「お願いしまーす」
ママからのおつかいで街を歩いていると、若い男の人が私に何かのパンフレットを渡してきた。
「……何だろう」
街で貰うパンフレットなんて、家に持ち帰ったら捨てちゃうけれど、やっぱり内容は気になる。
えーっとなになに? ……アイドル募集!?
それでそれで……三人組強制オーディション!?
くーちゃん、桜奈ちゃんと一緒にアイドル出来るかも!
「アイドル……アイドル!」
アイドル。なれるとは思ってなかったからオーディションなんて受けなかったけれど、女の子の憧れ。
それを、大好きな友達と一緒に出来るのは、きっと楽しいと思う。
「……よし!」
私は明日学校で会った時に二人に話してみることにした。
無理矢理でも、私達3人でアイドルやってみたいな。
「二人とも!アイドルやろうよ!」
3:スミレ◆aw:2018/04/23(月) 21:16
「二人とも、アイドルやろうよ!」
次の日、私は早速二人に話してみた。
「未来……それ、本気なの?」
いきなり言ったからかもしれないけど、くーちゃんこと空花は
半信半疑な感じだった。
「本気だよ!桜奈ちゃんも、どう?」
「え、私は……ちょっと……」
桜奈ちゃんは、なんだか恥ずかしそう……。
でも!
「出ようよ、ほら!これ見て!」
私はちょっと強引に、桜奈ちゃんを引っ張り込んだ。
そして、昨日もらったパンフレットを見せる。
「なになに……アイドルのオーディションで、三人で出場してくださいか。
……だーかーら、私たちを誘ってるの?」
「うん!」
「未来ったら……」
くーちゃんは、ちょっと呆れた様子だった。
だけど、パンフレットを置いて私の方を見る……。
「いーわ。誘ってくれたなら、やってみたい」
「本当!?っやったぁ!」
よし、くーちゃん説得!
あとは、桜奈ちゃんだけど……。
「ふ、二人とも、やるの?」
しばらく俯いていた桜奈ちゃんは、顔をあげてそう言った。
「私はね。せっかく誘われたんだから、やって見るのもいいと思うし」
「誘った私がやらないわけないじゃん!」
私とくーちゃんは当然のようにそう答える。
桜奈ちゃんはしばらく悩んでいる素振りを見せ、やがて決意をしたように私とくーちゃんの顔を見た。
「二人が、やるなら……やろうかな。
……私、変わりたいし」
最後の方は小さな声でよく聞こえなかったけれど、とにかく桜奈ちゃんの説得も完了!
「……土曜日か。
よし、今週の土曜日に事務所に殴り込みに行こう!」
オーディションの日を確認して、なんとなく冗談を言ってみる。
「殴り込みって……バカじゃないの? オーディションに行くんでしょ?」
「てへぺろ」
私のその冗談に、くーちゃんが呆れたように突っ込む。
私は、口調は強いけど何だかんだ突っ込んでくれるくーちゃんのこういう所が好きだ。
「じゃ、受かるように頑張ろうね!」
「……もちろん」
「う、うん!」
私たち三人は顔を合わせて微笑む。
……きっと、私たち三人なら絶対受かるよね!
「聞いて、おかーさん!」
「あらあら、どうしたの?なんだか嬉しそうじゃないの」
「あのね、私ね―――」
学校が終わり、家に帰ったあと……
私はお母さんに、今日のことを話した。
「アイドルに、なりたいって……?」
「う、うん」
ほんとは、昨日話してもよかった。
パンフをもらったその日に。
でも、三人メンバーじゃないと参加はできない。
だから、くーちゃん・桜奈ちゃんと話がまとまるまで待つつもりだった。
「そうね……」
「……」
思わず、ごくりとつばを飲み込む。
話を進めまくっちゃったけど、許してもらえなかったらどうしよう。
不安が、私の中をグルグルと巡る。
二人にも、どう謝ったらいいか……。
「いいわよ。オーディション」
「えっ……本当!?」
一瞬、耳を疑った。
でも確かに聞こえた……「いい」って。
「アイドルになれたなら、自分の満足行くまで頑張りなさい。中途半端はだめよ」
「おかーさん……うん。私、頑張る!」
よかった……。これで、私は……
でも、ほかの二人はどうだろう?って、考える必要はないか。
許可、もらえてるよね。
「帰ったぞー」
「あ……」
玄関から聞こえる、気の抜けるような声……お父さんだ。
「おとーさん、お帰りなさい!あのね―――」
「なんだ……えーっ!?」
お父さんにも、同じことを話した。
驚いてはいたけれど、許してくれました……。
結局二人も許可を貰えたらしく、無事にオーディションの日を迎えることが出来た。
絶対、三人でアイドルになるから!
