chamomile(カモミール)
……例え君が敵である事が運命でも…
chamomile
ここはカモミールの白い花が咲く、小さな国。カモミール国と呼ばれる事が多いけれど、正式にはフランベールという国だ。そしてフランベール国、王子が俺、シエラ・シャナ。婆やたちにはシャナ坊ちゃんと呼ばれている。もう13歳なのだから坊ちゃんじゃない方が良いのだが。何てつくづく思う。そして隣の国、カスオダークのお姫様が同じ年のマナカ・シャルル姫。俺の国とは逆と言ってもいいほど暗い国。カスオダークの城の前にはよほど入れたくない招かれざる客が居るらしく、漆黒の鎧をまとった騎士が凄いくらいの威圧感で立っている。そしてその城の最上階の牢獄にいるのがシャルル。黒い城には不似合いな真っ白な服に純白の身を包み、さらりとした黒い髪を背中まで伸ばしている。金色にキラリと光る瞳は今までに色々な男を魅了してきたのだろう。そして牢獄に閉じ込められている理由、お姫様が何で牢獄なんかにって俺も思ったけれど、シャルルには不思議な力があった。彼女が歩く周りには所構わずカモミールが咲く、彼女の強い願いに応じて咲く事と咲かない事もあるが、フランベールとカスオダークは500年も前から敵対関係なのだ。敵国の象徴である花を所構わず咲かせてしまう彼女は忌み嫌われていた。あの牢獄は何時でも白い花が咲き、甘い香りが漂う。俺はできるだけ彼女の悪口を城で婆やたちに言う様になった。敵対関係の国の姫と王子が会っているなんてそんな事、バレてしまうのは大変だから。シャルル姫をいつか、あの辛い牢獄から出してあげるために俺はシャルルにできる事は尽くした。そして俺たちがコソコソ会う様になってから2年が過ぎようとしていた、その時の事だ。
chamomile
「シャルル、今日もカモミールの花、持ってきたよ。」
コソッと耳打ちをするかのような声で俺がシャルルのいる牢獄の光の入る場所から声をかける。すると、
「やめてっ!お願いっ!…ギ、ギァ」
そんなシャルルの声と思われる叫び声が聞こえてきた。そして硬い金属音がガシャガシャと牢獄全体に響いてこだまする。
「…⁉︎シャルル?」
予想外の言葉と声に反応が遅れるも、こっそり牢獄の仲を覗く。目の前には茜色に染まっているカモミールの花があった。
「…え?カモ、ミールが赤?」
状況が全く把握できなかった。茜色に染まるカモミールの向こうには見慣れているはずの君が見慣れない姿になっていたから。真っ黒な衣装に真っ赤な瞳、そしていつも以上に鋭さを増す八重歯。彼女が幼い頃から頑張って抑えてきたその力を、強豪そうな兵士4人とシャルルの父であるカスオダーク国王が嫌だ、やめて、と叫びジタバタ暴れて足をバタバタさせるシャルルの周りには白いカモミールが時と場合も考えもしないで咲く。そんなシャルルを5人がかりで抑えつけてシャルルと同じ様に黒い服を見にまとう僧侶が何かブツブツと何かを唱えている。おそらくシャルルの力を無理矢理引き出そうとしているのだろう。
「…ギ、ガッ‼︎はぁ、はぁ、お父…様っ!嫌だッ!私をあんな…ギッ‼︎あんな姿に…戻さないで…ギァ!」
必死に抵抗をするシャルル。シャルルはどんどん普段の姿とかけ離れた姿へ変わって行く。
「…お、お前ら何やってんだよッ‼︎‼︎」
シャルルのカモミールと同じ様に時と場合を考えもしないで俺が大声で叫ぶ。弱い俺がここまで声を出す事なんてないぞ、と自分で自惚れしてしまうほど大きな声だった。
「…お前は、フランベールの…シャナ⁉︎なぜここに、」
一番に反応したのは国王だった。可愛い娘の足を汚らしい手で握る。その手を俺は横目に見つつ、国王を睨んだ。
「…やめろよ。バカみてェだぜ、おっさん。いくら娘だからってな、」
俺は牢獄の鉄の檻をへし折って壊す。そして牢獄の中に入る。
「シャナっ!ダメ!早く、早くどこかに行ってぇッ‼︎」
そう叫ぶシャルルは俺の知るシャルルでは無い気がした。そんなシャルルを俺は抱きかかえて
「じゃーな、おっさん。当分娘さん返せないかもしんねぇから。そこの辺、よろしく頼むぜー。」
と棒読みで言い、高い高い牢獄から飛び降りた。心で誓った。シャルル、君を守り抜くから。