「―――次の方、お願いします」
……来た!
私の、番。
「みさき はるな! 11歳です!夢は、みんなを元気にできるアイドルになることです!」
これから始まるんだ。アイドルへの、道が―――
アイドルガールズ 〜トップアイドルを目指して〜
―――私は、アイドルになりたかった。
女の子の誰もが、一度は夢見るアイドルに。
でも、普通ならオーディションなんて受けずに、夢を見るだけで終っちゃうと思う。
だって、「アイドルになれる」なんてそう簡単に思えないもん。
私がオーディションを受けたのには理由がある。
「春菜、アイドルにならない?」
「えっ!?」
ある日、私は突然お母さんにそう言われた。
アイドルにはなりたかったけれど、私みたいな普通の女の子がなれるとは思わなかったから……
「ならなくていいよ……」
だから、そう言って断った。
だけど、お母さんは諦めなかった。
「春菜、アイドルになりたかったんでしょ? ほら、これ見て!」
お母さんはそう言って紙を差し出す
「えーと、アイドル募集……?」
その紙には、『アイドル募集』と書いてある。
お母さんが目で「下まで見て」とうったえるので、私は紙を最後まで見てみることにした。
○○事務所、○月○日土曜日、12時よりオーディション開始。
中学生以下、特に小学生を募集しています……!?
「あなたはまだ小学生。アイドルになれるチャンスはあるのよ。夢を捨てないで」
ここの事務所でなら、私はアイドルに……!
「お母さん……
私、アイドルになるよ!」
自分でもよく考えてなかったって思うけど、私はお母さんの言葉でアイドルになることを決めて、このオーディションを受けたのだ―――――
「はるなさん、ですね。始めましょうか」
「よろしくお願いします!」
オーディションは、意気込みを言ったり自己PRをしたり、面接をすることだった。
「……みんなを元気にできるアイドル、ですか。具体的に、説明できますか?」
「はい、出来ます!」
……こういうことを聞かれても、ちゃんと答えられるように考えてきた。
「歌番組とか見てると、とっても元気になって明るくなるんです。そんな思いを、今度は私が他の人に届けたいんです!」
「そうですか。とてもいい目標だと思います」
「ありがとうございます!」
私の思い、認めてもらえたのかな……?
―――その後も色んな話をして、時間はすぐに過ぎていく。
「はい。この辺で終わりにしましょう。合格発表は後日、郵送させていただきます」
「ありがとうございました!」
オーディションが終わった。
私は頭を下げておじぎをすると、面接室をあとにした。
……やれるだけのこと、やったよね?
参加してる女の子たちはたくさんいたけど、どれくらいの人数が合格するんだろう……。
「じゃあね、はるなちゃん!」
「うん、バイバイ!」
私は家の玄関の前で、友達に手を振って別れた。
……どうにかやりきった。
今日はオーディションが終わって三日後。まだ結果の連絡はきていない。
オーディションの結果が気になりすぎて全く授業が頭にはいらなかったけど、友達にはいつもの私でいることは出来た。
……今日こそは、合格発表きてるかな。
私はそんな期待を抱いて、家の中へと入った。
「ただいま!」
私はリビングに入って掃除をしていたお母さんにそう言う。
お母さんは「おかえりなさい」と言って振り向いた。
けれど、いつもと全然雰囲気がちがう。
「……お母さん? どうしたの?」
私は気になってそう尋ねた。
「来たのよ」
すると、お母さんはニヤニヤしながら言う。
……来た? 何が?
「ちょっと待ってなさい」
そう尋ねる前に、お母さんは掃除をしている手を止めて、玄関の方へと歩き出す。
少し時間が経って、お母さんが戻ってきた。
「これ」
お母さんは私に封筒みたいなのを差し出す。
「……もしかして」
「そう、そのもしかしてよ。お母さん、春菜が帰ってくるまで開けるの我慢していたのよ」
ああ、それでお母さんいつもとちがったんだ……
私はそう思いつつ、封筒を開け……ようとした。
「ああ! やっぱり無理っ!」
開けようとした。開けようとしたんだけど……
緊張して手が震えて開けられなかった。
「あら? お母さんが開けてもいいの?」
「だ、だめっ!」
私は封筒に伸ばされたお母さんの手を払う。
お母さんは「酷いなー」とか言ってるけど、気にしない。
「…………」
私は手が震えるのをどうにか耐えながら封筒を開ける。
封筒の中には、畳んである紙がはいっていた。
これを開けたら、合格かどうかがわかるんだ……!
「うぅ……」
そう考えるとさらに緊張して、へんな声が出る。
私は覚悟を決めて、紙を開いた。
そして、恐る恐る結果が書いてある部分をみる。
「……っやったあ!!」
『美咲 春菜
あなたは○月○日に行われたアイドル選考オーディションに合格しました』
紙には、そう書いてあった。
ということは、合格……!
「春菜、おめでとう!」
お母さんも私と同じで紙にくいついている。
私は大喜びのお母さんに、「ありがとう!」と笑顔で言った。
「あ、続きがあるみたいよ」
すると、お母さんが突然紙の下らへんを指さしながらそう言う。
私はお母さんの指さしたところを見た。
『貴方には、スカウトを受けたアイドルとユニットを組んでもらいます。○月○日 日曜日 事務所にて顔合わせを行います』
……えっ!?
……そして、顔合わせの日曜日。
私は、これからお世話になる芸能事務所を訪れていた。
「ここが……」
大原プロダクションと入り口に書かれた、立派な建物。
芸能事務所っぽさはしっかりあった。
「スカウトされたアイドルかぁ……どんな子なんだろ?」
ユニットを組むなら、仲良くなりたいな。そんなことを思いながら、
私は事務所のドアを開けた……。
「え……!?」
がらがら……この光景には、そんな言葉似合うと思う。
誰も、いない。
早く着きすぎた学校みたいに……。
「どうしよう……」
10分くらい待っても、誰もこない。
……これ、帰った方がいいのかなぁ。
私はそう思って、事務所のドアを開ける。
「待った!!」
「えっ!?」
そして、事務所から出ようとすると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
私はあわてて振り返る。
「やあ、待たせたようだな。私はこの事務所の社長だ」
えっ社長さん……!?
えっと……とにかく、謝らないと。
「帰ろうとしてごめんなさい!」
私が頭を下げてそう言うと、社長さんは愉快そうに笑った。
「大丈夫だよ、謝らなくて。そもそも、私が遅れたのだからな。はっはっは!」
……社長さんが遅刻!?
だ、大丈夫かなこの事務所……
「そ、そんな目で見ないでくれたまえ。とにかく、社長室へ移動する。着いてきてくれ」
社長さんは、私の顔をみて苦笑いしながらそう言った。
私、そんなに怖い顔してたかなぁ。
少し気を付けよう。
そう思いながら、私は社長室へと向かった。
「ここだ。とにかく、そこのソファに腰掛けてくれ」
「は、はい!」
私は案内された社長室に入り、ソファに座る。
こんな所で社長さんと二人きりなんて、緊張する。
「オホン、この事務所の方針は年少アイドルの育成―――」
社長さんは事務所の方針、目標などを説明し始めた。
「―――まあ、それくらいだ。君ともう1人、スカウトがいるが……」
……そうだ!
「スカウトされた女の子は、どこですか?」
私は目的を思い出して、そう尋ねる。
「うっ……」
すると、社長さんは苦い表情をした。
なんでだろう……?
「ああ、それはだな―――――」
「……実を言うと、まだ見つかっていないのだ」
「え」
見つかってない……?用紙にも、もうひとりと会うって書いてたのに。
大丈夫かなぁ。
「し、心配するな。今現在急ピッチで、うちのプロデューサーが探しに行っている」
「ここの、プロデューサー?」
そうだ。アイドルになるなら、プロデューサーとかマネージャーが居るはず。
よく考えたら、事務所に来てからそれっぽい人と会ってない。どんな人なんだろう?
「―――俺のことだよ」
「えっ?」
後ろからの声に振り向くと、スーツを着た男の人が立っていた。
顔には、かなりの量の汗がついている。
「ここのプロデューサー……大和だ。これから、よろしく頼む」
「やまとさん……。美咲春菜です、よろしくお願いします!」
やまとと名乗ったプロデューサーさんは、体格がスラッとしていて
何だか顔もかっこいい。 この人のほうがアイドルなんじゃないかって思うくらい。
「大和君……成果は?」
「ああ、そのことなんだが……」
そう言うと大和さんは、自分の後ろに向けて手首を回し、手招きみたいなことをする。
「え……」
誰か居るのかな、と思ってたら……
私と、同い年くらいの女の子が現れた。
「紹介しよう。君とユニットを組む……」
「……たかぎなつき」
大和さんが言い終わる前に、なつきという女の子は自分から自己紹介をした。
「私、美咲春菜!よろしくね、たかぎさん」
「……」
「あれ……?」
たかぎさんは、私に返事をすることなく別の方向を向いていた。
私、無視されてる……?これからユニットを組む人なのにな
「ふう……ようやく揃ったな。では、春菜君には説明しておいたがもう一度、ここの事務所の方針を教えておこう」
「まず、年少アイドルの育成だ。日本には13歳以下のアイドルが極めて少ないからだ」
社長さんは私に言ったことをまた説明し始める。
「あと、社長の趣味……」
プロデューサーが苦笑いでつけたす。
趣味……?
社長さんのこと、少し怖くなってきた。
私はそんな思いで社長さんを見る。
社長さんは、気まずそうな顔で「オホン」と咳払いするだけだった。
「……次に、事務所の名を知られるように、だ。まあ、これは言わずもがなだな」
「商売のためにあたしをスカウトしたの?」
社長の説明にたかぎさんが口を挟む。
間違ってはない。間違ってはないよ……
だけど、はっきり言い過ぎじゃないかなあ。
これにはさすがに社長さんも苦笑いしてるだけ。
「ま、まあ間違ってはないな、うん。
とりあえず、事務所の方針はこんな感じだ。次はユニット名だが……プロデューサー、説明よろしく」
ユニット名……なんだろう?
「はい、分かりました。
君たちのユニット名は“ノルン”。意味は“3人の女神”だ。北欧神話から引用した」
「ノルン……」
3人の女神……ん?
「あの、3人もいないんですけど……」
今、ここにいるのは私とたかぎさんだけ。
3人目がいないけど……ユニット名、それでいいの?
「ああ、まあそれは後々わかるだろう。残り1人が来るまでは君たち2人はレッスンってことで」
レッスン……ま、まあこれもアイドルになるために必要なことだよね!
「まあ、とにかくよろしくな。2人とも!」
「は、はい」
「……」
たかぎさんのこととか、不安なことはあるけれど……
これから、私は“ノルン”としてアイドル生活を送るんだ……!
―――その後は、明日からの簡単な打ち合わせをして、今日は帰ることになった。
「こういうときは何ていうんだっけ……あ、そうだ。失礼しまーす!」
私は、ガラガラで人が一人しかいない受付にお辞儀をして事務所を出る。
受付のお姉さんも、笑顔で返してくれた。
「お母さんに、事務所のこととか話さなきゃね……ん?」
このまままっすぐ家に帰ろうとしていると、後ろ……事務所の自動ドアが開く。
「あ……」
「たかぎさん!」
事務所から出てきたのは、高木菜月さんだった。
「美咲春菜……だったよね?」
「うん!」
よかった。名前、覚えててくれたんだ……。
「あなたは……」
「……ん?」
「……なんで、アイドルになろうと思ったの?」
高木さんからも、同じ質問が来るなんて……。
でも、何だか言葉に重みを感じて、一瞬だけ戸惑ってしまった。
「あ、えーと……」
軽く深呼吸をして、気持ちを整える。
「ファンのみんなに、笑顔を届けたいから……かな」
「ふぅん……」
また、そっけない態度で返された。いや、話は聞いてくれてると思うんだけど……
「あたしには、わからないな……」
そう言い残して、高木さんは逆の道を帰っていった。
わからない……どういうことなんだろう?
高木さんの「わからない」も気になったけど……
とにかく、今日はレッスン初日。
今日も高木さんと会うんだし、その時聞けばいいよね。
「おはようございます!」
私は事務所に入って大きな声で挨拶をする。
すると、受付のお姉さんが笑顔で頭を下げてくれた。
あの人、優しそうだなぁ。
のんきにそう思いながら、ジャージに着替えるために、昨日案内された更衣室へと向かう。
そのまま歩いていると、一人の女の子らしき人物が更衣室から出てきた。
「……高木さん」
「あ、美咲さん」
想像通り、それは高木さんだった。
「…………」
高木さんは私から思いっきり目を逸らしながらレッスンルームの方へと歩いていく。
名前は覚えてたし、話は聞いてくれてたけど……嫌われてたのかなぁ。
私はそんなことを思いながらジャージに着替えたのだった。
「失礼します!」
私はそう言いながらレッスンルームに入る。
中には、めんどくさそうな顔をした高木さんと女の人――たぶん、トレーナーさんだと思う――がいた。
「これで揃いましたね」
トレーナーさんはにこりと笑って言う。
……厳しそうな人じゃなくて、少し安心しちゃった。
「じゃあ、まずは軽いステップから!」
そして、トレーナーさんは私たちに背中を向けて、一通りのステップを踏んだ。
「今のステップを真似してくださいね!」
……なるほど。
でも、トレーナーさんの動きは結構激しかったし、難しそう。
「じゃあ行きますよ!
ワン、ツー、スリー、フォー、ワン、ツー、スリーフォー」
少し不安に思いながらも、私はトレーナーさんの掛け声に合わせてどうにかステップを踏んだ。
「た、高木さん! 凄いですね!」
私がそうして頑張っていると、そんな声が聞こえてくる。
ちらりと高木さんの方を見てみると……
「…………」
澄ました顔で、綺麗なステップを踏んでいた。
……しかも、自分でアレンジしてターンまで。
私は思わず見入って、ステップを踏む足を止める。
暫く見ていると、高木さんは満足が行ったようで、ステップを踏む足を止めた。
「なに……?」
そして、相変わらずの素っ気ない表情で私を見る。
私は思わず「ご、ごめんなさい!」と言いながら、目をそらした。
「は、はい! とにかく、次はターンも入れてみましょう!」
トレーナーさんは暫く呆然と高木さんの方を見ていたけど、それをやめて言う。
ターン……難しいなぁ。
「まずは私がターンを決めてみます」
トレーナーさんはそう言って、くるっと綺麗なターンを決めてみせた。
やっぱり、さすが……。
「では、私のさっきの動きを真似してくださ……」
「……よっと」
すると、高木さんはトレーナーさんが言い切る前に綺麗なターンを決めてしまった。
トレーナーさんはまた呆然とした表情をする。
「うわぁ!」
……一方の私は、どれだけターンをしても転んでばっかり。
なんだかみじめだ。
「はい、そろそろ終わりますよ!
水分補給は忘れないようにしてくださいね!」
しばらくターンの練習をしていると、トレーナーさんが手を叩いて言った。
結局、ターンはあんまり決められなかったなぁ……
「はぁい……」
私は残念な気持ちでレッスンルームから出て行った。
それから、私は着替えるために更衣室へと歩く。
「つかれたぁ」
隣に並んでいる高木さんはそんな事を言っているけど、全く疲れたようには見えない。
今も澄ました顔のままだ。
……やっぱり、すごいなぁ。
「……ねえ」
更衣室に着いて着替えていると、後ろから高木さんが話しかけてきた。
「な、なに……?」
なんだか少し怖くて、ちゃんと返事を返せなかった。
こ、これから私何言われるの……?
「なんで、出来ないの?」
……えっ!?
高木さんが言った言葉が、私の心に刺さる。
悪気はない……のかな。でも、高木さんの言葉は、失敗ばかりしてしまった私を傷つけるのには十分なものだった。
涙が出そうなのを、ぐっとこらえる。
「そんなこと言わないで……?」
気がつくと、私の口からはそんな言葉が出ていた。
ハッとして口を閉じたけど、もうおそい。
「なんで?」
すると、高木さんは私が思ってもない言葉を返してくる。
なんで、って……
「傷つくから、だよ……」
ショックで固まりそうになるのをこらえながら、私は言葉をふりしぼって言う。
高木さんはさらに不思議そうな顔をした。
「傷つく? あたしにはそんな気持ちわからないな。ついでに、昨日あなたが言った笑顔を届けたいから、ってのも」
それで昨日わからないって言ったんだ……
「……じゃ、あたし帰るから」
そして、高木さんはそう言い捨てて更衣室から出て行った。
『なんで出来ないの?』
その言葉が、今でも頭から離れない。
「帰ろう……」
……このままここにいてもみじめになるだけ。
私はそう思い、とぼとぼと更衣室を出た。
「……失礼します」
昨日は、元気に挨拶できた。でも今日は……
私はさっきのことがあって、かなり落ち込んでいた。
「はーい。次のレッスンまで、しっかり休んでくださいね」
「はい……」
受付のお姉さんはいつも笑顔だな……見習いたい。
「よっ、今帰りか?」
「あ……プロデューサーさん」
事務所を出ようとする私に話しかけてきたのは、大和プロデューサーだった。
「ユニット結成。そしてレッスン初日。どうだ?」
「どうだ……って言われても」
なんだか大雑把すぎて、返事に困ってしまう。
「そうか、ちょっと答えづらかったな。……楽しいか?」
「たのしい……ですか」
私は、さっきのことを思い出す。あんなことがあるんじゃ、楽しいなんて……
「………楽しく、無いです」
言えるはずなかった。
「ほう?オーディションの資料を読ませてもらったが、君はすごくアイドルに憧れていた。だが、入ったらこうなった。なぜだ?」
「実は……」
……プロデューサーさんに、レッスンでの出来事を話した。
「なんで出来ないの、か。中々ストレートだな」
少なくとも、良い方には受け取ってもらえたらしい。
「私、あんなふうに言われてつらくて……でも、同じユニットの仲間だし……」
「高木のこと、悪くは思ってないんだな?」
「……はい」
同じユニットの仲間だし、それにあっちが全部悪いってわけじゃない。
私にも……
「出来ないこと、出来るようになりたいか?」
「え……?」
出来るように……あの綺麗なターンを………
「私には、無理だと思います」
そう。あれは、自分には真似できない。それくらい、すごい……。
「……じゃあ、他のことで見返してやれ」
「あ……」
無理って否定したから、それをくつがえすような言葉が来ると思ってた。
でも違った。
「自分だけのこと、何かあるだろ?」
「わたし、だけの……?」
私にしか出来ないこと……
あんなターンは出来ないけど、他になにか―――
「……そうだ、プロデューサーさん。聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
あんまり気にしてなかったことだけど、今更気になりだしたから……聞いてみよう。
「オーディションには、もっと大勢の女の子がいました。でも、合格したのは私だけ。なんでですか?」
―――参加してる女の子たちはたくさんいたけど、どれくらいの人数が……
「……うちの事務所、二人しか雇う余裕が無いんだよ」
「へ?」
結構予想外の返事だった。それはつまり、貧乏……
「社長が突然、事務所を休業しちまってな。俺含めて一部のスタッフ以外は、自主的にやめてもらった。所属アイドルもだ」
「休業って、なんで……」
「さあな。何も言わずに、だ。期間は三年ほどだった。最近再開したは良いが、また無名事務所からやり直しだ。
資金援助も中々受けられない」
芸能事務所って、大変なんだな……と思った。
こんな事務所で大丈夫なのかな……とも。
「心配するな。俺が二人を全力で売り出してやるから」
「は、はい……」
……そうして、大和プロデューサーと別れた私は、家に帰るのだった。
家に帰って、夜になっても私は考えていた。
私だけのもの……高木さんになくて、私にあるもの……
「…………」
ふと、部屋にある鏡を見る。
さえない表情だなぁ、私。
……表情?
