「うわ……」
最悪だ。
採集の任務中に凶悪な魔物と遭遇しまった雪はそう思った。
雪は戦闘能力は高いほうだが、上級魔物となると1人では対処出来ない。
「……死ぬのかな」
さっき目が合ってしまったから、いずれあの魔物もこちらへ来るだろう。
「ウガアアア!!!」
雪が死を覚悟していた時、さっきの魔物のものらしき呻き声が聞こえた。
雪は驚いて、思わず隠れていた岩陰から顔を出す。
「えー、コイツつよーい。めんどくさー」
呻きながら倒れるあの魔物と、雪と同い歳くらいの少女が目に入った。
「行かなきゃ……」
とにかく、誰だろうと戦える人間は来たのだから、私も共闘しよう。
雪はそう思いながら立ち上がる。
「えいっ!」
雪は杖を振り、魔物に氷の呪文をかける。
「ガアアア!!」
魔物は氷の刃に刺され、苦しそうに呻き声をあげながら倒れる。
あの少女が結構なダメージを与えていたからか、魔物はあっさりと倒れた。
「あれ、死んでる」
一度退散したらしい少女が、ボロボロになった戦闘服をはたきながら歩み寄ってくる。
「……大丈夫?」
少女の破れた戦闘服の隙間から見える足や腕には大きな傷が複数ついていた。
雪はそんな少女を心配するように言った。
雪の問いかけに、少女は「大丈夫大丈夫」と笑いながら答えた。
誰がどう見ても大丈夫ではないのだが、本人が言うなら仕方ないと雪は思い、「ならいいけど」と言う。
「ねえ、名前は? あたしは神崎風音」
雪が立ち去ろうとした時、少女……風音は雪を引き留めるようにして名前を尋ねた。
「赤石雪。美丘学園の戦闘部員」
雪は、自分の名前と肩書きを名乗る。
風音は驚いた。
風音自身も美丘学園の戦闘部員だったからだ。
「あたしも美丘の戦闘部員なんだけど」
「えっ」
今度は雪が驚く番だ。
風音のような特徴的な容姿をしている人物を見れば、忘れることは無いはずなのに。
「もしかして、あなた戦闘部員の中でも出張部員の方?」
雪は風音に対してそう尋ねる。
出張部員とは、月に二度ほど学園から出て、24時間任務を行う人物を示す。
「うん。そうだよ」
そして、風音は雪の言う通り、出張部員だったのだ。
「なら見ないよね……」
雪はようやく納得した。
そして、今回は普通の部隊と出張部員の任務のタイミングが被って二人は出会ったのだ。
「あ、あたし次の任務行かないと。じゃあね」
風音は突然思い出したように言い、雪の元から颯爽と離れていった。
「まるで風ね」
その姿を見て、雪は風のようだと比喩した。
雪は採集の任務を終え、学校に戻った。
「あの、神崎風音って子、知ってますか?」
そして、気になったので先輩の焔に風音の事を尋ねてみる。
「あー、風音ね。うちの学校で1桁に入るくらい強いから有名よ」
焔は笑いながらそう答える。
そんな有名人を、何故知らなかったのか。
雪はそう思った。
「で、風音がどうしたの?」
「実は――――――」
雪は、先程の出来事を焔に話す。
焔は「へー、そんなことがあったんだ」と言い、笑う。
「えっ、私何か変なこと言いましたか?」
何故笑われたのかが分からなかったので、雪はそう尋ねる。
「いや、風音が魔物を倒すなんて珍しいなって」
「……は?」
雪は驚いて思わず声を上げる。
出張部員なのに、魔物を倒すのが珍しい?
「あの子、体力っていうか魔力が無いから大体人に任せてサポートしかしないのよ。相当ピンチな時だけよ、魔物を倒すのは」
「……なるほど?」
納得したような、してないような。
雪は何か微妙な気持ちになった。
「そして、あの子目がいいから雪には気付いてたと思うのよね。多分、逃げる雪を見て助けようとしたんじゃない?」
「うーん……」
焔の言うことに否定はできないが、かといって信じることもできない。
そもそも、そんなピンチな時しか動かない子が、見ず知らずの私なんかを助ける?
かといって私の事を助けたわけじゃなかったら、なんで戦ってたの?
「まあ、あの子意外と優しいし、悪い子じゃないことは分かってあげてね」
そんな考えが頭の中をぐるぐるしている時、焔がそう言った。
「は、はい」
よく分かってない雪には、そんな言葉しか返せなかった。
それから暫く考えたけど、結局分からなかったので雪は思考を放棄した。
雪と風音が出会った次の日、風音は任務を終えて帰省した。
「ボロボロなのあたしだけじゃーん、ウケるー」
と風音は笑っていたが、周りからはどう見ても笑い事ではなかった。
腕や足についていた傷は更に広く深くなっており、痛々しい。
頭を打ったのか、その明るい色の茶髪に血が滲んでいるのが分かった。
「だ、大丈夫? とりあえず保健室に……」
慌てて3年生の医務員は風音を保健室に連れていく。
雪はそんな風音の様子を見て、少し心が痛んだ。
もし、風音が自分を助けてくれたのだったら、風音の傷を作ったのは自分のせい、と。
「雪」
「は、はい」
立ちすくんで動けないでいる雪に、焔が察して話しかけた。
雪は少し反応が遅れたが、返事をする。
「大丈夫よ。これは、あの子の好きにやった事だから。
……自業自得とまでは言えないけれど」
焔は雪を安心させるようにそう言う。
「それに、戦ってこういうものだから」
付け加えて言われたその言葉が、雪の胸に刺さる。
そうだ。戦は遊びじゃない。いつ、どこでも危険が伴っているのだ。
「さ、そろそろ寮の門限よ。帰りましょう?」
夜10時前、寮に戻らなくてはならない時間。
雪は少し納得のいかないような顔をしつつも、焔と一緒に量に戻って行った。
「あ、この間の人」
「……神崎さん?」
それは、昼休みの食堂での事だった。
「また会ったね」
「そうね」
雪と風音が会うのは、これで二回目。
腕、足、頭にこれでもかというほど巻かれてる包帯が目立つので、すぐに分かった。
「あの、大丈夫だった?」
雪は風音の事が心配だったので、そう尋ねる。
「あー、うん。全然。先輩たちのサポートしてたら真っ先に餌食にされちゃってさー」
「それは災難ね……」
雪は心の中で「良かった」と思ってしまった。
自分のせいでは無かったのだから。
「あの魔物……牛の形してるやつね。頭良いから赤石さんも気を付けて」
――――――牛の形?
