センパイの手が、あたしに触れる。髪に、頬に、唇に。いつもはぞんざいな扱いなのに、なんでかすごい優しくて、まるで愛らしい小動物を見つめるような、そんな視線をあたしに向けてきて。耳元で囁く言葉も、いやに甘くて――まるで、センパイじゃないみたい。
この人はホントに、センパイなんだろうか――
*
目覚まし時計の音が、けたたましく鳴り響く。のっそりと手を伸ばしてアラームを止めると、いつものようにベッドから這い出た。
でもなんだか、目覚めた感覚はいつもとは違う。落ち着かなくて、そわそわして、周りを気にしてしまう。きっと、あのヘンな夢のせいだ。センパイがいるんじゃないか、実は隣で寝てるんじゃないかって思ってしまう。風紀委員なのに、なんてだらしがないんだろう。
「ひのめ、起きたのー? 貴之くん、もう来てるわよー」
お母さんの声が、あたしを呼んでいる。……というか、なんで、センパイが家に? 小首をかしげながらテーブルの上に放り投げてあったスケジュール帳を手に取ると、今日の日付をチェックする。そこには、可愛げの無い文字で"センパイとデート♡"と書いてあった。付き合ってもいないのになにがデートだ、バカ野郎。
「ひのめ、ひのめ! これ以上待たせんじゃないわよ!」
追い打ちをかけるように、お母さんの声が1階から響いてくる。はあい、と間抜けな返事を返して、急いで準備に取り掛かった。ホントになんで忘れてたんだろ、あたしってば、間抜けすぎる。