「それでは、自己紹介をお願いします」
しばらく待って、遂に私たちの番。
スーツをビシッと着た男の人が審査をするみたいだ。
「はい! 私は日葵未来です!」
「心露空花……です」
「佐都桜奈、です!」
私たちは指示通りに自己紹介をする。
「日葵さん、心露さん、佐都さんですね。得意なことや好きなことは?」
これなら、自信を持って答えられる。
「私は、友達を作ることです!」
「勉強……かな。好きなことは分かりません」
「えっと……絵を描くのが、好きです……」
少し桜奈ちゃんが心配だったけど、ちゃんと言えてた。
「皆さんは、どんなアイドルになりたいですか?」
これで最後の質問、なんだけど……
まずい、そこまで考えてなかった!
「まだ、私達がどんなアイドルになるのかは分かりませんが……皆に笑顔を与えられるようなアイドルになら、なりたいです」
私が慌ててると、くーちゃんがかわりに言ってくれた。
……さっすが、くーちゃん!
「なるほど。面接はこれで終わりです」
「……面接? これ、オーディションじゃないんですか?」
男の人の言葉に疑問に思ったのか、くーちゃんが尋ねる。
「はい。この面接はオーディションの一つですが、歌、ダンスの実技審査もあります」
男の人は頷いてそう言った。
……実技審査、か。
「では、隣のレッスンルームに入ってください。そこで審査を行います」
歌ったり踊ったりしたことはあんまり無いけれど、頑張ろう!
そうして私たちは、レッスンルームに案内された。
「わぁ、すごい……」
踊るため?の壁一面の鏡や、トレーニングに使うような道具が並んでいる。
初めて見るけど、ここでアイドルが練習をしていたと思うと、
そういう光景が目に浮かんできた。
アイドルになれたら、私も……。
「わ、私たち……ここで、歌うの?」
桜奈ちゃん……控室でも思ったけど、すごく緊張しているみたいだ。
どうしよう?
「では、みなさん。一人ずつ、好きな歌を歌ってください」
「は、はい!」
これから、歌うんだ。アイドルになるために……。
「……私から、いいですか」
最初に名乗りを上げたのは、くーちゃんだった。
静かだけど、妙に自信を感じる。
「空花……頑張ってね」
「あなたも歌うんでしょ?見てて」
緊張気味の桜奈に、くーちゃんはくーちゃんなりの励ましを送ったみたい。
「うん……」
桜奈の表情が、少し良くなった気がする。
さあ、くーちゃんが歌うぞ……!
「じゃあ、行きます―――」
「―――二人とも、どうだった!?」
……お母さんから許しをもらった次の日、
私たちは近所の公園に集まっていた。
「どうって……うん、許してもらえたよ」
「わ、私も……」
どんなやり取りだったかはわかんないけど、くーちゃんも桜奈も、一応許しはもらっているみたいだ。
よかった……。
「ふう……」
思わず、安心からくるため息が出る。
「その様子だと、未来もOKみたいね」
「うん!」
「じゃあ……」
くーちゃんは、持っていたカバンから白い物体を取り出した。
これは……
「小さいけど、ラジカセ?……あ、CDも入るね」
小型で、持ち運びに便利そうなCDラジカセだった。
「空花、これどうするの?」
「……練習。オーディションまで、あんまり時間はないけど。ダンスなんかは少しでも練習するのが良いでしょ?」
練習か……。確かに、オーディションを受けるならそれなりにやっとかないといけない。
しまった。私はそこまで考えてなかったなぁ。
「二人とも、CD流すから。この振り付けどおりにね」
そういうとくーちゃんは、小冊子みたいなのを手渡してきた。
中身を見ると、ダンスの振り付けが載っている。
「これ、くーちゃんが?」
「うん」
くーちゃん、ここまでやって……。
「覚えられるのかな……」
私も不安だったけど、桜奈はそれ以上に不安そうだ。
「だいじょうぶ!アイドルになるんだから、三人なんだから、これくらいどうってことない!」
「未来……うん、そうだよね。私も、アイドルに……」
桜奈は、まだ不安そうだけどさっきよりはマシみたい。
元気づけられたかな?
