人目を惹く派手な容姿、それに相応しない頭脳。
彼女はそれを持っていた。
「私、頭にはちょっと自信あるんだよねー」
なんて彼女は言っているが、12歳の知識は遥かに超えている。
本人的は、自分の頭脳を都合が良いとも悪いとも思っているらしいが。
「―――――がさ」
「志麻、それウケるー」
そんな並外れた存在を放っている彼女も、周りの“凡人”を心の中で見下しつつも普通の女子小学生らしく生活をしている。
しかし、天才が完璧に周りと同化することは不可能であり……
―――――志麻ちゃんの言ってることって、分かんなーい。
―――――志麻って、よく分からないよね。
なんて言葉を聞くこともしばしば。
志麻的には理解できる言葉で説明したつもりらしいが、相手は理解してくれない。
天才故に、そのような事に苛立ちを覚えることもあるのだ。
志麻の思う“普通”に話していると、目の前で男子と女子が「足踏んだか踏まなかったか」という足を踏まれてもスルーする志麻にとってはどうでもいい理由で喧嘩を始めた。
「……ふふー」
そんな“普通じゃない”彼女だからこそ、今、目の前で仲間達が喧嘩をしているのを見て楽しんでいる。
……人間の心情の変化は、彼女にとって計算式のように予測できるものでもなく、見ている分には楽しいらしいのだ。
これは、こんな風に喧嘩が勃発するクラスと、それを見て楽しむ天才の物語―――――――――
「誰だよ俺にぶつかったやつ!
……お前だろ!」
「えっ……僕、ぶつかってないです……」
「嘘つくな! てめえ、ツラ貸せ!」
そして、今日も喧嘩が始まる。
まだ4月の下旬で新学期が始まって間もないのに、このような感じで喧嘩が勃発しているのだ。
普通なら、このようなクラスは所謂「ハズレ」だろう。
だが、志麻はこのクラスを「アタリ」だと思っているのだ。
「またやってる〜」
「とか言いながら面白がってんでしょ……」
そう、志麻の親友の女子……椿が言うように、志麻は険悪な空気を面白がっているのだ。
寧ろ、本人的には仲良しこよしの方がNGだとか。
親友の椿は別として。
「おい、志麻。何笑ってんだよ!」
すると、ニヤニヤしている志麻に矛先が向く。
「くだらなくて何か面白いし」
しかし、志麻は隣にいた椿の顔が青ざめるのなんてお構い無しに、平然とそう言う。
その言葉に怒った男子は、志麻に殴りかかろうとした。
「暴力で解決するんだ。ふーん?
先生とかにバレたらそっちが怒られると思うけど。ただでさえ、問題起こしまくって信用無いくせに〜」
しかし、それでも志麻は動じず、怪しげな表情でそう言うだけであった。
「先生とか怖くねーし!」
男子も負けじとそう言う。
志麻はその言葉を聞いて、耐えきれないと言わんばかりに爆笑した。
「な、なんだよ……」
「いいの? 先生が親に電話して、ちびっちゃったりしない?」
困惑した男子に、志麻が続けて言う。
「……あー、もう! 分かったよ!」
男子は流石にもう勝てないと思ったのか、そう叫んで教室から出て行く。
「相変わらずだね……」
その光景を見て、椿は苦笑いをしながらそう言った。
「ま、そこそこ面白いし」
志麻はそんな椿に、表情を崩さずそう返す。
4月20日。天才は、今日も人の気持ちを弄んで楽しんだ。
【主人公設定】
大葉志麻(おおばしま)
基本、やれば何でもこなせる天才型
容姿は明るい茶髪など、結構派手
心理学を専攻している父がおり、それがきっかけで人の心に興味を持った
人の心を弄ぶのが好きで、よくクラスメイトを煽ったりからかったりしている
休日は時間関係なくふらふらしているなど、放浪癖がある
「ゴー!、はいっ!」
「良いぞー、いけいけ!」
5月に入り、ゴールデンウィークも明けて、運動会の練習が始まる。
今しているのは、リレーだ。
志麻のいるクラスは、勉強はともかくスポーツには力を入れている。だから、練習も本気だ。
「あー、もう! なんでバトン落とすの!?」
「おっせーんだよ!!
