魔法の口紅
2:( ・∇・):2016/02/20(土) 12:23 ID:ffE 【瑠佳】
「おまえって、スカート長いな」
初が指差して言う。
「おれだってべつに・・・、似合わないんだから、しょうがねーじゃねーかよ!」
思わずカッとなって、このやろう、と言いそうになった。だめだってすぐに口を閉じたけど、顔が熱い。胸がどきどきする。
なんて顔してるか初の方を見たら、あきれた目つきで、こっちを見ていた。
このやろうと言いたくなって金魚みたいに口をパクパクさせているうちに、帰り学活の始まりのチャイムが鳴った。
気だるそうなため息が、右隣で聞こえる。もう一度だけ、と思って右隣を見たら、あきれた気だるそうな目つきで、黒板の上の時計を見ていたのである。
*
制服を脱ごうとスカートを下ろしたら、なにかが太ももに当たった。ポケットに手を突っ込んで引っ張りだしてみると、それは、口紅だったのだ。
メイクなんてしたこともないあたしのポケットに、なんで、口紅なんかが?
それに、学校に行っている間は、気がつかなかった。
姉ちゃんの仕業じゃないかと聞いてみたが、瑠佳にそんなことするわけないでしょ、と言われるだけだった。
どうしよう。
気になる。
つけてみたい。
中身を見たら新品だったから、ますます気になる。金色に輝く蓋とサーモンピンクのルージュが、つけてみてよ、と、あたしを誘うのだ。
──いつのまにか、唇が湿っていた。
肩に軽いものが乗っている。
筋肉でかたいはずの腕や脚が、すらりと細く、やわらかい。
鏡を覗けば、あんなに短かった髪は長く、中性的な顔が、女のコらしく変わっていた。
口紅のせいだ。
おめかしした唇が、物語っている。
あたしは魔法を手にいれた。
初はなんて言うだろう。あたしだって気づくかな。いや、気づくわけない。だってこんなにかわいいんだから。そういや、あいつの好きな新人女優は、こんな感じだったっけ。
スカートを穿き直して、ふらりと家を出た。
よく歩く、コンビニまでの道、背が低くなったのか、景色がいつもと違うように感じる。スカートだって膝の半分が隠れるぐらいだったのに、すっぽりと膝が覆われて、少し重たい気がした。
「あ」
そういえば、どうしてコンビニの前まで来たんだっけ、と思い出せば、目の前に、初がいた。
レジ袋を左手にぶら下げたパーカー姿で、ぼうっとこっちを見ている。
もしかして、やっぱり、こういうのが好み?
「来週、同じ時間に、また、ここに、来てくれませんか」
ハッと我に帰った初が声を震わして言う。
・・・スカートの長さなんか、関係ないじゃねーか。
*
隣の席の初は、落ち着かない様子だ。
時間を気にしているのか、やたらと黒板の上の時計を見ている。まだ、放課後にすらなっていないのに。
あれから一週間が経った。
今日、あの時間に、また、あそこへ。
はいと言ったに決まっている。だって、初に会える。あたし自身を好きになってくれたわけではないが、初に会えるのだ。
そわそわした初を見ているうちに、あっというまに放課後になった。
はやく会いたい。
だけど、初に文句を言われなかったのは、はじめてだ。ちょっとさびしい。
でも会える。あそこへ行けば会える。変身すれば会えるんだ!