「じゃ、始めるわ―――」
そうして私たちは、少ない日数だけど必死に練習した。
自分たちの目標のために……。
「はい、ありがとうございました」
くーちゃんが歌い終わって、審査員の男の人がそう言う。
さっすがくーちゃん。
審査員の人たちの目を圧倒的な歌唱力で惹き付けていた。
「次、佐都さんお願いします」
「は、はい……」
次は桜奈ちゃんの番だけど……
やっぱり、緊張しちゃってるみたい。
どうやったら、緊張をほぐしてあげられるのかな。
そう考えていた時、くーちゃんが桜奈ちゃんの隣に立って、桜奈ちゃんの小さな肩に手を置いた。
「練習したでしょ、必死に。だから、心配することは無いわ。今、自分の持ってる力を精一杯出して」
そして、力強い瞳でそう言った。
くーちゃん、よく言った!
「そうだよっ! あの時必死に練習したんだもん。桜奈ちゃんなら、できるよ!」
私も、誘った本人として何も言わないわけにはいかない。
桜奈ちゃんの背中を叩いて、私はそう言った。
「空花、未来……! うん、私、頑張る!」
私たちの言葉に、桜奈ちゃんの緊張もほぐれたようだ。
「準備はいいですか?」
「……はい!」
桜奈ちゃんはマイクの前に立って、そう返事をする。
……頑張れっ!
男の人がラジカセに手をかけた。
桜奈ちゃんの歌が、始まる……!
「それでは、始めます――――――」
「……桜奈ちゃんなら、出来るよ!」
「自分の持ってる力を精一杯出して」
未来空花に後押しされて、言われた言葉。
緊張もほぐれてきたし、すごくうれしかった。
だから今度は、私が返す番―――
「すぅ……」
歌い出し。息を吸った瞬間、頭の中に色々入ってくるのがわかる。
恥ずかしい
声が止まる
投げ出したい
何も起きない……私は、変わるんだ!
「1、2、せーっの!」
選んだのは、音が高くて元気な歌。
テンポがよくて、聞いてるだけでノッてきそうな感じのもの。
練習した踊りを参考に、軽く振り付けをしてみたりもした。
空花には及ばないかもしれないけど、私なりの……!
こんな歌みたいに、元気を与えられるようなアイドルに、私は―――
「はい、ありがとうございました」
歌い切ること、出来た……。
歌って踊るのって、こんなに楽しいんだ……。
「桜奈ちゃん……やったね!」
「ほら、歌えた。出来たじゃない」
喜ぶ未来と、そっけない空花。
態度は逆だったけど褒めてくれているのはわかる。
「二人とも、ありがとう!」
私は、背中を押してくれた二人に精いっぱいのお礼をした。
「じゃあ、最後は私!見ててね、くーちゃん桜奈ちゃん!」
未来は、呼ばれる前から審査員の前に立った。
頑張って……!
遂に私の番。
普通なら緊張するけれど、私は全く緊張してなくて、むしろ興奮している。
大好きな曲、得意な振り付け、沢山理由があるけれど……
「未来、頑張って」
「私たち、応援してるから……!」
一番の理由は、この二人と一緒に練習したから。
だから、きっと成功する。短かったけど、充実したあの練習時間は、無駄じゃなかった!
「では、日葵さん、お願いします」
「はい! よろしくお願いします!」
私はマイクの前に、姿勢を正して立った。
それを確認して、審査員の人がラジカセのボタンを押す。
――――――――さあ、歌うぞ!
マイクに口を近づけ、歌う。
やってることは、家族でカラオケに行ったりするのと同じこと。
だけど……今は、違う。
「―――すごい……」
未来の歌を聴いていた私は、小声で思わずそうつぶやいた。
本当に、それしか言いようがない。
「……アイドルみたい」
桜奈も、未来の歌に何かを思っているようだった。
アイドルみたい、か。正直、私の思ってることはそうなんだろうなと思った。
何が未来を、そうさせてるのかはわからない。
だけど、今の未来は本当に―――
「……ありがとう、ございました」
歌い切った。
私はお辞儀をして、元居た場所に戻る。
「未来、すごかったよ!」
「そ、そうかなぁ?」
桜奈ちゃんは、私の歌とダンスをすごく思ってくれているみたい。
そこまでだったかな?と、自分ではピンとこないけど。
「……一番、あなたが凄かったと思う」
「くーちゃんも、かっこよかったよ?」
空花も、ほめてくれてるんだけど……
私、そんなに?
「三人とも、ありがとうございました。後日、結果をお知らせします……」
「は、はいっ!」
面接官の人たちに見送られて、私たちのオーディションは終わった。
あの時間、本当に無駄じゃないといいな……。
目指すは、アイドル……!