しかし、協調性の無い6年2組だ。
少し上手くいかないところがあると、すぐ揉めてしまう。
要領は良いが、体力が無く運動神経は普通な志麻は、それをひたすら傍観している。
こういう時、煽ったりからかったりすると、人数差で圧倒的に不利なのは志麻も分かっていたのだ。
「はいはい! 落ち着いて落ち着いて!」
そのまま言い合いがヒートアップしそうになった時、担任の藤吉は児童達を落ち着かせる。
「先生頼りないから黙ってて!」
……しかし、撃沈。
藤吉はいつも何かがあった時も、へらへら笑っているから頼りのない人物だと思われているのだ。
「うーん、私がこう言うのもなんだけど、言い合ってる暇があるなら練習しない?」
志麻はいつもの煽った風ではなく、割と真面目な風にそう言った。
児童達は、「でも……」とか、「まだ解決してないし……」などと言っていたが、クラスのリーダーの女子……庵が「志麻の言うとおりっしょ」と賛同したので、渋々と練習に戻った。
「ありがとさん、庵」
「志麻もナイス!」
志麻と庵はハイタッチしてそう言う。
それを見て、椿は「やっぱりこのクラスを支配するのはこの二人だろな……」と思って恐れていた。
5月7日、天才とボスが手を組み、クラスを支配した。
「紅組、勝つぞ!」
「オー!」
運動会当日、珍しく6年2組が所属する紅組がやる気のある様子を見せている。
……スポーツだからだが。
「いおりん、しまま! もうすぐ出番だよ!」
自分の種目が始まるまでテントの下で脱力しながら待機していた志麻と庵の元に、二人の親友の百合がやってきた。
志麻と庵は、短距離走の選手である。
「オッケー、ハチマキ」
「はい!」
二人は、百合からハチマキを受け取り、入場門へと歩いていく。
「志麻、ここで一位取らないとヤバいからね」
「分かってるって、庵」
……ここで一位を取らないとクラスからの圧力が凄いことになる。
二人は、それを察して本気で走ることにした。
「位置について」
短距離走担当の教師が、スターターピストルを構える。
「よーい、ドン!」
そして、スターターピストルを撃った。
最初に、一年生が走り出す。
「ゴー! はい!」
そして、二年、三年と続いていき……
「庵、次じゃない?」
「そうっぽい」
庵が走ってくる五年生からバトンを受け取る。
「志麻ー!」
そして、一周してから庵は志麻にバトンを渡す。
「ゴー! ……はい」
志麻は一周して、アンカーの男子にバトンを渡した。
「私、もう無理ー……」
「はいはい。お疲れ様、志麻」
体力の無い志麻は倒れる様に庵にもたれかかった。
―――――私が走ってた時は一位だったから、多分大丈夫……
志麻はそう思ったが、次の瞬間、“それ”が起こった。
「あああ!」
クラスメイトの男子の声が聞こえた。
志麻は振り向く。そこに見えたのは、倒れているアンカーの男子と、転がっているバトンだ。
転んでバトンを落とした。
つまり、リレーでの1位の可能性はもう無いのだ。
「何してんだよ!」
「あーあ、お前のせいで」
紅組の他のクラスは大して気にしてはいなかったが、当然6年2組一同はバトンを落としたアンカーの男子を責める。
「まーまー。まだ紅組が一番点数高いんだし」
志麻がそう言って、その場は一旦落ち着いたが、やはりクラスメイトのアンカー男子に対する視線には、怒りや憎しみが込められている。
―――――まあ、仕方ないよね。ここは我慢してもらわないと。
クラスメイトの思った以上に燃えている様子に、アンカー男子に対して志麻はそう思うことしか出来なかった。
『お昼ご飯の時間です。保護者の方と一緒に―――――』
リレーの次は昼食の時間だったが、6年2組の間ではそれどころではないと言わんばかりの空気になっている。