そう言われてピンとこなかった雪だが、暫く考えて分かった。
「あ、闇の呪文使ってくる魔物?」
「そうそう」
やっぱり。
風音が言ったのは、雪と風音があの日探索していた場所に生息している魔物だ。
この世界の魔物には名前が無いので、どの階級か、どんな見た目か、どんな攻撃をしてくるのかで見分けられる。
「忠告ありがとう。気を付けるわ」
「ホント気をつけてねー? あたしみたいな包帯ぐるぐる巻きになりたくなければ」
感謝の言葉を述べた雪に対して、風音が自分の頭を指さしながらおちゃらけたように言う。
「フフっ……」
雪は風音のおちゃらけた顔と、その言葉通りにぐるぐる巻きの包帯を見て思わず笑ってしまった。
「あはは、笑うことないじゃーん」
風音も、そんな雪を見て笑った。
「……今日、一緒に食べない?」
そう切り出したのは雪だった。
風音は何でもないように「いいよ」と返事をして、雪と向かいの席に座る。
「ねえねえ、ここのカレー美味しいよね」
「そうね」
二人は、昼休みの間一緒に過ごした。
親睦も深まり、昼休みが終わる頃には友人と呼べる程の仲となっていた。
出張部員が任務を行ってる時、雪達戦闘部員は次の任務の作戦を練っていた。
「バラバラで行く? それともまとまっていく?」
その任務は、ここの学園から東に進んでいったところにある山に生息している魔物を駆除するというものだった。
その魔物は5体程度潜んでいるらしいが、1体1体がかなり強いらしいので何人体制で行くのかを話し合っている。
「敵は強いので人数は多い方が良いと思いますが……」
雪は手を挙げてそう発言をする。
「まあ、そうだな」
それに対し、隊長の水も賛同する。
しかし、焔は気がかりなことがあった。
今度駆除する魔物は、5体と結構な数潜んでいる。
しかも、その魔物は群れで行動するという生態を持っている。
だから焔は、全員が固まってしまったら囲まれて追い詰められて殺られてしまうのでは無いのかと思った。
「――――――――って思ったんだけど、どう?」
疑問に思ったことはすぐに言うのが焔の性分。
焔は自分の考えを纏めて言った上で、そう尋ねた。
「た、確かに……」
部員達は焔の主張も間違ってないと思ったのか、どうすれば良いのかと頭を抱える。
「出張部員の人達に手を借りるとかは……?」
その時、雪がそう提案をした。
「……いいかもな」
それに、隊長が賛同する。
部員達も、人数が増えるなら戦闘力が足りなくて殺られるリスクも、周りから囲まれて殺られるリスク無いと判断し、雪の意見に賛同する。
「じゃ、とりあえずそれで行こうか。出張部員が帰ってきたら交渉ね」
作戦会議は、雪の意見を採用として終了した。
「……よし」
この時、雪の意図を知る者はいなかった。
【登場人物】
赤石雪(あかいしゆき)
クールで愛想の無い性格の氷使い
戦闘能力は高く、1年生にして戦闘部員
容姿は黒髪のショートヘアでつり目。身長が高い
神崎風音(かんざきかざね)
適当な性格の風使い
雪と同様戦闘能力が高く、1年生にして戦闘部員(出張部員)
容姿はウェーブのかかった茶髪につり目
火原焔(ひばらほむら)
しっかり者の炎使い
戦闘部員で2年生。雪の上司に当たる
容姿は黒髪のポニーテールでタレ目
筒見水(つつみすい)
厳しい性格の水使い
戦闘部隊の隊長で3年生。学園一の戦闘能力を持つ
容姿は黒髪のロングでつり目
「――――――――――なんだけど、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
焔は出張部隊の隊長、氷織に先程の話を伝える。
氷織はそれに対し、二つ返事で了承した。
「氷織さん、どうしたんですかー?」
焔が「ありがとう」と言い、立ち去ろうとすると、氷織の後から風音が出てきた。
「今度の任務の手助けをすることになったのよ」
氷織が風音に対してそう言う。
風音は興味無さそうに「ふーん」と言った後、焔に目を向けた。
「焔さん、雪ちゃんいますか?」
そして、焔に対し、そう尋ねる。
「多分教室にいるんじゃない?」
焔は曖昧にそう答えた。
風音はその言葉を聞くなり、氷織と焔から離れて雪のクラスに向かった。
「……まったく、あの子は」
「風音、雪と仲良くなったのね」
氷織が呆れてるのに対し、焔は感心したようにそう言う。
「あ、じゃあ私帰るね」
「ええ、さようなら、焔」
焔は用が済んだので、そう言って自分の教室へ帰った。
「風音、“珍しく”馴れ合いなんて……」
氷織は焔の姿が完全に見えなくなった後、ボソリとそう呟いた。
「雪ちゃーん!」
「……風音」
一方、風音は焔の言葉を辿って、雪のクラスの教室に向かった。
そこには焔の言う通り、雪が居た。
「ねえ、雪ちゃん」
「何?」
風音は教室から屋上へと場所を変えて、話を切り出す。
「アレ、雪ちゃんの案だよね」
”アレ“というのは、戦闘部隊が出張部隊の手を借りるという件である。
「よく分かったわね」
そして、風音の思った通りこの案は雪が出したものである。
「まあね。てか、意図もなんとなく分かったケド?」
「……言ってみなさい」
風音の言葉に、雪が少し動揺したように言う。
風音は目を大きく開いて、「じゃあ、言うよ」と言った。
雪はその仕草を見て、思わず背筋に寒気がした。見透かされているような気がして、恐ろしかったのだ。
「あ た し の 殺 り 方
……を、見てみたいんでしょ?」
「そんなこと……」
「そんなことない」って言いたかった。
だけど、雪はそう言うこと……否定することが出来なかった。
雪は風音を少し警戒していた。
初めて出会った時も、傷だらけになりながらあれだけの強さの魔物を自分一人で追い詰め、澄ました顔をしていた。
風音は自分より小さく、とても強くは見えない体格だったが、それでも怖かった。
だから、風音の戦い方……風音の言葉を借りれば、「殺り方」を見てみたかったのだ。
「ね、否定出来ないでしょ?
ふぅん、雪ちゃんもあたしの事を……」
風音はそう言いかけて言葉に詰まった。
ここで続けると、止まらなくなってしまうから。
また、“あの時”と同じようになってしまうのだから。
「ううん、何でもない。
ま、いいよ。あたしも雪ちゃんと戦ってみたかったしねー」
風音は先程の追い詰めるような態度から一転、普段の軽い雰囲気でそう言った。
雪は安心した。
自分があんな事を考えてしまっていたのに、責められなかった。そして、拒絶されなかったからだ。
「……ごめん」
雪は風音に変な印象を抱いていたことに対し、謝罪をする。
その謝罪に、風音は首を振って「大丈夫大丈夫」と言って笑った。
「こちらこそなんか変な感じにしちゃってゴメンねー。
あたし、ちょっとやることあるから。じゃあねー」
「え、ええ」
そして、風音は初めて出会った時のように、風のように颯爽と去っていった。
――――――――一旦解決したように見えたが、雪は“ある事”に気づいていた。
「はぁー」
危ない。あたし、雪ちゃんには嫌われたくなかったのに、変なこと言っちゃいそうになってた。
嫌だよね。いきなり、「雪ちゃんも」って、決めつけられるのは。
「……んっ」
あたしは自分の目を覚ますために能力で身体に刺激を与えた。
風圧って、当てる範囲狭くしたら痛いんだよね。
ヒリヒリと痛む手を抑えながら、落ち着いてきたアタマであたしは考える。
自分で言うのもなんだけど、あたしは強い。それこそ気持ち悪いくらいに。
あんな魔物、普通は一人で追い詰めることなんて、出来ない。
まあ、そんな事が出来たのはじわじわと痛めつけてあげたからなんだけど、そんな残虐なこと言えない。
でも、力がないあたしにはその程度の事しか出来ないから。
今度、雪ちゃんと戦う時も、きっとするから。
ちょっと怖い、なんて、らしくないかな。
だけど、仲良くしてくれる人は手放したくないから……
「……よし」
あたしは、バックから赤い液体の入った“ソレ”を取り出す。
また、“小さな嘘”をつくことにした。
変だと思った。
さっきの風音の笑い方、いつもと違う。
さっきの風音笑い方は、いつもの屈託の無い笑顔じゃなくて、どこか自虐的だった。
私の言葉のせい?
酷いこと、思っちゃってたよね……
そんな不安が私の心を刺す。
……でも、風音はやっぱり怖い。
さっきの目を大きく開いた時の顔は、残虐的に見えて、なんだか追い詰めることに慣れているように見えた。
「……ゆーき! 何してんの?」
一人考えてる時、焔先輩が後から話しかけてきた。
「いえ、特に何も……」
何も無い、なんてことはないけれど、私の考えていることは焔先輩に話せそうになかった。
「何かあるでしょ?」
「……えっ?」
だけど、焔先輩は少し顔を顰めてそう言った。
……誤魔化せると思ってた。
「顔、何でもないって表情じゃないよ?」
焔先輩が私の頬を掴み、引っ張る。
「痛っ! ……焔先輩、やめてください!」
私は必死に抵抗する。
「ふふ、表情、柔らかくなったじゃん」
焔先輩は私の頬から手を離してそう言った。
……本当、焔先輩には適わない。
「……で? 何かあるなら話してみなよ」
焔先輩は、何でも受け止めると言わんばかりの表情でそう言った。
「実は―――――」
私は観念して、先程考えていたことを焔先輩に話すことにした。
「あー……」
私の話を聞いて、焔先輩は少し納得したように言う。
「……別に、悩む必要無いんじゃない?」
そして、いつもの笑顔でそう言った。
「えっ……?」
私は、予想外の言葉に戸惑う。
悩む必要がない?
