三好に話しかけ、なにやら教室で問題が起こったこと、明日の学年委員会で間に合わないことなどを話していた。仲がいいようにも見えるが、そうではないようにも見える。
 そんな大変な時に引き留めてごめんよ、と内心思いながら無言でその場を去る。その時、ポニーテールが揺れ、一人の女の子がこちらを見た、ような気がした。

19:ぴよどり:2021/01/26(火) 01:38


こっちにも書いてます。ぜひ。
 
https://estar.jp/novels/25770936

20:ぴよどり:2021/02/04(木) 01:17



*****

 伊角さんは部活に向かった。俺も部活に行かないといけないのに。なんで他の学級委員のメンバーはこんなに仕事ができないんだよ、と少し腹が立つが、俺はこの仕事は嫌いではなかった。
「今の人、女子の野球部の先輩だよね」
 なんかちょっと格好いいなーと呟いたのはリサだ。こいつもバスケができるという理由で、一部の女子からは格好いいと騒がれているのだが。
「三好、とりあえず教室戻って」
 瀬々菜乃華がポロリと言葉をこぼす。パッチリとした目がこちらを捉えた。
「…わかったよ」

21:ぴよどり:2021/02/04(木) 01:18






「来週から夏休みです。」
 学年委員会用に頼まれていたプリントも昨日のうちに作り終え、仕事はなんとか間に合った。担任の天野先生は、夏休み中の宿題を管理するプリントを配りながら話している。自分の席に回ってきた薄いピンク色の紙を見てため息をつきたくなる。特に夏の予定は決まっていない。おそらく去年と同じく、野球とゲームをして終わるだろう。だがしかし勉強もしなくてはいけない。次の期末テストは、前回と同じく学年5位なんていう順位は取っていられないのだ。

 先生の話が終わり、号令とともに教室を出る。流石に今日くらいは早めに部活に行こう、と思いかけたが、まともに部活をしない先輩達の顔を思い出した。正直、行きたくはない。そんなことを思いながらも、足はグラウンドの方に向かう。

「三好」
 階段を降りているところで、階段の上の方から昂さんに声をかけられた。

22:ぴよどり:2021/02/04(木) 01:20


「今日部活中練だから」

「ああ…」

そういえば外は雨が降っていた。久々の“中練”というワードについていけなかった。野球部は室内で練習するときは玄関の前が集合場所だ。
玄関に荷物を置き、ドアを開けると雨の匂いが体を包んだ。梅雨以来の強い雨だ。明日のダブルヘッダーの試合もなくなるかもしれないなと思った。玄関前で待っていると、一年生が全員集まった。

「え、先輩は?」

凛輔が言った。昂さんはさっき階段で会ったはずだが、他の2年生も誰も見当たらない。他の部活の生徒は部活を始め、渡り廊下ではテニス部が柔軟体操を始めているのが見えた。
すると、伊角さんが階段を駆け下りて来た。


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