_______…いつも通り、朝起きてご飯を食べて顔を洗って歯を磨く。そんな何の変哲もない、いつもと変わらぬ日を過ごしていた。
……しかし、
『 ご主人様ー、ご飯まだですか? 』
「…ん?」
.
それはとある日曜日に起こった出来事。
田舎に一人暮らしをしている青年の未彩は、現在週に一度の休日に入っている。
ゆっくり休もう、でも家事しなきゃ…とベッドに横になりながら今日の事を色々と考えていた。家事の他にも、あまり人が居ない田舎に一人暮らしは寂しいと何匹かペットを飼い始めたため、その世話もしなければいけない。
このままずっと寝転がっていても体が鈍ってしまうと思い、足を胴体と垂直にさせて思い切り起き上がる。ベッドから降りれば大きな欠伸を一つ吐きながらクローゼットを開け、今日の服を選び出した。
「今日は休みだし…部屋着で良いか」
そう呟きながら選ぶこと約2分。クローゼットの中から適当に服を取り、ベッドへと放り投げる。
上の寝巻きの脱ぐと、目の前の鏡に映ったのは腕の傷。これはペットで飼い始めた猫に引っ掻かれてしまったために付いた傷跡であり、今でも少しヒリヒリと痛い。
その猫の名前は「モカ」。実際にはオスなのだが、猫を飼って舞い上がっていたらオスなのかメスなのか知らずに着けてしまい、この名前になってしまった。
「モカかぁ…」
ぼそりと呟き、寝巻きから部屋着へと着替えるスピードを速めた。
着替えと身支度を終えれば、続けざまに階段から降りる。階段の横から落ちないようにある壁には、モカの爪研ぎに使われてしまったのだろうか、傷が付いていた。
朝食を食べようとキッチンの扉を開ける。
「…ん?」
するとそこには、白い毛を身体中に生やしたモカが床にちょこんと座っていた。
「あ、ご飯? ごめんね、今用意するから!」
喋るはずがないモカに未彩がそう言うと、パタパタと慌ててキャットフードを準備し始めた。
…喋るはずがないと、思っていた。
「早くしてよ、頼りないな」
「…え」
「…え」
誰かの声が聞こえたが、この家には未彩一人しか居ない。いや、隣にモカ、そして他の部屋に数匹のペットが居るが、人間じゃあるまいし喋らない。気のせいだろう、と適当に流し、未彩を見上げているモカの事も気にせずにキャットフードを容器に入れていた時だった。
「お腹空いた。早くしてよね」
また同じ声だ。今度こそは怪しいと思い、未彩は辺りを見回すも、やはりモカ以外誰も居なかった。
「気のせい…だよね…」
「何言ってんの。下に居るでしょ」
改めて聞いてみると、何だか下から聞こえる気がする。 “ まさか…床の下に人が!? “ なんて恐ろしい事を考えてしまったが、とりあえず下を見てみる。
するとそこには、やはり未彩を見上げたモカしか居なかった。
「…神様、もう一度喋って下さい」
「神様じゃないよ。今見てるでしょ」
モカが口を開くと同時に、モカの方から声が聞こえてくる。そこで未彩は、やっと今の状況を理解した。
「モカ喋れるの!?」
恐ろしいとも怖いとも思わずに、目をキラキラと輝かせてモカを持ち上げる。すると、モカは如何にも嫌そうな顔で「気付くの遅」と述べた。
何故喋らない筈の動物が喋ったのに “ 怖い “ という感情が無いのか。それは、自分のペットが喋っているのなら怖くないや、という何とも単純な考えをしたからである。
「だってモカが喋るなんて! ごめんねー、お腹空いてる?」
「空いてる。早くして」
持ち上げたモカを床へとゆっくり降ろせば、再びキャットフードを容器に入れ始めた。そんな未彩を見れば、モカは面倒臭そうに言い捨て、扉の前にお座りをした。
キャットフードが入った容器を床に置いて「よし」と合図を出せば、モカは勢いよく、しかし淑やかに食べ始めた。
その姿を見て、未彩は「なんで猫って淑やかに食べるんだろう?」と、ふと疑問に思った。が、尋ねるとまた何か言われそうなので、喉元まで出かかった疑問を飲み込んだ。
もう未彩は、自分のペットが喋っている事の謎など、忘れてしまっていた。
暫くモカの食事風景を見ていれば、他のペット達の事を思い出して大声を上げる。
「あぁ! ルークにもあげなきゃ!」
モカはそんな未彩を迷惑そうに横目で見て、声も掛けずに食事を続けた。
ルークとは、未彩が飼っているペットの名前で、かなり人懐っこくて可愛い犬である。マイペースで立ち振る舞いが辛辣なモカとは違う。
______ルークが喋ることが出来るようになったら、どうなってしまうのだろうか。
ルーク用の容器にドッグフードを入れている途中で、未彩はそんな事を思った。動物の時は可愛かったけど、喋れるようになってから突然グチグチと言い出すかもしれない。それが少し怖かった。
「…じゃあ私、ルークにあげてくるね」
ドッグフードが入った容器を持ち上げ、キッチンから出る扉を開けてリビングへと足を進めた。
ドキドキしながら扉を開ける。
「る…ルーク、ご飯だよ」
「あ、ご主人様! おはようございます!」
未彩の目の前で何やら茶色い影が跳ねている。
下を見てみると、そこには目を輝かせてドッグフードが入っている容器を見ているルークの姿が在った。
ルークは、今のところ喋る以外は今まで通りだ。未彩は安堵の溜息を吐いた。
「い、いっぱいお食べ〜…!」
しかし、まだ少し戸惑っているのだろうか、未彩は苦笑いをしながら容器をルークの前にゆっくりと置いた。
ルークは今まで通り「待て」の合図でおすわりをし、「よし」の合図でご飯に食らい付く。
_________ルークは大丈夫みたい!
未彩は小さくガッツポーズをした。
しかし、ルークは突然ドッグフードを食べるのを止めた。これもいつも通りだ。
「ん? どうしたの?」
上機嫌なのか、未彩は顔をニコちゃんマークのようにしてそう尋ねると、ルークは悲しそうな顔で未彩の顔を見上げた。
その目には、光が無かった。
「…これじゃないです」
「え?」
眉間に皺を寄せて、ルークは一言そう言い、付け足すように、続け様に言った。
「いつものドッグフードじゃないです…変えましたか?」
( のりしろ )
いつも食べるのを止めていたのは、今回とは何か違う事を確認していたのだろうか。ドッグフードを食べるのを止めたルークはいつもの違う様子を見せた。