嘘。私、無責任な事を思ってしまってたのに。
「風音がそれを望んでるから、ね」
「風音が……?」
言われてみれば、風音はそういう子だ。
気にしないのもいいのかもしれない。
「まあ、ホントのところ私にも風音の考えてる事は分かんないけどね。参考になればいいかな」
焔先輩は苦笑いしながらそう言う。
「あの……ありがとうございます」
私は焔先輩に感謝の言葉を伝えた。
「いいよ。雪の力になれたなら」
……やっぱり、焔先輩には適わない。
「んじゃ、私行くね。バイバーイ」
「は、はい。ありがとうございました」
焔先輩と別れた後、私は明日の任務に向けて、訓練をすることにした。
風音と一緒に戦えるように。
……風音の殺り方なんて、関係なく。
「じゃあ、今回の魔物の整体を確認しようか」
戦闘部隊隊長の水が仕切る。
「毒をまき散らす、群れで行動する、など危険な魔物だ。防毒服を着用し、最低五人で固まるように」
「はい!」
戦闘部隊、出張部隊の部員は揃って返事をする。
「……風音」
「雪ちゃん、何?」
一方、雪は風音に共闘するために話しかけていた。
「一緒に、行きましょう」
雪がそう言うと、風音は少し考える素振りを見せる。
しかし、すぐにそれをやめて“いつもの顔”で笑った。
「……うん」
珍しく、伸ばした語尾も、おちゃらけた様子もない。
風音は、自分の殺り方を見せることで雪に嫌われたり気味悪がられたりしないのかが不安だったのだ。
「じゃ、私もそっち行くよ」
「私も行くわ」
雪と風音が話していた時、後から焔と氷織が来る。
「ええ、よろしくお願いします。
……それで、あと一人は?」
水は「最低五人で固まるように」と言っていたが、今ここには四人しか居なかった。
雪は疑問に思って、焔達にそう尋ねる。
「はいはい、私も行きますよー」
すると、雪達の背後から気だるげな声が聞こえてきた。
「……光先輩」
佐々木光(ささきひかる)、三年生の光使い。
いつも気だるげな雰囲気を纏っている、焔とよく話している先輩。
雪からの印象はそんな感じであった。
「よろしくお願いしまーす」
光に、風音は少し軽い調子でそう言う。
「うん、よろしく」
光はそう言いつつも、内心「この子、曲者だろなー」と思っていた。
「…………わっ!」
その時、どこからか緊急警報が鳴った。
この警報は討伐対象の魔物が見つかった時に鳴る。
つまり、たった今、どこかで対象の魔物が見つかったということだ。
「……そろそろ、だね」
「……はい」
焔の言葉に、雪がそう答える。
これから、命を懸けた戦いが始まる……!
「……ガアッ……」
五人が辺りを警戒している時、何かの魔物らしき呻き声が聞こえてきた。
「いる……」
風音がそう呟き、声のした方を見る。
「ね、あそこ」
そして、風音は雪の肩を叩いてある場所を指さした。
「見える? あたしには見えるけど、こっちに近づいてきてる」
「それ、本当!?」
風音は目が良い。
それは、風音を知る者の誰もがわかっている事だ。
焔と氷織は風音が見ている方を警戒する。
「グアアア!!!」
「ンガアァ!!!」
その時、地面から二体の魔物が這い出てきた。
「嘘……」
氷織は絶句した。今回討伐する魔物は、地面に潜る習性を持っていたのだ。
「風、地面とは相性悪いけど……ほれっ」
風音は杖を回し、風を呼び起こす。
「ウッ…………グァッ……」
――――――その風は、普段の風音が使うものより、断然強かった。
風音により、呼び起こされた暴風は魔物を苦しめ、動けなくする。
「えっ……?」
「風音……?」
そのいつもとは違う様子に、光以外の四人は困惑した。
「……まあ、とりあえず」
「私達も、行かないとね」
雪と焔も杖を取り出し、魔物の所へ走っていく。
「……それっ!」
雪は杖を振り、魔物へと攻撃をする。
「グアアアア!!!」
に氷の刃が突き刺さり、魔物は苦しそうに呻き声を上げた。
「キャッ!!」
「焔先輩!!!」
しかし、魔物は強かった。
突き刺さった氷の刃を粉砕し、毒を吐いた。
そして、それが焔に命中する。
魔物は倒れた焔を踏みつけて、更に追い討ちをかける。
「…………」
その瞬間、風音の目の色が変わる。
これでもかというほどの、真っ赤な瞳だった。
風音は無言で杖を振り、再び風を呼び起こした。
「……行け」
しかし、さっきのそれとは違った。
その風は風音の指示に従い、魔物へと襲いかかる。
魔物は声を上げることも無く、倒れた。
「……もう一体」
風音は狂ったような赤い目のまま、そう呟いてもう一体の方の魔物を見つめる。
雪は焔を救助しつつ、その光景を見ていた。
異様だと思った。さっきの魔力は、初めて出会った時の魔物ですら普通に倒せる程のものだった。
「それ、気絶しただけだから。
雪ちゃん、始末はよろしくね〜」
風音は雪の方を向いて、そう言う。
そして、すぐに魔物の元へ飛んでいった。
「…………」
雪は暫く呆然と立ち尽くしていたが、やがて、風音の指示通り地面に倒れている魔物に氷の剣を生成し、氷の剣で何度も何度も刺して追い打ちをかける。
「……よし」
そうしているうちに、魔物は光となって消えていった。
一体討伐完了だ。
「……光先輩、風音と戦ってる」
風音が飛んでいった先を見ると、光と風音が二人で魔物と戦闘している所だった。
――――――多分、二人なら大丈夫だろう。
雪はそう思い、焔の手当てすることにした。
「光さん、そっち!」
「分かった!」
光先輩が召喚した光の竜が魔物に襲いかかり、風音の呼び起こした暴風が魔物を追い詰めている。
今、私は風音と光先輩が戦ってるのをサポートしている。
私、氷織って名前だけど氷の呪文あんまり使えないし、回復呪文とかが主なのよね。
それにしても、珍しい。
風音がこんなにちゃんと戦ってるなんて。
魔力切れの恐れもあるのに。
「…………」
私が無言で回復の呪文を二人に唱えてる時、展開は変わった。
「……風音ちゃん!」
光先輩が突然そう叫んだのだ。
きっと、風音に何かあったのだろう。
「風音……」
私は慌てて風音の元へ駆け寄る。
魔物は既に消えていたが、風音は倒れていた。
「光先輩、何があったんですか?」
私は光先輩にそう尋ねる。
「いや、私にも分からない。魔物が消滅したと同時に倒れちゃってさ……」
――――――とにかく、手当てをしよう。
光先輩はそう続けて、バックから救急箱を取り出す。
一方、私は風音の持ち物の中を見ていた。
異常な呪文の威力アップ、あの赤い瞳。
何か薬でも使ったのかというほどの変わりようだったから、確認したのだ。
「……えっ」
特に何も入って無かったように見えたけど、バックの奥に“それ”はあった。
入っていたのは、赤い液体の入った注射器。
「これ……なんで……」
私は、この注射器の中の液体を知っていた。
これは、使う呪文の威力を上げる為の薬。
だが、魔力を急激に減らすためかなり危険とされている。
当然、学園では使うことも許されていない。
何で、風音はこれを……
「氷織、どうした?」
「いえ、この薬が……」
「ん? …………!」
光先輩も気付いたようだ。
「氷織先輩、光先輩!」
私達が驚いて顔を見合わせてると、雪がやつれた様子の焔を連れてこちらへと走って来た。
「……風音?」
雪は、横たわって光先輩に手当てされている風音を見て困惑したように呟いた。
……これは、雪にも説明しないとね。
「あのね、雪。実は―――――――」
「えっ……?」
雪は氷織の話を聞いて、ただただ困惑した。
風音の行動に、少しだけ心当たりがあったからだ。
『あたしの殺り方を見たいんでしょ?』
こう言ったときの風音は知っていた。雪が風音の殺り方を見たかったことを。
だから、風音はそれを隠そうとして、この注射をうった。
……と、雪は予想した。
「……ありえるわね」
氷織は出張部隊の隊長だから、部員の事は誰よりも知っている。
