____静かに暮らしたい。
その願いはいとも容易く踏みにじられた。
最愛の彼は奪われ、クラスの女子達からは陰湿ないじめ。
幸せだった日々が完全に壊れていく。
…絶対に許さない。
今、復讐に拳がうなる。
愛する恋人が傍にいて、毎日笑いあって。
そんな風に小さな幸せを積み重ねるのが好き。
愛しいほどに幸せだった。
…あの女、鬼塚静が来るまでは。
「神楽真澄です。よろしくお願いします」
淡々と告げ、ぺこりと頭を下げた。
ここは水仙女子高校。
今日からあたしが学生として過ごす場所。
「じゃあ神楽さんは空いてる席に座ってください」
「はい」
言われた通りに空いた席へ向かう。
やや機械的な足取りで進んでいると、ふいに視界の端で何かが動いた。
「…なーんだ、引っかからないのかよ」
「…」
足元に伸ばされた赤い上靴。低俗な嫌がらせだ。
だがこの程度、どうってこともない。
…あたしは覚悟をしてきたのだから。
水仙女子高校。
この辺りの地域ではかなり有名で、素行の悪い生徒が多数いることで目立っている。
そのせいで殺伐としている校内では穏やかな学園生活を送ることなど不可能。
ではとうやって生き残るのか。
それは「実力至上主義」に他ならない。
拳での強者が生き残り、抵抗する術を持たない弱者が淘汰されていく世界。
それが水仙女子高校の実態だ。
…しかし、そんな高校で全生徒の上に君臨する「最強の女」がいる。
その女こそが、憎き女。水仙の女帝「鬼塚静」である。
「ねー、神楽さん」
休み時間。一人の女があたしに話しかけた。
「なんですか?」
「あのさー、なんで転校してきたの?」
理由なんて決まっている。あたしの彼を奪い、日常を壊した鬼塚への復讐。それだけだ。
しかし、そのことを他の生徒に知られてはいけない。
あたしは目を逸らし、静かに告げた。
「…ちょっと、いじめみたいな」
「あー、やっぱり? そういう顔してるよね」
「…」
「とある子がね、いじめられて転校したの」
「そうですか」
「その子の席が…今あんたが座ってるとこ」
女はあたしの椅子を指差した。
「あんたもせいぜい気をつけてね。また机空いちゃうとつまんないからさ」
…そうか、既に選別は始まっているんだ。
あたしが「淘汰される人間」かどうかの。
鬼塚静を潰す方法は2つある。
1つは真正面から挑んで勝つこと。
だが、その方法はあまりにもリスキーすぎる。
鬼塚静は水仙高校のトップ。
実力至上主義の高校で頭を張っているのだから、その実力は全員に認められている筈だ。
故に生徒達は鬼塚に服従する。
つまり、気に入らない人間がいれば命令して徹底的に排除できる権限を持っているのだ。
その権限の及ぶ場所は計り知れない。
…現に、区域の違う学校のあたしでさえ排除する命令を出したように。
そんな状況であたしがたった1人敵陣に乗り込むとなると敗色が濃くなることは間違いない。
ならば2つ目の方法。
それは、「あたしがトップになる」ことだ。
そうすれば全ての権限はあたしに移る。その時始めて鬼塚を潰せるだろう。
実力至上主義には同じものを持って応える。
それがあたしの復讐だ。
「おい、転校生」
背後から声がかかる。
振り返ると、そこには2人の女がいた。
「水仙に来たらまずクラスの番に挨拶するのが基本だろ」
番長。
この目の前で不良漫画みたいなことを喋ってる女が番?
それとも…奥であたしを睨んでる耳ピアスの女か。
探るように見ていると、不良漫画女が怒声を飛ばした。
「なにガンつけてんだよ! 美穂さんがいくら寛容だからって舐めんじゃねえ!」
美穂さん。つまり、番はこいつじゃなく後ろの耳ピアスらしい。
「…あなたが番長ですか」
「あ?」
耳ピアスの眼光が更に鋭さを増した。
「私は質問をしろって言ったんじゃない。挨拶しろって言ったんだ。意味分かる?」
「ああ、ごめんなさい。おはようございます」
「てめえ…」
「よしな」
すっ。取り巻きの前に手を出す。
耳ピアスは小さくため息をつくとあたしを見つめた。
「…あんたみたいな奴が、たまーにだけど来る時があんのよ」
「…」
「でも、そいつらは今ここにいない。いい加減分かったよね。私に逆らったらまともに生活できないと思いな」
この女は、他人を排除する権利が当然のものだと思っている。
そして、その権利を持っている自分への自尊心、優越感。
だからエゴの為に人を傷付ける。
そういう、許せない人間をあたしは一人知っている。
「…他人をいじめて追い出して、お山の大将気取り。そんなものが楽しいですか?」
いつの間にか、席を立っていた。
「そんなことでしか自分を保てないなんて、哀れな人ですね」
「…せっかくこっちが忠告してやってんのに」
耳ピアスがこきり、と首を鳴らした。
その双眸は怒りに縁取られている。
「教えてやるよ。あんたみたいな奴は言って聞かせても分かんねーって」
バッ!あたしの頭に向かって手が伸びる。
…遅い。
あたしはその手を掴んだ。
「……髪の引っ張り合いで実力主義? 笑わせてくれますね」
「っ…!」
__キーンコーンカーン…
ふいにチャイムが鳴る。
まるであたしに勝利を告げるかのように。
「くそっ、あの女…!!」
ドンッ!銀色の柵を拳が叩く。
青空の下、屋上で川崎美穂の周りを数人の女が囲んでいた。
「…潰そうよ」
「それは分かってる!」
「大人数でボコせばいいじゃん。そしたらさすがに言うこと聞くっしょ」
「…あたしはプライドを傷つけられた。そんな簡単な方法で言うこと聞かせても腹の虫が収まんないのよ」
「じゃあ…どうすんの?」
「そうね……あいつのプライドがズタズタに傷つくような、屈辱的な方法にするのよ」
…キーンコーンカーンコーン
放課後のチャイムが鳴った。
夕暮れの下駄箱で靴を履き替えていると、ふいに人影があたしを覆う。
顔を上げるとそこには見覚えのある顔がいた。
「来な」
川崎美穂。2-1の番長。
何か用事があるなら今日の休み時間でのことに決まっている。
用事がもしも決闘だとしたら、川崎を倒すことで2-1から実力を得られて鬼塚に一歩近付く。
そうだといいけど…
あたしは身構えながら川崎の後をついていった。
「ここは…」
着いたのは人気のない路地。
こんな場所を選ぶというなら、やはり決闘以外の線は薄い。
「戦うんですか?」
「…馬鹿ね」
「?」
「私があんたごときと戦うわけないじゃない。…出てきな」
川崎の声で、反対側から何者かが姿を現す。
「!」
姿を現したのは2人の男だった。