長い恋をした女の子の話
みなさん御機嫌よう。私はフィリアと申します。
あ、正式にはフィリア・エドスと言います。だけど姓って生まれ変わるごとに変わってしまうから、名乗っても意味ないと考えているの。それに対して名前だけは何度生まれ変わったって変わらないのだから不思議ね。
あ、生まれ変わりってご存知かしら。そうね。知られている通り、死んでもう一度生き返ることを意味するわ。
私はこの生まれ変わりによって何十年、いや何百年もの人生を生きているのだけれど、他の人にはそれが無いらしいから理解して頂けないの。あまりにも信じて貰えないからいつしか人に説明するのも億劫になって、今では私の体重に次ぐトップシークレットね。
まあそれは置いといて………本題なんだけどね、実は私、ついさっき自分が生まれ変わりを繰り返していることとか前世の記憶だとかを思い出したの。なぜかっていうと、私の愛する人のキスシーンを見たから。…あ、私とのじゃないのよ?もうそんなことしたら恥ずかしくて死んじゃう★
どうやら私が記憶を思い出すためのキーポイントは、私の愛する人のキスシーンを傍観することらしいの。
ちなみに私の愛する彼も私と同じように何百回という生まれ変わりを繰り返しているけれど、なぜかいつも記憶がない。そして私は別の男を見れば良いものなのに、なぜかいつも彼に恋をする。やっぱこれって運命!?きゃっ。
前世は確か、彼の結婚式だったかしら?
そこで初めて彼と彼の婚約者の誓いのキッスを見て、突然頭痛に襲われたの。そして、今のように記憶を思い出したわ。
ちなみにその婚約者さんとは高校時代に彼の取り合いをしていて、彼女の後から彼と知り合った私は彼女の「私は10年前から好きだった!」の言葉にいつもショックを受けていたわ。「愛に年月は関係ない」が私のモットーだったけれど、やっぱりそういうのって気にしちゃうわよね。しかも結局彼は幼い頃からの付き合いだった彼女の手を取ったから、記憶を思い出した時はあまりにもショックでショックで!!!
国1番の巨崖に立って「あたしは3世紀前から好きだったわーーーー!!!!!!」と叫び勢いのまま崖を蹴ったの。私は翔んで星になった。19歳の秋のことだったわ。
あの頃は私、若かったのね。彼と添い遂げられないなら自ら死を選んでしまうほどに。ヤダ、私ったらただの行動派のメンヘラじゃんヤダーー!
まあそれはさておき、あれから少しばかり成長した今世の私はね、自死の道を選ばなかったものの………殺しの道に走ってしまったわ。
いや〜、いつもより虫の居所が悪かったんでしょうね、私。最近街中にカップルも増えてきてムカついてる時に目の前でキッスだもの。
それに加えて、今までの何百年分の我慢が限界に達して、気づけば魔力がこう、ピシーっとね。こう、無意識にピシーっと指先から弾け飛んじゃいました★みたいな?
とはいえ、微笑ましいカップルのプロポーズ現場を血の海に変えてしまったことは……うん、反省してるし後悔もしてる。だからきっと、今こうして最愛の人に刃を突き立てられているのは、神様が与えた私の最初で最後の贖罪なんでしょうね。
「一生、一生恨んでやる!!!」
ああ、あなたは優しい笑顔が一番似合うのに。そんな血走った目を向けて、ああでもそんな表情すら愛おしい…なんて思う私は末期なんでしょうか。
私の体のちょうど真ん中めがけて振り下ろされた刃は、思いの外深く刺さってる模様です。知ってます?超深い傷ってあんま痛み感じないんですよ。ただ意識が徐々にぼんやりしていくだけで……
まあ正直まだ喋ることはできるんだけど、大好きな彼女の名前を呼びながらポロポロ泣き続ける姿を見ているとなんて言ったらいいのか分からない……うーん、「大丈夫、彼女はお前の心の中で生き続けるよ★」とか?……いやでも、それを殺した張本人に言われてもなあ。
そんな風にして、彼のすすり泣く声をぼんやーり夢うつつ気分で聞きながら、なんならこのまま死んだフリして死のうかな、なんて矛盾したことを考えていたらね、不意に懐かしい光景が頭に蘇ったの。
それは幼い頃の記憶で、私が悪戯をしたときに『もうすんなよ』と言って頭を撫でてくれた彼の笑顔。
何度生まれ変わったって、彼の優しさはいつも変わらなかった。いつだって、彼は笑って許してくれた。そのことを思い出した瞬間、不意に出番の必要性を感じていなたったお涙さんが一筋、私の頬を伝って落ちていきました。
………ああ、わかってますよ。本当に、本当に言わなきゃいけないこと。
霞んだ視界の先で、彼が驚いた表情を浮かべたのが分かりました。
「……め、さい…ごめ、なさ、い…………ごめん、なさい」
ゆるして、なんて厚かましいことは絶対に言わない。私は、取り返しのつかないことをしたのだから。
それでもなぜか、謝罪を紡ぐ言葉は止まりませんでした。それどころか、堰を切ったかのように涙とともに溢れ出します。
______ああ私、本当になにしてるんでしょうね。
大切な人を失う苦しみを、誰よりも知っていた筈なのに。気が狂いそうなほどのあの苦痛を、分かってた筈なのに。………ただ、ただ、あなたを愛していただけなのに。
そうこうしているうちに、とうとう視界はブラックアウト。意識が湖の底に沈んで行くような感覚を覚えて、私は瞼を閉じました。
いつもは死の直前に『次』がないことを望んだけれど、今回ばかりはそうもいかないわね。
_____『次』はきっと、『いつも』のように自分の苦しみを押し殺して、私は笑うことができるから。それが罰だと言うのなら、何度だって耐えてみせるから。……だからどうか……どうか私に、もう二度とこんな悲劇を犯させないでください。
そうして私は、愛する人の手にかけられ、愛する人のそばで死んだわ。それは今まで繰り返してきた数え切れないほどたくさんの死の中で、間違いなく一番幸せな死に方だった。