私は“表情”という言葉に何か引っかかって、鏡の前に立ってみる。
そして、にこりと笑顔を作った。
―――気分もあって少しぎこちないけど、これは……!
「私、笑顔がいいってむかしから……」
昔言われてたことを突然思い出し、ボソリと呟く。
今、笑ってみせても少しピンときたし、周りからも言われてきた。
そして、こんなこと思っちゃいけないと思うんだけど……高木さんは、笑顔がない。
いや、少ない、のかな?
まあ、どっちでもいい。でも、笑顔なら高木さんよりは……ううん、他の人にも負けないと思う。
「やった……!」
プロデューサーさんの言ってた通り、私だけのものってあったんだ!
そう思って、少し心が軽くなる。
正直、次のレッスンには行きたくないって思ってたけど、少し自信を持てた。
だから、次のレッスンで……トレーナーさん、そして、高木さんさんにも私の笑顔を見せるんだ!
私はそう決心して、部屋の明かりを消した。
今日は色々あって疲れたのか、意識はすぐになくなった――――
「行ってきまーす!」
そう言って私は、家を出た。
レッスンの前には、ちゃんと学校がある。
もっと大変になるだろうけど、頑張らないと……。
「……あれ? なんだろ……」
赤信号の先の歩道に、誰かいる。
同い年くらいの女の子だけど……見たことない。
キョロキョロと、何かを探してるように見える。
「……よし」
困ってそうなら、助ける。
そう思った私は、青になった信号を渡って、その女の子のもとに行った。
「あのー……どうしたの?」
「わ!……あ、驚いちゃって、ごめん」
いやいや、驚かせたのは私の方だと思うけど。
「うちね、よつば小学校に行きたいんよ。場所知ってる?」
私と同じ小学校……転校生なのかな?
「私、そこに通ってるんだ!一緒に行こ」
「ええの?助かるわぁ……」
ところどころ、言葉がなまってる。別の県のひと……?
「うち、りりしろまや!よろしく!」
「私、みさきはるな!」
なんだか不思議な子、まやさんと一緒に学校に向かうことになった。
「うちね、今日からの転入生。よろしく頼むわ」
「そうだったんだ!嬉しいなぁ……」
やった!学校生活ではじめての転入生!
……待てよ?クラスが同じじゃなかったら―――
そんな疑問も、三歩で薄れてしまった。
「……着いた!」
壁にかかった時計を見ると、まだ八時。靴箱にも、靴は殆どなかった。
「早く着き過ぎちゃったね……」
「ええんよ。適当にトイレにでもこもっとくし」
え、トイレ……?
「ありがとうね、みさき!……あ、本当は職員室に、挨拶に行くの」
そういうと、りりしろさんは行ってしまった。
「あ、ちょっと……」
何組か、聞いてない……。
「教室行こ……」
日直でも何でも無いけど、今日は早めに教室に上がることにした。
りりしろさん、また会えると良いな。
おはようとか、おはよとか、クラスメイトたちの声が賑わってきた。
それは、私達が着いてから十分後のことである。
「……聞いた?転校生の話」
「聞いた聞いた。お嬢様なんだって」
―――え?
「お嬢様……?」
周りから聞こえてくる転校生の話題は、私が知っていることとは少しずれていた。
まやさんの事じゃない……なんとなくそう思う私だった。
「はいはいみんな、席について!」
ガラガラと音を立てて開いたドアから、担任の先生が入ってくる。
「今日は、このクラスの新しいお友達を紹介します!」
「……おおぉー!!」
クラス中が、さっきよりも賑わっている。
「……」
そんな中私は、違和感を感じていた。
「じゃあ、入ってきて」
先生が手招きすると、別の足音が聞こえてくる。
転校生の足音……
「……!?」
教室の中にまでそれが伝わってきた途端、空気が変わった。
「え……あれは―――」
「……じゃあ、自己紹介をしてね」
「はい……」
教室全体が、前に注目している。
もちろん私もだ。
転入生だから、じゃない。
その子に……見惚れているから。
「凛々代真夜(りりしろまや)です。今日から、よろしくお願いしますわ」
「ま、まやさん……?」
……確かに、まやさんだった。
でも、何だろう。 雰囲気も、言葉遣いも違う……。
―――お嬢様
まやさんの雰囲気は、そんな風に見えた。
「かわいい……」
「きれい……」
あちこちから、そんな声が聞こえる。
「……あ、美咲さんの隣が空いてるわね」
「え!?」
私の隣とか、まやさんの周りに漂ってる空気に、押しつぶされそう……!
「失礼。」
「あ……」
わけのわからない想像をしてる間に、まやさんは私の隣りに座っていた。
「……固くならなくてええんよ」
まやさんが、小声で話しかけてきた。
その瞬間、漂っていた空気が一気に消え去る。
「え?」
―――言葉遣いが、さっきと同じ?
聞き返したけど、まやさんはそそくさと準備を始めていて、私の声は届いてないようだった。
授業が始まると、まやさんの目立ちっぷりはすごかった。
「これで、よろしいですか?」
「……すごい、正解です!」
おおー!と、クラス中が感心してるのは、まやさんがスラスラと式を書いていったからだ。
「……すごい」
私も、そんな言葉が漏れていた。
最初に会った時、元気で良い子だなって思ってたけど……勉強もすっごく出来るなんて。
―――休み時間になって、私はまやさんに呼び出された。
「みさき、驚いたやろ?言葉遣い全然ちゃうし」
「う、うん……」
廊下の片隅でしゃべるまやさんは、今朝の言葉遣いに戻っていて、
私はそれに困惑するばかり。
「うちな、詳しくは言われへんけど、毎日あの口調で行けって言われとるの」
「え、言葉遣いを変えるって……大変じゃない?」
「昔からやってきたことやし、全然平気よ」
どんな事情かはわからないけど、そんなことを言われてそれに慣れているまやさんが
私はすごいと思った。
「あれ?それなら……」
同時に、私はとあることを考える。
「どうしたん?」
「それなら……今朝とか今とか、なんで私にはそういう喋り方なの?」
一日中って言われてるなら、私にも今朝の時点でそうしていたはずだ。
「……なんでやろな?」
「なんでって―――」
気になることを言われた瞬間、チャイムの音がなった。
「では、戻りましょうか」
「あ……うん」
口調が戻ったまやさんに驚きつつも、私達は教室に戻った……。
「帰りのあいさつをします。さようなら」
「さようなら!」
先生の声に続いて、私たちはいっせいに挨拶をした。
口調が変わったり、実はお嬢様だったまやさんに驚いているうちに、今日も一日が終わる。
「あ、あの、りりしろさん……」
「はい、なんでしょう?」
まやさんは早速クラスの子達に声をかけられている。
「こ、この後一緒に遊ぶのは……無理ですか?」
……うん、さすがに緊張するよね。お嬢様を遊びに誘うなんて。
一方のまやさんは、少し困ったような表情をしている。
「申し訳ありません。わたくし、用事で早く帰らないといけませんので……」
そして、申し訳なさそうな表情をして断った。
「そうですか……。ごめんなさい、忙しいのに呼び止めちゃって」
「いいえ、大丈夫ですわよ」
頭を下げるクラスの子に、まやさんは微笑みながらそう言って教室から出ていった。
……あ。
「レッスン、いかないと……」
ふと、思い出す。
今日も、レッスンの日だ。
高木さんに会うのはちょっと怖いけど……
笑顔は、ちゃんと見せれるよね。
決めたんだもん。
「はるなちゃん、じゃあね!」
「うん、バイバイ!」
そんなわけで、私はクラスの子と別れて、事務所に行くのだった―――――
「失礼しまーす……」
学校から少し歩いて、事務所に着いた。
私は挨拶をしながら中に入る。
受付のお姉さんは相変わらず笑顔だなぁ……
そう思いながらお姉さんに頭を下げて、私は更衣室に向かった。
「…………」
「あ……」
更衣室に入ると、高木さんがいた。
挨拶をしようと思ったけど、やっぱり怖くて出来ない。
そうして迷っているうちに、高木さんは着替え終わって、更衣室から出ていく。
私はただ頭を下げることしか出来なかった。
「あと5分……いそごう」
……とにかく、レッスンの時間に遅刻しないようにしないと。
私はそう思い、ジャージに着替えた。
「今日はまたダンスレッスンですが……今回は、表情や動き等にオリジナリティを入れてみましょう!」
オリジナリティ……
こせい、ってことかな。
それなら、私には笑顔がある。
「ステップ、ターン、決めポーズ。この順番でいきます」
トレーナーさんがホワイトボードに書きながら説明する。
笑顔は……決めポーズのときでいいかな。
「まずは高木さんから!」
「……はーい」
トレーナーさんがそう合図して、高木さんは面倒くさそうに立ち上がる。
高木さんは、そのまま綺麗なステップを踏んで……
「ほいっ」
なんて軽い言葉を出しながら、華麗なターンを決めたあとに……
ウィンクをして、決めポーズをしたんだ。
なんていうか、その綺麗な顔に似合っている。
「はい、良かったですよ!
次、美咲さん!」
いよいよ、私の番……。
私は立ち上がって、トレーナーさんの前に立つ。
「はっ……はっ……」
息もきれて、ぐちゃぐちゃなステップ。
足がもつれそうになって、それでもどうにか転ばなかったターン。
そして、最後に―――
―――にこりと、笑顔を見せたんだ。
トレーナーさんは、少し驚いたような表情をする。
高木さんは興味無さそうな顔で髪をいじってたけど、それでも一応私を見てくれた。
「はぁ……疲れたぁ」
「表情が個性……美咲さん、凄いです!」
「えっ!?」
疲れきって座り込んだとき、トレーナーさんか私の手を握って褒めてくれた。
びっくりして変な声が出てしまう。
「高木さん、これです!」
「はぁ?」
そして、トレーナーさんが高木さんの方を見て、大きな声でそう言う。
高木さんはしばらく不思議そうな顔をしていたけど……
「ああ、ね。うん、分かった」
なにかに、気付いたみたいだった。
「今日は少し暗くなるのが早いので解散にします。しっかり休んでくださいね!」
「はい!」
「……はい」
それから少し柔軟をして、レッスンが終わった。
私はタオルで汗をふいて、更衣室に行った。
「……」
「……」
更衣室に入って、高木さんと二人きり。
更衣室に入るたびに気まずくなるのは、気のせいかなぁ……
そんなことを思いながら、私はジャージを脱ぐ。
「……ねえ」
「は、はいっ!」
その時、高木さんが声をかけてきた。
私は思わず大きい声で返事をしてしまう。
「悪くはなかったよ、アレ」
高木さんは、そっぽを向きながらそう言った。
こ、これってもしかして……
ほ、ほめられてる?
「えっ!? あ、ありがとう……!」
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「あたしはさ……100点満点の中の100点」
私が喜んでいると、高木さんが話しだす。
……私の目をまっすぐみながら。
「あなたはね……30+50」
「え?」
高木さんの言っていることがよく分からなくて、聞き返してしまう。
「技術は30。オリジナリティ、つまり個性は50点」
「え? ……え?」
高木さんが説明っぽいことをしてくれたけど、余計分からなくなった。
「技術はね、練習すればいつか100点になるの。でもね、個性の点数はさ……自分にしかないの」
「……!」
今度は、今度こそは分かった。
「あたしは高い技術で踊ることしか出来ない。だから100点。5年経っても10年経っても100点のまま。でもね、あなたは……」
高木さんはそこで一回言葉を切る。
何言われるんだろ、ってすこし緊張した。
「技術さえ上がれば、150点だって取れるわけ」
……分かった。
私、認められてる……と思う。
「成長出来ないあたしは美咲さん以下。そゆこと。トレーナーさんの言葉もあたしはそう取った」
でも、でも……!
「それは、違うよ!」
私は自分の気持ちを叫んだ。
「は?」
高木さんは、目をまんまるにして驚く。
「高木さんのステップ、ターン、決めポーズ……高木さんにとっては、技術。
だけどね……私にとっては、高木さんにしかできないね。高木さんにしかない事だとおもう!」
こんなこと言うのも私らしくないかもだけど、そういう時だって、きっとある。
「……なるほど」
また、冷たい表情で「は?」って言われると思ったけど、高木さんは納得したような表情をした。
「プロデューサーに怒られたの」
え、怒られた?
「『なんで出来ないの』って言ったこと。あたしは最初なんで怒られたのか理解出来なかった。分からないこと、きいて何が悪いの?」
高木さんは困ったような表情をしながらこっちを向いた。
「あ、あはは……」
私は苦笑いすることしか出来なかった。
「プロデューサーはこう言ったの。
『一人一人、才能も違うんだ。だから、美咲とお前も違う。自分の中の“当たり前”を押し付けんな』って。そして、美咲さんの言葉でも気付けた。いくら模範解答通りでも、あたしはあたしだって」
プロデューサーさん、そんなこと言ってたんだ……。
「……なんか、前は酷いこと言っちゃってごめんね。とにかく、あたしはあなたを見直したってわけ。じゃあね」
私が呆然としていると、高木さんはそう言って更衣室を出て行こうとした。
「ま、まって!」
私はあわてて止める。
高木さんは「なに?」って感じで振り返る。
「私こそ、ごめん! 勝手に高木さんが悪口言ってたんだって思ってた!」
私は、誤解していたことを謝って……
「と、友達に、なってくれますか!」
分かり合えたら言いたかったことを、伝えた。
「……別に、いいよ」
すると、高木さんは照れくさそうな顔をして、そう言う。
……ほんとは、普通の女の子だったのかな。
「ありがとう!
じゃあ、これからよろしく! なつきちゃん!」
私がそう言って握手をしようと手を出すと、高木さん……ううん、なつきちゃんはそっぽを向いて立ち去ってしまった。
やっぱり、なつきちゃんはなつきちゃん、なんだなぁ。
少しショックを受けたけど、悲しい気持ちにはならなかった。
そのあと、私は更衣室を出て、受付のところまで歩いた。
「さようなら!」
そして、笑顔で受付のお姉さんに挨拶をした。
お姉さんも笑顔で返してくれる。
今日は、前と違って笑顔で事務所を出ることが出来た。
そして、今日は、前と違ってなつきちゃんとしっかり話すことが出来た。
それが、私にとって、とても嬉しかった。
「……二人とも、悪くない関係になってきたな」
春奈と菜月のレッスンを、ひそかに観察していた人物がいた。
……プロデューサーの大和である。
大和は、二人が出てくるより先に観察をやめて、社長室に出向いた。
「―――そうか。なら、大丈夫そうだな」
二人の様子を大和から聞いた大原は、一枚の用紙を取り出す。
「社長、これは?」
「近々開催される、新人向けのダンスステージだ。今の二人なら、通用できるだろう」
「……」
確かに、今の彼女たちならコンビネーションは大丈夫だろう。
しかし大和の中には、ぬぐい切れない違和感があった。
「……そのステージ、受けましょう」
「大和君、よく言ってくれた!すぐに申し込んでおこう」
だが、二人ならそれが乗り越えられると信じて―――
「……みさき、今日は機嫌ええな」
「え、そんなふうに見える?」
「うん」
次の日の学校。
まやさんに言われたとおり、私は機嫌が良かった。
「昨日ね……」
アイドルになったことは話さない。それだけを隠して、友達が出来たことを話した。
「へぇ、仲良くなれたんか。そんな話聞いてると、うちもごっつ嬉しくなるわ」
「まやさん……」
聞き上手だな。と、私は思った。なんでも包み込んでくれそうな感じで、なんでも話せそう。
「りりしろさん!折り紙って出来ますか……?」
話していると、女子数人が割って入ってきた。
「……ええ、それなりに折れますわ」
一瞬で口調を変えた!すごいなぁ……。
しかも、なまった口調がばれないように小声だったのに、すぐに普通の音量で話している。
「じゃあ、手伝ってください!」
「あ、ちょっと……」
手を引かれ、まやさんは連行されてしまった。
うーん、そんなときでも優雅。
優雅なお嬢様、か……みんなが噂してることしか知らないし、まやさんも全部は話さない。
こんな事言うのもあれだけど、何者なんだろう……?
「わたくし、今日も早く帰らないといけませんので。失礼します」
今日も、まやさんはクラスの子達からの誘いを断って教室から出て行く。
「あ、私も帰るね。バイバイ!」
「じゃあね、はるなちゃん」
そんな姿を見ながら、私も教室から出て行こうとしたんだけど……
「そういえば、はるなちゃん最近帰るの早くない?」
「あんまり遊ばなくなったよね」
後ろからそう聞こえてきて、思わず立ち止まってしまった。
「ちょ、ちょっと忙しいからね!」
だから、アイドルになったことは言わずに、それだけ言って、私は教室から出ていった。
……いつか、説明しないといけないよね。
そう覚悟しながら、私は事務所に向かった。
「失礼します!」
私は大きな声で挨拶をしながら事務所に入る。
もう、これもすっかり慣れちゃったな。
「こんにちは、美咲」
「あ、プロデューサーさん!」
受付の少し先に、プロデューサーさんが立っていた。
挨拶をされたので、私も返す。
「ちょっと聞きたいんだが」
「なんですか?」
すると、プロデューサーさんは少し困ったような顔をしてそう言ってきた。
「高木を見なかったか?」
え、なつきちゃん?
