まったりと。

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235:しぃ:2017/03/01(水) 02:44

>>225 続き

冬になってからも、彼と私は毎日図書館で顔を合わせていた。
彼は「試験があるから」と言って、参考書を読み漁っていた。春、彼が必死に勉強していた期末試験は、結局行われることはなかった。当たり前だと思った。世界が終わってしまうことに比べたら、きっと全部がどうでもいいことなのだ。多分彼もそんなことは分かっているのだろう。それでも律儀にノートを取り、放課後になれば参考書を食べるようにして何かを学ぼうとする彼が、私には信じられないほど儚く見えた。

隣から息を吐く音が聞こえたので、チョコレートを割って彼に渡すと、彼はそれを口に放り込んでありがとうと言った。

私はその時「彼が好きだ」と思ったし、多分彼もまた同じことを思っていた。
どちらからともなく唇を合わせて、何も言わずに抱き合った。言わなかったけど、やっぱり死ぬのは怖かった。

彼への恋愛感情が本物かどうかは分からない。けど彼となら、例え錯覚だったとしても、幸せだと思った。

桜が咲いた。去年とは似ても似つかない街がそこにはあった。やはり直前ともなると自殺者も増え、人口は去年の10分の1以下にまで減っていた。春の皮を被る季節に、何だかとても腹が立って、この怒りをどこに向ければいいのかもわからなくて、夜は眠らなかった。

昨日と同じように図書館で彼と会った。
彼は参考書を開いて、昨日と同じように、あの日と同じように、ペンを握っていた。

唯一の情報源となったラジオの国営放送では、月の落下時刻までのカウントダウンが淡々と流れている。
あと2時間…あと1時間…あと30分…
もう少しで世界が終わるというのに、世界は随分と静かだった。実はもう、全部終わってしまっているのではないか、なんて思うくらいに。

世界が終わる10分前、彼と抱き合った。
最後は抱き合ったまま、と2人で決めていた。お互いここまで死を選ばなかったのは、死ぬのが怖かっただけだったのかもしれない。いっそ彼の中にずぶずぶと沈んでいってしまいたかった。どろどろに溶けて、一つになれたら良いと思った。

「怖い」

「俺も怖い」

彼は柔らかな笑顔で私に言う。

「でも、俺、いいよ。このまま溶けてなくなるなら、それでいい」

私は、彼のその言葉の意味が、本当の意味が分かったような気がした。

「蒸発したみたいに消えてなくなるもんね」

去年の春の彼の言葉を思い出して、彼の目を見ながら確かめるように言うと、彼は「そうだよ、2人とも空気の一部になる」と半分からかうようにして笑った。
そして「一つになるよ、どろどろになっちゃうけど」と見透かしたようなことを言うのだ。

「ねえ、生まれ変わったら私、どこの星に行くのかな」

「来世は宇宙人か。多分俺とは違う星だよね」

「やっぱりそうかな。違うもんね、私とぜんぜん」

彼は私を見て、目を細める。
ラジオは、残り時間があと1分であることを告げていた。

「最後に一つだけ」

「何?」

「俺、多分、好きだったと思う」

「うん」

「だから、もう二度と会えない分」

「うん」


「沢山会えて、よかった」

ラジオの音声が、プツリと途切れた。


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