「……昼食、食べ終わったら鉄棒前に集合」
クラスのリーダー的存在の男子……祐樹がそう言って、一旦解散した。
「志麻!」
「あ……」
志麻は母親を探そうとしたが、その必要はなかった。
「場所は取ってあるから、食べよう?」
「うん」
志麻は母親について行き、日陰の所で昼食をとった。
まだ5月の中旬だが、気温は結構高い。
「じゃ、私行かないといけないから」
「行ってらっしゃい」
昼食が終わり、志麻は鉄棒の前へと歩き出した。
「みんな、集まったな」
昼食時間の終了10分前。
6年2組のメンバーが全員鉄棒前に集まった。
「過ぎたことは仕方ない。だが……
もう一度失敗したら……分かるよな?」
祐樹は物凄い目付きでそう言う。
例えるならば、獲物を見つけたライオンのような目付きだ。
これには、流石の志麻も身を震わせた。
「……じゃ、解散」
結局、これは失敗したアンカー男子を責める為のものでも何でもなく、ただの忠告であった。
「思ったより大したこと無かったよね」
内心恐怖しつつ、志麻はそう呟く。
志麻はもう自分の種目に出た為問題ないが、親友の百合は午後の部からある障害物競走に出る。
そのため、もし百合が失敗したら、祐樹の怒りの矛先が百合に向かうかもしれないのだ。
志麻はそこだけが気がかりであった。
『まもなく、昼食の時間を終了します。児童の皆さんは応援席に戻って待機しておいてください』
昼食の時間が終わりに迫り、放送が流れる。
「じゃあ、次は障害物競走。
……失敗はすんなよ?」
「分かってるって!」
再び目を鋭くさせる祐樹に、百合が笑顔でそう答える。
―――――これなら、大丈夫。
志麻は百合の様子を見て、安心するのであった。
障害物競走は6年生だけの種目。
だから、余計に責任を負うこととなる。
「じゃあ、行ってくるね!」
だが、百合は全く気にした様子がなかった。
『まもなく障害物競走が始まります。6年生は入場門に並んでください』
選手全員がユニフォームを着終えた時、放送が鳴る。
各クラス4人、クラスの数は5クラスで計20人が入場門に並ぶ。
「……」
志麻は、そんな様子を神妙な面持ちで見ていた。
「しーま、どうしたの?」
その様子を見て、庵がコソリと話しかける。
「いや……うちのクラスの選手、1人いなくない?」
志麻がそう答えた瞬間、6年2組の応援席は沸いた。
……悪い意味で。
「障害物競走が逃げたー!!!」
祐樹が、怒りを含んだ表情で叫ぶ。
――――また、めんどくさいことになったな。
と、志麻は心の中で呆れたのであった。
―――結局6年2組は未出場扱いとなり、障害物競走で紅組は負ける。
そして、そのあとの競技を調子が出らず、総合優勝を逃したのだ。
「まあいいじゃん。運動会くらい」
「そうそう。勝っても私らには何も無いよ?」
志麻や庵が最早洗脳的な宥めをしてクラスを落ち着かせたからか、大きな騒ぎにはならなかった。
……しかし、今度は別の問題が起こるのだった。
6月の半ば。
もう梅雨時で、天気は大雨。
そんな時、志麻達の通う小学校では授業参観が行われていた。
「えー、ここはどうなるかわかる人!」
藤吉は、問題文を読み上げて、児童たちに手を上げさせる。
保護者に対し、我が子の積極的な姿勢を見せるためだ。
「ちょっと!! うちの子の分かる問題にしなさいよ!!」
すると、保護者の一人……やけにセレブそうな女がそう叫んだ。
「……」
教室は静まり返る。それはそうだ。大の大人が訳の分からない理由で勝手に怒鳴り散らしているのだから。
「いいって、母さん……」
その女の息子、聡は母親を窘める。
「ちょっとアンタは黙ってなさい!