「み、見なかったです」
私は少し嫌な予感がしながらもそう返す。
「はぁ、今日は2人に知らせがあるのに……どうしたものか」
プロデューサーさんがそう頭を抱えていると、事務所のドアがバタンと勢いよく開く。
私とプロデューサーさんは、びっくりして振り返った。
「すみません、うちの娘が!」
「はぁ……」
振り返ったところには、お母さんと同じくらいの綺麗な女の人と、その女の人に手を握られているなつきちゃんがいた。
「もう、のんびり支度しないで早く行くの! 迷惑かけるでしょうが!……すみません、騒がしくして」
「い、いえ」
女の人はなつきちゃんにそう言いながら、私たちに頭を下げて事務所から出て行く。
「うるさいなぁもう……」
なつきちゃんは女の人の後ろ姿を見ながら、頬を膨らませてつぶやく。
「高木、今の人は?」
「……うちのママ」
確かに少し似てたかも。
私はそんなことを思いながら、2人の話を聞く。
「あっ!」
すると、プロデューサーさんが思いついたようにそう叫ぶ。
「2人に話があるんだ。今日はレッスン無しな。じゃ、会議室に行くぞ!」
そういえば、プロデューサーさん言ってたね。
「はい!」
「はーい……」
そんなわけで、私となつきちゃんは会議室に向かった。
「―――――ステージでライブ?」
「ああ、お前らもそこそこ仲良くなったみたいだし、そろそろかと思ってさ」
会議室で話されたのは、初めての仕事のことだった。
「え、でもまだ少し早いと思うんですけど……」
私は、不安に思いながらそう言う。
だって私、ステップすらろくに出来てないし……
「え、じゃあやらないのか?」
そんな私の言葉に、プロデューサーさんがからかうように言う。
「そ、そんなことは言ってません!」
私は、慌ててそう答える。
せっかく取ってきてくれた……それも、初めての仕事を断るなんてことは出来ない。
「で、いつ?」
すると、さっきまで黙っていたなつきちゃんが、肘をつきながらそう尋ねる。
「ああ、1ヶ月後を予定している」
プロデューサーさんは、来月のカレンダーを指さしながら答えた。
1ヶ月……それなら、沢山時間があるし、どうにかなるかも。
「ライブに向けてのレッスンは……明後日から。明日は休みにする」
やった! 久しぶりの休み。
「以上だ。わかったか?」
「はい!」
プロデューサーさんの言葉に、私は大きな声で返事をする。
「はぁい……」
隣に座るなつきちゃんも、小さな声で返事した。
「じゃあ、今日は解散だ。気をつけて帰れよ」
「はい。失礼します!」
そして、話が終わって、私となつきちゃんは事務所から出た。
……お母さんにも、仕事のこと伝えないと!
「今夜はカレーね」
ライブイベントに出る。親に話したら、最初の返事がこれだった。
「……春菜の、アイドルとしての初ステージよ!」
「うぉぉぉ!」
「は、はは……」
カレー鍋を囲んでお父さんとお母さんが喜ぶ中で、私は苦笑い。
そりゃ嬉しいけど、ここまで盛り上がられると……
「お父さん、お母さん、成功するかもわかんないのに今こんなに喜ばないでよ……」
「何いってんだ春奈!我が娘の晴れ舞台、喜ばない訳にはいかないだろう!」
お父さんったら……でも、優しさはちゃんと伝わってくる。
だからその分、あとのことが不安なのだ。
「マイナスな話をするより、食べましょ!」
―――その後、不安だった分たくさん食べた。三杯くらい。
やけ食いってやつだろうか。
「……ふう。お腹いっぱい。よし……」
食事が終わって、自分の部屋に戻る。
そして私は、お古のノートパソコンを開いた。
「ダンス映像……っと」
調べたのは、動画サイト。
ステージまでに、ダンスの動きを少しでも練習しておきたいからだ。
「さいせい……」
動画をクリックして、再生が始まる。
それを見ながら、私も体を動かす。
「ここのステップがこうで……きゃっ」
足がもつれた。そして、ぼふっという音とともにベッドに倒れ込む。
床じゃなくてよかったと、少し安心した。
「むー……」
こんな調子じゃダメだ。もっと練習しなきゃ……
―――そして、時間の許す限り、私はダンスの練習をした。
「はい、今日は歌のレッスンをしますよ!」
うわぁ……って、心の中で思っちゃった。
だって、ダンスの練習を必死にやったのに、今日は歌のレッスンだったから。
……まあ、そんなこと言ってられないし、とにかく頑張ろう!
「じゃあ、まずはこの曲を歌ってみてください」
トレーナーさんに貰ったのは、音楽の教科書で見た事のある曲の楽譜。
「じゃあ……高木さんからで、」
な、なつきちゃんからか。
なつきちゃん、歌も上手そうだなあ。
そんなことを思っている時、曲が流れ出した。
頑張れ、なつきちゃん!
「……ふう」
なつきちゃんは、歌い終わってからため息をつく。
なんだか少し疲れている様子だ。
「声は綺麗ですけど……少し、声量が足りませんでしたね。発声練習を重ねてみましょう!」
「……はーい」
珍しく、トレーナーさんからも注意されてた。
なつきちゃんにも、苦手なことはあるんだね。
そういうところは私と同じで、少し安心した。
「次、美咲さん!」
「は、はい!」
わ、私も歌わなくちゃいけないんだった……
慌てて準備をしていると、曲が流れ出した。
私は、焦ってて少し落ち着かない様子で歌い出した―――――
「はい、良かったですよ! あと少し音程を合わせたら完璧ですね!」
「ありがとうございます!」
やっぱり、歌うのは好き。
ダンスのレッスンはダメダメでも、歌のレッスンは上手くいった。
「美咲さんって、歌上手かったんだ……」
隣にいるなつきちゃんは、疲れた様子でそう言う。
私は、なつきちゃんの言葉に少し頬を膨らませた。
「……どうしたの?」
そんな私に、なつきちゃんが不思議そうに尋ねる。
「だ、だって……名前で呼んでくれないから……」
友達になったのに、まだ苗字呼び。
それが、他人みたいで少し嫌だった。
「えー……
じゃあ、はるな?」
なつきちゃんは、少し嫌そうな顔をしたけど、仕方がなさそうに言った。
「うん、それでいいよ!」
私は満足してそう言う。
「じゃあ、今日は発声練習をして終わりましょうか」
トレーナーさんは、私たちの会話を笑顔で聞きながらそう言う。
「あ、え、い、お、う、が順番です。口の開く大きさが大きいのと、声が明るい順に並んでいます」
へえ、そうだったんだ。
音楽の授業でいつもしてたけど、それは知らなかった。
「では、行きましょう。あ、え、い、お、う―――――」
そんな感じで発声練習をして、今日のレッスンは終わった。
「あー……あー……あー……」
次の日、私は通学路で、昨日の続きみたいに一人で発声練習をしていた。
「なんか、しっくりこないなぁ」
上手。そう思える声が中々出ない。
……菜月ちゃんはすごいなと、心の中で少し羨ましく思った。
「るー……るー……」
「……え?」
近くだ。なんか、きれいな歌声が聞こえてくる。
どこから聞こえるんだろう?
「小鳥がチュンチュン鳴いてて、こっちも歌いたくなるなぁ……なつき」
「あ―――」
眼の前に現れたのは、まやさんだった。
どうも、まやさんが声の主らしい。
「まやさん、おはよう!」
「おはようさん!……ちょっとまってな?」
「ん?」
まやさんは、自分の手で静止の振りをすると、きょろきょろと周りを見渡し始める。
「……大丈夫やな」
……何かを、確認してた?
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。行こか」
軽い態度で話を流された……ちょっと気になるなぁ。
「なんで、歌ってたの?」
私は、歩きながらまやさんにそう尋ねる。
「いや、小鳥が鳴いてて、うちも歌いたくなったんや」
まやさんは、さっき言ってた事と同じ事を言っていた。
「そ、そうなんだ」
これ以上聞いても別の答えは返ってこなさそう。
私はそう思ったので、聞くのをやめてそう言った。
「歌、上手だね」
そして、思ったことをそのまま伝える。
「へ? ……ありがとう」
すると、まやさんは少し照れくさそうな顔をして言った。
まやさんでも、こんな表情するんだなぁ。
そんなふうに話していると、学校が見えてきた。
「着きましたわね」
「え、あ、うん……」
学校の門を抜けた瞬間、まやさんの口調が変わる。
いい加減、慣れなくちゃなぁ……。
そう思いながら、私はまやさんと校舎の中に入った。
「……歌といえば、今日は音楽の授業ですわね」
「あ、そうだった……」
しまった。宿題まではこなしたけど、レッスンに気が行ってて時間割にまで頭が……
はっ!だったらちゃんと教科書の準備とか出来てるかな!?
「あら、昨日言われたばかりですわ?」
「う、うん。いろいろ忙しくて……」
実際、結構疲れている。今まで考えてなかったけど、
両立は大変だ……。
「……そんなときこそ」
「ん?まやさん……」
まやさんは立ち止まると、私の前に移動して……
「―――笑顔!」
私を励ますように、まやさんはにっこりと微笑んだ。
笑顔もすごく可愛い。
……笑顔、か。私の、ゆいいつの取り柄だ。
そうだ、笑顔。笑って、疲れなんて吹き飛ばそう!
「ありがとう!ちょっとすっきりした」
「力になれたなら、嬉しいですわ」
今日も一日、頑張ろう!
そう思いながら、私はまやさんと教室に向かって歩き出した。
「……うち、あんたの笑顔に―――」
ホームルームが終わって、私は音楽室に行く準備をする。
……1時間目から移動教室って、ハードだなぁ。
そう思っていると、誰かに肩をたたかれた。
「美咲さん」
「あ、まやさん……」
それは、思った通りまやさんだった。
私は音楽の教科書を机から出して、椅子から立ち上がる。
「では、行きましょう」
「う、うん!」
そして、歩いて音楽室へと向かった。
「今から、1時間の音楽を始めます。礼」
「お願いします」
号令をして、授業が始まった。
「教科書の12ページを開けてください」
私は、先生に言われたページを開けた。
そのページには、初めて習う歌が載っていた。
「それでは、まず音楽を流しますので、歌える人だけ歌ってください」
先生は、そう言いながらラジカセのボタンを押す。
すると、優しそうな雰囲気の曲が流れてきた。
「すごい……!」
「やば、うめえ」
いい曲だなあ、なんて思いながら聴いていると、周りがザワザワとしだす。
その原因は……
「りりしろさん、歌も上手……」
「悪いとこ、なんもないじゃん……」
そう、まやさんの歌声だった。
ザワザワした様子に先生は顔をしかめるけど、それでもまやさんの綺麗な声にはビックリしたみたい。
だって、先生さっきからまやさんしか見てないもん。
「じゃ、じゃあ、みんなも歌いましょう!」
先生は一旦曲を止めて、そう言う。
そして、曲がもう1回流れて私達も歌ったけれど、結局まやさんの歌声には誰も届かなかった……。
「ほら、ここはおなかから声を……」
「む、難しいよぉ」
―――昼休み。
私はまやさんに、歌い方の指導を受けていた。
「……ところで、なんでわたくしが教えているんですの?」
「だって……さっきの歌、すっごく声がきれいで、先生もびっくりするくらいだもん。そんな人に習いたいなぁって」
そう言うとまやさんは、少し恥ずかしそうにしていた。
ちょっとほめ過ぎたかな……?
「わ、わたくしはただ……うん。―――将来のため、やから」
「え……?」
口調が戻った?それよりも、今の言葉はどういう意味だろう?
「……そういう家なんよ」
……なんだか複雑な感じだったので、それ以上は聞かなかった。
お嬢様って、大変なんだな……。
「じゃあ、続けましょう」
「うん!」
その後、昼休みが終わるまで練習は続くのだった。
それから、学校が終わって、今日もレッスン。
今日も、歌のレッスンをするらしい。
まやさんにコツを教えてもらったから、多分大丈夫だと思うけど……
「失礼します」
そう思いつつ、私は事務所に入る。
「……ん?」
受付を通ってレッスンルームに移動しようとすると、受付のすぐそばのソファに誰かがいた。
そこにはいつもは誰もいないから、少し違和感があって、私は後ろを振り返る。
「なつきちゃん……?」
「あ、はるな」
そこには、なつきちゃんが膝を抱えて座っていた。
私は不思議に思って、なつきちゃんの所へ行く。
「どうしたの?」
「……トレーナーさんが休みだって」
私がそう尋ねると、なつきちゃんはいつも通りのつまらなさそうな顔をしながら答えた。
トレーナーさんが休みなんて……どうしたんだろう?
そう思っていると、事務所のドアが開いた。
「あ、いたいた」
入ってきた人は、なんか少し怖そうな女の人。
女の人は私たちを見つけて、こちらに歩いてくる。
「今日はお前らをいつも指導しているトレーナーが事情により休みだ。だから、私が教える」
なるほど。
……今日のレッスン、少し大変そうだなぁ。
「は、はい! よろしくお願いします!」
「……よろしくお願いします」
とりあえず、私となつきちゃんは軽く挨拶をして、先にレッスンルームに向かった女の人を追った。
「――――お前ら、もっと腹から声出せ!!」
「は、はいぃ!」
……やっぱり。
私が思ってた通り……ううん、思ってた以上にレッスンは大変だった。
このトレーナーさん、まるでドラマでよく見る熱血教師みたい。
「高木!! 声小さいぞ!!」
「はぁい……」
やっぱり歌うのが苦手らしいなつきちゃんは、今日もかなり疲れているみたい。
私も、疲れてきたな……。
「おい美咲! 動きが遅いぞ!!」
「す、すみません!」
動きを少しゆるめると、トレーナーさんに注意された。
はぁ、もうやだ……
めったに弱音を吐かない私でも、今日だけは辛かった。
「ダンスも入れるぞ!!」
「うっそぉ……」
トレーナーさんの無茶ぶりに、なつきちゃんが声を上げる。
そんな感じに沢山動かされて、レッスンは終わったけど……
いつもより、長く感じた。
「つ、つかれたね」
「……うん」
ジャージから着替え終わって更衣室から出た私たちは、ぐったりしながら話す。
「あ、あたしちょっと今日早く帰んないといけないから」
すると、なつきちゃんはそう言って走って先に行ってしまった。
私は「走るとあぶないよ!」なんて言いながら、後ろからその姿を眺める。
私が受付のあるルームに戻ると、そこにはプロデューサーさんが居た。
「こんにちは!」
「美咲か。こんにちは」
私はプロデューサーさんに挨拶をする。
「さっきさ、高木が走って帰ってたんだが……」
すると、プロデューサーさんは不思議そうな顔をして私にそう尋ねてきた。
「えっと、今日は早く帰らないといけないらしくて……」
「そうか」
プロデューサーさんは納得したような表情でそう言った。
「……」
そろそろ帰ろうかなと思った時、プロデューサーさんが私の方をじーっと見てきた。
「……楽しいか?」
どうしたんだろうって思って、プロデューサーさんの顔を見つめ返すと、プロデューサーさんはいきなりそう聞いてきた。
こう聞かれるのは二回目。この前聞かれた時は、楽しいって言えなかったけれど……
「……はい、楽しいです!」
今日は、自信満々に答えることが出来た―――――
―――ステージの本番まで、あと二週間になった。
「このステップはこうだ!美咲、テンポが遅い!」
「は、はい!」
この日も、怖そうな方のトレーナーさんからレッスンを受けていた。
「……よし、今日はここまで!」
「は、はぁ……」
お、終わった。
私は、その場にへたり込む。
「ふ……う……」
なつきちゃんも、すごく疲れているようだった。
でも、座りたくないのかわかんないけど、なんとか立っている。
「ふたりとも、私が初めて教えたときよりはかなり上達している。二週間後にははじめてのステージだったな?頑張れ!」
「……はい!」
怖い雰囲気だけど、いざ褒めてもらえるとすごく嬉しかった。
「よーしじゃあ、今日はストレッチで……」
レッスンも終わりに近づいた、その時。
「……ふたりとも、やってるか?」
「あ、プロデューサー!」
大和プロデューサーが、ドアを開けて入ってくる。
「……なんですか?」
突然入ってきたプロデューサーに、なつきちゃんは嫌そうな顔をしていた。
「そう怖い顔するなよ。今日はお前らに朗報だ」
「え??」
ろうほう……嬉しい知らせって、何だろう?
