「面白い女だ。俺の妾になる気はあるか?」
美しい、しかしどこか冷たい声が
広い部屋に響く。
私の両親が事故にあった時、
彼は一緒に病院まで走ってくれた。
友達ができなくて悩んでいた私を、
皆の輪の中に引き入れてくれた。
苦手な数学を教えてくれた。
上手じゃないお弁当も完食して
『美味しかった!」って、笑顔で言ってくれた。
あの時も、この時も、いつもいつも
私を支えて守って勇気づけて......
何も出来ない、頼ってるだけだった私を
あなたは選んでくれた。
.......だから。
目の前で不敵に微笑む『王子』に向かって
私は笑顔で言った。
「ごめんなさい。
私には、最愛の人がいるんです。」
芹沢千尋、高校一年生。
乙女ゲームのヒロインですが、元いた世界の
彼氏だけを愛します。
目の端で、美しい銀糸の髪がさらりと揺れた。
「ほう.....。貴様、私が誰だか分かっているのか?」
ええ、存じております。
大人気乙女ゲーム『君だけの僕』の登場人物で、
メインヒーロー『カイラ=キャンベル』様。
....でも、人気投票では俺様婚約者キャラに
大差をつけられ負けてるの。
なんて言えるはずもなく....
「すみません。恥ずかしながら、貴方の事は
おろか此処がどこなのかすら分かりません。」
うわぁコイツ絶対キレるよ、君僕じゃあ説教長いキャラだったなぁ、やだなぁ....と思いつつ
ちらりとカイラ様の方を見やると、
「.......だろうな」
という予想外の声が。
「えっ?」
「奇妙な光と共に、いきなり俺のベッドに
出現したからな、お前。
え。私、そんな登場だったの?
「妾どうのに乗ってくるなら、煩い『アイツら』の送ってきた女だと判断できるんだが....そうでもないらしい」
髪をわしゃわしゃと掻きむしり、黄色の双眼が
困ったように私を見た。
「俺には判断がつかない....質問を変えよう。
お前は誰だ?」
「君だけの僕」説明会。
私が来てしまった世界である『君だけの僕』は、
人気乙女ゲームだ。
公爵令嬢のアリス=ファディアと、彼女の周りの男性たちによる恋物語。
ちなみにライバルキャラは存在しない。
.....というのも、ライバルキャラが存在する
必要がない程に、どのキャラも攻略難易度が高いのだ。
メインヒーローでさっき出会った
カイラ=キャンベル様は、このキャンベル国の
第一王子。
整った顔にはめ込まれた宝石のような黄色の瞳、
輝く銀髪、すらりと長い手足。
女性の憧れである彼は、しかし極度の人間不信なのだ。
彼のルートは未プレイのため、細かい事情は
分からないけど...ファンスレでは『怖すぎる』
『最悪のヤンデレ』『もはや闇そのもの』などと
言われているため、あまり関わりたくない。
そしてまだ出てきていないキャラが四人いる。
アリスの婚約者(候補)で、ランドルフ家の恥晒しと
言われる男、ハルト=ランドルフ。
赤毛に黒い瞳、豪快で男らしい笑顔が特徴的。
処女が大好物の彼は、とにかくアリスの身体を求めてくる。
軽薄そうな態度も相まって周囲からは嫌われていた。....のだが、実は彼にも事情があって
そんな態度をとっている。
という設定。彼も未プレイのため詳しくは分からない。
人気投票で一位だったので、魅力的ではあるのだろう....。
3人目はハルトのライバルキャラで
アリスの婚約者候補その2、シオン=エレイン。
ふわふわの金髪に緑の瞳。
王子よりも王子らしい容姿と、紳士的な態度で
熱狂的なファンを持つ。
しかし、柔らかな物腰と甘い言葉からは
想像もできない下衆な性格をしており、カイラの人間不信の原因には、彼が深く影響している。
彼は最初にプレイしたが、「最低」以外の言葉が出てこない屑だったと覚えている。
4人目はアリスの幼馴染、アヤト=ガーレディン。
艶やかな黒髪と紫紺の瞳を持つ、妖艶な雰囲気のキャラクター。
彼はアリスに全く興味が無いが、アリスの友人令嬢に惚れ込んでいる。
彼女と接点を持つため、それはもうしつこく
絡んできて面倒臭い。
彼のルートは、一定まで進めるとメタ化してきて
しまいにはアヤト本人が『僕は攻略出来ないよ』
などと言うようになる。
そして本当に攻略できない。(アリスに恋をしない)
5人目はシークレットキャラクター。
上記4人のイベント、スチル、ボイスを全てコンプリートすると攻略できる隠しキャラだ。
勿論私は出せていないので、詳細は何も分からない。
彼氏の紹介で仲良くなった なおちゃんから
オススメされてやった『君だけの僕』は、ゲームをしない私にはつまらなくて、シオンとアヤトを攻略してからやめてしまった。
自分がアリスとしてトリップしてしまうと
知っていたら、全員攻略したのに....!