風音の殺り方を知っていたからこそ、ありえると思ったのだ。
「……まあ、とりあえず」
「うん。他の部員達と合流しようか」
氷織の言葉に、光が続ける。
雪と光は風音を運び、氷織は焔の肩を支えながら学園へと戻って行った。
「よし、全員揃ったな。
怪我人は……いるな」
雪達が戻った頃には、部員全員が揃っていた。
水は風音と焔の様子を見て顔を顰める。
「焔はともかく……風音は意識が無い……
魔物は何体出た?」
「えーっと、確か二体だったと思う」
水の問いかけに、光が答える。
「二体か……」
水はそう言って少し考える素振りを見せる。
「……まあ、とりあえず誰か風音を保健室に送ってやってくれ」
「はーい」
水の指示に、二年生の出張部隊が従い、風音の肩と足を持って運んで行った。
「……あの、水隊長」
雪はあの注射器を持って水に近づく。
「何だ、雪……これは」
水は雪の手から注射器を受け取り、それを凝視する。
「これ、風音の荷物の中に入ってました」
「……本当か?」
水の言葉に、雪は静かに頷く。
「……これは後で調べさせてもらう。
では、討伐も完了したところだし、今日は解散だ」
水はそう言って、注射器を持ったまま自室へと戻って行った。
「……私達も、行こうか」
水が出ていった後、回復してきた焔が氷織から離れ、そう言う。
「……はい」
雪達四人は、風音の様子を見るために保健室へと向かった。
「風音……まだ、起きてないね」
焔先輩がそう言って肩を落とす。
私達が保健室に着いた時、風音はまだ意識のないままだった。
「…………」
暫く風音の様子を見ていると、扉が開く。
そこには、水隊長が立っていた。
水隊長は例の注射器を持って、私達の元へ歩いてくる。
「この液体の性質を検査した結果……
やっぱり、アレ……魔力覚醒剤だった」
……やっぱり。
魔力覚醒剤はとても危険。法律で禁止されている訳では無いが、この学園では禁止されている。
「一応学長にも報告したが、特に風音に対する刑罰は無いようだ」
……なんで。
「えっ、どうして?」
私と同じことを思ったのか、光先輩が尋ねる。
「……これだ」
水隊長はそう言って、ポケットの中から一枚の紙切れを取り出した。
「これは……」
氷織先輩が水隊長の手からその紙切れを受け取り、凝視する。
「同意表……間違いないわ」
氷織先輩はそう言って、私達にその紙切れを見せる。
そこには、魔力覚醒剤を使うという申し出の字、そして学長のサインが書いてあった。
「風音はな、人より魔力が無い。故に、魔物を残虐な方法で殺らないといけないんだ」
水隊長は顔を伏せながら語り出す。
「それに嫌気が差したのだろう。自分の魔力を上げるようにこれを使った。そして、風音の魔力の低さを知っていた学長はそれを承認した……そういうことだろう」
……なるほど。
私は水隊長の話を聞いて、ようやく納得した。
風音の気持ちは分かる。私も、昔から人より能力使えたから、迫害を受けたり、気味悪がられたりした。
今は理解のある義両親や仲間がいるから大丈夫だけど、昔は辛かったものだ。
「でも、自分の身体を壊してもらったら、元も子もないよね」
焔先輩の言う通り。
薬を使って身体を壊し、死に至るような行為は……してもらいたくない。
風音がどんな方法で戦おうが、受け入れる。安心させてあげる。理解者になってあげる。
もう二度と風音に薬を使わせないように、私達はそうすることに決めた。
「ん…………」
突如、息苦しさを感じてあたしは目を覚ます。
「あ、ごめん呼吸器取り外してた。起こしちゃったみたいだね」
あたしの周りには、さっきまで戦ってたはずの皆がいる。
あの魔物を殺った所からの記憶は無いけれど、何となく何かがあったのだということは分かった。
「……これ」
水さんがベッドに座るあたしと目線を合わせながら、一枚の紙を見せてきた。
「……やっぱり」
やっぱり、水さんにはバレてたんだ。
おそらく、もう事情は説明してあるのだろう。
雪ちゃん達はあたしの方を複雑そうな顔をしながら見る。
「ねえ、どうしてこんなことしたの?」
すると、雪ちゃんが尋ねてくる。
「……分かるでしょ?」
あたしはそれだけ言ってベッドから立った。
「今回は、ごめんなさい。迷惑かけちゃって。
これからは、こんなことしないから……」
あたしはそう言い、止めようとしてくる皆をかわしながら、保健室の出口の扉に手をかける。
「……話は後でね」
そして、保健室から出て行く。
行く場所なんて、考えてない。でも……
――――――今は、何となく一人になりたかった。
「…………で」
よく分かったね、って続けようとしたけど、そんな気分じゃない。
雪ちゃんは、あたしの行く場所までお見通し。ホント、敵わないよね。
……正直、これから何を言われるのか怖くて仕方がない。
「あの……」
雪ちゃんが口を開いた。
あたしは耳を塞ぎたくなるのを堪えながら、様子を見る。
「私も、昔は能力で困ってたの―――――」
「……ごめんね、いきなりこんなこと」
「……ううん、あたしは大丈夫」
雪ちゃんは、過去を語った。
能力故に気味悪がられた事や、親に捨てられたことなど。
……そして、心優しい人に拾われたことや、理解のある仲間も出来たことなど。
「それで?
……って言うのはアレか。じゃあ、雪ちゃんはあたしにどうして欲しいの?」
皮肉でも嫌味でも何でもない。
純粋な疑問を、雪ちゃんにぶつけてみる。
「風音にも、理解のある仲間を作って欲しいの。
そして、私がその理解のある仲間に…………ダメ?」
雪ちゃんは、力強い瞳であたしを見つめながら、そう言う。
“雪ちゃんに”そんなこと言われたら。そんなこと言われちゃったら……
「ダメ……じゃない……」
……感情なんてとっくの昔に捨てちゃったつもりなのに、泣いちゃうじゃん。
「風音……」
まさかあたしが泣き出すなんて思わなかったのだろう。雪ちゃんは、戸惑ったような表情をする。
「ね、あたしの話を聞いて……」
もう、今言わないと。
感情が溢れちゃってる、今のうちに―――――
あたしの話した内容は、自分の過去でも何でもない。
伝えたかった、思いだけ……
「友達が欲しかった……裏切らない、友達……
一人は、やだった……」
そんな子供みたいな事を言うあたしに、雪ちゃんは優しい瞳を向ける。
「私達、似たもの同士みたいね」
「似たもの同士……?」
似たもの同士。
雪ちゃんはそう言うが、あたしは思わなかった。
真面目で優しい雪ちゃんと、適当なあたしは、似たもの同士なんかじゃない……そう思った。
あたしの考えていることに気がついたのか、雪ちゃんは「それはね……」と言い、
「心のどこかで、愛に飢えてた所」
少し、寂しそうな表情でそう言った。
心のどこかで、愛に飢えてた……それは、否定出来ない。
だって、あたしを愛してくれたのなんて、お母さんくらいだったから……
「でもね、私は……
新しい両親、そして、風音みたいな仲間と出会えたから……大丈夫だった」
顔を俯かせるあたしの頭を撫でながら、雪ちゃんは言った。
「私が風音の仲間になる。ずっとそばにいる。
だから……今回みたいなことはして欲しくない…………って、風音!?」
あたしはそう言われて、思わず雪ちゃんに抱きついた。
突然だったから雪ちゃんは驚いていたが、すぐに優しい表情に戻った。
「ごめん……ごめんなさい……もうしない……」
涙が溢れて言葉が上手く出なかった。
ようやく出せたのは、謝罪の言葉だけだった―――――
「ふう……」
一旦落ち着いて、寮に戻って、今は一人。
ホントにどうしちゃったんだろ、あたし。出会ってそんなに経ってない子にここまで依存しちゃうなんて。
それに、恥ずかしい。
この年になって、子供みたいに泣きじゃくった事が。
こんなに泣いたの、赤ちゃんの時以来じゃない?