オーディションの次の日……それは、日曜日。
くーちゃん、桜奈ちゃんと一緒に、私の家に集まっていた。
「みんな、お疲れ様ー!」
乾杯するみたいに、ジュース入りのコップをくっつける。
カツンという音がそれっぽい。
「はあ……受かってたら、もっと人前に立つんだよね……」
桜奈ちゃんは、緊張の糸が切れたみたいにテンションが下がっていた。
「桜奈、それ克服したんじゃなかったの?」
「あの時は、気分が上がってたから……」
なるほど、と思った。
オーディションで、大事なときだから、
いつもよりがんばれたのかな……って。
「私たち、オーディションとか出るの初めてだった。人前で歌ったりするのも。
でも、そういう経験ができるのってステキなことじゃない?」
「未来……うん。踊ったりするのも、運動会とは全然違った」
「でしょ?くーちゃん!」
三人で練習した。歌も踊りも、素人なりにって感じだったけど。
それでも本番、がんばれた気がする。楽しかった。
「こ、これで合格してなかったら……」
「桜奈ちゃん、大丈夫だよ!」
素人大歓迎って書いてあったし、何より……
「あれだけ頑張ったんだから、絶対合格してる!……気がする!」
「絶対なのに気がするって……でも、私もあれを無駄にしたくない」
「そ、そうだよね。合格……してるよね!うん!」
……その日は夕方まで、私の家で過ごした。
結果は明日以降なのかな、楽しみ……。
未来達がオーディションを受けた日の夜、社長室で話し合いが行われていた。
話し合いの内容は、オーディションについてだ。
「どの子達も良かったと思いますが……
社長、どうですか?」
「……オーディションは、私も拝見させてもらったよ。私が評価したいのは、日葵君達だ」
事務員の女性の問いかけに、社長は即座に答えた。
「あの3人は全員素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたが、私が特に注目したのは日葵君。彼女は、特別飛び抜けた才能はない無いが、私には一番輝いて見えた」
「輝いて……ですか」
女性は少し納得のいってない様子でそう答える。
「もちろん、心露君や佐都君も良かった。だから、私はあの3人組をこの事務所に迎えたい」
「はあ……」
女性は考えた。
確かにあの3人も良かったと思うが、他にも逸材は沢山いたのだ。
「……はい、分かりました。彼女達には、合格通知を送っておきます」
ただ、女性は所詮事務員。
社長に逆らえるわけでも無かったので、未来達を合格させることにした。
「……輝いてる、か」
世間はアイドルの能力やビジュアルを見るのに、そんな単純な理由でいいのか。
女性はそう思ったが、これもあの変わった社長の考えだろう。口は出さないことにした。
「さて、合格通知、合格通知……」
どうせ合格させるなら、トップアイドルにしてあげないと。
女性は、社長室から出て作業に移った。
「―――まりさん、ひまりさん!」
「は、はいっ!?」
どうやら、先生に話しかけられたらしい。
我に返って周りを見る……そうだ、今は授業中だ……。
「大丈夫?今朝からボーッとしてるけど」
「だ、だいじょうぶです……多分」
―――多分。
曖昧な返事なのは、自分でもよく分からないからである。
オーディション以降、結果が気になってボーッとしていることが増えたみたい。
……結局昼休みまで、ずっとそんな感じだった。
「未来、今日変よ?」
と、ストレートに突っ込んできたのはくーちゃんだった。
「だって、結果が気になるんだもん!なに?くーちゃんは気にならないの!?」
「それは……気になるけど。でも、集中できなくなるのは駄目」
「うー……」
ごもっともである。結果が気になるあまり、何事にも上の空。
この時ばかりは、冷静なくーちゃんが羨ましくなる。
「まだ、時間はかかるだろうし。気長に待とう?」
「うん……」
時間がかかる……私には、今日の学校の時間さえ、
すごく長く感じられた。これがもうしばらく続くんだろうか……。
緊張で上手くいかない学校生活を乗り越え、やっと今日は休日の土曜日。
「未来、起きなさい!」
……だったんだけど。
何故かお母さんに叩き起された。
今日は出かける予定も無いし、学校でもないし……
どうしたのかと思い、「何……?」と言いながら私は身体を起こす。
お母さんは、何だか呆れた顔だ。
「何? じゃないわよ。事務所から封筒が届いたんだけど」
「えっ!? ……いった!」
私はびっくりして思わずベッドから落ちてしまった。
まだ呆れた様子で私を見ているお母さんの視線を流し、私は封筒が置いてあるというリビングへと駆けて行った。
「……ホントだ」
リビングにあるテーブルの上に、白色の封筒があった。
差出人の欄には、オーディションを受けた事務所の名前が書いてある。
「ど、どうなのかな……」
いつもポジティブな私でも、流石に緊張した。
封筒を丁寧に開き、中から紙をそっと出す。
さあ、結果は……
「…………やったー!」
取り出した紙には、大きく「合格」の文字が。
私は見間違えじゃないのか何度も確認したが、そこには何度見ても「合格」としか見えなかった。
「未来、嬉しいのは分かるけどちゃんと内容見なさい」
いつの間にかお母さんも降りてきてたみたい。
私はお母さんに「はーい」と返事をして、言われた通りに内容を確認する。
「……ユニット名?」
流し読みをしていた時に目に入ったのは、ユニット名だった。
ユニット名は、「チルドレンシンガーズ」らしい。
「……ちょっと、単純すぎない?」
なんて思ったけれど、この際別にいい。
それより……
「合格、かあ……!」
何よりも、合格ということが私にとってはとても嬉しかった。
レッスンが始まるのは、1週間後かららしい。
アイドルっていう実感は湧かないけれど、頑張ろう!
