〜アタシは“城ヶ崎莉嘉”だから〜
「お姉ちゃん!」
「はいはい、莉嘉」
アタシはいつだって、お姉ちゃんの背中を追いかけてきた。
だって、お姉ちゃんはカッコよくてアタシの憧れで……何より、お姉ちゃんの事が大好きだから。
……でも、少し考え方が変わってきた。
『お姉ちゃんみたいなカッコいいカリスマJKになりたい』から、『お姉ちゃんよりも凄いアイドルになりたい』……って。
そして、自分らしさを見つけたい、見て欲しいって。
お姉ちゃんの背中を追いかけるんじゃなくて、お姉ちゃんの背中を追い越したいって思ったんだ。
つまり、お姉ちゃんを目指すのを辞めるってこと。
だけど、アタシはお姉ちゃんを目指してこれまでやってきた。
アイドルになったのも、お姉ちゃんみたいになりたかったから。
セクシーなお仕事がしたいのも、お姉ちゃんみたいになりたかったから。
「アタシ、お姉ちゃん目指すの辞める!」
だから、少しテイコウがあったけど、結局お姉ちゃんと二人で話せる時にそう言った。
当然、お姉ちゃんに理由を聞かれた。
「アタシね―――――」
アタシはその時、自分の思ってることをぜーんぶ言った。
そしたら、謝られた。「気づいてあげられなくてゴメンね」って。アタシが勝手に決めたことなのに。
アタシが勝手に決めたことで、お姉ちゃんに悲しい顔をさせちゃった。
でも、アタシはこれだけは譲らなかった。
みくちゃんみたいに、自分を曲げないで……っていうのはちょっと違うかな。ゴメンね、みくちゃん。
そして、呼ばれ方も。
「妹ヶ崎」じゃなくて、「莉嘉ちゃん」とか、「莉嘉」って呼ばれたい。
“お姉ちゃんを目指すアタシ”じゃなくて、“城ヶ崎莉嘉”を見て欲しかった。
……って、その時は思ってた。
ある時、お姉ちゃんが出るライブのチケットを貰った。
当然、お姉ちゃんのカッコいい姿は見たかったから、見に行った。
「美嘉ー!」
お姉ちゃんは、ファンの人達みんなに名前を呼ばれて、やっぱりキラキラしてた。
そんなお姉ちゃんを見て、「やっぱりお姉ちゃんは凄い」、「お姉ちゃんには追いつけない」って思った。
そして、「お姉ちゃんを目指す」ってもう一度思ったの。
「やっぱりお姉ちゃんを目指さないの、やめた!」
って言った日には、お姉ちゃん、すっごい安心してたなー。
……だから。
「ねえ、Pくん。アタシね、“お姉ちゃんを目指しながら”“アタシらしさ”を見つけたいの! 」
これまでは、誕生日なんて時間の無駄だとか、必要無いだとか思っていた。
かつてのあたしは、研究ばっかりしてて、時間やら何やら、色々なことに追われてたからね。
そして、昔は孤独だった。
研究室に篭ってたから、周りに誰も居なくて、いつも独り。誕生日とはまるで無縁だ。
独りだったけど、周りの大人達は……うるさかったかな、どうだったかな……どうでもいいや。
少し過去の事を思い出してしまいそうになったけど、忘れよう。
「ハッピーバースデー、 志希!」
だって、今はそういうことを考える時じゃないし。
「誕生日おめでとう、志希ちゃん!
はい、プレゼント」
「私達が選んだのよ」
事務所入口で呆然と立ち尽くすあたしに、LiPPSのメンバーが駆け寄ってくる。
美嘉ちゃんと奏ちゃんはあたしにプレゼントを渡して、フレちゃんはなんか踊ってる。
周子ちゃんは……「驚くなんてらしくないじゃーん」とか言いながら小突いてくる。
……そんなの、あたしだって知ってる。
昔はこんな事じゃ動じなかったはずなのに、なんで。
「……それは、“あなたが変わったから”よ」
あたしの考えてる事が分かったのか、奏ちゃんが不敵に笑ってそう言う。
あたしが、変わった?