「……ふふっ」
何かここまで来ると笑えてきちゃう。
そして、漏れた笑みと共に少し寂しさを感じた。
仲間が居る、なんて言われちゃうと、一人が惨めに感じてしまう。
そんなことを考えていた時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ〜」
ちょっと前に頼んでいた配達が来るのかな、なんて呑気なことを考えていたけど、違った。
「……え、焔さん?」
ドアの所に立っていたのは、焔さんだった。
「ちょーっと、お話聞かせてもらおうかな?」
……うわあ、焔さん目が笑ってない。
あたしは焔さんの笑顔だけど笑ってない不気味な表情に怯えつつ、彼女を室内に迎えた。
「さてと、本題なんだけど―――――」
何、言われるんだろ……
「―――――ってこと。まあ、風音が元気になったみたいでよかったよ」
あれから、焔さんは沢山のことを話した。
この間の出張部隊と戦闘部隊の合同任務の事や、魔力覚醒剤の事。そして、水さんや氷織さんからの伝言など……
焔さんは話を全部終えると、あたしに目線を合わせて、
「大丈夫、私達がそばにいるから」
と言って頭を撫でてくれた。
少し前のあたしなら気恥ずかしかったけれど、今はそれが心地よく感じる。
「だからね、」
それから焔さんは暫く黙っていたけれど、やがて口を開いた。
「もう、あんな事はしないでね」
そして、真剣な表情でそう言って、あたしを抱きしめる。
―――なんで、そこまで。
そう言いかけてあたしは口を開いたけど、それを言うのは無粋だと感じたし、焔さんが理由を目で訴えていた気がしたので、すぐに閉じた。
「じゃ、私そろそろ行くから」
暫くすると、焔さんはそう言ってあたしの身体から手を離して、優しく微笑んだ。
「何かあったら、私や雪に相談すること」
その言葉に、あたしは黙って頷く。
「じゃあね」
焔さんはドアをゆっくり開けて、出て行った。
「……んー」
あたしは誰も居なくなった部屋で一人考える。
……なんていうか、思っていたより愛されていたみたい。
盲信でも思い込みでも何でもなく、これは本当のこと……だとおもう。
まだ少し自信が無いけれど、そうだったら嬉しい。
一人で悩むのも、能力を恨むのも、自分を責めるのも……やめる。
自分の事を、少しずつでも良いから受け入れて、時には仲間に助けてもらう。そんな風にして生きて行きたい。
「……はぁー」
……真面目なこと考えて、疲れた。
あたしは部屋の電気を消して、布団に入り目を閉じる。
よっぽど疲れていたのか、すぐに意識は無くなった―――――
【登場人物追加分】
影野氷織(かげのひおり)
2年生にして出張部隊隊長。能力は氷系の魔法を少しと、回復や攻撃力アップなどのサポート魔法
性格は雪と同じくらい……もしくはそれ以上に冷めているが、物事全てに無関心という訳では無い
頭がかなり良く、1年生の頃から学年トップの成績をキープし続けている
容姿は黒髪のポニーテールで高身長である
佐々木光(ささきひかる)
3年生の戦闘部員
いつも気だるげにしていてやる気がない
だが、美丘では水に続く程の戦闘能力を持っている
能力はその名前の通り光系。少しだがサポート呪文も使うことが出来るらしい
肩まで伸びた金髪が特徴的
【道具】
・魔力覚醒剤
使用者の魔力を3倍程度増やす薬
だが、自分の本来の魔力値より魔力が増えると、次第に制御出来なくなって身体に負担をかける
そのため、多くの学園では使用禁止薬物と設定されている
「ふぅ……」
風音の部屋から出て、私は息をつく。
私から言えることだけは言ったから、きっと大丈夫なはずだ。
きっとあの子もこれからは私達を頼ってくれるだろう。
「ただいまー」
そんなわけで、私は自分の部屋へと戻った。
誰もいなくて私一人だけの部屋なのに、「ただいま」を言うのはアレ……そう、癖なの。
学園に入る前は両親、そして姉との四人暮らしで、風音や雪とは違って比較的幸せな生活を送ってきた。
「……ん?」
考え事をしていて気づかなかったけど、携帯が振動していた。
私は電源を入れる。
電話みたいだったので、私はボタンを押して出た。
『よう、“アレ”は進んだか?』
「……は?」
『なんだ、忘れたのか?
そもそも俺が誰か分かってる?』
電話をかけてきた男……樹が動揺したように言う。
いや、分かってはいる。分かってはいるんだけど……
「えーっと、なんで今更?」
彼が言った“アレ”も、随分前……学園に入る前の事なのに。
何故今更電話をかけてきたのだろうか。
『あー、まあそう思うだろうな。でもこれは組織からの命令なんだよ。“アレ”を再開させろって』
「じゃあ、なんで『進んだか?』って聞いたの?」
私は樹の言葉に対し、率直な疑問を述べる。
『まあそれはあれだ。なんとなくだ』
「何それ……」
……相変わらず適当なヤツ。
私は心の中でそう思った。
『ま、とりあえず進めとけよ』
「今更“アレ”を進めろって言われても……学園の任務もあるし。時間ないのよ」
その適当な樹が私に丸投げしようとしていたので、私は慌ててそう言う。
学園の任務をこなしながら“アレ”を進めるのは体力的にもキツいし、おまけに学園のみんなにバレそうだから。
『はあ……わかったよ、俺も手伝う』
すると、樹は仕方がなさそうにそう言って電話を切った。
「……ムカつくやつね」
私は腹を立たせつつ、そう呟く。
「……もう12時」
結構な時間話していたのか、気がつくともう結構な時間。
私は部屋の電気を消して、睡眠をとるのだった。
「んん……」
朝、外から物音がして目が覚める。
私はベッドから立ち上がり、その物音を確認するためにドアを開けた。
「樹……」
「やっほ、焔。いい加減名前で読んでくれよなー」
ドアの前には、樹が立っている。
こいつの下の名前は「透」っていうんだけど、私は苗字の樹で呼んでいる。何となくだけど。
「ええ……何かムリ」
だから、私は首を振ってそう返す。
樹は間抜けな顔をして、「そんな……」と言った。
大体、苗字で呼ぼうが名前で呼ぼうが大して変わらないと思うけど。
「で、スケスケマンになって女子校の寮に侵入、と」
「そんな誤解されるような言い方すんなよ……」
……事実じゃん。
そう思いつつ、樹を部屋の中に入れる。
誰かに見られたら困るし。
「で、何しに来たの?」
樹をソファに座らせてから、本題に入る。
こんな朝に、わざわざスケスケマンになってから人の部屋に来るって、理由無しじゃ出来ないし。
「“アレ”についてだよ。決まってんじゃん」
ああ、やっぱり……
そう思いつつ、私は樹の話を聞くことにした。
「“アレ”……いや、もうぼかす必要もねえな。“魔物の大量毒殺実験”についてだが……」
樹は、そこまで言って言葉を切る。
珍しく樹が言うのに吃ってるって……そんなにまずい事なのだろうか。
「やっぱり、やらなくちゃいけないみたいだ……」
そして、苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
……それを私に伝えるってことは。
「私も、だよね」
「……ああ」
……やっぱり。
私は大きくため息をつく。
この実験は、組織のボスが命令した、とある人物の毒殺予備実験。魔物で毒の威力を確かめるらしいのだ。
つまり、私たちは間接的に殺人を犯さなくてはいけない。
それが学園に伝わったら、おそらく退学だと思う。
なんで学園に入る前に終わった事なのに今ぶり返されたのかと言うと、組織のボスが新しいボスに変わったかららしい。
その新しいボスが、毒殺実験の資料を見て実行しようとした、とのことらしい。
「じゃあ、俺は毒を調合するからさ。お前は魔物を絞めとけ」