「着替えたら、会議室に来てくれ。急がなくていいぞ」
そう言うと、プロデューサーはレッスン室から出ていった。
「……気になる!」
私達もすぐにレッスンを終わらせて、着替えを済ませてこよう……。
そう考えると、最後のストレッチにも熱が入る今日のレッスンだった。
「……プロデューサー!お待たせしました!」
「お、来たな」
レッスンを終えて着替えた私達は、プロデューサーの待つ会議室にやってきた。急がなくてもいいと言われたけど、朗報の方が気になるので時間はかからなかったと思う。
「で、朗報だが……ん?どうした高木」
「別に……」
ちらっと見ると、なつきちゃんは不機嫌そうな顔をしていた。
なんだろう?そういえば、さっきトレーナーさんとなにか話してたけど……。
「よし、じゃあ話を続けようか。……これまでのボイトレとダンスレッスンで、お前らにはステージで輝く力が着実に身についている」
「ステージで、輝く力……」
アイドルに、近づいてるのかな?私達……。
正直、あんまり実感はない。
「そこでだ。ユニットで歌う曲を持ってきた」
「曲!?」
プロデューサーは、一枚のCDをセットしてラジカセのスイッチを押した。
「……ふーん」
「わあ……!」
流れてくるのは、アイドルらしいはなやかで明るい曲。聞いてる方はしっかりと元気を貰えそうな……。
「残り二週間は、こいつの歌唱とパフォーマンスの練習だ。ステージで披露するぞ」
「これを……」
この曲を、私達で歌うんだ……。
練習してきたから、前よりは歌にも自信がついている。
「……」
「なつきちゃん……?」
でも、隣に座るなつきちゃんは、機嫌が悪いというか……不安そうだった。
新曲発表の前、あたしはトレーナーさんに、ある個室に呼び出されていた。
「技術は上がっている。だがな、お前には足りないものがある。それは……」
この時は、やる気がどうとか言われるんだろうなー。って、軽い気持ちでトレーナーさんの言葉を待っていた。
でも、この後言われたのは、想像とは全然違うことで……
「“感情”、だ」
あたしには、直すことの出来ない、どうしようもない事だった。
「感情……って、どういうこと?」
少しの心当たりはあったんだけど、あたしはとりあえず理由を尋ねた。
「……お前が一番分かっているだろう」
トレーナーさんは、呆れたような表情で答える。
……お前が一番分かっているだろう、ね。全くもってその通り。あたしに感情が足りないのは、あたしが一番知っている。
「この後のプロデューサーの話で理由は分かると思うが……お前、このままじゃダメだ」
トレーナーさんは、あたしにそれだけ言って、個室から出て行く。
あたしはその時イライラして帰ってしまいたい気分だったけど、呼ばれて行かないのもアレだったから、プロデューサーの待つ会議室に向かった。
……そして、今に至るわけ。
次の日、新曲のレッスンが始まった。
今日は優しい方のトレーナーさんのレッスン。
ダンスと歌を両方するのは難しかったので、今回は歌のレッスンだけみたい。
「まずは、新曲に合わせて歌ってみましょう!」
一人ずつ歌わないといけないみたいで、先に歌うのはなつきちゃん。
ちらりとなつきちゃんの顔を見てみると、昨日と同じような不安そうな表情をしていた。
トレーナーさんはなつきちゃんの様子に気付いたのか、少し戸惑ったような表情をしていたけれど、そのままラジカセの電源を入れる。
曲が流れて、なつきちゃんは仕方なそうな顔をしてマイクの前に立った。……そして。
明るくてはなやかなその曲を、静かに歌っていた……
「歌唱力には問題なし、です。しかし……」
トレーナーさんは、戸惑いを隠しきれてないような表情のままで、歌い終えたなつきちゃんの隣に立つ。
なつきちゃんは、トレーナーさんの方をちらりと見て、それからすぐに目を逸らした。
……まるで、これから何を言われるのか分かっているみたいに。
「感情でしょ、知ってる」
私にもトレーナーさんにも目を合わせずにそう呟いたなつきちゃんの横顔は、諦めてるような、そんな風に見えた……。
「今日は、ここまでにしましょう!」
なつきちゃんが調子が悪いのもあって、私が歌い終わった後にレッスンが終わった。
「……」
なつきちゃんは、あれから一言も話さない。
私は心配になって声をかけようとしたけど、今声をかけたら突き放されそうな気がして、それは出来なかった。
レッスンルームから更衣室に移動して、私たちは着替える。
「……」
相変わらずなつきちゃんは話さない。
不機嫌そうな、めんどくさそうな、そんな顔をしながら無言で着替えているだけ。
それで、私は先に帰った方が良さそうな気がして、着替え終わった後更衣室から出ていこうとした。
「……なんで出来ないの、あたし」
そして更衣室の扉を開けて足を一歩踏み出すと、後ろからそんな声が聞こえてきた。
普段のなつきちゃんとは違って、その声は少し辛そうだった。
慰めてあげたかった。声をかけてあげたかった。力になってあげたかった。
……だけど。
こういう時のなつきちゃんに話しかけるのは、怖くて出来なかった……
「なつきちゃん……大丈夫かなぁ?」
その後、なつきちゃんは先に帰ってしまった。
追いかけようとしたけど、お母さんの迎えで車で帰ったみたいで、姿を見つけることもできなかった。
明日から、ちゃんとレッスンできるのかな……
そんな不安が、私を包み込む。
「私も帰る、か……」
リュックを背負いなおして、事務所を出る。
さようならとあいさつをする受付のお姉さんは、今日もまた笑顔だった。
今の私は……笑顔?
こんな調子で、曲を歌えるのかわかんない。
すごく、不安―――
「……」
あたしは、次のレッスンの日の朝もイライラしてた。
……今まで出来ないことなんて無かったはずなのに。何でも出来たはずなのに。
初めて出来ないことがあって、でも今まではなんでも出来てたからどうすればいいのか分かんなくて。
そして、ステージはもうすぐで……
だから、レッスンをサボるわけにもいかなくて。
「……めんど」
そうして、渋々あたしは歩いて事務所に向かった。
「おはようございます!」
事務所に入ると、受付の人がいつも通りの笑顔で挨拶をしてきた。
……なんでそんなにニコニコ出来るんだろうね、この人は。
心の中で悪態をつきながら、あたしは更衣室へと歩く。
「あ……」
更衣室のドアを開けると、中にははるながいた。
あたしは少し気まずくなってドアを閉めようとしたけど、そんな事したら感じ悪いし着替えられない。
だから、あたしは何事も無かったかのようにして、更衣室の中に入って着替えた。
「今日もレッスンを始めます!」
今日のレッスンは、それぞれの課題を克服するためのものらしい。
あたしの課題は笑顔で、はるなの課題はダンス。
「うわぁ!」
はるなはやっぱりダンスが出来ないのか、ターンで転んでいた。
「うー、やっぱりターン出来ない……」
……出来ない?
「高木さん、笑顔笑顔!」
「笑顔ってどうすればいいの……」
はるなの「出来ない」という言葉に何かが引っかかったけど、とにかく今は自分のレッスン。
今あたしがさせられてるのは笑顔を作るってレッスンなんだけど、笑顔の作り方って全然わかんない……。
そんな風に困惑していると、入口のドアがノックされた。
「どうぞー」
トレーナーさんがそう言うと、プロデューサーが「失礼します」と言いながら入ってくる。
……なんでプロデューサー?
「高木はさ……今、楽しいか?」
プロデューサーはあたしの前にずかずかと歩いてきて、いきなりそう言う。
質問の意図は見えないけど……
「……楽しくなくは、ないよ」
とりあえず、本心を答えておいた。
……ま、今の状況は楽しくないけど。
「人間はさ、楽しいと笑顔が出るんだよ。お前、一度アイドルを心から楽しんでみないか?」
「笑えるまで、楽しめないんだけど……」
プロデューサーの良いこと言った感満載の言葉に、あたしはすぐに反論する。
それに対して、プロデューサーは困ったように苦笑いをした。
「それは人それぞれだ。
とりあえず、これだけは言わせてくれ。
……高木、大丈夫。出来ないことは変な事でも悪いことでも無いんだぞ。普通のことだ」
普通、ね。
昔から普通とはかけ離れた生活をしてきたあたしにとっては、慣れない言葉。
「誰にだってそういう事はあるさ。出来ないことがある人間は、それを克服しようとする。それが、“成長”だ」
「成長……」
―――元から出来たから、成長なんてしなくていい。
そう思ってたから、あたしは心から何かに熱中することも、心から楽しむことも出来なかったのかな。
「お前の課題は笑顔なんかじゃない。アイドルを心から楽しむこと、だろう? そしてお前は十分に楽しんでるはずだ。だから……自分の気持ちに素直になってみてくれ。きっと変われるはずだから」
プロデューサーはそこまで言ってから、トレーナーさん達に頭を下げて出て行った。
……たしかに、あたしは自分の気持ちに素直にはなってなかったのかも。
アイドルを楽しいと思っても、気のせいだとかそんなわけないとか変な事考えちゃって誤魔化してた。
「あはは、プロデューサーさんらしい言葉でしたね。私も、笑顔を押し付けすぎたのかもしれません。ごめんなさい!」
あたしが一人考え込んでいると、トレーナーさんが目の前に来て頭を下げた。
「美咲さんには笑顔、高木さんにはパフォーマンスという良いところがあるから、無理に変えなくても良かったんですね」
「……違う」
トレーナーさんの言葉に対しそう言うと、トレーナーさんはびっくりしたような顔をしながらこっちを見た。
「あたしに笑顔は出来ないかもしれないけど、楽しむことはやってみせる。だから……あたし、変わります」
出来ないからって変わらない。
出来ないから変わるのが普通なら、それはなんか嫌だ。
プロデューサーの言葉で課題も分かった。
一度、自分の気持ちに素直なって……
「……はい、私も出来る限りサポートをするので、一緒に頑張りましょう!」
レッスンも、出来る限りは楽しもう。
楽しむのも、“感情”のうちの一つには入るはずだから――――
同じ頃、同じ部屋……。
「ふぅっ……ふぅっ……」
美咲は、ダンスレッスンに励んでいた。
「ターン、難しい……!」
レッスンを始めてから、同じところを十数回は繰り返している。
「ここ、だけがっ……はぁ」
先に進みたい。そんな気持ちが、彼女を焦らせる。
止まってはいけないと思うのに、乗り越えられない。
「……春奈」
「なつきちゃん……?」
声のしたほうに振り返ると、菜月のほかにトレーナーやプロデューサーが立っていた。
周りが見えないほど練習していたのに気づいた美咲はハッとなり、少し落ち着いた。
「私も、手伝う……」
「え?」
菜月自らが手伝ってくれるのは、春奈にとってもありがたい。
だが、内心不自然だと思う春奈だった。
「ほら、ここがこう……」
「う、うん」
私は、なつきちゃんに手を取られながら、同じようにステップを踏んでいく。
「ここで、ターン」
「あ、でも……」
動きに合わせようとしても、このターンだけは……
そう思っていると、
「回って!」
なつきちゃんの声に、思わずターンの動きをする。
「わっ……!」
回った瞬間、体が引っ張られるような感覚に襲われた。
そして、目の前が一回転……
「できたでしょ?ターン」
「う、うん……」
一回転。てことは、出来たんだ。
手伝ってもらいながらだったけど、ターンを出来たんだ……!
「……あ、でも」
このままじゃ、なつきちゃんのほうがターンできない。
「どうしたの?」
「ううん。手伝ってもらわなくてもいいように、練習するね」
なつきちゃんは、いつもみたいに淡々としていた。
でも、どこか、何かが違ってるように感じた……。
「……回って!」
「よっ……とと。出来たよ、なつきちゃん!」
懸命にレッスンをする2人の様子を、トレーナーとプロデューサーは見ていた。
「おお、美咲さん出来てますね」
「そうですね」
菜月に教えられながらターンをする春奈。
まだ動きは硬いが、前よりは確実に成長している。
「……でも」
トレーナーは、春奈の成長を喜びつつ、菜月の方を見る。
「高木さんも、成長しましたよね」
指導中も相変わらず気だるげな顔の菜月。
だが、その表情は初めの頃のレッスンの時より、生き生きしていた。
そして、これまで表情を変えることもなく、淡々とレッスンをこなしてきた菜月とは、違っていた。
「ははっ、スカウトした頃は『あたしが皆に笑顔を振りまく? ふざけてるの?』とか言ってたんですけどね……」
プロデューサーは、少し前の事を思い出しつつ、苦笑いをした。
「そ、それは中々……でも、高木さんはそう言いつつもスカウトは受けたんですよね。何ででしょう?」
それに対し、トレーナーは不思議そうな顔をして尋ねた。
「それが、俺にもさっぱり。
彼女には引き受けてもらえないって思ってたんですけど、スカウトをした数日後に親御さんから連絡が来たんですよ。『菜月をアイドルにしてください』って」
「そうなんですか……」
プロデューサーと、トレーナーはよく分からないと言ったように首を傾げる。
「……とりあえず、今は彼女達を見守りましょうか」
「……そうですね」
疑問はあったものの、すぐに切り替えて、プロデューサーとトレーナーは日が暮れるまで2人の様子を見守っていた。
本番のステージまで、残すところ三日になった。
私は、毎日の事務所でのレッスンに加えて、学校がある日はまやさんからのトレーニングも時々受けている。
「……ふう。今日は、これくらいで」
「まやさん、いつもごめんね。練習に付き合ってもらってて……」
結構頻度が高いので、こっちとしてはまやさんの疲れが心配。
「ええんよ。こういう形で声を出すのも楽しいし」
口調を戻したまやさんは、笑顔でそう言った。
「うちな、いつもこっちで行きたい。でもな……」
「でも?」
口をつぐむまやさんの表情は、なんだか重い。
「……うちには、やるべきことがある。だから表は、お嬢様じゃないとあかんの」
「やるべき、こと……」
それが何なのか、私にはわからなかった。
だけど、重い気持ちはすごく伝わってくる。
「詳しく話す気もないのに、言ってもあかんな!……ところでみさき、歌上手くなってる。音楽の授業で、うちくらい拍手もらえるで」
「そ、そうかな……」
レッスンも重ねているおかげだろうか。実際に感想を言われると、少し照れ臭かった。
「すごいな。うちも、あんたみたいに―――」
まやさんが言いかけた途端に、チャイムが鳴る。昼休みの終わりだ。
その言葉はチャイムにかき消され、、最後までは聞こえなかった。
「……戻りましょ」
「う、うん」
学校が終わって、事務所に向かう。
今日のは歌のレッスンみたい。まやさんに褒められたし、きっとしっかり歌えると思う。
「おはようございまーす」
事務所について、私は挨拶をしながら中に入る。
最近知ったけど、こういう場所での挨拶はどんな時間でも「おはようございます」らしい。
そして、受付のお姉さんのいつもの笑顔を見ながら、私は更衣室に向かった。
着替え終わって、レッスンルームに入る。
それから10分くらいして、なつきちゃんが入ってきたので、レッスン開始だ。
今日は2人で合わせて新曲を歌う。明日までには完璧にしておかないといけないから、頑張ろう。
私はそう思いながら、マイクの前に立った。
そして、なつきちゃんが隣に立ったのを見て、自分のパートを出来るだけの力を出して歌う。
「美咲さん……歌、上手くなってますよ!」
「……ふぅん」
トレーナーさんは褒めてくれて、なつきちゃんは……声のトーンで、そんなに反応は悪くないことが分かった。
ダンスも出来るようになってきて、歌も歌えるようになってきた。
……私、成長出来たかな?
そう思うと嬉しくて、練習だけど精一杯の力を出して歌ってしまった。
自分のパートを歌い終わると、次はなつきちゃんのパート。
私は歌うのをやめて、その間の振り付けを確認していた。
「高木さん、前よりは良くなっています。声量をもう少し! それだけです!」
「……はーい」
まだ少し声の大きさが小さいけど、前よりは絶対に大きくなってるはずだし、声はとっても綺麗。そして、なんていうか……少し、気持ちが入ってきたように見える。
なつきちゃんも、もう少しで出来るようになるはず。
「うわぁっ!」
……よそ見してたらターン失敗しちゃった。
私は、気を抜きすぎたと心の中で反省したのであった。
「ありがとうございました!」
「……お疲れ様でしたー」
レッスンが終わって、2人で挨拶をして、解散。
大体いつも通りのレッスンだったけど、少し違ったのは私がなつきちゃんに歌を教えたこと。
前までは教えられる側だったのに……。
だから、ちょっとだけ嬉しかったんだ。
……それが顔に出ていたのか、家に帰ってお母さんに笑われたのは恥ずかしかったけど。
とにかく、本番まであとちょっと。
最後まで気を抜かずに、しっかりとレッスンをして本番は成功させたいな。
「……明日かぁ」
金曜日。普段なら、レッスンも休みで休日に心が跳ねるけど……
次の日は、ステージ本番なのだ。
「……楽しみ!初めてのステージ!」
緊張するどころか、逆に心が跳ねる。
アイドルとしての初めてが、楽しみでしょうがない。
そんな私は、軽くスキップなんてしながら通学路を歩いている。
「そうだ、そろそろ伝えてもいいかな……今まで、手伝ってもらえてたもんね」
まやさんに、自分がアイドルをやっていることを打ち明ける。
そして、ステージを見に来てほしい。そんな思いがあった。
「……会わないなぁ」
私の思いとは逆に、いつも通る道にまやさんはいない。
いや、毎日一緒に登校してたわけじゃないけど……学校で会えるかな?
思いが叶うことを願いながら、私は学校へ急いだ……。
「おはよう!……あれ?」
靴箱を通って、いつものようにクラスへ行く。
けど、クラスの様子はいつも通りじゃなかった。
なんだか……ざわついている。
「あの、どうしたの?」
「美咲……」
女子の一人に声をかける。その子は、なんだか暗そうだ。
「あのね、まやさんが今日休みだって……」
「え―――」
この時初めて、クラスにもまやさんがいないことに気が付いた。
そして私は、思いを叶えられなかった……。
「……はぁ」
昼休み。私は、まやさんと歌の練習をしている校庭の隅っこに一人で来ていた。
ただ一人休むのは、いつものことのはずだ。でもなんか、寂しい。
「ステージ、誘いたかったなぁ……」
私の隠し事も何も聞かずに、ただ歌を応援してくれた。
だから今日、その恩返しがしたかった。
……考えても仕方ない。
恩返しがしたいなら、ステージでしっかり歌って踊ろう。
―――今日は、レッスンも最終日だ。
「こんにちはー!」
学校が終わり、レッスンのために事務所へやってきた。
受付のお姉さんが、笑顔で挨拶を返してくれる。
この人も、事務所が閉まることになっても残り続けた人なのかな?
だとしたら、すごく優しい人だなぁ……。
そんなことを考えながら、私は更衣室に向かった。
更衣室には、先客がいた。
……まあ、なつきちゃん以外居ないんだけど。
「はるな、来てたんだ」
「うん。ついさっき」
なつきちゃんは、一足先に着替えを済ませていて、
いつでも出ていける状態みたい。
私も着替えないと……
―――別になつきちゃんが先に行くことはなかったけど、
なんだか今日の動きは急ぎ気味だった。
「着替え、なんか手早くない?」
「そうかな……?」
当の本人も、珍しそうに私を見ている。……少し、恥ずかしい。
「よし!今日はリハーサルだ。一度きりだから、しっかり通せ!」
最後のレッスン……運動会前日みたい。頑張ろう!
「はいっ!」
「……はい」
なつきちゃんの返事は、声は小さかったけど
気持ちがこもってないわけじゃないように感じた。
これなら、リハーサル頑張れるかも……
……それから、ぶっ通しのリハーサルが始まった。
私もなつきちゃんも、始めた頃に比べて上手くなってる。
自分で言うけど、変化がはっきりわかる。
「さ、例のターンだ!」
トレーナーさんの合図で、私の意識が高まっていく。
ここで今度こそ、成功させる……!
今までは、支えてもらわないとできなかった、一回転。
でも、今日は―――
歌に合わせて、勢いよく回る。
不思議と体が軽くて、回った実感があった。
……できた。ようやくできたんだ、ターン!
達成感もあったけど、ひとまずは曲の最後まで歌って踊りきった。
「で、できた……」
曲が止まった瞬間、私はぺたりと座り込んだ。
疲れたというより、出来て安心したから。
「……すごい」
相変わらず立とうとするなつきちゃんに、拍手を送られた。
本番でもないのに、結構照れる。
なつきちゃんも、すごく頑張っていたと思う。こっちも拍手を送りたいくらい。
「上出来だな」
そう言って入ってきたのは、大和プロデューサーだった。
「明日のステージ、上手くいきそうか?」
「……はい!」
明日は成功する。自信を持って言える!
「よし、じゃあ今日はこの辺にして、やることが終わったら二人で駐車場に来てくれ」
「え、駐車場?」
レッスンを終えるには、まだ時間がある。それを早く切り上げて、何をするんだろう?
