厄介だ。非常に厄介だ。
「彼女が嫉ましくないのですか」
きっと今までに何億回とされてきた私を哀れむ問いかけに、やはり「わたくし」の優秀な仮面は笑顔で答える。
「如何してですか?わたくしは別に、その様なことは望んでおりません」
と。
「望んでないのに」______なんて、心にも思ってないことを口走ったりして。本当は、欲しくて欲しくて堪らないのに。そう、それを理解しておきながら認めようとしない自分自身が、本当に厄介。
___でも、認めてしまったらきっと傷つく。彼も、彼女も。そして、私自身も。だから、諦めようと誓った。
歯をぎしりと噛み締めて、足元を見つめる。苦しいのに、嬉しい。嬉しいのに、苦しい。これはなんなんだ、一体。素直によろこべない自分が憎たらしい。情けない。
もう手もどどかない。喋ることさえ、その姿を見ることさえ憚られる。なんせ彼はもう既に白い背広に身を包んでいるから。彼の心は既に、彼女のものだから。
つい1年前まで隣にあった肩が、今では異空間のように遠い。そうまるで、私とは違う世界にあるように。彼らは笑顔を絶やさない。そして、彼らの周りに立つ人物たちも。幸せいっぱいの彼らの空間に一人、私だけ取り残されている。彼らの立つ舞台を、たった一人私だけ、裏方として見ている。
「おい、フィリア」
彼の声が、私を現実へと引き戻す。 彼がこちらに気づいて、手招きをしていた。
私は慌てて「わたくし」の仮面を貼り付け、優雅なしぐさを心がけながら歩みを進める。
正直言って、彼の話なんか耳に入ってこなかった。
ただでさえ胸が苦しいというのに。頬を赤に染めて笑いあうふたりの姿など見たくもないというのに。それなのに、それなのに、彼にときめいてしまう自分に嫌悪感と、彼の花嫁となる彼女に対しての罪悪感で胸がいっぱいになった。
「………い、おい、フィリア。聞いているのか」
「!……ええ。」
ぼーっとしている私を不信な目で見ながら、彼は問う。
いけないいけない。「わたくし」を、彼の前で脱いではいけないの。
改めて私は「わたくし」を取り繕うと、世間から「花の様だ」と称される、「わたくし」の偽りの笑顔を浮かべた。
「この度はご結婚おめでとうございますわ、お二方。
カインもユリア様も、どうぞ末長くお幸せになられて下さいまし。」
「お幸せに」と言うたった一言を言うのに、こんなにも身が裂けるような想いをするなんて。
___これで泣けたら、泣いて全てを忘れることができるのなら、なんて。もう涙も枯れてしまっていると言うのに、と、私は心の中で自らを嘲笑った。
________また、幸せになれなかったね、フィリア。
どこかで、そんな声がした。