こうなったのは全て計算通りだったんだろう。
ただ歩くだけに矯正すれば、社会は満足するに違いない。
私はロボトミーを受けたかのように感情を失ってしまった。
冠の被り方を知った一本道の王様は、今日も蜃気楼のような迫害を続けて、私は咀嚼され溶けていく飴のように消え去っていくだろう。
私自身の肉体的な存在は、精神的な私を犠牲にすることによって成立するのか。
そんなことあってはならないだろう。
私自身は生き続けなければいけない。
愚かであろうと、他者の歩幅に合わせていてもつまらないではないか。
ゴミ箱に入っていた丸められた紙の中に、紙が抉れるくらいの筆圧で刻まれていたその文字列は、悲鳴のようであれば、卒業証書のような気もした。
きっと誰かも同じ道を通って来たんだろうな、と交差点を左に曲がった。
その先には、