「終わるんだったら、あたしは親のお迎えが……」
「ご両親には連絡済みだ。じゃ、待ってるぞ」
「えー……」
大和プロデューサーは、レッスン室から出ていった。
用意周到ってこういう人に使うのかな……すごいなぁ。
……ストレッチまで終えて、私達もレッスン室を後にした。
「わぁ……」
着替えた私達は、プロデューサーの待つ駐車場にやってきた。
駐車場は地下にあって、なんだか薄暗い。
「……プロデューサー、どこだろ」
なつきちゃんの言う通り、プロデューサーの姿が見当たらない。
暗いし、探しにくいな。
「二人共、こっちだ!」
キョロキョロとしていると、プロデューサーの声が聞こえてきた。
……どこだろう?
「後ろ……」
「えっ?」
なつきちゃんに手を引かれ、くるりと半回転する私。
「あ……」
見ると、大きなワゴン車が停まっていた。
「これが、俺達の移動用の車だ」
「おっきいなぁ……」
我ながら、なんだか子供っぽい返事だったと思う。
そんな返事が出るくらい、私の目には大きくて立派な車に見えた。
本番も、これでステージがあるところまで行くのかな?
そういえば、ステージってどこで開かれるんだろう?全く聞いてないような……
「レッスンの時間まで削らせた。親にも連絡済み。ただ車を見せるだけじゃないよね?」
「高木、鋭いな。そうだ、これからステージ会場への下見に行く」
「大和プロデューサー、運転できたんですね」
「移動に車を使うときもある」
私達は今、プロデューサーの運転するワゴン車で、会場のある場所に向かっているらしい。
「はぁー、どんなところで歌って踊るのかな……」
大きな舞台を想像して、今からにやにやが抑えきれない。すごく楽しみ!
「なつきちゃ……あっ」
話題を振るために、声をかけようとした。
するとどうだろう。車の窓に頬杖をついて、すやすやと眠っている。
レッスンの後も、全然休んでなかった。
だから、疲れてたのかな……
「美咲、お前も寝てていいぞ」
「はーい……」
寝てていと言われた途端、気が抜けたのか私も眠くなってくる。
私も、少し休もう……。
おやすみ―――
「……なつき、起きて」
「うん……?」
先に眠っていたなつきちゃんに起こされたらしい。
どれくらい眠ってたんだろう?外はまだ明るいから、時間は経ってなさそうだけど。
「お前ら、着いたぞ」
「ここは……」
プロデューサーにドアを開けてもらい、車を降りる。
すると、見たことのある建物があった。
「近所のデパート?」
「そうだ。規模は小さいが、新人アイドルの出場にはぴったりなステージだ」
デパートか……思っていた場所とは少し違ったけど、ここで踊るってわかったら楽しみになってきた。
「入るぞ」
―――そう言って、大和プロデューサーに連れられてきたのは……裏口だった。
「……ここからなの?」
「ああ。本番も、こっから入る」
なつきちゃんは何だか不満そうだったけど、
裏口から入るってほんとの芸能人みたいで、なんだかいいなぁ。
中に入ると、細めの通路を歩いていく。
しばらくすると、控え室と書かれた部屋に着いた。
「ここが二人の控え室だ。他にもあるが、本番は他の控え室には行くなよ?」
「え、他のって……」
「言ってなかったな。いくつかのユニットと、ライブでパフォーマンスを競い合うんだ」
「ええーっ!?」
楽しみはそのままに、新しく緊張が湧いてくる……。
他のアイドルと、一緒に参加して、競い合う……私達が、通用するのかな?
面白くて好きです!
まるでプロみたいな感じで一目置いてます。
「……お前たちなら通用するさ。俺が保証する」
「プロデューサー……」
そうだ、今日まで頑張ってきたんだ。
私達なら、出来る!
「あの、ステージを見に行きたいんだけど」
「そうだな。どんな場所で踊るか、しっかり見ておこう」
なつきちゃんが急かすと、プロデューサーは先の通路に振り返る。
「この先だ。ついて来てくれ」
そっか、まだステージを見てない。
デパートの、どんな場所なんだろう?
プロデューサーについっていって、デパートの更に奥へ進んでいく。
カツンカツンと階段を登っていったりもした。
あれ?これってもしかして……
「ここだ」
扉を開けると、涼しい風が吹き抜けてくる。
「わ……ここって、屋上?」
デパートの屋上……そういえば小さい頃に、キャラクターショーを見に来たこともあったっけ。
今度は、自分たちのステージになるんだ。
「準備、進んでる……」
屋上のど真ん中には、豪華に飾り付けられた大きなステージが建てられている。
見たところ完成しているようで、人はだれもいなかった。
「すごい!私達、ここで歌うんだよ!」
「うん……」
なつきちゃんは、大きなステージを見て見とれているようだった。
私も、すっごくワクワクしてしょうがない。
競い合うのも、歌うのも、踊るのも、全部楽しみだ。
「……ステージ、登ってみるか?」
「いいんですか!?」
立入禁止とかは無かったので、ステージの横から階段を登っていく。
一段一段上がるたびに、ドキドキが弾けてしまいそうになる。
「ステージだぁ……」
登りきると、目の前にはすごく大きな景色が広がっていた。
お客さんはまだいないけど、ステージの壮大さを感じるには十分だった。
「……はるな」
「ん?」
屋上の風を目いっぱいに感じていると、なつきちゃんが話しかけてきた。
「明日……頑張ろ」
「うん!」
頑張ろう……
そう言ってくれたなつきちゃんの顔は、いつも以上に明るくて……
きっと同じように、ステージに感動しているのかもしれない。
明日の成功に、一層自信が持てる。
私達なら、きっと―――
「そろそろ帰るぞ」
ステージの外から、プロデューサーが話しかけてきた。
空を見ると、夕焼けが出ている。いつの間にか、結構時間が経ったらしい。
「はーい!」
「はーい……」
また明日ね。と、心の中で、ステージに挨拶をしてみたり。
そして私達は、ステージから降り始めた。
「……あれ?」
階段を降りる直前、不思議な違和感に襲われる。
何だろう……この感じ。
「先に降りてて」
「え?……わかった」
なつきちゃんに先に行っててもらうと、私はそこにとどまった。
「この感じ……いや、まさか」
―――それは、私がいつも感じている空気。
その人に見とれてしまうような……
一緒にいて、すごく心地が良い……
「まやさん……?」
感じるのは、まやさんが漂わせるお嬢様の空気。
でもここに、まやさんはいない。
何でだろう……?
「美咲、戻るぞー!」
「あ、はーい!」
プロデューサーに呼ばれ、私は急いで階段を降りる。
それにしても、さっきの感じは……
――――今日は、ステージ本番。
準備をする為になつきちゃんと控え室のに向かっている途中、綺麗な衣装を着た2人組の女の子達が私達の横をすれ違った。
「今の、ステージの相手?」
「たぶん……」
なつきちゃんが不思議そうな顔をして尋ねてきたけど、私は自信が無かったので小さく答えた。
それにしても、さっきの人達綺麗だったなあ。
そう思いつつ、私達は控え室に入った。
控え室で、メイクなどをしてもらって、後は待ち時間。
「……こう?」
「うん!」
私となつきちゃんは向かい合ってダンスの振り付けや歌詞などを確認する。
その間の時間、私の心臓はもうバックバクだったけれど、なつきちゃんは平気そうな顔をしていた。
「きんちょう、しないの?」
だから、私は聞いてみる。
「……してるよ、これでも」
なつきちゃんは、私から目をそらしながら小さい声で答えた。
……良かった。私だけ緊張してるのかと思った。
それから暫く待っていると、控え室の扉をノックする音が聞こえた。
私は、「どうぞ!」と言いながら、扉の方を見た。
「お前ら、いよいよステージだな」
「……大和プロデューサー!」
控え目に扉を開きながら入ってきたのは、プロデューサーさんだった。
「お前らが一生懸命練習しているとこは見てきた。きっと成功する。そして、きっと勝てるはずだ!」
プロデューサーさんは、私達の顔を見ながら、自信満々な表情でそう言った。
「……じゃあ、頑張ってこいよ」
それから、そう言って出ていった。
まるで嵐みたいでびっくりしたけど、これもプロデューサーさんらしい。
そして、プロデューサーさんの言葉で勇気も出た。
……私達は、きっと大丈夫。
「ね、はるな」
「なに?」
すると、それまで何も言わなかったなつきちゃんが話しかけてきた。
「―――――負けないよ、あたし」
「美咲さん、高木さん、準備をお願いします」
「はい!」
スタッフの人に声をかけられて、私達は裏口に入る。
これからあの屋上でライブ。やっぱり緊張するけど……楽しみたい!
「上手くいったね!」
「ねー」
ワクワクしていると、私達の前の出番の人達が横を通り過ぎた。出番が終わったみたい。
……次は私達、か。
「……」
「……」
私となつきちゃんは、何も言わずに目を合わせる。
お互い、目指すものはただ一つ。年齢なんて、関係ない!
「……優勝、しよ」
「うんっ!」
なつきちゃんの言葉に、私は今までで一番大きな声で答えた。
スタッフの人はそんな私達を笑顔で見ていたけど、それからすぐに表情を険しくした。
……ああ、もうすぐなんだな。
その雰囲気に、言われなくても分かってしまう。
「じゃあ、カウントが終わったらステージへの階段を上がってください10、9、8、7――――――」
スタッフの人はカウントを始める。
緊張で身体が震えた。心臓の音がもっと大きくなった。
でも……そんなのには、負けない!
「―――――0!」
その合図で、私となつきちゃんは手を繋いで階段を駆け上がった。
……これから、私達のステージの始まりだ!
「……わあ!」
「……」
二人でステージに立った。
アイドルとして初めて立つステージ。そして、結構な数のお客さん。
全てが今までと全然違う世界みたいで、輝いていた。
「……」
「……」
二人で目を合わせてから、マイクの方に立つ。
「えっと……私はノルンの美咲春奈です!」
「……高木菜月。あたし達のライブ、見ててね!」
……なつきちゃん、いつもより声大きい。
そして、なんていうか、雰囲気も全然違う。
それなら、私も……!
「これから、一曲歌います! 私達の声、聞いていてくださいね!」
少しの歓声の後に、曲が流れる。
私は、イントロの部分の振り付けを踊りながら、マイクに近づいた。
そして、精一杯の力をふりしぼって歌い、踊る。
お客さんの表情が変わった。私の歌、聞いてくれてるのかな……。
そう思うと、少し嬉しくなった。
そうしているうちに、歌い手はなつきちゃんの方に変わった。
「おお……」
なつきちゃんは、淡々と歌って踊る。
元気系な私と正反対で、落ち着いている。踊りも歌も完璧で、お客さんを驚かせていた。
サビに入った。私達は、声を合わせて歌う。
初めは全然合わなくてバラバラだったけど、何度も練習してきたからきっと大丈夫。
「――――ノルン、いいぞー!」
もうすぐ曲が終わろうとした時、そんな声が聞こえてくる。
……隣で歌うなつきちゃんの表情がちょっと変わった。気のせいじゃない。お客さん、私達を認めてくれてるんだ!
それが嬉しくて、私は曲にもっともっと力を入れた……。
「――――ありがとうございました!」
曲が終わって、私は会場中を見渡しながら叫んだ。
振り付けも間違えなかった。なつきちゃんとの息もあった。ライブは成功。
……あとは、終わりの挨拶だけ。
「私達の歌、聞いてくれてありがとうございました! まだまだ未熟ですが、応援してくれると嬉しいです!」
私はそこまで言って、なつきちゃんにマイクを渡す。
なつきちゃんは、なんて言うのかな。
「初めてのステージで、少しだけ緊張してた。今まで緊張なんてした事ないのにね。
そして、ライブの熱気、凄かったよ。これもお客さん達のおかげ。
……ステージを最高なものにしてくれて、本当にありがとう!」
今までで一番大きな声でそう言ったなつきちゃんは、少しぎこちないけど、綺麗な笑顔だった。
「こっちこそ、いいライブを見せてくれてありがとう!」
「二人とも、応援してるよー!」
そんななつきちゃんの言葉に、会場は更に盛り上がった。
歓声の声も、大きくなってくる。
ああ、アイドルってこんな感じだったんだ……!
「ありがとうございました!」
最後にそう挨拶して、私達はステージから降りるために歩き出す。
「……!」
その時、観客席にいた一人の女の子の姿が目に入った。
独特な雰囲気で、上品。まるでお嬢様みたいで……。
あの感じ、間違いなく……まやさんだ!
なんであそこにまやさんがいたのか。
それが気になって仕方がなかったけど、今はとりあえずプロデューサーさんに会いたい。
「……美咲、高木!」
「プロデューサーさん!」
裏口から降りて控え室に入ると、そこにはプロデューサーさんがいた。
……もしかして、待っててくれたのかな。
「二人とも、すっごく良かったぞ! 俺、少し感動しそうになってた……」
「……そこまで?」
泣き目のプロデューサーさんに、なつきちゃんが面倒くさそうな顔をしながらそう言う。
……でも、そんななつきちゃんの声も、少し震えていた。
「はは、高木だって泣きそうじゃないか」
プロデューサーさんがからかうような表情でそう言う。
「だって……だってさ……今まで出来なかったことが出来て、笑えたんだよ? それが……嬉しくて…………」
なつきちゃんは、私達から顔を背けながらそこまで言って、地面に座り込んで……泣いていた。
「なつきちゃん……ううっ……」
まさか、なつきちゃんが先に泣くなんて思ってなくて、私はつられて泣いてしまった。
デパートの小さなライブ。でも、泣いちゃうくらいには最高のステージだった――――
「……落ち着いたか」
「は、はい」
「……なんかゴメン」
暫くして、私となつきちゃんはようやく落ち着いた。
結構な時間が経っていたみたいで、もうそろそろ次のユニットのステージらしい。
「……そうだ。他のアイドルの姿も見て見ないか?」
「えっ」
プロデューサーさんが、ライブの予定表を見ながらそう言う。
私は驚いて思わず変な声を出してしまった。
「ここから、関係者席に行けば見れる。ついてこい」
「ちょっと引っ張らないでよ…
……結局、私達はプロデューサーさんに引っ張られながら、控え室から連れ出された。
プロデューサーに連れ出され、案内されたのは、関係者専用らしい見物席だった。
「……お、ちょうどステージの開幕だ。業界期待の一番星とか呼ばれてるユニットだな」
「期待の、一番星……?」
ステージの方に目をやると、スタンバイを済ませたらしい二人の女の子が立っている。
「言われてるだけ……ある」
「うん……」
なつきちゃんは、その二人に見入っていた。
一番目立つのは、星の髪飾りをつけた女の子。
キラキラしてるけど、クールな感じ。まるで、星いっぱいの夜空みたいな……。
隣の子も、負けず劣らず輝いている。素敵だな……。
「あ……」
今更気がついたけど、あの二人は多分、さっきすれ違っていた女の子たちだ。
「―――はい、STARSでした!みんな、ありがとう!」
クールな雰囲気から一転、星の子は明るい声でフィナーレを飾った。
お客さんも、私達のときより大きな歓声を上げている。
「スターズ……」
「今後またこんなイベントがあったら、強敵になりそうだな」
プロデューサーは、冗談交じりで怖がるように言った。
「大丈夫です……私達なら」
ね?となつきちゃんに視線を送ると、
「うん、大丈夫……」
と、なつきちゃんも返す。
「期待してるぜ、二人共」
「……はい!」
スターズを見届けて、私達は関係者席を後にした。
「やぁやぁ。良いステージを見せてもらった」
「……社長?いらしてたんです?」
控え室へ戻る途中、事務所の社長さんと出会った。
「二人共、よかったぞ」
「ありがとうございます!」
社長さんに褒められて、とってもうれしかった。
なつきちゃんは、相変わらずそっぽ向いてたけど……。
「ところで社長、ただ見に来ただけで?」
「そうだ、その件だが……」
社長さんは、突然あらたまった感じになって、ごほんと咳をする。
「うちのような貧乏事務所が、どうしてこのイベントに参加できたと思う?」
「―――そ、それは……!?」
大和プロデューサーは、驚いたのか三歩くらい後ずさる。
よく考えたらそうだ……
「とあるお金持ちが、我が事務所に出資をしてくれたのだ。残りは売れた後のギャラで返すことを条件にな」
「それ、すごい……!」
お金持ちにも、気前のいい人がいるんだと思った。
そんなお金持ち、どんな人なんだろう?
「……売れなかったら、どうするつもりだったの?」
「あ。いや、それはだな、うん」
なつきちゃんのツッコミに、社長さんが何だか焦りだす。
「う、売れない心配はするな!それよりも……、挨拶に行かないか?そのお金持ちにな」
「行きたい!ステージに出れたお礼をしないと」
「別に、どっちでも……」
控え室手前の、特別室と書かれた部屋に案内された。
どんな人が、この先に……
「失礼します。大原です」
二回ほどノックして、社長さんはドアを開ける。
「……大原氏!今回のステージ、中継で見させてもらいましたが、圧巻でしたな!」
そう言うのは、スーツを着た大柄なおじさん。
この人が、お金を出してくれた人?
「ええ。それもこれも、あなた様が出資をしてくれたおかげです」
「ワシの目の付け所がいいんですな!ハッハッハ……」
やっぱり、この人がお金を出してくれたんだ。
自慢気な言い方だけど……
「で、おじさん。何者なの?」
なんかしびれを切らしていたなつきちゃんが、鋭くツッコミを入れた。
大人にも容赦ないなぁ……。
「お、おじさん!?失礼だぞ、この人は……」
「いいんですよ大原氏。この年頃の女の子らしい。……ワシは凛々代財閥の会長、賢治だ」
「えっ、それって……」
りりしろ……聞き覚えがあるってレベルじゃない。
だって、その名字は……
「君らと同じくらいの娘がいるんだが、先程から姿が見えなくてな……」
「―――ここですわ、お父様」
後ろからの声。それと同時に、あの空気が周りを包んでいくのがわかる。
「あ……あ……」
私が驚いていると、声の主はドアをくぐってゆっくりとこっちに歩いてくる。
「……ステージ、よかったで?はるな」
「ま、まやさん……?」
「はるな。この人、誰……?」
なつきちゃんは、突然現れたまやさんを不思議そうに見ている。
そっか、初めてだもんね……。
「この人、私のクラスメイトなの」
私がそう言うと、まやさんは一歩前に出てなつきちゃんの方を向いた。
「うち、凛々代 真夜。高木菜月さんやな。あんたもすごかったで」
「……ありがと」
なつきちゃんは、言葉は暗くても表情は嫌そうではなかった。
「真夜!人前でその口調はやめろと……」
会長さん……まやさんのお父さんが、会話を遮るように入ってくる。
……口調?
