__雨上がりの空の下、積乱雲が通り過ぎて行ったのを見ながら、俺は孤独に人通りの少ない路地の道端を歩く。
昨日まで"アイツ"と2人で歩いていたこの道には、雲に置いて行かれた水溜りしか残っていない。
そんな雲と水溜りの関係は、今の俺と"アイツ"に似ている。それを思うと、悲しみが湧き上がってきた。
「畜生っ…」
俺は自分を誤魔化すように石塀を殴る。俺は泣いてない。この涙は幻だ、と。
俺とアイツが出会ったのは、保育所に入って少し経った頃だ。
友達と外でボール遊びをしていたところを突然呼び出され、先生に「この子とも遊んで欲しい」と頼まれた。その"この子"というのがアイツだ。
水色が基準の容姿に綺麗な黄色の瞳。年齢や性別は俺と一緒らしい。
しかし、どれ程容姿が優れていようと、年齢や性別が一緒だろうと、遊ぼうとは甚だ思わなかった。
何故かというと、アイツは体が弱いからだ。
ボールをぶつけてしまえば泣かれてしまうかもしれないし、挙句の果てには俺のせいになるかもしれない。
断ろうとしたその時、
「一緒に遊ぼう」
アイツが発したその一言だけで、俺は今までの否定的な意見が全て吹き飛んだ。理由は自分でもよく分からない。
「 うん、遊ぼう 」
遊んでみると結構楽しいものだ。ボールをぶつけしまっても泣いたりしないし、逆に笑って許してくれる。
その日から、俺とアイツは2人で居ることが多くなった。
そして、一緒に居て気付くことも多かった。とにかく優しくて、少し寂しがり屋で、人に上手く甘えられない。
そして何よりも、ずっと笑顔だ。
四六時中笑っている訳ではないのだが、少なくとも俺がアイツを見る時はいつも笑っている。
「なんでそんなに笑ってるの?」
俺がそう訊いてみても、アイツは笑って首を振るだけだった。
そんな事があってから14年が経った。高校を卒業して19歳になった今も、俺はアイツと行動を共にしている。
中学校の頃のアイツは3年間俺と一緒のクラスだったが、体が弱いからという理由で、ほとんどの時間は別なクラスに行ってマンツーマンで授業を受けていた。そのせいか友達は少なく、相手から話し掛けてくれる人も俺以外居なかったらしい。
それから俺は高校に受かる事が出来たが、アイツは自ら中卒を選んだ。俺が高校に行っている間、アイツは1人で家にずっと一言も喋らずに籠りっぱなしだったんだとか。
それが寂しがり屋のアイツに申し訳ないと思っていた。なので、3年間高校に通う代わりに、高校を卒業したらずっと一緒に居ると約束した。
その約束はまだ破られていない。
「優真」
透き通ったスカイブルーの空と白い雲を見上げながら、いくらか低くなったが小さい頃と変わらないか細い声で名前を呼ばれる。
「今までありがとう」
空の色に相応しい、綺麗な水色の髪を風に靡かせながら、アイツは別れの言葉を告げた。
「…あぁ」
本当は嫌なんだ。ずっと一緒に居た友達と別れるのが、心底嫌なんだ。
でも、どんなに足掻いても変わらないなら、諦めるしか方法は無い。
アイツの体は、足元から徐々に消えていく。
嫌だ、行かないでくれ。
心ではそう思っても、口はアイツの方を向いたまま動いてくれない。
涙も言葉も出ない中、アイツは少しずつ消えていく。
そして遂に、全てが消えてしまった。
「…また会おうな」
別れの言葉では無く、もう叶うはずのない事が口から出た。
それと同時に、今まで守られていた約束も、終焉を迎えた。
( / >>3は私です! )
___ピピピピッピピピピッ
「う…!?」
目覚ましのアラームに驚いて目が覚め、それと同時に勢いよく起き上がる。いつもならこんなに驚いたりはしないのだが、今日はなんだかおかしい。
異変はそれだけじゃなかった。心臓が激しく鳴っていて止まない。それに続くように呼吸も荒くなってくる。
髪や服が肌にぺったりと貼り付いていて気持ち悪い。この状態のまま着替えるのも気が進まないため、シャワーだけでも浴びようと風呂場へ足を運んだ。
…___今までありがとう____
アイツの声が、まだ頭に残っている。ドアを開けた時も閉めた時も、 階段から降りている時も、服を脱いでいる時も、ずっと谺している。
…いいや、あれは悪い夢だ。現に、さっきまで綺麗な空が見えていたのに、目が覚めた時にはベッドの上だったじゃないか。
先程の光景は全て夢だったとまとめ、もう忘れようとシャワーで頭からお湯を掛ける。
はい、忘れた。
そう言いたいが、簡単には言えないのが現状だ。
もう汗も流したし、アイツの声は洗い流せないという事も分かったので、早々と風呂場から出た。