「……了解」
話はどんどん先へ進む。まるで拒否なんて道は無いように。
だって、これは絶対にやらなくちゃいけない事だから。
組織からの命令を放棄なんてしたら、処刑されてしまう。
「俺、帰るから」
「ええ」
話は毒殺実験についてだけだったのだろう。
樹は、そう言い捨てて部屋から出て行った。
――――どうしよう。
そんな思いが、私の頭の中で過る。
せっかく学園という居場所が出来て、仲間も出来たのに。
間接的、それでも立派な“殺人”でそれを失ってしまうなんて、嫌だ。
でも、これは運命。仕方が無いこと。受け入れるしかないこと。
それは分かっていた。
だって、全ての元凶の組織に入ってしまったのには、理由があるから――――
―――小学校6年生の頃。
私は、能力があった訳でも何でもなく、至って普通な人間だった。
……だけど、ある日突然誘拐事件に遭った。
『生きたければ、この組織に入れ』
そして、アジトに連れていかれた後、私を誘拐した男……前のボスにそう言われた。
私は、家族で幸せに過ごしたかった。だから、殺されたくなくて……結局、組織に入ったんだ。
『なんだお前、能力無しか。……まあいい。人体実験で強制的に入れるか』
さっき言った通り、私には能力が無かった。
だから、私はボスに睡眠薬を飲まされて、焔の能力を入れる人体実験の被検体にされた。
なんで生まれつき焔の能力が無かったのに、名前が“焔”なのかと言うと……それは、改名されたから。
この組織に入ると、名前を変えられてしまうみたい。昔の名前の記憶だけ消されたから覚えて無かったけど……時々電話をくれる家族からは“奏”って呼ばれていたから、私の名前は奏だと思う。苗字は……分かんない。
一方、樹の方も誘拐だった。
だけど、話によれば“樹”って苗字は本物みたい。
……やっぱり、前のボスの考えてることってよく分からない。
とりあえず、毒殺予備実験だけはやりたくないんだけど……
『やっほ、焔。そろそろ例の魔物絞めてこいよ』
やっぱり、やらなくちゃいけないみたいだ―――――
「よし、そこに薬を入れろ!」
「分かってるって!」
魔物を気絶させた後、体の一部に穴を開けて、そこに毒を注入する。
これで1時間以内に息の根が止まれば、実験は成功。生きていれば……主に、薬を作った樹が酷い目に遭うだろう。
「……いけそう?」
「……多分な」
いつもはふざけてる樹だけど、今回ばかりは命がかかっているから真剣だ。
「ていうかスケスケマンになれるなら樹が気絶させてくれても良かったのに」
「うっせー。薬作るのに必死だったんだよ」
そんな会話をしているうちに、ガサリと物音がした。
私と樹は、驚いて音がした方を見る。
「ウガアアア……」
「……生きてる!?」
音を立てていたのは、毒を注入した魔物。
苦しそうだが、死んではない。生きてるみたいだ。
「ど、どうすればいいんだ……」
樹は絶望したような顔をして言う。
「で、でも見てほら。動きはどんどん収まってるから」
幸いにも、まだ1時間経っていない。加えて、魔物はどんどん弱っている。
だから、多分大丈夫だと私は思う。
「そそそそうか。と、とりあえず待ってみる」
結果的に、魔物は死んだんだけど……
「なーんか最近焔さんの部屋騒がしくない?」
「それ、私も思ってたわ。焔先輩、何やってるんですか?」
学園の方が、危なかった……。
「ほ、ほら……タッグ組んでるから、連絡とるので少しうるさかったかもね」
私は、風音と雪にバレないようにして咄嗟に嘘をついた。
一応説明しておくと、タッグは魔法使い同士が組んで魔物を倒す組。最近、風音と雪が組んだらしい。
「ふうん」
「そうなんですね」
2人が特に怪しむことなく詮索をやめてくれたから良かった。
でも、もしバレてたら……うん、想像もしたくないかな。
「そういえばさ」
「何? 焔さん」
私は、誤魔化すために話を変える。
「風音って出張部隊と戦闘部隊兼業してるんだっけ」
「ん、まあね。そうじゃないと戦闘部隊の人とタッグ組めないじゃん?」
その質問に、風音はなんでもなさそうな顔で答えた。
……相変わらず、この子は雪大好きなのね。
「で、誰とタッグ組んだんですか?」
「えっ!?」
すると、雪が爆弾発言をした。
……どうしようか。少なくともこの学園の人の名前は挙げられない。
「えーっと、それはねぇ……そ、そう、他校の奴よ。他校」
言い訳が浮かばなくて、私は曖昧な答えを返す。
「他校、ですか」
雪は納得しきってないようだったけど、さっきと同じで詮索してくることはなかった。
「じゃ、私ちょっとやることあるから。じゃあね」
「あ、はい。さようなら」
「バイバーイ」
これ以上ここにいるとダメだ。雪に見破られてしまう。
私はそう思い、その場を後にした。
雪たちと別れたあと、樹と話をするために学園を出て、組織のアジトに入った。
「後はこの薬が人間に通用するかね」
「あんなでけえ魔物殺せたし、いけるだろ」
私の言葉に、樹が薬を複製させながら返す。
殺人みたいな事やってるのは嫌だけど、生きていられない方が嫌だ。
だから、私たちは本気で考える。
「樹、そっちの学園で誰かにバレてない?」
「いんや、特に。そっちは?」
「ちょっと怪しまれてるけどバレてはないね」
それぞれ自分のことをやりつつ、お互いの状況を確認する。
一応、私たちは共に戦ってるからタッグ扱い。どちらかがやらかせば、もう片方にもペナルティはある。
「……全ては三日後、ボスの毒殺実行で決まるな」
樹はそう言いながら空を見上げる。
……生きていたいんだろう、彼も。
私だって生きたいし、彼にも生きてほしい。
突然毒殺実験で組むようになってしまったけど、私たちは何だかんだ上手くいってるし討伐も楽しいから。出来るならば、二人で進んでいきたい。
「なあ、そろそろ名前呼び……」
「あ、ごめんそれは無理」
透、なんて呼ぶのも恥ずかしい。
だから、名前呼びだけは遠慮させて頂きたいかな。
「ガビーン」
「それ口で言う人、初めて見た」
樹のわざとらしい声に、私は突っ込む。
「……はは」
「……ふふっ」
そして、二人で一緒に笑った。
バカでうるさくてめんどくさい。そんな樹だし、再会もこんなのだけど……二人で戦って、笑っていたいな。
あれから三日が経ち、遂に毒殺実行の日がやってきた。
もう私たちにやるべき事は無い。ただ、死の恐怖に震えながら結果を待つだけだ。
……ボスがこんなに無慈悲じゃなかったら、こうもならなかったんだけど。
「どうなるんだろね……」
組織の回復係である癒奈が呟く。
これは私と樹だけの問題じゃなくて、組織全体の問題。ただ、一番の責任を私たち二人が負っているだけ。
あの残虐なボスだから、全員殺られるなんてことも有り得なくはない。
「どうか、いきていますように……」
「まだ死にたくないよ……」
みんなが震えている。怖いからだろう。
……私も、顔には出てないと思うけど怖い。死ぬことが怖くないなんて人、いないよね。
「…………」
ふと、樹の顔を見てみる。
彼の表情は真剣だった。いつものふざけた様子の欠けらも無い、そんな表情。
だけど、ここにいる誰よりも力強くて……見てて安心する。
「……なあ、俺たち生きてられるのかな」
「結果次第。怖いけど……待たないと分からないよ」
……本当に、どうなるんだろ。
毒殺対象者を閉じ込めた牢屋の方から「ガタン!」と大きな音が聞こえてくる。
驚いたのか、みんなの肩が跳ねた。
「な、何の音?」
「さあ……」
確かボスは殺る時銃器を使わないと言っていた。
……対象者が抵抗したのだろうか。
「あの……」
そんな時、樹が手をあげる。
みんなの視線が一気に樹に集まった。
「俺、様子見てくるよ」
えっ!?