その後すぐに、私は二人を公園に誘った。
合格だったことを伝えるためだ。
「二人とも、実はね……」
「未来……もう、知ってる」
「えっ?」
呆気に取られている私をよそに、くーちゃんはカバンの中から封筒を取り出した。
まさか……
「わたしの所にも、届いてたよ……」
「えっ??」
桜奈ちゃんの所にも……
「ほら、これ」
くーちゃんが取り出した封筒の中身。
合否発表の紙で、私と同じく「合格」。
「な、なっちゃったんだね。私たち三人……」
桜奈ちゃんも、多分結果を見たのだろう。
いつも以上に恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしている。
「実感、湧かないわね」
一理ある。こういうのはすんなり受け入れちゃうと思ってたくーちゃんも、
今回ばかりは戸惑ってるみたい。
「なっちゃったんだから……これから、頑張ろう!三人で!」
明日、事務所にあいさつに行く必要があるらしい。
それを確認した後、私たちは別れた。
―――アイドルになった。
現実を実感したその時から、私の頭の中はぐるぐると回っている。
それは、家に帰ってベッドに入っても変わらない。
「ああ……なっちゃったんだ。私」
人前に出るのが、怖い。
それは、面接で克服した……
はずだった。
あの時は、二人の応援もあって一生懸命だった。
だけど、終わったとたんに気持ちが沈みだす。
「どうしよう。私、自信ない……!」
このままアイドルになってしまって、本当にいいんだろうか?
二人の足を引っ張らないだろうか?
それが、とてもとても気がかりで……怖かった。
その気持ちに整理がつかないまま、日曜日を迎えることになる―――。
今日は事務所に挨拶、そしてプロデューサーさんとの顔合わせの日。
一度私の家の前で集合して、そのまま3人で事務所に向かった。
「おはようございます」
事務所の入り口でそう言いながら私たちは事務所の中に入る。
芸能界のルールとして、挨拶は必ず「おはようございます」らしいのだ。
流石にズカズカと中に入り込むわけにはいかないので、私たちは入り口の所で黙って待機をする。
しばらく待っていると、奥の方から「事務員」と書かれた名札をさげた女の人が来た。
「お待ちしておりましたよ。これから、プロデューサーと顔合わせなので会議室に向かいます。ついてきてください」
……優しそうな人だなあ。
そう思いつつ、事務員さんについていった。
会議室らしき部屋のドアの前で、私たちは立ち止まる。
「プロデューサーさん、連れてきましたよー」
事務員さんはそう言いながらドアをノックする。
すると、部屋越しに「はい、どうぞ」と若そうな男の人の声が帰ってきた。
事務員さんが、「少し段差がありますので足元にはお気をつけて」と言いながらドアを開け、部屋の中に入って行った。
私たちは足元に注意しながらそれに続いた。
「待っていたよ! 俺は君達のプロデューサー。よろしくな!」
少し緊張しながら入った私たちを迎えたのは、イメージ通り若い男の人。多分20代前半くらい。
私たちは「よろしくお願いします」と返事をする。
「みんな、緊張しているだろう」
プロデューサーは私たちの緊張した様子を見て何を思ったのか、視線を私たちに合わせて語りかけてきた。
「俺も緊張している。何故なら、俺はまだ新人だからだ。プロデュースするのは君達が初めてだ」
そうなんだ。
まあ、若いもんね。
「君達と同じで、俺も新人。お互い分からないこともあると思う。それを、俺達で一緒に学んで行こう!」
……プロデューサーさん。
「はい!」
私は、そのプロデューサーさんの熱意に惹かれたのだろう。気がつけば大きな返事を返していた。
「良かった。プロデューサーさんがちゃんとした人で」
「どういうことだよ!」
実は緊張していたくーちゃんも、すっかり緊張が解けていて、嫌味っぽいことも言えるくらいだった。
「…………」
でも、桜奈ちゃんはまだ迷ってる表情をしている。
いきなり、アイドルだもんね。
「桜奈ちゃん……?」
「あ、ううん! 大丈夫だよ!」