混乱が収まらず、目の前のカイラ様をまともに
見ることもできない。
「妙な光とともにいきなり現れた」
カイラ様は、確かにそう言った。
でも『君だけの僕』でヒロインとなる
アリス=ファディアは、トリップ少女でも転生者でもない、最初からこの世界にいる少女。
カイラ様とも、16歳の春に
城に招かれた時に初めて出会うのだ。
それがどうだ....私は、カイラ様のベッドに
謎の光とともにいきなり現れた、完成なる不審者。
しかし見た目は、キャンベル王国でも
1、2を争う名家であるファディア家の長女、
アリス=ファディアそのもの。
いきなり王子の自室に謎エフェクト付きで登場した公爵令嬢(初対面)
うん、普通に私、不審者。
「ええっと、その、カイラ様...」
「何だ」
「私、本当に、そんな謎の光とともに登場するようや真似してました....?」
「あぁ。」
自信満々にうなずくカイラ様。
冷たさを感じる黄色の瞳が、興奮できらきらと年相応に輝いていた。
「すごかったぞ。
俺がそろそろ眠ろうと寝台に手をやった瞬間に、
視界が眩い光に奪われたんだ。
意味がわからなくて、目をつぶって耐えていたら
....間抜け面のお前がいた」
魔法系ラノベのヒロインのような登場だった。
聞いてて乾いた笑いすら漏れてしまう。
「....ふふ」
「なんだ?」
もう駄目だ。
そもそも私が本当にアリス=ファディアなのかもわからない。
顔が同じだけの別人じゃないのか。
登場から何から何まで違い、少女の中にいるのは
アリスではなく私だ。
「それより質問に答えろ娘、お前は誰なんだ」
最初よりやや苛立った声で、カイラ様が私に話しかけた。
そんなこと、分からないですよ。
相変わらずぐちゃぐちゃな頭に、愛しい恋人の顔が浮かんだ気がした。
もうどうなっているのか分からない....
あの後、質問に答えられなかった私は
「もういい....」というカイラ様の声を最後に
気を失った。
目覚めた先で目にしたのは、薄暗く人気のない
空間と銀の柵。
....私、アリスの現在地はキャンベル家地下牢獄。
不法侵入者として絶賛捕らえられ中だ。
それだけならまだ良い....
私の不安を最高潮にさせているのは、鉄柵越しに
鈍く輝く紫紺の瞳だった。
「ふぅん....見た目はアリスそのものだね」
訝しげに私を見つめ、そう呟くのは
攻略対象キャラでメタ担当のアヤト=ガーレディン。
ぶつぶつと独り言を口にしながら、私をじぃっと
見つめている。
「.....あの、私に何か用ですか?」
思い切って話しかけてみた。
触れられそうな位置で、首の動きに合わせて
揺れていた黒髪がぴたりと静止し、全身を行き来していた視線が私の口元を捉える。
「不法侵入者の身元に心当たりがないか、と
カイラから連絡が入ったから、君の顔を見にきたんだよ。」
「は、はぁ....」
「まぁ誰がどう見てもアリス=ファディア
なんだけど....君、ちょっと特殊ケースだから。」
特殊ケース?