「……お父様。その件やけど、もう聞かれへん!」
「真夜……!?」
まやさんは、いつになく強気だった。
口調……そういえばさっきから、ずっと訛ってる方だ。
「うち……お嬢様な口調やめる!」
「え、まやさん、やめるって……!?」
口調をやめる。
その意味が、私にはよくわからなかった。
「財閥の娘として、きちんとするように育てられてきた。将来のために、いろんなことが得意になった。
でも、それは本当のうちやない!」
「真夜……仕方ないんや!財閥の跡取りになってもらう以上、仕方ないんや!」
あれ?お父さんも口
調が……
「まぁまぁ、二人共落ち着いて!」
「黙っててくれへんか?親子の会話や!」
「ひっ!」
社長さんが止めに入ろうとするけど、
まやさんのお父さんの強い口調に、五歩くらい先まで下がってしまった。
「仕方ないって……うちの気持ち考えてへんの!?」
「そ、それは……」
まやさんの、気持ち……
―――なんでやろな?
―――将来のため、やから
―――すごいな。うちも、あんたみたいに
まやさん、本当は……
「財閥の仕事を否定してまうけど、うちは本当の自分を出したい!はるなが、そうさせてくれたんや!」
「え、私が……?」
お嬢様で在りなさい……それは、父親の教えだった。
ですわも、ごきげんようも、必死に練習した。関西弁を隠して、私はお嬢様になった。
だけどそれは、転校初日に崩れ去ってしまった。
「あのー……どうしたの?」
「わ!……あ、驚いちゃって、ごめん」
送迎用の車も断って、学校に行くのに道に迷っていた私に、春菜は声をかけてくれた。
その時、つい口調が崩れてしまったのだ。
「うちね、よつば小学校に行きたいんよ。場所知ってる?」
「私、そこに通ってるんだ!一緒に行こ」
「ええの?助かるわぁ……」
お嬢様に戻るのも忘れて、私は素の自分で春菜と話した。
「はー……お嬢様で行かないけんのに、何しとるんやろ……」
学校についてから、私はトイレに篭った。
そして、しっかりと仕切り直して、転校生として教室に入った……。
「凛々代 真夜です。今日から、よろしくお願いしますわ」
お嬢様として、完璧だったはずなのに……その教室には、春菜がいた。
「……固くならなくてええんよ」
お嬢様の自分を見て、緊張している春菜に、私はまた口調を戻す。
それからというもの……春菜にだけは、素の自分で話すことを決めた。
「周りがお嬢様お嬢様言うても、春菜はうちに、普通に接してくれた。跡取りとして完璧になるための歌声も、
笑顔で褒めてくれた」
―――だって……さっきの歌、すっごく声がきれいで、先生もびっくりするくらいだもん。
そんな人に習いたいなぁって
褒めすぎた。って、あのときは思った。
でも、まやさんにとっては、すごく嬉しかったんだ……
「自分のしてきたことに、もっと別の使い方があるんやないかって思い始めたんよ」
「……別の使いみち?言うてみ」
まやさんのお父さんは、真剣な顔でまやさんを見ている。
「お嬢様としてじゃなく、一人の女の子として、自分の歌で人を笑顔にしたい!……アイドル目指したいんや!」
「まやさん……!?」
アイドルを目指したい……まやさんの口から、すごいことが言い放たれた。
「真夜!……跡取りの仕事を犠牲にしてでも、やるんか?やりたいんか?」
「ええ、最初は迷ったで。でもな、やっぱりうちの願いは変わらへん。みんなに、本当の自分を見てほしい!」
本当の、自分……
訛りで話し続けるまやさんを見て、すごくかっこいいと思った。あれが、本来のまやさんなんだ。
「……凄いな。娘が、思った以上に真面目で良い子に育っとる」
「会長……いい娘さんを」
お父さんの言葉に反応したのは、社長さんだった。
……なんだろう?なにか違和感が……
「わかった……跡取り修行は、一旦休みや!それよりも大事なアイドルの夢、叶えり!」
「……ええの!?でもそれじゃあ、財閥は……」
「小学生には重すぎたんや。もうしばらく、ワシがやったるさかい。思ったようにせい!」
アイドルを目指していい……まやさんのお父さんが認めてくれた。
それを言われたまやさんの顔は今まで見た中で一番明るくて、とても素敵だった。
アイドルか……スターズみたいに、ライバルになっちゃうのかな……?
「じゃあ、春菜と同じ事務所に入れて欲しいんよ!」
「え、まやさんそれって……」
その場にいた全員が、まやさんの発言に驚きを隠せなかった。
「こ、これはまた凄いことを言い出しましたな……」
一番驚いた顔をしているのは、社長さんだった。
相手が相手だからなのかもしれない。
「……今のところ、二人でやって行けてる。それに、アイドルは口だけでなれるものじゃない」
「なつきちゃん……」
なんというか、まやさんに入ってほしくなさそうな……
なつきちゃんからは、そんな気持ちが見える気がする。
「うち、歌なら自信ある!それを仕事にする自信もある!」
「ふーん……」
「そうです社長さん、うちの娘のやる気は本物ですわ。それに、クラスメイトの女の子もいる。
ぜひとも、そちらの事務所で面倒見てやってください」
「しかしですな……」
まやさんのやる気は本物だ。私もまやさんとアイドル出来るなら、やりたい。
社長さんが悩む理由……あっ、まさか―――
「会長さん。ご存知だとは思うが、うちの事務所は金が無い。
今回のギャラでも、ここの二人しか見れない」
そう、プロデューサーの言う通り。
お金持ちに援助を頼まなきゃいけないくらいの、貧乏事務所。……詳しいことは、わかんないんだけど。
「……同じ事務所、無理やろか?」
まやさん……少し、泣いているようにも見える。
どうしよう、一緒にできないってなったら……
「いいや、その件については大丈夫や。娘のために、財閥がさらに資金援助したる」
「そ、そんな……!?いいのですか!?」
「いいんです。うちの娘が、売れないわけない。100倍になって戻ってきますわ」
ひゃ、百倍……それだけ、娘のまやさんを信じてるってことなんだ。
「……では、スカウトという形で、凛々代 真夜をうちの事務所で預かる。社長、問題ないですね?」
「ああ。ここまでやる気のある子だ。きっと光り輝いてくれる」
「社長はん……!ありがとうございます!」
―――この瞬間、ノルンに新しいメンバーが加わった。
財閥のお嬢様、凛々代真夜さん。
突然の話だったけど、三人でやっていけるかな……?
それから数日後。
「あ、ところで……」
まやさんの加入が決まったところで、社長さんが言った。
「この間のライブの結果が来ている」
……えっ!?
この間のって、デパートのライブのこと?
「……」
ちらりとなつきちゃんの方を見てみると、早く結果を聞きたいというような、落ち着かない様子だった。
なつきちゃんも意外と顔に出るんだなあ、なんて思いつつ、私は社長さんの言葉を待つ。
「STARS、ってユニットは覚えてるか」
「あ、あの二人組の……」
あの日、プロデューサーさんに連れられて見たユニット。なんていうか……2人とも凄かった。
それで、そのユニットがどうしたのだろう。
「実は、君たちノルンの成績がな……そのユニットと同等なのだ」
「ええっ!?」
STARSと同等……同じってこと? 私たちが……?
「もしかしたらライバルになるかもな。はっはっは!」
社長さんは愉快そうに笑うけれど、私が感じたのは不安。
あんなすごいユニットとライバルになるなんて、大丈夫なのかな……。
「それで、高木君は凛々代君の加入に不満があるようだが……」
ライブの結果を聞いた後、社長さんが突然話を変えて言う。
「別に。あの人が嫌なわけじゃないけど……いきなり1人増えるのは、やりにくいってだけ」
社長さんにそう返すなつきちゃんの顔は、いつも通りめんどくさそうだった。
……確かに、いきなり変わるのって少しやりにくかったりするかも。
私は、なつきちゃんの意見に少しだけ納得してしまった。
「まあ、凛々代君も歌には自信があると言っていたし、すぐになれるだろう。それで妥協してくれないか?」
社長さんは、なつきちゃんに困ったような表情をしながら頼んでいる。
「……ま、少しなら」
一方のなつきちゃんは、しょうがないなって顔。
社長さんがアイドルにお願いって、なんか立場が逆になってるような気がする。
なんて、失礼なことを思いながら私は2人の話を聞いていた。
「ありがとう。じゃ、これから3人でレッスンに励んでくれ」
なつきちゃんとまやさんが仲良くなるのには時間がかかりそうだけど……私は3人で頑張りたいって思った。
―――時間は、その日の朝まで遡る。
ライブが終わって、はじめての平日。
私はいつもどおり、学校に向かっていた。
「ライブ、すごかったなぁ……」
歓声、そして私達の歌で笑顔になるお客さん……忘れられない。
また、あんなふうに出来たらいいな。
「……ほんとすごかったなぁ。次は、うちも一緒やで!」
「あ、まやさん!おはよう!」
いつもの場所で、まやさんが待っていた。
「……はるなって、呼んでええか?」
そうだ、この間もずっと、はるなって……。
「うん!良いよ!」
「じゃあうちのことも、呼び捨てにして欲しいんよ」
え、まやさんを呼び捨て!?
慣れないかもなぁ……。
「……ま、まや!」
うん、それでも頑張ってみよう……
そう思って、緊張気味だけど呼び捨てにしてみた。
「呼び捨てしあえるって、なんかええな。はるな!ほな、学校行こっか!」
「うん!」
いつもどおりだけど、今日のまやは、いつも以上に明るく見えた。
「……そうだ。ずっと、この口調でいいってお父様に言われたんや」
「本当!?よかったね……」
本当の自分を見てほしい。まやはそう言っていた。
口調を変えなくても良くなったからなのかな、こんなに明るいのは。
―――だけど、学校についてから、まやの様子がおかしくなった。
「ど、どうしたの……?」
「いやな……。お嬢様で通してたから、いざこっちで行こうとなると緊張して……」
靴箱に入った途端、足を止めておどおどしている。
このままじゃ教室に行けないかも……どうしよう。
「まや。前言ってたよね、本当の自分を見てほしいって。だったら、ここで止まってたら……」
「……せやな。自分で言ったこと、つい忘れとったわ。じゃ、行くで」
そうして、私達は教室に向かう……。
「おはよう!」
まやの、訛った挨拶が、教室に響き渡った。
「おはよ……え!?」
「りりしろさん、だよね……?」
クラス中が、まやに驚いている。
そりゃ、こうなるよね……
「お嬢様だけど、こっちが本当の凛々代真夜!……仲良く、してくれるか?」
驚いているクラスメイトたちに遠慮しちゃったのか、少し抑えた声でまやは言った。
「意外!関西弁だったんだ……」
「前より、話しかけやすいかも……」
「もちろん!」
クラスからは、反対の声は出なかった。
それどころか、本当のまやを受け入れてくれている。
「よかったね!まや!」
「うん……学校生活、もっと楽しくなるわ、これ」
言葉遣いが変わったことで、まやはまた引っ張りだこになっちゃうんだけど……
それは、別の話。
……もう一つ.
引っ張りだこになったのは、まやだけではない。
「みさきちゃん!デパートで、ステージやってたよね!?」
「すごかった!あんなふうに歌って踊れるなんて……」
学校内で、あのステージを見に来ていた人がいたらしい。
その人から噂になり、私が言う前にアイドルであることが知れ渡ってしまった。
「はは……ありがと」
突然のことで、どうコメントしたら良いかわからない私は、お礼の言葉くらいしか出てこなかった。
それから数時間後、下校時間……。
「今日もレッスンなの?大変だね」
「楽しいから大丈夫!心配してくれてありがとね」
同時に、レッスンのことを気にかけてくれる人も増えた。
休みが少ないのは大変だけど、目標のためなら頑張れる……。
そうだ、今日からまやも一緒なんだ。一緒に行けるのかな?
「ごめん!お父様が一緒に行きたい言うてるから……プロデューサーはんには、遅れる言うといて!」
「う、うん。わかった……」
残念、今日もまた1人。
でも、三人のレッスンだ。楽しみ!
それから、私はまやと別れて事務所に向かった。
「あ……」
そして、事務所が見えてきたところで、ある人物の姿も見えた。
「……いたんだ」
「な、なつきちゃん!」
まあ、それはなつきちゃんなのだけれど。
髪型がいつもと違ったから、一瞬誰か分からなかったなんて言えない。
「その髪型、可愛いよ!」
何も言わないのも少しあれだったから、私は思ったことをそのまま伝えた。
「……別に、わざわざ言わなくてもいいのに」
サイドテールにしてある髪を弄りながらそう答えるなつきちゃんは、いつも通り口調がキツかったけど不快そうではなかった。……やっぱり、素直じゃないな。
「それより、いつまでもここで立ち話しててもいいの? 事務所すぐそこだけど時間ないよ?」
すると、なつきちゃんは照れたように私から顔を背けながら言う。
「えっ!? い、急ごう!」
お母さんに持たされた腕時計で時間を確認すると、確かになつきちゃんの言う通りレッスンまで時間がなかった。
……それどころか、残り10分になっていた。
結局、私たちは急いで事務所に駆け込んで、それから急いでジャージに着替えたのだった。
着替え終わって、私たちはレッスンルームに入る。
それからまやが来るまで少し待っていると、レッスンルームのドアがガラリと開いた。
「今日から、よろしくお願いします」
入ってきたのは、ジャージに着替えたまやとまやのお父さん。
まやは礼儀正しく挨拶をするけど、やっぱり訛っている。なんだか、まやらしい。
「……トレーナーさん、娘をよろしく」
まやが挨拶をした後、まやのお父さんはそう言う。……まやのこと、心配なんだなぁ。
「は、はいぃ!」
相手は財閥の人だから、トレーナーさんも少し怯えてしまっている。
「そんな怖がらんでもええ。こっちは娘を世話してもらう立場やから」
まやのお父さんは、そんなトレーナーさんを見て笑いながら言う。
「じゃ、帰るからな。……真夜、頑張れ」
そして、まやにそう声をかけた後、レッスンルームから出て行った。
「……レッスン、始めましょうか」
それから、準備も出来たところでレッスンが始まった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
今日は私があんまり得意じゃないダンスレッスンだった。
この間のライブで歌った曲の振り付けを確認して、疲れのあまり私は地面にへたり込む。
「美咲さん、ちょっと体力が落ちてますね……ランニング、入れますか?」
すると、トレーナーさんがドリンクを渡しながらそう言ってくる。
「い、いいです……」
レッスンだけでもきついのに、ランニングなんて無理!
でも、体力は付けておこう。このままじゃずっとこうだし……。
「ステップは大きすぎず、小さすぎず。ターンはとにかくバランスを崩さないように……」
「……へえ、そうなんや」
一方のまやは、なつきちゃんにステップの基礎を教えて貰っていた。
なつきちゃんの方がまやを受け入れてくれなさそうだったけど、仲良さそうにしているから大丈夫かな。
「なつきって呼んでもええ?」
「……いいよ、別になんでも」
「じゃあ、なつきって呼ばせてもらうわ」
うっ、なつきちゃんを名前呼び……私が苦戦したことをいとも簡単に……
「美咲さん! さっきの振り付けもう一度確認します!」
「は、はい……」
よそ見をしているとトレーナーさんにそう言われたので、私は慌ててステップを踏み始める。
「……やっぱり、体力が足りませんね」
「す、すみません……」
……自分のことも心配しよう。
「じゃあ、レッスンはここまでです。凛々代さん、どうでしたか?」
「……たのしかった、です!」
「なら、良かったです。それでは、解散!」
トレーナーさんの声で、私たちは挨拶をしてレッスンルームから出た。
……まやにとって、初めてのレッスンは楽しいものになったみたい。まやがアイドルを楽しんでいるのを見ると、私まで嬉しくなる。
「……着替えよ」
まやと並んで歩いていたなつきちゃんが、そう言う。
私には、そんななつきちゃんがまやにすっかり心を許してしまったように見えた。
……なつきちゃん、少し前はまやのこと良くは思ってなかったはずなのに。
やっぱり、これもまやの力なのかな。
「おーい、はるな。はーるーなー……みさきはるな!」
「う、うわっ!」
考え事をしていたから、まやの声が聞こえてなかった。
「なつき、いってしまったんやけど」
「え? ほ、ほんとだ!」
私とまやは、先に歩いていってしまったなつきちゃんを急いで追いかける。
なつきちゃんと2人でも楽しかったけど……まやも加わって、さらに楽しくなりそうだ―――――
土曜日。
一週間前とは違って、今日はなにもない日。
「暇だなぁ……」
自分の部屋でくつろぐ私は、とにかく暇で仕方なかった。
こんな時、まややなつきと遊べたら良いんだけど……
「……ランニング、しようかな」
この間のレッスンで、体力不足を指摘されてたんだっけ。
今のままじゃダメだと思った私は、このあたりを走ってこようかななんて思って、
体育着とジャージに着替える。
「よし、準備万端!」
「って言ってるそばから悪いんだけど……」
「あれ?お母さん、どうしたの?」
お母さんが、ドアを開けて入ってきた。
ノックをしないときは急な用事だって知ってるけど、何だろう?
「知らせがあるから、事務所に来てほしいって―――」
何だろう?知らせって……。
私はジャージのまま、走って事務所に向かっていた。
この際ランニングも兼ねて、一石二鳥だよね。
「はぁっ……はぁっ……」
事務所までもう少し……でも、疲れた私は、
近くのベンチで休憩をすることにした。
「体力つけないとなぁ……」
レッスンを始めて疲れにくくはなったけど、たくさん走るとまだまだ厳しい。
それに夏が近いからか、温度も高くて結構きついものがある。
「お茶、持ってきてない……どうしよう」
なんでだろう。走るのにお茶を持ってこないなんて。
体力管理、まだまだダメだなぁ……。のどが渇いた……
「キミ、大丈夫?」
「ん……?」
暑さでうなだれていると、隣から声がした。
「こんな熱い中ランニング?水分取りなよ」
「あ、ごめんなさい……あなたは?」
帽子を深々とかぶって、髪は短い……男の子だ。
同い年くらい……?