……先生、2人でお話しましょう」
その女は、聡の言葉を無視して、藤吉の腕を引っ張りながら出て行った。
「……」
教室は気まずい雰囲気で包まれる。
これが中学校での話ならともかく、ここは小学校。親が空気を悪くしたら、子供が責められてしまうこともあるのだ。
……そして、運悪く、聡もその責められてしまう子供の一人であった。
このあと、校長が来て授業は終わって解散になった。
周りの児童にとっては「早く終われてラッキー」だったが、聡はそれどころじゃなかった。教室に居づらくなった。
「聡クン、どんまい〜」
―――そんな時、彼に志麻が話しかけたのだった。
「うーん、典型的なモンペ。子供はたまったもんじゃないよね〜」
「う、うん……」
見た目はそこそこにチャラチャラしてて授業中はずっと寝てるくせにテストはいつも満点。おまけに、文句を言われたらすぐに煽って論破する。
そんな志麻は、聡にとって恐ろしくて関わりたくない存在であった。
「いつもあんな感じなの?」
「まあ、そうだね……」
志麻が尋ねてきたので、聡は答える。
この時、聡は内心「何言われるんだろう」と心配で仕方がなかった。
「ふーん。私の母親もちょっとアレだけど、あの人ほど酷くはないかなぁ」
「お、大葉さんの母さんってどういう人なの……?」
聡は、志麻の言葉を聞いて思わずそう尋ねた。彼女の境遇が気になったのだ。
「簡単に言うとね、度が過ぎた教育熱心」
そんな聡に対して、志麻は苦い表情をしながら答えた。その様子から、彼女は母親のことを好んでいないようだった。
「教育熱心?」
聡は、志麻の言葉だけでは彼女の母親の人物像が想像出来なかったので聞き返した。
一方の志麻は、「ま、別に知られても悪いことないし……」と言いながら、聡に更に接近する。
「ちょ、ちょっと近いって……」
突然のその行動に、聡は顔を赤らめながら後ずさりした。
志麻はそんな様子を気にもせず、唇を聡の耳元に近づけた。
「じゃ、見てみなよ。外でうちの親待ってるから、バレないようにこっそりと」
「じゃ、そこで隠れてて。見つかんないようにね」
「う、うん」
志麻は聡に駐車場の近くに隠れるよう指示し、母親と思われる茶髪が特徴的な女性に近づいた。
すると、女性は志麻に気付きその細い身体をを抱きしめる。
その時の聡から見た女性のイメージは、ただの過保護な親だった。
「志麻、お家に帰ったらちゃんと勉強するのよ。12時までね」
「えっ……?」
聡は、その女性の発言に耳を疑った。
現在午後の4時。日付の変わる12時まで勉強するなら、およそ8時間である。……しかも、12時は小学生が起きておく時間ではないのだ。
「……また?」
「毎日の習慣でしょう。あなたは頭が良いのだから、今のうちに育てないともったいないのよ」
その発言を聞いて、聡は「一瞬でもまともだと思った自分がバカだった」としか思えなかった。確かに少し自分の息子に不都合なことがあるだけで騒ぎ立てる自分の親よりはマシだったが、志麻の親もかなり酷かった。
「……」
志麻は、一瞬女性から目を逸らし、聡にウィンクをする。
まるで、「でしょ?」と言わんばかりに。
それから、志麻と女性は車に乗って帰って行った。
聡は、これから関わるはずのなかった志麻の秘密を知り、驚くのだった。
「ほら聡ちゃん。帰るわよ」
「……うん、母さん」
……そして、親とは厄介なものだと思った。
とてもスラスラ読めるので面白いです
更新楽しみにしてます
>>12
感想ありがとうございます!
楽しみにして頂けて嬉しいです。これからも更新頑張ります。
「ふわぁぁ……」
翌朝、志麻はいつも通りホームルームギリギリの時間に教室に入ってくる。
夜更かししていたからか、かなり眠そうだ。
「志麻、また夜更かし?」
「うん。夜中の12時までスマホいじっててさー」
椿の問いかけに、志麻は嘘を交えながら答えた。
実際は、母親に深夜までの勉強を強要させられたのが原因であるが。
「もー、ちゃんと寝なよ?」
椿は少し怒ったような表情で言う。
「善処しまーす」
それに対し、志麻はやる気のなさそうな顔で答えた。
……その表情の裏では、「勉強させられてるからそんなの無理なんだけどねー」と考えていたのだが。
