顔も名前も知らない人に恋心を抱く少女、智子と密かに智子に恋心を抱く友人、朋美と智子が恋心を抱く誰かの青春の話。
※同性愛的表現があります。
放課後、教室のドアを開けるとドビュッシーの月の光が聞こえてきた。
四階から私達の教室のある一階にまで聞こえるピアノの音。
ほとんど毎日その音が聞こえている。
なんの部活動にも入っていない私は四階の音楽室の前まで行き、その演奏を聴くのが小さな楽しみになっていた。
誰が弾いているのか知らないが私はその誰かのファンであった。
いや、私はその誰かにやんわりとしたものではあるが恋心を抱いていたのだ。
階段を上っていくと段々と大きくなるピアノの音。
美しい旋律が近付いてくる。
近付く音に比例するように大きくなる私の鼓動。
嗚呼、麗しきピアノの君。
いつかあなたに面と向かい会えたなら...
そう思うもピアノの音がぴたりと止まると逃げるように階段へ向かってしまう自分が情けない。
頭の中で恋心は極彩色に色付いて巡り、絡む。
どんな容姿のどんな声のどんな性格の人間であるかなんてことはおろか名前や性別すら知らない人に恋心を抱くなんてちゃんちゃらおかしい話だと自分でも思ってしまう。
そんなことをしている内にピアノの音がぴたりと止まった。
床に置いていた鞄の持ち手を急いで握ると階段に向かって走る。
走っているからなのか、顔が熱くなっている気がした。
している→考えてる
の誤字です脳内で修正しといてください