「ごめん、いきなりだったね。ボク、イオリっていうんだ」
「わ、私、美咲春菜……」
「……知ってる」
「え―――」
知ってる?この子、初対面なのに、何で……
「そこの自販機、ジュース奢るから」
「え、いいの?」
「このままじゃキミ、熱中症だよ?」
確かに、と思った。
ここで断ったら、事務所に着く前に倒れてしまうかもしれない。
というわけで、ジュースを奢ってもらうことにした。
「……ぷはー。生き返った!」
「よかった。じゃあ、ボクはそろそろ帰るから」
「あ、ちょっと……」
イオリは、早々とその場を立ち去ってしまった。
お礼してないし、何より私を知ってることを……
「……また会った時にすればいいか。事務所に急がないと」
たっぷり休憩できた私は、事務所に急いだ。
事務所について、私は会議室に入る。
「おお、美咲。早かったな」
そこには、プロデューサーさんだけが居た。
走ってきたからか、なつきちゃんとまやはまだ来ていなかったのだ。
「あはは……ランニングして来たんです」
私は苦笑いをしながらプロデューサーさんに説明した。
「そうか。体を鍛えることは良いことだぞ。……高木は凛々代と上手く行ってるか?」
すると、プロデューサーは突然そう尋ねてきた。
「はい! 二人とも、すぐ仲良くなったんですよ」
私は、二人の関係を正直に話す。
「……それは良かった」
私の言葉を聞いて、プロデューサーは心の底から安心したような顔をした。
……プロデューサーさんなりに、心配してたのかな。
暫くプロデューサーさんと話していると、会議室の扉が開いた。
「失礼します」
「……はるな、早くない?」
中に入ってきたのは、まやとなつきちゃん。……一緒に事務所来るなんて、二人とも仲良しだね。
「な、なつきちゃん」
「……なに?」
「なんで、この前はポニーテールにしてたの?」
今日は、いつもどおり髪を下ろしてきているなつきちゃんにそう尋ねる。
「……下ろしてたら、動きにくいでしょ。あと邪魔だし。その……すこしは本気だそうと思ったから、邪魔にならないように結ぼうかなって」
少しの沈黙のあとに、なつきちゃんは答える。
その顔は素っ気ない感じだけれど、照れ隠しだってハッキリわかった。だって目合わせてくれないし。
「はぁ、もういいってこっち見なくて。
……で、プロデューサー。あたし達に知らせって何?」
私がなつきちゃんの顔をじっと見ていると、なつきちゃんは話をそらすようにしてプロデューサーさんに尋ねた。
「うちも気になっとったんや! プロデューサー、教えてや」
さっきまで黙っていたまやも、気になって仕方がないという感じで尋ねる。
そんな二人を見て、プロデューサーさんは「待ってました」と言わんばかりの顔をしてから……
「ああ、今から言う。凛々代は知らないと思うが、デパートのライブで歌ってたSTARSってユニットがあっただろう。そのユニットの事務所から、ライブの共演依頼が来ている」
……と、とんでもないことを言ったのだ。
「どうやら、ノルンのことを気に入ったらしくてな。事務所あて……そして、お前らあてにも
手紙が来ていた」
事務所には、共演のことだと思うけど……私達にも?
それに、気に入ったって……
「私達への手紙って、何なんですか?」
「これだ。読んでみろ」
大和プロデューサーは、ポケットから一枚の紙を取り出した。
綺麗に折り畳まれてる。これが手紙かな?
「うち、読むね?えーと……」
ノルンのアイドルの方々へ
この度は、ライブイベントお疲れ様でした。
名前も知らないノルンがあんなにも輝いていて、
とても素敵に思いました。
そんなノルンに、ご依頼があります。
私達と共演してください。
あなた方となら、最高に輝けるライブが出来るはずです。
2週間後、町内のコンサートホールにて開かれるイベントで、お待ちしております。
STARS
「これ、私達が、認められたってこと……?」
「そうだよなつきちゃん!私達、あんな凄いユニットから……」
ノルンのことを、素敵だって言ってくれていた。
私達、認められたんだ……
あの人達と共演できるなんて、すごい!
「2週間か……うちもやるんやろ?間に合うやろか」
そうだ。まやは入ったばかりだ。
私達の歌も練習しようにも、二人用の曲だし……
「そうだな。本当はもう少し後にしたかったんだが……
凛々代も含めて、お前らには新しい曲を覚えてもらう」
「え、新曲……!?」
「……そんなに曲を作れる人、雇う余裕あるの?」
そうだ、なつきちゃんのツッコミで思い出した。
この事務所って貧乏だったはず……
「こないだのギャラ。それに加えて、凛々代の父親……会長から、さらに支援金を頂いてな。俺と社長の意志だ。所属アイドルを、しっかりと成長させてやりたいんだ」
「お父様、そこまでやってくれるなんて……」
まやのためなのかな?
お金持ちでも、そこまで使える人って凄いな。
それに、プロデューサーたちも、私達のことをすっごく考えてくれてる。
「今日のレッスンは、新曲試聴だ。服はそのままでいいぞ。準備ができたら、ボイトレ室まで来てくれ」
プロデューサーはそう言うと、会議室から出ていった。
「まや、なつきちゃん!新しい曲を覚えて、スターズと最高のライブにしよう!」
「うん……!」
「うちは、初めてのステージやな。気合入るで!」
まや、凄い。全然緊張してない。
なつきちゃんも、いつもより頑張れそうな顔をしてる。
この三人なら、ノルンなら、怖いものなしだ……!
それから少しして、私たちは3人でボイトレ室に向かった。
「よし、来たか。じゃあ、この曲を聴いてくれ」
プロデューサーはそう言って、CDを入れる。
「わあ……!」
「なに、この曲……」
「……すごい」
流れてきたのは、なんて言うんだろう……少し切なげな感じなのだけれど、前向きな歌詞もあって、言葉では上手く表せないけどとってもいい曲。
……これを、私たちが歌うんだ。
「この曲はな、美咲と高木のライブを見に来ていた作曲家の方が作ったんだ」
「……じゃあ、もしかしてこれあたし達のイメージ?」
「まあ、そうなるな」
この曲が、私たち……
なんか、その作詞家さんに私たちが経験してきた苦労とか、色々とバレてるような気がする……。
そうじゃなかったから、最初らへんの切ない歌詞は出ないはずだから。
……やっぱり、作曲家さんってそういう所よく見ているのかな。
「うち、いい曲って思う」
うん、まやの言う通りすっごくいい曲だと思う。
この曲を歌えるようになったら。そして、踊れるようになったら……あのSTARSと共演しても、恥ずかしくならないはず。
「なーんか、単純だよね」
「まさかその単純な感情を表せないとでも言うのか、高木?」
「まさか」
一方、なつきちゃんはプロデューサーと難しそうな話をしている。この会話は、あの時に重ねてあるのかな。
あ、あの時って言うのはデパートライブの新曲視聴のこと。そのとき、なつきちゃんは“感情を出す”という事が分からなくて不安そうな表情をしていた。
だけど、今日はそんな雰囲気は全く出てない。それどころかプロデューサーの問いかけにも余裕そうに答えてるから、きっと大丈夫だろう。
「……はい、視聴終わり。さっきの手紙の通り本番は二週間後。その二週間の間、しっかりとレッスンに励むように」
「はい!」
「……はーい」
「はい」
曲が終わったあとのプロデューサーの言葉に、私たちはそれぞれ返事をする。
そこで気づいたんだけど、今日のプロデューサーはいつになく真剣だった。
やっぱり、自分のアイドルがライブに出れるってことは、プロデューサーにとって嬉しいんだろうな。
「じゃ、今日は解散。気をつけて帰れよ」
……私も、ライブに出れるのは嬉しい!
「あれ?まやだ……」
受付に行くと、待合席にまやが座っていた。
何だか、退屈そうにしてる。話しかけてみよう。
「まや、どうしたの?」
私に気づいたまやは、目をぱぁっと輝かせながらこっちを向いた。
「はるなー!お父様が中々迎えにけーへんし、暇してたんよ!」
「そうだったんだ……」
暇、か……。
なつきちゃんも帰っちゃったし、1人で寂しそうだなぁ。
「お迎え来るまで、おしゃべりしない?」
「ええの?はるなも、都合があるんとちゃう?」
「いいよ!門限までに帰ればいいし」
それから、色々な話で盛り上がって、時間はあっという間に過ぎていく。
「……でね、その男の子が、ジュースおごってくれたんだ」
「ええやん!うちも……そんなかっこいい出会い、してみたいわぁ」
先程の、私を助けてくれた男の子の話をしていた。
そう言えばあの子、どこかで見覚えがあるような……
「名前、聞いたん?」
「えっ、名前!? えーと……」
頑張って、思い出そうとする……。
―――ごめん、いきなりだったね。ボク、イオリっていうんだ
「そうそう、いおり!いおりって言ってた」
「いおり……あれ?」
私が名前を言うと、まやは何だか引っかかる顔をした。
「どうしたの?何か、知ってるの?」
「うーん、聞き覚えあるなって。いや、同じ名前の人はいくらでもおるんやけどな」
「だよね……」
そのすぐ後、まやのお父さんが迎えに来た。
それを見送って、私も事務所を後にする……
次の月曜日から、本格的な歌のレッスンが始まった。
「凛々代さんは、ボイストレーニングは初めてですね」
「はい!」
どうやらトレーナーさんは、まやがどれくらい歌えるかを知りたいらしい。
……私は、学校でそれを十分知ってるわけだけど。
「はるな。あの子、ちゃんと歌えるの?飲み込みは良いみたいだけど」
「大丈夫……」
まあ見ててと言うように、私は視線で合図をする。
なつきちゃんは、まやの方を向き直した。
「すぅ……」
大きく、けれども静かに息を吸ったまやは、
その歌声を披露した。
「凛々代さん、凄いですね。基礎が完璧どころか、大人のプロに並べるレベルです」
「そ、そうか?照れますわぁ……」
―――まやの歌が終わると、トレーナーさんは小さく拍手をする。
まやは、褒められたからか嬉しそうにしていた。
「……凄い。お嬢様って、何してたんだろう?」
「さあ……」
なつきちゃんも、すごく感心していた。
財閥の跡継ぎになるためで、ここまで歌を練習するんだ……?
「はい!じゃあ三人で、新曲のボイスレッスンを始めますよ!」
休憩を少し挟んだ後、2週間後に備えた新曲のレッスンが始まる……
「では、CDを流すのでもう一度曲の感じを覚えてください」
トレーナーさんがラジカセのボタンを押して、曲を流した。
……うん、前に聴いたのと同じ。
「―――はい。次は、曲に合わせて歌ってください。一人ずつ前に出てきてくださいね」
曲が終わるとそう言われたので、私が最初に前に出た。
「では、美咲さん。1番だけお願いします」
「は、はい!」
トレーナーさんはそう言いながら、また曲を流す。
私は、出来るだけ音がズレないようにして歌い出した。
序盤は少し後ろ向きで切ない歌詞。それが暫く続いて、サビに入ると曲は一気に明るくなる。……音がズレた。
どうやら、私はここの切り替えが少し苦手みたい。
「―――はい、良かったですよ。ただ、サビ前とサビの切り替えが少し上手くいってないですね」
1番が終わったところでトレーナーさんは曲を止めてから言う。
「す、すみません!」
褒められたけど、少し注意されちゃったから私はトレーナーさんに謝った。
「次は……」
「……あたし、行くよ」
2番目に行くのはなつきちゃんみたい。
なつきちゃんは、めんどくさそうな顔をしながら前に出る。
「じゃあ、流しますね」
そして、なつきちゃんは私と同じように一番だけを歌った―――
「えっと、高木さんは最初らへんは上手く歌えてますが、サビの辺りの盛り上がりが足りませんね。声量をもう少しだけ増やしましょうか」
「……はーい」
……なつきちゃんの歌は前みたいに感情が入ってないわけでは無かったけど、確かにサビの声のトーンが最初らへんと同じくらいだから盛り上がってないのかも。
「……」
私はそう思いながら、まやの方を見た。
まやは、やっぱり歌は得意だから、自信満々な顔をしている。
「では、凛々代さんお願いします」
「はい!」
そして、まやも私たちと同じように一番だけを歌った―――
「歌唱力に問題はありませんね。よく出来ました」
「ありがとうございます」
私やなつきちゃんとは違って、まやは何にも注意をされていなかった。
そんなまやを見て、なつきちゃんが「すごいね、凛々代さん」と私に耳打ちをする。……なつきちゃんの言う通り、まやはすごい。
「なーつーき! 凛々代さんやなくて、まやって呼んで!」
なつきちゃんの声が聞こえていたのか、まやはなつきちゃんに大きな声でそう言う。
「うっさい。分かった、分かったから黙って」
「なつき酷いわ〜」
……確かに、ちょっとなつきちゃん辛辣。
なんて失礼なことを思いながら、私は二人の会話を聞いていた。
「はーい、注目!」
すると、トレーナーさんが手を叩いて言った。
私たちは、慌ててトレーナーさんの方を見る。
「今日はお疲れ様でした。高木さん、美咲さんは課題を乗り越えられるように頑張ってください。それから、次はダンスレッスンです。振り付けの紙を配っておくので、ちょっとお家で練習してみてくださいね」
そして、私たちはトレーナーさんからホッチキスで綴じられた振り付けの載っている紙を貰った。すっごく分厚いから、きっと難しい振り付けが沢山あるんだろうな。
「では、解散です。気をつけて帰ってくださいね!」
「ありがとうございました!」
こうして、ボイスレッスンは終わったのだった。
……次の日、火曜日。
「まや、おはよう!」
「おはよう、はるな!今日の体育の授業な……」
今日も、まやと二人で、いつものように学校に向かう。
日々のレッスンがあっても、この時間があるから一日が楽しく感じるのだ。
「ねえ、はるな。最近、疲れてへん?」
「まや、どうしたの急に」
まやが急に立ち止まるので、私も止まっ、て話に耳を傾ける。
「今、夏やん?暑いやん?レッスンもあって、あんたが疲れてないかって……」
「あー、そっか……」
こないだランニングしてたときも、暑くてバテてしまった。
そんなことがあったから、まやは私を心配してくれてるんだろう。
「大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがと」
まやに心配をかけないよう、精一杯の笑顔で返した。
「はるな……無理せんといてな。一緒にアイドル続けたいんやから」
「うん。私も……あ、遅れちゃう!早く行こ!」
「今日は暑い日が続いていますね。教室は涼しいですが、下校中は水分補給を忘れないようにしてください」
帰りの会で、先生からこんな話があった。
というのも、今日は昼ごろから、結構気温が上がっているからだ。
昼休みも、私含めて外で遊ぶ人は殆ど居なかった。
「今日ね、家でかき氷作るんだー」
「えっ、いいなぁ。遊びに行ってもいい?」
そんな会話が、ちらほら聞こえてくる。
かき氷かぁ……私も、レッスンが終わったら、お家でやりたいな。
「はるな、ちょっとええか?」
「んー?」
帰る準備を終えたところに、
同じく準備を済ませたまやが話しかけてきた。何だろう?
「今日な、そっちが良かったら、事務所までうちの車で送ってっても良いって、お父様が」
「本当!?今日、すごく暑いし、良いかも……」
お嬢様の車、クーラーとかすっごく効いてるんだろうなぁ。
車の色は綺麗な白で……
「じゃ、帰る時に校門で待ってるさかい」
「あ、ちょっとまって……親に連絡入れないと」
他人の車に送ってもらうというのだから、お母さんの許可を貰わないといけない。
私は、持たせられている携帯で、連絡を取ることにした。
「……そういうことなら、OKよ」
「ほんと?やったー!」
「こんな暑い中、徒歩で行くっていうのは無理があるわ。私が送っていけないぶん、あちらに任せましょ」
あっさり、OKをもらった。
そうして私は、校門へ急ぐのだった。
「まやー!」
「お、はるな。こっちや!」
校門では、まやが待っていた。
それと……
「これが、うちがいつも使ってる車や」
「おおー……」
思ったとおりの、綺麗な白色で、まさにお嬢様の車って感じがするものだった。
「―――お嬢様、今日はお連れ様が?」
車から出てきたのは、なんというか執事さんみたいな男の人……いや、執事さんだ。
「井原!うん、うちのクラスメイトで、同じ事務所の……」
「美咲春菜です。今日は、よろしくおねがいします」
執事さんを前に、私は丁寧に挨拶をした。
うう、ちょっと緊張する……。
「はは、そんなに改まらなくても良いですよ。では、行きましょうか」
優しい人だ……こんな人が執事で、まやが羨ましいと思った。
そして、まやと車に乗り、事務所に出発する……。
「今日のレッスンってダンスレッスンだったっけ?」
「うん、そやな」
私とまやは、車内でレッスンの確認をする。
「振り付けの練習、してきた?」
「一応な。ちょっとだけやけど」
……私は、疲れててあんまり出来なかった。やっぱり、まやはすごいな。
「お嬢様、美咲様。もうすぐ事務所に着きますよ」
そんな風に会話をしていると、執事さんがそう言った。
確かに、事務所までは学校から歩いて行けるくらいの距離だし、すぐ着くよね。
「……はい、到着しました扉を開けるのて少々お待ちください」
そして事務所につくと、執事さんはそう言って車内のボタンを押してドアを開けた。
私たちは、屈みながら車を出る。
「えっと……ありがとうございました!」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
私が執事さんにお礼を言うと、執事さんは笑ってそう返した。
「ほな、行こうか」
「あ、うん!」
そして、私たちは事務所に入った。
事務所について更衣室に入ると、中にはなつきちゃんがいた。
「……はるな、まや」
「なつき、今日もレッスン頑張ろうや!」
「……分かってるってば」
まやはなつきちゃんを発見して、すぐにそばに駆け寄って話しかけていた。相変わらずなつきちゃんの態度は冷たいけど。
「じゃ、みんな行こか!」
全員着替え終わって、まやが大きな声でそう言う。
そして、今日もレッスンが始まる。
「まずは新曲のステップから練習しましょうか」
レッスン開始。
トレーナーさんにそう言われて、私は振り付けの紙を見る。
……うわあ、サビのステップ複雑だな。
「私が手を叩くのでそれに合わせてください」
曲が流れる。
トレーナーさんの手拍子に合わせながら、私たちは踊り出した。
「……」
私とまやは苦戦していたけど、なつきちゃんだけは相変わらず完璧。
……そういえば、なつきちゃんこの前「あたし、見たら大体できるし」って言ってたな。羨ましい。
「―――はい、終了! 美咲さん、少し体力がついてきたように見えますね。その調子ですよ。もう少し練習してから次の段階に入りましょう」
「あ、ありがとうございます!」
苦戦したとはいっても、前よりは長く続けることが出来るようになっている。やっぱり、ランニングの効果があったのかな。
「高木さんはもう大丈夫なので次の段階に入りましょうか」
や、やっぱり……。
私は、そう思いながらなつきちゃんの方を見る。
なつきちゃんは、いつも通りの涼しい顔をしていた。
「凛々代さんは……初心者にしてはかなりいい線行ってますね。美咲さんと同じく、もう少し練習してから次の段階に入りましょうか」
「はい!」
それから、なつきちゃんは残りの一つ、私とまやは残りの二つの段階で終わるというところでレッスンは終わった。
二週間しかないからか、もう一日で半分は終わらせないといけないみたいだった。
「次は、ボイトレですね。それでは解散」
よし、今日は終わり。
そう思った時、レッスンルームの扉が開いた。
「……高木、ちょっといいか?」
中に入ってきたのは、プロデューサーだった。
プロデューサーはなつきちゃんに手招きをして、なつきちゃんとレッスンルームに出て行く。
「……なんやったんやろ」
「さあ……?」
私とまやは不思議に思いながらもレッスンルームから出た。
――――あたしは、プロデューサーにある個室に連れ出された。
「急に呼び出してすまない。大きなことでは無いのだが……」
……じゃあ、呼び出さないでよ。
そう思いつつ、あたしは視線でプロデューサーに話を促した。
「高木は、なんでアイドルになったんだ?」
「……は?」
突然の意味のわからない質問に、あたしは思わず冷たい声を出してしまった。
「それ聞いてなんか利益あんの?」
「いや、それは無いが……気になったからだ。お前はスカウトをした時、全く興味無さそうだった。だけど、アイドルになった。その理由を聞かせてくれ」
そういうことね。……まあ、別にいいかな。
「あの後家に帰ってママにスカウトされたことを話したんだよね。そしたら――――」
『嘘、なんで断ったの。せっかくあなたのやるべき事が見つかるところだったのに。……名刺貰った?』
『えー、貰ったけど』
『貸しなさい! ……高木です。娘がスカウトを受けたと言う話を聞いたのですが……』
『娘を、アイドルにしてください』
「――――って事になっちゃって、それで」
「要するに、無理矢理ってことか……」
あたしの話を聞いて、プロデューサーは頭を抱えた。無理もないと思うけど。
「……まあ、でも」
「ん?」
あたしは、そこで言葉を切る。
なんかプロデューサーに対してこういうこと言うのも照れくさいけど……たまには良いかな。
「最初はめんどくさかったけど、今は楽しいよ。ママの言う『やるべき事』、見つけてくれてありがとう」
……プロデューサー、超驚いてる。
いつもは言葉で負けてるから、たまには反撃しないと。
「じゃ、帰るね。もう要は済んだでしょ」
あんぐりと口を開けて驚いてるプロデューサーの顔を見て、あたしはいい気分で家に帰った。
―――本番まで、残り3日になった。
「ここでクロス!ターン!」
「は、はいっ!」
今日も、私達は新曲の練習をしているところだ。
大詰めとだけあって、いつもより気合が入っている。
「……一旦休憩!三人とも、すっごくいい調子ですよ!」
トレーナーさんが音楽を止めると、私とまやは、その場に座り込んだ。
「はぁ……お、終わった……」
「うん……ごっつ疲れたわ」
まやも私も、一旦と言われているのにもう終わってる気分。
それほど、ダンスレッスンはハードなのだ。
「ふう……はぁ……」
「あれ?なつきは、座らへんの?」
「あ、うん……。あたしは、いい……」
「そ、そう」
心配するまやをよそに、なつきちゃんは相変わらず、立ち姿勢を維持しながら水分補給をしていた。
休憩しなくて、疲れは大丈夫なのかな?ちょっと心配になってくる。
「そういえばはるな、イオリっちゅー子のことなんやけど……」
「え、あの子がなにか……」
いおりのこと、何か分かったのかな?