そんな志麻の様子に、椿は呆れたような顔をしてため息をつく。「ああ、言っても意味が無いだろな」と。
「おはよう!」
その時、教室の扉が開いて藤吉が入ってくる。
藤吉の挨拶に対し、児童達は「おはよーございまーす……」と活気のない挨拶を返した。
「はは……もうちょっと元気のある挨拶を返して欲しいかな」
藤吉は児童達の顔を見ながら苦笑いをした。
そろそろ暑くなってくる時期。児童達のやる気がなくなるのは分かるが、こうもやる気がないと藤吉の方も気分が落ちる。
「じゃあ、そろそろホームルームを始めます。……大葉さん、早くランドセル置いてきて」
「はいはーい」
さっき来たばっかりの志麻は、まだランドセルから教科書を全部出していなかった。
志麻は、藤吉に注意されてようやく教科書を机の引き出しの中に入れる。
そして、ランドセルを後ろの棚の中に押し込んだ。
「気を取り直して、ホームルームを始めます」
「――――はい、ホームルーム終わり。休憩と言いたいところですが、ちょっと先生から話があります」
「えー、なにー?」
「誰かやらかした?」
出席確認を終えて、藤吉が言う。
こういう時は大抵誰かが悪いことをした時である。児童達は何となく察しがついてるらしく、教室がざわざわとしだした。
「……うん、まあやらかしてるね。森さん、ちょっと来て」
「はい……」
森と呼ばれた児童は、立ち上がって藤吉の所へ歩いていく。
「うわ、上靴めっちゃ汚れてるじゃん」
「かわいそ……」
そう、彼女が履いている上靴には泥がこびりついており、かなり酷い状態であったのだ。
「誰か、心当たりはないか?」
教室はシーンと静まり返る。
本当にこの教室に犯人はいないか。もしくは、犯人がいるのにも関わらず、名乗り出ないか。
「……いるんだろ」
その時、祐樹が呟いた。
大きい声ではなかったが、シーンとした教室に入ってくる。十分響くものだったので、クラス中の視線が祐樹に集中する。
「俺たちさ、最悪のクラスって呼ばれてんじゃん。んで、その通りだろ。そんなクラスの奴がこんな目に逢うってことは、俺たちしか犯人いなくね?」
実際のところ、祐樹の主張は間違ってはいなかった。
喧嘩が勃発するこのクラス。それから、陰湿さも他のクラスと比べて圧倒的。
「ね、先生。1、2時間目の学活、犯人探しにしない?」
誰も喋れずにいると、庵が藤吉にそう提案した。
「……ああ。予定もなかったし、いいよ」
このまま犯人が見つからないのも胸糞悪い。藤吉はそう思い、その提案を受け入れた。
「だってさ。皆、学級会の体形にして」
庵の指示を聞いて、児童達は机を動かし、学級会を行う体形にする。
「司会者はあたしと……男子誰か出てくれる?」
「……俺が、やる」
庵が言うと、祐樹が名乗り出た。
「祐樹ね、了解。さ、話し合い始めよ」
こうして、突然の学級会は始まった。
「誰か目撃者いる? いたら手あげてくれない?」
話し合い開始。
庵が尋ねたが、手を上げる者はいなかった。
「見てもないのー?」
「あっ、あの……」
話し合いを次の段階に移そうとした時、ある女子がおずおずと手をあげる。
「渚、どうしたの?」
渚と呼ばれたその女子は、迷ったような表情をしていた。きっと、犯人を見つけてしまって言いにくいのだろう。
しかし、そんな表情は突然すっと消えて……
「今日の朝、健人が森さんの靴箱から上履きを取ってました」
「はっ、はぁ!?」
健人と呼ばれた男子は信じられないといったような表情をしながら渚を見た。
健人の視線の先にいる渚の表情は、まるで誰にも読めないほどの無表情であった。
「……詳しく、説明しろ」
「それから、健人は森さんの上履きをゴミ箱の中に入れました」
渚の言葉を聞いて、クラス中の自動は一斉に健人を睨む。
健人は何が起きてるのか分からない、そんな焦ったような表情をしていた。
―――その時、退屈そうに足をブラブラさせていた志麻の口角が吊り上がる。
「ねえ、渚。朝の時間、外にいないといけないんじゃなかったっけ?」
「確か、今日花壇の手入れ当番だったよね〜。それで健人が上履きを“校内にある”ゴミ箱に入れるとこ見たんだ?」
ニヤニヤした表情のまま志麻が続ける。
「いや、えっと、その……そうそう! 花壇の当番終わって教室に帰ってくる時に見たよ!」