家に帰ってすぐ、枕の下を確かめた。先週、大事にしまっておいた口紅は、ちゃんとここにある。
一週間ぶりの金色の輝きだ。弾けるような音をたてて蓋を開ければ、怪しげなピンクの塊が顔を覗かせ、独特の化粧品の匂いが鼻をつく。
はやく会いたい相手は、初ではなく、こいつなのかもしれない。こいつをひと塗りすれば、かわいくなれてしまうのだから。あたしはこいつの虜なんだ。変身するのは見た目だけだとわかっているが、こいつが誘う──はやくつけて。あのひとの所へ──わかってるっつの。
・・・あれ? 唇が湿ってる。
体が勝手に、走り出した。
そういえば記憶がない。
昨日、どうやって帰ったんだっけ。
昨日、どうやって元に戻ったんだっけ。
昨日、どうやって。どうやって。
目の前に初がいる。
真っ赤にした顔がかわいくて、思わず、にやりと口が歪む。なぜ、本当のあたしには、こんな顔してくれないのだろう。
「ども」
こんなこと言ってくれない。
「こないだはごめんなさい」
こんなことも。
「もし、よかったら。また来週、来て、ほしいです」
こんなことも・・・。
なんだか恐くて辛い。顔が熱くないし、胸はどきどきしないし。
がっかりした。初は、こんな奴でいいんだ。こんな奴のことが好きなんだ。こんな見た目だけの、性格も名前もわからない、こんな奴が好きなんだ。
唇がぱりぱりしてくる。
思い出した。唇が乾いたら、元に戻るんだった。だからはやくしないと、バレちゃう。
嫌だ。バレたくない。バレたら嫌われるに決まってる。こんな奴なんだって思われる。
体が勝手に、走り出した。
街並みなんて、見えるはずがなかった。まるで、自分で操縦のできるジェットコースターのようだ。
重たくて不思議な感覚のした頭は、もう軽い。サラサラではなくなっている。胸だって、ぺたんとして、憧れの膨らみもない。
風に触れた唇が、カサカサだ。
つけたい。
あのピンクの魔法を、もっと、唇に塗りたくりたい。そうすれば、初に会える。初と話せる。初が、もうすぐで、あたしのものになりそうな、気がするから。
でも涙が出そう。通り抜けてゆく風と一緒に、ぽろっとした涙が、飛んでいってしまいそう。
後ろを見ても、初はいなかった。
あたりまえだ。
だってあたしがあれだなんて、わかるわけがない。わかるわけがないのに──気づいてほしい──あたしの中の乙女とやらが、言っている。
*
初は、昨日と同じように上の空だった。いや、昨日よりもひどく。
知らないのだ。なぜ、あたしが走り出したのか。きっと──嫌われた──と思ったに違いない。嫌われたくないのは、あたしも同じなのに。
ぶちまけたい。
すべて、告白したい。
本当は、あれはあたしなんだ。あたしは、初のことが好きなんだ、と。
いつか、爆発しそうな気がした。複雑に絡み合う、糸のような、はち切れんばかりの大きな風船のような、自分の心が。いっそのこと、爆発してしまえばいいとさえ感じる。そうすれば、迷ったり悩むこともないのだ。わざわざ勇気を出して、言葉にする必要もないのだ。
・・・来週は来るかな・・・
隣から、聞こえた気がした。
授業も終わり、一人で家までの道のりを歩いていると、後ろから来た男子のグループに追い抜かれてしまった。そのグループの中に、見覚えのある頭がある。
初だ。
さっさと帰って、考える暇もなく、寝てしまいたかったのに。帰り道に見かけたら、昼寝をしようにも、眠れそうにない。
しばらくすると、分かれ道があり、初一人だけみんなと別の道を行くようだ。
そっちは、あたしも通る方なのに。
二人っきりになってしまう。
突然、脳裏に電流が走ったような感覚がし、立ち止まって、必死でリュックの中をまさぐり、探した。あるはずない。なのに、あった。そこに、たった一本の、口紅が。
面白い……!
こういうの好きです、応援します!!
>>12
コメントありがとうございます。
面白いと言っていただけて、
とても嬉しいです( * ̄ー ̄)
応援ありがとうございます!
フライや天ぷらを食べた後のように、唇が油で覆われる。鏡がないので確認することはできないが、それはきっと、ぬらぬらと色っぽく、光っているだろう。
初の背中はもう目の前。
まだ、心の準備ができていない。なんて声をかけよう。このまま二人きりになったら、どうするんだろう。
「ねえ」準備ができていないのに、言ってしまった。
首をひねって顔だけこっちに向け、目を見開き、初はびっくりしている。まさか、なんで、昨日会ったばかりで、あの場所じゃなくて、あの時間じゃなくて、二人っきりで、なんで──?!──そんな表情だ。それでいて、口元は幼く無邪気に緩み、頬は桃みたく赤い。少し産毛があり、本当に桃そっくりである。初って、どうしてこんなにかわいいんだろうと、純粋に思った。
「あ、あの」
あわあわと初が言う。
いつものあたしには、見せない顔だ。二人きりの場所で見れて嬉しいのに、たまらなく悔しくて、かなしい。こんなのが好きなら、いつものあたしのことくらい、好きになれんだろ・・・言ってやりたかった。なのに口は、違うことをしゃべりだす。「こないだは、ごめん」
嫌われていなかったと安心したのか、初の肩はすっと下りている。こんなわび言に何ホッとしてるんだよと、いらいらした。でも言えなかった。
「あの、おれ・・・・・・」
あっ!