気になって桜奈ちゃんを呼び掛けると、焦ったような返事が返ってきた。
……まだ、何も言ってないのに。
この様子だと、きっと桜奈ちゃんはまだアイドルをする事に迷いがあるように見える。
誘わなかった方が良かったかなあ、なんて思ったけど、桜奈ちゃんの恥ずかしがり屋を克服させるためにも……
「あっ……俺、もうすぐ会議の時間だ。ここ使うからもう出ないとな」
私が難しく考えていた時、プロデューサーさんがそう言った。
……帰らないと。
「分かりました」
私はそう言って、くーちゃんと桜奈ちゃんを連れて事務所から出た。
プロデューサーさんもいい人だったし、きっと大丈夫。
桜奈ちゃんの事も気になるけど、もう来週からはレッスンが始まっちゃうから、今は保留。
「じゃあね、二人とも!」
「また、学校でね」
「う、うん、バイバイ!」
私たちは、オーディション前の自主レッスンで使った公園で別れ、それぞれ家へと帰って行った。
「―――はい、今日も一日楽しくお勉強しましょう!」
事務所にあいさつに言った次の日……つまり、月曜日。
私は、普通に学校に登校した。
クラスのみんなには、自分たちがアイドルになったのをまだ言ってはない。
三人で決めたことだけど、もっと人気になれてからということに決めた。
「日葵さん、今日は大丈夫そうね……」
「はい、もう大丈夫です!」
ここ最近、結果が気になってしょうがなかったから、それが見た目にも出てたみたい。
先生には心配かけちゃったな。
その後、授業はいつも通り進んでいく……。
「ねぇねぇ、CMで見たんだけどさ……」
「ん、なになに?」
―――クラスの雰囲気がちょっと違うように感じたのは、休み時間のことだった。
「……なんだろ?」
ほかの女子たちが、テレビか何かの話をしているらしい。
ちょっと遠くで、盗み聞きさせてもらうことにした。
「一か月も先のことをCMしてたんだけど、新人アイドルが出演して歌う番組っていうのがあるらしいの」
「それでそれで?」
「……出演者の中に、見たことのある顔がね―――」
キーンコーンカーンコーン……
「あ……」
ちょうど気になるところだったのに、チャイムが鳴ったら二人とも席についてしまった。
新人アイドルの番組か……そういうのにも、出ることがあるのかな?
くーちゃんや桜奈ちゃんに話すのは、また別の時間になりそうだ。
クラス、違うしね。
「―――――って事があったんだけど」
私は、下校時間に休み時間の事をくーちゃんたちに話した。
「へえ」
しかし、くーちゃんは全く興味のない顔で適当に返事をするだけ。
……リアクション薄い。
「でも、見たことのある顔ってどういうことだろう?」
桜奈ちゃんが不思議そうな顔でそう言う。
確かに、言われてみれば。
「見たことのある顔って……私たち、とか?」
くーちゃんがよく分からないといった顔でそう答える。
確かに宣材写真は撮ったし、事務所のホームページとかでそれを見ることは出来るだろうけど……
「でも、まだ私たちレッスンもろくにしてないし、仕事の話も聞いてないよね」
「そうよね……」
私がそう言うと、くーちゃんは更に難しい顔をする。
桜奈ちゃんも同じだ。
「お願いしまーす」
歩きながら考えていると、若い男の人がそう言いながら私たちにチラシを渡した。
「……新人アイドルの歌番組だって」
そのチラシの内容は、新人アイドルの番組のものだった。
興味をそそられたので詳細まで見てみると……
「……えっ!?」
「どうしたの?」
私が内容に驚いて大声をあげると、くーちゃんと桜奈ちゃんが怪訝そうな顔でチラシを見る。
「……これ、私たち」
桜奈ちゃんがぼそりと呟く。
そう、チラシには、私たちの宣材写真と名前が載っていたのだ。
……だから、見たことのある顔、か。
「いいい1ヶ月後!?」
「お、落ち着きなさい。未来」
くーちゃんは動揺する私を窘めるけれど、くーちゃんもだいぶ動揺している。
桜奈ちゃんに至っては固まってしまっている。
「ちょ、ちょっととりあえず事務所に連絡してみよう?」
「う、うん」
とりあえず、家に帰って事務所に連絡することにしてみた。
こんなのって、聞いてない!