こてん、と首をかしげると、アヤトの顔が
嫌そうに歪められた。
「その媚び売るみたいな態度やめてくれない?
正直に言って不愉快だ。
俺が可愛いと思うのは、レイラ嬢ただ一人だよ」
「なっ.....」
媚びを売ったつもりなどない!と反論したくなったが、ぐっと堪える。
今の私は不法侵入者で、地下牢獄にいるのは
どうやらアヤトただ一人。機嫌を損ねて仕舞えば
得られる情報も得られないだろう。
「申し訳....ありません」
「うんうん、素直な謝罪ができるのは美徳だね」
にやりと歪むアヤトの口元が憎たらしい。
「それで、あの、差し支えなければ
先程の『特殊ケース』という言葉について、
詳しく教えて頂けませんか....?」
おそるおそる口にすると、うぅん...と唸る声が
返ってくる。
「教えてやりたいのは山々なんだけどね?
不法侵入者にどこまで勝手に喋っていいもんか
俺もわっかんなくてさぁ....」
その言葉の内容よりも、私が疑問に思ったのは
口調だった。
ガーレディン家は同じ公爵家ではあるものの
実績でも歴史でもファディア家に劣る、という設定のはずだ。
拘束された不審人物とはいえファディア家令嬢の
私に、こんな砕けた口調で話すだろうか?
......嫌な予感がする。
「まぁいいや、少しだけなら教えたげるよ」
「.....お願いします」
不安に思いながらも、そう返す。
「君がカイラの部屋にいた同時刻に、
ファディア家令嬢のアリス=ファディア様は
街で炊き出しをしていたんだ。
付き人や街の人々、大勢の目撃証言もあるし
参加者リストに彼女のサインも残ってる」
「え、と....」
それは、つまり。
「君はアリス様と生き写しで、
身元不明の不法侵入者ってことになるね」
どうしよう。頭痛くなってきた。
「私はアリスじゃない...って事でしょうか」
「そんなこと俺に聞かれても。」
私は誰なんでしょうか。
https://ncode.syosetu.com/n8673er/
こことの同時投稿です〜。
こつ、こつ、こつ、こつ。
衝撃の事実を知らされ、半ば呆然としている
私の耳に響く足音。
「アヤト、遅いから様子見に来たんだが
身元は分かっ.....」
つい先程まで聞いていた、カイラ様の声だった。
「いやァ、こりゃ思ったより面倒な事になりそうですよ」
「どうかしたのか?」
はあァ....とわざとらしい溜息をついて、アヤトが
カイラ様に向き直る。
そして、さっき私に語ったこととほぼ同じ内容を
語り聞かせた。
私の容姿はアリス=ファディアの物と
全く同じにしか見えないということ。
しかしアリスは同時刻、街で炊き出しのボランティア活動をしており、住民や付き人などの目撃証言が数多く寄せられていること。
参加者リストには直筆の署名もあり、アリス=ファディアが王城に侵入した可能性は極めて低い.....
というか、ほぼあり得ないこと。
一通り聞き終えたカイラ様は、訝しげな顔で
私を見つめ、ふむ。と声を漏らした。
「つまりこの女はファディア家の令嬢と
瓜二つなだけの部外者で、面倒な不法侵入者....という事になるのか?」
「それがそうもいかないんスよねぇ....」
困ったようにアヤトが続ける。
「この女が身につけてる宝石類やドレスなんかも
全て、それなりの価値がある物なんです。
肌も爪も髪も手入れされてるから、ある程度の
地位がある御令嬢なんじゃないかと」
淡々と語られる、客観的に見た私のこと。
「あ、あの....」
それにおそるおそる口を挟む。
立場的に危険な行動だが、これだけは言っておかなくてはならない。
「1つだけ、お伝えしたいことがあるんです」
「...発言を許可しよう」
冷たく響くカイラ様の声。
それに同調するように、射抜くような視線を
私に向けてくるアヤト。
怖いけど、これだけは.....
「馬鹿みたいな話です。気が狂ったと思われても仕方がありません...でも、聞いて下さい」
身体がアリス=ファディアと生き写しだろうと
関係ない。
私は芹澤千尋だから。