様子を見るって、牢屋の所に行くって事だよね。そんなの、もしボスに見つかったら……
「殺されるぞ!? いいのか!?」
組織の1人が大声で言う。きっと私と同じことを思っていたのだろう。
「いいって。俺の能力忘れたの?」
樹が苦笑いしながら言う。
……確かに、樹は透明化の能力を持っている。だけど、それは私の能力と同じようにボスに与えられたもの。力自体はボスが支配しているのだから、見つかる可能性だって……
「ま、大丈夫だよ。ちょっと見てくるだけだし。……じゃ、行ってくるわ」
「おい、待て透!」
皆が止めるのも気にせず、樹は走って行ってしまった。
「アイツ、大丈夫かな」
「……とにかく、待ってみようか」
「みんな! 朗報だ!」
あれから数分経って。
結局樹は見つからなかったらしく、私たちの元へと戻ってきた。
「朗報?」
「毒殺、成功したみたいだ。あの物音は、ボスが殴ったりしてとどめをさしてた音」
ボスに貢献できた。これから暫く無理な命令をされることも無いだろうし、あの人の機嫌は良くなるはずだから私たちが殺されることもないと思う。
……だけど。
「これって……俺達も殺人犯……だよな……」
そう。私たちも立派な殺人犯。
対象者は能力持ちで戦っていたらしいので討伐中の事故死扱いとなっている。それに、実行犯もボスだから私たちが罪を問われることはない。
……それでも、間接的に人を殺してしまったのには変わりない。
「……仕方がなかったんだよ」
そう、仕方がなかった。生きるためには従わなくちゃいけなかった。……そうやって、正当化しないと持たないから。
「……今回のことは黙認だ。いいな?」
「……うん」
終わってしまったことは仕方がない。
だから、私たちはこれからこの殺人をしてしまったという事実を隠しながら生きていく。
学園の皆が知ったら失望するだろうけど……
――――それでも、隠さなくちゃいけないから。
火原焔&樹透 END
34:美香:2018/08/07(火) 22:55すごい・・・
35:美香:2018/08/07(火) 22:55かっこいい・・・・
36:Rika◆ck hoge:2018/08/07(火) 23:46 >>34-35
ありがとうございます!
焔が組織で毒殺計画を終えた頃。
「なんか最近物騒よね」
「……ああ」
出張部隊隊長の氷織と戦闘部隊隊長の水は部員の調査記録を付けながら会話をしていた。
調査記録とは、部員達が依頼を受けて討伐した内容をそれぞれの隊長が記す物である。
「風音は暴走するし、焔は突然寮を空けるって言い出すし……」
風音は魔力覚醒剤を使って暴走し、焔は突然寮を1日だけ空けると言った。普段は問題を起こさず討伐に励んでいた二人だったからこそ、氷織は何か悪いことが起きる前兆のような気がしていたのだ。
「まあ、風音と雪のアレがあったからこそ今出張部隊と戦闘部隊が協力してるんじゃないか?」
「それは、確かにね」
元は、出張部隊と戦闘部隊は完全に別のものになっていて、部員同士の交流等あまり見られなかった。
それが、雪の提案で共闘することになって……二つの部隊で話し合うことも増えて。
タッグを組む者も増えて、2つの魔法が重なり合う……そんな戦いも見られていた。
「……そういえば」
氷織が突然思い出したように言う。
「また大きな依頼が来ていたわ」
「……どんなのだ?」
氷織の言葉に、水は驚いたようにして聞き返した。
「焔が帰ってきてから言う。戦闘部隊の人達には、明日の12時に会議室集合って伝えといて」
淡々とそう返す氷織の瞳には、焦りの色が見えていた。
―――それから一日が経った。
氷織が依頼の内容を確認するために自室に居る時、寮の入口の扉が開く音がした。
氷織は自室から出て、それを確認しに行く。
「……焔」
音がした方には、氷織の想像通り焔がいた。……ちょっと、バツが悪そうな表情で。
「要は済んだ?」
「まあね」
氷織は特に詮索することも無く彼女を受け入れる。
一方の焔は、詮索されなかったことに安心しながら自室へと戻って行った。
「……さて」
現在の時刻は11時。焔の部屋にも会議室集合を伝える紙を置いておいたはずだから、おそらく来てくれるだろう。
氷織はそう思い、残り1時間を自分の時間で潰した。
「全員、いる?」
「32、33、34……はい、居ます!」
氷織は出張部隊と戦闘部隊の部員達が全員来ていることを確認し、座らせる。
34人という人数は多いが、寮の会議室は出口に1番近い部屋なので、緊急事態の際の避難所になる。それも想定して、出張部隊と戦闘部隊それぞれ全員が入るような造りになっているのだ。
「それで、次の依頼だけど……討伐だわ」
「……階級は?」
光がそう尋ねる。呼び出すほどのものなら、階級はかなり高いだろうと予想して。
「特級、ね。出張部隊と戦闘部隊が初めて共闘した時の魔物よりかなり強いわ」
氷織の言葉に、部員達がざわめく。
それもそうだろう。あの時の戦ですら、怪我人は多かったのに……。
「まあ、あくまでも依頼だから受けなくてもいいのだけれど……命が懸かっているわ。みんなはどうしたい?」
会議室中がシーンと静まり返った。
それぞれがどうすれば良いのか分かっていないのだ。
「あ、あの……」
その時、雪が手をあげる。
「雪。どうしたの?」
「私たち、あの時より結構強くなりました。私は、強い人に任せるのをやめたい。だから……今回の依頼で、戦わせてくれませんか?」
雪の言葉で、再びざわめきだす。
依頼を受けるのか、という焦ったような言葉や、確かに、いいぞ、等の賛同したような言葉が混じる。
「……あたしも。あの時はほら、変な薬使って自爆しちゃったけど、今度は自分の力で戦いたい」
そして、風音も席を立って発言した。
「私も! あの時すぐ怪我しちゃってみんなに迷惑かけたから……」
「魔力、切れちゃって。みんなをサポート出来なくなって……」
二人の発言をきっかけに、他の部員達も自分の意思を伝え始めた。
「……氷織。いいんじゃないか?」
これまで一言も発さなかった水が口を開く。
そんな水の言葉に、氷織は何か言いたそうにしていたが……
「そこまでの意思があるなら、受け入れることにする。だけど……死なないでね?」
少し悲しそうな表情で、受け入れた。
冷淡な彼女なりに、部員達を心配していたのだろう。
「……はい!」
部員達もそんな氷織の気持ちを理解したのか、覚悟を決めたような表情で返事したのだった。
依頼を受ける事が決まり、解散となった。
会議室から出て行く部員達の後ろ姿を眺めながら、氷織は依頼書を取り出す。
「……受けるのか?」
「当然」
そして、水の言葉に素っ気なく返しつつ、依頼書に判子を押した。氷織自身も迷っていたが、部員達の意思を尊重することにしたのだ。
そんな氷織の姿を見て、水は不思議に思っていた。……それもそうだろう。彼女は今こそ他人と協力する姿勢を見せているが、まだ出張部隊の隊長ではなかった頃……一年生の頃は冷めきっていたのだ。
「何? 私が変わったとでも思った?」
「……なんで分かるんだよ」
そんな水の表情を見て察したのか、氷織は不敵な笑みを浮かべながら問う。一方の水は、見透かされた事に戸惑ったような表情をしていた。
「何となく、ね。水さんって意外と分かりやすい顔してるし」
氷織は口角を吊り上げながら言う。まるでからかっているように。
去年の面影が全くない。水はそう思いながらため息をついた。風音や焔みたいな陽気な人物はもう増えなくていい、とも思う。
「まあ、私はちょっと協調性を得ただけで、変わったつもりはないけれど。……あ、そっちの部員達に伝えておいて欲しいことがあるわ」
そっちの部員。戦闘部隊の事だ。
氷織の表情が堅くなったのを見て、相当重要なことなのだと察し、水は表情で話の続きを促す。
「……特級の魔物、もう暴れ始めてるんだって。明日から出撃するわ」
「あたし、まさかもう討伐とは思わなかったよ〜」
「私もよ、風音」
学園の前……討伐前の集合場所で風音と雪が会話する。
あの後、突然氷織や水に伝えられた部員達は驚いていた。だが、依頼されての討伐のため、既に暴れ始めてるのなら自分達が行かなければならない。部員達は、これから戦うのだという覚悟を決めた。