……確かにそうかも。
今みたいに感情に動かされて他人に表情を読まれるなんて、昔のあたしが知ったら笑い転げるくらいだと思う。
「そうかもね」
あたしはそう言って、前へ歩く。
どこに行くかって? 勿論……
「キミに……プロデューサーに、変えられちゃったからね〜」
あたしを変えてくれた彼の元へ。
すると、周りが少しざわめく。
そうだよね、プロデューサーを狙ってるアイドルはこの事務所に何人もいる。
あたしは、プロデューサーに無意識に父性を欲していつの間にか好きになっちゃってたって感じだから、ちょっと違うかもだけど。
……ともかく。
あたしが変えられちゃったのは、プロデューサー……そして、LiPPSのメンバー、美波ちゃん、飛鳥ちゃん……沢山の仲間達が居たから。
「ね、みんな」
あたしの声に、皆が不思議そうな顔をする。
「ありがとね」
―――――18歳になった今日くらいは、心からのありがとうを言ってあげるんだ。
すまん、美波……志希が」
「はい! 行きます!」
プロデューサーが申し訳なさそうな顔でそう言いかけると、美波はすぐに察してそう言った。すっかり美波は志希のお目付け役だ。
「ったくもう……」
美波は事務所から出て、ため息をつく。
内心、「これ何度目だろ……」と思いながら。
だが、美波自身はこの事を嫌だとは思っていない。
……だから、何度も何度も引き受けてしまうのだが。
そう考えているうちに、美波は志希のラボの前に立っていた。
一ヶ月程前に志希本人から渡された合鍵を回して、家の鍵を開ける。
「志希ちゃん、いる?」
美波は家の中なら十分に響き渡ると言える声のトーンで、志希を呼んだ。
しかし、返事は返ってこなかった。
「志希ちゃん!?」
美波は悪い予感がして、部屋のあちこちを探し始める。
リビングだったはずのスペース、寝室だったはずのスペース。いつもは居るはずの場所にも、志希は居なかった。
「やっぱり、あそこかな……」
残る場所は、実験室のみ。
危険な薬品なども置いてあるのであまり入りたくなかったが、美波は仕方ないと思い、重くてがっちりとしたドアを慎重に開ける。
「ふぁー……」
……居た。
美波が必死で探していた志希は、実験室で呑気に欠伸をしていたのだ。
美波はその様子に少し呆れつつ、志希の元へ向かう。
「んにゃー……美波ちゃんなんでいるの?」
「『なんでいるの?』じゃありません。今日はレッスンでしょう?」
「あれー、そうだっけ」
とぼけたように答える志希に、美波は更に呆れる。
だが、こうしている時間もない。
レッスンまで、残り一時間程度。志希のラボから事務所まではそう遠くないから急いでいけば間に合うはずだが……
「志希ちゃん、着替えて」
「えー、めんどくさーい。美波ちゃん着替えさせてー」
「はあ……」
見ての通り、志希は全く動きたがらないのだ。
美波は仕方なく、志希の持っている服の中で一番健全なものを選んで、着せる。
当の本人が「ばんざーい」などと言いながら着せられることに抵抗を持っていないのが問題だ。
「朝ごはんは?」
「あ、冷蔵庫の中空っぽだった」
「はあ……」
本日何度目のため息だろうか。
だが、美波は呆れつつもこの回答をなんとなく予想していた。
「これでも食べてなさい」
「はーい」
バックの中から菓子パンを取り出して、志希に押し付ける。
数分経って、志希がパンを食べ終えたので、歯磨きをさせて事務所へ行く準備をする。
「志希ちゃん、行くよ」
「美波ちゃん手繋いで〜」
……全く、この子は。
美波は志希の言葉に対し、そう思う。
いつもは小生意気なくせに、甘えてくる時はたっぷり甘えてくるのがずるい。
美波は志希のラボの戸締りを終えて、志希の手を引きながら事務所へと向かった。
「美波ちゃんの手、あったかーい♪」
「……そう」
「うわ、美波ちゃんがまた保護者してる」
「流石ね」
事務所に着き、プロデューサーの元へ向かう途中に、周子と奏からからかわれる美波。
勿論、これももう何度目か分からないほど経験しているので、慣れている。
「プロデューサーさん、志希ちゃん連れてきました!」
「お、おう……お疲れ様」
必死に志希を押し付ける美波の様子に、プロデューサーは戸惑い気味にそう答えた。
「キミー、乱暴だよー」
「うっさい。何度も何度も美波を困らせんな」
志希はプロデューサーに引っ張られながらレッスン室に向かう。
……これでひと仕事終えた。
美波はソファに座って脱力する。
志希がプロデューサーに引っ張られてレッスン室に向かってから、少し経った。
美波が今度主演で出るドラマの台本を捲っていると、携帯が振動する。
美波は携帯の電源を入れて、確認する。そこには……
『美波ちゃん、また今度もよろしくね〜♪』
と、手のかかる猫からのメッセージが来ていた。