「ごめんね…。私、ホントは××なノ。元ノ世界に戻ラなきャ…
…イまマデ アリがとう…ー」
5月半ばの朝。5時くらい。ふと目が覚めた。…ような気がした。
「…?」
なんか、さっきから起きていたような、
夢なのか現実なのかよくわからないことが起きた。
生まれつき俺は夢の内容を覚えることができない。思い出せたとしてもいつもぼんやりとした雰囲気だけなのに。
今回に限って妙に鮮明に覚えている。
白い髪に白い肌の、俺と同じ高校生くらいの少女が、『戻らなきゃ』と俺に
言ってきたのだ。それも、今みたいな朝の光に吸い込まれるように…。
「(どういうことなんだろう?しかも『ありがとう』って…?)」
もやもやしていた俺の頭には、何故か、最近死んでしまった唯一の家族、
シロ(飼い猫)が浮かんでいた。
俺は現在、アパートで一人暮らしをしている高校2年生。
一人暮らしをしているのは、中学生になったばかりに両親を亡くしたからだ。原因は交通事故だった。
なんでも俺の入学祝いのためにプレゼントを買ってくれていたらしい。
…そんなことしなくて良かったのに。そんなことをしなければ、俺は1人にはならなかったのに。
親戚が何処にいるのか教えてくれないまま両親がいなくなったので、誰にも引き取られないまま
俺は孤独となった。さらに、お葬式のやり方もわからなくて、どのお墓に入れればいいのかもわからなくて。
行動力も友達もない、悲しみに沈んでいた俺の前に現れたのは
一匹の白い猫だった。
その猫は、俺には、俺と同じように孤独に見えた。
きっと、今の俺が孤独で、孤独な仲間が欲しくてそんな風に見えたのかもしれない。
その時の俺は、猫でもいいから仲間がいたらと思い、猫に手を伸ばした。
いつの間にか夕方となっていた時に現れた、夕焼け色のその白い猫は、
怯えることもなく、俺の方へ歩み寄ってくれた。
…これがシロとの出会いだ。
シロが死んだのは昨年の12月。
外に出たがっていたので出してあげたのだが、なかなか帰ってこなかった。
もしかしたら何処かで生きているのかもしれないが、真冬で雪も降っていて、夜は氷点下なのに
生きているなんてないのかなと思っているだけで、実際には死んだかどうかはわからない。
でも、今はすっかり切り替えることができて、シロがいない一人暮らしにも
案外すぐに慣れた。勿論、戻ってきてほしいと思う。
起きるのがいつもよりだいぶ早かったが、二度寝をせずに朝ごはんの支度を始めた。
「(今日は余裕があるから、ちょっとだけ(朝ごはんを)豪華にしようかな)」
そんな感じで、俺は、これからの日々が変わってしまうことなど
想像なんかしないまま学校へ向かう支度を進めていた。
俺は早起きをしたので、早めに学校に着いた。
一番最初に教室にたどり着いたので、とても静かだった。
なんだか落ち着く。いつも教室では居心地悪いと俺の中では評判なのに。笑
静寂の中、ノートや教材の開く音が響く。
いつもガヤガヤしていて気づかなかったが、教室は以外と響くんだな。
そう思いながら、勉強に取り掛かろうとした時。
「朝早くに偉いわね〜!白井(しらい)さん!」
「そんなことないですよ。朝って特にやることがなくて…」
「そうかしら?ニュース見たりとか、頭髪整えるとか、いろいろ
忙しくなるように思うけどね〜。…今時の高校生って。」
「そんなもんですかね〜」
自分がいる教室は、一番端にある。その反対側から、大きめの声で会話してる
女の先生と女子が歩いて来てるようだ。…こちら側に。
まぁ、女子と関わることなんか男子と関わるより断然少ないので
そいつが誰なのか知らないし、興味もないのだけれど。
しかし、俺は勉強する手が止まった。
. .