渚は焦って咄嗟に嘘をついた。
だが、その動揺の仕方を見れば、本当のことではないことも容易に想像出来る。
「ふーん……その時間は?」
志麻は敢えて渚の怪しい態度には何も言わず、代わりに尋ねる。これも矛盾点を出すための作戦だ。
「え、えっと……8時20分」
渚が答えた瞬間、志麻の口角がまた吊り上がった。志麻の両隣に座っていた児童はその姿に違和感を覚え、身を震わせる。
「8時20分、ねえ」
志麻は席を立った。視線が志麻に集中する。しかし、彼女はそのことを全く気にも留めず、渚の元へと歩き出す。
「それ、私が教室に入った時間だね。……あれ、その時健人教室に居たよ〜? あ、あと……」
歩きながらそう言う志麻はそこで言葉を区切る。
それから、やがて渚の元へとたどり着き、彼女の耳元に形のいい唇を寄せた。
渚の顔は矛盾点を述べられたショックと恐怖により真っ青になった。
「……アンタもね」
志麻が囁いた瞬間、教室の空気が重くなる。
それこそ、その場にいた誰もが口を開けないほどに―――――
「確かに渚その時教室にいたよね」
「うん。本読んでた」
暫くの沈黙の後、二人の女子が言う。……そう、二人の言う通り、8時20分に渚は教室に居たのだ。
「バレ、ちゃった……」
逃げ場を失った渚は目に涙を浮かべながら呟いた。そして、ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も繰り返す。
その時、志麻は思った。「この子は犯人じゃないのかもしれない」と。理由は謝り方。上履きを汚した事に対する謝罪というより、隠し通せなかった事に対する謝罪に見えた。……あくまで、志麻の勘だが。
「ねえ、渚」
志麻の声に、渚が俯かせていた顔を上げる。
「犯人って、アンタじゃないよね」
渚は困ったような表情をしながら後ろ……渚の親友、咲と美奈の方を見た。まるで、顔色を伺うように。一方、目が合った二人は、渚を睨みつける。渚は怯えるように目を逸らし、志麻の方を向いた。
「わ、私だよ。森さんの上履き汚したのは、私」
「……へえ」
渚がそう言うと、志麻は含みのあるような、そんな表情をした。咲と美奈は焦ったような表情をする。
「私的には、アンタを睨みつけたどっかの誰かさん達が犯人だと思ったんだけどねー。違ったかー。ざんね」
「…………うるさい!! 黙れ!」
咲が立ち上がって叫ぶ。しかし、志麻は怒鳴られたのにも関わらず、一切表情を崩さなかった。それどころか……
「あっ、自爆したねー」
楽しそうに、笑っていた。
「自爆!? し、してねーし!」
咲は顔を真っ赤にして叫んだ。……が、その表情、言葉、何もかも怪しすぎる。犯人は咲だということは、志麻じゃなくても分かる。咲は、クラス中から鋭い視線を浴びせられた。
「……分かったよ、あたしが犯人だよ! 美奈もだけど!」
「は、はあ!? ちょっと、咲! うちを裏切る気!?」
そして、咲と美奈の言い合いが始まる。志麻は無表情でそのやり取りを見た後、渚の方を見て、
「ねえ、なんで庇ったの?」
と尋ねた。
渚は一瞬迷った表情をしたが、睨み合う咲と美奈を見て、「別にいいか」と思ったのだった。彼女なりに諦めがついたのだ。
「脅されてたから……」
「へえ」
渚が遠慮がちに言うと、志麻はそう呟いて渚から目線を外した。それから、面倒くさそうな顔をしながら咲と美奈の方へと歩いて行く。
「な、なんだよ」
「とりあえず森さんに謝ったら?」
志麻の言葉に、咲と美奈は森と呼ばれる少女……清花の方を見た。2人の視線の先の清花は、暗い表情をしながら俯いている。
「……行く?」
「……ん」
幸い、2人はまだ罪悪感という感情を持っていたらしく、清花の方へと向かう。そんな2人の様子に、清花は驚きつつも顔を上げた。……そして、教室の雰囲気も少し和らぐ。
「あのさ……ごめん、やりすぎた」
「う、うちも。ごめん」
咲と美奈は、目を逸らしながら、気まずそうに謝罪をした。許すか、許さないか。志麻は清花の方を、その何も逃さないといわんばかりの大きな瞳で見て、彼女の答えを待った。
「……いいよ、もう。私にも悪いとこはあったみたいだし。でも……そういうことするなら、言葉で伝えて」
……許した。彼女が、許した。
