いつもの帰り道。
大きく傾いた西日が、私が如何に遅く学校から出たかを知らせている。やばい、もう6時半だわ……
制服に、しかもローファーで走るのは些か辛いが……母さんの逆鱗に触れるよりかは幾分かマシよ!
「っよし!」
鞄を肩にしっかりと掛け直すと、私は勢いよくスタートを切った。
今日の夕餉何かな。肉じゃがかカレーって言ってたけど……あ、母さんの事だから遅く帰ってきた娘にはくれないのかな。そうだったら嫌だなぁ……
それにしても鬱陶しいわ、このスカート。脚に纏わり付いてきて、思わず脚を取られそうになる。今日は遅くなるって分かってたから、ジャージをはいてくるべきだった……とんだ誤算だわ。
色々ごちゃごちゃと考えていると、あっという間に家が見えてきた。よし、あの角曲がれば我が家よ!ラストスパートだ!行け!私!
脚に力を貯めて、勢いよく地面を蹴った時。
強い衝撃の後に私は、何かに覆い被さられた。
「うぉっ!」
『それ』は私の腹にずっしりと乗っかっており、背中越しに地面の冷たさと固さが伝わってきた。
えー、ウソでしょ……?
家の手前で、まさか『これ』に襲われるなんて……
初っ端から主人公から危機一髪ってどうかと思いますが、どうぞ暖かく見守ってください。
『それ』のせいで、私は身動き一つ取れない状況。
唯一動かせる顔をゆっくりと下に向ければ、豊潤な胸が緩やかにカーブを描いて……いるといいなぁとか期待して下向いたら何もなかった泣きそう。
めくれたシャツから少し覗いた白い肌は、嫌に艶かしくて。ああ、日に当たらない部分って本当に白いのね、と無関係な事を考えてしまう。
それにしてもすごい力ね。この私を押さえつけるなんて……
「んっ………」
体を捩らせるせて抵抗を試みるが、全く叶わない。
それどころか、口元から漏れるのは甘い嬌声。
「んっ、ふっぁ……んあ」
必死に動いても、どうにもこうにもならない。
まぁ………そりゃそうだわな。
諦めて、目線を横に流す。
「幾ら私が馬鹿力とはいえ、2tトラックには叶わないわな……」
私の腹に乗る、大きなタイヤを眺めながら思った。
鼻腔を擽る鉄の香りを感じながら、私は目を閉じる。
痛みなんてなかった。
ただ私が瞬時に悟ったのは、自分はもう助からないという事だけ。
否が応でも目に入ってくる現実を直視できなくて、私は静かに視界を塞いだ。
どうかどうか、これが夢でありますように。
目を覚ましたら、いつも通りの朝がありますように。
お母さんが、笑いながら『おはよう』って言ってくれますように。
ただただ怖くて怖くて、瞼が熱くなる。
嫌だ。死にたくない。
まだ好きな人に告白していないの。
最近、彼とやっと話せるようになったんだ。
好きすぎて、息も苦しくなるくらいなの。
それなのにお別れだなんて。酷がすぎる。
お母さん、今朝のうちで『いってきます』を言っておけばよかった。
遺書の一つでも書いて、ずっと育ててくれた感謝を綴っておけば良かった。
お母さんだけじゃないわ。
親友のきーちゃん。幼馴染のカイ。あろちゃん先生。
今になったら分かる。
私の周りにいてくれた、大切な人たち。
彼らに常に感謝するという事が、如何に大切な事だったか。
___ちゃんと、「ありがとう」って伝えておけばよかった。
ごめんね、みんな