「あそこが今日からあなたのクラスとなる2年1組よ。
いっつも騒がしくてうるさいと感じるかもしれないけど、
みんな仲良しでとてもいいクラスよ。頑張ってね!」
「案内ありがとうございました。クラスの人が来るまで此処で過ごすことにします。
校内案内はクラスの子にお願いするので大丈夫です!」
……2年1組って…。
…俺のクラスじゃないか‼
せっかく1人を満喫していたのによりによって女子が来るとは…!
しかも転校生⁈話しかけられるフラグがすげぇいっぱいあるんだけど⁈
無理無理無理無理!!!最後に女子と喋ったのがいつだったか思い出せないのに
いきなり会話すんの⁈シミュレーションとかしたこともないのに⁈(因みにするつもりはない。)
…なんで 今日に 限って 早くきてしまったんだ‼俺‼
(自称)コミュ障の俺には、男子ならともかく女子との会話は成立しないに決まっている。
止まっていた足音が動き出した。
… まずい。 非常に まずい。
涼しいはずの教室の中。俺はたらりと汗を流した。
どうする…どうする…どうする…!
朝だからか思考がうまく回らない。足音がスローで近づいてるように感じた。
どうする…!
今だけドアが開かなければいいのに。
ふとそんなことを思ったとき。
ガラッ
ドアが開いてしまった。
俺の動きや呼吸が少し止まった。
「あ」
少女はなんとなく声をこぼした。
俺はなんとなく気まずいと思った。俺の存在がとうとうバレてしまった。
…しかもあっさり。
「お、おはよう ございます。」
静寂に包まれた教室。その中にポツンと勉強をしている、
一切自分の方を見てくれない男子の背中に挨拶をしてみた。
すると、
「……おはよう、ございます……」
少し遅れて挨拶を返してくれた。声が小さく、どことなくぎこちない感じがしたが。
少女が、微動だにしない俺に挨拶をした。
少し驚いたが、挨拶くらいはできると信じ、自然を装い挨拶を返した。
そして再び静寂が訪れる。
先に口を開いたのは少女だった。
「早いですね。いつもこんな早くに来て勉強しているのですか?」
少女は俺の方に歩み寄りながら、質問してきた。
「…今日だけです…」
今度は、小さい声でだが、自然と返せた。
「そうなんですね!早くに来れるのはいいことだと思います。
前の学校、早く来る人が少なくて…(笑)」
「そうなんですか。」
なんだろう。なんか話しやすく感じる…?
言葉がポンポン出てくる。
いつの間にか少女は俺の隣で立っていた。
気づいたとき、なんとなく顔を上げてしまった。
そして、少女は隣の席の机に座り、動いた俺に気づいて
こちらを見たので、自然と目があった。
俺は、何故か会ったことは無いはずの少女に懐かしさを感じた。
腰まである長い黒髪がゆれ、その少女は
「…初めまして。白井シオリと言います。」
そう言って俺に微笑んだ。
「…初めまして。黒崎、です。」
俺は、聞かれてもいないのに自己紹介をしていた。
「黒崎さん!これからよろしくね!」
少女はへにゃっと笑って見せた。
「私の席は、どーこかな〜」
少女はとととっと教卓に近づいて、座席表をじっと見ている。
「流石にまだ私の席は書かれていないよね〜」
今はまだ席替えをしておらず、出席番号順のままだある。
出席番号順となると、奇遇にも俺の隣になる。
少女は戻ってきた。
「私の席、どこなんですかね?」
聞かれて俺は、
「今はまだ出席番号順に並んでいるから、もしまだ変わらないなら
この席です。」
そう言って、俺の右隣の席を指し示した。
そういえば。考えると普通に女子と喋れてる…。
しかも初めて会った人と。少し自分を見直した。
「(全く知らない人となら、俺、ぜんぜんしゃべれるじゃん)」
そんな風に思っていた。
それから、ほかの人が来るまで彼女は俺に前の学校の思い出話を
ずっと話していた。
別に勉強の邪魔にはなっておらず、
むしろ、心地良かったな、と思っていた。