「皆、集まった?」
「はい、34人全員います!」
「了解。じゃあ、活動範囲を言うわね。Aグループはあそこ。Bグループは……」
氷織はテキパキと部員達に指示した。一方の部員達も、指示された方へと向き、注意深く周りを見ながら歩き出す。
部員達を送った範囲全てに特急の魔物の目撃情報があり、幅広く活動させることにより被害が拡大しないようにする。それが氷織の作戦であった。
「じゃあ、私たちも行こうか」
「そうね、水さん」
部員達の姿が完全に見えなくなったのを確認して、水と氷織も歩き出した。部員達は4、5人のグループで固まっているのに対し、隊長である水と氷織は2人のみ。それも、彼女らの強さによる自信なのだろう。
氷織は左、水は右を用心深く見張る。どちらから来ても対応が遅れないようにする為だ。
「……あ」
「どうした、氷織」
その時、突然氷織が立ち止まる。彼女の視線は街の中で有名な飲食店へと向いていた。水は不思議に思い、氷織の視線を追いかける。
「……これは、酷いな」
飲食店は、水の言葉通り酷い惨状であった。
暴れている魔物にやられたのだろう。壁はボロボロで、ガラスは割れている。ガラスの割れた箇所から見える店内は、椅子や机が壊れており、元の原型を留めていない。
「近くにいるってこと……よね」
「そう、だな」
店の惨状に気の毒にも思いながら、2人は身構える。見たところ、店が荒らされてそれ程時間が経っていない。今すぐに姿を見せる可能性もあるのだ。
「…………ウ」
「――――来る!」
一瞬、魔物の唸り声のようなものが聞こえてきた。
水はそれを瞬時に察知し、大声をあげる。氷織は、通信機を取り出し、部員達を呼び出した。
「ガアアアア!」
――――魔物が唸り声をあげながら姿を現した。
水に氷織、そして駆けつけた部員達はそれぞれ杖を構える。……これから命を懸けた戦いが始まる事への緊張感と共に。
杖を構えたはいいけど、どうしよう。今、部員達は力を合わせて魔物を弱らせてくれている。私の主な呪文は回復や強化。部員達の誰かがピンチにならない限りは、私が動くことも無い。少しなら氷の呪文も使えるけど。ほんの少し、なら。
「ハァ……ハァ……」
そんな時、引き返してくる人影が見えた。その人影はどんどんこちらへと近付き、私の目から見て何者かが明らかになってくる。……風音だ。辛そうな呼吸と、フラフラと揺れる身体を見て魔力切れだと判断した。
「風音、回復するからこっちに来なさい」
「……お願い」
声が届くほどの距離だと判断した私が言うと、風音は素直に頷いてフラフラとした身体を必死に支えながら近づいてきた。私は風音の身体に手をかざして魔力を少し分ける。それから、回復呪文を使って傷も治した。
「ありがと、氷織さん」
「無理はしないでね」
風を呼び起こして魔物の元へと飛んでいく彼女の背中を見送りつつ、私は考える。……何故私は氷使いだったはずなのに回復呪文を中心に唱えているのか、ね。きっと、それは私には氷使いとしての力が無かったからだと思う。ああ、やっぱり無力なのね、私。出張部隊の隊長という肩書きを持っておきながら……。
そう考えていると、頭がボーッとしてきて。周りで何が起きてるのかも分からなくて。
「―――氷織さん、危ない!」
……前から迫ってくるものを避けることも出来なくて。
痛い、熱い、気持ち悪い。そして、胸を裂かれたような、そんな感触と共に私は意識を手放した……。
「ん……」
「お、やっと起きたか」
目を開けると、目の前は真っ白。学園の保健室だ。隣から水さんの声が聞こえてきて、「ああ、あの後運ばれたんだな」って思う。それと同時に、情けなくも感じる。……本当、私らしくないヘマしちゃったわ。
「水さん……魔物は?」
「ああ、この近くの泉学園の戦闘部隊も力を貸してくれている。多分、大丈夫だと思う」
その言葉を聞いて、心の底から安心した。私のせいで部隊が全滅してしまったらと考えると、恐ろしくて仕方がない。幾つものの命が消えてしまうから。
「それより、氷織……お前らしくないじゃないか。どうした」
すると、水さんが困ったような顔をしながら尋ねてくる。……私らしくない、よね。考え事して周りが見えなくなってたなんて。
「……水さんって、強いよね」
「氷織だって強いよ」
「私は弱いわよ。前に立つ者ながら、サポートしかしてないし。……氷使い、失格だし」
確かに私は並よりは戦闘力があるのかもしれない。でも、それは結局サポート面の話で、攻撃面では水さんの足元にも及ばない。力がなかったから、弱かったから……私は、氷呪文を切り捨てたの。
「そんなことはないと思うけどな」
「……え?」
お前は弱いって、私の言葉を肯定されると思っていた。水さんは厳しい性格だから、例え年下であろうと甘やかさないはずだから。……変って思ったのが顔に出ていたのだろう。水さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、それから優しく微笑んだ。
「確かに、攻撃面では足りないかもしれないが、それでも氷織は役に立ってるよ。それから、冷静な分析と稀に見せる優しさ……お前を慕ってる部員は多い。お前の氷呪文に対する思いを私は知らないが、そのままでいいと思う。……どうだ?」
「どうだ、って言われても……」
思わずそう言い返してしまったけど、水さんの言葉が不思議なくらいに胸に入っていった。私の今の気持ちと真逆なことを言っていたけど、自然と受け入れられた。それくらい、この人の言葉には説得力があるみたい。
「ま、一言で言うならお前はお前のままでいいんだよ。“そのままの影野氷織”がみんな好きだから」
「よく分からないけど……ありがと。少しは気が楽になったわ」
「別に感謝されることでもないと思うが……いや、どういたしまして、とでも返しておくか」
礼を言うと、水さんは照れくさそうにそう返した。……本当、素直じゃないのね、この人。
そう思いながら、私はベッドから立ち上がる。やるべき事があるから、ね。
「もう行くのか?」
「部員達に迷惑かけちゃったから、謝罪に」
「……フフっ、いいじゃないか」
水さんが笑ったのを見て、私は保健室を出た。……謝罪、なんて、ホントに変わったわね、私。それだけ周りの人の恵まれなのかしら……なんて。
さあ、早く部員達の元へ行こう。心配してくれてるみたいだし、ね。
……結局、皆笑って許してくれた。それどころか、「大丈夫でしたか?」とか、「無理はしないでください」って心配までしてくれている。こんな仲間に巡り会えなかったら、私は氷呪文に執着して、いつまでも離れられずに長々と引き摺っていたのだろう。
仲間の大切さに気付かせてくれた雪や風音、優しい言葉を掛けてくれた、そして、「そのままでいいんだ」って言ってくれた水さん。笑って許してくれた部員達。……事情は分からないけど、一人で抱え込んでいた焔。
それぞれを大切にしながら、それでも甘えずに戦っていきたいと思う。……2つの、そして、いくつもの魔法を重ねて――――
筒見水&影野氷織 END
45:Rika◆ck:2018/08/24(金) 14:44――――2つの魔法が重なれば END
46:Rika◆ck:2018/08/24(金) 14:47 【あとがき】
少し中途半端になりましたが、ここで終わります。
見てくれていた方、ありがとうございました。
ちなみに、>>21までは赤石雪&神崎風音の話になります。
これからも、もう一つの作品の「てんさいの毎日」や、いつか作るかもしれない新作の執筆を頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
乙
48:Rika◆ck レレイべ目指すは10000位以内:2018/08/24(金) 16:10 >>47
ありがとうございます
伝えたいことがあるので上げます
占いツクールというサイトで、この小説のリメイクバージョンを書き始めました
題名は「2つの魔法が重なれば」ではなく、「二つの魔法が重なれば」にしています
紛らわしくてすみませんが、題名で検索すれば出てくると思いますので、興味のある方は是非見てみてください