あの、あたし、好きなんです。
導かれたように頭にうかんだその台詞を言うつもりが、いつもの癖で、おれだなんて、言ってしまった。
バレたかもしれない。
とたんに涙があふれてくる。心臓がばくばくして、止まらない。
また走っていた。初の顔を見れずに。
自分の部屋に閉じこもり、声をおし殺して泣いた。
今度こそおしまいだ。もう、初と話せない。顔を見れない。あの姿で、あの場所で、あの時間に会えない。
髪が、短く元通りになっている。
ああ、戻ったんだ・・・そう思って、頬を伝ってきたこぼれそうな涙をぬぐおうとしたとき、手が唇に触れた。指をよく見ると、ピンクのぼやけたラインができていた。
なにかがおかしい。
鏡を見た。いつものあたしがいる。
ヘンだ・・・そう思ってもう一度口紅を塗っても、鏡の前のあたしは、男っぽいままだった。
何度も塗ったのに、何一つ変わらない。
絶望した。
なんで? これは、かわいくなれる、魔法の口紅じゃないの? かわいくなれない、意味のないこいつなんか、いらないよ!
それなのに、大事に口紅を枕の下に隠しておく、自分が憎い。
一晩経って、朝、癖のように口紅を塗る自分もだ。
男みたいな見た目して、唇だけピンクの自分もだ。
なんとなく、洗い落とす気になれず、どうせ気づかれないだろうと、そのまま学校へ行った。そんな自分も憎かった。
*
教室に入ってすぐ、座っている初と目が合う。どきっとしてそらしたけど、きれいな目だった。好きな目。もう一度初を見たら、そわそわと、でもあたしの方を見ながら、その瞳を上へ下へ、右へ左へ、動かしている。
消えてしまいたい。
「ね、ねえ、初・・・」
おれ? あたし?
初に声をかけたものの、自分のことをなんて呼べばいいか、わからなかった。見えないなにかに押しつぶされそうで、涙が出そうでたまらない。
この恋はおしまいだ・・・そう教室の入り口で立ち尽くしていると、初が、震えた声で少し笑った。「座らないの?」
なにも言えずに、ただ、初の隣の自分の席に着いた。
首だけ動かして右を見れば、初は、あたしと同じように、不安げに唇を揺らしている。口紅なんかつけているはずないのに、ピンク色の、薄くて愛らしい唇だ。
「なんだよ、見んなよ」恥ずかしそうに初が言った。じっと見ていた、こっちの方が恥ずかしい。ごめん、と謝ろうとしたが、そんな間もなく「あのさ」と、そして唾を飲む音が聞こえた。
「おれ、女の人と知り合って」
女の人、だって? あたしの、こと?
「約束して、何度も会ったんだけど」
嫌だ・・・言わないで。
「昨日も会って」
もうやめて。
「その人、なんかさ」
やめろってば──
「その人、なんかおまえに似てたんだ」
・・・あれ?
初は、やさしい笑顔だった。
*
帰って枕の下を確かめたが、そこに口紅は見当たらなかった。
〜瑠佳〜
うっひゃあああああ!!!
最高!切ないね!そこがいいね!!
もうもう、とてもとても応援しています!
更新楽しみにしていました。ので、見れて嬉しいです!
これからも応援しています。頑張ってください!!
>>22
コメントありがとうございます!
楽しんでいただけたようで、とても嬉しいですヾ(@゜▽゜@)ノ
更新も長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんm(__)m
これから先も、魔法の口紅がテーマの物語を書いていくつもりですので、ご支援ありがたく受け取っておきます!
出会いは十五年前、恋人同士になってもうすぐ一年の健ちゃんと、明日はデートだった。
「水族館のチケットあるから、せっかくだし、行かない?」一週間前にメールが来た。春休み中、しかも四月から高校生ということで、浮かれた様子である。
健ちゃんから誘われて、私も少し浮かれていたけど、デートなんて初めてだ。そもそも、初めてできた彼氏だし、付き合っても今まで通りみたいな関係だったから、どうしたらいいかわからない。それに健ちゃんはモテる・・・慣れているのかと思うと、なんだかさびしい。
憧れて買ったもののまだ使ったことのない道具でメイクをした方がいいのか、どんな服装がいいのか、タンスの前であれこれ考えているうちに、夜遅くになってしまった。
ずっとこうしているわけにもいかない。私は寝ることにした。布団の中にもぐりこみ──あっという間だった。
聞き慣れた電子音で目が覚め、閉じた手の中に、何かを感じる。ぼんやりとしたまま、手をゆっくりと開けると、手のひらに、金色に光るものがあった。
・・・口紅?