オッパイのでかい女の人を好きな男性は多い。
「巨乳信仰」「巨乳崇拝」言い方はどちらでもいいか。
この嗜好はいつの時代から大量発生したのかというと、一昔前からとしか
言いようがない。それぞれの時代裸婦の絵を見てきたがほとんどが美乳
で、この国も昭和28年に発行された小説雑誌の表紙にかかれた裸婦も美乳
だった。
古代オリンピックって素っ裸でやってたんだろ。
走っているとき、タマタマが太ももにピッタン♪ピッタン♪
って当たって、かえって走りにくかったのではないのだろうか。
それに、ころんでペニペニをすりむいたら・・・ゾッとするな。
「哀しみと恐れを通して諸感情を排出する」
これが悲劇の効用だ。だが、この効果は全ての
劇にいえるのではないのか。
劇とは、鬱積した感情を排出する浣腸だ。
ローマ市にある「真実の口」についてはせつめい不要だと思うけど、アレって
古代のマンホールのふただったらしいね。
嘘つきが手を入れたら噛みつかれるって、誰が考え出したのやら。
でも、もうひとひねりほしいな、パンツ脱いで自分の倅をつっこんだらペロペロ
してくれるっていう裏設定を考え付かなかったのが残念だ。
海神ポセイドンに生け贄をささげることを怠ったミノス王に下された罰は、王妃が雄牛とパコパコすることだった。
結果、牛頭人ミノタウロスが誕生した。
ミノタウロスは、迷宮に閉じ込められ、なんだか知らないが若い女を餌として与えなければならなかったらしいな。でも、ミノタウロスは勇者に退治された。
しかし、ミノタウロスって頭は牛だから脳みそも牛だ。
また、牛の食う物は草と雑穀類で生肉ではない。
人間を食う牛って聞いたことはあるか。
以上のことから推測されることは迷宮のなかにいたのはミノタウロスではなかった
ということだ。
実際のミノタウロスは野原で草を食み、満腹したら寝そべり、発情期には牝牛とパコパコしていたのではないのか。
では、クノッソスの迷宮にいたものなんだったのか。
あれこれ推理してみたがわからん。
ひょっとすると、ただのスケベだったかもしれんな。
クノッソスの迷宮を請負ったのは名工とよばれたダイダロス。
落札した金額が気になるけれども女を放り込んで、きゃーきゃーわめきながら
逃げ迷うためにつくった建物をつくることを引き受けた理由を聞きたい。
どうして観光地は、広くて大きくて高くて長いのか。
なぜか?それは産業だからだ。たとえば、バチカン美術館、総延長7`、全ての
展示品を見てまわるのにかかる時間は、約5時間。
もちろん自転車など貸してくれない。
ともかく産業ならば一人でもおおくの人を集めたほうが金になって、成り立つ。
ならば、多人数を収容するする場をつくらなければならない。
それは美術館であったり、眺めのいい山々であったりする。
美術館ならば絵や彫刻や壷を集めたり、山なら遊歩道をつくったりする。
それを目当てに人々がやってくるって寸法だ。
人々は、その場周辺に金をおとして、その周辺の人々のふところは潤い、そして
税として吸い上げる。
そういう場を多く持つ国は観光を歳入の柱とすることができる。
だから、できるだけ観光地は広くて大きくて高くて長い。
クリュティエは太陽神アポロンに恋をしたが、冷たくされた。
あてつけか、それとも思いの強さを表したかったのか、太陽を向いて
動くひまわりに変身した。
以前からおもっていたことだけど、ギリシャ神話って神も人もおおらかすぎる。
神も人も垣根をこえてパコパコしている。
彼ら、古代ギリシャ人たちは、神の存在のとらえかた見方が現代人と著しくちがっていたのではないかと考える。
自分の神の見方がキリスト教文化に影響を受けていることは確かだ。
このことについて古代ギリシャ人と話してみたいものだ。
ギリシャの神々の情熱はパコることばかりに捧げられていたわけではない。
もともと、このパコパコ大好きな神々はエジプトの神々を輸入してギリシャ風にアレンジしたものらしい。
やはりギリシャ独自の風味がある。
アフロディーテがふられた。ふられて泣いた。
泣くと涙がポタポタと落ちる。
それをポセイドンが貝殻に受けとめた。
神が流す涙だ、普通の女の涙よりすごい。
その貝殻に受けとめられた涙は真珠となった。