なんだろう……
「お前ら!下にお客様だ!」
「え??」
まやに話を聞こうとした途端、プロデューサーが入ってきた。
お客様?
「休憩中悪いが、すぐに下まで来てくれ。待ってるぞ」
「……何だろう?」
まやもなつきちゃんも、わけが分からなそうな顔をしている。
自分も、よくわからない。
とりあえず、下に降りてみよう。
トレーナーさんに一言言って、私達は一階に戻った
「……来たか」
一階に戻ると、焦った表情をしたプロデューサーが待っていた。
「プロデューサーはん。お客様って誰なん?」
「この先の応接室で待たせている。……来れば、わかる」
なんだろう?プロデューサー、焦ってるような……
そんなプロデューサーに案内されて、私達は応接室に入った。
「え、この人達って、まさか……」
そこで、私達を待っていたのは、意外すぎる人たち。
「初めまして、ノルンの皆さん。STARSの、美空まどかです」
丁寧にお辞儀をするその女性は、自分のことをスターズだと言った。
でも、疑うようなところは、なにもない。
……隣りに座ってる、もうひとりの女の子も、あの時会場で見た二人だからだ……。
「なんで、スターズの二人がここに来てるの?」
「そ、それはだな……」
なつきちゃんが尋ねると、プロデューサーは複雑そうな顔をした。
さっき焦ってたの、こういうこと……?
「……顔合わせだよ」
その時突然、ソファに座っていたもうひとりの女の子が、口を開いた。
「顔合わせ?あれ、あんたまさか、やっぱり……」
「え?まや、どうしたの?」
なんというか、少し男の子っぽい感じのその子を見てまやは、なにかわかったような顔をしている。
「あー!そうや。あんた、はるなにジュースおごったやろ?」
「え、まや……え?」
どういうこと?
まやの言うことが正しかったら……
「そうだけど……どうしてそっちが知ってるの?」
その人は、帽子を取り出して、それを深くかぶった。
「え、あの時の……あれ?女の子……」
確かにあの時の、 “イオリ”その人だった。
男の子っぽい、女の子だったんだ……。
「気付かれないと思ったんだけどね。ボクのこと、知ってたの?」
イオリさんは、驚いたような顔をしながらまやに尋ねる。
「……はるなから、ジュースを奢ったイオリって名前の男の子の話を聞いたんや。その後、この間のライブのパンフレットを見たら、イオリって名前が書いてあって……男の子じゃなかったけど、はるなの話とピッタリやったから」
そ、そうだったんだ……。
「……なるほどね」
まやの言葉に、イオリさんは納得したような顔をした。
……あっ、イオリさんに聞きたいことあったんだった。
「あの、なんで私の名前を知ってたの?」
あの日、イオリさんは私が名乗った時「知ってる」って言ってたけど、あれはどうしてだったのだろう。
それが気になって、私は尋ねた。
「デパートのライブのとき、君と高木菜月さんの名前を聞いてね。結果がボクたちと同等だったから、凄い子が居るんだなって、覚えてた。あ、今回共演を依頼したのもボク。君たちと、歌ってみたくてさ」
「ふうん……」
なつきちゃんはイオリさんの話を興味無さそうに聞いていたけど、これって結構重要なことだよね……?
だって、あのSTARSの一人が私たちに興味を持ってくれたんだから。
「あ、そろそろ時間だ。顔合わせは終わり。ボクたちは帰るよ。行こう、まどか」
「ええ。ノルンの皆さん、本日は、時間をとって頂き、ありがとうございました」
そして、イオリさんと美空さんは事務所から出ていった。
「……帰るのはやくない?」
「STARS、人気だからきっと仕事があるんだよ」
そんなわけで、STARSの2人が帰ったので私たちはレッスンルームに戻って再びレッスンを再開するのだった。
「……よし、今日のレッスンはここまでだ!」
次の日のレッスンは、気が強そうな方のトレーナーさんだった。
今回、この人に見てもらうことは少なかったけど、いつもどおりに出来た気がする。
「お、終わったぁー……」
ダンスレッスンも、ここ数日で上達してきた。
だけど、体力はあんまりみたいで……
いつものごとく、床に座り込んだ。
「は、はるな……本番前やけどもう一歩も動けへん。手ぇ貸してーな……」
「無理だよ……私だって疲れてるし」
私の隣では、まやもまた座り込んでいた。
なんか、いつもより疲れてる……かも。
「……まや、立てる?」
そんなまやに手を差し伸べたのは、なつきちゃんだった。
相変わらず、1人だけ立ってる。凄いなぁ。
「あんたも、たまには座りや?」
「……考えとく」
なつきちゃんの手を支えに、まやが立つ。
「ほら、はるなも」
「あ、ありがとう……」
私にも手を差し伸べてくれたので、その手をしっかりと握って、立った。
……なんか、いいなぁ。こういうの。
「よう、今日のレッスンもキツかったみたいだな」
「大和プロデューサー!」
ドアが開いて、プロデューサーが入ってきた。
こういう時には決まって、用事があるけど……
「疲れてるところ悪いが……今から下見に行くぞ」
この前と同じように、私達は駐車場に案内された。
「また、下見……?」
「そうみたいだね」
前と違うのは、まやが一緒なことだろうか。
「ここ、駐車場やけど、車一台もないやん!」
「はは……」
そう言えば、まやがここを見るのは初めてだったかも。
事務所の車も中々見つからない薄暗い駐車場に、まやは驚きを隠せないでいた。
「確か、この辺に……」
「……いた」
しばらく歩いていると、なつきちゃんの指差す方に、
前乗った大きなワゴン車が停まっていた。
「よし、三人とも来たな。乗ってくれ」
ドアを開けて、私達はワゴン車に乗った……
「プロデューサーはん、運転できたん?」
「ああ……って、こんなやりとり、前にもした気がするぞ」
まやも一緒に、車に乗ったわけだけど、
今回はどんな場所で、ライブをするんだろう?
「うう……こないだもそうだったけど、レッスンの後だから……ねむい!」
フカフカの座席が、睡魔となって襲ってくる。
寝てしまいたい……
「うちもや……はるな、肩貸して……」
「え、ちょっ、まや……!?」
まやは、私の方により掛かると、すぐに眠ってしまった。
「はるな、ごめんあたしも……」
「え!?なつきちゃん……」
なつきちゃんも、私によりかかって、すぐにぐっすり。
ああ……両端がすごく重いよ。
「美咲、お前も寝てていいぞー」
「……無理です」
左右から重みを感じているせいで、
到着するまで私だけ、寝付けないままだった……。
「ついたぞ……って、美咲、大丈夫か?」
「……はい」
ブレーキの音が聞こえて、車が止まるのがわかった。
同時にプロデューサーの声がして、私は目を開ける……。
ってことは、少しは眠れてたのかな?
さっきよりは、気分がいい。
「ゔっ……」
気分がいいと思ったのは一瞬で、左右に女の子二人がもたれかかっているのを思いだした。
掛かる重みは、相変わらず凄かった。
「二人共……起きてー……」
着いたし、そろそろ軽くなりたい。
そう思って、二人を起こす。
「えーもう着いたん……?」
「ふわぁ……着いたんだ」
まやの方はもう少し寝てたいって感じだけど、
なつきちゃんの方はゆっくり眠れたって感じで、すっきり起きていた。
「ここだ。明後日、STARSと共演するステージは」
「お、おお……」
車から降りると、目の前に大きな建物があった。
ライブハウスと書かれたその建物は、夕方なのに眩しいネオンが輝いていて、とても綺麗だ。
「ライブハウスで、アイドルのステージを開くん?」
「そうだ。中に入ってみろ」
プロデューサーについていくまま、私達はライブハウスの中に入っていく……。
「暗いね……」
「足元、気をつけて」
駐車場よりは明るいけど、それでも暗い通路を、ゆっくりと進んでいく。
「あれ?なんか聞こえへん……?」
「もうすぐか」
まやの言ったとおり、前の方からかすかに、音楽のようなものが聞こえてくる。
「ライブハウスだから、ライブやってるのかな……」
「多分ね……」
一歩ずつ足元に気をつけながら、音のする方へ進む―――
「……お、おお!?」
驚く私の声も聞こえなくなるほど、その部屋は盛り上がっていた。
ステージの上で歌うバンド。それを応援するお客さんたち……すごい!
「ラ、ライブハウスや……」
まやは、その騒がしい光景に目をキラキラとさせている。
「プロデューサー、私達……ここで歌うの?」
「らしいな。この客の中、行けるか?」
「……勿論」
なつきちゃんとプロデューサーが、何か話してたけど……
周りがうるさくて、私には聞き取れなかった。
「よし、帰るぞ。夜になっちまう」
また暗い通路をたどって私達は、入り口にある車まで戻った。
帰りの車は、もう遅いので一人ひとり送ってくれるらしい。
「あんなトコで歌うんか、明後日が楽しみやな……」
「ほんとだね……」
見学だけだったにもかかわらず、まやはすごく興奮しているようだった。
クーラーが効いてるのに、車の中は熱気に包まれている。
「今度はお遊びで登るんじゃなくて、アイドルとして立つんやな……」
「まや……どういうこと?」
お遊びで登る……まるで、登ったことがあるみたいな言い方。
なつきちゃんが聞くと、まやは上を向きながら言った。
「デパートの屋上で……あのステージにな……」
「え……!?」
まやの言葉で、私はとあることを思い出した。
―――それは、私がいつも感じている空気。
その人に見とれてしまうような……
一緒にいて、すごく心地が良い……
「まや……そ……れ……」
思い出した途端、意識が重くなって、遠くなっていく……。
「ん?はるな……寝てもうた」
その後私が目を覚ましたのは、自分の部屋のベッドの上だった。
それから2日後、ライブ当日だ。
「こんにちは、ノルンの皆さん」
「あ、イオリさん……」
私たちが控え室で待機していると、イオリさんが入ってきた。
「今日はライブだね。お互い、悔いのないようにしよう」
「う、うん!」
あのジュースの時といい、イオリさんはやっぱり優しいな。
「あ、ところで……ボクたちと君たちは共演という形になるけど、対決するわけじゃないからね。そこの所、よろしく」
そ、そうなんだ……
てっきり、ライバルユニットだし対決しなきゃいけないと思ってた。
「そうなんだ……じゃあ、お互い楽しまなくちゃね」
驚いて、私は少し間が空いたあとに答える。
「もちろん」
すると、イオリさんは思わず同性でもキュンときてしまうほどのかっこいい顔で微笑んだ。
「先にボク達のステージだから、見ててよ」
そして、イオリさんはそう言いながら控え室から出て行った。
……もう、ステージなんだ。そんな時に私たちの所に来てくれるなんてすごいな。
『みんな、STARSのイオリだよ』
『STARSのまどかです〜』
控え室のモニターに、会場の様子が映る。
2人は、衣装もメイクもすっごいキラキラしていて、星みたいで……とにかく、綺麗だった。
『じゃ、一曲歌うから。ボクたちの姿、見てて!』
それから、曲のイントロが流れてくる。透き通ってて、小さい音だからちょっと静かな曲なのかな。
そして、2人は歌い出した。
綺麗な歌声も、ブレひとつ無いダンスも。
2人は、キラキラしたステージに負けないくらい輝いていた―――
STARSのステージが終わった後。
「いよいよ、次はそっちだね」
「頑張ってくださいね、ノルンの皆さん」
イオリさんと美空さんが控え室まで来て、そう言う。
……もう、私たちのステージ直前なのだ。
「は、はい! ありがとうございます!」
私は、応援してくれる美空さんにお礼を言って、なつきちゃんとまやの方を見た。
「……頑張ろ」
「全力でいこうや!」
2人とも、気合いは十分みたい。
「じゃ、いこう!」
そして、私たちはステージの裏へと向かったのだった。
ステージまでは、デパートの時と似た感じで、少し長い階段がある。
私たちは、その階段の前でステージを待っていた。
「お前ら、頑張れよ」
「……大和プロデューサー」
すると、後ろからプロデューサーの声が聞こえてくる。
緊張しているから、この応援がありがたい。
「あんまりレッスンは見れなかったけど、お前らが頑張っていたのは知っている。失敗してもいいから、全力を出せ」
「……はい!」
うん、やっぱりプロデューサーの言葉は安心する。
それは2人も同じだったみたいで、緊張で堅かった表情が和らいだ。
「それでは、ノルンの皆さん。準備をお願いします」
「はい!」
いよいよ、ステージ。
私たちはステージへの階段を見上げる。
この先には、あの日下見で見たキラキラとしたステージが。そして、私たちはこの後そこに立つんだ!
「10、9、8、7……」
カウントが始まる。デパートの時みたいに、心臓の音がどんどん大きくなっていく。
「3、2、1……0!」
私たちは階段を駆け上がった。
――――この先には、ステージだ!
目がチカチカするほどのライト、見渡すと沢山のお客さん。
これこそが、私の目指してたアイドルのステージだった。
「こんにちは、ノルンです!」
緊張していたけれど、それがどんどん消えていく。
自分でもよくわからないけど、ステージに立つとなんでも出来るような気がするんだ。
「うち、凛々代真夜! ノルンの3人目の女神や!」
あ、そういえばまやって初めてお客さんの前に立つんだ。
お客さんが受け入れてくれないかもしれないのに、物怖じしている様子もない。
……すごい、まや。
「あはは!」
「いいぞ、真夜ちゃん!」
自信満々そうに言うまやが面白かったのか、お客さんたちにウケている。
「……えっと、今回も新曲。みんな、あたしたちの歌、しっかりと聞いて!」
「勿論!」
一方のなつきちゃんも、ちゃんと進行をしてくれている。
……そして、なつきちゃんのセリフに合わせて曲が流れた。
今回の曲は、なつきちゃんが歌い出し。
なつきちゃんが歌う横で、私とまやはひらひらと踊る。
「おお……」
なつきちゃんの間違いひとつもない100点の歌とダンスは、お客さんの注目を集めている。
そして、次はまやのパート。
まやが歌い出した瞬間、会場が湧いた。まやの声は人を魅了する力があるって、私は思う。
サビに入った。いよいよ、私の歌。なつきちゃんとまやがダンスの方に移る。
……失敗してもいいから、大きな声で。お客さん全員に聞いて貰えるような歌を、私は歌いたい!
そんな思いを込めながら、私は歌い切った。
曲の終わりのイントロ。私たちは、最初の切なげな踊りとは逆に、楽しそうなステップを踊る。
まるで、冷たい世界からあたたかい世界に変わったように……!
――――そして、曲は終わった。
「ありがとうございました!」
大歓声だった。ライブは、成功。
今までで1番やりきった。……私はそう思うけど、まだこれは終わりなんかじゃない。
「これからも、“3人の”ノルンを、よろしくお願いします!」
私達の夢は、まだまだ始まったばかりなんだ―――
「……そうか、ライブは上手く行ったか。向こうの事務所にも、礼を言わないとな」
―――社長室。
大原は、ライブハウスにいる大和と連絡をとっていた。
いい結果だと言われ、彼の顔は安堵の表情を浮かべている。
「じゃあ、帰ってくるのを待っているぞ」
そう言い残して、電話を切る。
「時間は掛かったが、お前の夢をようやく始められそうだ……」
携帯の待受を見て、大原は誰かに話しかけるように呟く。
「まだ、見守ってくれているか?……優奈」
待受画面には、あどけない表情をした可愛らしい少女が写っていた……。
Go To next stage……
・時々変なところで句読点打ってる
・心情表現が少ない気がする(自分が言えることじゃないが)
・改行が多すぎて逆に読みにくい
・ストーリー的には良い
・関西弁に違和感がある
・状況描写は良い