聖書こそが真理か?

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210:にゃんごろ:2019/04/06(土) 02:05 ID:3D2

それに、
人から出るもの、これが人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま(ねじけた考え)、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり(傲慢)、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです」(マルコの福音書七・二〇〜二三)
と、ありますが他は兎も角『貪欲』である事がなぜ罪なのでしょうか?
欲。特に三大欲求は人が生きて行く為には必要ではないのでしょうか?
仮に人が食欲を失えば食物を口にせずに餓死してしまいます
睡眠欲を失えば、眠れずに不眠症となり疲労が取れず精神をやんでしまいます
性欲がなければ繁殖は行われず神のお言葉である『産めよ増やせよ地に満ちよ』に背く事となりやがて絶滅し滅びます

このことについてはどう思いますか?


伝道者◆zc:2019/04/12(金) 07:45 ID:rU. [返信]


>『貪欲』である事がなぜ罪なのでしょうか?
欲。特に三大欲求は人が生きて行く為には必要ではないのでしょうか?

この場合の貪欲とは強欲を意味しています。つまり欲自体の否定ではなく、「過度に強い度合い」の欲に注意を促しています。

以下の聖句の通り、過度な欲は利己主義とも関係しています。

申命記5:21
「『あなたは仲間の者の妻を欲してもならない。また,仲間の者の家,その畑や男奴隷や女奴隷,その牛やろば,また仲間の者に属するどんなものも利己的に慕い求めてはならない』。

>仮に人が食欲を失えば食物を口にせずに餓死してしまいます

以下の通り、聖書は食欲自体を否定していません。

伝道の書8:15
人間にとって,食べ,飲み,歓ぶこと,そして,まことの神が日の下で彼らにお与えになった命の日の間,その骨折りのうちに歓びが彼らに伴うことに勝るものは日の下に何もないからである。

しかし以下の通り、過度な食欲は良いものではありません。

箴言23:20-21
ぶどう酒を多量に飲む者や,肉をむさぼり食う者の仲間に加わってはならない。酔いどれや貪欲な者は貧困に陥り,眠気はただのぼろ切れを人にまとわせるからである。

>睡眠欲を失えば、眠れずに不眠症となり疲労が取れず精神をやんでしまいます

聖書は睡眠を否定していません。

伝道の書5:15
仕える者の眠りは,自分の食べる分が少ないか多いかにかかわりなく甘い。しかし,富んだ者の豊富さはこれに眠りを許さない。

しかし怠惰なまでの眠りには注意を促しています。

箴言20:13
眠りを愛してはならない。あなたが貧しくならないためである。あなたの目を開け。パンで満ち足りよ。

>性欲がなければ繁殖は行われず神のお言葉である『産めよ増やせよ地に満ちよ』に背く事となりやがて絶滅し滅びます

同様に聖書は性欲を否定していませんが、利己的なまでに過度な性欲には注意が必要です。

コリント第一7:3-5
夫は妻に対してその当然受けるべきものを与えなさい。また妻も夫に対して同じようにしなさい。妻は自分の体に関して権限を行使するのではなく,夫がそうするのです。同じように,夫も自分の体に関して権限を行使するのではなく,妻がそうするのです。互いにそれを奪うことがないようにしなさい。

箴言5:18-20
あなたの水の源が祝福されるように。あなたの若い時の妻と共に歓べ。彼女は愛らしい雌鹿,麗しい山やぎである。その乳房が常にあなたを酔わせるように。その愛によって絶えず陶酔するように。それでは,我が子よ,どうしてあなたはよその女と共に陶酔したり,異国の女の胸を抱いたりしてよいだろうか。


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