追憶の少女

葉っぱ天国 > 小説 > スレ一覧
2:お茶:2020/05/23(土) 01:09

波打つことのないぼんやりとした意識のまま、志乃は手探りに自分の身に起きていることを理解しようとしていた。
赤黒い視界のまま、手は硬くてひんやりとしたものに触れていた。
その次は同じく冷たくて細長く、先端に触れると危ないと無意識に手から離した。さらに片手を這わせると、また同じ感覚だ。下の辺りは細いが上へ上へと指を動かすと、それは極端に太くなる。
……もしかして、今触っていたのって。
触覚に縋って、その縁らしき当たりから内部へ人差し指を侵入させていく。途端に冷たい液体の感触がして、反射的に手をそれから離した。
曖昧だった意識は、もうとっくにクリアになっていた。
今度は、自分の頭を覆うものに触れてみる。これだけは何なのか、正体がすぐに分かった。赤い布袋を引き剥がすと、自分がさっきいじっていたもの達が視界に現れた。
丁寧にセッティングされた皿とその上に乗っているナプキン。左にはフォークが二つ、右にはナイフが二つとスプーンが一つ。横には水の入ったワイングラスもある。その下には、真っ赤なテーブルクロス。まるで高級フランス料理店のテーブルである。
しかし、そんな感心は目の前に広がる光景によってかき消された。
布袋を頭に被せられたまま、椅子にもたれかかっている少女達がいる。
驚きのあまり、自分と同じ制服を着ているから、同じ学校の人達だと気付くのに時間が掛かった。顔も見えない正体不明の人物達が、死人のように力なく腰掛けている姿はなかなかの鳥肌ものである。

「……ここ、どこ?」

志乃は辺りをきょろきょろと見回した。
一言でいえば、そこは西洋の屋敷のようだった。
学校の教室を少し細長くした程度の広さの部屋には、煌々と輝きを保つシャンデリア、自分とは離れた位置にある暖炉、壁に掛けられたいくつもの剥製がある。
そして志乃達が囲む最後の晩餐で描かれたようなテーブルは、日本の高校生ではなかなかお目にかかれない。しかし、照明が薄暗いせいか、全体的に不気味だ。
初めて生で見る鎧も、好奇心よりも恐怖心が勝っている。本棚や壁に掛けられたいくつもの絵画、時計をじっと眺めていると、ふいに鹿の剥製と目が合ったような気がして志乃は小さく声を上げた。
耳が不快な音を拾った。人の悲鳴にも聞こえるそれは、そばのドアがゆっくりと開いている音だ。しかし、ドアを開いた人物がいないことに気付いた瞬間、勢いよくそれは閉まった。

「……何なの!?ここはどこ?」

湧き上がりる恐怖に志乃は立ち上がって逃げ出そうとするが、足に強烈な違和感を覚えた。
足が動かない。
テーブルクロスをめくってみると、足は床下に入っており、鍵の掛かった足枷が取り付けられているのが一目で分かる。これでは、椅子から立ち上がることは不可能だ。
人は身体の一部の自由を失った時、尋常ではないくらい取り乱すのかもしれない。

「嫌だ!助けて!誰が!」

パニックになりかけた志乃の声に反応したのか、布袋を剥がした人物がいた。即座に志乃はその人物を凝視する。
雪のように白い肌に、二つ結びの長い髪。トレードマークの黒縁メガネをかけている少女の名前を叫んだ。

「美和!」

志乃の席は一番端、向かい側の美和は反対側の一番端と、二人の間にはかなりの距離があるが、美和が眠そうに目を擦るのが鮮明に分かる。
やがて美和の表情は険しくなった。

「……ここはどこ?」

「私も分からない」

志乃の隣から布袋を引き剥がす音が聞こえてきた。

「加奈!」

「……志乃?」

加奈が怪訝そうに志乃を見つめる間に、また一人また一人と、彼女達は布袋を取っていった。
加奈の隣の桃、志乃の真正面の杏樹、美和の隣の遥、遥のすぐそばの誕生日席の玲、杏樹の隣の園子、園子の隣の亜矢。
顔を露にしたのが全員クラスメイトだということに、志乃は僅かに安堵した。彼女達はやはり、異世界のような部屋に困惑していた。


全部 次100> キーワード
名前 メモ