咲と美奈は心の底から安心したような表情をし、頷いた。これで一件落着と言ったところだ。
志麻がちらりと2人の方を見ると、2人は渚にも謝罪をしていた。……最後には、3人が笑っていた。
「はーい、授業を始めるよー」
藤吉の言葉で、児童達は机を戻し、席に着く。これで、6年2組は一旦平和になるのだった。
上靴事件から少し経って、7月。夏休みも迫ってくる頃。
夏休みということで6年2組一同も気分が上がっているのか、事件直後の大人しさを失っている。
―――そんな時、再び事件は起こった。
いつも通り、志麻はホームルームギリギリの時間に登校し、教室に入る。そして、クラスメイト達と挨拶を交わしながら席に着いた。
「……ん?」
教科書を机の中に入れる途中、異変を感じたのか彼女は不思議そうな顔をした。
一度教科書をランドセルの中に戻し、机の中を覗く。中に入っていたものは――折り畳まれた紙だった。
「ふうん……」
志麻はその紙を開いて中を確認した後、無表情でそれをポケットにしまい、そう呟く。
そして再び彼女が教科書入れの作業に戻った時、教室のドアの開く音がした。
「おはよう! ……大葉さん、またランドセル片付けてないのかい」
挨拶をしながら教室に入る藤吉は、作業中の志麻を見て顔を顰める。「これで何度目だ」と心の中で思いつつ。
そんな藤吉に、志麻はだるそうな声で「すいませーん」と返すだけだった。これには藤吉だけでなく、近くにいたクラスメイトもため息をつく。……だが。
「……」
―――ただ一人、その光景をニヤニヤと笑いながら眺めている者がいた。
そんな出来事から少し経ち、2時間目までの授業が終わった後の20分休み。志麻は、教室から出て屋上へと向かっていた。
その理由は……朝、彼女の机の中に入っていた手紙にある。
「屋上、鍵ないと開かないって知ってんのかな、この人」
志麻は屋上へと繋がるドアの前に立ち、毒を吐きつつも試しにドアノブをひねってみる。
「……マジ?」
ガチャリ。ドアノブは、志麻の予想に反してあっさりと回転する。
志麻は一瞬戸惑ったが、すぐにいつもの人を小馬鹿にしたような表情を張りつけて、ドアの先を進んで行った。
「……手紙の差出人はあなた?」
カタカタと上履きと地面がぶつかる音――志麻の足音が鳴り響き、彼女は今にも崩れそうな柵にもたれ掛かる少女に突き刺すような視線を送りながら言う。
「まあね」
少女――志麻のクラスメイト、愛海はニヤリと笑いながらそう返した。
ちなみに手紙の内容は『アンタが気に入らない。今日の休み時間に屋上に来い』という一方的なものであった。
「いっつも人を馬鹿にして、そんで楽しそうなカオしてるアンタには……こうしてあげなくちゃ」
愛海は志麻の腕を強引に引っ張り、身体ごと柵に叩きつけた。柵にヒビが入り、さらに崩れそうになる。
「……へえ?」
志麻は理解した。愛海の思考……それから、起こそうとしている行動を。
―――なら、受けて立とうじゃない。
「まず、もし私が死んだら結構ヤバいよ?」
「……はっ!?」
ニヤニヤ笑いながら言う志麻に、呆気に取られる愛海。
愛海の方も気付いたのだ、自分の思考が完全に読まれていたことに。
「よっと。立場ぎゃくてーん」
愛海が固まっている隙に、志麻は彼女の腕から抜け出す。
すると、何を思ったのか、志麻は愛海の肩を柵に押し付けた。そう、本人の言う通り、“立場逆転”。
「ちょっ……何するのよ!?」
「どう? これが殺されかける方の立場だよ?」
愛海が抗議の声を上げるが、無視。志麻は相変わらずの笑顔で、ゆっくりと愛海に詰め寄っていた。
「さっきの私は殺される側、今の私は殺そうとしてる側。
さっきのあなたは殺そうとしてる側で、今のあなたは殺される側」
こっち側も結構怖いね、人生終わるもん。
そう続ける志麻に、愛海は内心恐怖しか感じていなかった。それと同時に、呼び出したことに後悔をしていた。
「要するに命は大事! ってね。じゃ、もう帰っていい?」
もう好きにしろ。そう言いたげに、愛海は顔を歪める。
そんな愛海に見て、志麻は満足そうに笑った後、軽やかな足取りで教室に戻って行ったのだった。
この時、愛海は思った。
コイツにはどうやっても絶対に勝てない、と。そして、コイツは自分の想像してたよりヤバい奴だ、とも。