テキトー

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2:レ:2021/11/19(金) 17:14

[ 東京怪革 ]



オレはただ、普通の人間になりたかっただけだ。そのために、学校に行き、勉強し、進学し、就職し、と、一通り人間の営みをがんばってきた。
人間との関係性を築こうと、いわゆる人間関係ってやつにも積極的に参加してきた。

友達が困っている時は助け、逆に助け合いという調和のとれた関係性を維持するために、あえて失敗をし、助けを求めたこともある。

とにかく、オレは普通になりたかった。
毎日を懸命に、緻密な作業をこなすように、『人間』という息苦しい着ぐるみを着て演じてきた。
台本通りに、普通というシナリオ通りに。

しかし、所詮は化物の人間ごっこ。
化物と人間は、姿から、文化から、持ちうる能力まで、それこそ人に対する価値観そのものに至るまで、まるっきり違う。
だから、化物は人間にはなれない。いつまで経っても、ごっこである。ごっこである以上、いつかはボロが出てしまう。
そう、今みたいに。


「田舎先輩…」


スーツ姿の一般会社員が、腕から無数の刃を生やして、上司の一人を突き刺しているこの絵面は、言い逃れもクソも、ボロしかない。

田舎さんとか、先輩と、オレが働く会社では呼ばれてきた。だが、もう二度と呼ばれることはないだろう。
せっかく、オレに与えられた人間名、田舎 十 ( いなか みつる ) というのも、もはや台無しにしてしまった。


「先輩!」


普段は書類塗れの会社のオフィスを文字通り、血と肉片塗れにして、誰がその社員を田舎さんと名前を呼ぼうか。
こういう場合、たいてい人はバケモノと叫び罵り、尻もちをつくはずなのだが、


「田舎先輩っ!!」


そうであるはずなのに、真横の人間、元部下は予想される反応とは全く違うものを見せている。


「なんだ?」


戯れ。元部下の反応はそう表現するのが適切である。元部下、矢立 二鳥 ( やたて にとり )。
彼女の表情は、いつもと変わらず穏やかなもので、口元には若干の笑みが表れている。
しかし、その笑みもこの状況では気味が悪い。


「私、分かってますよ」


必要以上の仕事をして怒られたり、怒られている最中に笑ったり、社内では裏でクレイジーポニテと字名されていたり、普段からおかしな奴だと思っていたが、ここまでとは。


「何をだ?」


「これ、ドッキリなんですよね?」


「いや、違う。現実だ」


なるほど。どうやら矢立は、この殺人現場をドッキリだと誤認しているようだ。


「え、え? じゃあ、田舎さんはギザギザの民なんですか…」


「そうだ。ギザギザの民だ」


「ええぇぇぇ! うそ、うそだ! 田舎さんが、なんでもギザギザにできる恐怖の魔人の末裔だなんて、ぜったい信じない!」


「だが、これが現実だ…」


ようやく現実を理解し始めたのか、矢立の表情から笑みの一切が絶たれる。
オレは、上司の胸元に突き刺した刃、つまりは自分の腕を引き抜いて、人間ごっこの終幕の第一歩を踏み出すことにした。


「騙してしまって悪かった。ただ、これで二度と会うこともないから安心して欲しい」


「先輩、待ってください!なんで…なんで! 課長を殺める必要があったんですか…いい人だったのに」


矢立は行手を阻むように、扉の前に立ち塞がる。さっきと違って、眉はひそみ、瞳には怒りか、憎しみに類するものが窺え、複雑な表情だ。


「…確かに、課長は社員思いで貧困者に寄付もする、いい人のように見えるが、実際は何ヶ月も人外の奴隷売買に出資していた。だからだ。だから殺した」


「でも、殺人は犯罪です…。それに、いい人というのは先輩に対してです!」


「そうか、分かった」


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