「……はい、はい。わかりました」
―――その後帰ってきてすぐ、私はお母さんに頼んで事務所に電話してもらった。
テレビ出演……急なこと過ぎて、頭がこんがらがりそう。
「な、なんて……?」
電話を終えたお母さんに、内容を尋ねてみる。
「それがね……」
―――次の日、私たちは事務所に行くことになった。
「社長さん……人使いが荒いって、いうのかな?」
「そうね……」
「電話で済ませればいいのに……」
しかも、アイドルの私たち三人だけで。
私たち三人は、今現在事務所の前で待機しているのだ。
「ま、まあ……今日ちょうどレッスン初日だよ?」
「それは……そうだけど」
なんだか一番不満そうなくーちゃんに、私はなだめるように言った。
昨日の電話……
「事務所で話す。子供たちだけで来てほしい」
とのことだったらしい。
アイドル事務所だから、変な感じはしないけど……不安だなぁ。
初レッスンと一緒にこれだなんて……うん。
ちょうど日を合わせられたみたいな感じ。
「……そーいえば、社長に会ったこと、ないよね」
「あ、確かに」
くーちゃんの言うとおりだ。
プロデューサーさんには会ったことあるけど、社長さんは見たことがない。
……どんな人なんだろう?
「未来、空花、じかん……」
「あ……」
桜奈ちゃんが近くにあった時計を指す。
四時の約束まで、5分ほどになっていた。
「……そろそろ、はいろっか」
文章を書くの上手いね
24:風音◆Xk 元七瀬:2018/05/05(土) 22:25 「おはようございます」
事務所の中に入り、私たちは挨拶をする。
「お待ちしておりました。すみません。うちの社長、人使いが荒くて……」
誰かが来るのを待っていると、プロデューサーさんとの顔合わせの時にお世話になった事務員さんが出てきた。
「おっと、もうすぐ時間ですね。行きましょうか」
「は、はい」
私たちはこの前と同じように事務員さんについて行く。
違うところといえば、目的地くらいだろうか。
「社長、来ましたよ」
しばらく歩いて、私たちは社長室らしき部屋の前に立った。
事務員さんがノックをすると、中から「入りなさい」と野太い声が聞こえてきた。
この声の主が、社長さん……
私は緊張しながら社長室へと足を踏み入れる。
「やあ、待っていたよ。私は君達にオーディションの時から注目していて……」
「社長、まずは本題を」
社長さんが長々と話をしそうになったのを、事務員さんが遮るようにして止める。
心の中で少し「ナイス」と思ってしまったのは内緒だ。
「オホン、失礼。
それで、歌番組の件だがな……」
私は息を呑んだ。これから何を言われるのだろうと。
私は緊張しながら社長さんの言葉を待つ。
その待ち時間が、とても長く感じた。
「君達はもう察しているだろう、歌番組には出てもらう」
私たちは顔を見合わせた。
やっぱり、1ヶ月後にはテレビに出演。
昨日と同じで、くーちゃんは見るからに動揺してるし、桜奈ちゃんは固まって瞬きもしてない。
勿論私も驚いている。
「それで、今日から1ヶ月間レッスンを受けてもらう」
うん、ここまでは分かる。
「何故事務所に入ったばかりの君達を歌番組に出演させることにしたのか、それを今から説明する」
ごくり。
私は緊張して唾を飲み込む。
「その理由は単純、オーディション合格者が君達しかいないからだ。新人アイドルは君達しかいないから、君達しか出せなかった、そういうことだ」
何でいきなりって思ったけれど、社長さんの言葉に説得力はあった。
確かに、それなら私たちが出るってことも納得できるかも。
「じゃあ、私からの話はこれで終わりだ」
「皆さん、これからレッスンを始めるのでこちらへ」
社長さんの話が終わって、私たちは事務員さんに連れられ、更衣室へと向かった。
そういえば、忘れていたけど今日はレッスン初日。
……こんな話聞いた後にレッスンなんて、きついな。
「……あれ?」
更衣室へ向かう途中、私は違和感に気づいた。
「みく、どうしたの?」
私が止まったことに気づいたのか、桜奈ちゃんも止まってこっちを向いた。
「くーちゃん、どこ行ったんだろ?」
さっきまで、一緒についてきていたはずだった。
だけど、くーちゃんの姿はもうない……。
「……キミは」
「心霧 空花です。社長……」
一人列を外れた空花は、社長室に戻っていた。
「レッスンに、行くんじゃなかったのか?」
「その前に、話がしたいんです」
空花はそういうと、ズカズカと社長の机の前に迫る。
「社長、なぜ私達なんですか?それも、私達だけ……」
「それを知りたいのか……」
「ダメですか?」
最初は沈黙を通そうとした社長も、空花の気迫に押し負けたのか
思い口を開いた。
「むう……。君たちには……特に日葵 未来には―――」
「あ、くーちゃん!」
「遅れてごめん……」
事務員さんにも待ってもらうこと数分、くーちゃんが戻ってきた。
「もう、どこ行ってたの?」
「……」
「ん?」
聞いた途端、くーちゃんは黙り込んでしまった。なんで?
