混沌たる記録

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1:稀隆疾風 INは飯に限る:2022/11/13(日) 14:19

勉強の息抜きに飯に限り食いながら色々書きます。
飯以外で息抜きしない縛りをやらないとヤバそうなんで……

2:稀隆疾風 INは飯に限る:2022/11/13(日) 14:33

なんか文章カオスだが気にすんな
言い直すと息抜きは飯以外禁止縛りを以降継続していく
その記録と色々な整理、別途で調べたことを乱雑か本気で書くだろう
習慣になる21日間……逃げ出さないように死ぬ気で這わねば
因みに色々考えたり調べたりする時間でもあるから必ずしも書き込む訳では無い

乱入しても返答は期待するな(知識と時間の問題上)

以下、本題に入る

3:稀隆疾風 INは飯に限る:2022/11/13(日) 20:28

この鬼畜縛りのお陰で飯の時間がすげぇ貴重だということに気がついた……
飯の時間を雑に捉えたら長期的に見て痛い目に遭うだろこれ……

4:稀隆疾風 INは飯に限る:2022/11/13(日) 21:09

黄本でヘシオドスの神統記が名前しか出てなかったから調べてみたけど、
カオスって原初神だったのかw
そして大地を象徴する女神ガイアが生まれ……これガイア教の元ネタ?
黄本で元はエロースは愛の神とか言ってたけど、これも神統記が元になってるんだな、神統記って割と古代ギリシアで重要なんか
クロノスって時間のイメージしか無かったけどここでは農耕の神って、クロノスとクロノス(同音)が別の神って厄介だろw
ギリシア文字でしか判別できないやん……

5:稀隆疾風 飯IN:2022/11/14(月) 06:46

2日目、3日坊主にならないよう頑張る

ピーターパンシンドローム(ピーターパン症候群)
→大人になることを拒み、現実逃避する傾向のある現代男性の心理学的指向

結構モラトリアム人間と被ってて草
対象が男性か男女かの違いじゃねーかw
カイリーさん既に小此木氏に先手打たれとるやん……

6:稀隆疾風 飯IN:2022/11/14(月) 20:27

SAN値が漸々と減っている気がする、と託ちてみる
(※託つ……かこつ)

あれ?「託つ」ってタ行五段活用……いや五段活用って誰だよw
連用形は「ち・っ」だから多分合ってるよな?

いやこれ穏便で「託って」の方が言い易いやん

SAN値が漸々と減っている気がする、と託ってみる

個物……こぶつ

あれ?今迄「こもの」って読んでたんだがw
割と偶にこういうやつあるから気を付けなきゃな……

偶に……たまに

偶って「たまたま」で万能だったけど「たまに」でも使えんのか
今後も偶に使うだろうなー、之w

黄本で観想的生活の意味が雑にしか触れられてなかったけど、この観想ってテオリアとか言う哲学用語かよ……語義は「眺める理性的な認識活動」みたいなやつで良いか、プラクシス(実践)、ポイエーシス(制作)と対比され、観想的生活(テオリア)により最高善であるエウダイモニア(幸福)になれる……みたいな解釈で良いか?というか情報量が少ねえ

7:稀隆疾風 飯IN:2022/11/15(火) 21:23

うーん、なるほど……

飯中に調べたりしても矢張り普通に疲れるか
これでは休憩とは言えないな

自分はこれについて考えを整理してみる

結局の所、実際休憩とも言える休憩は寝てる時が一番良かったわ
かと言って飯中に寝ると言ったらアレだが、他に何もしないで単純に思考を巡らせてるだけでもそこそこの休憩にはなってる……
だとしたら直接此処に稚拙な定義を並べた方がまだマシか……
いや、矢張り普通に(?)食いながら寝てる方が良いか……
アニメ観てる時は思考を整理する時間が無いのがネックだからなー

抑勉強に無理矢理息抜きを挟もうとした事が愚かであったか?
自分の結論としては、ぶっ続けで勉強をやろうとした結果、やる気が失せるためにぶっ続けで勉強することができない∴ぶっ続けで勉強することができないため、間でやる気が損なわれないように補填する必要がある
従って、息抜きはやる気を補填させるために生じたものであって、欲求を過度に刺激する必要まではないのでは……?
なんか言葉に語弊がある表現になってしまったが
長居はできないから明日の朝にでもまた追記するか……

8:稀隆疾風 飯IN:2022/11/16(水) 22:15

そんなことを考えるよりも基礎から学ぶべきか……

・普遍論争
スコラ哲学で起きた普遍は存在するか、否かの論争

普遍は単なる名に過ぎず、個物のみが実在するとする唯名論の立場と、
普遍概念が、それ自体として存在する実在論の立場で対立した

これ簡単に言えばイデア論の事言ってんのか
イデアが存在せず個物のみが実際するのが唯名論、
イデア、つまり主観的に認識できない普遍がそれ自体として存在しているのが実在論ってことか

キリスト教が主流であったため、唯名論だと神の存在が名目上のものであって存在しないとされるから、実在論と対立していた

唯名論の立場としてはウィリアム・オッカムなどが、
実在論の立場としてはアンセルムスなどがいた

唯名論の中でも中庸的な立場も居たようだがこれは割愛する
アンセルムスは存在論的証明(神の存在証明)をやっていて、これは後にデカルトも行っている

神は質料をもたない形相のみの存在者である。
そこにトマス・アクイナスが、存在ー本質を加えて存在は本質を存在者とするため現実態であり、本質はそれだけで存在できないため可能態である。
ゆえに神は存在そのものの純粋現実態であるとして、両者を調停した

トマス・アクィナスは完全にwiki情報だが、黄本の大雑把な説明で理解できなかったことが大体分かったからまあ良いだろう……
アリストテレス主義の立場から、個物は存在せずとも普遍は現実態として存在できるという中庸的立場を取った……という解釈でいいか
あれ?その上で見返してみたら黄本の解釈おかしくね?w
黄本で時々文章変な所あるけど、やっぱり理解できない部分って何かしら矛盾してる場合もあるのか……

飯の時間とっくに過ぎてて草
もう飯に休憩とか要るのかこれ?夜飯に何しろと……

9:稀隆疾風 飯IN:2022/11/17(木) 17:12

確信した。
飯中に手を使う動作を並行的に行うことは不可能だ。
飯と思考の相性は最悪である、故にこれが終止符となるだろう、以上


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