……そうか、トイレだ!
「あの、二人とも。レッスン……」
「そうだね、くーちゃん戻ってきたし。行こ!」
桜奈ちゃんは、事務員さんのことを気にかけてたのかな?
この人にもお仕事あるもんね。
何はともあれ三人揃ったから、改めて更衣室に向かった。
「お邪魔しまーす……」
私たちは、更衣室で着替えてレッスンルームに入った。
オーディションの時にも見た場所だけれど、やっぱり慣れないからか緊張する。
「おはようございます。私があなた達のトレーナーです。よろしくお願いします!」
何をすれば良いのか分からなくて戸惑っていると、奥の部屋からトレーナーさんが出てきてそう言った。
優しそうな人だな、って思った。
「じゃあ、今日は初めてですし、ダンスのレッスンを少しだけしましょうか」
ダンス……!
踊ることは好きだし、楽しみだ。
「じゃあ、私の動きを真似してくださいね。ワン、ツー、スリー、フォー」
トレーナーさんは、掛け声を出しながら踊り出す。
私たちもそれに合わせた。
最初はステップの仕方が分からなくてついていけなかったけど……
「日葵さん、いいですよ!」
ステップの仕方さえ覚えてしまえば、簡単。
レッスンの終盤辺りには、トレーナーさんの動きについて行けていた。
「未来、よく出来るね……」
そんな順調な私とは反対に、桜奈ちゃんは少し苦戦しているようだ。
桜奈ちゃん、運動苦手だもんね……
「はい、レッスン終わり!」
そんな感じのことをして、大体1時間。
初レッスンが終わった。
「くーちゃん、桜奈ちゃん。帰ろ?」
更衣室でレッスン着から着替えた後、私がそう言うと、桜奈ちゃんは頷いたけれど、くーちゃんは首を横に振った。
「私、もの失くしたから残ってるわ」
くーちゃんが淡々とした表情でそう言う。
……くーちゃん、何か持ってきてたっけ?
そう思ったけれど、くーちゃんが言うことだし信じなきゃダメだよね。
私はそう思って桜奈ちゃんと二人でレッスン室から出た。
無くしたものがある……
そう嘘をついた私は、一人でレッスン室に残った。
―――私の動きを真似してくださいね。ワンツー……
「わん、つー……わん、つー……」
直前まで練習していた記憶を頼りに、私は一人でステップを踏む。
自主練というやつだろうか?
「すりー……はぁ」
何度か、ステップを繰り返した。
練習の疲れもあってか、そんなに長くはできなかったけど。
「わたしも……二人みたいに……」
未来も桜奈も、オーディションではすごく輝いていた。
レッスンでも、それは感じられる。
未来はダンスの飲み込みも早くて……
桜奈はまだまだ。でも、上達に時間はかからないように思う。
私には、その輝きがない……
このままじゃ、二人に追い抜かれそうで―――
「くーちゃん、捜し物は?」
「未来……うん。ごめん、思い違いだった」
何も持ってないんだから、そういうほうが自然なはず……。
「そっか。汗、すごいね。拭いてから帰ろ!」
「うん……」
多分、気づかれなかった。私の自主練……
なぜかは知らないけど、隠したい……。
私は未来に連れられ、改めて更衣室に戻るのだった。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
くーちゃんを待ってて、少し遅くなったけれど、お母さんは怒ってないみたい。
……良かった。
「未来、もうすぐ晩御飯だぞ。手を洗ってきなさい」
「はーい」
私はお父さんにそう言われて、洗面所に向かう。
「……くーちゃん、どうして」
私は手を洗いながら考える。
くーちゃんは何で何も持ってなかったのに捜し物をしていたのだろう。それに、汗だくだったのも、変。
「未来ー、遅いぞー」
「あ、ごめん」
考え込んでいると、お父さんに呼ばれた。
……考えるのは、後。
私はそう思い、晩御飯を食べようとお父さん達の元に向かった。
今日のことは、明日くーちゃんに聞こう。